☆体外受精を行うなら、肥満女性は痩せる必要はない? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

「栄養と不妊」の第2弾は、肥満と体外受精についての驚くべき事実をご紹介します。

 

Fertil Steril 2018; 110: 581(オーストラリア)doi: 10.1016/j.fertnstert.2018.05.029

要約:疫学研究(統計)では、肥満(BMI)と妊孕性(妊娠できる力)が反比例することはよく知られています。しかし、これは自然妊娠でのことであり、体外受精(顕微授精や凍結胚移植も含めてART)でのデータからではありません。

①Am J Obstet Gynecol 1994; 171: 171(米国)

要約:NHSスタディー前方視的検討により、18歳の時のBMIが将来の不妊のリスクとなりうるか検討したもので、BMI 20〜22を基準として、BMI 24以上の方で不妊症リスクが有意に増加しました(BMI 24〜26で1.3倍、BMI 26〜28で1.7倍、BMI 28〜30で2.4倍、BMI 30以上で2.7倍)。

 

最近、体外受精を実施する女性を対象に、減量群と非減量群の2群に分け、妊娠成績を前方視的に検討したランダム化試験が2つ行われました。

②N Engl J Med 2016; 374: 1942(ライフスタイルスタディーグループ)doi: 10.1056/NEJMoa1505297

要約:2009〜2012年BMIが30以上の女性577名をランダムに2群に分け、6ヶ月のライフスタイル改善プログラム(600カロリー減、毎日1万歩以上歩き、週に2〜3回の中等度のエクササイズを30分以上実施後に妊娠治療を行った減量群と、すぐに妊娠治療を行った非減量群の妊娠成績を前方視的に比較したところ、出産率は前者が27.1%、後者が35.2%と有意差を認めました(非減量群で有意に高い)。なお、体重減少は、前者が4.4kg減少、後者は1.1kg減少と有意差を認めました。一方、減量群では自然妊娠率が1.61倍に有意に増加しました(減量群で有意に高い)。妊娠治療は、排卵誘発剤、人工授精、体外受精が1/3ずつを占めました。

なお、本論文については、下記の記事でご紹介しています。

2016.12.14「☆肥満女性におけるライフスタイル改善の効果 その1」前方視的検討

2016.12.17「肥満女性におけるライフスタイル改善の効果 その2」前方視的検討

2017.7.26「肥満女性におけるライフスタイル改善の効果 その3:費用対効果」前方視的検討

2017.9.13「肥満女性におけるライフスタイル改善の効果 その4:メタアナリシス」メタアナリシス

③Hum Reprod 2017; 32: 1621(スウエーデン)doi: 10.1093/humrep/dex235

要約:2010〜2016年BMI 30〜35、38歳未満の317名の女性をランダムに2群に分け、減量群(880カロリー12週間後に体外受精)と非減量群(即、体外受精)での妊娠成績を前方視的に比較したところ、出産率は前者が29.6%、後者が27.5%と有意差を認めませんでした(減量群と非減量群で同等)。なお、体重減少は、前者が9.44kg減少、後者は1.19kg増加と有意差を認めました。一方、自然妊娠は、前者が10.5%、後者が2.6%と有意差を認めました(減量群で有意に高い)。

 

解説:肥満と不妊に関する、米国生殖医学会(ASRM)の公式見解は、2015.11.20「☆肥満と不妊:米国生殖医学会の公式見解」の記事でご紹介しました。
1 多くの肥満女性および肥満男性は妊娠可能です。
2 肥満女性は、卵巣機能不全、卵巣刺激への反応不良、卵子の質が低下、子宮内膜の機能低下、出産率低下をもたらします。
3 肥満女性は、妊娠に伴う合併症の頻度が母子ともに増加します。
4 肥満男性は、生殖機能が低下する可能性があります。
5 ライフスタイルの改善が、男女ともにまず取り組むべきことで、その後適切な医療の介入(薬剤や手術)を行います。
6 Bariatric surgery = 肥満症手術(減量手術)は重要な選択肢のひとつですが、胎児への栄養を考慮し、術後1年は妊娠しない期間を設けるべきです。

 

①②③の論文から、一般妊娠治療(タイミングや人工授精)では肥満の悪影響があり得ますが、特に体外受精に関しての肥満の影響は否定的です。これは、体外受精が肥満による様々なデメリットを打ち消す可能性や、非減量群においても(体重減少はないものの)ライフスタイルが改善されたため妊娠に有利に働いた可能性が考えられます。「痩せないと治療はしない」と厳しい発言をされる医師も少なからずおられるようですが(2018.2.16「Q&A1738 痩せてから妊娠治療と言われました」)、体外受精を実施する場合には、肥満を理由に治療を断る合理的なデータはありません。従って「体外受精を行うなら、肥満女性は痩せる必要はない」ということになります。

 

BMIが凍結融解胚移植の妊娠率に影響しないという論文(2017.11.26「BMIは凍結融解胚移植の妊娠率に影響するか?」)もありますが、新鮮胚移植の妊娠率に影響するという論文もあります(2016.12.26「妊娠前のBMIが妊娠率や妊娠予後に及ぼす影響」)ただし、なお、後者は後方視的検討ですので注意が必要です。