水曜日に代休をもらって休んだ。台風が通り過ぎた翌日で、曇っていたが、晴れの予報が出ていた。それで、たまった洗濯をした。

それとは別に、中国語の勉強もしなければならなかった。今のままでは意思疎通なんか夢のまた夢だ。

その昔、高校で漢文の勉強をしていた頃「なんでこんな勉強をするんだ」と思っていた。古文と同様に無駄だと思っていた。今では、どうしてもっと勉強していなかったんだと後悔している。中国語を日本語で理解するなんて相当に優れた技術だと思う。そして、今俺が欲しいのは、それが俺は得意だったという自信だ。今の俺にはそれがない。

日本の外来語は、もちろん英語や韓国語からだってあるけれど、最も多いのは中国語だ。漢字は9割以上、元をたどれば中国から来たものだ。漢字って言葉自体が既に「漢の字」ってことで日本ではない感がある。

そういうわけで、日本人の俺はそれなりに漢字には親しみがある。男って文字をみただけで、意味はわかる。でも、話し言葉は全くわからない。あと出発まで1週間しかない。明日の月曜日には、1時間だけ、中国人の女の子がマンツーマンで授業をしてくれる。心配ではある。

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ソードフィッシュをまた見た。
 
また見たといっても、前回見たのは2005年。もう12年も前のことだ。内容はきれいさっぱりと忘れていた。

ジャケットの写真がイカしていて俺が見てないはずのない映画だった。もう一度、見直すことにした。

銀行に押し入り、コンピューターをハッキングして大金を海外口座に送金させる。人質も何人か殺してしまう。理由は「テロリストから自由を守るために金が必要だから。」。テロリストから自由を守るためにテロをしていいのか、という問題提起も多少ある。

その頃のブログを読み返すと、人には薦めないと書いてある。でも、今見るとなかなか面白いし、脚本も相当ぶっ飛んでいる。演技だっていいし、なぜこの映画を人に薦めないのかよくわからない。あのころは非常に浅くしか映画を見られていなかったんだな、と残念な気がする。でっかいテレビ画面で見てたのに。

レンタルCDのコーナーを見ていると、確かに今まで俺は相当量の映画を見てきている。問題なのは俺がその内容をほとんど忘れていることだ。

「レス・ザン・ゼロ」とか、「セント・エルモス・ファイア」だとか、もうどんな映画だったのかも覚えていない。その昔は見て、胸を熱くしたような気がする。これからは、そんな忘れかけたいい映画もまた見ていきたい。

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「セトウツミ」という映画をキンドルで見た。
 

瀬戸と内海という名の高校生が2人、河原で他愛もない話をするという映画。飲み屋で酔っぱらい同士の会話を聞くくらいにくだらない。

しかし、飲み屋での酔っぱらい同士の会話を聞く程度には面白く、最後まで飽きなかった。それ以上に、彼らの若さがうらやましかった。内海を好きな女の子がかわいかったけれど、ちょっと考えてみたら、俺もこのくらいのチャンスはいくらでもあったのになあ、と思った。

映画を見ながら「内海、おまえ大失敗だぜ。」と声をかけ、そのまま高校時代の過ごし方を、いろいろと失敗したなあ、と思いながら見ていたら、後悔の大波に飲まれて、見続けることができなくなって、何度も途中で見るのをやめた。

最後まで見たら、なんだかわからないような女性目線のまとめ方をされていた。まあ、確かにその通りなんだけど。
 
瀬戸も内海も高校を卒業したら別の人生を歩むだろう。ただ、男としては、一期一会がどうのこうのって視点は全くないのになあ、なんて思った。

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「ストロベリー・ナイト インビジブルレイン」もキンドルで見た。

そんなに期待せずに見たんだけど、面白かった。グロさもちょうどいい程度で、日本人好みになっている。そして、三浦友和がいい。なんていい俳優なんだろうと思った。

組長の舎弟はなぜ、組長を殺したのかが、俺には今ひとつ理解ができなくて、疑問は残ったけれど、日本映画も面白いじゃん、って思った。

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実はここに書いていないだけで、俺は漫画も毎日、相当量を読んでいる。そういうことを言い出すと、海外のドラマも、あと途中まで見ただけの映画も相当ある。

で、漫画の話だけすると、キンドルで買って読んでいると、物理的な量に変化がないので、ついつい買いすぎてしまう。1か月に数万円分も買ってしまい、それが数か月も続いたので、最近はセーブするようにしている。キンドルの無料コミックを大量に読んで、コミック熱をなんとか治めようとしているところだ。

ただ、ごくたまに、俺のストライクゾーンど真ん中に来る漫画本がある。そういうときには、もう俺も我慢ができない。ついつい買ってしまう。

川崎直孝の「ちおちゃんの通学路」(コミックフラッパー)も、そんな漫画だ。

主人公のちおちゃんは、やればできる子なのだが、目立つことが大嫌いで、いつも中の下を目指している。

はまっているのは暗殺ゲームで、徹夜明けで学校に行ったりする。発想が自意識過剰で、おかしなことを考えすぎて異常な行動を取る。基本的に、ドラマが起きるのは、この通学路上に限られている。

通学途中におしっこがしたくなったときなど「SAN値が削られていく。」なんて考えているが、「なんだSAN値って?」って思ったら「したいです!安西先生、尿が!」の略。思わず爆笑してしまった(わけがわからない人に説明すると、元のセリフはスラムダンクで「したいです。安西先生、バスケが。」)。

目立つのが大嫌いで目立たないように中の下を目指すという考え方も、顔も、行動も、どことなく昔つきあっていた女の子にも似ている。「いいなあ、この漫画。」って読むたびに思う。読んでいる間だけは、幸せだ。
平成21年の第2回から平成28年の第2回までの気象予報士の実技試験を、4月から6月までかけてなんとか1周した。俺は平成28年の第2回試験(平成29年1月)は、自分ではそこそこできたような気がしていた。SSIの符号の付け忘れさえなければ、受かっていたんじゃないかとまで思っていた。本当はどのくらいできていたのかを確認する意味もあって、勉強するのが少し楽しみだった。

今回、解説を読みながら解いてみた。この問題、とてつもなく難しい。まじで、こんなレベルの問題が出てたの?この実技の問題を解答を読みながら理解するのに、数日かかった。

この問題、本当に難しい。解答の際、高層のトラフが、地上低気圧を追い抜くことを2回も書かなければならないし、2回目に追い抜く地上低気圧は地上天気図に表示されてもいない。試験会場で、絶対に理解していなかった。この低気圧でいいんだよね、と思っていたのは、全然違う低気圧。

試験がまた1段と深くなったような気がする。もはや記憶では太刀打ちできなくなったというか、マジで気象予報士の素養がある人しか受からない試験になったというか、確かにいい問題だけど、俺には試験会場では絶対解けない気がしてきた。

7月後半は北京に2週間も行く予定になっている。もう1周できるのだろうか?中国語の勉強もしいないといけないしなあ。

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今週は金曜日に飲みに行った。1次会でたらふく食べて飲んだ。そしてそこで帰らずに一人だけで4次会までこなして12時過ぎに帰ってきた。

一応、記憶は一揃いそろっているが、残っているのも苦い。酔ったときのことを思い出すと、どこか遠くへ行ってしまいたいような気がする。

帰ってきたとき、ドアのポストに郵便局の不在連絡票が入っていることに気がついた。そんなことは翌日に回しコンビニで買ってきた、そばとうどんを食べた。腹がいっぱいだったはずなのに、これだけ食べるというのは、本当に酔っていたんだと思う。

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翌朝は当然のように二日酔い。実家に帰る予定だったが、雨が降っていることもあって、帰るのは日曜日の朝ということにした。

午前11時頃、少し快復したので目を覚ました。二日酔いの吐き気を我慢しながら、気になっていた不在連絡票を見る。

「交通違反センター」から配達証明の依頼が来ている。「交通違反センター?なんだそれ。」

郵便局まで取りに行ってこようと思い、シャワーを浴びる。シャワーを浴びながら、いったい何のことだろうと考える。気づかずに走行していてオービスで写真が撮られたのだろうか?それとも、覆面パトカーが写真だけを撮って、反則金を請求してきたのだろうか?

そのとき、ふと「俺は、実家から住所変更していないのに、どうして警察は今の俺の住所を知ったのだろう?」ということを考えた。免許証の住所も実家のままだ。今時の警察は、居所を正確に把握して反則金を請求することができるのだろうか?「ありえないよなあ。」と思った。

体を拭きながら、再び不在連絡票を見る。受取人の覧に俺ではない人の名前が書かれている。

それから、不動産業者に電話をして、受取人覧の名前の人が、このアパートのどこかに住んでいるのかを聞いた。届けるつもりだった。でも、住んでいないらしい。

それから郵便局に電話をした。てっきり「不在連絡票を捨てといて。」と言われるのかと思っていたら、取りに来るという。それで、待っていたら取りに来たので渡した。雨に打たれて、雨合羽が水浸しになっていた。

玄関で何度も「すみませんでした。」と言う。「いえいえ。お疲れ様です。」と答えた。「本当はあなた宛だったんですけど、書き間違えました」ってことじゃなくてほっとしていた。

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日曜日は実家に帰った。

実家のある地元でスポーツイベントがあって、それに参加した。それなりに面白かったが、夕方からの焼き肉大会に出られなくて、楽しさも半分といったところだった。

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志賀直哉の「小僧の神様」(新潮CD)を実家に帰る車のなかで聞いた。名作といわれるものを聞きたいと思っていた。
 

俺には、こういう小説の良さがさっぱりわからないことがよくわかった。
「好人物の夫婦」など、俺にはこの主人公のいったいどこが好人物なのかすら理解できなかった。
「俺は旅先で浮気するかも。」
「浮気なんてしないっておっしゃって。」
「じゃあ、旅なんかやめた。」
「それはよくないわ。いってらっしゃい。「たぶん、浮気しない」って言ってくれただけで、私は十分。」
というような、うんざりする話が延々と続く。くだらなさに腹が立ってきた。ちなみに志賀直哉は小説の神様と呼ばれているらしい。俺は、本当に小説を理解できないことがよくわかった。

読みながら思ったのが重松清で、彼の小説も、何が言いたいんだか俺にはさっぱりわからない。ただ世間的な評価は非常に高い。俺が間違っているんだとは思う。ついつい最後まで聞いてしまったけれど、最後まで本当に、ひたすらつまらなかった。金も時間も無駄にした気がした。

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帰りには、泉鏡花の「高野聖」(新潮CD)を聞いて帰ってきた。
 

旅の僧が、一人。飛騨から信州を目指す。途中で大量のヒルに襲われ、なんとか逃れた先に、一軒の家が建っている。そこには、美しい女がいる。僧を気の毒がり、川に連れて行ってくれる。裸にされて、体を洗ってくれるが、ふと気がつくと女もまた裸になっている。

そんな2人の様子を、親父はどこか承知している。女の亭主は、怪しい。

こっちの話の方がずっと面白い。難しい文体で、とても100%は理解できなかったけれど、内容はすごくよかった。泉鏡花のなかで、女は癒やしであり、そして魔性があるのだろう。

確かに、美しい女の手にかかれば、恐怖心がなくなることもあるだろう。癒やされることもあるかもしれない。しかし、ひとたび怒りに触れれば、ヒキガエルにされたり、猿にされたりすることもあるのかもしれない。恐ろしいが、しかしそこがまた魅力的なところだ。新しい感覚なのに、これが明治時代の小説なのかと思うと、どこか不思議な気がする。
来月半ばから、仕事で北京に行くことになった。そして中国語の初級レベルの能力が必要だと、上司から言われた。

もちろん、俺にはそんな能力はない。大学時代、部活の先輩に「第二外国語は何語を選択したらいいですか?」と聞いたところ「独・仏とるバカ、中(ちゅん)落とすバカ」という言葉を教えてくれた。それで俺は迷わず、中国語を選択した。

俺の卒業した大学は、中国語に関しては異様に権威があるらしく、大学院に入るにも浪人する人がいるほどだった。そういう背景もあってか、中国語の教授にとっては、一般教養で中国語を教えることなどバカバカしかったのだろう。あまり出席も取らず、俺は当時、父親の容態がよくなかったので、試験も受けなかったのだが、落とされることもなかった。

出席を取らないので、俺たちはよく、「次は中国語の授業かあ。」などとため息をつきながらグローブとバットを持ってグランドに向かった。そして、授業の間、ずっと野球やソフトボールをしていた。

そんなわけで、俺の中国語能力は皆無といってもいいほどだ。でも、仕事だから仕方がない。中国語初級レベルがどんなレベルなのかも知らないが、中国語検定で3級レベルまで取れれば十分だろう。そこまでいく自信も全くないが、努力だけはしてみる。

とりあえず、DSの「中国語三昧」を買い、それから高橋書店の「絶対合格!中国語検定4級・準4級頻出問題集」を買った。
 
 

あとはやる気だけだ。どうなるのかわからないが、努力だけはしてみる。

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試験といえば、気象予報士の勉強もしていかなくてはいけない。6月末までには、平成21年第2回から平成28年度第2回までの実技の過去問を全て回す予定だった。

ところが、いろいろとあって(いろいろのなかには、やる気が出ないというのも当然、含まれる)、まだ平成27年第2回あたりの問題をうろうろとしている。間に合うかどうかギリギリのところだ。最後は、もう解答を見ながら書き込むかもしれない。

この試験は平成25年第1回から、急に難しくなった。勉強していても、処理する量が多くて前に進まなくなる。イライラしてくる。それまでは、少なくとも解答を見れば「そういうことか。了解。」と納得がいくが、平成25年以降は「なんでそうなるんだよ!」と解答を見て解説を読んだ後でも俺には理解ができない問題が増えてくる。

残念なことに、俺は指定時間内に難問を克服したという成功体験が乏しい。難問を目の前にすると軽いパニックになる。今、話題の将棋の天才少年が幼稚園の頃、詰め将棋のことを考えすぎて「頭が割れそう」と母親に言ったらしいが、俺はそう熟考した経験も乏しい。

司法試験受験でも、俺は「勉強していればいつか受かるだろ」と思っていた。だから落ちた。試験勉強はそういうもんじゃないことが、最近、ようやくわかってきた。

俺は未だに「勉強していればいつか受かるだろ」といった感覚が強すぎる。「絶対に受かる!」と思って、そして実際に受かったことが俺にはない。精神的に今ひとつ厳しさが足りない。小学生時代からそういった覚悟が身についた子もいるのに、俺自身にはその覚悟がなくて残念だ。

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今週は、平日に飲みに行った。長野の人がいっぱいいる飲み会だった。年配の方が多かった。どうも長野の年配の方々は、酒に酔うと議論をふっかけてきて、マウンティングしたがる傾向が強い。くだらない話でも「参りました。」と早めに言わないと、彼らなりの論理で説教されるので今後は気をつけたい。

そのあと、一人で2軒ほど飲みに行って帰ってきた。もう夜遅かった。でも、1次会以降はあまり飲まなかったので、翌日はそんなに2日酔いも重くなかった。

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週末は、地元に帰った。土曜日の午後、軽い仕事があったが、時間を割いて訪ねていったのに不調に終わった。気分が暗くなっていた。

そして夕方、実家について、それからiTunesに問題集のCDを取り込んで、ipodで聴けるようにした。どうして、わざわざそんなことを実家でするのかというと、長野ではネット環境が悪すぎて、iTunesそのもののダウンロードすらまともにできないからだ。

ネット麻雀をしながらipodに音声データを取り込む。思ったより時間がかかる。ネット麻雀では、最初は思うように上がれなかった。仕事での不調を忘れるためにも勝ちたかった。我慢して打っていたら途中から勝ち続け、東南戦で5連勝した。久しぶりに四暗刻もあがった。

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日曜日は朝、地震があって、あちこちに電話した。

その後、姉の家に寄ってから、また長野に戻ってきた。スーツケースを部屋に入れると、改めてその大きさに驚く。昔はこんなのを引きずってヨーロッパやカナダに行ったんだよなあ、と思う。

また、これを引きずって、今度は北京かあ。今となっては古くさいスーツケースをとりあえず押し入れに突っ込みながら「正直、めんどくさいなあ。」と思った。
 
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ハード・ラッシュという映画をキンドルで見た。
引退した運び屋が、妻の弟の不始末で、再び運び屋をやらされる。
運ぶのは、偽造紙幣。しかし、妻の弟のせいでドラッグまで運ばなくてはならなくなる。
 
ストーリーはすごく練ってあって、俺に脚本を書く能力があったら、こんなストーリーになるんだろうなあ、と思いながら見た。よく考えてあるし、うまく演じている。
 
ただ何も新しくないし、何か新しい考え方を知るわけでもない。この映画を見ても何の発見もない。そういう意味では評価は低いと思う。俺は、よく考えられていて、いい映画だと思うけどさあ。
朝起きたときのめまいが、いつまでも続くので、耳鼻科に行くことにした。めまいが始まって、もう2週間になる。原因が脳内腫瘍とか脳内出血とかだったら、どうしようとは思っていた。

医者に行く当日の朝、いつものめまいがなくて、軽い頭痛があっただけだった。いくつか検査をしてもらった結果、大きな病気ではなくて、ストレスから来るものではないか、ということだった。

思い当たるようなストレスもないが、きっと何かがあったんだろう。薬を出してもらったので、それを飲む。まだ朝起きたときに、フラッとくることがあるが、その頻度も減ってきた。

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今週は、水曜日と金曜日に飲みに行った。

水曜日は飲み会の後、一人でオイスターバーに行って、牡蛎を5個食べてビールを飲んだ。
「会計を。」と言ったら、「どうしたんですか?お口に合わなかったですか?」と心配された。
「すごくおいしかったよ。」と答えて外に出た。金額もリーズナブルで、こういう2次会もいいなあ、と思った。

金曜日は偉い人たちと飲み会があった。1次会は楽しく、偉い人に誘われて2次会まで行った。生バンドをバックに歌を歌った。そこで解散したのだが、それまで一緒に飲んでいた初対面の女の子とウイスキーを飲みに行った。でも、何を話したのかも全く覚えていなくて、連絡先も聞かずに別れてしまった。

随分前に通っていた飲み屋のママから連絡が来て、その店にも行くことになっていて、結局、帰ってきたのは午前2時近かった。

土曜日はおそるおそる目を覚ましたが、それほどきつい二日酔いではなかった。それでも、気分の悪さは相当なもので、何をする気力も湧かなかった。

そろそろ気象予報士の申し込みが始まる。遠視用のメガネをかけた写真で申し込むことにしていた。写真を撮らなくては。それで、土曜日は長野の街中をあちこち自転車で走ったが、土日は休みの店が多くて、結局、写真を撮れなかった。

写真を撮りに外に出たのに、写真が撮れなかった。せっかくなので、デパートへ行って、おいしそうな弁当をいくつも買った。

家に帰ったときは、まだ具合も悪かったのに、あまりにおいしかったせいで買ってきた弁当を全部食べてしまった。そのせいで、また気分が悪くなって再び寝た。

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日曜日は仕事だった。上司と松本へ行った。

多少のトラブルはあったが、だいたいはうまくいった。何人か、初対面の人とも会ったし、会うべき人にも会うことができた。

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このブログを始めてから、見た映画や本を記録しているけれど、このブログを始める前だって、映画はすごく見ていたし、本も読んでいた。どっちかというと、昔の方が今よりもずっと本も読んでいて映画も見ていた。

トレイン・スポッティングを初めて見たのもそんなずっと昔だ。すっごい汚いトイレに沈み込んでいくシーンだけは印象に残っていたが、どんなストーリーだったのかはきれいさっぱり忘れていた。でもいい映画だったという思いだけは持っていた。

キンドルでトレインス・ポッティングが無料で見られることになっていたので、久しぶりに見た。
 
スコットランド青年のドラッグにおぼれた悲惨な生活を、実にうまく切り取っている。

人が墜ちていく様を描いた映画は、見ていて飽きるし「どうしてまじめに働かないのか。」という怒りがこみ上げてくる。でも、この映画は飽きない。くずどものくずの生活なのだが、ストーリーに引き込まれる。

例のトイレに沈んでいくシーンでは、俺も2日酔いで具合が悪かったので主人公同様に吐き気がこみ上げてきた。ひどい映画だが、楽しい映画でもあり、悲惨だがどこか救いがある。

ちなみに、この映画のどこをどう見ると、電車に関係してくるのかずっと不思議だったが、さっき、ネットで見たら解説が載っていた。この映画は、産業がさびれたスコットランドの街が舞台になっていて、唯一の観光資源が、古い電車があること。そして、産業はないのに、麻薬の取引だけはさかん。麻薬の売買をしている人たちをいつの頃からか「鉄道オタク(train spotter)」って呼んでいた。それでタイトルが「電車が注目されている(街)」なんてタイトルになっているらしい。

わかるやつには、いい映画だ。でも、わからないやつにとっては、最悪の映画になるかもしれない。

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「ゼロ・ダーク・サーティー」も見た。

ビン・ラディン殺害を目指すCIAの女性工作員の闘いを描いたものだ。殺害の特殊作戦のときも、ビン・ラディンがあの建物内に本当にいるかどうかは確証がなかったことを初めて知った。

もっとも、本当のところはどうかわからない。10cmの大きさのものでも識別できる軍事衛星があるそうなので、本当はそこに顔が映っていたのかもしれない。この映画がどこまで真実を明かしているかはわからない。

最後まで飽きずに見て、なかなかいい映画だった。ただ、日本の自衛隊が海外であんなことをしたら大問題になるだろう。

アメリカ人は、パキスタンでここまで嫌われているのか、ということも知った。2時間30分を超える長い映画だが、俺は長さも気にならなかった。CIAでは、部下が上司に無茶ができる空気があるんだとか、いろいろとコンパクトに知ることができて(もちろん、どこまで本当なのかはわからないが)、その点でもいい映画だった。
金曜日に名古屋で会議があった。夜は懇親会があって、それにも出席した。

懇親会自体は2時間ほどで終わり、ホテルにチェックインした。それから、また1人で飲みに行き、5軒もハシゴした。最後は、酔いが脳に回って満腹中枢が壊れたらしく、ひたすら食べていた。

深夜にカツ丼を食べて、そのあとラーメンも食べに行った。その間、ビールも飲みっぱなし。お金もかなり使った。久しぶりに壊れた感があった。

朝になって、気分が悪く、コンビニで買ってきたらしいポカリスエットをがぶ飲みした。コンビニで買ってきた袋の中には、コロッケ入りのサンドイッチや、デザートまで入っていた。あれだけ飲み食いしたのに、まだ食べる気でいたのかよ。

ポカリスエット以外の食べ物はそのままゴミ箱に捨ててしまった。もう水だって飲めるような体調ではなくなっていた。

帰りの電車が何時だってかまわなかったが、もうすぐに帰りたかった。ベッドで2度寝をしたら、起きられる自信がなかった。午前10時の電車に乗ることにした。長野行きの電車の中ではひたすら眠っていた。ただやたらと喉が渇く。車内販売がないので、あきらめようと何度も思ったが、耐えられなくなってきた。

車内放送で、4両目に自販機があると聞いた。乗っていた8両目の車両から4両目まで水を買いに行き、再び戻ってきた。「特急しなの」はとても揺れるので、2日酔いの力が入らない状態で狭い通路をまっすぐに歩くのが難しい。一仕事を終えたような気がした。

水を一気に飲むと、喉の渇きは癒やされたが、今度は再び鈍い腹痛に見舞われ、目をつぶってひたすら耐えていた。しかし、それも電車が長野に着く頃には大幅に快復した。

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そうして、なんとか家に着いた。土曜日はほぼ1日を寝て過ごした。勉強もほとんどできなかった。日曜日も同様で、何をする気力も湧かず、洗濯をして買い物を終えるともう何もする気がなくなって、寝ていた。

くだらないテレビドラマをキンドルで何話も見た。英語のドラマを字幕なしでどのくらい聞き取れるだろうかとチャレンジしてみたが、全く聞き取れないことがわかっただけだった。

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先週は、日曜日の夜にバッティングセンターに行って、軟式のボールを75球くらい打った。本当はもっと打ちたかったけれど、中学生がいっぱいいたので、遠慮した。

行き帰りに車の中で川端康成の「伊豆の踊子」の朗読を聴いた。

川端康成という作家の写真を、僕は教科書でしか見たことがなかった。彼にも若かった頃がきっとあったはずなのだが、俺にはそこまでの想像力がなかった。だからその作品も老人が郷愁を描いたようなものだと勝手に思い込んでいた。

いつの日にか名作も読まなくてはと思っていた。若い頃は村上春樹や椎名誠(今から考えれば読んでも大して得るところは少ない)を中心に読んでいた。名作といわれるものを読む機会は本当になかった。そういえば、俺は三島由紀夫だって読んだことがない。

今はいい時代で、読まなくても作品を朗読したCDが買える。車の運転をしながらでも、名作を堪能できる。それで、川端康成の「伊豆の踊子」をとりあえず聴いてみることにした。

主人公は20歳前後の一高の学生で(きっと正確な年齢も言っていただろうけど、忘れた。)、踊り子は14歳。どちらもそうとは書かれていないけれど、一目惚れ。みんなからの尊敬を受ける一高の学生と、世間では表向きでは嫌われている旅芸人の踊り子との恋だ。

俺は今までまともな恋をしたことがないような気がしていたけれど、この話を聞きながら「そう言えば俺にもこんなことがあったっけ」といろいろと思い出してきた。俺はそういう美しい物語をゴミ箱に投げ捨てて生きてきたような気がする。

恋愛感情が、静かに進行する。どうしてここまでリアルに描くことができるのか、俺にはよくわからなかった。健気な少女の努力と、それに応えられない青年。何度も「もう聴いていられねえ。」と音を切りたくなった。まさか、2人が別れることになるなんてねえ。

聴き終わった後は、俺も喪失感でいっぱいになった。さすがは名作だと思った。それから、恋なんてもう何年もしてないなあ、そもそも女を好きになることもないもんな、と思った。

あんまりかわいそうに思ったので「伊豆の踊子パート2」でも作って、今度は冬の大島で出会って、それから2人で死ぬほど愛し合う物語でも書いてやろうかと思った。でも、俺の発想ではすぐに不道徳な方向に進んでしまう。

考えてみたら、かわいそうな人生だな、俺は。なんて思いながら、聞き終わったCDをケースに戻した。

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中川毅の「人類と気候の10万年史」(講談社ブルーバックス)を読み終わった。

福井県に水月湖という湖があって、この湖の底をボーリングする。縞模様になった状態の土が現れる。この縞模様が水月湖には15万年分ある。その土をスライスして、そこに含まれる花粉を調べると、その頃がどんな気候でどんな植生だったのかがわかる。

この本は、そんな研究をしている人が書いた本だ。気候は「二酸化炭素を出し続けていると、平均気温が1度上昇しますよ。」などという単純なモデルでは説明が付かず、ある瞬間に劇的に変わりうることがありうる、と彼は言う。今までだって、そうだったらしい。

単純なモデルでも、例えば重力と振り子しかない「振り子運動」であっても、その先に振り子をさらにつなげた二重振り子になると、その動きは誰にも予測ができないものになる。俺もインターネットの動画で見たけれど、確かに、この動きはわからない。
https://youtu.be/cE4Ap_20SEM

気象はもっと多くの要素が絡んでくる。人類が今まで発展してきたのは、たまたまそういう気候だったからで、これからはどのような気候になるかわからない、と彼は言う。

ミランコビッチ周期だとか、自転軸の傾きだとか、磁気だとか、二酸化炭素だとか、そんなに単純に割り切れるものではなくて、複雑に絡み合っている。

長いことかけて読んだけれど、これからの気象はどうなるかの答えは「わからない。」だった。ただ、それが正直で誠実な答えなんだということはよくわかった。

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映画「プレミアム・ラッシュ」を見た。
俺は以前、英語の教材で、この映画のモデルになった自転車便の人のインタビューを聞いたことがあった。

ニューヨークで自転車便を、それもノーブレーキで変速ギアのない自転車でやっているというのは驚きだ。

ドラマ自体は、俺はそんなに感心しなかった。悪徳警官が、小切手代わりのチケットを奪い取ろうと画策するのだが、仮に彼がそれを手に入れたとしても、債権者とは全く違うので、換金ができたか疑問だからだ。

それでも、自転車に乗っているときに、ときどきこの映画のことを思い出す。ペダルを漕ぐときに力が入る。その程度の効果はあった。
実家に2台の冷蔵庫があった。1台は大型のもので台所に、もう1台は小型のものがリビングルームに置いてあった。母は1人で暮らしていた間も来客が多く、2台の冷蔵庫はフル稼働していた。

母が死んでから数年経って、今度は俺1人で実家に暮らすことになった。俺は、台所にある大型の冷蔵庫が1台あれば十分だ。小型の冷蔵庫はプラグを抜いて、それから4年間、まったく動かさなかった。

長野市に転勤することになって、それまでプラグを抜いていた冷蔵庫を持っていくことにした。大きさがちょうどよかった。

引っ越し先で、引っ越し業者に冷蔵庫の位置を指示した。既にそういう区画があり、そこ以外にはあり得ない状況だった。後ろの壁にコンセントがある。すぐにプラグを差し込もうとしたら引っ越し業者に止められた。「冷蔵庫はすぐにはコンセントを入れないで、30分くらい経ってから入れてください。」理由はわからなかった。何かのおまじないなのかもしれない。

引越を手伝ってくれた女の子は、この冷蔵庫を見て「何、この古い冷蔵庫は。古っ。」と言った。「普通、男の人は家電にはこだわるもんじゃないの?こんな古い家電を使う男なんているんだ。」俺は、冷蔵庫というのは、外側がプラスチックで白くて四角いものだという認識しかなかったので、それが新しいものなのか、古いものなのかを即座に判断できるという能力そのものに驚いた。「こんなドライヤー、まだ使ってるんだ。ドライヤーも古っ。」うるさい。

冷蔵庫のプラグをコンセントに差し込むと、冷蔵庫のコンプレッサーやらモーターやらが動き始めた。正確には冷蔵庫にはコンプレッサーもモーターも付いていないのかもしれないけれど、とにかく、そういった内部の装置が動き始めた。音もスムーズだった。しばらくして冷蔵庫のドアを開けてみると、なかから冷気が漏れ出てきた。順調に冷蔵庫としての機能を発揮しているようだった。

冷蔵庫を見ていると、母がいた頃を思い出す。多くの知り合いに囲まれて、母は幸せそうだった。「人から力をもらうっていうことが、あるのよ。」と母はよく言っていた。この冷蔵庫はそんな輪の中の中心にいた。

夜になる。キッチンの方角から妙な音が聞こえてくる。給湯器の音だろうか?ときどき無音にもなる。どこから聞こえてくるのか探した。それら全ての音が、この冷蔵庫からの音だったことにようやく気がついた。

低周波の音は減衰しないことは以前から知っていた。低い音はどこまでも届き、実際に人に害があることも知っていた。だから、この冷蔵庫の音だとわかったあと、隣近所にも迷惑を掛けているんだろうなあ、と思ってはいた。

実際にうるさかった。布団に潜り込んでも聞こえてくる。慣れない間は冷蔵庫からの音で目が覚めてしまうこともあった。しかし、その音にも慣れた。

最近になって隣近所の部屋が深夜、大音量でテレビを見たり音楽を流すことが気になっていた。何度かオーナーに文句を言いに行こうとも思った。

ある朝、隣の部屋の大きな音量の音楽で起きてしまい、とても頭に来た。しばらく、布団のなかで腹を立てていたが、ふと「もしかしたら、これは冷蔵庫が音を立てていることの報復では?」と思いついた。それで、試しに冷蔵庫のプラグを抜いてみた。

10分ほどで、隣の部屋の音楽が消えた。「偶然?」とも思ったが、もう2度と冷蔵庫のプラグを差し込むことができなかった。

その日の昼休みに、昼ご飯を食べるのを諦めて、職場から離れた場所にある電器屋に冷蔵庫を買いに行った。小さくて、音が静かなものを買った。3万円くらいだったが、リサイクル料とかを加算されて、最終的には4万円ほどかかった。翌日、仕事を2時間休んで、冷蔵庫の設置をしてもらった。

その日の夜は、静かだった。隣の部屋は、しばらく大きな音で音楽をかけていたが、それも静かになった。静か過ぎるような気がしたほどだった。それから、隣近所の騒音は減ったと思う。音が減って、僕も安眠できるようになった。

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「こんなに眠っていたら、何かよくないことが起きるのでは。」8時間、眠った後そう思った。実際、8時間眠っても、眠たくて仕方がなかった。すっきり感がまるでない。

そして、朝起きて新聞を取りに行こうと思ったら足がもつれた。頭がふらふらする。こんな経験は初めてだ。これが「めまい」ってやつか。それから、今日までずっと、朝起きた後のめまいに悩まされている。

朝起きると、へんな浮遊感がある。仰向けになって、そのあとうつぶせにあると、魂が飛びそうな感覚がある。そして集中力が持続しない。それは以前からだろうと思うかもしれないけれど、勉強に集中している時間が、極端に短くなった。これは、俺のような資格マニアには致命的な欠陥だ。

ますます中毒のように、夜になると眠くなる。立っていられないほど、体中から力が抜けていく。もしかしたら、これが冷蔵庫の呪いなのかもしれない。

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今週末は長野市にいた。めまいはするし、よく気をつけていたら、昼間だって、ときどきフラッとすることがあるのに気がついた。机に座った勉強も全然できない。でも、ダラダラするのは大丈夫。映画を見たり、漫画を読んだり、DSで英単語や漢字検定の勉強をしたりしていた。

夜になって、生牡蠣を食べようと思って1人でオイスター・バーに行った。「お好みで、これをかけてお召し上がりください。」と言って示された調味料の中に、タバスコが入っているのを見たときは、「まじか。」って思ったけれど。生牡蠣を10個頼んで食べた。やはり日本の牡蛎はうまい。もう10個くらい食べられそうだったけど、やめておいた。

ワインやビールも飲んで、そのほかにサバも食べて、外に出たらまだ明るかった。

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「リミットレス」という映画を見た。
 
 
作家を目指して、ヒモのような暮らしをしている男が、1錠の薬を手に入れる。その薬は、脳を活性化させる。通常2割しか動かず、8割が寝ているという脳を10割動かすというものだった。

彼の作品はすぐに出版社に気に入られるが、金持ちになるなら、本を書くよりも、投資した方が早い。彼はより多くの薬を手に入れ、稼ぎ始める。そして、瞬く間に財産家になるが、副作用が彼を襲う。

決していい映画ではないし、ある意味、不道徳な映画だ。でも、もし俺が脚本家になったら、きっとこんな映画を作るんだろうなあ、という映画だった。とても興味深い映画で俺にはいい映画だった。

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「時計仕掛けのオレンジ」をまた見た。以前見たのは18歳のときだった。

その頃は英語なんてまったくわからないから、言葉がおかしいことにも気がつかなかった。刑事システムの基本構造も知らない頃だったから、世の中には、以前から「応報刑論と教育刑論の対立」があるなんてことも知らなかった。

ただ、俺が見たのは昔だったので、レイプシーンではスクリーン上をモザイクがあっちこっちに動いていた。今はそういう目障りなものはない。いい時代になった。

今回、また見てみて、相当強烈な映画だったことに改めて気がついた。なぜ、自分が「雨に唄えば」を聴くと妙に胸騒ぎを覚えるのかも、この映画が原因だったことに気づいた。

「応報刑論」については、価値的な同害報復だと理屈では知っていたけれど、この映画を見てその本質が初めてわかった。「おまえ達が悪いことをして国に被害を与えれば、国だっておまえ達に仕返ししたくなる」ってことなのか。まさしく応報。わかりやすいなあ。

この映画は、それこそ不道徳だし、下品だ。決していい映画ではない。だけど、こういう映画もたまには見た方がいい。映画のレンズは、映っているものしか映さない、ということも改めて理解できる。セットや小道具がすごいとすごい映像になるってことも本当にわかりやすくわかる。

人には決して薦める映画ではないけれど、見た方がいい映画だと思う。
今週は、毎日8時間近く眠った。朝は毎日ではないが、5時30分頃から勉強することが多い。そうなると寝るのは午後9時30分頃ということになる。

午後9時30分頃には、正直、それほど眠りたい気分でもない。でも、無理して目を閉じていると寝てしまう。朝5時30分に目覚まし時計の音で目を覚ます。ちょうど明け方に眠りが深くなるようで、目覚めても今ひとつすっきり感がない。8時間も寝たのに!まだもう数時間は寝られるような気分でいる。

長時間眠っていると、脳が眠ることに慣れてくるのだろうか?職場でも昼食を食べた後、眠くて仕方がない。今まで、本気で昼寝をしている人を「よくこの短時間で眠れるな」と思いながら見ていたが、イスに座ったまま夢まで見てしまう。

そんなわけで、仕事に余裕があったことから毎日8時間眠るということにトライをしてみたが、それほど大きな効果はなく、かえってよく眠くなることがわかった。今後も続けるかどうかはわからない。

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職場近くに歯医者があって、仕事帰りに歯石を取ってもらった。この歯医者に来るのも久しぶりだ。電話で「最後に来たのは何年前ですか?」と聞かれて「えーと。6年くらい前かなあ。」なんて答えていたけれど、実際には10年以上経っていた。

以前にも教えてもらったと思うが、また歯磨きの仕方から教えてもらう。どうも未だに歯ブラシを歯に押しつける力が強いらしい。「もっと軽く。」と指導されているうちに、だんだんと感覚がわかってきた。本当に、そっと当てるくらいでいいことがわかった。

「10年ぶりにしては、歯石、そんなに着いていないですね。ときどき歯石除去をしていました?」うーん、どうだったっけ?「思い出せないです。」「そんなに着いていなくてきれいですよ。」そうなんだ、と思った。

それでも、かなり時間をかけてきれいにしてもらった。イスの隣についている洗面台に何度も歯石をはき出した。口の中ではじゃりじゃり感があるが、吐き出すと、血の塊のように見える。

歯石除去中に出血して、それが歯石のまわりに着くのだろうか?何度か質問しようかと思ったが、忙しそうだったのでしなかった。ネットで見ると、歯石のまわりでは恒常的に炎症が起きていて、歯石除去の際にその鬱血した血が出血するらしい。汚れた血を出せてよかったと思うことにした。

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金曜日の夜、仕事帰りに実家に帰った。実家に着いたのは午後9時を過ぎていた。行きつけのバーで赤と白のワインを1本ずつ飲んだ。それなりのお金がかかったが、お店の人が常時チェーサーを用意してくれるので、そんなに悪酔いはしない。こういうきちんとしたサービスのお店に慣れてしまうと、ほかの店に行きたい気分ではなくなる。

午前2時頃まで飲んで、それから喫茶店に行ってカレーを食べた。この時間にはそこの喫茶店くらいしか開いていない。店の中はけっこう混んでいた。誰かと話をしたような気もするが、もう覚えてはいない。

翌日は、屋根の塗装が終わったということで完了検査をした。すごくきれいに塗れていた。実は今週末に帰ることができるかどうかが不安だったので、完了検査前にお金だけは振り込んでいた。施工業者さんがお菓子を持ってきてくれる。こういうお菓子を用意するのはむしろ俺の方ではないのか、と思う。俺は何も用意はしていない。

一部、樋がさびて穴が開いているという指摘を受けた。これから樋も交換しなければならないと言う。それはまた半年以上先に、ということにした。出費が続くなあ、とため息が出る。

地元のお祭り仲間にも、年会費を支払いに行く。7月2日にスポーツ大会をするのだという。今年は種目が変わるという話を聞く。また、そのときにいろいろと話をすることになった。

近所に住んでいる同年の友達も来る。外国に旅行して来たと、その国のビールとインスタントラーメンを持ってきてくれる。「すごく楽しかった。」嬉しそうな笑顔の友達を見ていると「よかったね。」と俺も笑えてくる。

そのあとは、ネット麻雀をする。長野ではインターネット環境がへなちょこでできないから、したい気分だった。東南戦を6戦くらいした。1位と3位が1度ずつで、あとはずっと2位だった。最下位にはならなかった。

その日の夜、再び長野に帰ることにした。途中、地元のスーパーで買い物をしていたら、昨年、一緒に戦ったソフトボールチームの仲間に会った。金曜日には試合があって勝ったのだという。
「みんな待っているから、また試合も見に来てよ。」と声を掛けてくれる。
なんだかとても嬉しかった。

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地元と長野との往復の間、ラジオを聞いていることが多いが、長野県には民放が1局しかなく内容もつまらない。FMラジオも聴いていて価値があるとは思えない。

それで、アマゾンで朗読CDを購入していた。運転をしながら聴くためだ。今回は松本清張の「家紋」(新潮社CD)を聞いた。市原悦子が朗読をしている。
 

俺は今まで、松本清張の小説を1編も読んだことがなかった。難しい内容なんだろうなあ、と漠然と思っていた。

市原悦子は、その昔、漫画日本昔ばなしというアニメの朗読をしていて、それは子供心にかなりいい朗読だった。昔話は得意なんだろうなあ、と思っていたけれど、松本清張はどうなんだろう?

この話は、はじめからかなりおどろおどろしい。地方では、滅多に殺人事件が起きないが、1度起きると住民が証言をしたがらないために、迷宮入りになることが多いという説明から始まる。

あの昔話を読んでいた人の声で「殺人」という単語を聞くと、背筋が伸びるような気がした。難解なストーリーだが、とても聴きやすく、わかりやすい。そしてまた、深い話で引き込まれた。

このストーリーのなかでは、夫婦が順に殺される。殺害方法は冷酷で凄惨だった。なんとか子どもだけは生き延びた。壮絶なストーリーに夢中になって、いつもよりずっと遅い速度で車を走らせていた。ほとんど運転の記憶がないほどだった。

松本清張って、こんなに面白いのかと初めて知った。長編もいつか、読んでみたい。

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映画「ドラゴン・タトゥーの女」のダニエル・クレイグのバージョンを見た。
 
 
原作を初めて読んだときのわくわく感がこの映画にはある。想像以上に面白かった。

この話はサランデルの自身を犠牲にした活躍と孤独がベースとなっていて、それだけで普通のアクション・サスペンスよりも奥行きが深くなっている。

その世界を、この映画はきちんと再現している。北欧の寒さを俺も感じたし、凍った道路をバイクにまたがり、ノーヘルで猛スピードで走るサランデルの狂気混じりの行動力とその後ろに隠している愛も感じた。いい演技で文句のつけようもない。

サランデルの活躍を、彼女が愛する男は一部しか理解できていない。認められない悲しさと悔しさは、映画を見ている俺たちしかわからない。彼の成功は、サランデルがもたらしたものなのに。男は世界に認められ、サランデルは誰にも認められない。理解を超えた女が、ある男とは闘い、ある男は助けるストーリーだ。俺の前にもサランデルが現れればいいのにと思う。

俺がいいと思う映画は中年男と若い女の子の組み合わせが多い。自分を振り返って「そうなのか。」とも思ったりする。
土曜日は仕事でイベントを仕切らなければならなかった。今までもイベントを企画して開催した経験はあったし、それなりの自信はあったけれど、今回は準備期間が短く、失敗するかもしれないと、多くの人に言われていた。

準備期間が短かったのは、俺のせいじゃない。開催日と会場だけ決まっていて、後は白紙の状態で引き継いだのが今年の4月だった。協力を依頼する先々で「普通は数か月前から企画を出してくるでしょう。」と怒られたが、「そんなことを俺に怒られてもなあ。」と内心思っていた。

根回しもされておらず、行く先々で「初耳だ。」と言われた。「どうして今まで報告がなかったのか。」も聞かれた。聞かれるたびに「俺だって知らねえよ。」と答えたくなる衝動に駆られたが我慢をした。いろんな人に説明をしながら、どうせ何も決まっていないのだったら、開催日も決めてくれていなければよかったのに、と何度も思った。そうであれば、期日を7月にずらした。

それでも、土曜日のイベントは盛況だった。目標には部分的に届かなかったが、イベント失敗とは決して言えないレベルには達していた。

印象的だったのは、イベント会場に来た人の優秀さと素直さだ。ある外国人が一人で座っていたので声をかけた。
「スーツの襟が立ってるよ。でも、もし、そういうファッションなら気にしないで。」
「恥ずかしい。教えてくれてありがとう。ところで、誰もいないけれど僕はここに座っていていいのかな?」
「いいよ。これから開会式をここでするから。これから人がいっぱい来るよ。俺はあそこで司会をする。つまらない話をするから聞いてね。」
「ははは。いえいえ。お話、楽しみです。」
笑顔を絶やさず、流ちょうな日本語で対応する。すごいなあ、と思った。ほかにも数か国語を操る人や、アナウンサーのようなきれいな声で説明する人がいて、優秀な人っているものだと感心した。

イベントに参加した人たちがとても真剣で、時間を有意義に使っている姿を見ていると、このように努力をしながら将来の道を見つけなければいけなかったのか、と改めて教えてもらった気がした。自分が就職したとき、申込書を書いたのは母親だった。

俺はこの最初の部分で全く素直な努力をしていなかったことに気づかされた。いつの間にか、そして仕方がなく就職をしていた。自分で選択をし、努力をして得た仕事であれば、もっとモチベーションが違っていたものだと思う。

僕は大学卒業時にも、自分がよくわかっていなかった。子どもだったと思う。イベントで優秀な人たちを前に話しながら、皆さんにはぜひ、成功して充実したよい人生を送って欲しい、と思わずにはいられなかった。

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土曜日の夜、今年度になって初めて長野で飲んだ。今まで仕事で歓迎会に出席ができなかったり、苦情を言ってきた人から飲み会の日の夜中の0時に始まる番組を見ろと強要されたりしていたので、飲むことができなかった。

シャワーを浴びてから、服を着替えて夜の街に向かう。初めて入ったショットバーで、ギネスビールを飲み、ジョニー・ウォーカーのブルーラベル、バランタインの17年、マッカランの18年をロックで飲んだ。

ジョニー・ウォーカーのブルーラベルは、あまり飲むお客がいないのだろうか?開栓してから時期が経った、そんな味がした。ウイスキーも一度開栓してしまうと、だんだんと風味が損なわれてしまう。正直、いい管理ができているとは思えなかった。

今まで地元のバーでは、ボトルをキープして飲んでいた。こういうショットバーで飲むと、マッカランのロック1杯が3千円を超える。こんなに高くつくのかと認識を新たにした。

それから、もう1軒、はしごをして飲んだ。4年ぶりに行った店で、ジャック・ダニエルをボトルキープして、水割りにしてガブガブ飲んだ。

やたらとつまみを出してくれるので、それもばくばく食べた。そして、帰りはさらにラーメンを食べた。果たして、こういう夜を自分は楽しいと思っているのか?と何度か自問したが、よくわからなかった。

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家に帰ったとき、もう1回シャワーを浴びるかどうか悩んだ。「いいや、もう寝ちゃおう。」と思って寝た。

そういえば、枕を使わなくなって数年が経つ。昔は低反発だの、ヒノキだのいろいろと試したけれど、毎日使っているとどうしても汚れてくるので、全部捨ててしまった。

それで、どうしているかというと、ちょっと大きめのバスタオルをたたんで枕代わりにしている。汚れたら、すぐに洗えるし、微妙な高さの変更も簡単だ。もう慣れてしまったので、枕を使う気もさらさらない。

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「アフター・スクール」という映画を見た。
 
 
俳優の演技もよかったが、何よりも脚本がいい。最後まで、ぴしっと決まっていて、いい映画だと思った。

最後に大泉洋がこんな台詞を言う。「あんたみたいな生徒、どのクラスにもいるんだよ。全部わかったような顔して、勝手にひがんで。この学校がつまらねえだのなんだの。あのな、学校なんてどうでもいいんだよ。お前がつまらねえのは、お前のせいだ。」

僕はこう言われても仕方がないような生徒だった。でも本当に、学校や教師なんてどうでもよくて、学校がつまらない責任は生徒側にある。もっと真剣に学校生活を送っていれば。みんなと仲良く、しっかり勉強する意識でいたのであれば。と今になって思う。いい機会が山ほどあったのに、本当にもったいないことをしたと思う。
金曜日の夜は、実家に帰った。30数年ぶりに友人と会い、飲んで話をした。今ではかなり大きな会社の社長をしている友人もいた。

今までの30年間をどのように過ごしていたのかを聞いた。なかなかすごい話で、飽きなかった。いろいろと勉強になった。俺は文字通りの勉強しているけれど、社会に出て勉強している人の力を感じた。

「ブームだって待っていれば来るってもんじゃないよ。自分から仕掛けるんだ。」そういう話をしていた。
「なるほどなあ。」いろんなパイプを持っているんだなあ、と感心した。俺の仕事でもだいぶ重なっている人もいた。共通して知っている人は、随分と雲の上の人のように感じていたが、彼にとってはそうでもなさそうだった。

彼とは剣道で同じ道場に通っていた。彼は強く、よく試合で優勝をしていた。俺は決して強くなかった。でも道場の先生のいう「勝負の勝ち負けは関係がない。」という言葉を信じていたので、別に気にもしていなかった。

「俺は勝負にこだわっていたよ。」と彼は言う。「そうなんだ。俺は本当に気にしてなかったんだよね。ただ、団体戦で中堅を任されると、俺で試合が決まっちゃうことがあって、それが嫌だった。」と言った。
正直、彼が自慢気に話した団体戦で春夏を連覇したことすら俺は忘れていた。俺もその一員だったのに。

その後、俺はそのなかの友人と2人で行きつけのバーで飲んで、それから1人でカレーを食べに行って帰った。そして、実家に泊まった。

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翌日は、2日酔いで、朝起きて鏡を見たら顔がまだ赤かった。雨が降っていたが、屋根の塗装をする業者が来て、屋根の水洗いをするという。

早ければ来週にも屋根の塗装は終わるらしい。塗装が終われば支払いがあるわけで、なかなか大変だが、しかたがない。

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土曜日の夕方に、ようやくお酒が抜けた気がしたので、姉の家に寄ってから帰った。

「どうして、お線香の匂いがするの?」
姉が聞くので、「昨日の夜、飲み会に着ていった服と同じだからだよ。まわりでたばこを吸うから、煙が服に染み付くんだ。そこにファブリーズをかけたら、変な匂いになった。」と説明をした。

姉の家の犬は嬉しそうにいつまでも俺の服の匂いを嗅いでいた。

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実家でダウンロードをした「柳生一族の陰謀」を、長野に帰ってきてから見た。
 

萬屋錦之介が柳生家の頭領として、管理職というものを体現している。柳生家と3代将軍家光が、2代目将軍秀忠を毒殺。その後、弟の忠平と将軍家の跡目騒動を繰り広げる。さらに、そこに将軍家の没落を狙う公家達が暗躍する。

なかなか話で聞くと複雑なのだが、とてもわかりやすく理解ができる映画だ。これだけの内容をよくこの映画にまとめたものだと思う。

この映画を絶賛する人は多い。特に演技の勉強をする人たちは、この映画から得ることが多いのだと思う。みんなすごい演技をしている。

ただ、この映画を見て、俺は特に心を動かされなかった。素晴らしい演技と脚本だと思ったが、「すごい演技というのがどういうものなのか、とてもよくわかりました。」と思ったまでだった。感性が低いのかもしれない。

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気象予報士試験の勉強は当然だが、英語の勉強もだんだんとしていくことにした。気象予報士試験を頑張るのは当然だが、秋からは本格的に英語を始める。

秋から目指すのは、英検の1級とTOEICの900点台。どっちを先にするかはまだ決めていない。そのために、今から少しずつ準備をしていく。

今、特にNHKラジオの高校講座「英語表現Ⅰ」を聴いている。いろいろと聴いたけれど、高校講座が一番しっくりとくる。「英語表現Ⅰ」を聴き終わったら、「コミュニケーション英語Ⅱ・Ⅲ」にも手を出していくつもりだ。

ラジオはインターネットを使って聴く。いい時代になったものだ。でも、俺の家はwifiがへなちょこな環境で夜はインターネットがまるで使えないので、朝早起きをして聴くことにする。これもまあ、仕方がないことだ。
 

***おまけ***

気象予報士試験に向けて 3

ここから先は、俺が試験勉強をするについての備忘録なので、読んでもあんまり意味がないので最初にお断りしておく。

1 あやふやだった知識のまとめ

○台風の強さと大きさ
台風の強さは風速で決まる。「台風が強くて散々な目に(33m/s)非常に強くて死屍累々(44m/s)、猛烈ならこうしちゃいられない(54m/s)」で、「強い」が33m/s、「非常に強い」が44m/s、「猛烈な」が54m/sだと覚えられる。

ただ、これはあくまで秒速なので、ノットの時速は違う。秒速をノットの時速にするには、1.944倍すればいいのだが面倒だ。秒速(m/s)の2桁目を2倍、1桁目に1を加えることで求められるので、この方法を覚えておく。

「強い」が33m/s=64kt/h、「非常に強い」が44m/s=85kt/h、「猛烈な」が54m/s=105kt/hになる。

なお、台風の大きさは「大型が半径500km以上800km未満、超大型が800km以上。」半径であることと、300kmと500kmではないことの確認が必要。「大きさは小屋(5と8)の半径で決まる」と覚えればいいと思う。

2 きっと俺だけ。致命的なケアレスミス。

(1)低気圧と高気圧の取り違え
「オホーツク海にある高気圧がブロッキング高気圧だから。」と書くべき所を「オホーツク海にある高気圧が切離低気圧だから。」と書いていた。もはや高気圧ですらなくなっている。どっちも動きが遅いってことでは共通しているけど、ひどすぎて笑ってしまう。自己採点のときにも「切離低気圧とブロッキング高気圧なら同じじゃん。」なんて思っていた。アホだ。

(2)漢字間違い
等相当温位線の「等」の字を忘れて相当温位線と書く。なぜだか忘れちゃうんだよなあ。
ゴールデン・ウィークを迎えた。暦通りの休日だ。

昨年度までの仕事は、休みに関係なく緊急電話がかかってきていたので、あまり休んだ気もしなかった。むしろ、休みになると人がいなくなって手薄になるので、休みは嫌いだった。俺は必ず出勤せざるをえなかったし。今年度からはフリーだが、かといって特にすることもない。

2日の夜、仕事が終わった後、実家に帰り、行きつけのバーでシャンパンやワインを飲んだ。その店で友達にも会った。

3日は、長野のアパートではできない、パソコンアプリのダウンロードをしたり(Wifiがへなちょこだから)、本を読んだりして過ごした。夜は姉の家で食事をした。姪も帰ってきていて話をした。

「彼女できた?」
「できない。君は彼氏できたの?」
「私はまだ猶予があるから大丈夫。」
「そんなものないよ。きれいって言われる間は短いよ。」

彼女の社員証の写真を見せてもらう。どこの女優かと思うほどきれいだ。
「なんだこれ?すごいなあ。こんな美人になっちゃうんだ。」
「ちゃんと化粧すればね。」
「まじかあ。どこの人かと思ったよ。」
「ちょっと、むかつくんだけど。」

お酒も飲まずに話をした。

「試験もあるからしなくちゃいけないのに、全然、勉強する気が起きない。」と姪が言う。
「気持ちはわかるよ。俺もそういうときあるから。でも、芦田愛菜ちゃんが「努力は報われる。報われない努力はまだ、努力が足りない」とかいう王貞治の言葉を大切に勉強したって話を聞いて、なるほどなあって思ったよ。」
「わかるけど、それだって、報われない人だっているじゃん。」
「まあなあ。ただ、俺が言うと全然説得力がないけどさあ、勉強してるといいことがあるんだよ。本当だよ。」

あまり、姪を説得できた気はさらさらしないけど、そんな話をした。そして夜10時頃に運転して実家に戻った。

4日は午前11時頃から実家の庭の草むしりをした。草の生える量が多くて大変だった。昭和天皇は「雑草という名の草はない。」とおっしゃていたらしい。そのとおりだと思うけれど、俺としては「そう?俺の家の庭にはいっぱいあるけど。」なんて思う。

涼しかったので、「汗をかくまでやろう」と思っていたのだが、すぐに汗が出てきた。適当に済ませてしまった。どこかの農家の娘と結婚したいと思うのはこんなときだ。

珍しく玄関にお客さんが来たので、会ってみたら屋根の塗装業者だった。以前も頼んだ業者だった。俺の家は2軒の家がつながっているので、屋根の塗装費用も2倍かかる。トタン屋根部分の防さびと塗装工事を依頼する。住んでもいない家なのに、また数十万の維持費がかかる。やれやれという感じだ。

それから長野に戻ってきた。

5日はほんの少しだけ勉強をして、あとはゲームをしたり、昼寝をして過ごした。夜になってから、バッティングセンターに行って100球ほど打って帰ってきた。

6日もダラダラと過ごした。外に出たのは、郵便受けまで。勉強もほとんどしないで、ゲームをしたり、本を読んだり、風呂に入ったりして過ごした。

そして、今日は7日。長かった休みも今日で終わりだ。何も得なかったような気もするし、体を休めれたような感じもする。

俺のアパートからは、職場が見える。こんな連休中にも電気が付いている階がある。昔は俺もあそこにいたんだよな、と思う。

決して戻りたくないが、情熱を傾ける対象があるということは、決して悪いことではない。問題は仕事が情熱を傾ける対象となり得るかどうかだ。俺にはまだ今の仕事がよくわかっていない。

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ようやく「小学総合的研究わかる算数」(旺文社)をやり終えた。
全部で500ページを超える、なかには相当難しい問題もある問題集だ。当初は毎日、昼休みに解いていた。

途中で投げ出して、最近まで存在すら忘れていたのだが、今回の転勤に伴う周辺整理の間に思い出してまた昼休みに始めていた。ざっと計算したら、解き終わるまでに2年5か月もかかっていた。少しかかりすぎだ。

もう大人なので、大人らしく方程式を駆使して問題を解いていた。わざわざ小学生の頃の解法にこだわる必要もないだろう。ただ解き方が、数学的に勉強になることも多かった。

1から10までを足すときは、10と11を掛けて2で割る。n(n+1)/2なんて公式を、高校の頃に習ったような気がしていたが、もう忘れていて今回改めて勉強した。これなら、確かに暗算で計算ができる。

50人のクラスで、3人の委員を選出する。1人1票とした場合、最低何票必要か?という問題も解き方があることを初めて知った。50人を、選出する3人の委員の数に1を加えた4で割る。割り算の答えは12余り2。この余りの分を整数に加えた13票というのが答えだ。

ふーん。と思いながら解いた。小学生時代に、この問題集を解き終えていればなあ、と何度も思った。その後の数学の授業は随分と楽にマスターできただろう。そしてまた、実際に、都会の中学受験をする子供は解いているのだろうからなあ、と思う。

この問題集を解き終わったことをいろんな人に自慢した。行きつけのバーの女性にも自慢した。それから友達にも。自慢された人が一様に困惑した表情を浮かべたのが印象的だった。

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やり終えたといえば、2年ほど前に1度やり終えた「えいごで旅するリトル・チャロ」のソフトをまた紛失していて、引っ越しのときに姉が見つけてくれた。

そういえば、最後に「ボーナス・ステージ」が出てきて、それをクリアしていなかった。ボーナス・ステージに行くには、英語コインを全てコンプリートして、「へんな犬のおじさん」のクイズに全問解答しなければならない。

後半こそ、英語コインはコンプリートしていたが、前半はかなりいい加減だった。「へんな犬のおじさん」のクイズにもほとんど答えていない。

それで、もう1度、英語コイン集めと「へんな犬のおじさん」のクイズの残りを全てやり直すことにした。

正直、英語コイン集めは大変だった。1話を全てやり直したのに、1枚だけ、どこにも見つからない。ヒントをよくよく読み直してみたら「馬からのリクエストを断ること」なんて書いてあって、「あそこで、「やだ」って言わなくちゃいけなかったのか。」と、またやり直した回もあった。

そして、すべてコンプリートして、ボーナスステージを見た。大した話じゃなかった。

それと、どうやってチャロが日本に帰ってきたのかもすっかり忘れていたので、最終話もやり直した。

このソフトで遊ぶまで、シカゴ市のモットーが「I will」だというのも忘れていた。長野県の飯田市はこのシカゴのモットーを真似たのか「やろうとする」という意味の「むとす」という古語を市のモットーにしているが、意味合いは同じなので、個人的には「I will」の方がかっこいいような気がする。

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そして、とうとう「桃太郎電鉄2017たちあがれ日本」をDSにダウンロードして、100年設定で始めてしまった。福島の復興がテーマらしい。

相手は妖鬼妃とサクマ名人。意外と強くてやっかいだが、15年戦ったところでは、相当に圧勝している。ソフトのバグにつけ込んでいるような感はあるけれど。

イベントの種類と数が増え、キングボンビーに頻繁に変化する。また、駅が増え、名産物の数もすごく増えた。ただ増資ができないので、最初はとまどった。このソフトは作っている人が楽しそうだ。

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以前から見たいと思っていた映画「グランド・ブダペスト・ホテル」を実家に帰ったときに、キンドルにダウンロードして、長野のアパートで見た。

ストーリーにも俳優にも魅力があった。ストーリーの何がよかったのかは、俺の能力の問題でうまく説明ができない。映像もよかった。見たいときに見たいタイミングで見たいものが映っている。それも美しく。不思議な世界を。

どこかコメディータッチの映画らしい映画で、夢のような知らない美しい世界を堪能した。いつか映画館の大きな画面でも見てみたいと思った。
 

***おまけ***

先週まで読んでいた「毒々生物の奇妙な進化」では、エメラルドゴキブリバチに関する話が写真とともに掲載されている。

このハチは、エメラルドのように輝く美しいハチだ。このハチはまず、巣となるべき場所を探す。それから、ゴキブリの脳に毒針を突き刺し、触覚を1本切り取り、体液を吸う。それから、残った触覚を利用して、巣に連れ帰る。それから、卵をゴキブリに植え付ける。ゴキブリは暴れたりせず、逃げられるのに逃げない。ハチは巣の入り口を閉じてどこかに飛んでいく。その後、卵はふ化し、幼虫はまだ生きてじっとしている新鮮なゴキブリをむさぼり食う。

この手の昆虫の話はたくさんあって、例えばハリガネムシは最終的には魚に寄生したい。そこで、まず昆虫に寄生をする。昆虫の脳に何らかの指示を出し、秋になって鮭が遡上を始めると、川に飛び込みたい衝動に駆られるようにする。鮭は目の前に昆虫が飛び込んでくれば食べてしまう。そうしてハリガネムシは魚に寄生することができる。

脳を操られて、抵抗できるのに、しなくなるというのは嫌だなあ。俺、昆虫でなくてよかったなんて思っていたんだけど。

未だにしぶとくユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史 下巻」(河出書房新社)を読んでいる。そこでは、宗教や国家観は感染病のように拡がることを示唆している。

確かに、人間も逃げられるのに、教えのために殉教したり、敵艦に爆弾を抱えて突っ込んだりする。さらには、会社のために尽くして、ぼろぼろになって自殺する人もいる。どれも、逃げようと思えば逃げられる。

俺たちも、知らないうちに、エメラルドゴキブリバチに刺されたゴキブリのように、支配者に操られて抵抗できなくなるなんてことがあるのか、と思った。

そういえば、浅間山荘事件を扱った漫画「レッド」でも、どうして、みんながリーダーの言うことを素直に聞くのかが不思議だった。リーダーの指示で、隊員を殺してしまう。殺される側も、あまり抵抗はしない。

脳を支配される機会というのは、昆虫ばかりでなく、人間の世界でも多いものだということを初めて納得した。