Q&A2387 ☆産婦人科医から質問:不妊治療の怖さについて | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

Q 下記質問を送らせていただいた産婦人科医です。いつも丁寧に対応いただきありがとうございます。
2019.1.14「
Q&A2074 産婦人科医から質問3つ
2019.7.8「
Q&A2251 精索静脈瘤手術について

先生もご存知かと思いますが、Association Between Assisted Reproductive Technology Conception and Autism in California「ART治療と自閉症の関係(カリフォルニア)」, 1997-2007(
Am J Public Health 2015; 105: 963、米国、doi: 10.2105/AJPH.2014.302383)の論文を踏まえ、不妊治療とその怖さについて執筆、出版されている方がいらっしゃいます。また、Reproductive Technologies and the Risk of Birth Defects「ART治療と胎児先天異常のリスク」(N Engl J Med 2012; 366: 1803、オーストラリア、doi: 10.1056/NEJMoa1008095)の論文結果を見て、極端に顕微授精を懸念されるご夫婦がたくさんいらっしゃいます。2013.4.14「自閉症と体外受精の関連は?」の記事で、体外受精に関しては述べてくださっていましたが、顕微授精に関しても正しい先生の知識をお伝えいただけますでしょうか。

 

A 医師として毎日診療されている方なら、実際の臨床現場と発表される論文の乖離を感じることが少なくないかと思います。論文が掲載されるためには、インパクトが重要ですので、肯定的な論文がある一方で否定的な論文も存在します。お互いの意見が交わされた後に、真のエビデンスが構築されます。従って、医療者にとっても患者さんにとっても衝撃的な内容の論文が時に発表されます。上記の二つの論文はまさにその最たるものと言えるでしょう。私はこれらの論文を頭ごなしに否定することは致しませんが、そのまま全てを受け容れることも致しません。しかし、多くのメディア(やネット情報)は、インパクトのある論文(特に医療に否定的な論文)をそのまま受け容れるどころか、誇大に紹介することが少なくありません。そのような視点からこれらの論文を見てみます。

 

まず最初の論文は、米国からのものです。米国では自閉症の診断が極めて緩く(甘く)、簡単に自閉症と診断されます。欧州や日本とは異なる診断基準で行われた検討ですので、欧州や日本の場合に当てはめるのは好ましくありません。基本的に、米国からの自閉症関連の論文は、かなり大げさに書かれています。例えば、米国では自閉症は2%に対し、イランでは1%、米国ではADHD(注意欠如•多動性障害)は9%に対し、フランスではわずか0.5%未満です。

 

2番目の論文は、臨床医学では最高峰の雑誌であるN Engl J Medに掲載されたものであり、かなりインパクトがありますが、結論に「いわゆる体外受精による胎児奇形のリスクは否定的ですが、顕微授精による胎児奇形のリスクは否定できません。ただし、顕微授精に関連する交絡因子を完全に否定することはできません」と記載されています。つまり、顕微授精を実施する母集団は実施しない母集団と根本的に異なる訳です。顕微授精の真のリスクを判断するためには、顕微授精の必要がない方で顕微授精を実施した場合と実施しない場合の比較が必要です。しかし、そのような研究を行うことは現実的に難しくなります。従って、顕微授精を行う方は精子のみならず他に何らかの問題点を包含している可能性があるので、その分を差し引いて考える必要があると考えられています。

 

最後に、2013.4.14「自閉症と体外受精の関連は?」の記事では「体外受精」と記載していますが、この「体外受精(ART)」は「狭義の体外受精(cIVF)」と「顕微授精(ICSI)」を併せたものを意味しています。従って、顕微授精も含まれたデータであるとお考えください。

 

下記の記事を参照してください。

2019.7.18「☆妊娠治療の有無によるお子さんの認知、運動、言語機能の違いは?

2018.11.28「PGD実施後5歳児の発達調査

2018.1.13「PGS正常胚で妊娠したお子さんの9歳までの追跡調査

2017.7.21「体外受精による出生児の認知発達機能:生後11年調査

2016.12.20「TESE-ICSIで生まれたお子さんの長期予後

2016.10.30「妊娠治療で生まれたお子さんの知能調査

2016.3.31「妊娠中のビタミンD大量投与

2016.2.10「Q&A996 息子の自閉症が心配です

2016.1.10「体外受精妊娠と自然妊娠のお子さんの発達状態の違い

2015.8.19「☆ADHDは先天的?後天的?

2015.6.28「☆男性の加齢に伴うお子さんの異常や疾患

2015.6.27「☆母体の加齢に伴いお子さんの自閉症は減少する

2015.4.4「☆トキソプラズマ感染症と自閉症の関連

2014.10.24「自閉症と体外受精の関連

2014.5.12「☆陣痛促進剤と自閉症の関連

2014.2.13「体外受精で自閉症は?

2013.11.20「体外受精のお子さんの神経学的長期予後

2013.4.14「自閉症と体外受精の関連は?

 

なお、このQ&Aは、約3ヶ月前の質問にお答えしております。