社労士のたまご  -8ページ目

発想の柔軟性

先般 も触れたように、2月に西宮市に在住の、大学同窓である1年後輩が亡くなりました。

先日、彼の奥さんから手紙が届きました。有志一同として弔慰金をお届けしたお礼の手紙でした。

彼も学生時代から面白くてユニークな人間でしたが、奥さんもなかなか洒落た方のようです。

手紙の別紙には、彼の会社の手帳から仕事に関係のないページを抜粋し、コピーしたものが添付されてありました。

それを紹介しますと、

バングラディッシュ     ぼんくら亭主
神のみぞ知る        蟹の味噌汁
ハッケヨイ、残った     吐き気、酔い残った
札幌、稚内         さっぱりわからない
あげは蝶          ハゲ課長
ハーゲンダッツのアイス   ハゲだっつうの、あいつ
松任谷由美         納豆やウニ
氏より育ち         ユズよりスダチ
不特定多数         太くて痛いっす
フィラデルフィア      屁が出る部屋
ニューヨークヤンキース   入浴イヤン、キッス
パプアニューギニア     パパは牛乳屋
私のお墓の前で泣かないで下さい  和民のお店の前で吐かないで下さい

相変わらず、オモロイ奴っちゃ。それを送ってくる奥さんもなかなかのもの。似たもの夫婦だったんだなあ、と推察されます。

このような自由で柔軟な発想ができるのは、うらやましい限りです。

惜しい人間を亡くしました。

ふと思ったんですが、これってボキャブラってやつの類なんでしょうか?つまんなそうだったので、番組はじっくり見たことないんですが。

このメモだけを見ると、なんか笑えてきます。


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わらべうた

また、所用で京都にいます。

少子高齢化と言われますが、都心で生活しているとそれほど実感はないのですが、地方にいると肌で感じます

まず、近所で子供の姿を見ないのです。春休みなのにです。
道往く人は、ご老人か学生ばかり。我が家を見回しても、老人が2人。えっ、ひょっとして私も高齢者?

実家の前に、お地蔵さんがあります。京都は、豊臣秀吉が聚楽第を突貫工事で築く際に、大きな石が不足したため、街中のお地蔵さんを掻き集めて石垣に使ったのです。そのため市民はますますお地蔵さんの信仰が深まり、必ず各町内に一つお地蔵さんがあり、8月には地蔵盆の行事が執り行われます。

子供の頃、このお地蔵さんの社の陰に靴を隠したりして、みんなで下駄隠しをしていたことが思い起こされます。今は、さっぱりそのような風景を見ることはありません。

げーたーかくし、ちゅうねんぼう、はしりのしーたのねずみがー、ぞうりをくわえてちゅっちゅくちゅ、ちゅっちゅくまんじゅうだれがくた、だーれもくわない、わしがくた、おもてのかんばんしゃみせんや、うらからまわーってさんげんめ。

いまでも、すぐ口をついて出てきます。
この遊びをしたのは我々の世代が最後かもしれません。

私たちの頭の中には、歌詞も音程も鮮明に残っていますが、語り継がれることはないのでしょうね。

一方、東西を走る路地を表した有名なわらべ歌も、たまにメディアから流れることはありますが、これも今の子供たちは知らないのでしょうか。

まる たけ えびす に おし おいけ あね さん ろっかく たこ にしき
し あや ぶっ たか まつ まん ごじょう


このわらべ歌のおかげで、久しぶりに市中を車で走る時にも、あと何本先を右折するんだったねと迷うことがありません。

更にこのように続くようですが、この先はあまり謡ったことはありません。

せきだ ちゃらちゃら うおのたな ろくじょう ひっちょう とおりすぎ はっちょう こえれば とうじみち くじょうおおじでとどめさす 

ふと、なにか侘しい気持ちになった1日でした。


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年の過ぎるのが早いと感じる説

年度が切り替わりました。

一つの区切りの時期なので、年齢を積み重ねるほど、「1年が早い」と感じる諸説に触れてみます。

以前書いた“どうして月日の経つのは速いんでしょう ”の第2弾です。

前回は、「心理的な時間の長さは、年齢の逆数に比例する」説、「心拍数の多寡による」説をご紹介しました。

なんとなく、理解できるような、できないような説ではありました。

今回は、新たな2説です。

ひとつは、「生物と無生物のあいだ」の著者である福岡伸一氏の「新陳代謝」説です。
氏の説の概要はこのようなものです。
 皮膚を擦ると垢が出ます。このように人間の体を作っている細胞は、一定の期間で壊されて新しく作り変えられます。目玉も脳も一定期間で全く別人といっていいように新しい成分になります。余談ですが、骨が一番新陳代謝が遅いようです。

ただ、子供の頃は盛んなのですが、年を取るとこのサイクルが遅くなります。50歳であれば、25歳と比較して、6分の1遅くなると言われています。すると、25歳の時に1年間かけて作り変えられていた細胞の数を100とすると、50歳の人は、100の細胞を作り変えるのに1年2ヶ月ほどかかってしまう。だから、年末になると「え?まだ細胞を作り変えていないのに、もう1年終わり?」と感じてしまう…。こういう説のようです。

・・・うん?

今ひとつは、久米宏氏の「気のせいだ」説。
氏曰く、
「中学校の時に話したことをいまだに憶えている。中2になった時に、おい、俺たち中3だぜ。小学校の時と比べると時間が経つの早くねえ?って話をしたんです。で、高校に行くと大学入試が待っている訳です。クラスが決まって入った瞬間に入試の話をしている訳です。高1から高3まで入試のことを考えると、あっという間なんです。小学校の6年間と、(中学校と)高校までを足した6年間は全然違う。その間、大人たちからも、年をとるとどんどん1年がたつのが早くなるよ、ってずーっと聞かされているわけなんで、その気になっちゃったんですね。」

こっちの説の方が、理屈はないけど的を射てるかも。

来年もきっと今年と同じ長さです。短いと思うのは気のせいですからね。

有効に使わなくっちゃ。


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TPP問題と社会保障(3)

昨日の続きです。

ところが、外圧だけでなく、国民皆保険の緩和に向けて日本国内で着々とお膳立てが進んでいるのです。

安倍首相は、国民皆保険の堅持を訴えています。

しかし、野田政権当時、社会保障と税の一体改革関連法案の一つに、社会保障制度改革推進法というのがあります。消費税増税のどさくさに紛れて、あまり話題に上らなかった法律です。内容は、医療をはじめとする社会保障のあり方を見直すことを目的としたものです。

実はこれ、国民皆保険が崩壊し、必要な医療が受けられなくなる危険を孕んでいます。

これまでの医療制度改革の文書では、どんなときも「国民皆保険の堅持」という言葉が使われ、時の政府も国民皆保険を支持していました。ところが、社会保障制度改革推進法では、この言葉が消えて「医療保険制度に原則として全ての国民が加入する仕組みを維持するとともに」という言葉が使われているのです。

「原則として」という言葉。官僚が好んで用いる言葉ですが、たった5文字が加わるだけで、解釈が大きく異なります。

法律条文で「原則」が加わると、例外が必ずあるという解釈になります。

「いつでも、どこでも、だれでも」よい医療を受けられる、という理念が水泡に帰すことにも繋がりかねません。

更に、具体的な改革として「医療保険制度については、財政基盤の安定化、保険料に係る国民の負担に関する公平の確保、保険給付の対象となる療養の範囲の適正化等を図ること。」とあります。

「適正化」とは、官僚言葉で言うと「削減」「縮小」と解釈します。

想定されることは、

①健康保険の適用範囲の縮小。有効性や安全性が認められても費用の高い医療技術や薬は健康保険を適用しない

②免責制度の導入。たとえば、1回の医療費が5000円以下は健康保険を適用しないなど

③高齢者の医療では、本人や家族が望んでも、健康保険を使った終末期の延命治療を一切行わない

④健康保険が適用される薬はジェネリックで、同じ有効成分の先発薬を使う場合は差額が自己負担になり、選択肢が狭められる

などなど。

財政健全化のために4月1日から増税が実施されました。これは致し方ない部分もあります。

ただ、世界に冠たる国民皆保険制度の崩壊する足音が、なぜかひたひたと聞こえてくるのです。


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TPP問題と社会保障(2)

昨日触れたとおり、日本は、改革、改革といっても、アメリカはんがイニシアティブを取って裏から糸を引いてはるんです。

2012年衆議院選挙の際、自民党は政権公約におけるTPPの6条件を提示していました。

1.政府が、「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り、交渉参加に反対する。
2.自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受け入れない。
3.国民皆保険制度を守る。
4.食の安全安心の基準を守る。
5.国の主権を損なうようなISD条項は合意しない。
6.政府調達・金融サービス等は、我が国の特性を踏まえる。

.は純粋に関税の問題です。2.~6.に至っては、非関税障壁の問題です。
これで分るように、TPP問題は関税の問題ではなく、非関税障壁の問題が中心です。

日本が一旦交渉の場に上った限り、アメリカはんの言うことを聞かなくてはなりません。アメリカ合衆国51番目の州である日本としては仕方のないことなんですね。

さて、ここで、社労士の領域の問題(直截的でないにせよ)は国民皆保険制度がどうなるか、ということです。

国民皆保険とは、国民誰もが何らかの公的医療保険制度に加入することになっている制度です。

サラリーマンとその家族は、健保組合もしくは協会けんぽに加入する。公務員は共済組合に加入する。自営業や無職の世帯も市町村国民健康保険に加入する。これらが義務付けられると同時に、病気や怪我をした場合には、「誰でも」「いつでも」「どこでも」必要で適切な医療を受けることができます。

日本医師会は、国民皆保険を堅持するための3重要項目を提示しています。
1.公的な医療給付範囲を将来にわたって維持すること
2.混合診療を全面解禁しないこと
3.営利企業(株式会社)を医療機関経営に参入させないこと

一方、TPPでそんなアメリカが要求してくるであろう項目は、
第1段階 現行の医薬品・医療機器の価格規制の撤廃・緩和
第2段階 医療特区に限定した株式会社の病院経営と混合診療の原則解禁
第3段階 全国レベルでの株式会社の病院経営と混合診療の原則解禁

混合診療の全面解禁、医療機関の株式会社算入が進展していくと、国民皆保険が揺らぐ可能性があります。
国民会保険制度が損なわれれば、マイケル・ムーア監督の映画「SICKO(シッコ)」に描かれているようなアメリカの姿が、日本で再現されるのは当然予測されます。
国民会保険制度がないアメリカでは、民間の医療保険に頼らざるを得なくなります。高い掛け金や持病で加入できない人が続出し、また保険に入っても保険会社が何だかんだと難癖をつけて保険金を払わない事態が日常茶飯事のように生じています。

混合診療とは、保険診療と保険外診療(自由診療)の組み合わせのことを言います。
保険診療と保険外診療を併用した場合は保険診療分も含めて、全く保険が適用されなくなり、全額自己負担となります。

現在日本では、混合診療が原則禁止されています。ただし、例外はあります。
それは、評価療養と選定療養からなる保険外併用療養費制度というものです。
公的医療保険が適用されない高度先進医療でも、評価療養と認められれば、先進医療部分は自己負担ですが、保険診療との併用が可能になっています。

混合診療が解禁されると、自在に価格を設定できる自由診療が基本となり、外資の民間保険加入者と未加入者との間で医療格差が広がることも考えられます。

従って、国民皆保険制度は何とか堅持してほしいものです。

ところが・・・



この続きは、また明日。



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