4月から同じ係になった同僚に、会議に使う三角のカード立てを渡しながら「これと同じ型のものを40個注文するように」言った。
次の会議に席札として必要なのだが、調べてみたら、部分的にひび割れたり汚れたりしていたからだ。


彼は「わかりました」と言いながら、付箋紙にメモを取り、業者と連絡を取っていた。
型番を調べずに業者をいきなり呼びつけるというのが少し横暴な気がしたけれど、僕は黙っていた。


業者が来たとき、彼がいなかったので、僕は彼の机の上に置いてあったカード立てを取り上げて、「これと同じ型のカード立てを40個用意してほしい」と言った。
業者に手渡しながら、僕はそのカード立てに張ってあるメモを見て「あいつは何を書いているんだ」と心拍数が上昇した。
「わかりました。コクヨのカト125を40個ですね。」
業者の言葉にうなずきながら、僕は苦笑いをした。


業者が帰ったあとで、僕は同僚に「おまえは付箋に何を書いてんだよ」と文句を言った。
彼は自分の書いた付箋をみて、それから笑い出した。
「40コ」と書いたのだろうけど、それがどう見ても「チ○コ」としか読めなかったからだ。
「元気がある証拠です。」と彼は言った。


4連休は実家に帰った。
親戚が泊まりに来ていたので、夜は当然のように宴会になった。
宴会のとき、前から不思議に思っていた、叔父のゴルフの打ち方を聞いてみた。
僕に初めてゴルフの打ち方を教えてくれた叔父は、不思議なボールを打っていた。
吹き上がるようなボールで、落ちかけたあと、また上昇して伸びていくのだ。その球を他の人が打っているのを見たことは一度もない。


「あれはでも意外と飛ばないんだよ。最近の打ち方じゃないね。」
そう叔父は言う。
「最近は低い弾道で遠くまで飛ばすのが主流なんだ。高い弾道は求められていないんだよ。で、まあ、俺が打っていたあのボールは過剰にバックスピンをかけたボールなんだ。」
それから弾道とスピンの話をいろいろとしてくれた。プロは弾道の角度とスピン量まで調節できるのだという。


翌日、僕はその過剰なスピンをかけたボールを打ちに練習場に行って200球ほど打ったが、吹き上がるボールは打つことができず、いったいどうしたら打つことができるのか、謎は深まるばかりだった。


この4連休、昼間はたいていの時間、本を読むか眠るかしていた。
食事だけはしっかりとっていたので随分と太った。


本は山本揚志の「かへ」(マッグガーデン)という漫画を読み、小川糸の「食堂かたつむり」(ポプラ社)、伊集院静の「羊の目」(文藝春秋)を読んだ。


かへ

食堂かたつむり

羊の目
「かへ」は、都会で暮らす息子夫婦が事故で死に、彼らのしていたカフェを両親が引き継ぐ話だ。
お涙ちょうだい話なのだが、ストーリーが薄っぺらでリアリティがない。実際にどんな料理が出されるのかとか、どんな都会の人との触れ合いがあったのかという肝心の部分が「ホームページに載ったレビュー」でしか分からないし。
「不覚にも泣いた」読者が多かったということだが、僕にはよさが分からない。人には全然、薦めない。


その点、「食堂かたつむり」は出てくる料理がいかにもおいしそうだし、エルメス(という名のペットの豚)を通じて料理とは何かを訴えるなかなか味わい深い物語だ。
ただストーリーは作りすぎだと思うところもあり、よくできた少女漫画のように感じた。
文句をいうような話じゃないし、実際のところ面白いけれど、僕にはもう少し深みがほしかった。


「羊の目」は博徒の話である。
勝った負けたの薄汚れた世界の中に、美しく純粋な強い男がいた、という物語だ。
その男はどのように生まれ、育ち、そして現代を生きたのか。
男が男らしく生きる話で、男のおとぎ話なのかもしれない。
超人的な強さを持った山尾の生き様も死に様も、武美の生き方も美しく、男であればこうありたいと思う世界を描いている。
筋を通して生きることは、たとえ超人的な力を持っていたとしても難しいのだと、この話を読んでいると思う。


ギャンブルには人生の一部分をそぎ落とすような面がある。
ギャンブルは、はっきり言って勝てるわけがないのだ。いかに負けるかの勝負だと言ってもいい。何を残して、何を落とすべきなのか、ギャンブルにはそういう深い問いかけがあるように感じる。
作者自身が暗い博打の世界にどっぷりと漬かって、その先に見えた世界が、この「羊の目」の世界なのだと思う。
手放しで褒めるような本じゃないけど、僕はおもしろく読めた。


他にも、イーサン・ケイニンの「エンペラー・オブ・ジ・エア」(文藝春秋)を読み返したり、夜寝る前にバリー・ユアグローの「セックスの哀しみ」(白水社)や「一人の男が飛行機から飛び降りる」(新潮文庫)をパラパラと読んだ。


エンペラーオブジエア

イーサン・ケイニンの本は実によく、特に表題にもなっている「エンペラー・オブ・ジ・エア」は何度読み返してもいい。
「アメリカン・ビューティー」に出てくる不良の兄貴がいい子の僕へ語る大切な教え。
「おまえも人でなしなんだ」というセリフは重く、読んでいた僕も「俺も人でなしなんだよな」と思った。


バリー・ユアグローの本には、まるで夢を録画したかのような奇妙な展開をする話が載っている。一人の人間が、これだけの話を生み出せるものなのかと思ったし、本物の芸術家というのはこういう人のことを言うのかもしれないな、と思った。
オチがあるわけでも作品としてまとまっているわけでもないので、人に薦めるような本じゃない。ただ、寝る前に夢の材料として読むにはとてもよく、僕はこの本を読み出してから、夢がいままでよりずっとおもしろくなったような気がする。


連休最後の日、実家のウッドデッキにいたら、羽アリが南の方向に大量に舞いあがっていくのが見えた。
慌てて殺虫剤をかける。
ウッドデッキにあがる枕木から飛び立っているようなので、見える範囲の羽アリは殺し、枕木をひっくり返してみたら、そこに大量の白アリがいた。
そこにも殺虫剤をかけ、枕木は家の外に運び出して徹底的に殺虫剤をかけたけれど、木の中の白アリには当然のことながら届かない。
その後、母の友人が枕木は翌日燃やすからと持っていってくれた。
白アリにやられていたのは、どうやら枕木だけだったようだけど、白アリは地中を進むそうなので、灯油を大量に白アリのいた枕木のあたりの地面にかけておいた。
僕の見た範囲では、他にやられたところはないようだったので、それが救いではあった。


その後、姉の家に挨拶に行ったら、駐車場にあるポールに車をこすってしまった。
バックモニターばかり見ていたのが失敗だった。
フェンダーがわずかながら凹み、部分的に塗装もはげた。
フォルティスにしてから初めての事故で、ショックでため息が出た。
カーコンビニ倶楽部に持っていったら、塗装の塗り直しなどで3日もかかり、費用も7万近くかかるのだという。
高いと思うが、仕方がないので、クレジットカードで支払いをして、家まで送ってもらった。


家に帰って、散らかり放題の部屋を見てまたため息が出た。
連休の初日に部屋のなかを片付ける前に、家を出たことを思い出した。


「ああ、いろいろあったけどいい連休だったなあ。」と無理して言ってみた。



***おまけ***


小さな子が祖母の家に行き「おばあちゃんはいくつなの?」と聞いた。
「人に年齢を聞くのは失礼なのよ。」祖母は優しく叱った。「そういった個人的な質問を好きでない人もたくさんいるのよ。」
「ふーん。じゃあ、おばあちゃんって体重何キロなの?」
「やめなさい。」祖母は声を荒げた。「個人的な質問をするのは失礼だって言ったでしょ!」
子供は少し考えてから「おばあちゃん、どうしておじいちゃんはおばあちゃんを捨てたの?」と聞いた。
「もうたくさんよ。」祖母は叫んだ。「ほかの部屋に行きなさい。今すぐに!」
小さな子は別の部屋に行き、祖母の免許証がテーブルの上に置いてあることに気がついた。
彼はその免許証を見て、いろいろと勉強した。
数分後、小さな子は祖母の部屋に再び入り、祖母に言った。
「おばあちゃん、僕はおばあちゃんの年がわかったよ。体重もわかっちゃった。それからどうして、おじいちゃんがおばあちゃんを捨てたかもわかった。おばあちゃん、セックスの成績がFだったからでしょ。」
(通常アメリカでは、成績はA、B、C、D、Fの5段階評価で、Fは落第を意味する。また性別欄(sex)には、男性はM、女性はFと書かれている。)


水曜日は残業のない日ということになっているが、僕の係では普段と全く変わらない。
課長が帰るときに「今日くらいは早く帰れよ」と言うが、皆パソコンの画面を見ながら「ああ」とか「まあ」とかあいまいに答えるだけだ。
挨拶がきちんとできないという点でも、僕の係は課長に「ちゃんと挨拶しろ」と怒られている。
目を上げると課長と目が合った。まだやること多くて帰れません、という仕草をした。
「まあ、しょうがないか。仕事をやらせているんだからな。『無理させて、無理をするなと無理をいい』」と言い残して帰って行った。
それを聞いて、俺は少しだけ笑った。


土曜日は朝10時からソフトボールの試合があった。
聖火リレーがあるということで、上空にはヘリコプターが何台も飛び回り、市街地に入る橋は1車線規制がされていて、試合場にたどり着くのに時間がかかった。


僕のチームは人数が4人足りなかったので、小学5年生1人と県大会の練習をしていた女子中学生から3人借りて試合をした。
僕はピッチャーで、キャッチャーは中学生だった。
序盤はエラーの連続で7対0で負けていた。
コールドになるかも、とは思ったが、少しもあせらなかった。
味方の中学生がバッターで、3塁線にボテボテのゴロを打ったときに他の中学生が「おい、だせえぞ」と声をかけているのを聞きながら笑っていた。
敵の長い攻撃が終わり、その後自分のチームが3者凡退になったときも、心のなかではずっと「何とかなる。俺は守ればいいんだ」と思っていた。

冷たい風が強く吹いていて、雨の降りも途中から本格的になった。
でも試合に最後まで僕は集中していた。
得点が何点だったのか覚えていないけれど、最後はサヨナラ勝ちをした。
僕はへなちょこな内野安打もあったけれど、クリーンヒットもあって10割だった。
その後、雨が止まなかったので2試合目はなく、キャプテンのじゃんけんで勝って優勝した。商品はビールだった。
身体が凍えていたので、そのまま中尾山温泉まで行って身体をほぐした。
それから家に帰って、爆睡した。


午後7時頃に起きて、劇団のボーリング大会に行った。
2ゲーム投げて、後半になって、ようやくコントロールが定まった頃に終わってしまった。
家に帰ってビールを2缶飲んだら眠たくなってしまい、寝た。


日曜日は朝から筋肉痛で、腿が痛くて上がらない状態だった。
まともに歩くと痛いので、歩き方もぎこちなかった。
それでも自転車のパンクを修理してもらおうと、近くの自転車屋まで自転車を引きずって行った。
結局、パンクではなくただの空気漏れだった。
空気をいっぱいまで入れてもらったので、これでまた自転車で通勤ができる。


DVDでジョディー・フォスターの「パニック・ルーム」を観た。


パニックルーム

もし、優秀な脚本家を僕に2人貸してくれて、パニック・ルームを題材に映画の脚本を作れ、と言われたら、この程度の脚本なら1か月で作れると思う。
「パニックルームと言ったら、強盗でしょ。パニックルームのなかに金庫があって、犯人が中に入らなくてはならないって設定にしよう。で、被害者側の娘が病気でパニックルームの外に出なくちゃならない。それで強盗のなかに1人、頭のおかしいヤツを入れたら?」
そんなブレイン・ストーミングで出た意見をまとめただけで作りました、って感じの映画だ。
ストーリーから訴えるものが少ない。


外の声がパニックルームでは聞こえないはずなのに、なぜ、家にまで来た警官に実情を説明しないのか?という点をはじめとして、パニックルームのなかと外で声は聞こえるのか、聞こえないのかという点で疑問点が多く、詰めの甘さも感じた。


もう読むのは今までで3回目になるイーサン・ケイニンの「あの夏、ブルー・リヴァーで」(文藝春秋)をまた読んだ。


あの夏ブルーリヴァーで

いい子の16歳の「僕」が、不良の兄であるロレンスを見ながら成長する姿を描いた作品なのだが、読むたびに印象が変わる。
いつも「前回読んだときは、この小説のことを何も俺はわかっていなかったんだな」と思う。


主人公の「僕」の長所は「まじめ、友好的、雑学がある」、短所は「無信仰、自分本位で他人への関心度が低い、怠惰、嫉妬深さ」ということなのだが、嫉妬深さを除いては、そのまま僕自身にも当てはまる。
この本を読むたびにいつも考え込む。
俺はどういう風に生きるべきで、それをなぜしなかったのか、ということと、これからどう生きるべきなのかということだ。
そして16歳の少年の気持ちが自分のなかにまだあるのを感じる。
それは自分の人生がまだ大きく決定的に変わりうるという思いだ(錯覚だと思うのが普通だとは思うけれど)。


不良の兄は「僕」に言う。「自分の一番恐ろしいと思っていることをしろ」。
兄はやり遂げ、弟はやらなかったために、ずっと兄のしたことを憶えている。
僕も高校時代、周りの級友が悪いことをしているのを見ていた。
そのことを僕はよく憶えているのに、彼らはもうすっかり忘れているようだ。
やるべきときにやらないと、人はいつまでもそのことを憶えているのだと思う。




**おまけ**


ある日のこと、2人の子供が野原で遊んでいると、野原のなかに大きな穴があるのを見つけた。どのくらい、その穴が深いのかを知るために、穴の底を目掛けて硬貨を投げ入れたのだが、どれだけ待っても、硬貨が底に着いた音は聞こえなかった。
彼らはもっと大きなものを投げ入れることにして、大きな石を放り込んだ。そして底に着いた音を聞こうと待っていたのだが、どれだけ待ってもその音は聞こえてこなかった。それで彼らは、もっと本当にでかいものを落としてみることに決めた。
彼らはあたりを見回して、大きな古い木製のポストを落とすことにした。それは、地面に深く突き刺さっていたけれど、少年達はそれを何度も引っ張り、最終的にはなんとか抜くことができた。
彼らはポストをゴロゴロと穴まで転がしていき、力一杯、穴のなかにポストを投げ込んだ。
彼らが底に着いた音が聞こえるのを待っていると、一匹のヤギが狂ったように穴を目掛けて走ってきて、穴の中に飛び込んだ。
少年達は驚いた。そして、何かが底を打ったときに音が聞こえるに違いないと、穴のそばにずっと立っていた。
そこに農夫がやってきて聞いた。
「俺のヤギを見なかったか?」
少年の1人が答えた。
「ヤギならこの穴に飛び込んでいったよ。」
「それなら、それは俺のヤギじゃない。」と農夫は言った。「俺のヤギはどこかに行かないように古い木製のポストにロープでしっかりと結びつけておいたからな。」

職場で、報告ミスをしてしまい、その経過書と理由書を書いて提出したところ、「これじゃダメだからもう一度書き直せ、なぜ、今になって発覚したのかも説明しろ」とのことだったので、もう一度書き直して提出した。
今度はOKだった。
やれやれ、と思って通常の仕事に戻ったら、隣の席の同僚が「すみません。この分もダメでした」と新たな報告漏れがあることを教えてくれた。
「今、もうミスをしませんって理由書を提出したばかりなのに。」
頭を抱えたけれど、とりあえず「報告漏れがもう1つあった」ことを電話で連絡して、理由書も書き直した。
電話の向こうで相手の呆れた顔が目に浮かぶが、仕方がない、と思うしかない。


今週も10時前に帰れることができた日は1日もなかった。
週末も頭は使わないけれど、手がかかる大量の仕事を持って帰った。
音楽でも聴きながら、うんざりした気持ちで淡々とする仕事だ。


そんな仕事があるにも関わらず、土曜日には、スナックの女の子と知り合いの看護師との3人で松本に行って、パスタを食べて、パルコに行って、アルプス公園に行って、ラーメンを食べて、温泉に入って帰ってきた。
「そんなんだから彼女ができないんだよ」「運転が下手」「歩く財務省」などと言われ続けているうちに、途中からは翌日の仕事のことも頭をよぎりはじめ「早く帰りたい」とずっと思っていた。
若い女の子を2人連れて、両手に花というのも、楽しさ半分、苦さ半分といったところだ。


松本のパルコで、僕の好きなトミー・フィルフィガーの店に行ったら、以前、長野の店で仲良くなった店員の人が働いていて、すごく嬉しそうにしてくれたので、2枚もシャツを買ってしまった。
彼女に選んでもらうと安心感がある。またパルコまで服を買いに来そうな気がした。


家に帰ってすぐに、劇団の人から電話が来て、26日にボーリングをするけど予定はどうか聞かれた。
26日にはソフトボールの試合が2試合あって、僕はたぶん1試合は必ずピッチャーをするので、疲れるだろうなあと思ったし、仕事もどうなるかわからないなあ、と思っていたのに、つい「行きます」と返事をしてしまった。
疲れているのに、どうして予定を次々に押し込むのか、我ながら不思議だ。


日曜日は朝から、つまらない仕事をしていた。
何度も嫌になって昼寝をしたり、DVDを観たりしながら仕事を続けた。


10時過ぎにようやく終わった。それにしても時間がかかりすぎだ。
休んだ気が全然しない。


DVDはジョディ・フォスターの「フライト・プラン」を観た。


フライトプラン

自分だったら、どの段階で娘を諦めてしまうだろうと思いながら、まったく空気を読まずに娘捜しに奔走するジョディーを見ていた。
終盤はなんだかいい加減だったが、中盤までの流れは絶妙で、先が読めない展開にかなり頭を使って楽しめた。
人の生命がかかっているような場面では、空気を読まないことが大切なんだということがとてもよくわかる、そういう意味ではいい映画だった。



**おまけ**


一人のアメリカ人がメキシコの田舎にある、小さな、眠たげな街にビジネスに行った。彼はちょうどシエスタの時間に着いたので、街の住民は皆ハンモックに横になったり、歩道で眠っていたり、建物に寄りかかって目をつぶっていた。
彼は一人の男が大きな日傘の下で、ビルに寄りかかりながら起きているのを見かけた。その男の傍らには1匹のロバが、眠たげな目をして立っていた。
アメリカ人は、その男のところまで行って声をかけた。
「セニョール、すまないけど、今が何時なのかわかるかい?」
その男は「ああ」と言って頷くと、ロバのキンタマを力一杯握り締めた。
ロバは首を右に傾け、45度の角度で止めた。
「えーと、今は1時だな。」
「どうもありがとう。」アメリカ人はそうお礼を言うと、街中に行ってビジネスをした。
数時間後に、彼は戻ってきた。そして同じ男が同じ場所にまだ立っているのを見た。
好奇心から、彼はその男のところに行き、声をかけた。
「セニョール、何度もすまないけど、今が何時なのかわかるかい?」
その男は「ああ」と言って頷くと、再びロバのキンタマを握った。
今度は、ロバは頭を後ろに少し反らせた後、左側に首を傾けた。
「えーと、今は4時15分だ。」
「どうもありがとう。」アメリカ人はそうお礼を言い、車に乗り込むと街を出た。でも、どうしても好奇心が勝り、再び男のもとに戻ってきて時間を聞いた。
「今が何時なのかわかるかい?」
その男はロバのキンタマを握り、今度はロバは頭を前後に振った。
「えーと、今は4時20分だ。」
アメリカ人は驚いて聞いた。
「本当にありがとう。とても助かったよ。でも教えてくれないか。どうしてロバのキンタマを握って時刻を知ることができるのかを。」
「簡単なことですよ。セニョール。私がロバのキンタマを握ると、ロバが首を傾けるんです。右や左や、前や後ろに。左右に振ることもある。」
「それはわかってるよ。でも、どうしてそれで時刻がわかるのかが不思議なんだ。」
そのメキシコ人は答えた。
「ロバが首を振ると、それまで視界の邪魔になって見られなかった、通りの向こうにある時計が見えるからだよ。」

ずっと睡眠不足の日が続いている。
仕事は10時には終わるのだが、それからなかなか寝ずに2時頃まで起きていることが多い。
先週は2度も飲み会があって、どちらも「今日こそは早く帰って寝よう」と思っていたのに、結局どちらも4次会まで付き合ってしまい、帰ってきたのは2時近かった。
金曜日の最後は寿司屋で、男ばかり3人で互いにもう目をつぶったら寝てしまいそうなのを我慢しながら、日本酒を飲んでいた。
こうなると何が楽しいのかもうさっぱりわからない。


土曜日には、東京の丸ビルにあるマンゴツリーというタイ料理屋に食事に行った。
前日も遅くまで飲んでいたので、ちょっとつらかった。
開店する5時に店に入り、東京の夜が暮れて、ビルの窓の光が輝いていくのをマンゴツリーの35階の窓から眺めていた。
眼下では新しいビルを次々と建設していて、東京の街はすごいな、と思った。
久しぶりのタイ料理はおいしかったが、コースでなくアラカルトで頼んだので、4皿食べただけで、もうお腹がいっぱいになった。


食事の後、最近できた丸の内Oazoを見たけど、地方の駅ビルみたいなテナントばかりだし、期待していた「宇宙航空研究開発機構 情報センター」も実にセンスのない展示品ばかりで「もうちょっと何とかならないのかよ」と思った。
新しくできた情報センターがこのレベルなんだから、日本で科学技術に興味がない子が多いのも当然だよな、と思った。
科学といえばカール・セーガンのような本物の科学者のきちんと体系だった科学テレビ番組がないのも問題だと思う。
バラエティで科学手品をちょこっと披露して、科学の面白さを伝えようなんて、そんなの子供だましだと思う。


その日のうちに長野にまた戻ってきた。


ヒストリー・チャンネルで人類滅亡後の世界を特集していたので、興味深く見た。
普段、頑丈だと思っている鉄骨鉄筋コンクリート造りの建物は、コンクリートのアルカリ性が失われた時点で、内部の鉄筋が腐食し、それが体積3倍にもなるために、内部からの圧力が増してひび割れて倒壊するのだという。
意外ともつのが、ローマ時代のコロッセオのようなコンクリだけの建物や、ピラミッドや万里の長城のような石だけの建物なのだという。
エッフェル塔のような鉄骨で組み立てている建物は手入れをしなければ200年も経たないうちに崩壊するらしい。


人類が滅亡して、劇的に変化するのは海の中の生物で、魚がものすごく増えるのだという。
今だってあんなに魚が捕れるんだから、人間がわずかな間だけでも魚を捕るのをやめれば、海の生物が劇的に増えるというのはよくわかる。
インタビューに応じていた海洋学者の「人間は海を食料庫兼トイレとして使ってきた。人類がいなくなれば、海は生物の宝庫になる」というセリフはなかなか重みのあるいい言葉だと思った。


人類は様々な巨大建造物や、建築物を造ってきたけれど、今の文明から元の自然に戻るまで、人類がいなければたった1000年しかかからないそうだ。


ヒストリー・チャンネルは面白い番組が多くて、普段から気づくと、この番組を見ていることが多い。
先日の古代の武器特集もとても面白かった。
復元した石投げ機械に、15キロの石を載せて発射する。
数100メートル飛ぶというのだが、見上げた空から巨大な丸い15キロもある石が、自分を目指して飛んでくるという映像はとても不思議で、これを見た敵の陣営は慌てただろうなあ、と思った。


「息子の部屋」というイタリア映画をDVDで観た。

息子の部屋

物語は実に淡々と進む。
退屈なくらい淡々と進み、淡々と終わる。
ラストに何があるというわけでもないのだ。
それでも、深く感動する。それは口ではうまく言えない感動だ。僕の能力では。


僕が映画監督だったら、なかなかこういう映画を撮る勇気がない。
韓国映画のグエムルのように、観客を笑わせ、泣かせ、怒らせて、最後は感動させる、という映画を撮ろうと思ってしまう。
でも、そういう脚本は結局のところ程度が低いのだと思う。


この「息子の部屋」という映画では途中で観客が笑うようなところは全くない。
哀しいシーンもあるが、淡々と描いている。
音楽も上品で静かな音楽だけだ。
でも実に練られている。
元々、世の中には変な人もいっぱいいるけれど、自分だってそうなる。
わずかなきっかけでそうなる。だから、そういう人にも優しくしてあげることが大切だし、そこから立ち直る力を持っている人も大勢いることをこの映画は教えてくれる。
もちろん、そんなことはこの映画の主眼ではないけれど。


この映画のなかで家族の暮らす住居がとても住みやすそうな造りになっていた。
ポットとかの小物も、おしゃれなものが多い。
こんな家で住んでみたいなあ、と思わせる家で、そんなところにも僕はこの監督のセンスのよさを感じた。


センスのいいイタリア映画がみたいのなら、お薦めだけど、そうでない人にはとても薦められるような映画ではない。


もし、僕がもう一度、舞台の台本を書くとしたら、最初から最後まで客席から笑い声ひとつ、すすり泣きひとつ聞こえない、淡々とした脚本を書けるだろうか、と思う。
深いテーマで、本当に1本書こうかな、と思っていたのだ。
でも、演じる役者も客席の反応がわからずつらいだろうな、とも思うし、自分も客席で不安になるだろうと思った。


この「息子の部屋」を観て、一流の映画というのは、自分に妥協がないな、ということにとても感心したし、その勇気を尊敬したいとも思った。
僕にはまだ、そんな勇気が持てず、役者を説得することもできず、きっと深い感動1つよりも、3つのくだらない失笑を得ることを優先してしまうのだろう。
そして、ずっと後悔するのだ。きっと。




**おまけ**


2匹の馬が話していた。
「今日の第3レースなんだけど、カーブの向こう側の水たまりに足を取られて転んじゃったんだよ。お腹のあたりと右側のキンタマにひっかき傷ができちゃって痛いんだよ。」
「本当か?信じられないな。実は俺も第5レースで同じ水たまりに足を取られてヒザと右側のキンタマにひっかき傷ができちゃって本当に痛いんだ。なんて偶然だろう!」
たまたま通りかかった犬が足を止めて振り向いて話しかけてきた。
「話の邪魔をして申し訳ない。でも君たちが話しているのを聞いて聞き流せなかったんだ。本当に不思議なんだ。実は今日のドッグレースで、僕も水たまりに足を取られて転んだんだ。鼻と右側のキンタマにひっかき傷ができたんだけど、本当になんて偶然なんだろう。信じられないよ。」
そう言って犬は歩き去っていった。
犬が立ち去った後、馬たちは話し合った。
「おい。俺、本当に信じられないよ?犬が話してたぜ。」

歓迎会が課で行われているけど、なかなか出席できない。
仕事ばかりでうんざりする。


金曜日は久しぶりに早く帰った。
家まで迎えに来てくれたので、9時30分頃から飲みに行った。
「早く帰るね」って言っていたのに、結局、飲み過ぎて途中からの記憶がスッパリ切り落とされている。
カウンターの隣に座った男の人と名刺交換をしたり、いろんな話をしたことは覚えている。
でも、どうやって帰ってきたのか、全く覚えていない。
朝起きたら、普通にパジャマに着替えて寝ていた。
2日酔いもそんなにひどくない。
心配になって、どうだったか聞くと「大人しく飲んでた」そうなので、安心した。


久しぶりに完全な休日を2日間取れたので、週末は実家に帰った。
実家ではよく食べて、それから本を読んでは眠るということをくり返していた。
おかげで数キロ太ったような気がする。で、いつものとおりたぶん気のせいじゃない。


友達から借りていた隆 慶一郎の「一夢庵風流記」(新潮文庫)を読み終わった。

一夢庵

戦国時代に自由に生きた男(前田慶次郎)の記録である。


今まで歴史小説というのに抵抗があって、なかなか読まなかったものだが、この本は荒唐無稽さもあって最後まで楽しく読めた。


よく昔の映画で、ピストルを突きつけられたときに銃口に指を突っ込むというのがある。
こうすると弾が逆に飛び、銃身が破裂し、発射した人間の方が傷つくことになっている。
この小説にも全く同じシチュエーションが出てくるが、弾が逆に飛ぶなんてことは現実にはあり得ない。銃口に指を突っ込んだって指が吹っ飛ぶだけだ。
こんなことを信じている人間がまだいたのかと、少し呆れた気分にさせられたところもあったが、権力を無視したスーパーヒーローの話というのは、なかなか人を愉快にさせる。
人に薦めるような本ではないが、読んで本当に面白かった。


先日、どの新聞だか忘れたが、村上春樹のインタビューを載せていたものがあって興味深く読んだ。
「マレーシアで、日本軍は筆舌に尽くしがたい残虐なことをしたが、戦争に負けイギリス軍に統治されるととたんに献身的になり、街の掃除をしたりした」という事実について、彼がいろいろと考察している点が興味深かった。


権力を握ると虎のように暴走し、権力を奪われるとネコのように大人しくなるDNAが一部の日本人のなかにあるような気が僕はする。
自分を基準にしないで、人を基準にしているから、人より上だと知ると暴君になり、人より下だと知ると、従順な家臣になるのだろう。
絶えず、自分がどの位置にいるか考えなければならないので、そんな生き方はつらいだろうなあって思う。


僕は好き勝手に生きたい。仮に権力を握っても威張らず、普通にしていたい。それから人に完全に従属させられるのも、拒否したい。
そんなことばかり考えているから、友達も僕に「一夢庵風流記」なんか貸してくれるのかなあって思った。


マル雀というネット麻雀を暇なときによく打っているが、昨年度は459半荘をやって1位が118回、2位が113回、3位が124回、4位が104回で連帯率は50.326%だった。
それにしても459半荘とは。1半荘20分で換算しても、153時間も麻雀を打っていた計算になる。
こういう数字を積み上げると無駄に生きてるよなあって思いを実感する。
この間、英語でも勉強していれば、かなりしゃべれるようになっているはずだ。


今日は姪の誕生日なのだが、大学を落ちて浪人中の姪に「自分を伸ばす大切なときだから、毎日を大切に過ごすように」とメールを送りつつ、「おまえ自身はどうなんだ?」とつっこみを入れたくなった。


やるべきことはたくさんあるのに、なかなかやる気も出ない。
困ったものだと思う。


**おまけ**


ダン・クエールが副大統領だったとき、彼はレポーターに「どの黒人リーダーが好きか」聞かれたことがある。「そうだね。1番好きなのはマーチン・ルーサー・キングだね。彼は市民権運動のリーダーだったし。で、2番目に好きなのは、あの男だ。マルコムの10。(マルコムXは最も著名で攻撃的な黒人解放指導者。Xはエックスと読むのが正解)」

花粉症が本格的にひどくなってきた。
日曜日にはとうとう耐えきれなくなって、薬局に行って鼻炎用の薬を買ってきた。
でも、全然効かなかったので、所定の使用量の二倍を飲んでみた。
信じられないくらい、よく眠れる。
さっき起きたけれど、未だに眠たくて仕方がない。
春眠暁を覚えずというが、いろんな理由で本当に春は眠いものだ。


先週は1週間の間に2回も飲み会があって、仕事の調整が大変だった。
昔は1週間、毎日3次会まで飲み続けたりしたものだが、もうそんな元気はどこにもない。
当時も「仕事が忙しい」なんて言っていたけれど、今に比べたら「どこが?」って感じだ。
当時は残業もしなかった。飲み会が忙しかっただけだ。


土曜日にも車のタイヤをノーマルに履き替えてから、仕事に行った。
同僚も来ていたので1つ大きな仕事をやり終えて、チェックをしてもらった。
一応4月7日が締め切りなので、まだまだ大丈夫なのだけど、この仕事があるのがストレスになっていたので、終わってほっとした。


今年も、あれだけ熱望したにも関わらず、転勤ができなかった。
別の課にいる人が、別の部署に転勤になって引き継ぎをしたときに、この人は怖い、という評判の2番目が僕だったそうだ。
「締め切りを守らないと、激怒するから絶対に締め切りを守った方がいいって言われて、俺、おかしくて噴き出しそうだった」とその人は俺に言うのだ。
「1分でも遅れたら、本当に電話しますからね。」
締め切りを守らないヤツが大嫌いなので、そういう評判ならいくら立ったっていい。


先日の送別会のときに上司から「君は真面目なんだけど、そういう自分が許せなくて、いい加減なことをわざと言ったりするんだろう」などとも言われた。
そうなのかもしれないな、とも思ったけれど、それはそれでつまらない話だな、とも思った。


昔、イラストレーターの南伸坊の本が好きで読んでいた時代があった。
今でも心に残っているのは(不正確だけど)、「役に立つ木は刈られる。でも役に立たない木は刈られることなく大きく育ち、多くの人に安らぎを与える存在になる。だから、私は役に立つ木になるよりも、役に立たない木のような人間になりたい」といった文章だ。


映画の小さな恋のメロディーにも似たようなセリフがある。
大人びたちょっとワルな同級生が、徒競走で最下位だった主人公にいう言葉だ。
1度しか見たことないから不正確だけど、このセリフの背骨になっている精神が僕は本当に好きだ。
「徒競走で1位になったヤツがどうしてカッコイイかわかるか?それは、俺達みたいに最下位を走ってやるやつらがいるからなんだ。」


大学入試を目前にした人達へということで糸井重里の言った「君が落ちれば、誰かが助かる」と言った言葉も僕は好きだ。
本当か嘘か知らないけれど、太宰府天満宮の住職の息子が、大学入試で4浪しているという話を聞いたときも、まっさきに浮かんだ言葉がこの言葉だった。
きっと彼は、自分自身以外の誰かのために、落ちてあげたのだろう。


それに比べて、俺はつまらない役に立つ人間になっちゃったなあって思う。
つまらない人間はつまらない人生を送るものだ。
俺は今、本当につまらない人生を送っているという自覚がある。


ディカプリオの「ロミオ×ジュリエット」をDVDで観た。


ロミオジュリエット

ストーリーは誰もが知っているとおりで、それを現代風にアレンジしている。
セリフは古くさいままなので、かなり違和感があるけれど、それが本当におかしいとまでは感じさせない演技力をどの役者も持っている。
ジュリエットもかわいかったけれど、ディカプリオのロミオは本当に素晴らしい。
こんな役者がいたら、監督は楽だよなあって思った。
どんなセリフも自分のものとしてしゃべり、何をしていても、最高の演技を見せる。
ストーリーがわかりきっているから、人にはあまり薦めないけど、ディカプリオ好きは必見の映画だと思う。
俺にはもうこんな恋をする機会なんか永遠にないだろう。


映画館ではいつもエンドロールが終わるまで、観ている。
イスから立ち上がることはよくあるけど、それでも目だけはスクリーンを追っている。
それは、昔「ヤング・シャーロック ピラミッドの謎」を観たときに、エンドロールのあとに重要なシーンが挿入されていたからだ。


DVDで観るときはエンドロールはいつも早回しで観る。
でも、今回は耳慣れた音楽が流れてきたので、じっと聴いていた。
Radio HeadのアルバムOK computerに入っている「Exit Music(For A Film)」だった。


OKコンピューター

今回、初めてこの曲が「ロミオ+ジュリエット」のために書かれたんだってことを知った。
全然知らなかったんだけど、そう思いながらこの曲を聴くと、けっこうべたべたな歌詞なんだなあなんて思ったりもした。


**おまけ**


2人の校長が、彼らの公立学校でのドラッグの問題について話し合っていた。

校長の1人が「君も知ってのとおり、我が校では簡単な絵を使ってドラッグの問題を減少させた」と言った。

「本当か?」もう1人の校長が聞いた。「どうやったんだ?」

「ポスターを作って100枚刷ったんだ。ポスターの左側に大きな円を描いて、その下に『これが君の脳』と書いた。それから右側にとても小さな円を描いて、その下に『ドラッグを使った後の君の脳』って書いたんだ。このポスターは単純だけど、直接的で、とても効果がある。それで、このポスターを学校中に貼った。そしたら、ドラッグの問題が40%も減少したんだよ。」

もう1人の校長は頷きながら言った。

「なかなか興味深い。実は我が校でも似たようなことをしたばかりなんだ。それで、我が校ではドラッグの問題が95%減少したんだ。」

「それは驚きだ。どうやったんだ?」

もう1人の校長が説明をした。

「我が校でもポスターを作ったんだ。君の学校のポスターによく似ているけど、我が校のポスターには左側にとても小さな円が描いてある。そして、その下に『これが君のケツの穴』って書いたんだ。そして右側に大きな円を描いて、その下に『これがドラッグで刑務所に行った後の君のケツの穴』って書いたんだ。」



先日、知り合いから「今週末にラオスとベトナムに行ってきます」というメールを受け取った。
それを見て、「そうか、ラスベガスに行くのか。いいなあ」なんて思っていた。
昔、ロサンゼルスからラスベガスまで車を運転して旅行をしたことがあった。
そんなことを思い出しながら、返事を書こうとしてよく見たら、ラスベガスでなくて、ラオスとベトナムだったので、「気をつけて行ってきてね」とだけ書いて返事を出した。


ラスベガスから日本に帰ってきたときに、「日本にもカジノがあればいいのになあ。スロットだけでもいいのに」なんて思いながら駅から一歩外に出たら、パチンコ店のネオンサインがそこかしこで光っていて、「よく考えたら、日本にだってあるんだよな」って思った。


土曜日に仕事に行ったとき、僕以外にも仕事に来ていた人がいて、なぜかパチンコの話題になった。
「最近のパチンコは千円札を握り締めて、時間つぶしに行くような機種はなくて、勝負が万単位。
だから昔は不景気に強いと言われていたけど、今はそんなことがなくて高不景気の波をもろにかぶる。
パチンコ店は一握りの客に仮に数十万負けてもそれは売り上げに大して響かない。
パチンコ店の売り上げに直結するのは来店者数で、ホールに人が来さえしていれば、手ぶらで来る客なんかいるわけがないので、儲かる。
今はいかにお客にパチンコ店まで来てもらうのかを争っているのだ。」
と人から聞いた話も交えながら、あまり興味もなさそうな相手に熱く語った。


「パチンコもしたりするの?」
「昔はよくしたけど、最近は全然。」


パチンコに行くことなんて、最近は全くない。
どうして行かなくなったのかなあ、なんて思いながら、仕事の帰りにゴルフの打ちっ放しに行って200球ほど打った。


仕事に追われて自由な時間がないからなのかもしれない。
昔は万単位の勝負にガンガン金をつぎ込んでいたこともあったが、パチンコの金は生活費から出ているのに、勝つと遊ぶ金に使ってしまって、生活費に戻さないという問題点に気づいたせいもある。
最近だと、神田うのの豪華な新婚旅行を見ていて、結局、あの人達の遊ぶ金になってしまうんだ、という空しい気持ちも、パチンコ店になかなか足が向かない原因なのかもしれない。


そんな余計な分析をゴルフボールを打ちながらダラダラとしていたせいで、帰りにやはり、久しぶりにパチンコに行ってしまい2万円も負けた。
昔は、画面に現れるサイン(前兆)に大きな意味があったのだが、今は全く関係なくサインが現れるということに気づいたのは、随分ともっていかれてしまったあとだった。


パチンコのあとにコンビニに寄ったら、いつの間にかお札が1枚もなく、危うく払いきれないところだった。
もうやめようって本当に思った。


日曜日には朝から「π」という映画をDVDで観た。


パイ

ちょうどらせんが、巻き貝から渦巻き銀河、DNAに至るまでをひとつの概念で現せるように、世界に存在する事象のすべては一つの数式で理解できると仮定して研究する数学者?の物語だ。
鍵はコンピューターが偶然にはじき出した216桁の数字で、これが直線と円の関係を示すπのように、どんな事象にも当てはまる定数ではないのか、と彼は考える。
白黒の不思議な感覚の映画で、主人公の目に狂気を含んだ知性が現れていて、前半はかなり楽しめた。
僕は後半、この216桁の数字の威力をもっと見たかった。
この数式には人を狂わせる何かがあり、研究者を狂気に駆り立てるのはいいとしても、現実にこの216桁の数字が、社会にどれだけの衝撃を与えるものなのか、それがたったひとつの(2つだったっけ?)株価が当たったというだけでは物足りない気分にさせられた。
僕はまあまあ面白かったけれど、単館向きの映画で、大衆にはよさがあまり理解されない映画だ。
ハリウッド映画が好きな人には薦めない。


それから続けて「バタフライ・エフェクト2」もDVDで観た。


バタフライエフェクト2

コンセプトは1作目と全く同じ。
キャスティングと演技は何も文句はつけられないけど、まさしく、ザ・二番煎じという感じで、何もかも1作目を超えられず、むしろドラマの底は浅くなっている感じだ。
まあまあ楽しめたけど、これは観なくてもよかった映画だった。


ところで、僕のところにも「ねんきん特別便」がやってきた。
テレビで「ねんきん特別便」のことをやっていて、「気の毒な人がいるんだなあ」って思っていたんだけど、まさか俺だったとは。
そして、内容も間違っている。
就職した後、大学時代や司法浪人時代の年金を払えと、毎月請求に来ていた。
「払いたくない」って言ったら「国民の義務だ」なんて偉そうに言っていたのに。
結局、記録もれかよ、何やってんだよと腹立たしく思った。



**おまけ**


男が医者のところに来て、「臭いはないが、ものすごい大きな音のおならをしてしまう」と話した。
「本当にでかい音なんですよ、先生」男は言う。「本当にうろたえるんです。例えば、女性とエッチしている最中に、突然この巨大なおならが出ちゃうんです。ただ、幸いなことに臭いはしないんです。でも、あまりに大きな音なので、恥ずかしくて。」
「エッチしている最中以外にも、おならは出ちゃうんですか」と医者。
「そうです。いつでも出ちゃうんです。女の子をデートに誘うとき、一緒にドライブしているとき、そんなときにも突然、前触れもなく、この大きな音のおならが炸裂するんです。女性はすごいショックで、私も恥ずかしくて。ただ、臭いがないのが救いですけど。でも、いつでもどこでも出ちゃうんです。レストランでロマンチックな夕食をしているときでも、映画館で一番静かなシーンを観ているときでも、そいつは噴き出すんです。先生、どうか僕を助けてください。」
「まあ、落ち着いて」医者は言った。「順番に考えていこう。最初にちょっと調べてみよう。向こうを向いて、ズボンを下ろして、前屈みになりなさい。」
男は言われるままにした。

医者が調べようと近づいたその時、突然男がおならをした。
ボカーン!
その大きな音で、病院の壁が揺れるほどだった。
「よくわかった」医者は、イスに座り直して乱れた髪を整えながら言った。
「君はすぐに手術をする必要がある。」
男はその言葉にショックを受けた。
「本当ですか?私は本当にお尻の穴を手術する必要があるんですか?」
「いや、違うよ。」医者は言った。「手術するのは、君の鼻だ。」

先週も水曜日以外はずっと残業だった。
水曜日にはどうしても断れない飲み会があって、2次会で10時頃まで飲んだ後、飲み足りなくなって、その後スナックに行って1人で2時頃まで飲んでいた。
この1度飲み始めると、帰られなくなるあたりに、僕にはいろんな問題があると思う。
来週の火曜日も飲み会なので、気をつけたい。


最近、酔うと漫画家の西原理恵子の夫のことを思い出す。
彼女も彼がいなければ、あれほど大きな飛躍はできなかったはずだと思う。


先日、彼が42歳で亡くなったと知って、とても寂しい気がした。


木曜日は2日酔いで、午前中はそれでも平気だったが、昼食後、2日酔いが急に重くなって苦しかった。
それも夕方には回復し、その日も10時頃まで残業してから帰った。


長野にも花粉が飛び始め、隣の席の男は一日中、くしゃみが止まらない。
「そのうちに、あなたも来ますよ。それとも体質改善しました?」
どういうわけか、今年はまだ、多少の鼻水と、多少のくしゃみと、多少の目のかゆみ程度で、花粉症もひどくない(例年は多少のという形容詞の部分が「とてつもなくひどい」という状態になっている。)。
先日テレビで「あまりに日本が衛生的になりすぎたので、本来害を及ぼさない花粉ごときに免疫機能が働くようになったのだ」という趣旨のことを誰かが言っていて、その通りだと思ったので、今は精神力で症状を押さえ込んでいる。
それもどこまで続くのか、そろそろ限界かもしれない。


土曜日は久しぶりに暇だったので、朝から「SAW」というミステリー映画をDVDで観た。


SAW1

多くのレビューで「誰が殺人鬼であるジグソウなのか、最後までわからなかった」とあったので、俺は絶対に途中でわかろうと努力をしたのだったが、やはり最後までわからなかった。
途中に確かにいくつもヒントがあったけれど、本当に意外な人物がジグソウだった。
ストーリー自体もまあまあだったが、僕としては(犯人が誰かはわからなかったものの)もう少し頭を使って観る映画の方が好きだ。


昼からは「日の名残り」というロマンス映画をDVDで観た。


日の名残り

ロマンスと言ってもキスもない映画で「好きだ」とか「愛している」というセリフすらない。
セリフや態度の裏側に、実は深い愛がある、という映画なので、「しゃべらなければ、何もわからない」というドイツ人的な感覚だと、さっぱりわからない映画なのかもしれない。
かつて、イギリスでホームステイをしていた頃、華やかさのない淡々とした国だ、と思っていたのだが、この映画でも実にその英国らしさが出ていて、見る人によっては、これほどつまらない映画もないのかもしれない。
僕自身はかなり楽しめた。
クリストファー・リーヴがまだ元気で、ヒュー・グラントもまだまだずっと若い。
原作からも仕事に一生をかけてしまった男の後悔を行間から読み取ったのだが、この映画からもまた、彼の苦悩を読み取れた。
でも、本当に彼が後悔をしていたのかどうかは、なにしろ奥ゆかしくて、感情を隠したセリフしかないものだから、未だに僕にもわからない。


槇村さとるのマンガ「イマジン」(集英社文庫)を3巻まで読み、「リアル・クローズ」(集英社)も3巻まで読んだ。



イマジン2

イマジン3
リアルクロ1


リアルクロ2

リアルクロ3


「イマジン」は最後まで、主人公の母親に共感できず(どこがやり手なのか、どこが優れているのかさっぱりわからない)、自己主張の強い底の浅いバカにしか見えなかった。
俺が相手だったら、1日で別れている。
主人公が牛の反すうのようにくだらない出来事をうだうだ考えている姿にもイライラ感が募った。
女の子が見ると、そんな姿がかわいらしいんだろうし、男はそんな女の子を守ってあげようと思うのかもしれないけど、俺はごめんだな。
若いし素直だから時間をかけていろいろと考え方を教えてあげれば、立派な大人になれるのかもしれない、とは思った。
その前に、俺が優しさを学ぶ必要があるのかもしれないけれど。


「リアル・クローズ」も同じ類の話だったらつらいな、と思っていたけど、こっちはまあまあ面白かった。
ストーリーのベースは「プラダを着た悪魔」に似ているが、話がより日本の実情に合っている。でも、それでリアリティが増しているわけでも、話が面白くなっているわけでもないんだけれど。ページ数は稼げているから、漫画家的にはそれでいいのかもしれない。


日曜日には、マンガの原作のコンテストに出す内容を練っていた。
前回は全く相手にされなかったので、今回は少し内容を工夫した。
人の描くマンガにケチをつけるのは簡単だが、なかなか同じ土俵に立つところまではいかないものだ。
一応の完成はした。
後日、もう少しまともなことを考えられる脳で、見直してから提出したい。



**おまけ**


父親が息子と散歩をしていると、道端で犬がセックスをしていた。
「お父さん、あれ、何しているの?」
「あれはね、子犬を作っているんだよ。」
その日の夜、息子は起きてくると、ベッドで父親と母親がセックスしているのを見つけた。
「お父さん、何をしてるの?」
「今は赤ちゃんを作っているんだよ。」
子供はそれを聞いて、泣きながら父親に頼んだ。
「後ろからやってよ。僕、子犬が欲しい。」

今週は毎晩、9時30分以降まで残業していた。
水曜日には予定していた「明日の幸福」という芝居に行くことができず、いつものようにエクセルに向かって計算をしていた。
最近は、Radioheadを聴きながら仕事をすることが多い。
夜が深まってきた頃、大きな部屋で1人残ってRadioheadのLet downなんか聴きながら仕事をしていると、美しいメロディラインの曲なのに頭がおかしくなりそうになる。


土曜日は朝から友達と旧四賀村(現松本市)の福寿草まつりに行ってきた。http://sbc21.co.jp/fukujuso/


毎年、春になると実家の庭に小さな福寿草の花が咲き、よく父は僕に嬉しそうに「今年も福寿草が咲いた」と言うのだったが、当時の僕には何が嬉しいのかさっぱりわからず「それはよかったね。うるせえよ」とふてくされながら答えたりしていたのだった。


福寿草の花を見ると「ああ、春が来たなあ」と喜びを感じるようになったのは、きっと年を取りすぎたからなのだろう。
旧四賀村の福寿草はまだ満開にはほど遠い状態だが、僕は満開の福寿草よりも、雪を割って静かに咲いている福寿草の方が好きで、友達が一生懸命に携帯で写真を撮っているのを横目で見ながら、そんな福寿草を探していた。


その後、まつもと市民芸術館に行き、「明日の幸福」(劇団朋友)という芝居を見た。


明日の幸福

調べたら松本でも公演することになっていたので、そちらに行くことにしたのだ。


まつもと市民芸術館はとても美しい建物だった。
松本は大学があるせいか若者が多く、街も活気に溢れている。
長野よりも暖かいせいかミニスカートの女の子も多い。
松本に比べると長野の冬の空は暗くて気が滅入る。


劇はなかなか面白く(といっても導入部分では寝てしまい、自分のいびきで目が覚めた)、特に後半は面白かった。演出は、渡る世間…の石井ふく子さんで、ちょっと探したら客席に座っているのが見えた。


芝居を見た後、昔、よく行っていたガレージという喫茶店でオムライスを食べて、長野まで戻ってきた。http://www.garage.biz-web.jp/cafe_garage/


日曜日は朝からDVDで「OUT」という邦画を見た。


OUT

4人のパートで働く女性たちの物語で、原田美枝子、室井滋、間寛平、香川照之の演技は実に素晴らしかった。
DVDが悪いのか、もともとの音が悪いのか、聞きづらい台詞もいくつかあったけれど。
ストーリー的には苦いが味のある展開で、テンポが多少ゆっくりなのが、僕的にはちょっとピッタリ来なかったけれど、ラストシーンは何がというわけではないけど、感動した。


人生って堕ち始めると早いけど、こうなったらもう止められないよな。と映画見ながら思っていた。


それから、午後は仕事に行って7時30分まで仕事をした。
職場は寒くて震えた。


昔は「俺は生活のために仕事をしているんで、仕事のために生活してるんじゃない」って格好いいこと言っていたのに、今は完全に「仕事のためだけに生きている」って感じになっちゃったなあって悲しい気分になる。

この状態から、いつか俺も抜け出せる日が来るのだろうか。




***おまけ**


男が砂漠を這っていると、突然ラクダに乗った男が近寄ってくるのが見えた。
十分に近づいたのを待って、男は声をかけた。
「どうか助けてくれ。水が欲しいんだ。」
「申し訳ないが、水はないんだ。でもネクタイを売ってやることはできる。」
「ネクタイ?俺は水が欲しいんだ。」
「1つ4ドルでどうだ?」
「俺は水が欲しいんだ。」
「わかった。じゃあ2つで7ドルにしてやるよ。」
「頼むよ。どこに行けば水があるかだけでも教えてくれ。」
「わかった、わかった。」ラクダに乗った男は言った。「3マイル(約4.8km)まっすぐ這っていくんだ。君の進んでいく方向に。そうすれば石を見つけることができる。そしたら左に曲がって、もう3マイル這っていけばいい。そうすればオアシスにたどり着けるよ。でも、本当にネクタイはいらないのか?特別に3つで10ドルにしてやってもいいぞ。」
しかし男は何も答えず、ゆっくりと足を上げると、オアシスに向かって歩き始めた。
男は歩いて、歩いて、歩いて、歩いた。そして、石のところに着く前には、再び這い進んでいた。
石のところにたどり着くと、男は身体から砂を払い、左を目指した。
男は這って這って、這って這い、前方に何本かの椰子の木を見つけることができた。
彼は立ち上がり、最後の力を振り絞ってオアシスに向かった。
オアシスには一人の男が立っていた。乾ききった男は彼にたずねた。
「ここはオアシス?水が飲める?」
「もちろんさ。たくさんの水がある。」立っていた男は答えた。
「よかった。」乾ききった男は身体を水の方に引きずって行こうとした。
「あ、ちょっと待ってくれ。」立っていた男は声をかけた。
「ドレスコードがあるんだ。ネクタイをしていないと入れないよ。」

以前の職場でとてもお世話になった方が突然の病気で亡くなった。
あと退職まで2か月を切っていたのに、気の毒でならない。


そんなやりきれない思いでいても、つい職場ではブラックな笑いを取ろうとしてしまうところが、俺の悪いところだ。
「もし君が突然死んだら、俺が戒名をつけてやるよ。」
「どんなやつ?」
「残業院長時間労働石持居士ってのはどう?」
「なんだよ、石持って。」
「この前、どっかの臓器に結石があるとか騒いでたじゃん。結局、医者から「子供が欲しいって思い続けていると想像妊娠になるように、結石ができると思いこんでいると想像結石になるんですよ」って言われたやつ。」
「想像じゃない!リアルにあるんだよ。石をバカにするな。」
「もうやめてくださいよね。ありもしない結石で出張に突然行けなくなるとかいう話。」
「ふざけるな。」


出張と言えば、今週は月曜日に埼玉に出張した。もちろん日帰りで、帰ってきてからも11時頃まで残業をしていた。
行きの新幹線のなかで、ついうたた寝をしてしまい、埼玉に出張なのに新幹線に乗り遅れた、という夢を見た。
ハッとして起きたら、新幹線のなかだったのでホッとした。
なんでこんな夢を見たがるのか、自分の脳が行うことながら、意味不明だ。


週末も家でダラダラと仕事をしていた。
一応、基礎的なデータを取りまとめたところで、嫌になってやめてしまった。
いつものように、きっと明日からの僕が頑張ってやってくれるのだろう。
予定していた英会話の勉強は、まだ全然進んでいない。
もう日曜日の夜になってしまったのに…。


乙1類から乙3類までの試験に受かっていた。
乙1類の正答率は70%、2類が80%、3類は60%だった。
60%がボーダーなので、3類は本当にギリギリだった。
運がよかったのか、運が悪くて60%なんて低い成績なのか微妙だが、受かったのでとりあえずホッとした。
次は6月に乙5類と6類を受けて、乙種危険物をすべてマスターすることにしている。


先週の芝居については、いろんな人から意見を聞いた。
もちろん俺に面と向かって言うわけだから、面白かったとお世辞混じりでいう人の方が多かったけれど。

セットのしょぼさとかの指摘が多かったなあ。
まあギリギリの人員と時間と予算でやっているわけだから、無理を言われても困るよっていうこともあるんだけど。でも、翌日、「タイムマシン家族」を見たときに、同じ料金払って観るなら、こっちを観るよなあって正直思った。


漆原友紀の漫画「蟲師」(講談社)の9巻を読んだ。今回の話もどれもよくできて、よく、レベルを下げずに毎回これだけの話を描ききれるものだと、尊敬してしまう。


むし師9

DVDで「グエムル -漢江の怪物-」を今頃観た。


グエムル

まあまあ面白かったし、女優はみんな素晴らしく魅力的だったけれど。
でも軍隊はどうしてグエムルをやっつけないんだ、どうして主人公の男の言うことに政府は誰一人として耳を傾かないんだ、等と疑問が次々に湧いてきて、どうもいまいちって感じだったなあ。


DVDで「バタフライ・エフェクト」も観た。


バタフライエフェクト

脚本がすごく練られていて、本当にSFが好きな人がSFを好きな人に向けて作った作品だと思う。この映画は薦められる。
観た後もしばらくいろいろと考えさせられた。
見終わったとき、俺にもしこの能力があったら、と人生を振り返ったとき、戻りたいときが山のようにあることに気づいて、少しボーゼンとした。



***おまけ


男が結婚した女性とエッチをしている最中に、彼女の夫が帰ってくる音が聞こえた。
「急いで!窓から飛び降りて!」女性が言った。
服を着る間もなく、彼は裸のまま窓から外に飛び出した。
ちょうどその時、ニューヨーク・シティー・マラソンの一団が通りかかったので、彼はそのなかに飛び込んで、一緒に走り出した。
彼の隣を走っていた男が、彼を見て言った。
「ひとつ聞いてもいいかな?いつも裸で走るのかい?」
「うん。そうだよ。」彼は走り続けながら答えた。
「もうひとつ聞いてもいいかな?」別のランナーが声をかけてきた。
「いつも走るときに、コンドームをつけるのかい?」
「いや…。雨が降りそうなときだけだよ。」