日々是(ひびこれ)デス・ロード -2ページ目

日々是(ひびこれ)デス・ロード

自分の好きなものについて垂れ流していくブログです。基本ネタバレ全開なんでそこんところ注意。



〜己の運命を受け入れ、愛をとりもどせ!!〜

戦争の後、“毒の雨”が降る荒廃した世界で、かつて人々に讃えられた南斗聖拳は恐怖へと変わった。
南斗聖拳の師範であるシンは、「北斗神拳と南斗聖拳は決して戦ってはならない」という掟を破り、南斗聖拳と対となる北斗神拳の師範を抹殺。
そして、シンは南斗聖拳の象徴たるサザンクロスの旗の下で要塞都市を建設し、北斗神拳という人々の希望が無き今、恐怖政治を敷いて人々を支配しようとしていたのだ。
そんな絶望が世界を支配する中、サザンクロスに蹂躙され、暴虐の限りを尽されようとしている小さな町パラダイス・バレーに住む少年バットと盲目の少女リンは、ある日、ケンシロウという一人の男と出会った。
ケンシロウはリンの目を“父の技”を以て治し、“毒の雨”が降る中へと去っていった。
ケンシロウに強い運命を感じたリンは、啓示を受ける。
そう、かつてシンによって恋人のユリアを奪われたことで絶望し放浪者となったケンシロウこそが、北斗神拳拳士の最後の生き残りにして、シンを倒し人々を救う唯一の希望だったのだ――!!





……

……(´・ω・`)

(´・ω・`)

……
………

勢い余って実写版『北斗の拳』を観てみました。

…うん、間違いないわ。
これは、まごうことなき駄作(´・ω・`)

「我が背に乗る者」の時以上にユリア関連で腑抜けになってるわ、シャキッとしないわ、挙句の果てに銃にビビるケンシロウ。
そして、魅せることを全くしないショボすぎる北斗神拳。
電波キャラになった痛すぎるリン。
めちゃくちゃなレベルの宗教臭さ。
見た目が全然振り切れてないし婦女子にやたらと優しいザコ共。
下痢便みたいな色した衣装でイキり散らすシン。

と、もうね、とにかく酷すぎるわ。

でも、マッドマックス風のポストアポカリプス的アクション映画としては良かった点もありました。
まず、ザコ共のハッチャケぶりが部分的に『マッドマックス2』を超えていたこと。
それと、秘孔を突かれたザコ共の頭がボコボコいって破裂するシーンの特殊メイクが、多分予算が限られまくりの中で結構気合いが入っているように感じたこと。
でも、ショボすぎる北斗百裂拳的な何かは超至近距離から詠春拳のチェーンパンチみたいに基本的に胸に放たれるだけ。で、頭だけが破裂。
あとは、最初の方のシンの放つ南斗聖拳が(この映画のアクションは詠春拳的テイストが部分的にあったりしますが)この映画の秘孔アクションの中では比較的マシだったこと。
ケンシロウ、バット、リン、シンの日本語吹き替えキャストが旧テレビアニメシリーズと同じということ。
そして、バットがケンシロウよりも意外と活躍して単身で勝ち星をあげたこと(その後すぐに死んだけど)。
いや、バットがマジで死にますからね…。
バット死んじゃ駄目だろ…。

更に、下痢便みたいな色の衣装(最終決戦時は下痢便色のタンクトップ)以外は意外とシンが良かった。
個人的にシンは原作でも好きなキャラの一人だから補正がかかってるかもしれないけど、本作のシンは原作とは違って完全に悪一辺倒故に回想シーンではナチの軍人みたいな格好してたり、背負うものは皆無なので悲壮感はオールナッシング!
ついでに、ユリアからは原作通りにガン無視&超塩対応され、そんな彼女に本作のシンは原作とは全く違ってパワハラ・セクハラ・モラハラといったDVも辞さない只の糞野郎だったり、とにかくケンシロウの強敵(当然、“とも”と読む)だった原作のシンとは正反対のコッテコテの冷酷非道な悪役に振り切ったのが逆に潔くてこの映画では悪役として意外と良かったと思います。
アクションシーンも意外と良くて、ひたすらシュールでシリアスなケレン味皆無の面白みが全く無い『北斗の拳』を作るとしたら秘孔アクションとか拳法アクションとかはこうなるだろうなっていうのを本作ではシンだけがやってました。
いや、ガチで。
で、何気に本作のシンは闘気が出せるみたいですな。
!?(゚д゚)
って感じでしたよ。
あと、最終決戦でシンの闘気を食らったケンシロウが両腕から出血しはじめますが、それがショボくてタンクトップ姿のシンやケンシロウの特殊メイクのショボさと相まってもうなんか笑っちゃったよ…(苦笑)
でも、物語も全く盛り上がらない上に、救世主のはずのケンシロウもショボすぎるし人物像も全く冴えないから、冷酷非道なシンが倒された時のカタルシスが皆無なのが非常に残念ではありました。
でも、この映画のキャラの中ではバットとシンの二人くらいしかマシなのがいないというね。
ガチで。

以上です。

『北斗の拳』の実写版としては勿論マイナスぶっち。
そして、それ以前にアクション映画としても徹底的に駄目だろ…、みたいな。
もう素直に、肉弾アクション描写に潔く振り切っていれば良かったと思うんですが(だって原作からしてそうじゃん。肉弾アクションに見せて闘気を使ったり秘孔を突いたりしてるんだからさ)、でも、そこまでのアクションは役者ができるのかが観ていてひたすら疑問でしかなかった…。
『北斗の拳』は絶対リアル調に作っちゃいけないことなんか俺ですら百も承知なのに、あろうことかそうしちゃって、しかもストーリーもどうしようもなくグダグダ…。
おまけにケンシロウも魅力全くなしだしアクションもダメダメ。

まあ、あれだ。
皆も経験あんじゃない?
子供の時にやったじゃん。
自分の好きなキャラになりきったごっこ遊び。
要は、『北斗の拳』ごっこをいい歳こいた大人たちがコスプレして目の前で繰り広げる様を延々と見させられる感じよ。
なんかさ、悲しくなってこない?

そんな、久々に貴重な時間を映画で無駄にしましたよ…(´Д`)




〜大切な友だちのためには命を張れ!!〜

スーパーヒーロー達が活躍する裏では人を襲うモンスターが存在し、そして、それを狩るハンター達の苛烈な戦いがあった。
ある夜、由緒あるハンターの一族であるブラッドストーン家の当主ユリシーズの告別式が開かれ、ブラッドストーン家の財産である神秘の魔石“ブラッドストーン”の継承権を巡り、とある強大な力を持つモンスターを倒すべく世界各地から凄腕のハンター達が集結した。
ブラッドストーン家の一子エルサもまたブラッドストーンを手に入れるため、母親との不和から20年もの間疎遠となっていた一族の敷居を跨いだ。
本来ブラッドストーンを継承するはずだったエルサは出奔していた関係上、ブラッドストーンの継承権を剥奪されてしまったのである。
そして、いざ告別式が始まってみればモンスターを狩るのではなくブラッドストーンを巡って互いに殺し合いを始めるハンター達。
そんな中、エルサは成り行きからジャックというハンターと手を組むことになるが、彼には別の目的があった。
更に、エルサはブラッドストーンに拒絶されたジャックの真の正体を知るのだった――。



今更ながら観ました『ウェアウルフ・バイ・ナイト』。
事前知識としては、原作が往年の古典ホラーもののマーベルコミックで、人を灰燼と化すマーベル最強枠のマン・シングがMCUに参戦すること(因みに一度実写化済みのこと以外は知識無し!映画は確か昔に観た気がする。多分!)と今回はウェアウルフ・バイ・ナイトは初代が主人公というくらい。
狼男系キャラは結構好きなんですよ。デジモンではワーガルルモンがめっちゃ大好きだし、『北斗の拳』ではマダラが好きなんす。それにプレイしたことはないけど漫画は読んだことある『ブラッディロア』とかね。
ぶっちゃけ、本作は先入観ないのが逆に良かったパターンでした。
だから、ほんとに面白かった!!

これよ!これ!!
今の時代に圧倒的に足りてないのはコレ!!
時代は、やっぱ、王政復古やーーー!!

戦前〜戦後あたりに乱発された白黒のホラー映画にオマージュを捧げられた感ビンビンのこの映画、もう大好きよ!!
正直言うと現時点のMCU映画の中では一番好きかも…(一部未視聴ではあるけど…)。

そこかしこから漂う(一切妥協無き)チープさ、アメリカエンタメ界の伝統芸を地で行く狼男、とにかく胡散臭すぎる儀式や空気感、ワケワカラン魑魅魍魎の剥製(しかも圧倒的作り物感満載!)――。

こ、こんな完璧にど真ん中に突き刺さる映画には儂ぁ久々に出会ったわーい!!ワイワイ!!ヘ(゚∀゚ヘ)ワイワイ!!
という感じ。

それでいて、「迫害されるモンスター側の悲しき性」というモンスター映画では鉄板のネタは勿論のことですが、何より家族の呪縛からの自立という現代的な要素がプラスされていたのが単なる古典回帰ではない、と…(´Д`)ホーン

とある夜ふけ、魔石“ブラッドストーン”の所持者であったハンター・ユリシーズ・ブラッドストーンの告別式に世界各地から集結するハンター達。
(↑こいつが諸悪の根源っぽいユリシーズ)

で、ネタバレするとハンターの一人で主人公・ジャックの正体は狼男。

(↑やたら毛深いだけのおっさんみたいなこの風体と面構えがもう最高!)

もう一人の自分を嫌う彼は、満月の夜には自らを部屋に閉じ込めて過ごしている。
そんな理知的で優しいおっさんなジャックは非常に草食系な狼男であった。

で、ジャックの目的というのは、「もう何度目だよ!?」ってくらい捕まった親友のテッドの救出。
このマン・シングことテッドは、今回はブラッドストーンを肩甲骨辺りに埋めちゃってブラッドストーン家の庭に囚われてしまっているのだ!

「テッドを見つけ次第とりあえず持ってきた爆弾で庭の壁を爆破して一緒に逃げるぜ!」という非常にアバウトな救出計画を引っさげてブラッドストーン家にカチコミに来たジャック。
ハンター達に正体が知られれば即命はないが、友だちのために既視感満載の死地へと参戦した次第なのであった。
案の定、バイキングとドワーフを足して2で割ったような田舎臭いおっちゃんがブラッドストーンを手に入れようと大いにハッスルするなど、参加者による血で血を洗うブラッドストーン争奪戦が幕を開けてしまう。

てか、そもそもその発端は本作のヒロインであるエルサにあったのかもしれない。
(↑このケバい姉ちゃんの吹き替えが小林ゆうさんというのがなんか好きよ…(*´ω`*))

母親に反骨精神剥き出しのエルサは家出してからなんと20年間も実家と音信不通。
出奔している間に実家からは勘当されたので、当然ブラッドストーンの正統継承権は剥奪されてしまったのだからエルサにとっては踏んだり蹴ったりな話。

そんなエルサは成り行きでジャックと共にバイキング+ドワーフなおっちゃんに襲われた末にこれを惨殺し、ジャックと共同戦線を張ることに。
「石なんざ興味ねーよ」と言うジャックに「じゃあお前なんで来たん?」という至極真っ当なリアクションで返すエルサに対して、ジャックは「友だちを救いに来た」と答えた。
いつも手のかかる奴だがそれでも見捨てられない、そうジャックはエルサに言うのだった。

自分の作戦を話した時に爆弾をうっかり起動させてしまうジャック。
そっからの爆弾の騒動がめっちゃ笑った(爆)
壁に向かって投げる→跳ね返る
今度はくっつける→剥がれ落ちる
で、結局壁の割れ目に無理やり押し込んで時間ギリギリで爆破とか(笑)

で、ブラッドストーンに拒否られたのかな?なジャックはエルサと共に捕らえられ、エルサのお袋さん(ババア)はブラッドストーンの力を使ってジャックを無理やり狼男に変身させてしまう…!


この時のババアの胡散臭さとジャックが変身していくシーンとブラッドストーン光線をビシバシ発射しまくるババアの顔芸がマジ最高ですわ(笑)
(↑本作のMVPは間違いなくババア)

で、ジャックは無事に狼男になりました。
そっからがジャック無双ですよ!!

もうね、片っ端から人間をちぎっては投げちぎっては投げ。
迫りくる者をもれなく次々と血祭りにあげていくという狼男モードのジャック。

そして、ババアも死んで無事に当主の座に就いたエルサ。
そんな彼女がひと息つくと辺りが一気に色づいていく。
そのカラーもレトロチックなのが良いね!
そんでもって迎えるほっこりラストに文字通りほっこり(*´ω`*)
(↑散々人間の血肉を撒き散らかした癖に寿司はノーカンな狼男の図)

という『ウェアウルフ・バイ・ナイト』、めっさ良かったです。
MCUはここんところとんとご無沙汰でしたが、ほんと観て良かったっす。
マーベルも連作じゃなくてまた昔みたいに単発に力入れて欲しいなぁ…(´・ω・`)


〜出汁巻き玉子は涙の味!入れ墨重てぇ堅気の世界!!〜

大正初期。
東京深川の老舗料亭・喜楽の嫡男・花田秀次郎は、荒んだ生活を送る中で芸者の幾江に救われた。
そんな秀次郎は、賭場で因縁と偶然から人を刺して刑務所へと入った。
その間に父は急死し、その上、関東大震災によって喜楽は暗い影を落とすこととなってしまう。
妹は死に、義母は失明、喜楽を立て直そうとして妹の婿は卑劣な駒井組と泥沼の関係を持ってしまっていた。
出所して堅気となった秀次郎は、唯一の頼りである喜楽の板長・重吉の助力で菊次と名を変え素性を隠してひっそりと喜楽に戻り店と家族のために働き始める。
だが、店の権利書を駒井組に奪われた挙げ句、背中の入れ墨が容赦なく秀次郎の身にのしかかるのだった――。



大分前に観て以来、好き。

この映画は、やりづらさから家を出てヤクザになった放蕩息子が堅気になってみたらヤクザな渡世のしがらみからは逃れられなかったというお話。

けど、継母がとっても良い人なんで、「健さん、なんで家出したん!?」と問い詰めたくなりますよ。
そんな本作の健さんこと親不孝者の花田秀次郎が、関東大震災で被災した実家と家族に尽くすべく素性を隠して健気に頑張るのがこの映画。

そんな骨身に染みる秀次郎の哀愁が漂う中、秀次郎が作った出汁巻き玉子を継母に食べて貰ってお墨付きを貰うシーンが泣けます。
自分の幼い甥に喜楽の出汁巻き玉子の味を覚えさせる秀次郎の姿にも泣けます。

そして、そんな秀次郎の素性は継母に既に全てバレていて、しかも継母は全てを察しつつもそれを胸に秘めて秀次郎には一切黙っていたというのがもうね…(´;ω;`)
加えて、こんだけ凄い愛をくれているにも拘わらず、なおも「自分の血の繋がらない息子に、自分は母親としてろくに何もしてあげられなかった」と自分の肩を揉む秀次郎に対してそう嘆くんですよ…(´;ω;`)
もうね…、継母さんマジ聖母!!
そんな継母さんは秀次郎の出汁巻き玉子を食べて一体何を思っていたんだろうか…。

そして、店の権利書を下劣な駒井組に奪われた末に恩義がある寺田の親分さんが殺され、遂にブチギレた池部良と健さんがドスを片手に駒井組にカチコミに行くという定番のクライマックス。

マキノ雅弘監督は素朴で擦り切れたような世界観を撮るのが巧いと思います。
マキノ監督の映画の健さんは節々が凄く荒っぽいっていうかホコリ臭くて等身大の人間が持つ臭さがありますね。
そして、丁度それらがダントツで大好きな『昭和残侠伝 唐獅子牡丹』(佐伯清監督作品)の日本と日本人が古来から持つ様式美の権化みたいな作風と絶対的な理想のヒーローとして描かれている(言うなれば、観客含めた人々の怒りを受けて天の下に悪を断罪する大天使ミカエル的な感じか)健さんとは全く対照的になっていて、監督が違うだけでも役者も何もかもこれだけ違うのかと本当に興味深いです。

そして、人を傷つけた分だけ報いは必ず受けるということが如実に理解できる展開とラスト。
で、自分を拾って育ててくれた喜楽と花田家のポカを花田家にだけは背負わせるわけにゃあいかねえ(劇中では寺田の親分の死は自分のミスだというようなことを言っている)と一身に背負って戦う池部良こと風間重吉が自分がこれまで観た池部良の中では一番超かっこいいし超大好き。
池部良は堅気だしその上ガチでなんも悪いことしてないのに(堅気故に戦闘力もあんま高くないし)、やっぱり本作でも池部良の例に漏れず斬られて刺されまくる運命なんですが、そんな池部良の亡骸を静かに抱き寄せる健さんという画が絵画のようで哀しいシーンなのに美しくて素晴らしいんですよ。

因みに、今回の健さんはお縄ENDです。

そんな本作は秀次郎と幾江(富司純子)の恋模様も魅力。
幾江は身売りされてまだ芸者見習いだった時に、雨降る晩、賭場帰りの末にイチョウの木の下でやさぐれる秀次郎に傘と酒をあげたことで縁ができた。
幾江の温かな心とその優しさに恩義を感じた秀次郎、そして、その秀次郎を想い慕う幾江のドラマが素晴らしい。
途中、冒頭で秀次郎にイカサマを暴かれて片手を潰されたイカサマ師・権藤熊次郎(観音熊)が因縁をつけに喜楽に来る。
この観音熊も中々いいキャラしていて、秀次郎に御礼参りをしに来たのではなくて、完璧だと思っていた自分のイカサマを暴いた秀次郎に感服した彼は命を賭けた勝負に秀次郎を誘おうとしていたのだった。
勝負に秀次郎が負けたら利き手を潰すという条件を出す観音熊に対し、堅気なんで無理っすと至極真っ当な正論を返す秀次郎。
それでも一切食い下がらず秀次郎にすがるように迫る観音熊に、秀次郎の代わりに自分の手を潰せと懇願する幾江の姿が非常に胸を打つのもまた名シーンの一つです。


この様に、今の日本と日本人が失ってしまった非常に美しい様々な“何か”が本作には沢山溢れているように思います。
カチコミの〆が雨の夜というのも泣けます。
そんな情緒溢れる傑作が、この『昭和残侠伝 死んで貰います』です。


〜食は芸術!舌と顎は神からの授かりもの!!〜

19世紀後半のフランス郊外のとある村に、ドダンとウージェニーという男女が一つ屋根の下に暮らしていた。
ドダンは“料理界のナポレオン”と謳われる著名な美食家で、ドダンの相棒であるウージェニーは彼の構想を忠実に形にすることができる腕を持つ折り紙付きの料理人である。
自他ともに認める熟年夫婦のような関係の二人ではあったが、ウージェニーはドダンの熱心なプロポーズをのらりくらりとかわし続けていた。
そんな煮え切らない彼らが暮らす家には、ドダン曰く「湯を沸かすくらいのことしかできない」若き女中のヴィオレットが同居しているが、ある日、そのヴィオレットは姪のポーリーヌをドダンとウージェニーに紹介する。
繊細な味覚を持ったこの年端も行かぬ少女に驚愕するドダンとウージェニー。
特にドダンは、農家の娘であるポーリーヌの類稀なる才能を潰すことを良しとせず、彼女をレールに敷かれた農家の嫁としてではなく美食家として鍛えることを決意する。
こうした移り変わる時の中で、ドダンとウージェニーにも変化が訪れようとしていた――。



大分前に観ました。
ガチのマジで良すぎ…(´;ω;`)

都会の喧騒とは無縁の静かで穏やかで落ち着いた家、そこに住むドダンとその相棒のウージェニー、そしてその二人を離れて温かく見守るかのようにひっそりと佇むヴィオレット――。
情熱的でロマンチストな男気溢れるドダンと美しく知的なウージェニーの素敵なカップルは良き哉…(*´ω`*)

この映画は、そんなもはや呼吸まで同じなんじゃないかとさえ思わせてくる熟年夫婦の域に達した熟年カップルのドダンとウージェニーの恋愛劇。
ウージェニーの原因不明の病気を乗り越えつつドダンの熱心なプロポーズにウージェニーが折れる形で夫婦となった二人。
そして突然訪れたウージェニーの死に打ちひしがれたドダンは、料理も、生きることすらも拒むのだった。

そんなドダンには二つの希望が。
それは神の舌と感性を持つ少女ポーリーヌ。
加えて最後に示唆されたウージェニーの代役。
個人的には絶品を作り上げてきた顔の見えぬこのウージェニーの代役は、ラスト付近に登場したウージェニーの後釜候補の中の最後のマダムだと思わざるを得ない。

そして、劇中で出てくる料理がもう最高に美味そう!!
調理シーンも最高!!
それもそのはず。本作の料理監修はなんとあのピエール・ガニェール!!

……
………すまん、全く知らんわ。

いやね、ほんとすんません…(;´∀`)

で、そんな本作は、凄く美しく、凄く繊細で、おまけに凄く重厚かつ心地良いという、まさに大人の為の大人の恋愛映画でした。
良き哉(*´ω`*)

以上、簡単な感想でした☆


〜世紀末では人にゴマをすって生きるよりはっちゃけて生きろ!!〜

核戦争から幾年月、主に水・ガソリン・母乳を巡って人類が争っている時代。
放射能に汚染され荒廃したオーストラリア――“ウェイストランド”には、豊かな緑が残る秘境・“緑の地”があった。
そこに住む少女・フュリオサは、ある日、果実を収穫している最中にバイカー集団に拉致されてしまう。
バイカー集団を支配し率いているのはディメンタスという男。
母メリーの必死の追跡と母子の決死の逃亡も虚しく、メリーはディメンタスによって捕まり、張り付けにされた挙げ句、フュリオサの目の前で無残に殺されてしまう。
そして、母の復讐に燃えるフュリオサはディメンタスの娘として彼の管理下に置かれることになってしまう……。



今更観ました。
マッドマックスはサンダードーム以外は非常に時間と体力を使うんでこれまで暇ないし具合悪いしで無理だったんです。
まぁ、シャリ姐ことシャーリーズ・セロンのフュリオサのカリスマの前には勝てねーだろと思っていたらやっぱそんな感じでありましたが、アニャ・テイラー=ジョイの若フュリオサも発展途上の未熟さがよく出ていて良かったと思います。

が、同時に俺にとっては非常に不完全燃焼でもあった。
ちゅーのも、皆意外と正気で、且つ政治ドラマ色が強すぎで、世紀末の奇人ディメンタスの前に前作とは対照的にフュリオサがサブキャラ風情に落ちてしまったことがめっちゃもやもやしたし、めっちゃ残念だった。

俺は若き日のフュリオサの生き様を見たかったのに、なんでディメンタスの政治ドラマをメインに持ってくのよ!?と。
途中からやっとフュリオサがメインキャラとして動き始めますが、はっきり言ってそこまでが長すぎ。
フュリオサが主人公的ポジションを手に入れてからの展開が非常にあっさりしていて拍子抜け。

そんな非常に残念な中でも、光り輝くウォー・タンク(ウォー・リグ)とトム・バーク演じるシタデルの警護隊長ジャックがめちゃくちゃかっこよかった!!
しかも吹き替えがツダケンというね!もう渋かっこよすぎよ!
(決してマックスもどきとか言ってはいけない。ガチで)

でも、フュリオサと心通わせてからのフラグを次々とおっ立てつつもめっちゃ頑張ろうぜ!とやけにイケメン顔で宣言した割りには、非常にあっさりと無力化されて非常にあっさりとディメンタスに捕まって非常にあっさりと殺されたのがなんか非常にもやっとした(´・ω・`)
いや、お前フュリオサに偉そーなこと言っといて、しかもそこそこ強キャラオーラだしてる癖にめっちゃ弱くね…?みたいな(´・ω・`)

案の定、ジャックに飽きたディメンタスが彼を殺し、フュリオサは遂に復讐心がデッドゾーンへバーニング!
気合で拘束を脱出したフュリオサはそのままシタデルに帰り、シタデル整備班とっておきの痛車を駆ってディメンタスにお礼参りをしに行くのでした。

でも、この映画は全体的に戦闘シーンが迫力なかったなぁ…(´・ω・`)
ただ、出来たてほやほやのウォーリグ(ウォータンク)だけはすげー良かった。
特にショベルカーの腕が最高ですな。

うん、やっぱ『サンダードーム』から思ってたんだけどインターセプターが活躍しないマッドマックスは微妙。
加えてマックスがほぼ不在のマッドマックスは微妙でした。
それはひとえに終始フュリオサが脇に追いやられている感ビンビンだったから。
前作でトム・ハーディのスタントダブルしてた人がマックス役としてカメオ出演してるんですが、こんな体でわざわざマックス出す意味あんのかなぁ…、と(´・ω・`)

政治ドラマは俺は観たくはなかった。
フュリオサの生き様をメインで観たかったのに、いざ蓋を開けたら権力者たちの政治ドラマばっか。
こんなマッドマックスなんか俺は観たくなかったよ。
若きフュリオサの姿とジャックとの師弟(かつある種の男女)のドラマをもっと観たかったですね。

正直、期待外れだったのが本音…(´・ω・`)


〜男なら、己の矜持を胸に生きろ!!〜

紀元二世紀。
ローマ帝国が誇る第九軍団が遥か辺境のブリトンの地で帝国と軍団の象徴である黄金のワシの像と共に忽然と消えた。
それは帝国にとってまさに恥のなにものでもなかった。
そんな第九軍団の隊長を父に持つ百人隊長マーカス・フラビウス・アクイラがブリトン島の砦に赴任してきた。
マーカスは、一家の雪辱を晴らし、父に着せられた汚名をそそぐべく因縁の地に自ら志願したのであった。
当時のブリトン島はハドリアヌス帝によって建てられたハドリアヌスの城壁が異民族(原住民)とローマ側との境界線を敷いていた。特にその付近は異民族雑多のブリトン島における火薬庫のようなものとなっていた。
マーカスは着任早々にドルイド(ケルト人司祭)が起こしたケルト人の大規模な襲撃に直面し、彼らの戦車から身を挺して退却する部下たちを守った際に片足に重傷を負ってしまう。
そして、父方の叔父であるアクイラのもとで静養するマーカスであったが、復帰叶わず名誉除隊となってしまった。
意気消沈するマーカスを憐れんだアクイラ叔父は彼を地元の闘技場に連れて行く。
そこでマーカスが目にしたのは、剣闘士相手に虐げられつつも己の意地を貫き通す若きケルト人奴隷・エスカの姿だった。
そんなエスカに対して一斉に巻き起こるブーイングの中で唯一彼を生かしたマーカス。
マーカスに恩ができたエスカは、アクイラ叔父に買い取られてマーカスの奴隷となった。
当初は乗り気ではなかったマーカスだが、エスカの意地を見て以来、彼に友情を感じ始める。
そして、激痛を伴う再手術によって足が格段に回復したマーカスは、アクイラ叔父の友人である地元執政官との会食の際に第九軍団のワシが遥か北の辺境の地で見かけられたという噂話を聞く。
執政官の無遠慮な息子に父と一族を侮辱されて怒り心頭のマーカスの胸に、ワシ奪還の火が激しく燃え滾った――。



著名な児童文学作家・ローズマリ・サトクリフ。
彼女が書いた歴史文学に「ローマンブリテンシリーズ」があります。
その中の一発目「第九軍団のワシ」の実写映画がコレ。
以前観た時は「こりゃあまごうことなき原作レ〇プじゃーーッ!!これ作ったやつぁ市中引き回し打ち首獄門の刑じゃボケコラナスーーッ!!ヽ(`Д´#)ノ コ○ス!!」という「脚本という一点を除いてあとは全部良かった」という感想だったんですが、最近ふと「あれから俺も歳をとったし、改めて観ると何か違った感想を持つかもしれぬの…(´ _`)」なんて悟りを開いたような気持ちになりましてね…。
で、再見。
結果、DVDを某ブックオフに売った何年か前の俺を速攻でぶん殴りたいレベルでDVDを売ったことを今更ながら果てしなく後悔した次第なのであった…(´;ω;`)

「ふーん。で、傑作なわけ?」と訊かれれば、ぶっちゃけ「いや、全然(´・ω・`)」という出来ではあります。
ですが、「あっそ、じゃあ駄作なのね」と言われれば「ふざけんな!!(゚A゚#)チョウシノンナボケナス!!」という感じ。
そんな「俺にとっては名作」となった本作は、一言で言うならば「民族を超えた男たちの矜持のぶつかり合い」をテーマにして、それを見事に完遂した映画ですよ。
そして、その「民族を超えた男たちの矜持のぶつかり合い」とは、何を隠そう原作のテーマなんですよね。

原作は、男が持つ矜持とその価値観、そして男は理屈抜きで意地でもそれを貫かねばならぬ生き物である、ということが全体を通して描かれ、その道の果てに得たものは解放という一つの答えを提示している。

「矜持」とは、なにも男だけではなく女も同じで、女には女の矜持と価値観があるのだ、ということが切に描かれているのが原作の大きな特徴なんですが、しかし、この男女の矜持と価値観の差は大きく、互いに妥協はできるが真の意味での相互理解は不可能という結論に至っています。

(※一応言うが俺には性差別の意図は全くないですよ)サトクリフ女史は、男という生き物のどうしようもないバカさと男の心理をよく理解している。
サトクリフ女史はこうした男女の価値観の差異を通して物語を書くのが実に秀逸で、因みにその大傑作がローマンブリテンシリーズ第三作にして一人のローマ人の一大叙事詩「ともしびをかかげて」なわけだが、ローマンブリテンシリーズ一発目の「第九軍団のワシ」も例外なく、親父の名誉回復と一族の汚名返上と己のプライドに賭けてワシを命をかけて探しに行くマーカスの漢さと滑稽さ、そしてそれに対するヒロインの少女・コティア(これがガチでめっちゃ可愛いのよ!)の目を通した女には理解できぬ男共バカバカしさと愚かさが切に描かれている。

残念ながらこの映画版は大胆な改編が行われ、コティアは登場せず(なぜ出さん…(´;ω;`))、展開も雑さは拭えない。
原作でそれなりに大人な男だったマーカスはやたら周りにキレ散らかす系の更年期の主婦みたいになんか終始イライラしているし、原作ではしっかりしていてやたらと義理堅いエスカは鬱憤が溜まっていて世の中と周りにやたらキレてる(義理堅い)若者みたいな感じだ。
(↑初任の地で初っ端からフラグをビンビンに乱立するローマ帝国の若きエリート軍人マーカス)
(↑剣闘士にいくらイキられようが、部族の誇りを胸にひたすら無言でガンを飛ばしてメンチを切りまくる肝っ玉の坐った若者エスカ)

で、早い話が「第九軍団のワシ」というのは、マーカスとエスカという二人の男が民族や立場を超えた固い友情のもとで互いの矜持を貫き通す話。
父が率いていた第九軍団のワシの像が遠い北の地の果てに住まう蛮族の手に落ちているという噂を耳にしたマーカスは、父と自分、そして母や一族の全ての名誉回復と汚名返上の為に命をかけてワシを蛮族の手から奪還する決意をする。
大規模な人数は当然割けず、だから自分が行く。
死んだら死んだでそれまでだ。だって、不名誉なローマ人の死を悼む者などはなから居ないのだから…。
だが完全に余所者のマーカスはブリトン島の地理や事情に疎い。
だからこそ現地人の案内が必要だ――。
マーカスが自分の友情を試すように現地人であるエスカに同行を頼む原作とは違って、映画版は「寝首をかかれるかもしれんがとりあえず連れてく」という感じ。
で、原作と映画版のどちらも義理堅いエスカはマーカスの助けとなる決断を下す。
こうして彼らはたった二人だけで北の地の果てに住む“アザラシ族”にパクられた第九軍団のワシをパクり返すべく出立。
そして、ローマ人にとって異世界への境界線であるハドリアヌスの城壁を超えて魑魅魍魎とした未開の地へと足を踏み入れる。
ローマ人だと知られると命はない、しかもそれに加えて(映画版は)エスカが裏切るかもしれん、マーカスにとってそんな危険極まりない旅なのだった…。
(↑原作のようなインチキ目医者とその助手ではない「そんな装備で大丈夫か?」を地で行く映画版の二人。勿論、マーカスの方は完全に運ゲー状態)

で、なんやかんやあってアザラシ族からワシをパクり返したマーカスとエスカは速攻でトンズラ。
集落を挙げて迫りくるアザラシ族の追手には限界は近かった。
満身創痍のマーカスを見かねたエスカ。
「助けを呼んで必ず戻ってくる!俺を信じてくれ!!」

マーカスの奴隷になった際にエスカがマーカスに預けたエスカの父親の短剣。
それは、エスカのアイデンティティ・誇り――つまりは矜持の結晶である。
その短剣をエスカに返すマーカス。
「エスカ、今からお前は自由だ。逃げるなり、お前の好きにしてくれ――」

そっからがありきたりだが超☆絶☆胸熱ッ☆

エスカは逃げなかった。
友のためにひたすら悪路を走るエスカ。

エスカが助けを求めた先は旅の途中で出会った第九軍団の脱走兵のおっさん(原住民に帰化済。妻子持ち)。
前に会った時はマーカスに完全に塩対応だったおっさんは、なんと自分と同じ脱走兵たちを引き連れて完全装備でマーカスのもとに駆けつけたのだ!

「お前の親父さんは立派だった。最後まで誇りを胸に戦った。
俺は、そんなお前の親父さんを裏切って逃げたあの日、自分からも逃げたのだ。
もう、こんな思いは二度と御免だ……」

いつの間にか集結し、じわりじわりと迫り来るアザラシ族。

そして、構えるマーカス達。

「隊長、命令を――」

「ワシを死守せよ!!」

マーカスの号令と共に遂に激突するマーカス率いる寄せ集めの元ローマ兵&エスカとアザラシ族の軍団!!

それは、もはやローマvs原住民などではない。

民族などといったつまらんもんを超越した、まごうことなき男どうしの矜持のぶつかり合いである!!
そして、苛烈かつ熾烈などつきあいの末にマーカス達は脱走兵のリーダー格のおっさんを失ったりと多大な犠牲を払いながらも完勝。
マーカスは妻子も何もかもを放り出して戦ってくれた彼らの敬意を称え、その花道に畏敬の念という花を添えて火葬にするのであった――。

腐ってもローマ帝国軍人は伊達じゃねぇのよ!いや、ガチでさぁ…(´;ω;`)

こんなん、魂が燃えない奴はいないんじゃないの??
男だったらなおさらでしょ?

そして、帰還して呆気にとられた顔をする周りを気にもとめず、堂々とワシを無事に提出したマーカスとエスカ。

「へ〜、マジか〜wwwてかさ、この奴隷ってよくやんじゃんwww」
的にここにきてもまだ口が減らない地元の政治家の嫌味な息子である。
この超絶クソ野郎に今度はマーカスが憮然と言い放つ。
「エスカは奴隷ではない。そして、誇りを持っている。貴様などとは違ってな!」

一斉に黙り、静まる広間。
そこに居る誰もが反論できなかったのである。

因みに、こんなクズ野郎がエリート官僚コースです。
そりゃ、ローマ帝国も分裂して滅びるわけっすわ。


――てな感じで、映画版はマーカスとエスカの冒険は続く!的な感じの〆。

本作はそんなアドベンチャー映画なんですが、歴史考証は当時の最新のものを参考にして徹底的に頑張ってるらしく、衣装や小道具、建物や食べ物とかをはじめ、ローマ帝国を舞台にした映像作品でここまで戦闘がそれっぽいのは後にも先にもこの映画以外に少なくとも個人的には正直言って未だに見たことがないっす。
確か、惜しむらくは(ピクト人故に)アザラシ族の外観と言語の問題が最大の壁だったとかなんとか、という記憶があります(DVDを某ブックオフに売っちゃって久しいので間違ってたらすいません)。
作風含めて色々とすご〜く真面目に堅実に作ってある職人色光りまくる映画です。

あとは、本作をやれ「ローマ帝国がー」とかやれ「原住民がかわいそー」とか抜かすのはぶっちゃけはなから間違いで、何度も繰り返しますが、本作は原作リスペクトで「民族を超えた男どうしの矜持のぶつかり合い」を描いた映画です。

てか、当時の空気を感じつつ登場人物に感情移入して考えて物語に思いを馳せるのが俺は大好きなんですが、一方で非常に悲しいけど、現代の物差しで当時を押し測ろうとするような人はやっぱりいるんでしょうな…。

とまぁ最後に愚痴ってしまいましたが、『第九軍団のワシ』は再見したら良い映画でした。
古代の空気とそこに息づく男たちの意地というテーマの映画を観たい方に是非おすすめしますよ!



〜自分の決めた道を進め!!〜

ノルウェーのとある村に住む幼馴染で大親友のグリムとアクセルは、“ロスバンド”という名のバンドを組むロック少年だ。
そんな二人の夢は、いつかロック大会に出て優勝すること。
しかしながら、グリムにとっていがみ合う両親の他にある深刻な頭痛の種があったのだ。
それは、ギターは巧いがボーカルがてんでだめというアクセルの存在。
その見事なまでの音痴っぷりに自分では全く気付いていないアクセルのことを思うと何となく気の毒になってしまうグリムは本人にずっと言い出せずにいたのだ。
だが、グリムがいつものように音声修正した音源をアクセルが勝手にアマチュアロック大会に応募してしまったことからなんと二人は決勝戦の出場権を得ることに。
夢と現実の狭間で少しだけ葛藤した結果、グリムはアクセルと共に大会に出る決意を固める。
そして、グリムがその場のノリで切り出してしまった新メンバー募集のオーディションには孤独な幼いチェロ弾きの少女・ティルダがやって来る。
更に、アクセルはノリで近所に住む自動車修理工の青年・マッティンをドライバー役にリクルート。
ロックや音楽が大好きなマッティンは自分勝手な父親に強制されたプロドライバーの道を否定したくてたまらない衝動に負け、三人を兄のキャンピングカーに乗せた。
かくして、そんな四人は国の反対側にある北の果ての町・トロムソへと長旅に出発するのだった――。



『リトル・エッラ』がきっかけで観ました『ロスバンド』。
俺はロックは基本的に好きだけど全くもって詳しくないので、正直言ってロック好きな人やロックミュージシャンの人は高確率でムカつくと思います。
では以下感想をば。


いや、この映画…めっちゃよかったよーーッ!!(´;ω;`)
いやね、ほんとめっちゃいい映画だった。

バカ+堅実というロック少年コンビの青春群像劇というだけで俺は最高に好きなんだけど、そこに近所の若干チャラい兄ちゃんと地元の無愛想なガキンチョが加わった珍道中の末に迎えたクライマックスはもうガチで感動感激した。

こういう突き抜けた無茶とバカバカしさは子どもだけの特権であって、大人がこのノリだと正直言ってガチでキツいし見苦しいんだ。
それは『ビルとテッドの大冒険』の三作目のビルとテッドみたいな感じだと言ったら分かりやすいかも。
やっぱ思い切ったバカができるのは未成年のうちなんすよね。

個人的には、グリム、アクセル、ティルダ、マッティンの主要キャラ四人が皆大好きになりました。
(向かって左から、アクセル、グリム、ティルダ、マッティン)

昔と違って口を開けば喧嘩ばかりでいがみ合う両親の間で板挟みになりながら健気に頑張るドラム少年グリム、もう絵に描いたような突き抜けたバカさで10代を全力疾走で満喫するド音痴なロック少年アクセル、不在がちな両親や周囲に理解者がいないことに起縁する孤独を抱えたチェロ弾きの少女ティルダ、プロドライバーになることを強要することが父子の正義と信じて疑わない父親に辟易し大好きな音楽の道を諦めた青年マッティン、この四人が長い旅路を通して絆を育み、最後は一つに結束するその生き様がもう本当に最高でした。

(齢十代にして色々背負いすぎな苦労人のロックバカのグリム)
(クラスのマドンナ(ビッチ)へ捧げる愛の歌を熱唱するロックバカ。天パと矯正器具を着けた歯がチャームポイント)
(嫌がらせをしてくるクソビッチ共にめっちゃガンを飛ばすチェロ少女の図)
(見た目はちょっとチャラいけど実はかなりのレベルでピュアだった近所の兄ちゃんマッティン)

この中で個人的に特にマッティンがガチで気の毒すぎましてね…(´・ω・`)
パワハラクソ親父に加えてパワハラモラハラメンヘラ極まる精神異常者の兄貴(神からの使命に開眼済み)に日々振り回されて完全に人生諦めモードなマッティンの姿は本当に痛々しくて可哀想だった…(´;ω;`)
(こんなん俺だったらもう自殺レベルっす…)

大好きな音楽の道を親父に徹底的に否定され続け、結局諦めてしまったマッティン。
そんな中でノリでやってきた元気ハツラツなアクセルに強引に駆り出されたことが彼の人生の契機となるのでした。

マッティンの親父も親父なりにマッティンの将来を考えてはいた、というのが建て前ですが、結局は上の子がガチでシャレにならんレベルでヤバい奴なので焦ってマッティンの方に賭けてたんでしょうな。

クライマックスにそんな親父と面を突き合わせて対峙して、親父のハゲ面に本音をぶちかましたマッティン。
しかしながらマッティンはやっぱ本当にいい人だと思ったのが、その爆発した時ですら親父を否定するような文句を一切言わずに終始気を使っていたところ。
マッティン…(´;ω;`)

マッティンは終始一言も不平不満や嫌味を言ってないんですよ。
あんなクソみたいな家族環境の中でも、グリムをはじめとする子ども相手にも何も言わず。
四人の中で一番年上(17歳)のマッティンはとにかく冷静に、グリム、アクセル、チェルダにそっと寄り添ってひたすら温かくフォローし続けるんですよね。

もうね、マッティンテライケメン!!(´;ω;`)

そして、道中のアクセルの一方的な電凸によって元有名ロックバンドのドラマーの人(演じてる人はリアルで有名な人みたいです。知らんくてすまん)と対面したグリムは塩対応並びに「今は音声を自由に弄くり回せるイカれた時代になった。ロックから魂は失われた」という正論&図星を容赦なく突きつけられてしまう。
彼の空前絶後の塩対応と、彼が忌み嫌うその編集作業をしてきてしまった自分という現実に対して超ショック状態なグリム。
ここで定番中の定番&予定調和で怒りと哀しみでぐちゃぐちゃなグリムとアクセルは仲違い。
アクセルは自分が音痴なことや、ストーカー的に盲信している愛しのリンダがビッチであることなどといった現実を生まれて初めて親友の口から知らされるのだった。
それでも納得いかないアクセルは、自分は最高のロッカーだと奮起した末にバイカーがたむろする飲み屋のカラオケ大会で盛大に自爆。
結果、徹底的に拗ねてしまうのだった。

だがしかし、アクセルは終わらなかった。
アクセルは、バーのカラオケで美声を披露していたマッティンが一年前に音楽学校に合格するもそれを蹴らざるを得なかったことを彼の口から知る。
この旅を通して現実をちゃんと見て、そして自分の力量を受け入れることがようやくできるようになったアクセル。
「マッティン、ボーカルやってみる気ない?」

幼きチェロ奏者のティルダ。
彼女は友達もいないし習い事の場では嫌味な奴らから嫌がらせを受け、更には弾きたくもない曲を教師から強要されていた。
そして、肝心の両親も不在がち。
不満と孤独の末にティルダは、ロスバンドの新メンバー(ベース担当)オーディションに合格し、両親の許可書を偽造。
だが、これのせいで一行は警察と関わることに…。

ティルダは大人びていますが、所詮はまだまだ子ども。
ティルダの親はチェルダが居なくなったことが分かると即行方不明の届け出をしているし、彼女が思っているよりは一応ちゃんと親をしていたということが分かります。
だが、すれ違いがあることは事実。
そして、そんなティルダの孤独を理解して拒否せず受け入れてくれたグリム達三人は偉い。
そう、ティルダのこともマッティンが無免許なことも、「マジか!?やべーな…。でも折角だしこのまま行こうぜ!!」って速攻でなるのはやはり子どもの特権なのですよな。

そして、主人公のグリム。
彼は、最悪な現実から日々気苦労が絶えない中で唯一の信仰をバッキバキにへし折られてもなお闇に堕ちない優しさを持ち続けた聖人オブ聖人。

グリム、アクセル、ティルダ、マッティンの四人が己に課せられた障害を乗り越えて一致団結して迎える温かく爽やかな成長物語が何度も言うが本当に素晴らしい。
複雑な子供心と多感なお年頃の心の動きと、それを持ちつつも困難に打ち勝つ様を秀逸に描いた人間ドラマがガチで見事。

あと、クライマックス前にマッティンのクソ兄貴が無事逮捕されたので良かった!!


てな感じで、迎えたクライマックスがもう最高すぎてめっちゃ感動しましたよ!!(´;ω;`)
美しい声を持つ息子の真の姿に思わず涙したマッティンの親父、二人揃ってちゃんと聴きに来てくれたグリムの両親、そしてやっぱアクセルのことが好きだったアクセルの斜め後ろの席のめっちゃ可愛い娘、そんな彼らを含めた観客全員がグリムのドラム、アクセルのギター、ティルダのノリノリのチェロ捌きで一気に取り込まれ、そして極めつけがマッティンの美声!!

そんなノルウェー発の『ロスバンド』は、まさにグリム、アクセル、ティルダ、マッティンの青春のスタートを切るにふさわしい快作でした!!




〜医学の進歩には、勇気と犠牲が伴う――〜

江戸時代末期、死の病であった疱瘡と命をかけて戦った一人の医者がいた。
笠原良策――福井藩の若き町医者(漢方医)である。
かねてより、疱瘡に苦しめられる人々の姿に心を痛めると共に自分の無力さを嘆き続けていた笠原は、ふとしたことから大武了玄という蘭方医から西洋医学の先進性を聞き驚嘆する。
大武の話から東洋医学の限界を感じると同時に西洋医学に多大な感銘を受けた笠原は、疱瘡根絶を目指す為の新たな一手として西洋医学を学ぶ決心を固めた。
笠原は福井藩藩医である親友の半井の力を借り、シーボルトの門弟である蘭方医の権威・日野鼎哉に弟子入りをする。
京都での勉強の日々の中で、日野から種痘の存在を知った笠原。
笠原は日野達と共に種痘実現のために必要な痘苗を輸入しようと嘆願書を制作して役所に提出するも、当時の日本では膿を人体に植え付けるということは狂気の沙汰に等しい治療法であるが故にまるで相手にされなかった。
更に、役人側の腐敗が明らかになると同時にたとえ嘆願書が福井藩主に正式に受理されようとも、笠原には人々による無知故の風評被害と他の医者達の卑劣な妨害工作が待っているのであった。
そんな絶体絶命にも等しい状況の中で笠原は愛妻・千穂の愛を胸に疱瘡と人の悪意に敢然と立ち向かっていく――。



大分前にアマプラで観ました『雪の花 −ともに在りて–』。
例によって例のごとく原作は未読なんですが、本当に素晴らしい映画だったです。
多忙な中での鑑賞でしたが、めっちゃ心に染みた…(´;ω;`)
では、以下感想をば。


とにかく『雨あがる』と『蜩ノ記』の監督なので公開前からめっちゃ期待してたんですよ。
故にですね、配信になったら腰を落ち着かせてゆっくり観よう、と。

時代劇における殿(『侍戦隊シンケンジャー』参照)こと松坂桃李の安定さよ!
そして、松坂桃李の『赤ひげ』の三船敏郎イズムを発揮したチンピラ半殺しと芳根京子の浪人を〆上げる武術アクションがまずは大変良き哉ですよ!!

そして、「えっへん、えっへん!」な良妻の鑑・千穂。
疱瘡根絶のための行動はいわば表が笠原良策で裏が千穂。
この一組の夫婦の共同作業を軸として福井藩の疱瘡根絶を人々が目指すというわけです。

いつの時代も政治の腐敗というのは大概は悪意と欲で堕落しきった人間が起こすものなんですな…(´・ω・`)
権力と面子に支配された欲深き役人たちには俺も怒りがマッハ状態でしたよ。
福井藩は殿がめっちゃいい人っぽいけど中間管理職から下が主にダメダメな感じ。
更には妬んだ他の医者勢力から殺されかけたり、市井のアホ共からは罵詈雑言と石を投げつけられる良策。
つか町の人達に噂流したのぜってーこいつらだろ、と。

そん中でも迷うことはあれども良策について来てくれた人達が良かった!(´;ω;`)
そして、壮絶としか言いようがない猛吹雪の中の峠越え。
旅籠のおっちゃんもすげぇ粋な人ですよな。

てかもうね、本作のMVPは間違いなく千穂ですよ。
頭を下げまくって金策と説得のために駆け回り、良策が帰ってきたらちゃっかり診療所までこしらえていたという有能っぷりに加えて、武術の腕も折り紙付きで肝も据わりまくりというウルトラ内助の功を発揮する良妻っぷりよ!

そうして、役人と他の医者勢力が藩の要職から無事にお叱りを受け、疱瘡根絶に光が差したところで本作は〆。

まさに「俺達の戦いはまだこれからだ!」ENDなんですけど、良策達の堅実な努力が見事に実を結んだのですごく良かった!


ちゅーわけで、短い感想ですが『雪の花 −ともに在りて–』でした。

うん、ぶっちゃけもう千穂が俺の嫁に来てくんねーかなとか思いましたよ。はい…(´;ω;`)


〜愛をとりもどせ!!〜

199X年、世界は核の炎に包まれた!!
その全てが崩壊した、暴力と欲望が支配する荒涼とした世界をひたすら彷徨う男が一人。
彼の名は、ケンシロウ。
1000年の古来から脈々と受け継がれてきた一子相伝の無敵の暗殺拳・“北斗神拳”の第64代伝承者であるケンシロウは、哀しみをその瞳に宿しながら、愛のために己の拳を以て戦うのであった――。


「ケーーン!!来ちゃだめ〜〜!!」


たとえ自分が死の淵に立たされようとも他者への愛を決して失わぬ一人の少女が己の声を取り戻した時、全ては始まった。
そして、彼女の心の叫びが渇ききった無情の大地に木霊する時、俺たちは一子相伝の暗殺拳・北斗神拳の無敵の神業を目にすることになるのである――。

ということで、祝☆新作アニメ化!!
新作アニメ化発表と同時期に漫画アプリにて『北斗の拳』を外伝的エピソード「我が背に乗る者」を含めて全て完走致しました!!

いや〜長かった…(´Д`;)
けど、実に最高でありました!!(*´∀`*)

いや、マジで凄すぎるよこの漫画は…。いや、ほんとガチで。
俺、全然世代じゃないんだけど、また生きてて良かったと心底思えました。

ということで、かの有名な『北斗の拳』の全然世代じゃない男による超絶今更すぎる感想です。


その魅力は本当の本当に…本当にとてもじゃないが語り尽くせない!!

・魅力溢れすぎるとにかく濃すぎるキャラ
・北斗と南斗他、登場する拳法の溢れすぎる魅力
・ダイナミックで迫力満点の戦闘描写
・右肩上がりで面白くなっていく展開
・作品に流れるその美学・哲学
・己の星の下で精一杯生きること

こういった要素がトップに来るが、なにより俺が心打たれたのは、
「人ならば、一つの信念のもとに生きよ!!」
そして
「人ならば、愛のために命を燃やして生き、そして殉じよ!!」

つまりは…
「愛」
ということです。

己の星の下で生きることも一つの人生ですが、しかし!それでいても意地と義と仁を通すことが大事。

生きた時間は重要じゃない。
肝心なのは、どう生きたか。
なんですよね。

だから、あの世界で一つの確固たる信念のもとで太く短く生きるキャラたちが皆実に生き生きとしまくっていて、非常に生命力を貰いました。
腑抜けた現代人が失ってしまった何かが、この漫画のキャラたちにはありますね。

特に好きなキャラは、一貫してトキ様とレイ兄貴(アニキ)!!
この二人が俺の中で常にツートップで常時接戦状態。

トキ様は、是非実兄に欲しい漢筆頭。その清潔感あふれる清廉な佇まいが非常に尊くてとにかくかっこよすぎるのと、武の道には行かずに医療の道に生きる姿が非常に惹かれます。
けれどもトキ様も武人の血には抗えなかったというのが非常にイカす!
トキ様は、もう、その全てがとにかくかっこいい!!
語彙力ないですが、本当にガチのマジでこれなんですよトキ様は!!
トキ様で好きなシーンは、参戦早々インパクト大!な北斗有情破顔拳。
敵にすら慈悲をかけて、死に際の痛みを快感に変えてあげるというのが、尊い…人(´Д`)
そして、「愛するがゆえに、見守る愛もある…」のシーンです。

レイ兄貴もまたトキ様と同じく実兄に欲しい兄貴筆頭。まず、見た目がかっこいいし、南斗水鳥拳が美しいっすな。
あと、やはりその生き様ですよ!
ケンシロウたちと出会って大悪党のツラから人間性を取り戻し、己の星の下で義と愛を生き抜いた漢!
ケンシロウには数々の仲間は居れども、ケンシロウと肩を並べてケンシロウが背中を預けたのは一貫してレイ兄貴くらいじゃないですかね。
トキ様もケンシロウの頼れる仲間でしたが、それは導き手としての話。
文字通りのケンシロウの相棒というのは、後にも先にもレイ兄貴しかいねーですよ。
あと、レイ兄貴はその人間臭さがかなり魅力的です。
レイ兄貴って結構狼狽える描写があって、人間的弱さが結構描かれてますが、そんなレイ兄貴が死を前にして全てを悟ったかのような冷静さを以て挑んだあの決死のユダ戦が本当に漢の花道っすよ。
レイ兄貴は人間的な隙が実力を鈍らせている感は拭えないのではないかと読んでいて思いましたが、宿星の下で今この一瞬に全てをかけたユダ戦の時のレイ兄貴こそが多分レイ兄貴の本気なのでしょう。
そんなレイ兄貴で一番好きなシーンはやっぱユダ戦です。
更に言うとその〆。

二人に次いで特に好きなのは、バット、シュウ、フドウ、ジュウザ、アイン、ハーン兄弟、シャチ、ナガト、そして、トヨ、オウカです。

特にフドウ、アイン、シャチが大好きなんですよ〜!

フドウは登場から好感しかなかったです。
あと、改心する時のエピソードが良すぎ。
レジェンズリヴァイブでガチャで三種出たのが嬉しかったですよ!

あと、アイン!
ほんと、アインはね…(´;ω;`)
アインもかっこいいよね!
北斗や南斗に比べたらほんとに全然強くないと思う。けども、アインは人間的魅力に溢れていた。
その拳から血を散らして岩盤を叩き割ったアイン最大の見せ場、ほんとに良いよ…(´;ω;`)
アインが居なけりゃ天帝ルイも日の目を浴びず、爆弾でケンシロウもファルコも死んでただろうしさ。
アインはガチで救世主ですよ。
そして、修羅の国に渡る時にケンシロウがアインの手袋を身に着けてたのがもう最高じゃねーか!
ほんと、惜しい人を亡くしたな…(´;ω;`)

そして、シャチ。
シャチだよ、シャチ。
その端正な面構えから、正直「こいつは改心してケンシロウのために散るだろうな…」と。
が、俺が甘かったッ!!
な、なんつー最期だよあれは…ッ!?
レイアとの過去、そして、ケンシロウがヒョウの実弟だとシャチが知った時から、彼の好感度と魅力がヒートアップッ!!
カイオウの魔の手から満身創痍のケンシロウを支えて逃げるシーンとかガチでヤバい。
加えて、片目を自ら潰すシーン、マジでヤバい。
更に、たとえカイオウに敵わぬとしても愛する希望の糧となるために立ち向かっていく勇気、パねぇ!!
そして、その果てに――愛のために献身するシャチの姿に女人像が涙を流し、北斗宗家の力を貸りてカイオウと戦うシャチのその勇姿よ!!(´;ω;`)
興奮を通り越して、もう感動しかないですよ!!
シャチは、たとえその身に北斗宗家の血が流れていなくとも、きっと北斗宗家の者たちに北斗の闘士たる男と認められたのであろう…。
そして、レイアに胸中の愛を告白し、死んだというね…(´;ω;`)
もうさ、アイン共々敬意を払うしかないっしょ!!(´;ω;`)

俺、多分、潔癖で完璧超人聖人君子みたいなキャラよりも善の道を選ぶ人間味があるキャラの方が大好きなんだと思う。
慈悲深くもしかし己の中の武人の血に抗えなかったトキ様、マミヤへの愛を胸に死をも乗り越えて究極の美に昇華したレイ兄貴、真の漢になったあの日の少年バット、世紀末にあって仁の星の下で明日への希望を見つめて真の正義を貫いたシュウ、たとえ鎧を纏えども子供たちを想う一人の立派な父親だったフドウ、一人の女への叶わぬ恋に身を焦がしながらも己の真の愛を貫いたジュウザ、愛娘への愛と己の拳で皆と世界の明日を切り拓いたアイン、南斗の使命に従って勇猛果敢に戦い抜いたハーン兄弟、愛なき国に身を置きながら愛と正義のためにその身と魂を二つの希望に捧げたシャチ、事を冷静に見極める目を持っているが故に修羅の地で正義のために戦い抜いたナガト――。

皆、その漢っぷりたるや本当に天晴ですよ!!

そして、男たちだけではない。
女たちの生き様も美しいのが『北斗の拳』。
僕はもうね…、トヨおばちゃんとオウカ姉さんが本当に良かったのです。
トヨおばちゃんのエピソードは序盤の中でも本当に良かった…(´;ω;`)
そして、オウカ姉さん…いや、オウカ様と呼ばせてください!!(´;ω;`)
レジェンズリヴァイブでオウカ様の化身たる女人像を当てた時は朝から本当に感嘆の声を上げてしまうほど嬉しかったよ。

そして、ケンシロウに相対する本作の強敵(とも)達もそうですが、例え悪役ポジションであっても皆武人としての己なりの確固たる矜持があるのが本当に良しですよ!

ヒール役では特にシン、ハート様、サウザー、ソリア、ハンが好きです。
運命(さだめ)なのか設定盛り盛りになっていくシンの好感度はV字回復していきましたし、拳王編以前のユリアに振られ続けたシンの散り様も一人の哀れな男として良かったのですよ。
あんなに憎いであろう相手を丁寧に弔うケンシロウ。
その理由が「同じ女を愛した男だから」というのが本当に粋なんですよね。

ハート様は問答無用で好きですわ笑
メダル欲しかったな〜笑

サウザーは本作屈指のTHE強敵でありTHEヒールですよ。
しかも、彼もまた愛に彷徨すると同時に哀しみを内に秘めていたというのが魅力爆発ですな。
聖帝十字陵も結局はオウガイ師父(また彼が好感度MAXの理想の師匠だったのがガチで皮肉すぎる…(´;ω;`))のためのものだったという父親代わりへの屈折した愛。
そして、その身に寄り添う様に死んでいったのは本当に泣けた。

ソリアも好きなんですけど、彼は物語的にファルコの尻を拭ってしまった感じの悲しいキャラでしたねなんか…(´・ω・`)
いや、ファルコに虐殺させたら台無しなんだけどさ…(´・ω・`)
ソリアは天帝の登場してからも彼女のことを蚊ほども気にしてなかったっぽいっちゅーのがね、もう天帝も国も滅ぶ運命じゃん、と(´・ω・`)
ルイはね〜、もう地位もあんな国なんかもほっといてミュウとファルコの遺児と一緒に山奥で静かに隠居した方がいい気がするなぁ…(´・ω・`)
ぶっちゃけ、俺はリンよりもルイの方が好きなんですけどね(´・ω・`)

あと、ハンも大好き。いやね、ただ気取ってるわけじゃなくて、強い者というだけで戦う理由は十分というそのめっさシンプルな生きる理由!そして、ただ強さを求めて生と死の狭間に活を見出す武術家としてのあの姿勢!更に、あのニヒルな戦闘狂っぷりがとにかくかっこよすぎて最高っすよ!
第二部でも一番好きなケンシロウの敵ですし、もしかしたら作品通してケンシロウが戦った敵で一番好きなキャラかも知れません。

そして、何よりジュウケイの清々しいくらいの屑っぷりよ…。
北斗最大の戦犯は、絶対にジュウケイ。この大馬鹿者めが!!

ストーリーは、「愛」が最大のテーマだと思います。
「愛」あるところにもまた「哀しみ」があり、ひと度その「哀しみ」を知ればやがて「慈悲」の心に繋がる――。

「彷徨(ほうこう)」という言葉が本当に秀逸ですよ。
「愛に彷徨している人間の救済こそが北斗神拳伝承者の使命」ということが判明した時は、ガチで鳥肌がヤバかった。
生まれ持って慈悲の心を持っている、ラオウ曰く優しすぎるケンシロウこそが、北斗宗家云々以前に最初から(そう、悠久の時を超えた大宇宙の運命(さだめ)的に)第64代北斗神拳伝承者の何者でもなかったんです。
そんなケンシロウこそが、無慈悲な世紀末の世界で優しさを忘れた人々に慈悲の心の種を蒔く新世紀の救世主だったのです!!
それは、当然ジャギでもないし、力に頼るラオウでもなければ、その一方で優しいトキ様でもないんです。
ケンシロウなんです。
決して愛に彷徨しなかったケンシロウこそがッ!!
ユリアへの一切ブレない愛、身を投げて死んだシンへのリスペクト、サウザーへの慈愛、そしてカイオウとの最終決戦における「倒すことが愛!!」というケンシロウの愛の深さ!!
第64代北斗神拳伝承者はやはり最初からケンシロウ一人しか居なかったんですよ!!
いや、この漫画は本当に凄すぎる!!
だって、そう思わざるを得ん!!

あと、最終章がほんと心の底からよかった…(´;ω;`)
いや、修羅の国編以降に関しては、元々後日談的な舞台のエピソードは好きだったんですけど、バット…(´;ω;`)
いや、まさかバットに男の涙する日が来ようとは…(´;ω;`)
あのバットが立派な漢になってたのに本当に感涙…(´;ω;`)
拷問に耐えるバットの想い。
少年の日からずっと心の中ではケンシロウのことをアニキと呼び続けていたとかもう泣くしかないじゃん!!(´;ω;`)
「男の顔になったな!!」と言われたあの時のバットの涙の重みが全然違ってくるじゃんかよぉ…!!(´;ω;`)

そして――。
「お前は俺にとって弟だ!!」
そう口に出してこそ、北斗の家の末っ子が初めて一人の兄になのである――!!

最終エピソードのバットは本当に良かったし、結末も本当に良い。
少年の日のバットはあんな顔しながらも、ケンシロウやリンに対していつもああいうことを思ってたんだろうなと思うとね…(´;ω;`)
バットは元からいい奴だったもんなぁ…(´;ω;`)

「この傷も、その傷も、おまえの受けた傷はおれやリンのために負ったもの。おまえの優しさの証しだ!!
おまえはすばらしい男だった!!」

これでケンシロウはバットとリンとは今生の別れですよな…。
そして、天空に微笑みを浮かべたユリアの姿を見るケンシロウのその顔には――このシーンは是非その目で確かめて頂きたい。

おれの墓標に名はいらぬ!!
死すならば戦いの荒野で!!

ケンシロウは、結局は独りなんですな…。


――晴れて完走した俺も、これで『北斗の拳』ファンの仲間入りになれたでしょうか??

『北斗の拳』、本当に、本当に言葉に言い表せぬほど、本当に心の底から凄く最高でした。

愛に彷徨する全ての人々よ。
心配するな、あなたの答えはこの漫画にある!!

全世界の俺含めた男子全員には、愛に生きることと肩パッド着用を国際法で義務化すべし!!


※追記∶ファルコも好きなキャラになりました。
※追記修正済


〜行き詰まったらたまには人を頼れ!!〜

家族や友人から懸賞金をかけられた失踪者・行方不明者やモノを探す――それが、賞金稼ぎの主な仕事だ。
自称“懸賞金主義者”のコルター・ショウは、凄腕の賞金稼ぎだ。
幼少期に狂気的な父から自然公園の奥地の自宅で母と兄妹と共に自給自足生活を強いられたコルターは、サバイバル技術等の“生き抜く術”を父から徹底的に叩き込まれ、それと共に賞金稼ぎとしてのスキルをいかんなく発揮するのである。
今日もまた、依頼を完遂するべくピックアップトラックで全米を駆け巡るコルターだが、そんな彼が長年にわたり抱えている元恋人カミールの妹ジーナの失踪事件もここに来て確かな進展を迎えることとなる――。



前シーズンに続いて着実に視聴を積み重ね、追加分を含めて完走しました。
というわけで、以下感想をば。


ストーリーは相変わらず安定して良かったんですが、事前にネット情報で知っていたテディ役の人の降板と、何よりもボビーがいきなり途中一時離脱したのが不意打ちすぎて正直キツかったです。
ボビーはほんとにいいキャラしてるし、コルターともやっとこさ打ち解けてきた矢先だったのにと思ってたから尚更。
代わりにボビーにITのテクの一端を仕込んだっぽいのかな?なキャラのランディが登場。
コルターは普通に電話してっけど、こっちからしたら「お前誰だよ!?ボビーどうしたよ!?」って当然なりますよ(笑)
いやしかしボビーちゃんと戻ってきてくれて良かった…。

あとは、コルターの元カノのカミールが登場。
実は、その妹のジーナが退勤後に突如失踪していて、それから既に10年くらいも経っていた。
その間、コルターは諦めずに粘り強く捜索するも一向に手掛かりの糸口すら見つからない状態。
ジーナの失踪はコルターの中で決して消えないしこりとなっている。
そんな中、別件の失踪事件を請け負った際にタッグを組んだ元刑事のキートンの協力によって遂にかなりの手掛かりが掴めた!
善良な人々を苦しめる悪人は絶対に許さない感ビンビンな昔気質のアウトロー刑事キートンの親爺さんが非常に良い味だしてます。
罪人に人権なし!と言わんばかりのキートンによるジーナ失踪の関係者と思われるチンピラの拘束と拷問の末に、コルターはジーナ失踪が“ティーチャー”なる凶悪犯罪者による誘拐だと知る。
コルターは非常に惜しい線を行っていたのでした。
更には、ジーナの他にもかなりの数の被害者が存在していることが判明。
ジーナの生死を含めて、コルターにはもはや一刻の猶予も残されていなかったのだ!

ジーナの顛末はこのドラマらしかったので良くはありました。
失踪から既に10年も経っているので、ジーナの生存が極めて望み薄なのは想像に難くない。
派手さはなく、静かな幕引きで良かったと思います。

あとは、犬回が良かったです。
今シーズンで一番好きです。
主役犬バークレー役の犬が本当に凄くてびっくりですよ!
クライマックスの捜査劇は本当に凄かった!
バークレー役の犬はまさか本職じゃないですよね?
腰に走る傷の跡のようなものといい、なんか歴戦の猛者な気が…。
これ、ガチの軍用犬だったら凄いですよね。
いや、全く分からんけど。

そして、本シーズンも安定のジェンセンアニキの兄貴っぷりがパない!
とりあえず、相変わらず胡散臭くて謎が多すぎるラッセルでしたが、前シーズン最終話で非常に胡散臭かったことが判明したドリー(正直、ドリーに関しては個人的にはのっけならいけ好かなかったんですけど)のこともあって、ラッセルは話せない秘密はあれども今のところは少なくともマシなレベルだという印象でした。
ドリーの方が他人行儀というか…、余計にガチでコルターが可哀想になってきましたよ…(´・ω・`)
そしてラッセルのスピンオフ希望。

てなわけで、なんつーか色々とモヤモヤしたりしたシーズンでしたが、キャラと出てくる車と挿入歌とか相変わらず好きなんでシーズン3も期待してますよ!