5月にアブドラ首相が日本経済新聞社の招きに応じて来日した際に小泉首相を官邸に訪問しています。

その会談で、パーム油から製造するバイオディーゼルが話題にのぼっています。

しかし、このロイターのニュースによると、単純に楽観できるわけではなさそうです。

Reuters 7月6日記事: "Malaysia weighs palm oil share for food, energy"
http://today.reuters.com/news/newsArticle.aspx?type=reutersEdge&storyID=2006-07-06T090218Z_01_DEL147530_RTRUKOC_0_US-ENERGY-MALAYSIA-BIOFUELS.xml

「人間の口に入れるか、自動車の給油口に入れるか」が、やはり本質的な問題なのかもしれません。

#23で書きました昨年からの経緯を見ますと、「まずアメリカで動きが起こり、次に日本で動きが起こっている」ことが見て取れると思います。

また、私は以下の2点に注目しています。

(1) アメリカの軍部が「ハバートのピーク理論はおそらく正しく、予想される石油産出量の減少に今から備えなければならない」という反応を見せていること。

(2) トヨタがアメリカ軍部から接触を受け、ハイブリッド車技術についての調査に応じていること。

軍隊は伝統的に資源をたくさん使うことを前提としています。命がかかっているのですから、仕方がありません。命を懸けて戦うわけですから、資源が手に入る限りその無駄遣いを気にするかどうかは二の次です。

そういう組織が、「資源を節約し、代替エネルギーを使わないと、軍事行動に差し支えるかもしれない」と心配しているわけです。

これは「画期的で重大なこと」だと私は考えています。

また、トヨタがアメリカ軍部の調査に応じていますが、その調査結果が公開された米海軍プレゼンテーション資料は昨年の10月4日付です。ということは、資料を作成した時間や調査にかかった時間、組織内部で検討した時間などを考えると、遅くとも昨年の前半のうちにはトヨタはアメリカ軍部の接触を受けていたと推定するべきだと思います。もしかしたら、もっと早かったのかもしれません。

その接触の際、何があったでしょうか。

アメリカ軍部から「実は石油全世界生産量のピークが近々来そうなので、省エネを図ろうと思う。軍用車両をハイブリッド化したいので、調査に協力して欲しい」と言われたら、トヨタ側としてはどう思ったでしょう。

もし私が当事者のトヨタ社員(役員?)だったら、「これはただごとではない」と、思ったでしょう。

「燃料危機は自動車産業の危機だ。何とかしなければ」とも、もちろん思ったことでしょう。

しかし、こうも思ったのではないでしょうか。

「これは日本の安全保障と日本経済全体に大きな影響を与え得る事象だ。日本政府、まずは所轄官庁の経済産業省に伝えておかないと」

これは、全くの憶測です。私が勝手に妄想を膨らませているに過ぎません。

しかし、こう考えると、今年の5月31日に「新・国家エネルギー戦略」が公開され、その中に「ハバートのピーク」が明記されたのが理解しやすいと私は考えています。

「新・国家エネルギー戦略」の中での「ハバートのピーク」に関する記述は控え目なものです。それでも、石油の全世界生産量がひょっとしたら減少するかもしれない、ということを日本の政府機関が公の場で述べるのは、私の知る限り初めてです。それも、「今後数十年間の国家の方針」となる文書の中で、その方針を立てる上での前提条件のひとつとして取り上げているのです。

「新・国家エネルギー戦略」は、経済産業省の官僚だけで作成したものではなく、昨年終わりごろから民間人を交えた委員会で議論した結果できたもののようですが、そういう委員会も「議論のたたき台となる資料」は官僚が準備するのが普通です。官僚が委員会の議論の方向性を左右することができます。

今のところ、「トヨタ自動車から経済産業省に『ハバートのピーク』とアメリカ軍部の対応について情報提供があった。経済産業省側も事態の重大性に既に気づいている」という可能性を頭に入れつつ、私は事態を観察するようにしています。

リンク先「ん!」のSGWさんから#15の(2)に対するコメント <http://www.janjanblog.jp/user/stopglobalwarming/forum2/2966.html#comments > をいただきました。

「官庁とメディア」はまだ後に続けていくつもりですので、以下に述べることの一部はもう少し後で書こうかと思っていたのですが、ここでSGWさんへの返答を兼ねて述べます。

(1) 日本では何かことが起こると自己責任の範囲をあまり考えずに役所に責任を追及する傾向がまだまだ残っている。

(2) 役所の側もそういう傾向があることを承知していて、それは「痛し痒し」と思っている。(責任を追及されるのは困るが、依存されることにより自らの権限を行使できる範囲を拡大する機会が増えることは歓迎している)

(3) 日本の大手メディアには記者クラブ経由の情報に少なからず依存しているという根深い問題があり、役所が迂闊に「安い石油は枯渇する」と明確に言った上でその後を放置してしまうとメディアの側が大騒ぎしてしまう、という可能性を考慮しておく必要が役所の側にはある。

(4) また、仮に「全世界石油生産が頭打ちになる一方で、米中印を中心に世界の石油消費が現在の調子で増加し続けるために、供給が不足する」と中央官庁が大声で突然言ってしまうと、例えばガソリンや砂糖や洗剤の買占めが一部の地域で万が一発生した場合に、発言したことそれ自体に対して役所の責任を問う声があがる可能性がある。

(5) 役所としては(3)の「メディアが大騒ぎ」および(4)のような「役所の責任を問う声があがる」事態はできるだけ避けたい。そこで、大手メディアに言い含めた上で当分の間少しずつ情報を小出しにしていき、同時に対策案を少しずつ充実させておき、「その日」が来たときにすぐ対策案を展開してみせられるよう、明確に発表する頃合を計っている。

こういった想定を私はしています。

私が「パニック」と表現したのは、(3)の「メディアが大騒ぎ」および(4)の「買占めを発生させた責任を役所に問う声があがる」ような事態を主に想定しています。この程度のことであれば、SGWさんが示唆されている通り「パニック」は妥当な表現とは言えないかもしれません。私は「社会生活全般が麻痺するほどの深刻な事態に日本社会全体が陥る」と想定しているわけではありません。

ところで、上記(5)として私が書いたことが仮に役所が考えている通りだとして、それは「対策案をそこそこ準備できる」という希望的観測に基づいていると思います。そんなに都合よく素晴らしい対策案を出せると思っているとしたら甘い考えだと思いますが、経済活動を管掌する役所としては「打つ手はありません。生活水準を下げるしかない」とは言いたいくないでしょう。「そんな発言をしたら、任務を放棄していると見られかねない」と官僚は考えるのではないかと思います。

上述しましたように、「官庁とメディア」はまだ続けますが、その中で私が書いていることのかなりの部分は物的証拠を欠いていて、憶測・推定に基づいている部分が少なくありません。こういう分野では、物的証拠を市井の一個人が集めるのは困難です。ただ、推定にも私なりに見つけた状況証拠があり、推定に基づくシナリオを念頭において状況証拠をつなぎ合わせていくと、ぼんやり事態の推移を眺めているときでは考えられないような解釈が可能になることがあると私は考えています。

#13で述べましたように、日経紙上で4月上旬からどどっと代替エネルギー関連の報道が増えました。

あくまで私の個人的な見解に過ぎませんが、ほかに仕入れた情報と考え合わせた結果、この動き、私には以下のような一連の動きの一部、として映っています。

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2005年8月:
アメリカでエネルギー法成立

2005年9月:
アメリカ陸軍内部で、工兵部門がエネルギー問題対策報告書 ・・・ (a)

2005年10月:
アメリカ海軍所属の研究機関、将来の液体燃料についてプレゼンテーション ・・・ (b)

2006年1月:
ブッシュ大統領一般教書演説 "addicted to oil"。20年以内の原油輸入75%削減を目標

2006年4月:
ブラジル石油公社ペトロブラスと三井物産とのバイオエタノールに関する提携発表

2006年5月:
経済産業省「新・国家エネルギー戦略」発表 ・・・ (c)

2006年6月:
経済産業省、中国に対して石炭液化技術協力を提案

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註:

(a) 以下のURLをご参照ください。省エネの推進と代替エネルギー導入および送電線ネットワークの改修を提唱しています。
http://stinet.dtic.mil/cgi-bin/GetTRDoc?AD=A440265&Location=U2&Doc=GetTRDoc.pdf

(b) 以下のURLをご参照ください。省エネの推進と代替エネルギー導入の具体的手段として、装甲車のハイブリッド化と国内産石炭からの液体燃料製造を提唱しています。興味深いことに、資料作成にあたって米軍部がトヨタから情報を入手していることが書かれています。これはあくまで私の個人的見解ですが、いずれトヨタはアメリカの軍事研究開発に参画すると思います。
http://www.onr.navy.mil/nrac/docs/2005_brief_future_fuels.pdf

(c) 以下のURLをご参照ください。省エネ推進、原子力利用推進を主に提唱しています。もちろんバイオエタノールについても記載されています。
http://www.meti.go.jp/press/20060531004/20060531004.html

上記(a)~(c)は、全て「ハバートのピーク」について言及しています。(a)がもっとも明確に危機感を表している文書だと思います。

http://money.cnn.com/2006/06/23/technology/futureboy0623.biz2/index.htm

CNNMoney Business 2.0 の記事です。アメリカでも、将来にわたって何を原料とするかで議論がなされています。

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[記事の要点]

(1) とうもろこしはエネルギー収支が良くない。今のところ農業票のおかげで補助金漬けになっており、(アメリカ国内での)価格競争力はある。

(2) さとうきびから製造する方がエネルギー収支は良くなる。ブラジルでは(純粋?)エタノールで走るハイブリッドカーがあり、アメリカへの輸入が始まった。

(3) セルロースについては、糖を酵素で分解する工程がまだ実用化されていない。早くて2009年か?

(4) セルロースからの製造に賭ける企業への投資が最近増えてきている。一番賢いのは(?)ビル・ゲイツかもしれない。彼が25%所有している Pacific Ethanol が建てているエタノールプラントは、将来的に何が原料となっても対応することができる。

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うーん、Pacific Ethanol のことは知ってましたが、本当なんでしょうか...?

Forbes.com 6月20日記事 "A Competitor for Ethanol?"
http://www.forbes.com/2006/06/20/ethanol-fuel-biobutanol-cz_kad_0620ethanol.html?partner=rss

[要旨]

1) デュポンとBPがバイオブタノールを開発した。

2) ブタノールはエタノールよりエネルギー密度が高い。

3) 原料はてんさい。

4) エタノールのようにフレックス燃料車でなくても、現在普通に使われているガソリン車にそのまま給油して問題が無い。

5) エタノールよりも水と混じりにくい。

本当に能書き通りなら、あとはガソリンやE85に対抗できるほど安く製造できて同時にセルロースを原料と出来るようになれば、普及するかもしれませんね。

こういう文章がありました。

Monbiot.com
http://www.monbiot.com/archives/2005/12/06/worse-than-fossil-fuel/

マレーシアなどでパーム油から製造されたバイオディーゼルをヨーロッパ諸国が輸入していることについて、「バイオディーゼルは化石燃料よりも(地球環境に対して)破壊的な燃料なのではないのか?」と疑問を呈している文章です。更に一般化して、「biofuels 一般に、地球環境に対して破壊的だ」と言いたいようです。

書いている Monbiot という人物は The Guardian という英国紙の編集者のようです。

Monbiot 氏の主張の正否は今のところ私にはよくわかりません。しかし、こういう懐疑的な視点を持ち、燃料利用の様々な側面について検証を重ねていくことは重要だと思っています。

彼の主張がもし正しければ、ブラジルからエタノールを輸入するという経済産業省と三井物産が考えている事業プランの正否についても、疑問を呈すべきなのかもしれないということになります。

バイオマス燃料に関するブログを書いているからといって、無条件に全面的に私がバイオマス燃料に賛成していることを意味しているわけではありません。

日々の動向をここに記録することが私にとってこのブログを書く重要な理由の一つです。自分自身の理解のために世の動向に関する情報をここに蓄積し、それを見た上で自分なりに考えようと思っているわけです。

ここに記録する多くの報道は「こういう燃料が研究されている」とか「製造が始まった」とか、そういう内容になると思います。それを書き連ねると私がバイオマス燃料の利用に無条件に賛成しているように見えるかもしれません。

直感的な判断でしか今のところ書けませんので将来意見が変わる可能性が十分にありますが、今のところ私は「セルロースを原料とする製造法の研究推進に賛成。とうもろこし等の穀物を原料とすることには反対。砂糖作物については保留」という態度でいます。

#17で私が述べた見解にはネタ本があります。

「新聞が面白くない理由」(岩瀬達哉著、1998年講談社刊)

この本には、記者クラブ経由で役所から流れてくる情報にメディアが依存している状況が書かれています。

この本を読んだのは6年くらい前ですが、実質的に同じ内容のことを15年ほど前に述べた人物がもう一人いたのを覚えていましたので、すぐにピンときました。そのもう一人の人物とは長谷川慶太郎氏のことです。

殺人事件被害者の遺族が「警察がこういってるんだぞ!」とメディア側になじられ、主張するところを取材陣に信じてもらえないことが時々おこります。「権力を追求する」と日頃称しているメディアに所属している人達がそういう態度をとり得るのも、この本に書かれていることが正しいと仮定すると、理解可能になってきます。

刑事事件を取材しているはずのメディア側が実は自分で取材せず、警察記者クラブ経由で警察が流す情報に頼っていると推定できるわけです。警察が流してきた情報を疑う習慣がない警察本部記者クラブ詰めの記者が存在するというわけです。

で、この構図をそっくりそのまま昨今の代替エネルギー関連報道にも当てはめることができる、と私は考えています。

(「#2 ブラジル」からの続き)

軍事政権は市場に介入することにし、

・アルコール販売会社を設立させて、生産と販売の統制権限を委譲

・ガソリンに混合するエタノールの比率を政府が決定

するようにしました。

さとうきび農家は生産物の販売先を2種類確保できるようになりました。従来なら砂糖価格が低迷しているときはさとうきび農家も低迷してしまったわけですが、新政策により砂糖相場低迷期に自動車用燃料として販売する道が開けたわけです。

ブラジル政府も砂糖相場低迷期に、ガソリンに混合するエタノールの比率を上げるよう、調整するようになりました。

エタノールを燃料として使用できる自動車 - フレックス燃料車(FFV = flex fuel vehicle)の導入も進めました。

ガソリンスタンドにエタノール混合燃料および純粋エタノール給油設備の設置を推進させました。

石油が高騰している現在でもそうですが、80~90年代の石油価格低迷時は特にエタノールはガソリンになかなか価格で対抗できませんでした。そこでガソリン課税を相対的に重くし、エタノール課税を軽くして、エタノール燃料の利用増加へと誘導する策も導入しました。

こうして30年が過ぎ、ブラジルは「バイオエタノール大国」になったのです。今やバイオエタノールを外国へ輸出することまで計画するようになっています。

日本には「記者クラブ」という制度があります。法律で定められているわけではありませんが、現実に存在します。日本中に記者クラブの網の目が張り巡らされています。

中央官庁にはどこも記者クラブがあります。

旧公社・国有事業系の企業を中心に、一部の大企業にもあります。

日銀にもあります。

都道府県庁にもあります。

警視庁と道府県警察本部にもあります。

市役所でも記者クラブが入居しているところは珍しくありません。

「何か公的な影響力を行使するのが目的の大きな組織」には大抵あります。

記者クラブは、主に行政側が情報をメディア側に流す手段として利用されています。メディアの側も最初から記者クラブ経由で情報をもらえることを当てにしています。

この3カ月間、バイオエタノール関連の報道が急激に増えた、と書きました。

報道内容にそういう大きな変化が起こったとき、関連するニュースにもしも役所の名前が頻繁に見られるなら、その役所が記者クラブ経由で関与していると疑った方が良い、というのが私の考えです。