暫く来なくなっていたお客さんが急に予約が入り、久方ぶりの再会とともにその頃の現状を報告したら『あ、今回はみちるさんのところに行こうと思ったのはこういう事だったのね』と仰って、お友達と自分の経験で、この薬(市販薬)がいいよと教えてくれた。

 

普通、癌の患者にこのように何かを紹介すると、何かの商売の餌食にされているような気がするものだが、初めてご来店のお客さんではなかった事と、この薬の製造が『林原研究所』というところで、私にはすんなり受け入れられるものがあった。正直、薬の効能の説明は難しく、よく分からなかったが、『ハヤシバラ』という会社は、私の出身地・岡山では有名企業で、10年位前だったかに破綻しかけて全国的に問題になりかけたのだが、余り知っている人はいないようだ。マービーという商品名で全国区となったマルチトール(還元麦芽糖)で糖尿病食を変えたあたりから糖類の開発で有名で、独占企業として問題になったのはトレハロースがなくなると、しっとりとした食感が長持ちする食品全般が製造できなくなることからだった。よって会社再生法で現在も存続しているが、運営が家族経営でまずかっただけで実績にはかなり信用のある会社なのである。

 

薬局で聞いてみたところ、飲み合わせによる副作用もなく、何に効くとは言えないが薬剤師さんも言いたいことを言えないような効能のような薬のようで、1瓶1万円~3万円と書いてあり、やはり高価なものなのは間違いなかった。(用量など数種類あるので価格も変わる)私はネットで最安値を探して購入することにした。

 

後日談としては、10ヶ月ほど後にこのお客さんも乳がんが発覚した。私とは違い、非浸潤癌の恐らくトリプルポジティブで成長率が高いということで1ヶ月ほどの間に全摘を選択してあっという間に終わってしまったが、ずっと飲んでいても癌が出来ない訳ではない。

 

私としては、教えて貰った頃、抗がん剤も3種類目で効果が出ず、ネットで検索にも出ていたが『癌は炎症』『水虫などが代表的な真菌の仲間』とあり、ルミンAは効能に可能性疾患、汗疱性白癬とあるので、とりあえず何でも試してみようかと思った。その他効能は末梢神経性疾患、湿疹、創傷、熱傷、凍傷など。高価だが、1日1錠で400錠入りを購入したら1年分と思えば1ヶ月1500円ほどだ。味は炭酸水素ナトリウム、つまり重曹だ。朝起きて一番に舌の下に入れて溶かして服用し続けている。

 

色々な事をしてきたので、どれがどのように作用したのか分からないが、一通りの乳がん治療が終わった今となってこの薬の手ごたえは、癌を根本的に治すことよりは、タキサン系のしびれがいつの間にか消えていたことと、手術後の内出血が圧倒的早さで消えたこと、それと傷の治りが早いことではないかと思う。


https://www.lumin-a.jp/

 

 

 

 

2016年11月某祝日、友人が『癌に特化した神社が鎌倉にあるから行こう』と3人で連れだって鎌倉散策に向かった。なんだかんだ病気になる前からも殆ど2駅間を行き来する程度しか外出しない生活だったので、面倒くさがらずに出かけるのが嬉しかった。

 

ブラブラ歩きながら、まずは腹ごしらえしようかと、イタリアンにしようか、蕎麦にしようかと何軒か見つつ、昼時過ぎであったがどこも人が多く、この頃から本格的に糖質制限をしようか迷っていたが場をしらけさせたくなく、蕎麦屋に行こうと決まってから潔く賛同した。店の玄関も見えないようなところから並んでいたが、3人で他愛ない話をしている間にいつの間にか順番となった。

 

それから、いざ本丸の神社を目指して友達の先導で向かった。大きめの道路沿いの色々な店が並ぶ通りを店を見ながら進み、産直野菜を売っている所を曲がり、観光客の少ない方へと進んで行った。途中川の上の橋から、大きな鯉がたくさんいるのを見た。その後は正直友達に着いて行ったので、住宅街のようなところに入ってから道順やどの辺りなのかは全く分からない。『この辺の筈なんだけどな…』と迷っていたら、小さな門構えのお稲荷さんがあり、中を覗いたら『ここだ!』とやっと気付いたくらい分かりづらかった。

 

お稲荷さんの隣に、騒がしいほど旗や文字がたくさん描いてあった覚えがある。ひと気がなく、友達がそろっと戸を開けると、目の焦点のあっていない小さいおばあさん(下の画像参照。うる星やつらのチェリー風)がぬっと出てきて何の用だと聞いているようだった。友達が私の事を言ってお参りに来たと告げると、お守りを買うのかとほぼ強制的に、そして本人だけ神様の前に進めと促した。そして、神様にお賽銭を入れなさいと、これまた強制的、しかも札のみ。運悪く万札しか持っていなかったので強制されるのかと恐々『細かいものがなくて…』と言うと『両替してあげるよ』と5千円札を一番上にして返されたが、そこまで出すつもりで来ていなかったので、おばあさんが見ていない間に千円札を入れた。

 

そして『帽子を脱いで手を合わせて』と言われ、目を瞑ると『何妙法蓮華異教なんみょうほうれんげいきょう…』と念仏を唱え出して、≪え?神社って念仏だっけ?≫と頭がはてなでいっぱいになりつつも、せっかく治療している抗がん剤が効きますようにとお願いした。そして逃げるようにその神社を出て行った。

 

友達とまた一緒になり『怖かったよー』と言い合い、疑問は同じようで、友達がまた検索すると「ボランティアのお年寄りのような人が…」って神主はいないのか?とよく分からないまま。とにかく目的は終わったと、そそくさと鎌倉の駅の方へ向かって帰ることにした。この日までにも、友人やお客さんや母と、たくさんのお守りを頂いていたので、同じところに置かないように、枕の下、棚、パソコン脇、出歩く時の手提げ、仕事のシザーバッグと色々な所に分けていつもどれかの恩恵に預かれるようにした。 



 

JR鎌倉駅の近くの有名な喫茶店でパンケーキを食べようと友達が言うので、最後の甘いものにしようかと、ここでも暫く席が空くまで待ち、一緒にゆっくりのんびりして、夜になる前に帰ろうと帰路についた。

標準治療が功を奏さず、私の掛かるクリニックでは新薬を選択してくれた。大病院で治療開始していたら、どうなっていたのかと思うと怖かった。とはいえ、このまま抗がん剤が効かなかったらトリプルネガティブで癌が4㎝にもなり、胸筋と皮膚に接していて手術不可と言われた私はどうなるのかと考えると不安になるので考えないようにした。そうは言っても、このまま化学の力だけを頼りにしていてもいつ効果がでるかも分からないし、長引く治療と費用にウンザリしてきていたので、自力で出来ることはないのかと調べていた。それで行き着いたのは『癌の栄養はブドウ糖』という事だった。タイミングよく、以下の記事がネットニュースに上がってきて、ちょうどお客さんが『糖質制限ダイエット』をしていると言っていたし、テレビでも糖質制限メニューの特集をしているのを見た。しかし、今さら厳しい食事制限なんて出来る気がしない。

http://toyokeizai.net/articles/-/144042

 

 

私は18~9歳の頃、雑誌のFRaUで連載のあった『世にも美しいダイエット』というのにハマって、砂糖抜き、糖質の多い野菜や果物を一切絶つという生活をしていた。しかし、このメソッドにはパンは少量OKで、バターをたっぷり塗って良いという免罪符があり、私はすっかりパンはOKと思い込んでしまい、ホームベーカリーを購入して毎日パンを焼いて食べ過ぎていた。これは余談だが、結局この頃から過食になり、ストレスを感じるたびに20代は過食嘔吐を繰り返し、パツンパツンに太った。とにかく白米がダメ、外食だと食べられるものが極端に少ないという、自炊をする習慣はついていたし、自主的に砂糖を使うことはその後もずっと無くなっていたが、極端な制限を貫くことの大変さも知っていたので、全うする自信はなかった。

 

しかし今回は本当の病気だ。あまり縛り付けられないでも出来ることから始めてみようか、そんな風に考えているときに、この記事に後押しされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抗がん剤で髪が抜けることにはすぐにウィッグなどの準備を勧められても、よく考えれば当たり前の眉毛やまつげの脱毛にはどう準備すればよいのかと思った。1ヶ月~2ヶ月くらいでまばらになっていき、ほぼ無くなってしまったと思う。眉毛の方が最期まで少し残っていたが、まつげは結構なくなって貧相そのものに。そして、まつげがなくなると、埃が入りやすくて、ハードコンタクト利用の私には死活問題に。

 

病院で『プレスタ』というカタログを資料請求するといいと教えてもらいネットショッピングもやっていたのでどのようなものがあるのか見ていた。http://presta4u.jp/

そこには、“医療用”と銘打った高価な付け眉毛やつけまつげを掲載していた。『付け眉毛』は発想がなかったが、シリコンかプロピア技術でくっつけるような立体的な眉毛だったが1万円以上と高い!いくらリアルとか描くより楽かもしれないが、それ以降使わなくなるものに何万もつぎ込みたくない。

 

一番に思っていたことは、普通に描いていても良いのだが、毛のない所に描いた眉毛は皮脂で消えやすいので、化粧直しする暇もない私の仕事では、『気が付いたら眉毛がない!』となるのは明らかだった。すぐにアートメイクをしたという方もいたが、その頃抗がん剤治療をした知り合いは殆どいなかったので、自力で色々考え、試行錯誤した。

 

まず眉毛はドラッグストアなどでも売っている『ワンデータトゥー』という、パウダーと筆ペンが一緒になっているものを見付けて使ってみた。すごく良かった!

 

 

まず、チップに含ませてあるパウダーで眉毛の生えている辺りに大まかに眉を描き、その上から筆ペンで生えているかのように一本一本描いていく。薄付きで何度か重ねると色がはっきりしてくる感じで失敗しづらかった。眉毛がどのような方向で生えているのかよく研究する必要があるが、プチプラでこれだけ色の持ちも良く優秀だと思った。

 

つけまつげは、市販されているもので大体1週間に1組使うので、安いものでも良いと思う(医療用の高いものは手にしたことがないので違いを比較できない)。5組で1000円前後で、軸が透明の物が自然に見える。つけまつげに慣れていない私はゴリゴリのまつげにしたくなかったので、短めで量の少な目の物で、最後に使っていたのはたまたま在庫が茶色しかなかったようなので買ったのだが、とても馴染んでいた。コツは軸の目尻側を少し切って目尻側に寄せて付けると取れづらく自然。まだ自まつげが残っているときは半分に切って目尻だけ長い方を寄せて付けるだけでも良い(これが一番取れにくく付けやすい)。私は下まつげも下まつげ用のごく薄いものを使い、半分に切って使っていた。まつげも眉毛同様、アイラインを引いてもまつげがないと消えやすいのでツケマの方が持ちが良い。

↑茶色で自然なタイプ

 

 

↑ツケマ‘のり’が重要で、青いゲルが透明になったら瞼につけると強力でギラギラしない。

 

 

 

重曹を調べているときに見付けたのがメープル重曹という民間療法。重曹水は弱アルカリ性なのに対し、メープルシロップと重曹を煮詰めて作るのがメープル重曹で強アルカリ性になるという。これには癌の栄養である糖質を制限をして飢餓状態にし、メープルシロップの糖に食い付いたところに強アルカリでやっつけるというもの。たまたまメープルシロップが家にあったので作ってみた。

http://maron49.com/881

 

そして、酵素がいいというのも見付けたが、高価な酵素はたくさん出回っているが、どれを選んでよいのか分からないし、弱みに付け込まれたような商品を買うつもりはなかったので、色々検索していたところ、生野菜のデトックスジュースのレシピを見付けた。他の項目には健康のためどのようなものを摂り、どのようなものを使うべきかがあった。とりあえずジュースは出来そうなので安くてコンパクトなものを探して注文した。いつも行くスーパーで手に入らないものは他で代用したり冷凍品を使って、夜の間に洗って切って容器入れておき、朝ミキサーを回してジュースを作り、メープル重曹を入れて飲み始めた。レシピには繊維で吸収を阻害されるので濾して飲むと書いてあったが、面倒なのでそのまま飲んだ。どろどろだ。

http://ja.naturalnews.com/jabuzz_buzz000038.html

 

私の場合、ニンジン、セロリ、パセリ、ケール(ない時は小松菜か冷凍青汁)、冷凍ミックスベリー(最初の頃はキウイ)、痺れと冷えが続いていたので生姜を入れて作っていた。

 

 

 

そういえば、食事療法を考え始めたきっかけは、友人の友人が卵巣癌の闘病をfacebookで投稿しているのが上がってきて見たのがきっかけだった。オーストラリア在住で癌が見つかり、異国の地での治療より一旦帰国して治療を開始し、田舎で露地野菜の食事や全粒粉のパンなどを焼いて、いかに食生活が大切かを学んだ、癌が縮小した、その他の見つけた記事などが載っていた。全く知らない人だったが、自分のことはさておき応援するように読むようになった。

 

 

 

 

↑実際には4000円前後です。

 

小型のジューサーはたくさん出ているし、ミルサーも種類は多いが、いつまで使うか分からないので価格重視で選択。モーターが焼けてくるので連続1分までで、回らなくなると自動で止まるので使い勝手が良いとは言えない。ジュース容器もプラスティックなのでガラスの方が衛生的で匂いが付かず良いので、価格を問わない方はもっとグレードの高いものをお勧めする。このタイプの良さはミルも使えるので、コーヒー豆やアーモンドを挽く(アーモンドプードル)ということも出来るのでいざという時に役立つこと。

3種類の抗がん剤をやっても癌の成長を止めるだけで顕著な効果が出ず、覚悟を決めてはじめたにも関わらず、治療期間も長くなり、このまま効く薬がないとどうなるのかというやるせなさがさすがに湧いてきた。一体どうなってるの?しかし、私から出来ている癌細胞だけあって、一筋縄にいかないのも理解る気もしていた。

 

4つ目の抗がん剤はこれまた新薬でゼローダという薬だが経口で、4週間分処方箋で出して貰い、1週間の休薬というもの。通院回数が一気に減って助かるが、暫くの間毎週通っていたので気が抜けた。よく出る副作用は手足症候群という、簡単に言うと手や足に荒れや水泡などが出来て痛み出すそいうもの。今までの抗がん剤でも風邪一つ引かずに大した重篤な副作用の出なかった私は、やはり大丈夫だろうと自信があった。ただ、効果が出るのかどうなのか。

 

この頃までは特に食事を変えたりせず体力が付くようにと普通に食べていたが、余りに効果が出ないので何か始めなければ、治療も長引き治療費もその分掛かるので早く終わらせたいという思いもあり、何を食べたら良いのか、何を食べない方が良いのかなどをネットで調べまくった。それと時を同じくして、乳がんの記事も多数出ている時期だったので食事制限も考えるようになってきた。

 

まずは重曹。重曹は体をアルカリ性に保ち、真菌と同類ともいわれている癌細胞はアルカリ性に弱いということで、重曹を水に溶かして摂ると良いというもの。重曹もブームがあったが既に去っていたので、ネットで大きな袋の‘掃除用’ではないものを探した。

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 

パクリタキセルの副作用でしびれが腕に広がり、さほど効果は感じられないのにリンパの痛みや日々のしんどさが酷く、6回目の判定日を1週早めてもらい受診した結果、終了することになった。

 

先生の判断に身を任せ、新薬を試すことになった。ハラヴェンという海綿から作られたという抗がん剤で点滴で2アンプル。新薬だけあって高額で、1アンプル6万5千円を2本(体重によるかと思われるが)を2週続けて打ち、1週休み。最大の副作用は急激な骨髄抑制による感染症だという。脱毛などは目に見えてくる抗がん剤の副作用だが、免疫低下は目に見えないが命に係わるので細心の注意をと毎日検温するようにとのことで急いで体温計を買って毎日記録を付けた。

 

この新薬は本来は『手術後に再発した方、がんが進行して広がった方が受けられます』と記載があるので、大病院では使用することが制限されているようだ。このブログを読んでいる方で悪意でどこの病院で使用しているのかを特定して治療を受けられなくなる深刻な患者さんが増えることがないように皆さんの良心を信じたい。現にブログを通して知り合った方で、標準治療が功を奏せず癌が成長してこのまま緩和治療で死を待つのかと不安に思っている方がいらしたが、こういう抗がん剤もあるようですよとお教えしたところ、とても安心していらっしゃった。

 

投与時間は5分程度ですぐ終わるので体力的にも助かった。標準治療に比べて骨髄抑制以外の大きな副作用は特に問題ないように言われていたが、なぜか私は空腹になると吐き気がするという、食べづわり状態が起こったので、薬担当の先生に相談して吐き気止めを出して貰うようにお願いした。この時先生が『抗がん剤に効く吐き気止めはないからね』というので、(え?最初に出してくれてたのに?)と矛盾を感じつつ『最初に出して頂いた汎用吐き気止めでいいんですけど』とお願いした。この病院の先生は時々前と違う事を言いだしたりするが、信用してお任せしているので多少の事は気にしないようにした。先生もきっと忙しくて混乱することがあるのだろう。

 

2回投与して1週休み、3回目の投与をして4回目に病院を訪れると、看護師さんから『今日は急遽診察になりましたので、医師の待合の方でお待ちください』と言われた。もうとっくに先生の言うがままなので特に何とも思わず診察を受けた。その結果、『効果が出ていないので止めましょう』という判定になった。先生だんだん判断が早くなっていないかとは思ったが、高額な薬なので、そういう意味では止めるなら早めに止めた方がいいということだ。

 

そしてまた急遽薬を変えることになった。

 

 

癌、特に乳がんになって、何が悪かったのか、何が原因だったのか、何の罰なのかと考える人は多いのではないかと思う。

 

その中でも私は、何を食べたせいなのか、と考えてしまい、何を食べなければ良かったのかと少々悩んだ。簡単な自炊を中心に生活していたし、野菜不足が気になって冷凍青汁を飲んだり、特別好き嫌いもないし、太らないようにも気を付けていて、普通の独り暮らしの人よりは健康的な食生活を送ってきた筈だ。それなら格安スーパーで入手する食材?輸入果物?野菜?牛乳?それからサプリメント?

 

それとも、今まで私の短気で舌打ちした行く手を阻む通行人?どうしたいのか分からない客の要望にキレ気味にとった態度?そういう人たちの恨みみたいなものが跳ね返ってきた?

 

思い当たらない訳ではない。でも、なんで私だけ?

 

どんどんしこりが大きくなっていくのを体感しながら、そして抗がん剤治療を始めてからも、何度もそんな考えはよく浮かんできた。こんな思いをしながら、渋々治療を始めたのに、抗がん剤が効かないなんて、なんなの?と。

 

 

 

毎週点滴に通い始めた。行って寝てしているだけなので、最初はさほどではなかったが、回を増すごとに、その為に時間を取ることが大変になっていった。2時間~2時間半となると結構苦痛だ。帰りは帰宅ラッシュに遭わないように急いで帰った。

 

確か3回目くらいに、看護師さんが『しびれは大丈夫ですか?』と聞かれて、そういわれてみれば、すね辺りがいつもより感覚が鈍っている感じがしていた。『皆さんこれくらいからしびれが出始めるんですよ』と言って、任意でビタミンB12の点滴を入れて貰えるとの事でお願いした。2本目以降は実費で500円と言っていたと思う。手足にしびれが出るとのこと、重症化すると仕事に差し支えるので1度追加をやってもらったが、特に楽になったとか感じられなく、3本くらい打つといいと言われたが、別途毎週1000円で1ヶ月4000円~5000円か…と計算してしまい、1本だけにして、経口ビタミン剤でビタミンB12を出して貰った。(点滴の説明では、投与が終わってから1年くらいしびれが残る人もいるが、回復も早まると言われた)

 

自分はそれまでの副作用も大したことなかったので、しびれも然程でないであろう、という自信があったが、例外なく回を増すごとにしびれは広がって行った。足先の方はもう感覚もなくなっていき、立ち仕事は問題なかったが、仕事から帰るころにはもう一歩も歩きたくないくらいに疲れていた。6回目で一度効果が出ているか診断をすると言われていたが、5回目を前に腕のリンパ節が傷み、腕にもしびれが広がってきたので、仕事が出来なくなると困るのと、抗がん剤が効かずに転移をはじめているのではないかという不安でクリニックに急遽診断を早めてやって欲しいとお願いした。抗がん剤全部での辛さはこの頃が一番だった。

 

診察担当の先生はすんなりエコーをしてくれて、『リンパが腫れている訳じゃないんだよ。でも効いてないからやめようか』と標準治療終了をあっさりと決断してくれた。他の方の体験などを見ていると、大病院などでは、標準治療以外の選択肢があまりないようだ。しかしこのクリニックではまだたくさんあるように言っていた。それと、手術を急ぐでもなく、出来る限り効果が目に見える形で効かせてからという方針(術後化学療法では、対象=癌が切除して無くなっているため、効いているのかどうかは分からないと)も、ネットで調べた限り私も納得できていたし、ここまで来るともう先生の言う通りにするしかない。

 

投薬担当の先生が看護師と数種類の在庫の確認などを何度もして、新薬を試しましょうという事になった。何が何だかわからないが、もう好きにしてください。聞いていない薬を続けても、副作用が辛いだけだし、この機転の早さは本当に有難かった。

↑帽子用ウィッグで仕事して居た頃。言わなければ気付かれなかった。

 

ちなみに、初めての前半の抗がん剤のときから、肌や爪がボロボロになるかも、と思い、シャンプーも全て1人でこなす店で働く美容師の私なので、そうなると仕事が出来なくなるのではと、とても心配だった。歩合だけの収入のため、働けなくなったら貯金を切り崩して治療と生活に当てなくてはならなくなるので心配だった。実際は肌はステロイドのせいもあってか元よりツルツルくらいであったし、爪に白い筋ができていて縞々になりつつあったが、ただそれだけだった。勿論髪は抜けて、生理も止まっていたけれど。その為、日々疲れが蓄積してくる後半のパクリタキセルの方が辛かった。幸い早めに切り上げたことで、手の指先まではしびれが広がらなかったので、仕事に支障が出ずに済んだ。(足の爪は黒ずんできた)

 

 

 

 

 

 

 

3回目の抗がん剤投与の日に予定通り通院した。私の掛かっている病院では、診察の先生、投薬担当の先生、執刀医と役割が別れていて、毎回まず診察の先生にエコーで見てもらう。カーテンの中で服を脱いでいると『どーお?小さくなった?』と既にはじまる。『あまり変わりません』と言いつつ先生の前に行く。

 

治療開始前は胸のふくらみから突き出してきていたしこりが突き出さなくはなっていた。爆発しそうという不安はなくなった。でも、『柔らかくなってきて、どんどん小さくなります。ほぼ消えてしまう人もいます』と聞いていたのは感じられていなかった。

 

横になってエコーを撮って診察席に行くと、『成長が止まっているので効いてない訳じゃないんだよ。でもこのペースではちょっと物足りないから、他の薬に替えた方がいいね。』とあっさり言われてポカンとした。あんなに皆『凄く効くよ』と言っていたのに大して効果がでてないとは。

 

投薬の先生の診断でも、あと2回の投与は中止して、後半にするものを前倒しに始めましょう、ということになった。後半は1週間に1回投与を12回するので3ヶ月間毎週通わなければならない。通院計画と引越の後でという都合で母が来る日を決めていたのに、駅まで迎えに行く日に通院になってしまって、田舎からはるばる出てくる母をどうしようかといろんなことを想定して頭を駆け巡ったが、とりあえず連絡した。

 

私の母は、『無理しちゃダメよ』としつこく言いつつ、『心配だからそっちに行くから、空港か駅まで迎えに来てくれるでしょ』と癌の娘に平気で言うようなハチャメチャなところもあり、地元から余り出たこともなく、車社会から公共交通機関の大都会を通ってくるので自分で私の家まで辿りつけないのは分かっていたが、せめて横浜駅まで来てくださいと言っていた。しかし、通院前に迎えに行くにも点滴後に行くにもどうにも中途半端な時間の飛行機を取ってしまっていたので心配だった。が、予想外にも、母の友達が横浜の息子の所に来ていて、空港まで迎えに来てくれることになり安心した。

 

そういうやりとりをしながら、急遽後半の予定だったパクリタキセルの点滴をすることになった。看護師から『パクリタキセルには小さいビール1杯分くらいのアルコールが含まれているので、ゆっくりと点滴して気持ちよくなって殆どの方がお休みになっています』と説明を受けた。初回はどうだったか覚えていないが、2時間半から3時間くらい掛けて点滴するので、いつも寝ていた。それまでは、『肝臓で薬を分解するので、お酒は控えて肝臓を休ませてあげてください』と暗に禁酒を勧められていたので一切飲んでいなかったが、血管からダイレクトにアルコールを入れるのならと、独断で1杯くらい飲んでもいいだろうと酒を解禁した。(元々酒は弱いので1~2杯くらいしか飲まないが、飲み友とワーワー言う中でソフトドリンクもつまらなかった)