社労士のたまご  -7ページ目

同期

やはり同期というのはいいものです。

私は3社経験していますが、同期と呼べるのは、最初の会社だけです。2社目は、中途採用で同年度入社者が100名程いましたが、23日の研修後配属先もばらばらで顔を合わせたこともありません。同期という感覚はありません。3社目は、一応同期がいます。やはり世代が異なり、同時期入社という繋がりに留まっています。

たった11年しか在籍しなかった会社でしたが、まだ現役の同期が集まってくれます。

入社時55名いた同期が、私も含めて15名ほど去り、40名ほどが残っています。

さすがに、副社長や専務になった連中は、多忙なこともあり顔を出してはくれませんが、部長経験者あたりはこのように集えます。

まあ、役職定年にもかかって、今は一社員ですから、多少時間が作れるのでしょう。
とまあ勝手に思い込んでいると、実はそうではなく、結構忙しいみたいです。

東京本社・支社には13名いますが、そのうち6名が集まってくれました。

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時間、盛り上がりました。




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本物のまくらの話

落語のまくら・こうしのまくらと続きましたが、今度は本物のまくらの話です。

本題が今日のまくらの話なので、そこに至るためのまくらとして、落語のまくら・こうしのまくらがあったとお考えください。ああややこし。

3年前に発症した「ケイツイショウセイシンケイコンショウ 」ですが、整形外科にこう言われました。毎日首を牽引すればいいので、近くの接骨院に通うといいです、と。

そこで、近隣の接骨院に通うことにしました。ところが、首の牽引だけを依頼するも、金儲け主義の接骨院なんでしょうね。電気をかけたり、マッサージをしたり、付加機能をつけてくるわけです。好転するのであればそれでもいいかと同意したのですが、全くよくならないのです。毎日なんか通えないにせよ、1日500円は馬鹿になりません。頭にきて、早々に通わなくなりました。

同じ頃、計測に8ヶ月ほど待って出来上がったMYまくらが届きました。

これは、以前に職場の先輩が出張先にMYまくらを持参しているのを目にして、話を聞いていたものです。先輩いわく、出張先で枕が変わると安眠できない。ところが、これを持ち歩くと熟睡できる。といった内容でした。

この先輩は、ちょっと、いや、だいぶ神経質なんですね。

出張が日常茶飯事の我々は、何はなくとも、「何でも食べられる」「どこでも寝られる」が特技でなくてはなりません。私も無芸ですが、この2つの特技は持ち合わせています。

ただ、起床時が快適と言う話を聞いて、自宅用として購入する気になりました。



てな訳で、8ヶ月も待って、御殿場出張のついでに相模原に行き、計測してもらって、漸くMYまくらが家に届きました。

見た目は、こんな平坦な他愛もない枕です。



いざ使ってみると、熟睡感はありましたが、それよりも想定していなかった思わぬ副次効果がありました。

1ヶ月ほどすると、手のしびれや痛みを感じなくなったのです。例外としては、理髪店にいって洗髪してもらう場合です。その際には、首が反りますから相変わらず痛みが出ます。従って、完治した訳ではありません。しかし、平常時には問題なく過ごせるようになりました。

別に、ここ の回し者ではありません。HPにはバスタオル等を積み重ねて代用すれば、同様の効果が得られるとも書いてあります。

「ケイツイショウセイシンケイコンショウ」にお困りの人は、試してみるのも手です。


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こうしのまくら

研修講師としての仕事でも、まくらが必要です。

その一つが、例え話や自己紹介です。例え話は、いずれ触れることにして、今回は自己紹介の話です。

私が初めて社会人になり入社した食品メーカー。そこで受けた研修。講師の顔は覚えていますが名前も思い出さず、内容もどんな内容だったかも思い出せません。
ただ、その講師がやった冒頭の自己紹介は鮮明に覚えています。

「私の、まずここの額ですが、小学校の頃に廊下を走って柱にぶつかった時の傷、顎にはバレーボールで顔からスライディングして3針縫った跡があります。左腕は、オートバイで転倒し・・・、右ひざは、スキーで止まれずに他の人と交錯してできた傷・・・。これが、私の事故紹介です。」

最初は何の話か分らず、最後に落とす、聞き手を引き付けるに効果的な方法ですね。

私の場合は、どん引きになる可能性もあるので、このまま真似ることはちょっと憚られます。そこで、結構オーソドックスな自己紹介をしています。

例えば、評価者研修を実施する際に、導入にこんな自己紹介を入れたりしています。

「大学を卒業して、すぐに講師業に入ったとしても、聞き手への納得感は得られません。従って、私も今の仕事を始めるまでに、2社実務経験があります。

まず、1社目は食品メーカーです。114号事件というのをご存知でしょうか?グリコ森永事件ならご存知かも知れません。その事件の第3社目に強迫された会社に在籍していました。1年後どういう訳か犯人から終結宣言があり、当時のオーナー社長は喜んで、郷里である兵庫県仁川に墓前報告しようと飛行機に搭乗しました。今でも忘れもしない1980812日のことです。その飛行機JAL123便が御巣鷹山に墜落したのです。ビジョンを語らずとも、存在そのものがビジョンのようなオーナー社長が急逝した時の動揺は激しいものがあります。屋台骨が崩れ去り、脆弱な体質が露呈しました。要となる研究者がひとり去り二人去っていきました。我々も当時取り組んでいた人事のプロジェクトが瓦解し、10年以上先まで何の変革も行われないであろうことが用意に想定できました。そこで、人事では著名な百貨店に転職しました。

2社目の百貨店に入社し、まず上司に質問しました。人事評価って何のためにやるんですか、と。『そりゃ決まってるだろ、賞与と昇給を決めるためにやるんだよ。』この答に、内心がっかりしました。また、周りの部署の若手に聞いてみました。人事評価の自己評価はどのようにしてるのか、と。すると、8割以上の人が、『自己評価は100点満点で上司に提出しますよ。だって、上に行けば行くほど点数が削られていくだけですから。』
外からは華やかに見える百貨店。一時は大卒女性の就職希望先1位にランクされたこともある企業が、内実はノンマネジメントの実態が見えてきました。なんとか、頑張りましたが、たかが一兵卒では何も変えられず、無力感が漂いました。

それで、今度は外部から各企業のお手伝いができないかということで、今の会社に入社したわけです。

さて、私の経験してきた企業名がすべて当てられた方にはプレゼントを差し上げます。」

なーんて感じで自己紹介したりして、本題に繋がるようにしています。

他にも、新入社員対象であれば、少ししゃべった後で、このしゃべり方から考えて私の出身地はどこでしょうとか、私の年齢はいくつでしょうとか、クイズ形式で乗せながら進めることもあります。

元来、研修なんて好きでもない私が、こんなことをつらつらとよく書いてるな、と自己嫌悪に陥ってます。




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弔問

過日亡くなられた元上司のお宅に、お世話になった4名で弔問に行ってきました。

享年71歳でした。妥協を許さない骨のある方でした。おそらく経営陣に迎合していれば、役員の道が開かれる可能性はあったでしょう。ただ、媚びへつらうことを嫌い、子会社へ出向し、職業生活を閉じられました。

自他共に厳しく、男女の区別なく叱責すべき時は手を抜かず叱る方でした。叱られ上手な人間を前に立たせて叱っていましたが、個人を叱っているのではなく、実は周囲の人間に対して叱っているのがよく分りました。今から思うに、マネジメントをしっかりされていたのでしょうね。

男の生き様として、私も見習いたいと思っています。まあ、役員になる器でもないのも重々承知していますが。基本的に他者に媚びないので、いろいろと痛い目に遭いました。
それも自己責任ですから、自分としては間違ってはいなかったと思います。

奥様と懐かしいお話に、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

60歳を過ぎてから、英会話の勉強を始められたのは知っていました。ただ、家で1日8時間英語の勉強をされていたというのは、奥様の口からお聞きするまでは、知るよしもありませんでした。

あまりにも、早すぎる死に残念でありません。

お宅をお暇してから、暫くの間当時のメンバーで懐かしい話に花を咲かせました。






湿っぽくなるのを吹き飛ばすために、また落語です。

しゃべることを仕事にしている噺家でも、若い連中なんかはどぎまぎして、お悔みなんか下手をこくことがありましてなあ。
「先生、お亡くなりになったんやそうで、・・・どうも・・・すんまへん。」
殺したわけやないんですからね、すんまへん、はないんやけど。

これは、東京の噺家の実話だそうです。
危篤だから危ないというのを死んだと聞き間違えて、お悔みに行った慌て者がおりまして。
「とうとう、だめだったそうですねえ。」「いや、まだ生きておりますのですが。」「あー?まだ死んでおられなかったのですか?」「お医者さんの話では、今晩の10時までもつかもたんとか言う話で。」「そうですか、では10時に寄せていただきます。」

今回は、宗旨も確認し、赤っ恥はかかなくて済みました。



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落語のまくら

久しぶりに、上方落語の話です。

落語の構成は、まくら→本題→落ち、という流れになっています。

まくらの果たす役割は、いかにスムーズな流れで本題に繫いでいくかという導入部分になります。

自己紹介をする、小咄などで笑わせて本題の前に聴き手をリラックスさせる、本題に関連する話題で聴き手の意識を物語の現場に引き付ける、落ちへの伏線を張る、などがあります。

なーんか、私が今やっている講師の仕事と共通しているんじゃないですか。参考にしなくっちゃ。

独断と偏見を交えて断言しますが、まくらでも上方の方に軍配が上がります。センスがあって、腹から笑えます。だって、そうでないと、観客が許してくれませんから。お江戸のように、箸が転んでも笑ってくれるような優しい客はいませんしねえ。
江戸落語は、話芸ですから、笑いよりも型を大事にしています。

さて、これは、桂米朝が演じる「はてなの茶碗」のまくらです。

本題の概略は、こんな感じです。
清水寺の茶店で、著名な茶道具屋の金兵衛が茶碗にひびもないにも茶が漏れるのを不思議がって、「はてな」と言い残して店を去る。横目で見ていた油屋が、千両の値打ちがあると思い込む。店主に強迫まがいの交渉をし、なけなしの二両でその茶碗を買い取って件の茶道具屋に売りにいく。ところが、鑑定は二束三文。情けをかけてもらって三両で買い取ってもらい、赤っ恥をかく。その後、茶碗の噂が関白、更に帝の耳に入って、直筆の箱書きが加わると千両の値打ちがつく。これを聞いた油屋が、水が漏れる水壺を見つけてきて、「十万八千両の金儲けや」という話。

その本題に持っていくまでのまくらが、これです。

物の値段というのは不思議なもので、誰が決めるというと自然に決まっていくもんなんですなあ。ほしい人にとってはえらい値打ちのあるもんですが、ほしくない人にとっては何の値打ちもない、ということがあります。
私らなんかも色紙を頼まれたりするんですな。度胸で書いてますさかいに、字書いてるんやら、恥かいてるんやらわからんですが。たまたま、ひょんな拍子でええのができたりします。以前名代の古本屋で、私の書いた色紙が立派な額に入って2万円という値がついたんですな。店主に言うたんですわ。「そんな2万円なんて値つけなはんな。わたい恥ずかしくて道頓堀歩かれへんがな。」「心配しなはんな、額縁代が1万8千円や」

展覧会なんか行ってみましても、確かに結構なものがあるなあ、ええなあ、と思っても分らんのが値段なんですなあ。何十億という値段で外国から絵を買うたりいたします。

壺が並んでいて、同じ色目で同じ格好してるんですな。模様も同じ模様がついていて、その大きなほうが20万で小さいほうが40万なんですなあ。
「なんでこんな値段が違いますねん?なんでこっちが20万で、こっちが40万ですんやろ?」「そらこっちの方が40万の値打ちがあるんやさかいに、こっちが40万ですな。」「そやけど、これ同じ焼きモンでっせ。材料も一緒やんなあ。色目も形も一緒やし、ついてる模様も同じで、なんで大きいほうが20万で、小さいほうが40万ですねん?」「焼き芋買うんやないんやさかいに、大きい方が高いって、そんなもんやなあいねん。小そうても、これには40万の値打ちがあんねん。」「どこが40万?」「大きな声出しなはんな。こんなものは、ちょっと見ただけでは分らん。鑑賞せなあかん。気を静めて、じーと味わうねん。目でな。40万の方をじーと見てみなはれ。この模様がだんだん浮き上がって、迫ってくるように思えまへんか?」「なるほどー。じーと見ているとぐっときますなあ。」「ぐっときまっしゃろ。」「あー。やっぱり40万でんなあ。こっちは大きいけど、なんとなく品がない。」
なんて言うてたら、係員が来て、「すんまへんなあ、値札間違うてました」と値札を入れ替える。
こんなもんでっせ。半分は分ったような顔してまんねん。


やっぱり、さすが人間国宝。



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