弔問 | 社労士のたまご 

弔問

過日亡くなられた元上司のお宅に、お世話になった4名で弔問に行ってきました。

享年71歳でした。妥協を許さない骨のある方でした。おそらく経営陣に迎合していれば、役員の道が開かれる可能性はあったでしょう。ただ、媚びへつらうことを嫌い、子会社へ出向し、職業生活を閉じられました。

自他共に厳しく、男女の区別なく叱責すべき時は手を抜かず叱る方でした。叱られ上手な人間を前に立たせて叱っていましたが、個人を叱っているのではなく、実は周囲の人間に対して叱っているのがよく分りました。今から思うに、マネジメントをしっかりされていたのでしょうね。

男の生き様として、私も見習いたいと思っています。まあ、役員になる器でもないのも重々承知していますが。基本的に他者に媚びないので、いろいろと痛い目に遭いました。
それも自己責任ですから、自分としては間違ってはいなかったと思います。

奥様と懐かしいお話に、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

60歳を過ぎてから、英会話の勉強を始められたのは知っていました。ただ、家で1日8時間英語の勉強をされていたというのは、奥様の口からお聞きするまでは、知るよしもありませんでした。

あまりにも、早すぎる死に残念でありません。

お宅をお暇してから、暫くの間当時のメンバーで懐かしい話に花を咲かせました。






湿っぽくなるのを吹き飛ばすために、また落語です。

しゃべることを仕事にしている噺家でも、若い連中なんかはどぎまぎして、お悔みなんか下手をこくことがありましてなあ。
「先生、お亡くなりになったんやそうで、・・・どうも・・・すんまへん。」
殺したわけやないんですからね、すんまへん、はないんやけど。

これは、東京の噺家の実話だそうです。
危篤だから危ないというのを死んだと聞き間違えて、お悔みに行った慌て者がおりまして。
「とうとう、だめだったそうですねえ。」「いや、まだ生きておりますのですが。」「あー?まだ死んでおられなかったのですか?」「お医者さんの話では、今晩の10時までもつかもたんとか言う話で。」「そうですか、では10時に寄せていただきます。」

今回は、宗旨も確認し、赤っ恥はかかなくて済みました。



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