今週はそれほど忙しくもなかった。毎晩、午後8時前には帰った。しかし、何も勉強をする気はわかず、キンドルで無料のテレビドラマを見たり、漫画を読んだりして過ごした。

会議は多かった。未だに俺が議事録を作らなければならない。人件費削減を旗印に社員の採用を極端に減らした時期があり、俺たちの下がごっそりいないからだ。そして、新人は二極化していて、ものすごくできる奴とできない奴とに分かれている。

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ある会議で、5チームが出る試合で総当たり戦をしたら、何戦になるのか、ということが話題に上った。「10試合だろ。」と思ったが「10かな?」などと心許ない発言が多かった。

「10試合で間違いないですよ。」昨年、小学校高学年の算数を解いていた経験から、自信があったのでそう言った。それから改めて考えてみた。

総当たり戦は、例えば3チームだったら三角形、4チームだったら四角形、5チームだったら五角形を思い描くといい。その辺と対角線の数を足したものが、総当たり戦の数になる。

もっと数が多くなったら、公式N(N-1)/2を使う。例えば15チームの総当り戦なら15*14/2で計算すればいい。先に偶数の方を2で割ると計算が速くできる。

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金曜日は夏休みを取って、実家のある地元の同年の仲間達と旅行に行くことになっていた。
他部署だが、最近、一緒に仕事をしている仕事ができる部下に「激怒すると思うけど、明日は朝から遠くに行くのでいません。」とメールをしたところ、「激怒なんかしません。今まで、細かな資料まで作成していただき、ありがとうございました。」というメールが返ってきた。若い奴はできる奴も、人間ができていてすごい。
木曜の夜のうちに実家に帰り、金曜日の朝5時30分にみんなと会った。

友達の車に乗る。朝6時前には、もう焼酎を飲み始めていた。

川崎のホテルに荷物と車を停めて、それから平和島のボートレース場に行って、第1レースから最終の12レースまで見た。

平日ということもあり、レース場は空いていた。最初は競艇の券の買い方もわからなかった。まず、機械にお金を入れて、それからマークシートを入れる。お金が先というのに違和感があった。

親切にガードマンのおじさんが買い方を教えてくれる。しかし、何レースか買っているうちに、そんな違和感もなくなり、これはこれで便利だと思うようにもなってきた。

今まで競馬場には何度も行ったが、競艇場は初めてだった。みんなと話し合いながら賭けているうちに、コツがつかめてきた。

今回のレースはA1のトップ選手を東京の地元勢が迎え撃つというシリーズの最終戦だった。A1の選手とほかのB級の選手とは相当の力の差があるらしく、A1の選手が1着か、2着になるのはほぼ間違いがなかった。

そして、競馬と違って、走るのは6艇だけ。だから予想も立てやすい。そのほか、単勝がないことが競馬と違う。馬と違って、意外性が少ないせいか、固いレースが多く、3連復でも大した金額がつかず、3連単にしてようやく3倍というレースもあった。

俺たちは小心者なので、最初は数100円の勝負で穴を狙っていたが、固いレースは2連複で大きな額で賭けることが正解だとわかった。その上で、3連単の勝負をする。そのときは、ボックス買いが有効なこともわかった。もっとも、ボックスだと6通りも買うので3連単で3倍しかつかないときには、取っても負けてしまう。でも、キズは小さくてすむ。組み合わせ次第では高い配当のときもあるので、この手法は捨てがたい。

3艇の3連単は6通りある。4艇の3連単は24通り。公式化するとN*(N-1)*(N-2)になる。24通りも買えないので、3艇までの3連単で勝負をすることになる。それでも、走るのは6艇だけなので、競馬よりははるかに当たる確率は高い。

後半はこの買い方を駆使して、勝ち続けた。最終12レースはA1の選手が2人出ることになっていた。だからこの2人で2連複を大きく買った。

それから、前のレースで気になっていたのと、レース前の試走で、6号艇の走りがいいことに気がついていた。だから、新聞では無印だったけれど、この艇が食い込んでくることを考えて、ボックスで3連単を買った。

競艇は最初のターンでほぼ決まってしまう。第3ターンからあとで逆転するなんてことはあり得ない。

観客席の上の方から見ていると、第1ターンではボートが接触しているように見えた。そこから、なぜか、A1の選手が真っ先に抜け出す。魔法のようだった。

第1ターンの近くまで見に行った。接触どころか思いっきりぶつかっていた。他の艇に乗り上げているのもある。こんなに激しいレースなのかと思った。そして、そのカオスの中から、どうしてA1の選手だけが真っ先に抜け出せるのかはよくわからなかった。

最終レースは、この買い方でしっかり勝ちきった。ただ小心者なので、額的には小さかった。

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その日の夜は、すごく飲んだ。最後にラーメンを食べに行くという仲間と別れて、1人でも1時間くらい飲みに行った。
そしてそのときに、俺は財布の入ったトートバッグを座席に置いたままトイレに立った。それで、数万円抜かれてしまった(と思う)。

田舎で飲んでいるのとは違うことを甘く見ていた。気がついたのは翌日、最初の買い物をしたときで、それまで気がつかなかった自分に心底、情けなくなった。

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翌朝は、なかなか起きられなかった。でも、思ったより二日酔いもひどくはなかった。
友達と横浜の中華街に行って食事をした。肉まんなどいろいろと買い物をした。

帰る途中、海老名サービスエリアに寄った。大きなサービスエリアで、お土産の試食もできるし、カルビーの新作も売っている。ここでも、みんないろいろと買った。

「若い女の子に「試食だけでもいいですから、どうぞ。」なんて言われちゃうと、ついつい食べちゃうし、買っちゃう。」と友達が言う。確かに、お土産売り場も華やかなイメージだった。

長野県内に入って、諏訪のサービスエリアに寄ったとき、その静かな光景と、売っているものの地味さに皆、黙り込んでしまった。俺たちは田舎に住んでいるんだなあ、と改めて自覚をした。
 
 
 

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○勉強の記録
今週もまた、ほとんど勉強をしていない。全部合わせても3時間いかない気がする。
 
中国語検定頻出問題集(高橋書店):第3章
公式TOEIC問題集:1問目のパート2
気象予報士学科、一般知識:平成22年度第2回過去問、平成23年度第1回過去問
今週も先週に引き続いて忙しかった。

木曜日の夜など、不必要なほどに威張った部署から、資料のだめ出しをするから待機していろと、夜の3時近くまで待たされた。

「こんなことが、日常的に起きるのか?」直接の担当者に聞いたら「しょっちゅうですよ。」と言う。

金曜日も引き続いて朝から、資料作りをさせられたが、「20分間で作れ。」などとやかましい。こっちは資料を作って上司に見せて、指摘部分を直さなくてはならない。

睡眠時間が短いせいで、頭が回らない。文章を深くまで考えることができない。「それが作戦なんだろうか?」と思う。威張った部署は、できることならプランを潰したいと考えている。

金曜日の夜になって、プランが認められた。認められたら認められたで、今後も忙しくなる。喜んでいいものか、まだよくわからない。

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土曜日は実家のある、地元のお祭りだった。金曜日には夏休みを取っていたのだが、結局、休めず、土曜日の朝に実家に向かった。

実家に着いたのは午前10時を過ぎていた。神輿を担いで地区中を回るのだが、どの辺りにいるのかが気になる。

家に着くと、まつりのための股引を履く。さすがに5回目となれば、履き方を覚えているだろうと思ったが、さっぱりわからず、どっちが前かもわからない。

急いでコンピューターを立ち上げて、ネットで調べる。実家のWifi環境はまだ、まともだ。ネット環境は整っている。

「祭り ズボン 履き方」と打ち込むところを、気ばかりがあせり、「祭り ぼいん 履き方」と打ってしまう。「何だよ、ぼいんって。」なかなか目的のサイトに飛べない。

なんとか身支度をして、それからご祝儀を用意して、家を飛び出す。

仲間に連絡をして、どこにいるのか聞く。歩いて5分程度のところに、神輿がいた。今回は僕は担ぎ手だった。

一応、両肩部分に低反発素材を貼ったタンクトップを着てはいたが、神輿は思ったよりもずっと重く、いきなり腰に来た。20メートルも歩かないうちに、内蔵の位置が変わるんじゃないかと思うほど、重さを実感した。

所々にある休憩所では、ビールやお茶を出してくれる。例年はあまりビールを飲まなかったが、今年は飲んだ。

神輿を担いで、かけ声を合わせて、大きな声で「わっしょい」と言っていると、日頃の仕事のストレスが減るような気がした。空は青空で日差しは強かったが、風はどこか冷たく、気持ちがよかった。

夜は、仲間と午前1時過ぎまで飲んで、家にタクシーで帰った。家に着いたら、家の鍵がないことに気がついた。そういえば、いつの間にかウェストバッグがない。慌てて、飲み会の会場まタクシーで戻った。でも、鍵の入っているウェストバッグはないという。

ウエストバッグがないということは、中に入っていた携帯電話もないということだ。自分の携帯番号を打ち込む。「話し中だ。なぜだろう?」そこで我に返った。

携帯電話で電話してるってことは、俺、携帯持っているんじゃん。ポケットの中から家の鍵も出てきた。「何やっているんだよ。俺は。」自己嫌悪に陥った。

家に入ると、俺がなぜか探していたウェストバッグがそこにあった。「ひどいもんだ。」と思った。

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翌朝は、姉の家に寄ってから帰った。二日酔いと自己嫌悪、それから体中が痛かった。特に両肩は手を上げるだけでも痛みが走った。

なんとか長野市まで戻って、それから昼寝をした。目を覚ましたとき、ますます体が痛くなっていることに気がついた。明日はもう少しましな状態になっているのだろうか。

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そんな忙しい中、睡眠時間を削りながら、「リベンジ」のシーズン2を見終わった。

どうしたらこんな展開ができるのだろう。脚本家の力量に驚きしかない。次々とドラマが紡ぎ出されてくるのが不思議だ。もはや復讐劇という次元を超越している。

評価を見ると随分と不評ではあるが、シーズン3も俺は見るんだろうなあ、と思う。
 

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1週間にどのくらい勉強したのか、記録を取ることにした。
今週は仕事が忙しく、お祭りもあったので、ほとんど勉強をしていない。

中国語検定頻出問題集(高橋書店):第1章~第2章

公式TOEIC問題集:1問目のパート1

気象予報士学科、一般知識:平成21年度第2回過去問、平成22年度第1回過去問
携帯電話を鞄から取り出そうとして、アスファルト舗装されている歩道に落とした。慌てて拾い上げたが、特に壊れてはいないようだった。「本当に大丈夫だったのかな?」家に帰って、冷静な目で改めて観察してみた。

ガラスの表面に4cmほどの薄いキズが走り、1ミリほどのアスタリスク型のキズも見つかった。操作にはとりあえず支障はない。一応、ネットで調べてみたら、ガラスの交換だけで1万円を超える修理代金がかかるらしい。

「これだけのキズなのになあ。」
キズは表面的なものに見えた。そして、ふと、そう言えば携帯電話を買ったときに、表面に強化ガラスフィルムを貼ったことを思い出した。画面の端からフィルムをはがしてみた。

フィルムをはがしてみたら、本体の画面にはキズが残っていなかった。ほっとしたし、強化ガラスフィルムを貼っていたことに、自分をほめてやりたくなった。

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金曜日は実家に帰るつもりだったが、仕事で帰れなかった。相変わらずつまらない仕事に捕まっている。

昔の同僚が「命に関わる仕事であれば全力を出すべきだが、そうでない仕事は手を抜けばいい。」なんてメールをくれた。自分でも今している仕事は「くだらねえ。」とつい思ってしまう。そして、ごくたまにだが、口からこぼれてしまう。自重したい。

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土曜日には実家に帰った。姉の家に行って、いろいろと相談事を聞いた。そして夜は、義理の兄とビールと焼酎を飲んだ。

チェックしてみたら、8月11日からお酒を飲んでいなかった。ビールを2缶と焼酎の水割りを飲んだら意識がかえって高揚してしまい、夜は12時過ぎまでネット麻雀をしていた。

長野市のアパートにある貧弱なネット環境ではネット麻雀もロクにできやしない。実家にはまともなWifi環境がある。久しぶりだったのでワクワクしたが、後半はボロ負け状態になり「もう2度とやらない」と決意をした。

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気象予報士の試験が終わって1週間が経った。もう朝5時に起きることもないが、仕事がその分、忙しくなっていて、やれやれと思っているところだ。

ただ、試験は思ったほどできたわけではなく、落ちていることも十分に考えられる。次回には受けなければならない一般試験の見直しも始めようかとも考える。

それから英語や中国語の勉強もしなければならない。何から始めようかと、考えてはいるが、仕事が忙しいことを理由にまだ漠然としているのが現状だ。

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実家までの行き帰りに、CDで松本清張の「二階」と「張込み」を聞いた(新潮CD)。

体調を崩した男が2年ぶりに帰ってくる。1階は印刷工場。2階の部屋で寝ているが、その世話を妻は看護婦に依頼する。2階で日々過ごすうちに、看護師と夫は次第に接近するような気配を見せる。

文章は客観的なのだが、引き込まれる。ラストは異常な世界が展開されるが、その異常さも納得させる力がある。松本清張って本当にすごい作家だと改めて思った。

「張込み」もよかった。女の怖さが垣間見えた。時代が変わっても、男女間の感情のもつれや愛情は相変わらずのようだ。それから、仕事とはどういうものなのかについても、その普遍性に気づかされる。重い話だったが、いい話でもあった。
今週1週間は忙しかった。水曜日は、朝から書類を作ったり説明をしたり、職場を走り回っていた。自分が左右の足に別の靴を履いていることに夕方になって気がついた。明らかに外見も違うのだが、誰からの指摘もなかった。

それからも人に会ったり、いろいろと忙しかったが、途中から気にもならなくなり、普通にそのまま履き続けた。考えてみたら幼稚園の頃から、靴が左右逆でも全く気にならなかった。別に威張ることでもないけれど、悲しがることでもないような気がする。

金曜日は気象予報士試験のために夏休みにしていたのだが、朝1時間しか休めず、仕事に行って、昼休みもずっと仕事をして、夜遅く帰ってきた。

こんなに忙しいのは会社の内部資料の作成をしているからだ。金曜日に漠然とした趣旨の書類の作成を命じられて、うんざりしていると偉い部署の若者から「私は昨日、午前2時にも仕事をしていた」などと意味のわからないアピールをされ、ますますうんざりした。「それで、何?」思わず聞き返しそうになったが、やめておいた。

実際に彼が望むような書類はできないし、そして、できたところで大した意味がある書類じゃない。そいつのくだらない自己満足のための書類でしかない。年を取ると、昔は無邪気にがんばれた仕事も、結末が予測できてしまう分だけ、重荷になる。

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そんなわけで、思っていたようには試験勉強もできなかった。それでもなんとか過去問を最後まで回すことができた。よくやったなあ、とは思うけれど、これだけやればもっと実力が付いていそうなものなのにと残念な気持ちもある。過去問を全部回しても、自信が全く持てない。

まだ、初見の問題には恐怖心がある。解答を見ると「そういうことかあ。」と納得するが、試験会場では解答は見られないしなあ。

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日曜日は試験だった。ただ、一般試験も専門試験も今回だけは免除なので、試験には午後から行けば間に合う。長野の家は朝9時頃に出た。

試験会場は吉祥寺にある成蹊大学だった。12時頃に吉祥寺に着いた。そこから大学まで歩いて20分くらいかかる。

「俺はもう中年の社会人なんだから、タクシーを使っちゃおう」と思っていたけれど、タクシー待ちの列を見て諦めた。列の先には何とか方面と書かれた文字もあった。タクシーに乗るのにも、正しい列に並ばなければならないらしい。大学の場所は知ってるけど、それが何方面なのかは俺は知らない。

それで、大学まで歩いた。コンビニでおにぎりを買った。大学に着いてから、芝生の上に置いてあるベンチに座って食事をした。

試験は1問目はまあまあのできだったけれど、2問目は時間が足りず、計算問題のうちの1問を完全に落とした。また、内容を理解できないまま解答した問題も数問あった。

もし合格していてもギリギリだろう。試験結果は10月にわかる。そのときまで勉強をするべきなのだろうけれど、今の俺は心が折れてしまい、とても勉強できるような精神状態ではない。それに、今回の試験を落とすと、次回は一般の試験も受けなければならず、それは相当に俺にはつらい。

英語や中国語の勉強も始めたい。とりあえず、しばらくは、気象予報の勉強はしないつもりだ。

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リベンジのファースト・シーズンを見終わった。

今はセカンド・シーズンを見始めている。死んでいたはずの母親が生きていて、復讐先の相手の家庭も、主人公自身の家庭もすごく複雑になっている。この復讐を始めてから何人も死んでいるが、主人公はいつの日かそのことを振り返る日が来るのだろうか。

復讐先の相手の家は盗撮し放題。見ながら「これだけ盗撮する価値があるってことが、そもそもすごい話だよな。」と思う。俺の家なんか、毎日、くたびれた中年のおっさんが飯食ってドラマ見て勉強して寝るだけだから、本当に見る価値がない。たまに仕事を持ち帰ってしているけど、マジでくだらない仕事だし。いろいろと残念な話ではある。
この1週間は、仕事がまあまあ忙しかった。そうはいっても、だいたい8時前には帰ってきていたので、そんなに威張るほどの忙しさでもなかったけれど。
 
事業の予算取りを任されている。上層部は明確に反対しているけれど、こちらも立場上、引き返せない状況になっている。様々な理屈をつけて、通そうと思うが、様々な理由がついて通らない。提出している俺も、それを拒絶する側も、互いにしていることが、あまりに不毛で、この無駄な仕事を何かほかのもっと別な事業に換えられないものかと思う。

「最近、どんな仕事をしているの?そしてそれは世の中の役に立っているの?」そんな素朴な質問に、俺は答えられない。「世の中の役に立っている?そう、願いたいけどね。」といったところだ。

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気象予報士の試験まで、あと1週間。勉強のスケジュールは遅れに遅れていたが、それを取り戻すために、この1週間、かなり無理をした勉強をした。

基本的にアルコールを飲むのをやめた。試験日までは禁酒を継続する。どうしたって頭が鈍るし、記憶力も減退するような気がする。嫌なことを忘れるために酒を飲む人が多いのは、つまりはそういう効果を狙ってのことだろうと思う。

俺のしていることなんか、普段の生活についてはほとんどは忘れてかまわないが、今は試験勉強中だからダメだ。記憶力を犠牲にできない。

朝5時頃に起きる。眠くて仕方がない。「この時間、眠ってしまったら落ちると言われても寝るか?」自分に言い聞かせて机に向かう。

ところが、そんな努力をした平日に比べ、土曜日の俺は優雅なもので、アメリカのドラマ「リベンジ」にどっぷりとはまってしまい、1日中、画面の前を離れられない。ついでにくだらない映画まで見て、最近、全く面倒を見ていなかったシム・シティまでしてしまう。
 
シム・シティは人口が85万人を越えていて、市長支持率は100%。土地が狭いので、これ以上の開発は無理。あとは建物の機能化だが、それに時間や手間がかかる。そして、手間暇かけても、現実社会では別に何も起きない。時間の無駄にしかなっていない。

せっかく、想定していたスケジュールに追いつきそうだったのに、土曜日でぶち壊しだ。自分自身に腹が立って仕方がない。人は自分のできる量を見誤ることが多いそうだが、俺も間違いなく、その「人」ってくくりに含まれる。日曜日の夕方からの俺に期待したい。

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実は上司にパワーポイントの資料を月曜日までにまとめるように言われている。最初に頼まれたときは、2ページほどという話だったが、いつのまにか20ページを超える準大作の作成にまで要望が伸び、今はそれを作っているところだ。

日曜日の午前中には大体できあがった。この仕事があることを理由に、勉強をせず、勉強があることを理由に仕事をしなかった。悪い循環を裁つ必要があって、必要度がより高い方から手を出した。まさか、月曜日に手ぶらで行くわけにもいかない。

パワーポイントには、作り手のセンスが反映する。俺は、文字の多いパワーポイントが嫌いで、基本的には画像だけで勝負をしたい。もっとも、その画像の扱いも俺は今ひとつなのは認める。こういうのは化粧がうまい女性とかに作らせると、思わぬ効果を生むんだろうなあ、なんて思う。女性がアイライナー1本で男を虜にするように、きっとこのパワーポイントも、どこかに効果的な線を埋めると、一気に魅力が増すんだろうなあ、とは思う。でもそれがどこなのか、俺にはわからない。

四角四面のつまらない資料を作りながら、作ってる俺がつまらないと思うくらいだから、見るやつもつまらないんだろうなあ、なんて思ったりもする。そして、このレイアウト。新聞並みのへたくそさだ。そしてまた、新聞ってのはどうして、レイアウトに魅力がないんだろうなあ、とも思う。きっと新聞の世界も男社会なんだろうと勝手に思ったりする。

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「ビール・フェスタ 世界対抗一気飲み選手権」というくだらない映画を見た。

見ているうちにビールが飲みたくなったらどうしようとは思ったが、そんな心配はいらなかった。そんなにうまそうにビールを飲むような映画ではない。

ここで出てくるビールは克服すべき敵のような扱いだ。ビールの国、ドイツの地下で行なわれるビールの一気飲み大会に、アメリカ代表が出場するという映画だ。

想像したとおりにくだらない映画で、そして想像以上につまらなかった。時間の無駄。ただ、ラストシーンで、オランダの飾り窓の女が映る。「オランダの飾り窓ってこんな感じなのか。」と思った。こんなにきれいな人たちがいるんだ。俺がもし10代だったら、行ったら人生観も世界観も変わっていたと思う。おそらくいい方向に。

英語が全くしゃべれなかった10代の頃を思い出し、あの頃、せめて今くらい英語が話せたらなあ、と考えても仕方のないことを思う。今はもう行っても何も変わらない。人生観や世界観が変わったら、それは、悪い方向にだと思う。遊びは若いうちにしておくべきだ。

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アメリカのドラマ「リベンジ」のシーズン1を見始めた。

いきなり、どっぷりとはまってしまう。もう18話まで見た。18時間も!と自分で自分の首を絞めたい気分だ。

そして、このドラマは面白い。主人公は魅力的な女性で、ほかにいくらでも幸せになる道があるのに、その道を進まずに、無実の父を刑務所へ追いやった一家への復讐への道を歩み続ける。

このドラマは、試験前に見るのは薦めないが、そうでなければすごく薦めたい。最後がどうなるのか知らないけれど、見る価値はある。少なくとも、今はそうであると信じたい。
今週は、木曜日に飲みに行った。以前の職場の飲み会に呼ばれたので、のこのこと出かけていった。それはそれで楽しかった。そして、2次会で飲み過ぎた。

オイスターバーでワインを白と赤と2本開けた。うまかったことはよく覚えている。楽しかったことも。

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当初の予定では、金曜日は休みだったからすごく勉強をするつもりだった。でも、軽い二日酔いを理由に、映画を見たり、大量に漫画を読んだりしていて、何もしなかった。自分に対して「体調がよくないんだから仕方がないだろ。」と言い本当に、何もしなかった。そういうところは、俺は徹底している。

「なんだか、本当にくずだなあ」とベッドに寝ながら、ジプトーンが貼られた天井を見る。ジプトーンは普通は、事務所用の建材で、アパートに使用されるのは珍しいと思う。じっと見ていると、立体視ができて、まるでジプトーンが水の袋を含んでいるように見えてくる。「高層天気図も読めないくせに、変なものばかり見えるんだなあ。」と自分に対して嫌みのひとつも言いたくなる。

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そして、土曜日になって実家に帰った。中国語の勉強をしようとテレサ・テンのCDを聴きながら帰ったが、あまりに演歌で眠くなって仕方がなかった。

実家に着いた後、親戚の家まで車で行った。いろんな話をして、楽しかった。祖父の美術品をたくさん持っている方で「また見たくなったらいつでもいらっしゃい。」と声をかけてくれた。

親戚の家から帰って、実家で久しぶりにネット麻雀をしたらぼろ負けした。親の時に数え役満なんかを上がられてしまう。大きな手を流されてしまう。俺はついてないんだなあ、と悲しくなってくる。

勉強をしようとしても集中力が続かない。頭が重い。「なんだか、本当に俺はぼろぼろだ。」と泣きたくなった。

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日曜日は朝から和尚様が来て、お経を上げてくれる。10分くらいかと思っていたら、5分も経たずに終わった。

それから、いろんな人の家に新盆のお参りをした。親戚にも何人か会った。変な話だが、親戚と会えるという点では、こういう法事もいいものだと思う。

そして、ようやく勉強ができる精神状態に戻ってきた。今まで気ばかりが焦っていたが、ようやく落ち着いてきた。しかし、スケジュールは大幅に遅れている。

俺は、試験日までに過去問を回せるのだろうか、不安が募る。明日は夏休みなので、それこそ勉強をしたいと思う。ただ、また長野まで戻らなくてはならない。めんどくさく、最近は仕事も面倒なことが多いので憂鬱だ。

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アマゾン・オリジナルのドキュメンタリー「ル・マン レースに懸ける男たち」を全て見た。
もはや日本のエンジンは「ル・マン」では勝てない。勝つのはポルシェとアウディだ。日産はスタートすら満足にできず、レースの時間のほとんどをピットで過ごした。撤退するのも当たり前だ。トヨタのエンジンも遅すぎて見放されている。

ときどき高速道路でフェラーリを見かけるが、日本では時速100キロ前後しか出せないので、意味がないと思う。ギアも2速で十分だろう。日本では、サーキットに行かない限り、スピードを出せる場所がどこにもない。

日本でモータースポーツの文化がそんなに発達するわけないと俺が思うのはそんなところだ。ただ、憧れる。いつの日か、ル・マンのレースを自分の目で見てみたい。

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そして、レースがらみということで「ミシェル・ヴァイヨン」も見た。
ル・マンのドキュメンタリーを見た後では、あまりにありえない設定で笑ったが、それなりに面白かった。

味方チームのドライバーに代わって乗るだけでもどうかと思うが、この映画では相手チームのドライバーになるなど「飛びすぎている」設定が見物だ。

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アメリカのドラマ「ワンス・アポン・ア・タイム」も6話まで見た。おとぎの国の住人が、呪いをかけられて、現代のアメリカに住んでいるという設定。
その設定を信じ込んでいる子供が、俺はあまり好きになれない。この設定自体、かなり無理があるようにも思う。でも、それなりに根拠づいていて、つい引き込まれてしまう。
 
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漫画は大量に読んだ。サッカー漫画が多かったが、手原和憲の「夕空のクライフイズム」(ビッグコミックス)と大武ユキの「フットボールネーション」(ビッグコミックス)はどちらも印象深かった。

クライフイズムは「どうしたら試合で派手に散れるか」という作戦を真面目に遂行しようとしていて楽しいし、フットボールネーションは、サッカーがうまくなるには体の作り替えから必要だ、という提案が斬新だった。

その他、漫画は山ほど読んだ。試験前でもあるし、どうでもいいことだけは間違いない。
北京から戻ってきて、この1週間は休みがなかった。
仕事の忙しさはそれなりだったが、気象予報士試験へのモチベーションが下がりっぱなしだ。もう試験日まで1か月を切っている。そしてまた、試験勉強のスケジュールは目を覆いたくなるほどに遅れている。

木曜日には、ついつい後輩と飲みに行ってしまった。抑えて飲んでいたのだが「もっと強い酒を飲みに行きませんか?」という後輩の誘いに乗ってしまう。記憶が飛ぶほどに飲んだ。わずかに残った記憶をつないでみると、俺はさんざん後輩と飲んだ後、どうやら一人でも飲みに行ったらしい。その後の記憶はそれこそ全くない。

朝5時30分に起きる。部屋には、コンビニで買ってきたと思われる餃子の容器が散らかっている。
「馬鹿野郎が。」寝不足の頭を振りながら容器をゴミ箱に投げ捨てる。

パソコンを起動し、エクセルで表を作る。表自体は20分ほどもあればできる。朝のうちに送らなければならなかったので課長に送った。そして金曜日は、朝から研修で、職場には顔を出さなかった。

研修先では昔の仲間にも会えてそこそこ楽しかったが、昼頃から二日酔いの回復期に入り、猛烈に気持ちが悪くなってきた。昼は食べることができなかった。昼休みには休養室を見つけて寝ていたが、昼休みだけでは回復しなかった。午後は気持ち悪さを押さえながら、研修をこなした。

金曜日の夜は、出張先から直帰した。疲れていたので午後8時台に寝た。夜の12時頃に目を覚まし、そして「俺は、朝、半分寝た状態で仕事をして、本当に課長に書類を送ったのだろうか?」ということが気になった。送付先アドレスを確認してみたら、微妙に間違っている。

ショートメールで課長にお詫びのメールを打つ。俺はいったい、何をやっているんだ、と腹が立つ。せっかく無理して起きて仕事をしたのに、すべて無駄にしてしまった。せめて、研修の途中に、課長に電話で届いたかどうか確認すればよかったのに。

+++

土曜日も朝から出張だった。課長にも会ったので、謝った。「自分で作った。」と言われた。まあ、あの程度の書類は、誰だってすぐにできるよな、とは思ったけれど、そうは言わずに謝った。この日も帰ってきて、とても疲れていたので寝てしまった。
日曜日がやってきた。

+++

日曜日は、横浜で気象予報士の模擬試験を受けることになっていた。申し込みをした当時は、8月6日にもなれば、それなりにできるようになっているだろう、という思惑があった。

しかし、全く自信がない。朝、過去問を解いてみたが、自信を失うだけの結果に終わった。よっぽどサボってしまおうかとも思ったが、模擬試験の方が実際の試験よりも高額で無駄にしたくなかったし、この落ちきったモチベーションを上げるためにも、受けに行くべきだと思った。今更、自分ができないことを自覚したからといって、特に傷つくこともないだろう。

新幹線のなかで、今の俺にとって必要だと思われる気象予報士試験に向けたメモをまとめた。

模試は、2問出る。1問あたり90分の実技と、1時間の解説がついている。質問の時間も含めると、6時間近くなる。久しぶりに勉強した気がした。

そしてまた、トラフの位置づけなど、俺は今までずっと間違っていたことを知った。人に習うことも必要なんだ、ということがわかった。

1問目は完璧に時間配分を誤り、残り25分になってもまだ問題が半分も残っていた。久しぶりに冷や汗が流れた。問題のレベルが高く、考えても答えに結びつかない。1問目が終わったときは少し呆然としていた。

「問題が多くて、時間が足りなかったですか?わざと問題を多めにしているんですよ。」講師が優しく声をかけてくれるが「そんなことじゃなくて、問題のレベルが高くて解けなかった。」と正直に言った。

しかし、その後、自己採点をしてみたら、思ったよりはできていた。2問目は、時間配分を間違わないよう、はじめから全力で解いた。1問目は「慌てないように、ゆっくり、ゆっくり。」と自分に言い聞かせていたのだ。あほだ。

2問目は15分くらい余った。ただ、まだまだ考えが足りないこともよく理解できた。

俺はまだ天気図の示す重要なサインを見逃してしまう。何が原因で現象が起きたかは説明できるが、それがなぜ起きたのかのツメが甘い。講師の説明を聞くと、答えはすべて天気図の中にある。俺はそれを見逃していたか、まだ理解できていないのだった。

久しぶりに勉強をして、モチベーションも少し戻ってきた。自分自身が思ったよりもちゃんと勉強できることに驚いた。もっとちゃらんぽらんな奴だと思っていた。

もう試験日まで残り少ないが、これからは頑張って勉強したい。合格までの距離は果てしなく遠いと思っていたが、頑張れば届かない距離でもないような気がしてきた。若干、自暴自棄になっていたが、なんとか修正できそうな気がする。

+++

そういえば、北京からの飛行機のなかで、「ゴールド 金塊の行方」という映画を見た。
 

鉱物採取業者が、どんなに掘っても鉱脈にたどり着けず、銀行から匙を投げられる。会社は破産寸前。しかし、ある大学教授の理論に飛びつき、インドネシアで金鉱脈を探し当てるという一発逆転を狙う。

もちろん、世の中は甘くない。そんなうまい話はない。しかし、その大学教授は、金鉱脈を見つける。一発逆転がかなう。

鉱物採取業者は一流ホテルに居を構え、妻とは別れ、自堕落な日々を送る。しかし、その逆転劇は幻だった。

客観的な視点で、映画館の観客としての視点の俺から見ると、こんな馬鹿げたことが現実に起こりえるのかと不思議に思えるが「そうであってほしい」という男たちの目からは、幻が真実にも見えるのだろう。

なかなか深みのある映画で、俺ならどうしただろうなあ、と思いながら見た。でもまあ、人に勧めるような映画ではないかな、と思う。
明日(30日)の朝のフライトで日本に帰る。出発は朝の4時30分。北京に慣れてしまい、帰るのが残念でならない。

+++

今日は休みだったので、朝から王府井というショッピングの中心地に行き、お土産などを買った。

昼食を食べて、気象予報士の勉強をしようと思っていた。予定よりも3日もペースが遅れている。このままでは、本当に試験に差し支えが出てしまう。それから、もちろん、中国語の勉強もしなければならない。今更だが、帰国して全くしゃべれないのではしゃれにならない。

「ランチのあとはどうするの?」
ラトビアのきれいな女性に聞かれる。彼女は、ラトビア語とロシア語と中国語と英語がそれぞれ母国語並みに話せる。普段は大学の教授をしていて、語学を教えているそうだ。
「来月、気象予報士の試験があるから勉強をしなくては。」
「勉強はまた後で、すればいいでしょ。」
彼女に言われると返す言葉がない。というのも以前「今は大学が休みだからバケーション中?」と聞いたら、「私の辞書にはバケーションという言葉はないの。私は大学の教授だけではなくて、語学のプライベトレッスンもしているし、ダンスの講師もしている。それに鉄道会社にも勤めているから、休みなんてない。」と答えられたからだ。

ニュージーランドの同僚も、イタリアの同僚も「行こう。」と言う。イタリアの同僚もヨーロッパ人らしく、英語、イタリア語、フランス語、スペイン語を流ちょうに話す。そんな彼らから「プリーズ」とまで言われると断れない。

以前も行ったことがある前門に行った。確かに、興味深いお土産物店がいっぱいある。困ったときにはラトビアの女性が親切にいろいろと教えてくれる。

「こっちのアジア人が中国語がわからなくて、あなたが中国語がわかるの?」店員も、ヨーロッパ人の顔立ちをした金髪の女性が流ちょうに中国語を話し、漢字も理解することに驚いている。

いくつか買い物をした。欧米人は、買い物をしては、カフェで休み、再び買い物をしてはカフェで休む。こういう感覚で生きているんだ、と思う。俺は、買い物となったらそのためだけに行く。カフェになんか寄らない。買い物が終わったら、すぐに帰ってくる。

時間をたっぷりかけて買い物と3軒ほどカフェに寄って、再び、宿泊地に戻ってきた。

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そういえば、北京に来た初日の夜、知り合った札幌の同僚とロビーでビールを飲みながら話をしていた。そこに、一人のロシア人が興味深そうに近寄ってきた。

札幌の同僚は中国語は話せるが、英語が話せない。俺は英語しか話せない。札幌の同僚が中国語で話したら、中国語で返事がきた。それで、俺が英語で話しかけたら、英語でも返事がきた。どうやら、彼も普通に何カ国語もしゃべれるようだった。

話してみるとドイツ語も母国語として話せるという。ロシア人と、ドイツ人が両親だという。「お母さんはメルケルって名前で、お父さんはプーチンって名前?」と聞いたら笑っていた。

それから、夜の散歩に3人で行くことになった。公式行事が始まる前から力一杯に飲むのはやばいよな、酒が強そうだし、どうしようと思っていた。

ところが彼が口にしたのは、意外にも「明日のことを考えると、お酒はやばいから、3人でスイカでも食べよう。」ということだった。

ドリアンの匂いが漂う果物屋を見つけ、半分に切って売っているスイカを見つけた。お店の人にロシア人がさらに細かく切ってくれるように頼む。流ちょうな中国語で驚いた。

その後、3人で公園に行き、スイカを食べた。食べながら、彼は「俺は世の中がどうしたらもっと良くなるかってことを考えているんだ。」と言う。「俺は、俺がどうしたらもっと中国語を話せるようになるかってことを考えているけど。」

俺たちがそれぞれ1カ国語しか共通にしゃべれないので、彼も苦労したことと思う。

その彼から、WeChatが届いた。「今日の夜にここを発つから少しだけでも会えないか?」

お土産にロシアのチョコレートをくれた。「会えなくて申し訳なかったけれど、俺も忙しかったんだ」と言う。「OK。何の問題もない。」俺は特に何も用意をしていなかった。手近にあった蚊専用の殺虫剤をあげた。「これは、ワンプッシュで効くんだよ。」説明をしたら彼は笑っていた。

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夕食時に、ラオス、タイ、韓国の同僚たちに別れを告げた。
 
昨日の夜は飲み会で、その後、同僚のバスケにつきあって、それからまたビールを大量に飲みに行った。フィンランドの同僚とはそこで別れた。

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いろんな人と次々と別れ、日常が再び戻ってくる。明日は、俺が帰国する。
今から考えると、本当に夢のような2週間だった。

この2週間、俺はイタリア人の「女性が先、その次は友達」という優しさにいつも驚いていた。いつもドアを押さえて待っていて、女性、そのあとに俺がいると「友達が先」と俺を先に行かせてくれる。こうしなくちゃいけないんだな、と思った。

それから、古典ロックだけではなく、現代ロックもよく聴くこと。単語を教えてもらったら、言葉には出さなくても、頭の中で何度も何度も繰り返すこと、などを教えてもらった。

気づいていないだけで、今回、俺自身が改めたところは大きいように思う。英語と中国語を学ぶモチベーションも増した。

俺の今回の仕事が、世の中のためにどれだけの利益を上げたのかは知らない。しかし、俺が少しはマシな人間になるにはどういうことに気をつけたらいいのか、ということを知ることができた点では、俺自身には意味深く、大きな収穫があった。

もちろん、上司がそれで許してくれるかはまた別の問題だ。
北京に来て1週間がたった。同僚は19人、11カ国から来ている。毎朝、7時30分に食事をしながら、今日の予定を確認して、夜も全員で食事を摂る。

日本語・韓国語・英語・中国語を話せる韓国人、ラオス語・ベトナム語・タイ語・英語を話せるラオス人、ロシア語・英語・フィンランド語・スペイン語・ドイツ語が話せるフィンランド人など、語学の才能にあふれた人がかなりの数いる。3カ国語程度は話せるのが普通だ。

日本語と片言の英語しかしゃべれない俺は本当に情けない。研修は基本的に英語で行われている。

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夕食時には、だいたいいつも各国の挨拶や、感謝の言葉で盛り上がる。先日は「お腹いっぱい」を各国でどのように言うかを話した。

「モンゴルでは「セーノ」という。」とモンゴル人が言ったところ、イタリア人が顔を赤らめて、「「セーノ」はイタリアでは、女の人の胸の大きなことを言う」と言ったので俺は笑った。

ちなみにイタリア語では「ソノピアーノ」と言うのだそうだ。「そのピアノ」と聞こえたのでそのまま覚えてしまった。
 
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俺がすごく気に入ったのはニュージーランド人とイタリア人が、ピザを食べに行ったときの話だ。

ビールが1本しか出てこなかったので、もう1本頼もうとしてニュージーランド人が指を1本立てて「ア ビア プリーズ。ア ビア」と言った。中国では2のことを「アール」と言うので、店員は慌てて2本のビールを持ってきたのだという。「あきらめて、飲んだよ。」とニュージーランド人は笑っていた。

気になって「もう一本」って中国語でどう言うのか別の人に聞いてみた。読み方は難しいが、漢字で書くと「加一瓶」とのこと。「頑張れ」の時の「加油」と同じだと聞いて、納得した。

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扇子に絵を描くという研修があった。俺の隣の席に座った日本人は、蓮の絵を描いていた。俺は簡単な竹の絵を描き、時間が余ったので余白にパンダの絵を描いた。

隣の席の日本人が「あ。」と声を出したので、絵を見てみた。普通に描けてるじゃんと思ったが、よく見たら、上下逆さまに描いていて、茎が扇子の上の方に付いていたので笑った。

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北京市は、どんどんと洗練されてきている。そのスピードは俺の想像を上回っていた。

日本のアプリである「Line」に、決済機能や送金機能が合体した「 WeChat」は会うほとんどの中国人が使っている。これで、コンビニでの支払いもできるし市中にある自転車を使い捨てもできる。初めて聞いたときはその機能の優秀さに驚いた。

久しぶりの地下鉄も簡単に乗れたし、わかりやすい。驚くほど電気代が安いらしく、街中ではガソリンエンジンのバイクを全く見ない。電動バイクばかりを見る。

もちろん、普通の市民の信号無視や列の割り込み等は日常茶飯事。暑い日には親父たちが、Tシャツの裾を胸の辺りまで持ち上げて歩いている。太い腹を見せられるのはたまらんなあ、とは思う。

だが、それも変わっていくような気がする。何しろ、仕事上で俺が会う中国人は、全員が俺よりもはるかに流ちょうな英語を話すし、さらに日本語までマスターしている人が相当数いる。普通の店でもかなりの人が英語を話すので、あまり困らない。俺たちがビールを飲んでいても「気を抜いてしまうから」とビールを飲まずに食事をしているスタッフの中国人を見ていると、正直、感心してしまう。

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俺の中国語のレベルは相変わらずで、発音のたびに、みんなに「違うよ。」と言われる。でも中国語は漢字で構成されているので、発音はともかくとして、書くだけならマスターは早そうな気がしている。
 
もちろん、気象予報士の勉強も英語の勉強もあるけれど、日本に帰っても中国語の勉強を続けたい。
7月16日から30日まで北京に行くことになった。羽田空港から北京空港へ行く。

羽田空港からの出発時間が朝9時10分なので羽田空港の近くに前泊しなければならない。会社からは基本的に実費が出るが、上限は1万円900円だ。

予約サイトで探してみた。3連休ということもあるのか、1万円で泊まれるような安い部屋はカプセルホテルくらいしか残っていなかった。

それで羽田のJALホテルに泊まることにして2万円ほどの部屋を予約した。シングルの部屋か、ダブルの部屋か、ツインの部屋になるのかが契約時点でわからないミステリ-・ルームということになっていた。
「どうだっていいや、そんなの。」

東急の品川からの路線に乗って、穴守稲荷駅で降りる。5分ほど歩くとJALホテルに着く。羽田のJALホテルは立派だった。「こんな立派なホテルだったっけ?」。
 
入り口まで行ったら、ここはJALホテルだけど、WESTWINGはこの建物じゃないよ、ということが書かれていた。
そうそう。俺はWESTWINGという別館を予約したんだった。指示通りに70メートルほど歩く。WESTWINGは普通のビジネスホテルだった。そりゃそうだよな。

ツインルームに泊まることができた。もっとも、バスタオルやパジャマが2枚あったからといって特に何もしないけれど。
ただ、ツインでも部屋が狭くて机がなかった。正確には椅子がなく、置くようなスペースもなかった。俺はとてもまじめなので、こんなところまでも気象予報士の勉強グッズを持ってきたが、さすがに広げる場所がなかった。任天堂3Dでベッドに横になって中国語の勉強を少しだけした。

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翌朝、ホテルの前から6時50分に出るマイクロバスに乗った。3分ほど走ると、もう空港が目の前に見え、10分ほどで着いてしまった。

「どうせ、国際線もガラガラだろう。」なんて思いながら3階に行ったら、すごい数の人で搭乗券の自動発行機械の前に列ができているほどだった。

大きなスーツケースは事前に送っていたので、それをまずはABCカウンターに取りに行った。それから、搭乗券の自動発行機械の列に並んで、搭乗券を取った。もう使い方もほとんど忘れていたけど、簡単だった。

普通は搭乗券を持った人は、荷物を預けるだけの列に並ぶのだが、ものすごく長い列になっていたので比較的短いエコノミーの列に並んだ。そっちの方がむしろ早そうだった。自分の順番が来たとき「搭乗券は持っているので、荷物だけお願いします。」と言って搭乗券とパスポートを渡した。荷物をベルトコンベアに置く。すぐに手続きも終わって簡単だった。

JALのスカイラウンジでリンゴジュースを飲んでいたら、姉からメールが来た。
「正露丸みたいなもの持った?」
俺は小学生かよ、と思いながら「持ってないけど、大丈夫。」と返事をした。
「空港内ならまだ買えるでしょ。」
めんどくさいなあ、と泣きながらラウンジを出る。時間はまだ20分ほどあった。空港内を探そうか、と思ったら、ラウンジを出たところで売っていた。ここでも列に並んで、正露丸の糖衣錠を買う。正露丸は糖衣錠ですら箱の外側まで、あの独特な匂いがしている。使う頃にはあらかた成分が蒸発してしまっているんじゃないだろうか。

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飛行機の座席の隣は西洋人だった。特に何も話をしなかった。食事をして、お茶を飲んだ。「あと15分ほどで北京空港に向けて降下を始めます。」というアナウンスが聞こえてからトイレに行った。

戻ってくると隣の席の西洋人が、俺の席の周りをかき回している。彼自身の座っていた座席はクッション部分まではがされていた。「へえ。クッションの下ってこうなっているのか」と感心しながら見ていた。

「どうした?」「携帯電話がない。」「荷物と一緒に上の棚に入れたのでは?」「俺は席で使っていたからそんなことはない。」なんとなく、俺が疑われているようにも感じた。

「空港に着いたら、誰かに電話をかけてもらえばいいじゃん。」と提案してみた。彼は最後には四つん這いになって探していたが、それでも見つからなかった。

その後、彼はトイレに行った。俺も自分の座席の周りを少し探してみた。でもやはりなかった。

自分の席に戻ってからも彼は探していた。そして、ふと、目の前にある食事用のトレイを下ろした。まさかと思ったが、そこに携帯電話が挟まっていた。俺は笑ってしまった。彼も照れたように笑っていた。

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ところで、俺は中国側のスタッフに、到着便と到着時間は連絡したけれど、その後の連絡は何もなかった。

北京空港の税関を抜けて、外に出たとき、もし誰も待っていなかったらどうしよう?とりあえずタクシーで、ホテルに行ってしまおうか?とも考えていた。

だから、空港で名前を掲げている人のなかに、俺の名前を掲げている人を見つけたときには安心した。そこには2人の女性がいた。

1人はそこの場所で別れ、もう一人がタクシー乗り場まで連れて行ってくれる。「あなた、中国語は話せる?」英語で聞かれたので、大きな声で「ノー」と答えた。「明日は10時に、第6会議室で始業式」だという。「スーツ着用で、ネクタイはなし。」

「これから1時間くらいタクシーに乗ってもらいます。」まだいろいろと話せるのかと思ったら、彼女は空港に戻っていく。「じゃあ、また明日。10時に。」俺も手を上げる。彼女はタクシーの運転手に目的地らしいメモを渡していた。俺はタクシーのなかで運転手と2人きりになった。

久しぶりの外国のタクシーの運転は相変わらずだ。車幅感覚が抜群でないとあんな運転はできない。ウインカーを出さずに横入りをし、路側帯に車線があるかのように走っていく。車はヒュンダイだった。

目的地に着くと、タクシーの運転手はメモに書いてあった場所に電話をする。空港で会った人とは別の2人の女性が来て、英語で説明してくれる。俺はこれからここで2週間、過ごすことになる。大学の寮のような施設だった。

個室でエアコンは完備。シャワーも一応ついている。机もあるし、まあ、十分だ。俺は大学の頃にワンゲル部にいたので、かなりの環境でも平気だ。なんでワンゲル部なんかに入っていたのかなあ、と多くの時間は後悔して過ごしているが、ごくたまにそういう経験が生きるときもある。

「6時から1階で歓迎会をします。」と2人は言って帰って行った。

俺はパソコンを取り出して、wifi環境を調べてみた。電波はある。でもアクセスができない。どうしたらアクセスができるのかフロントに行って聞いてみた。
30日間有効のカードを買うと、使えるようになるらしい。値段を聞いたら2000円くらいだというので買った。

今まで冗談だと思っていたけど、本当にフェイスブックは使えない。でも、ヤフーもアメブロも使える。

俺が一番「痛い」と思ったのは、俺が今回持ってきたパソコンのカードリーダーが、ミニSDカードのみ対応だったことと、データ転送用のコードも持ってこなかったことだ。
そういうわけで、このブログに北京の写真を載せるのは、また後日ということになる。

そして俺は、これから、6時からの歓迎会に行く。いったい、何語での歓迎会なのだろう?俺も挨拶をするのだろうか?不安が募るが、仕方がない。

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キンドルで「海街diary」を見た。
有名な女優が次々と出てくる映画で、なかなか面白かった。4人姉妹の日常を描いているだけなので、特に盛り上がりもなく淡々と話は進んでいく。こういう映画もあってもいいとは思う。ただ、どっかの映画賞に出品したみたいだけど、賞が取れるような映画じゃない。

広瀬すずって若い女優が、この映画では頑張っていて、俺はいいなあ、と思いながら見た。どこの家庭にもあるような問題を、この映画は撮っている。日本では共感を得ることはありそうだけど、でもまあ、それだけの映画ではある。