職場に羽アリが大量に発生したと聞いて、殺虫剤を持って走った。
ドアをあけると、確かに羽アリがたくさんいる。
でも、普通のアリもたくさんいる。
「シロアリだ!」
大声でそう話す人がいるので、「そうじゃないよ、これは普通のアリのオスとメスだ」と説明する。
これから結婚しようとする1匹だけのメスアリと、多くの花婿候補のオスアリとには羽が生えている。
結婚したメスアリは、将来、女王アリになり、オスアリは花婿になってもならなくても死ぬ。


アリもシロアリもどちらも社会的昆虫だが、進化の過程が全く違う。
アリはハチから進化し、シロアリはゴキブリから進化した。
そして形も全く違う。
アリの羽アリは見事なくびれがあるが、シロアリの羽アリはドラム缶体型だ。
「よく知ってますね。どうして知ってるんですか?」
「どうして知ってるんだっけ?」
そういえば、昔、昆虫関係のすごく面白い本を読んだことを思い出した。
題名をもう忘れてしまった。でも、その本からはとても多くのことを学んだ気がする。


その本で印象深かったのは、オーストラリアでは莫大な羊の糞尿を処理するために、エジプトからフンコロガシ(スカラベ)を輸入したという話だ。
読みながらフンコロガシの、糞を地面の下にしまい込む処理能力の高さに驚いた。日本の登山道にもフンコロガシを放せば、登山道のトイレ問題なんか解決するのに、と思ったりもした。
何という題名の本だったのか。もしまた見つけたら読み返してみたい本だ。


シロアリではないから生かしておくかというと、そういうわけでもなく、いずれにしろ皆殺しにしてしまう。
スプレーで殺虫剤をかける。
アリはすぐに死んでしまう。
死がいをほうきで掃きながら、「人間って勝手な生き物だよな」なんて思う。
そしてまた、「アリに詳しいから」という理由で、担当でも何でもないのに、後始末までやらされている俺というのもどういうものかとも思う。


週末は法事があり、また実家に帰った。
お寺に檀家が集まり、先祖の霊を慰める。
母は当然、お参りなどできないので僕は1人で行くつもりだったが、姉と姪が同行してくれた。
寺の本尊は、光背まで含めれば3m以上の大きな木彫の観音像で、個人的には一番好きな像だ。
腕から手の指にかけて、それから手の平の優しい曲線が美しい。
まだ土を踏んでいない、赤ちゃんの手足をモデルにしたのだそうだ。


家に帰ったあと、母親を連れて2人で昼食を食べに行く。
退院祝いにウナギでも、と話していたが、昼休みの店が多かったので、結局ヒレカツ定食を食べることにした。
思っていたよりずっとおいしいお店だった。店員さんもとても親切だった。
母は、ご飯やキャベツは残したものの、僕と同じ量の肉が食べられたと嬉しそうだった。
そのあと、市内を一望できる山の上の方まで車を走らせる。
夏の強い日差しの下で、母が入院していた病院が遠くに見えた。
「退院できてよかったね。」
「私はこうして、車に乗って景色を見るのが本当に好きなの。」
今ひとつかみ合わない会話をしながら、ドライブをして家まで戻った。


日曜日は午前中に、僕が中学校に入学したときに買った小学館の万有百科大事典を十文字に縛った。
8月末の古紙回収のときに、捨ててしまう。
そういえば、あの頃は別巻の「人体大地図」にあるたわいもない性的な描写にどきどきしていたんだよなあ、なんてことを思い出す。今なら見ても、心拍数がピクリとも上がらず、むしろ下がるくらいの刺激でしかない。
そしてまた「思い出せないだけで、記憶は残る」なんて「人体大地図」に載っていた文句を中学時代から疑っていたんだよなあ、なんて思い出した。
通学途中「こんな景色も俺は一生忘れないんだろうか」と立ち止まって考えたりしていた。
そして、その景色を僕は今も覚えている。
載っていた内容は、本当だったのかもしれない。


日曜日の午後になって、また長野に帰ってきた。


クリント・イーストウッド監督の映画「インヴィクタス」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-invictus

元々、僕は見るスポーツではラグビーが一番好きだ。その後、アメフト、ボクシング、野球、サッカーと続く。
ラグビー映画だから、僕が好きなのは当たり前のようにも思えるけれど、この映画は、男はどのように生きるべきかを教えてくれる。


My Kiasu Life in JAPAN-invictus1

マンデラ大統領の政治家としての資質も素晴らしく、日本の空気を読むことに腐心している政治家とは違う。
彼は27年間、彼を狭い独房に押し込め、囚人としていた相手を赦す。
そして、白人である看守たちが、そして支配層が愛していた白人のラグビーチームを応援し、白人と黒人の真の融和を図ろうとする。
怒りが力の源泉になるというのは錯覚だと、最近僕も思うようになってきたから、彼が言うことにすごく共感ができた。


My Kiasu Life in JAPAN-invictus2

この映画を映画としての作品の質だけで語ると、浅いと言われるかもしれない。
しかし、この映画は、20世紀末にこのような男たちがいたことを紹介することだけでも意義があると思う。
政治家やスポーツ選手の真っ当な強さを教えてくれる。
多くの人が見るべき映画のように思う。


僕は、この映画を見て、こうありたいと強く思った。

予定より数日早く、母が実家に戻った。
娘の家で娘の家族に気遣いをしながら暮らすのが、つらかったらしい。
「戻ったから。」
実家からの電話口での母の声は少し弾んでいた。


金曜日は、仕事の帰りに、高速道路を運転して、そのまま実家に帰った。
途中、事故渋滞に巻き込まれ、普段よりも時間がかかった。
僕が事故現場に近づいたときは、事故車両が仰向けになった亀のような状態で、車輪を道路ではなく空中に4輪とも浮かせて、まだそこにあった。
運転席は、道路と車重でつぶれ、事故の激しさを物語っていた。
それを見てから、アクセルを踏む力が自然と弱くなり、意外と気にするんだなあ、と自分に対して驚いた。


実家の玄関を入ると、金魚や朝顔、貝殻を模した夏の飾り物が増え、涼しげな装いになっていた。シャチの飾りまであった。波を模した青いガラスの石の間で泳いでいる。縮尺が違いすぎて金魚の飾りよりも小さい。
母の部屋に行くと、母が新しいベッドに嬉しそうに腰掛けている。
「どう?新しいベッドは?」
「快適よ。」
足の筋肉がやせ、左足はむくんだままで、歩くのはまだつらそうだ。


土曜日は、朝9時30分から家に手すりをつける工事が始まった。
屋外の道路に面したところから浴槽まで、問題となりそうな箇所に手すりを設置する。
暑い日差しのもとで、工事をしてくれるお兄さんに冷たい麦茶を渡す。


僕は特にすることもないので、ヤスミナ・カドラの小説「昼が夜に負うもの」(ハヤカワepiブック・プラネット)の続きを自分の部屋で寝転がって読んでいた。


My Kiasu Life in JAPAN-昼が夜に負うもの

僕にとって驚きだったのは、この小説が、ユネスというアルジェリアの少年の成長を描くことに主眼があるのではなく、芯の強い恋愛小説だったことだ。
天使のような顔立ちをした青い瞳のユネス。恋に奥手で、たびたびのチャンスをものにせず、決断をしなかったことが、彼の人生を悲しいものにしてしまう。


ユネスの失敗は、そのまま僕の失敗にも通じる。


ユネスの叔父が語る「愛から目をそむけ、脇を素通りしてしまった者は、年齢と同じだけの長さの後悔を抱えていくことになり、どれほどため息をついたところでその後悔が癒されることはないだろう」という言葉は、僕が今、実感していることだ。


「女なんて」高校の頃、僕は言っていた。
なんて馬鹿だったんだと今は後悔をしている。


「男というのは不器用なものだ。思い違いはするし、さきは読めず、術策は誤り、どうしようもないほど軽率で、失敗ばかり繰り返す。女性を見くだすことで、自分の運命を突き進んでいると思いこむのだからな。確かに、女性がすべてではないが、”すべて”は女性にかかっている。」
叔父の言うとおりだと今の僕は思う。


ユネスを想うエミリーの言葉はもっとシンプルで強烈だ。
「愛には恥も罪もないの。」
俺にはそこまでの勇気がなかった。


恋愛をしなければ、人生なんて無意味なものだと今の僕は思う。
ユネスの叔父はこうも言う
「妻をめとれ、ユネス。人生の冷たい仕打ちに仕返しができるのは愛情だけだ。いいか、おまえが女に愛されていれば、どのような星もおまえの手の届かないものはなかったろうし、どれほど神々しいものがあっても、おまえの足もとにも及ばなかっただろう。」


取り返しのつかない失敗の数々を、今の僕はただ呆然とした面持ちで眺めるしかない。

80歳を超えたユネスは、冷たくあしらった最愛のエミリーから、彼女が死んだあと、手紙を受け取る。
そして、ルドルフ・シュタイナーが語るように、すべてを批判せずに受け入れるようになると、死者であっても、永遠に存在するものを認識できるようになる。
最後は、涙を流しながらこの小説を読み終わった。


手すりは3時にはつけ終わった。
設置費用は、いったんは支払うものの市から9割が戻ってくるのだそうだ。


土曜日は、朝9時30分からドアホンの設置工事が始まった。
工事は30分くらいで終わったが、そのあと、姉と2人で家中の整理と掃除をした。
12時30分頃には終わったが、僕はくたくたに疲れていた。


「残りは来週。」と姉が言い残して帰って行った。
来週もめんどくさそうだ。


先々週に見た、フランスのかつての美少女シャルロット・ゲンズブールの「なまいきシャルロット」がよかったので、今週も1週間かけてフランスの美少女映画「水の中のつぼみ」を見た。

My Kiasu Life in JAPAN-水の中のつぼみ
少女の揺れる心を見事に描いているのだろう。
そのせいか、俺にはさっぱりわからず、好きな人(女性)が捨てたゴミを拾ってきて、どきどきしながら広げる少女に「ちょっとなあ」と冷めた思いしか抱かなかった。


My Kiasu Life in JAPAN-水の中のつぼみ1

最後まで、よくわからず共感ができなかった。


My Kiasu Life in JAPAN-水の中のつぼみ2

見る人を選ぶ映画だったのだと思った。

金曜日には、職場の暑気払いがあって、僕は幹事だった。
午後9時30分頃に一次会が終わり、それから1人だけでもう1件飲みに行った。
「10時30分には、帰る。」
頼んでいたタクシーがきたので、10時30分には飲むのをやめて家に帰った。


翌朝は5時30分に起きた。
まだ眠かった。熱いシャワーを浴びて、目を覚ました。
9時から実家でエアコンの工事が始まる。
それまでには帰らないと。
長野を6時30分くらいに出て、実家には8時過ぎに着いた。


8時30分頃に姉が来た。
エアコンの工事をしている間、別の部屋の掃除をしようという。
暑くて、作業中に何度も冷たい水で顔を洗いながら掃除をした。


今度、母の部屋に取り付けたダイキンの「うるるとさらら」は、通常のエアコンよりも室外機と室内機をつなげる管が1本多い。初めて取り付けるという業者の人は、少し手こずっているようだった。


取り付け工事が最終的に終わったのは3時を過ぎていた。
姉はもう帰っていた。
業者も疲れていたけれど、エアコンの室外機を備え付けるスペースを確保するために、僕もいろいろな作業が必要で、かなり消耗した。


5時30分頃に姉の家に行き母に会った。一緒に食事をした。
先週よりも元気そうだったが、2人だけで話をしていると、「早く家に帰りたい」と言って泣く。
人の家で生活するというのは、いろんな気苦労があるのだと思う。
「わかるけど。」
僕もどう言ったらいいのかわからない。
エアコンは取り付けたが、これから家に手すりを取り付ける工事が必要だ。
まだ、家に帰るのは早すぎる。


実家に帰ってシャワーを浴びているときに、サーモスタットが機能していないことに気づく。
明日になったら、分解をして修理をしようと思った。
きっとフィルターが汚れているんだ。


ふとんに寝ながら小池龍之介の「考えない練習」(小学館)を読む。


My Kiasu Life in JAPAN-考えない練習

彼の本に書いてあることの大半は、煩悩に満ちた僕には実現不可能で、「そりゃあ、そうなんだろうけど」なんて思いながら読んでいる。でも、怒りを抑える能力は確かに高まったような気がする。


翌朝、シャワーを修理しようとしたら、完全にゴムパッキンが壊れてしまい、水が噴き出す。シャワーの水を止める元栓の位置がどうしてもわからない。仕方がなく、業者に来てもらって、応急処置をしてもらう。
結局、僕が修理しようとしていたレベルでは対応ができなかったことがわかる。フィルターはそんなに汚れていなかった。完全にサーモスタット自体が壊れていたのだ。


混合栓を付け替えるのに、工事費込みで4万円かかると言われ、ため息が出る。
でも、母は浴槽に入れず、シャワーしか使えないから、どうしても工事はしなくてはならない。


それからネクタイをして、遠い親戚の家に母の代理で葬儀の挨拶に行く。
「このたびは、ご愁傷様で。」
なんて挨拶をするのだけれど、お互いに初対面なので、何を話したらいいのかよくわからない。
「窓から眺める景色が素晴らしくいいですね」なんて言ってみたりする。
「そうなんですよ。昔は花火の撮影に、NHKが部屋を借りに来たこともあるんです。」
「それは、すごいですね。」
5分くらい話をした後、僕が「ではこれで。」と立ち上がると、少し相手もほっとしたような顔をしてくれたので、僕もほっとした。


実家では、また掃除の続きをする。
途中から姉が来て手伝ってくれた。


2時過ぎに掃除を終えて、母に会いに行く。
「みんなが心配してくれるのは嬉しいけれど、体が弱ってこれからは友達も自由に会えなくなる。もう、希望が持てなくなった。」と言って泣く。
「大丈夫だよ。元気出せよ。」
具体性に乏しい励ましをして、5時過ぎにまた長野まで帰ってきた。


1週間かけて、アンジェリーナ・ジョリーのアクション映画「ウォンテッド」を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-wanted

無理が多い映画で、特に前半は我慢して観ていたけれど、後半になったら少し面白くなってきた。


My Kiasu Life in JAPAN-wanted1

どんな怪我をしてもすぐに治っちゃう回復風呂なんて、設定もユニークだ。


My Kiasu Life in JAPAN-wanted2

My Kiasu Life in JAPAN-wanted3

でも、人に勧めるような映画では全然なく、ハリウッド的な無理の連続で、得るところも少ない映画だった。

金曜日の夜、職場を出るときは小雨だったが、前方には黒い雲が広がり、なかで稲妻が光っていた。家に着く頃にはひどい土砂降りで、傘を取り出すのをめんどくさがって、車から家まで走ったら、ずぶ濡れになった。


服を脱いでシャワーを浴び、DVDで韓国映画「秘愛」を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-秘愛

結婚間近の女性が、彼女にとって理想的な男とエレベーターのなかで出会う。


My Kiasu Life in JAPAN-秘愛1

「もし、このエレベーターが地下に着くまでに、誰も乗ってこなかったら、お酒をおごらせてください」そう、男は言う。
女は断るが、再びその男と会ったとき、もう彼女は自分を止めることができなかった。
翌日にはアフリカに行くその男と、彼女は一晩を過ごす。


My Kiasu Life in JAPAN-秘愛2

最初、この女優の美しさが僕にはよくわからなかった。
でも、脱いだとたん「きれいだ」と思った。
ものすごく、きれいだ。


My Kiasu Life in JAPAN-秘愛3

昔、結婚する1週間前まで、僕と遊んでいた女の人がいた。
そのときも、女って不思議だなって思ったけれど、映画を見ながら、そのラストといい、「そうなんだよな女って」と思った。


それから、コーヒーをがぶ飲みして、実家まで2時間ほど運転をした。
もう雨はやんでいて、遠くに稲妻が見えるだけだった。


実家に着いたのは深夜12時を過ぎていたので、その日はすぐに寝た。


翌朝、起きてスペンサー・ジョンソンの「チーズはどこへ消えた?」(扶桑社)を読み終えた。


My Kiasu Life in JAPAN-who moved my cheese?

2人の小人と2匹のネズミが迷路に暮らしている。あるとき、チーズを見つけ、それを食べて暮らし始める。
そのうちにチーズがなくなってしまう。
2匹のネズミは次のチーズを探しに出かけるが、小人たちは「チーズはどこに行ったのだろう」「こんなの理不尽だ」などと言うばかりで動こうとしない。


現代のような変化の時代には、チーズがどこかに行ってしまったなどと嘆くより、次のチーズを探すようにすぐに行動すべき、というのがこの話の主眼だ。
なかなかためになる話のように思えたが、最後のディスカッションは、少し僕には冗長なように思った。


昼過ぎになって母に会いに行った。まだ歩くのはゆっくりだが、少し元気が出てきたように見える。


母は姉の家にお世話になっているからと、仙台の笹かまぼこを取り寄せて姉に渡したらしい。
姉は別にかまぼこが食べたいわけでもなかったので「どうして勝手にそんなことしたの!」と怒り、母は「どうして喜んでくれないのか」と悲しがっていた。
僕はなんとも言いようがなく、「まあなあ」と曖昧に笑うしかなかった。
大きな目で見れば、そこまで回復したと言うことで、喜ばしいことだとは思う。


土曜日の夕方には、再び長野に戻った。翌日は朝から東京に仕事で行かなくてはならない。


日曜日は朝4時50分に起きた。始発の次の新幹線に乗る。
新幹線のなかでは、ヤスミナ・カドラの「昼が夜に負うもの」(早川書房)を読んでいた。


My Kiasu Life in JAPAN-昼が夜に負うもの

久しぶりに読む、重厚で肉厚、繊細な小説だ。
アラブ系の少年ユネス。彼はアルジェリアの極貧の農家で生活をしていた。
彼と彼の家族に襲いかかる不幸。それは、人為的なものであるために、悲惨さがいっそう胸に突き刺さる。
しかしその不幸は、ユネスだけには幸運をもたらしているように思える。不幸のたびに、父親は心を折られるが、ユネスには新たな世界に飛び出すチャンスとなっている。
こんなにいい小説を読むのは久しぶりで、本当に読書に没頭することができた。


東京での仕事は、それなりに頑張った。それなりに頑張るだけで十分な仕事だった。
夜は、東京駅でみんなでビールを飲んで、帰りの新幹線ではまた「昼が夜に負うもの」の続きを、真剣に読みながら帰ってきた。
150ページほど読んだが、まだまだ冒頭だ。この本をまだ読むことができて嬉しい。


長野駅に帰ってきたとき、まだ飲み足りない気がしていた。
それで、駅前の店でウイスキーを飲んだ。


月曜日は、たまった洗濯をして、掃除も少しだけした。


以前から読んでいた小池龍之介の「もう怒らない」(幻冬舎)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-もう怒らない

この本は、「怒り」というものを捨てて、平穏に生きなさいということを説いている、修行僧が書いた本だ。
怒ると不快になり、幸福感を得ることができないのだと、彼は言う。
彼の言う「怒らないこと」については、ルドルフ・シュタイナーも本の中でその重要性について語っている。「誰かと出会い、その人の弱点を非難するとき、私は自分で自分の中の高次の認識能力を奪っている」と。


この本については、いろんな意見があると思う。修行僧に、ストレスフルなビジネス社会がわかるのか、というのが一番ストレートな意見だと思う。
でも、少なくとも僕は、この本を読んで今までよりも自分のなかの怒りを抑えることができるようになったような気がする。


「アンヴィル!夢を諦めきれない男たち」というDVDも見終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-the story of anvil

アンヴィルという30年も続けているのに売れないヘヴィメタルバンドが、それでもロック・スターを目指してバンドを続けていく。


My Kiasu Life in JAPAN-anvil1

ボーカルのリップスは普段は給食の配達をしている。ドラマーは建築作業員をしている。彼らはヨーロッパツアーで成功すれば、レコード会社も見に来てくれるのではないかと淡い期待を込めて旅立つが惨敗。
それでも、夢を諦めない。


My Kiasu Life in JAPAN-anvil2

この映画を見て、anvilという単語が「鉄床(かなとこ)」を意味すると知った。
実家からの帰り道、入道雲を見て、じゃあ鉄床雲(かなとこぐも)はanvil cloudって言うのかな?って思って調べたら、その通りだった。

へヴィメタも勉強になるなあって思った。

1週間のうちに、2回も飲み会があった。
1回目は、前の職場の同僚との飲み会で、2回目は今の職場での飲み会だった。
金曜日は朝からノドが痛かったが、金曜日の夜に飲み会に行ったせいなのか、土曜日は本格的に風邪を引いた。


姉の家にいる母を見舞うために実家に帰ったものの、風邪を引いている状態では会わない方がいいと言われ実家で寝ていた。眠りは浅く、何度も起きた。起きるたびに本を読んでいた。
本来であれば勉強をしなければならないところだが、それはなかなかしようとはしない。


ラリー・バークダルの「ナゲキバト」(あすなろ出版)という少年小説を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-ナゲキバト

派手さはないが、静かで印象深い小説だ。
銃を撃ちたくて仕方がなかった9歳の頃、寝ている祖父に黙って散弾銃でナゲキバトを撃つ。飛び起きた祖父と見に行くと、長い首ががくんと折れ、見るも無残な姿が。少年はナゲキバトを両手に抱え、泣く。
近くには巣があり、そのなかに2羽の雛がいた。お母さん鳥がいなくなれば、生き残れるのは1羽だけだろう、と祖父が言う。
「どちらにするか決めなさい。」
少年は1羽の雛を取り上げて、祖父に教えてもらって痛みがないように雛を殺す。
少年の感情や思いがとてもまっとうで、大人が読んでも考えどころがある作品だ。
涙を流すほどの感動はない。でも、俺も小さな頃はこうだったなという思いがよみがえる。


竹村尚子の「すぐ動く人は知っている」(サンマーク出版)も読んだ。

My Kiasu Life in JAPAN-すぐ動く

この本は、「動くことが大切」という話がメインではない。「動くことが大切」という話は、きっかけになっているだけで、「他人を幸せにする、社会を幸せにする」にはどうしたらいいのかを考えましょうというのが、メインテーマだ。「すぐ動くこと」は、そのための手段であり、彼女の場合は、こうしたらうまくいったという実例が挙げられている。
彼女によれば、「自分ひとりだけが勝とうとするビジネスモデルは支持されない」し、「社会のみんなが喜ぶ商品を提供することが重要」だという。また、そういうモデルは神様にも支持されますよ、という。
神様の部分を除けば、言われてみれば当たり前のことで説得力がある。その辺りを無視して突っ走った企業がたくさんあり、結果として大成しなかった。


この本の中に、「運」とは「小さいおじさん」のようなものだという説明があり、この部分はかなり面白いので、立ち読みでも読むことをお勧めする。
人は「運」をそれなりに持っているが、人を傷つけたりルール違反をするとその運が落ちてしまう。小さいおじさんが、ぼろぼろと落ちてしまう。
「運」は「ありがとう」という言葉が好きで、落ちた運は、ありがとうといっている人を見ると、その人に今度は付く、のだという。
ということは、人を傷つけないように気をつけ、いつも感謝の心を持てば運が巡ってくる。
これもまあ、言われてみれば当たり前のことだが、説明の仕方が斬新で面白かった。


日曜日は、体調が少しよくなり、母と1分間ほどの対面をして、また長野に帰ってきた。


シャルロット・ゲンズブールの映画「なまいきシャルロット」をDVDで見た。


My Kiasu Life in JAPAN-シャルロット

今となっては大昔の映画だが、いつもふてくされて文句ばかりを言っているシャルロットがかわいい。


My Kiasu Life in JAPAN-シャルロット1

当時13歳だったというが、考え方が大人で、演技もうまい。


My Kiasu Life in JAPAN-シャルロット2

決していい映画ではないけれど、娘がいたら、一緒に見たい映画だとは思った。

昔、一緒に仕事をしていた同僚から、金曜日の昼休みに電話があった。
彼が週末に結婚式を挙げることは、他の人から聞いて知っていた。
既に祝電も数人の名前で送ることになっていて、手配は終わっているはずだった。


電話口で「あのとき、合コンに誘ってくれなかったら、こうして結婚するということもなく…。」と言うようなことを言う。お礼のつもりなのかよくわからない。
「まあな。確かに。ところで、最近の結婚式って「お二人は合コンで知り合い…」なんて言うのか?やっぱり「友達の紹介で…」とか言うのが普通じゃないのか?」
「そりゃあそうですよ。結婚式なんだから。合コンで知り合い、なんて言いませんよ。」
「俺が紹介してやってもいいぞ。2人は合コンだかキャバクラだかで出会い…、えーと、どっちだっけ?ってのはどう?」
「だからあなたを呼ぶのは嫌なんです。」
「じゃあ、祝電打つぞ。「上海の女はどうした?」って」
「それだけはやめてください。」
「まあ、いいや。とにかく、おめでとう。末永くな。」


金曜日の夜は5時30分から神経がすり減るような会議があった。
質問されたらもうお手上げ、という問題をはらんだ会議だった。ばかでかい触れてはならない問題を抱えていた。出席者全員が、目の前に横たわっている問題を見えないふりをしてくれないと乗り越えられない会議だった。
そして、2つ目の質問で、そのものズバリの質問をされて、「いつか臨時でそのことに関する会議を開かなくてはならないと思っています。」と答えて、後は全員で途方に暮れると、まあ、想像していたような展開になった。
会議終了後、ぐったり&うんざりして報告書を書く気力もわかず、事務室では7時までダラダラと無駄に過ごし、それから大雨の中、中央高速を2時間ほどぶっ飛ばして実家に帰った。


母が水曜日に病院を退院した。
土曜日の午後と日曜日の午後に、母を見舞いに姉の家を訪ねた。
母は退院後、姉の夫婦の家で面倒を見てもらっている。
環境が人を作るという面も確かにあるのだろう。
体力はまだまだという感じだったが、母は病院にいたときよりも、ずっと元気に見えた。


DVDでスウェーデン映画の「ミレニアム」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-ミレニアム

原作に忠実に作ってある。しかしながら、ミレニアムⅠの上下巻を2時間以内に押し込めているのだから、ありとあらゆるところが短縮されている。


My Kiasu Life in JAPAN-ミレニアム1


My Kiasu Life in JAPAN-ミレニアム2

映画のできとしては不満足だが、これが小説の映画化というものだと言われれば、なるほど、仕方がないな、とは思う。


最近、昼休みにルドルフ・シュタイナーの「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか 」(ちくま学芸文庫)を真面目に読んでいる。来週は残念ながら続きが読めない(実家に忘れてきたから)。


My Kiasu Life in JAPAN-いかにして超感覚的世界

この本は、高校時代にも一度買ったことがある。そのときは、箱に入った白い装丁がきれいな本だった。超能力の解説本だと勘違いして買ったのだが、あまりに難解で、すぐに挫折して女の子にあげてしまった。


今読むと深い。
深すぎて、溺れそうだ。生まれ来るもの、死にいくもの、これらを集中して観察していると、それぞれに特徴的な色(オーラ?)が見えてくるというのだが、俺にはそんなものが見えるようになるとは思えない。本当の種と作り物の種では、本当の種はこれから伸びようとするエネルギーが見えるのに対して、作り物の種には見えないというのだが、本当だろうか?
この段階で疑いを持つあたり、僕は神秘学を学ぶものとして失格なのかもしれない。


それでも、彼の言葉はとても100年も前に書かれた本とは思えないほどに普遍的で、実践的だ。
人を軽蔑する心や、批判する心を持つということは、自分を高めようとする道に障害を置くようなものだ。どのような意見も無批判に受け入れ、その意見を自分のものとすることが自分を高めるためには必要だということが書かれていて(不正確だけど。どうしてかというと、実家に本を忘れてきたから)、俺の精神がいつまでも未熟な理由がわかったような気がした。


ちょうど今、政治家が票の取り合いでテレビで互いの政策をこき下ろしている最中だが、画面の上部にでも、シュタイナーの「知者はもっとも謙虚な者である」という言葉を貼り出しておけばいいのに、と思ったりもした。


ユーキャンのテキスト「刑法」を読み終わった。考えてみれば、7月4日の今日は司法書士の試験日だった。来年は絶対に受ける。それにしてもテキストを読むペースが遅い。


あと1年。今日から真剣にまた頑張りたい。シュタイナーも「今日は失敗してしまった。でもすべて忘れよう。そしてまた明日、頑張ろう」という諦めない勇気を持てと言っていたし(不正確だけど。)。

土曜日の朝に中学校時代からの友達である大工のトシオと実家で会うことになっていた。
母が退院したあとに寝る部屋にエアコンを付けたかった。
トシオが知っている電気工事士を紹介してくれるのだという。


土曜日の朝に実家にいなければならないということは、金曜日の夜のうちに実家まで帰っていなければならないということだ。


金曜日、仕事帰りの疲れた体で、実家まで2時間の運転をする。
頭をすっきりするためにコーヒーをがぶがぶ飲んでいたら、口内炎が痛くなってきた。
ひとつ障害をクリアすると新たな障害が生まれるというあたり、自分の体とはいえ思いどおりにならないものだ。


トシオに会うのも何年ぶりだろう。
久しぶりに会ったトシオは以前よりも精悍な顔立ちをしていた。
PTA会長になったのだという。
「おまえが?」
「大変だけど、どこに行っても会長、会長って呼ばれるからクセになる」という。
「この前は、会合であいさつしろって言われたけれど、今日はいいやって断っちゃった。みんなが、本当にいいんですか?って聞くから『確か去年も、会長挨拶はしなかったはずだ』って適当なことを言って許してもらった。」という。
トシオらしい話だ。


トシオは今日はクリナップが展示会をしていて、そっちの会場に行くから、いつまでもいられないのだと、電気工事士が来る前に帰って行った。


姉はドアホンも寝る部屋に付けるべきだと言う。
電気工事士がきたらその交渉もしなさいと、電話で言う。
めんどくさいなあと思うが、交渉することにする。


電気工事士の人はとてもいい感じの人だった。
様々な提案をしてくれて、それがもっともだと僕も感じた。
僕がした、いくつかの提案も受け入れてくれた。
話をきちんとまとめようとする人と話すのは、気分がいい。


電気工事士の人が帰ったあと、母を見舞いに行った。
母は先週よりもまた少し快復したようだった。
たださほど暑くもないのに、汗をかいているのが気にはなった。


退院をしたら、しばらくの間、母は姉の家に暮らすことになっている。
7月の第2週になったら姉の家からこっそり会合に行きたいから、このスーツを病院に持ってきて、と僕にスーツの絵を描いてメモを渡す。
「少し落ち着けよ。まだ快復していないんだよ。今のこの状態ではなくて、完全に快復してから行っても遅くはないんだから。」
一生懸命、説得する。どこまで理解してくれたのかはわからないし、体に無理をさせないように、将来の明るい展望を話す、というのがなかなか難しい。母は、その会合がどれだけすばらしいのかを僕に説明しようとする。
「わかるよ。俺は行くなって言ってるんじゃないんだ。でも、今はまだまずいよ。会合はその1回がすべてじゃないだろ。それに今は階段だって上れないだろ?」


病院を出てから、今度はトシオに俺が会いに行く。
クリナップを始めとする、最新のキッチンや浴槽の説明を受ける。
車のバンパーと同じ素材で作った洗面台は、物を落としても、割れないし、傷もつかないのだと、化粧品のビンを実際に落として説明をしてくれる。
「すごいな」
「この前のホーローの説明はもっとすごかった。浴槽をスチールワイヤーでこするんだよ。それでも傷がつかないんだ。」
「ふーん。」
「でも、俺、言ったんだよ。普通の生活している人が、浴槽をスチールワイヤーでこするってことがあるのか?って。どんなことを想定しているんだって?そしたら、説明した人が黙っちゃった。」


トシオの話は相変わらず面白い。
それからトシオとは一軒家をどういう観点で作るべきかということをいろいろと話した。
「いろんなケースがあるから難しいな。」ということで、話は落ち着いた。


日曜日は、朝から母が退院してから寝る部屋にエアコンを取り付けるための配線工事をしてもらった。
最近は、エアコンを取り付ける際、200V(通常は100V)の独立した電源が必要になるらしい。


工事のあと、姉と実家の掃除をして、それから母の見舞いに行った。
そして、夜に、また長野に帰ってきた。


ダン・ブラウンの「ロスト・シンボル 下巻」(角川書店)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-lost symbol2

「ダビンチ・コード」や「天使と悪魔」ほどの謎解きの面白味はないが、様々な仕掛けがあり最後まで飽きなかった。
神は人の上にいるのではなく、人の内側にいるという彼の主張は、僕もここ数年感じていたことだったので、読んでいて頷けることが多かった。


こうの史代の漫画「さんさん録」(双葉社)も読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-336

妻を交通事故で亡くした1人のじいさんが、息子夫婦と孫と一緒に暮らす、そんなお話だ。
こうの史代の漫画を読む度に、僕は優しい気持ちになる。
彼女の漫画「長い道」もよかったけれど、この「さんさん録」も優しくてとてもいい本だった。

法律の勉強をしようと思っているが、なかなか勉強をしない。
勉強が嫌なせいか、ネット麻雀を延々とやっている。
いつまで経っても、麻雀も強くなれない。


桜井章一によれば、麻雀で負ける原因は基本的に自滅なのだという。
「確かに」と頷ける面もあるが、それを克服するためと称してネット麻雀に夢中になっているのも困ったものだ。


ネット麻雀のない世界に自分を引き戻すため、とりあえず、本を読むことを自分に許すことにした。


それでまず、村上春樹の「1Q84 BOOK3」(新潮社)を今頃になって読んだ。
もうBOOK1と2の内容など覚えていなかったが、無理に読み進めた。


My Kiasu Life in JAPAN-1q84book3

天吾の父親(と思われる)NHKの集金人の話はかなり強烈で、最後に天吾を守ろうと(?)敵の牛河に迫るときも、やはりNHKの集金人として迫るその職業意識ににんまりとした。


東京に住んでいた頃、夜中の11時30分にNHKの集金人が来たことがある。
サラ金の取り立てだって、そんな深夜には来ない(と思う。)。
非常識だとNHKに抗議のメールを送ったことがあるが、返事はなかった。
NHKの集金人に対しては、自分にもそんな嫌な思い出があるので、この話の部分はなかなか面白く読めた。


1984年と1Q84年を行き来する方法は最後にわかるが、実にあっけなく、ハードSFを読むことのある僕としては、「そんなんで繋がっちゃってることにしていいのか?」と読んだ後、かなりがっかりした。


風呂に入るたびに湯船に浸かりながら読んでいたドン・ウィンズロウの「犬の力 上」(角川文庫)も読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-犬の力

コカインは金になる。
警察と争い、他のシンジケートとの縄張り争いもあり、幸せな人生を送れるのは一握りだけ。
それでもコカインに手を出していく男たちと、組織を壊滅しようとする捜査官たちの血なまぐさい世界を描いている。
以前読んだときからかなり日数が経っていて、この本でももう誰が麻薬捜査官で誰がシンジケートのボスなのか、それすら曖昧で、小説としての面白さはもうわからなくなってしまった。


ダン・ブラウンの新作「ロスト・シンボル 上」も読み終えた。


My Kiasu Life in JAPAN-lost symbol 上

今回のネタは世界最大の秘密結社フリーメイソン。
ワシントンDCにあると言われているピラミッドを追う。
最近、人の精神や念といったものに興味が湧きつつあるので、タイムリーだなあと思いながら読んだ。
上巻の終わりあたりになって、ようやく面白くなってきた。
こちらはすぐにでも下巻を読み始めたい。


東京で暮らしているカナダ人の友達にお金を3万円貸したら、きちんと返してくれた。
「何度も僕の命を救ってくれてありがとう」と少し大げさなメールが届いた。
「ちゃんとお金を返してくれてありがとう。俺の辞書のTrustworthy(信頼できる)って言葉の隣に、君の名前を書いておくよ」と返事を書いた。


今週も、金曜日の深夜に実家に帰り、土曜日に母を見舞った。
随分と元気が出てきたようで、表情が明るい。
来週くらいには退院できるのでは、と言われ、突然の回復に驚いたが、嬉しかった。
先々週の週末には「私はもう家に帰ることができないと思う」と泣いていたのだから。


土曜日の夜は、塩尻駅前に車を駐めて、名古屋に行って友達と会って久し振りに飲んだ。またも飲み過ぎてしまい、俺は本当に学ばない男だと、2日酔いの苦しみのなか、つくづく思った。

金曜日は午前10時30分まで仕事をして、それから休みを取った。
長野駅で新聞社の人と会って、戸隠に取材に行くことになっていた。


僕自身は、戸隠にはそば屋やスキー場にしか行ったことがない。
今回は、戸隠神社5社(奥社、九頭龍社、中社、火之御子社、宝光社)と、神告げ温泉などを取材する。
その記者といっしょに取材同行などの仕事をしたのは、もう10年以上前のことになるのに、未だに取材のときに声をかけていただけるのはありがたいことだ。


長野駅で、記者と会った。
今回はもう1人、僕の初対面の人がいて、2人で取材をするということだった。
戸隠の入り口にあるそば屋でざるそばを食べて、それから戸隠神社の奥社まで車で行く。
平日だというのに、奥社の大鳥居前の駐車場はかなり混み合っていた。


大鳥居前の駐車場から、随神門までは1キロ。
随神門から奥社までまた1キロある。
片道約30分ほどもかかるらしい。


随神門までは大鳥居から真っ直ぐに幅8メートルほどの土の道が通っている。
両脇には小川が流れ、白く小さな花の二輪草が多く咲いている。
飛び交う虫を手で追い払いながら、その直線道を歩く。


平日の昼間だというのに、参拝客が多い。
戸隠神社の参拝客なんて年寄りばかりだと思っていたのに、若者も多い。
ミニスカート姿で1人旅といった感じの女の子も見かけた。
新聞記者の話では、随神門を出た辺りのところがパワースポットだと言われていて、それで、若者が多いのだという。


随神門からは登り勾配になっていて、少しきつい。
奥社にたどり着いたときには、汗をかいていた。
奥社の隣に九頭龍社がある。
どちらもお参りをして、母の病気がよくなることを祈った。


奥社からの帰り道、記者たちは徒歩で鏡池方向に向かい、僕は車まで戻って鏡池に向かった。
奥社から鏡池に向かう道は、杉の落ち葉がクッションになっていてとても歩きやすかったらしい。


鏡池から中社までは車で行き、参拝をした。
そこから車で5分ほどの神告げ温泉で、奥社での汗を流した。
癖のないぬるめのお湯で、長時間でも入っていられそうだった。


それから、火之御子神社、宝光社まで車で行き、お参りをした。
宝光社の階段は駐車場から220段ほどもあったが、奥社の中途半端な階段よりもはるかに上りやすく、体も楽だった。


戸隠神社を5社回るなんて、とても1日では無理だと思っていたのに、半日で回れたことが驚きだった。
そんなことも経験してみないと、わからない。
長野駅前で記者たちとは別れ、それから高速道路を2時間ほど運転して実家に戻った。


実家に帰ると、夜のせいか、家全体に拒絶されているような感じがした。
自分の家なのに、どこか他人の家のような気がした。


翌朝、姉と電話で話したときにその話をしたら、母と姉が知っている人で、不思議な力を持った女性がいて、その人が泥棒に入られないようにと、家にパワーを与えてくれたのだという。
「なんだそれ。」


「そういう力がある人らしいよ。その人が言うには、母が入院した2日目に、夢のなかに母が現れて「お父さんが待っているから向こうへ行く」って言ったんだって。それで、その人が「行っちゃいけない」って引き戻して、引っ張りあいになったんだって。起きて「あれは夢だったのかしら」って思ったらしいんだけど、枕は涙で濡れているし、後で入院をしていたって聞いて、本当に起きたことだったんだってわかったって言ってた。」
「ふーん。」
「あなたも「気」とかあるんだったらあいさつに行ってきなさいよ。パワーをもらえるかも知れないよ。」
「べつに俺はそんなのないよ。」
「私はマイナスの気が多すぎて、パワーをもらえないらしい。」
「なるほど。それは何となくわかる。姉貴は厳しすぎるんだよ。人にも自分にも。」


結局、母を救ってくれたのだからと、あいさつに行くことにした。
僕は科学技術信奉者だが、科学技術が万能だと思っていない。
這っているイモムシがサナギになって、その後、羽が生えて空を飛ぶようになる、なんて事実としては理解しているけれど、今の科学の技術では、その仕組みを解明することなどとても無理だと思っている。
夢とか死についても、科学がまだわかるものかと思っている。


初めて会ったその人はとても親切そうな人だった。
その人の店には、母の作品がいくつも飾られていた。
「お母さんは大丈夫。薬の作用でいろいろとあるかも知れないけれど、回復するからね。一時期、危なかったけれど、もう大丈夫よ。」
何が根拠なのかわからないけれど、そう言う。
俺も、本当にそうだったらいいのになあ、と思う。
「母や姉がお世話になっています。これからもよろしくお願いします。」
それ以上、何を言ったらいいかわからなかったので、そう言って頭を下げて帰ってきた。


それから、母をお見舞いをした。
母は先週に較べると、随分と体が楽になったようで、笑顔も見せてくれた。
帰る間際には「今度来るときには文明堂のカステラを持ってきて。」と言った。


土曜日の夜のうちにまた長野に戻ってきて、日曜日は、朝から東京に出張だった。
夕方の5時に仕事をやり終えて、その後上司と東京駅でビールを飲んで、さっき帰ってきた。


かつての同僚が、親切心から「母親が病気なのだから週末の仕事は外してくれと、上司に頼めないのか。弱音を吐かないのは、あなたの悪いところだ」とメールをくれた。


優しさは身にしみたし、人生における優先順位の付け方が下手なのも自覚がある。
でも、俺はなかなかそういうことが苦手で、やっぱりできない。

厳冬期の登山の最中に、登山靴のひもがほどけてしまったとしよう。
「ああ、こんちくしょう」なんて思うはずだ。


靴ひもを結ぶという作業は細かな作業なので、手袋を外して、手袋を口にくわえて靴ひもを結ぶことになる。
下を向いて強風のなかで靴ひもを結んでいる最中に、同行したパーティーの1人から、「俺のコンパスうまく動かないんだ。北ってどっちだっけ?」なんて聞かれたりする。
「北ですか?あっちですよ。」
なんて思わずしゃべってしまい、手袋は強風に運ばれ尾根の下数100メートルに落下。
手袋なくしちゃったから、きっと凍傷になっちゃうよなあ。どうしよう?なんてことがきっとある。


厳冬期の船釣り。
魚は釣れたけれど、針を魚が飲み込んでしまって、外れない。
魚から針を外すという作業は細かな作業なので、手袋を外して、手袋を口にくわえて魚から針を外すことになる。
世の中には、中指、薬指、小指の第2関節から先の部分がない魚釣り用の手袋もあるけれど、やっぱり素手の方が作業はスムーズに進むはずだ。
素手になって針を外していると、船長から、「針、外れないんかい?」なんて聞かれたりする。
「そうなんですよ。飲み込んじゃって。」
なんて思わずしゃべってしまい、手袋は暗い日本海に落下。
「ああもう、声かけないでくださいよ。」なんてことがきっとある。


そう思うんだよ。俺は。
そういうことがきっとあるって。


それで、俺は思ったんだ。
1手袋のなかで、手袋に入っている指の部分を外して手を握りしめる。
2手袋の手のひらの部分をペリペリってはがす(手のひら部分はマジックテープではがせるようになっている。)。
3拳を握りしめたまま穴の開いた手のひら部分から、手を出す。
4そうすれば、手袋を外して口にくわえなくても素手になれる。


超、画期的なアイデア。
そういうわけで3万円ほど出して、2年くらい前に特許申請をした。


特許申請というのは2段階あって、僕がしたのは第1段階の部分。
ここまでで3万円ほどかかるのだけど、ここからさらに本申請に入ろうとすると、26万円ほどがかかる。


とてもじゃないけれど、26万円なんて払えないので、いくつかの手袋の会社に打診してみた。
こんな発明をしたのだけど、買いませんかって。


不思議なことに、どこからもオファーがない。
それで、職場の女の子にも何人かに聞いてみたんだけど、みんな「そんな手袋いらない」っていう。
このままだと、3万円も無意味になってしまうので、どうしようかなあってときどき遠いお空を眺めながら考えたりする。
今度の月曜日に、職場の近くで「発明相談」なんてのがあるらしい。

仕事に余裕があったら、2時間ほど休んで行ってみようか、なんて考えたりもする。


青木雄二プロダクションの「ナニワ銭道」(トクマコミックス)を2巻まで読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-ナニワ銭道1

My Kiasu Life in JAPAN-ナニワ銭道2

基本的には「ナニワ金融道」の青木雄二のタッチだが、ページによって作画のタッチが変わる。
吹き出しのなかの文字も、明朝体だったり、丸ゴシックだったり、プロダクション作というのはこういうことなのか、と思ったりもする。
ストーリー自体は読ませるストーリー展開で、なかなか面白い。


ヤマザキマリの「テルマエ・ロマエ」(エンターブレイン)という「今、最も熱い風呂漫画!!」も読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-テルマエ・ロマエ

ローマ時代の建設技師が、依頼されたフロの設計を考えるたびに気を失い、現代日本の温泉や銭湯にタイムスリップする。
日本の温泉技術やフロ文化を学んで、ローマでのフロ建設を成功に導くというストーリー。
ストーリー性は希薄で、はっきり言ってばかばかしい。
ワンパターンのばかばかしさを面白いと思って読めば、それなりには面白い。


「ナナとカオル」という青年誌向けの着衣?SM漫画も2巻まで読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-ナナとカオル1

My Kiasu Life in JAPAN-ナナとカオル2

優等生で美人の高校生のナナがストレスの発散を考えていたところ、幼なじみで劣等生のカオルがSMマニアで、彼女のストレス発散を、SMの手法を駆使して手伝う、というあり得ないストーリー。
ナナを際だたせるためか、カオルがひどく陰険でひがみっぽい少年のように描かれていて、もうちょっとなんとかならなかったのか?と思う。
縛られると、頭が真っ白になってストレスが消えてしまうナナのことがよくわからなかったが、ただ服の上から縛れば満足というカオルのことも今ひとつよく理解ができなかった。
また、カオルの視点や発想に幼さや若さがなく、これでは老人ではないか、とも思った。
僕にはナナがかわいそうに思えてしまい、ちょっとなあ、と思ったけれど、どこか引きつけられる淫靡さがこの漫画のなかにあるのも事実だ。


ユーキャンのテキスト「民法上巻」もようやく読み終わった。
読み終わったけれど、時間がかかりすぎだ。
しかし、とてもわかりやすいテキストで、ストレスなく読めた。
これから下巻を読み進めることになる。
もっと早く読み進めたい。


今週末も母の見舞いで実家に帰ってきた。
実家にいる間に親戚の法事にも参加し、なかなか忙しかった。


薬の相性が悪かったせいで、母はまた少し体力を失ったようだ。
「あなたたちと別れるのかと思うと身を切られるようにつらい。」と母は言う。


「悪いやつほど長生きするって言うけど、いい人も生きないと。社会のためにも長生きしないと。」
「ありがとう。」と言って母はまた泣く。


困ったなあ、と思うけれど、僕にはどうすることもできない。