僕の隣の課に、いつも自分の妻のグチをこぼしている男がいる。
彼の妻は厳しく、怖く、妻の実家の隣に家を新築させられたものだから、借金だけは背負わされ、家庭に楽しいことは何もないのだという。
廊下で会ったときに「福田首相って簡単にやめられていいですよね」などと言う。
「君も仕事やめたいの?あ、やめたいのは家庭か。」
ははは、という笑い声を残して、彼は去っていった。
彼が去った後もその笑い声だけはいつまでも残っているような感じがした。
隣の席に座ったおじさんは、ちょっとした小ネタにも大笑い。
こんな程度の話でもこんなに笑ってもらえるのか、と何か発見したような気になった。
会場全体も笑いに満ちていたが、僕自身は笑うようなことはなかった。
江戸時代の古典落語のネタも上手に織り込んであり、それがウケているのを見て、笑いには普遍的なものもあるんだなあ、と思ったりした。
小雁さんの演技はすばらしくよかった。
いい俳優というのは自分の感情を思い通りにコントロールできるんだ、と思った。
笑うべきところは笑ったように見せる演技を、怒るべきところは怒ったように見せる演技をするのは当然のことだが、いい俳優は自分の感情をも笑わせ、怒れるように見える。
本来の自分を捨てきり、感情を役に載せる。
自分を捨てきれるかどうか、感情の載せ方、感情の切り替えがうまいかどうか。それが、いい俳優かそうでないかの一つの基準になるように感じた。
見終わってから、友達とビールを飲んでラーメンを食べて、帰ってきた。
金曜日は休みを取り、一日中ダラダラ過ごしていたが、夕方になって「採石業務管理者試験」の願書に貼る写真を撮りに行った。
願書に貼る写真のサイズは「縦8センチ×横6センチ」。
できあがった写真を見て、あまりの顔のでかさにちょっと吐き気がするくらいの大きさだ。
「なんだか年をとったなあ。」写真を見て思う。
いろいろ考えていたら、気分が暗くなってきた。
そのまま家には帰らずに、ドライブをすることにした。
アクセルを踏み込むと、気持ちよくスピードが伸びていく。
視力がよくなってから、この車の性能を楽しめるようになった。
30分くらい、でたらめに走っていた。
知らない道を走っているときに道路脇に「佐野川温泉竹林の湯」という温泉の看板を見つけたので、寄ることにする。
入り口にあるパンフを見ると昨年の12月にオープンしたばかりのきれいな建物だ。
露天風呂はないものの、入浴料は250円と安い。
1時間くらいゆっくり入っていたら、気分も少し軽くなった。
家に帰ってトム・ハンクスのサタディーナイトライブ(以下SNLと略す)をDVDで観た。
このSNLでは短いドラマをスケッチと呼んでいる。
カルガリーオリンピックのスケッチとエアロスミスのスケッチ、それから、結婚記念日に夫婦で食事をするスケッチが気に入った。特典映像もなかなか…。
なかでも結婚記念日のスケッチはかなりできがいい。
8年越しの結婚記念日に、夫婦がレストランで食事をする。
「私たちは、理想の夫婦ね。8年経っても愛が変わらず、おまけに親友だなんて。」
そういう妻に、夫は「僕たちは理解し合っているから、どんなことを聞いても驚かないよね。実は僕はときどき、君が死んじゃわないかなって考えるんだ」と話し出す。
「君が死んだら、スウェーデンの18か19歳くらいのメイドを雇って、一緒に暮らすんだ。昇進もして、ある日僕らは結ばれる。会社のコネで、彼女はモデルとしてデビュー。僕にもモデルの友達ができる…。」
脚本もいいが演技もうまい。唖然とする妻役の俳優も上手だ。
「君だって、セックスの最中に別の男のこと考えるだろ?」
「私はそんなことしないわ。誰のこと考えるの?」
「ディアドラ」
「私の妹?」
「だって似てるし…」
トム・ハンクスも小雁さんと同様に感情の載せ方がうまい。
そして感情の切り替えが、現実に生きている人よりも鮮やかで素早い。
土曜日には、若杉公徳の漫画「デトロイト・メタル・シティ」を3巻まで読んだ。
オシャレなポップバンドを組みたいと思っていた主人公が、悪魔系デスメタルバンドを組むことになる。そしてそのバンドはコアなファンと共に成長をし、主人公の意志に関わらず、自らもカリスマ的存在になっていくという物語だ。
バカバカしい漫画ではあるが、やたらと神話や伝説を作りたがるロックファンの一面を描き出していているし、反社会的なパフォーマンスをする人の多くは、社会に従順な人だということもよくわかる(当たり前だけど)。
人には勧められないし、これ以上読むことはないけれど、こういうバンドの存在を社会の一部では求めている、という事実はあるんだろうなあって読みながら思った。
夜は友達とイタリアンレストランのカンパネッラで食事をした。
コース料理を食べ、カラスミのパスタとイベリコ豚のグリルがおいしかった。
日曜日には、「冬の運動会」というテレビドラマをDVDで観た。
思っていたより、ずっといいドラマで、観てよかったと思った。
どの役者も演技が素晴らしくよく、向田邦子の脚本も男というものを実に上手に描いている。
男は、隠れ家を造りたがり、危険な女に惹かれてしまう。
自分が何をしたいのか、本当はわかっていない。
ただ、妻や子を飢えさせないように、働くことが使命だと思い、必死に働く。
樋口可南子が演じる理想的な母であり妻が、そんな男たちがそっとしまっておいた秘密を次々に暴いてしまう。
良妻賢母というのが、いかに男の息を詰まらす存在なのかも学べる。
登場人物一人一人をしっかりと描いている作品で、多くの人に勧めたい。
ただ主題歌を歌っているのが俺の嫌いな槇原敬之で、そこだけは大いに不満だけど、多くの人には関係ないことだろうからなあ。
