ヒマジンノ国 -33ページ目

 ヒマジンノ国

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世界名作映画全集を観ています。現在VOL2の29本目まで。VOL1、2、3とあり、50本ずつ収録しているので、合計150本あります。古い映画ばかりです。しかし、昔と今じゃ価値観が全然違うんですよね。初めのころは何が面白いのか、全く分かりませんでした。

 

20本ぐらい見終わったころから、慣れ始めて、何がいいたいのか、良く分かるようになりました。昔は今みたいにピリピリしてないんですね。悪役も出てきますが、どこか人間に対する、愛情とか信頼があります。

 

最近観て印象に残った作品の感想を書きます。

 

 

フランク・キャプラ監督の「或る夜の出来事」(1934)。

 

クラーク・ゲーブルとコメディエンヌのクローデット・コルベール主演のラブコメです。ロード・ムービーの元祖で、大富豪の娘と新聞記者がバスに乗り合わせ、道中、お互いに好感を持つようになっていく、というお話です。クローデット・コルベールの変わった風貌など、初めは抵抗があって辛かったですが、観ている途中からは何だか可愛く見え始めました。チャーミングなキャラクターなんですね。

 

若いクラーク・ゲーブルも下品とも上品ともいえない、とぼけた軽いノリで良い味が出ていました。

 

楽しい作品です。深刻な感じがほとんどなくて、気持ちが良いです。

 

 

最後もハッピー・エンドです。これぐらいの内容だと何も考えずに観ていられて、好きですね。

 

 

ジョセフ・フォン・スタインバーグ監督で、マレーネ・ディートリヒ主演の映画を2本観ました。

 

「モロッコ」(1930)、と「上海超特急」(1931)です。

 

 

マレーネ・ディートリヒの作品はこれでやっと3本見ました。以前は西部劇だったので、ちょっとイメージが違うと思っていたのですが、今回の2本はそれなりのドラマです。

 

彼女は、どの作品に出てきても独特の存在感があります。性格に陰りがある感じで、クールにふるまっています。しかし、実は男性に一途な女性・・・という感じの役ばかりでした。悪女に見えて、実は悪女でない、という印象です。この辺の感じも現代だと、ちょっと分かりづらいですね。

 

「上海超特急」は昔の上海の映像などが面白かったです。古い中国の映像です。まだ日中事変の前なんですよね。内容はサスペンス仕立てで、ぼちぼちです。

 

「モロッコ」はゲイリー・クーパー演じる、フランス外国人部隊の兵隊に恋する歌姫の役を、マレーネ・ディートリヒが演じています。いつどこで戦っているかも、そして死ぬかも分からないような兵士を忘れられず、富豪との婚約まで捨てて、最後は兵士を追いかけるように砂漠に姿を消す彼女。場面場面で、印象に残るシーンがある映画です。

 

テーマは純愛。ラストは愛の姿を、力強く描いている、とでもいうべきなんでしょう。

 

 

時間に余裕がある時に観ると、するっと入ってくる映画ばかりです。今では忘れられてしまったものを、学べます。

今回もレコードを聴いた感想を書きます。しかし所詮素人のたわごとなので、悪しからず(*^^*)。あくまで個人的な意見ということで、お願いいたします。

 

 

カラヤンは、公式に4回のベートーヴェン交響曲全数を録音した、とされています。1度目はEMI、フィルハーモニアとの50年代のモノラル録音。残り3回はベルリン・フィル、ドイツ・グラモフォンとのステレオ録音です。これは60年代、70年代、80年代に分かれます。

 

今回自分が聴いたのは、61年と62年に録音された全集です。

 

 

SKL100-108。ドイツ・グラモフォン盤。

 

 

以前買ったグラモフォンのアナログ・レコード(ステレオ)の音質があまり良くなかったので、グラモフォンのレコードに偏見があったのですが、チューリップ・レーベルというのを購入してみて、決して音が悪くないことを確認できました。イギリスのレコードのように切れ味の鋭さはないですが、厚みのある、充実感が感じられる音がします。素晴らしいと思いました。

 

 

自分は、カラヤンのベートーヴェン全集は、フィルハーモニアのものが未聴。80年代と、70年代はCDで聴いています。世評では70年代の録音が評判が高いとのこと。しかし、ドイツ・グラモフォンはこの60年代の録音を何度もLP化しており(今年の250年イヤーにも発売している)、多分ドイツ・グラモフォンとしてはこの60年代のものが、カラヤンのベートーヴェン交響曲全集の代表盤という主張だと思います。

 

70年代以降の全集はカラヤン好みの音になっており、ベートーヴェンとはいうものの、時折イタリア・オペラの序曲のような、軽妙な響きさえします。内容は整理整頓され、「ドイツ風」ではなく、彼個人の音になっています。ベートーヴェンを聴く、というよりは「カラヤン」を聴く、というような。しかしこれはカラヤンの場合、そうなることが圧倒的に多いようです。常に彼は、まるで「作曲家の代理」、のようです。

 

彼の演奏によって「曲」は、「土着性」の排除が行われ、常に「常識的な人間」(どの世界でも人間の感情は同じだというようなものです。ヒューマニズムといい換えても良いかもしれません。カラヤン流の、一定の方法論によって処理される)の理解できる範囲に表現が収められます。それ故、大衆性とインターナショナルな性質を獲得するわけです。

 

非常な極論をしますが、イタリアの音楽というのは歌劇が多く、音楽というのは多くの場合、「伴奏」であるわけです(極論として)。そこで歌う人、あるいは音楽に囲まれて生活する人々、というように、主人公は常に「人」(音楽を愛する人々)になります。音楽は生活を彩る、衣服のような存在です(歌劇場は社交の場であるわけです)。

 

それに比べると、ドイツにも歌劇はあるのですが、同時に純粋なオーケストラ用の音楽が多数存在します。交響曲などはここに入ると思いますが、そこではコンサートの主人公は「曲」そのものになるわけです。「音楽」は単なる「伴奏」ではありえません(特に19世紀後半からの流れで意識されてきたわけです。それ以前の時代はもっと直接的に、哲学的ではありますが、人間的であった可能性はあります。ワグネリズムの影響、しかしそれこそがドイツのというものでしょう)。

 

指揮者もそれに習い、イタリアでは比較的現実的な指揮者が多いのに対して、ドイツでは時に、「作品」そのものに入り込む指揮者が現れます。ドイツの、フルトヴェングラーとか、ギュンター・ヴァントのような指揮者は、音楽そのものを追求する指揮者で、「人」と「音楽」とに差をつけるならば、「音楽」の方が重要と考えるような存在です。

 

イタリアの指揮者もジュリーニのように、「芸術至上主義」の指揮者がいるとも思いますが、演奏を聴く限り、イタリア系のドイツ音楽の演奏はやや「ザッハリヒ」近づくように思えます(トスカニーニのザッハリヒなスタイルは、ドイツの伝統がなかったから成しえたともいわれています)。

 

ヘルベルト・フォン・カラヤンの素性はそういった、イタリアの指揮者に近いところがあり(根の部分で。当人はオーストリア人という自覚が強かった)、純オーケストラ作品については「伴奏的」ともいえる演奏を示し(特に晩年)、コンサートでの「主人公」は当然のように「曲」そのものでなく、「カラヤン」本人(また同時に聴衆でもある)、というような感じがあります(作曲家ではなく。当然これも比較論として)。そしてこれが近代オーケストラに、一種のオーケストラの独立性をもたらしたように見えます(不思議と、水と油のようにいわれるチェリビダッケにも同じようなところがあります、楽譜は料理の手本に過ぎない、ということです。それは時代の要請でもあったからだと思います。要は作曲家の位置づけが、演奏することにおいて、やや下がった、ということになると思います)。

 

カラヤンはドイツで教育を受けましたが、トスカニーニに憧れたように、南欧風の資質が強く、それが混じりあったために、イタリアとドイツという2つの文化圏で成功し、後に「帝王」と呼ばれるような状況を作ったと考えられます。

 

「トスカニーニ的なラテン系の明快な音とフルトヴェングラー的なゲルマン系の溶け合う音の集大成、音の美しさに対する独特の感性、リズムの精度と旋律に向けた鋭い知覚が、カラヤンをカラヤンたらしめている。」(クリスチャン・メルラン)

 

70年代と80年代でのベートーヴェン交響曲全集は、「知識」としてベートーヴェンの音楽は浄化され、曲の内容を完全に抑制し、美化を図っています。そこでの「音楽性」というのは、人間の持つ根源的な「運動性」とか「常識的な感情」です。オーケストラをドライブする興奮、というような、行為としての、人間的な感情が音楽と見られているわけです(文学性ではない)。それ故、ベートーヴェンの音楽そのものを前面に押し出してきた、フルトヴェングラーとは対蹠点と見られる瞬間があります(カラヤンは音楽の「文学的な意味」において、これも比較論ですが、ドイツ系の指揮者としては無内容ともいわれてしまうことになります)。

 

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〈カラヤンの、60年代の全集について〉

 

ところが、1962年といえば、まだカラヤンがベルリン・フィルに就任して7年しか経っていなく、完全にカラヤンの音になりきっていない時代です。演奏も内容を整理はしていますが、完全に統制しきれていないように見えます。ここでは、上に書いてきたようなカラヤンの傾向から、外れて見える部分も多いように感じますね。

 

そういう意味ではこの60年代の全集を評価するのはなかなか難しい気がします。カラヤンの音楽でありながら、所々そうでない部分もあるように聴こえるからです。

 

良い演奏なのは確かだと思います。前のめりになって、切迫感強い表現を出しているところが魅力です。トスカニーニの全集を参考にしたといわれており、緊張感ある表現がこの全集にはあります。

 

ただトスカニーニであれば、あのまじめすぎる演奏が、ベートーヴェンの強度の思い込みある性格の部分と、がっちりリンクしており、一見ひどく即物的な演奏と思える中から「純粋な音楽的」意味で、ベートーヴェンの音楽的思想に命を吹き込んでいます。躍動感と思想の音楽芸術です。カラヤンの演奏はもう少し楽観的で、トスカニーニのように、しんねりむっつりせず、オーケストラは楽しそうに鳴っています。

 

 

自分の感想では、第1、第2、第3、第5、第6、第7は素晴らしい演奏だと思いました。他の曲も素晴らしいですが、特に印象に残ったのは上述の曲です。緊張感と豪壮なオーケストラの迫力によって、後のカラヤンとは全く違う演奏に聴こえます(基本的な解釈自体は同じかと思います)。

 

何より驚きなのは、オーケストラにフルトヴェングラー時代の音色が残っていることです。フルトヴェングラー時代のプレイヤーが、まだ多数残っていたのでしょう。演奏は確かにカラヤンのものですが、とても不思議な音がします。

 

オーケストラの合奏の上塗りでない、神々しさはまさにフルトヴェングラー時代の音色。フルトヴェングラーの作る音楽は各楽器の音色の息が長く、緻密な心のこもった響きでしたが、それがところどころ出てきます。息の長い弦楽器の合奏は良く練られ、厚みのある豊かな絹のような響きとなります。管楽器は有機的で、最強音でさえ、芯のある膨らみと強さを持ち、そして低弦、コントラバスの強靭な迫力などは、まさにベルリン・フィルだと思わせます。聴いていると何度か、フルトヴェングラーが演奏しているのではないかという錯覚に襲われました。ベルリン・フィルこそはフルトヴェングラーの「楽器」だった、そう感じざるを得ない瞬間です。カラヤンはそういった音色を無理やり押し込めず、自分の音楽の中に消化して、独自の音楽にしているように思えます。

 

特に印象に残ったのは第2。フルトヴェングラー流の伸びやかな音色が残っているベルリン・フィルをコントロールしながら、音楽をぐいぐいと追い込んでいき、出てくる音そのものから、内在する躍動感と生命力を引き出しています。第1楽章の結部、ハイスピードの演奏はまさにトスカニーニを思わせ、有機的なしなりを見せていくのは、晩年のカラヤンにはないものです。「音楽」そのものが生きています。

 

第3も名演だと思います。トスカニーニほどのテンポはないですが、前進する気迫に満ちています。にもかかわらず、エロイカ特有の流線型の主題はどこか優雅さをたたえ、カラヤンの独自性を感じます。

 

第5は第1楽章がハイスピードなので、そのままで進むかと思いきや、緩徐楽章以降はスケールが大きくなり、荘厳な造形を見せます。所々、絶叫するオーケストラの迫力はまさにカラヤンのものですが、その響きにフルトヴェングラーの息吹が残っているのが不思議でなりません。この第5ほど、聴いていて、フルトヴェングラーの演奏と錯覚する瞬間が多いものはありませんでした。一体誰の演奏だろう?

 

第6も後半のスケールの大きさとその迫力が出色で、立派な演奏です。

 

第7は最終楽章の稀に見るようなハイ・テンポが面白いです。その展開の速さに驚かされます。勢い込んでいる分、余計にそう感じました。

 

とにかく聴いていて、色々考えさせられる演奏でした。ちょうど時代の移り変わりを録音したようなもので、その面白さは出色じゃないでしょうか。色々な条件が重なってできた、非常に興味深い、ベートーヴェンの交響曲全集だと思います。

 

聴いて損は無いと思います。

 

2020、10/15、追記。一応レコードの音をのせておきます。

 

 
↑、第5、第1楽章。
 
 
↑、第5、第4楽章。とても動的な演奏で、後年の静的な演奏とはかなりの差があると思います。近年これぐらい迫力のあるベートーヴェンを聴くことは中々難しいと思います。

古い音源は不思議と心が落ち着くものです。そんな音源を聴いた感想を、少し書きます。

 

 

 

ALP1067-1068。

 

ドニゼッティ、「愛の妙薬」(1952)。

 

おそらくはガエターノ・ドニゼッティ(1797-1848)の作品の中で最も有名な作品だと思います。喜劇で、ローカルなスペインを舞台にした、子供っぽい物語です。薬売り、ドゥルカマーラが売りつける媚薬(実はワイン)がとりもつ、アディ―ナとネモリーノのお話です。ドニゼッティのオペラは聴き手にはソフトですが、歌い手には人声にかかる比重が大きいのが特徴で、ここでも各役に充分な歌う場面が与えられています。

 

ローマ歌劇場のシェフだったガブリエリ・サンティーニ(1886-1964)を中心に、戦前に活躍した歌手中心のアルバムとなっています。

 

どの演奏家を日本語でググっても、詳しい情報はほぼ出てきません。サンティーニもイタリア・オペラを聴く人には割と知られているかも知れませんが、本邦で有名とはいいがたいところです。

 

主役のマルゲリータ・カロ―ジョ(1908-2005)は1956年に舞台を引退していますし、目ぼしいアルバムも日本では聞きませんね。自分も初めて聴きました。イタリア語の本名で検索すると、いくつか美しい歌声が聴けます。

 

 

ゴッビは有名でしょうか。しかし他の二コラ・モンティ(1920-1993)とか、メルキオーレ・ルイーゼ(1896-1967)などもたまにオペラの配役で目にするぐらいで、あまり知らないことが多いです。

 

 

(↑、モンティとカラス。モンティ、ルイーゼなど、カラス主演のレコードでたまに出会います。)

 

今ではもう失われた、イタリアのローカルな雰囲気が味わえる演奏で、心が落ちつきます。

 

 

 

LXT2619-2621。

 

マスネの「マノン」(1951)。

 

「マノン」はフランスの作曲家、ジュール・マスネ(1842-1912)の代表作。プッチ―二にも同じ題材のオペラがあります。

 

フランスで活躍した指揮者で、オペラ・コミック座の監督だった、アルベール・ヴォルフ(1884-1970)の指揮です。ネイティヴなジャニーヌ・ミショー(1914-1976)、イタリア系ですが、フランス・オペラのリード・テノールだった、リベロ・デ・ルカ(1913-1998)などの歌唱が楽しめます。

 

 

(↑、アルベール・ヴォルフ。フランス・オペラのスペシャリスト。他にもビゼーの「カルメン」や「真珠とり」があるようで、1度聴いてみたいと思っています。)

 

アルベール・ヴォルフの指揮は角が取れ、子気味良い味わいがあります。タイトル・ロールのマノンとしては第3幕の1場に、コロラトゥーラを駆使した、美しいアリアがあり、ミショーのリリックな落ち着いた雰囲気と相まって、聴きどころかと思います。

 

 

(↑、何故か同じ音源の10インチ、ハイライト盤も持っています。ミショーのネイティヴな歌唱が魅力です。かなりの美声。若干冗長なオペラで、ハイライトで聴くのも悪くないです。)

 

不思議な録音で、逐次、オペラの展開を解説したフランス語の説明が入ります。

 

フランス・オペラの代表曲の1つで、ドイツものやイタリアものとは違う、独特の雰囲気があります。この録音も戦前の空気を感じさせる、大人な演奏かと思います。

 

とうとう辞任しましたね。正直、オバマ政権とつるんでいるときは大嫌いでしたけど、後半はそんなことばかりではないとは思っていました。

 

後半は特に、安倍晋三という人と、安倍政権とは時に別枠で考えたほうが良いとも感じることも多かったです。

 

今でも、安倍政権自体がちょっと危ないものがあった、という意識は変わらないですが・・・。

 

しかし、おそらく彼は2度目は消費税も上げたくなかったのだろうし、拉致問題を解決できませんでしたが、拉致被害者からの評価も高いです。相当に努力はしていたのだと想像します。

 

また、コロナによって、やっとといいますか、実際の政権が実は、必ずしも日本の国益を考えていない人が多いことが、表に出たのも事実だったと思います。それは「安倍政権」の一つの側面だったと思います。

 

安倍さんは内閣の代表なので「安倍政権」での責任は、どうしても彼について回りますが、彼が個人で考えていることと「安倍内閣」全体で動いているときは隔たりがあった、とも見えました。そういう部分を見ていると、多分「安倍政権」は、安倍晋三の意見全体を反映していないだろう、とも見えました(どうしても責任問題は出ますが)。「彼個人」はもっと、国民のことを考えていたのは事実だったと思います(政権全体で見た時よりも、という意味で)。

 

そう考えると、彼個人の意思、政権全体の意思、国民の意思、など複数(マスコミ、野党の思惑など入れるともっと多い)のバイアスが入り組んでいて相当大変なんだろうというのは理解できました。

 

特にコロナが発生してからは、日に日に衰えていく分かりましたから、普通に心配にはなりますね。

 

自分は安倍応援団でもないし、最近はそういった人々の一部が「愚連隊」みたいになっているのは、まあ、いよいよかな、という気もして気に入りません。

 

ただツイッターなどで、辞任の経緯などを一応、安倍晋三名義で流しているのを読むと「志」を持っていた政治家だったのかなと思います。その辺が右派が持ち上げる理由だったのでしょう。そういう部分は理解できましたけどね。安倍晋三個人の「徳」みたいのが感じられました。生意気ながら、そういう部分はこの人の良いところなんだろう、とは思います。

 

いずれにせよ、病気が良くなって、元気になられるのが良いと思います。本来良くも悪くも、個人的には来年のオリンピックぐらいまでは、政権が死に体でもやるべきだと思っていたのですが(失敗したら責任問題ですが、反面起死回生で成功させたらまた、評判もあがったでしょう。一年延期を決めたのは彼でしたから、そこの結果までは見たかったですね)、体調悪化の末、休養を取るための辞任であれば仕方ないと思います。

 

お疲れ様でございました。

 

どうも新規コロナ感染者が時間とともに減ってきており、ピーク・アウトを迎えた、という情報が出てきています。死者数も少なく、結局、Go toなどの政府の判断は正しかったということなんでしょうか?専門家が予測していた通りということで良いんでしょうか・・・。

 

正直良く分からないことが多いですが、自分の過去記事を見て、的外れなことも書いたことが多かったと思い、反省しています。ひどいことを書いてきてますね(汗)。

 

正直この調子でコロナが弱まり、被害が少なくなるのなら何の不満もありませんm(__)m。まだ今後のこともありますので、もう少し様子を見ないといけないと感じていますけども。

あまり書きたくないことを書きます。最近は感じたことを黙っておくと、心苦しさを感じることが多いので、やむを得ず、ブログにちょっと書き残しておきます。

 

安部政権も7・8年ぐらいになるんですかね。憲法改正が悲願とかいわれていましたけど、結局できませんでした。議席も相当持っていたと思いますけど。

 

憲法改正についてはやって良いと思ってますが、自民党案には反対です。結局彼らの考えは第2次世界大戦時の、明治憲法の解釈に近く、国民を縛ろうとするものに、自分には思えるからです(明治憲法といっても一様に運用されたのではなく、時代ごとの差がある)。憲法学者の樋口陽一氏によると、おそらくは1935年ぐらいから1945までの10年間ぐらいの時代のものを目指しているのでは、ということらしいですね(「憲法改正の真実」樋口陽一、小林節)。「統帥権の独立」という軍部の勝手な言い分によって、戦争を続行させられた時代に彼らは戻したいんでしょう(必ずしも戦争をしたい、ということではなく、支配の仕組みとして、です。それが日本人の本来のメンタリティーだとしたいのだと思います)。本来憲法は「国家権力を管理する最高法規」という位置づけでなければと思います。

 

 

↑、以前は小林節氏も自民党の改憲派に名を連ねていました。しかし今では右派からはパヨク呼ばわりされています。深夜の討論番組でも自民党側について発言していたのを思い出します。しかしなぜああも急変したのか、この本を読んでいて良く分かりました。

 

「改憲マニアの世襲議員たちは、戦前の明治憲法の時代に戻りたくて仕方がない。だから、明治憲法のように古色蒼然とした、近代憲法から逸脱したこんな草案を出してきた。旧体制への回帰こそが、この草案の正体です。」

 

と小林氏はかなりはっきり述べています。自民党内で発言していた彼の正直な感想だと思います。自民党議員は初めから学者の意見など聞く耳を持っていなかったようです。初めに目的ありき、ということでしょう。

 

現行憲法と自民党案との論点はこの本を読むと分かりやすいと思いました(少し時間が経っていますので、国際情勢を含む論説はやや隔たりがある部分もあります)。

 

しかし、ああも大胆な失敗を重ねた、時代への憧憬というのは理解に苦しみます。対外戦争に負けた時代でもあり、人権に苦しんだ時代でもあり、言論の自由などの圧迫もありました。個人的にはまともな時代には見えないような気がしていますね。

 

自民党案で改憲したい者たちは、「基本的人権」が天賦人権として与えられているがために、無効だといいたいようです(13条の条文)。人権というのは常に「程度」問題であって、「絶対性」と「現実」との間での軋轢から生まれるのは確かです。しかし「基本的人権」がない、というのは飛躍が過ぎます。それに近い観念は日本人にもあります。

 

彼らの目指すところは「明治憲法(大日本帝国憲法)」の復刻、あるいはそれに近しい憲法の制定になると思います。

 

明治憲法はいわゆる「天皇主権」で、今の「国民主権」の「日本国憲法」とは随分違うわけです(平和主義、主権在民、基本的人権の尊重)。「権利」(主権)が我々民衆にではなく「天皇」にあるということになります。当然「基本的人権」は天皇の権限で制限が可能でした(天賦人権としての人権はないということ)。

 

今日、西洋の自由と平等という概念から、個人主義が日本に入ってきたのは確かで、そのせいで国家がまとまりに欠く、というのは一理あります。しかし、この自民党草案にあるように、個人の信条や道徳にまで踏み込んで憲法に書き記すのは、さすがにおかしいと思います(第24条の家族や婚姻などに関する、自民党案の記述など)。憲法は国民を縛るのでなく、権力を縛るものだからです。道徳などは別の分野でやるべきです。だから信用できないわけです(現行憲法での、2重国籍問題など、野党はもっとひどいかもしれませんが。今の野党ほど、欧米の個人主義の悪い面に、毒されている人たちはいないのかもしれません)。

 

個人的に「明治維新」は西洋に習い、どこか絶対君主制に近い国家体制を作り上げたと思っています(樋口氏は明治憲法が当時の人たちの立憲主義によった、決して悪くない憲法だとしています。ただ個人的にはその内部には全体主義につながる危ないポイントが存在していたのも、また確かなように思われます)。明治憲法にはそれが反映されていて、時の権力者たちが、自分らの革命を正当化するために、「天皇」という存在を担ぎ出した部分があると考えています。実際「皇室」は世俗的な権力者というよりは、本来「宗教的な祭儀」を司る存在っだのでは?と思います。それを無理やり「天皇主権」などといって、世俗の政治的な決定権までやらせようというのが、そもそもの間違いなのではとも思います。

 

山本七平は次のように書いています。

 

<私が言うのは「朝廷・幕府併存」という不思議な政治体制である。これは700年以上つづいたわけだから日本の歴史の大部分は、この制度の下にあったといえる。これは一体、だれのアイデアなのだろう。考えてみれば不思議である。しかしこの独創的な政治制度も、戦前は「わが国の国体にもとる」ものとされ、あの軍人勅諭では、「世のさま移り変わりてかくなれるは人の力もて引き返すべきにはあらねど」も、まことに「あさましき次第なりき」とされていて、出来ることなら消してしまいたい事態だとされている。かわって戦後ともなると、何もかもいっしょにして「封建的」の一言で片づけられ、この不思議な制度は、常に無視され、黙殺されているのである。

 

朝廷・幕府の併存とは、一種の2権分立といえる。朝廷がもつのは祭儀・律令権とも言うべきもので、幕府が持つものは行政・司法権とも言うべきものがあろう。統治には、一種の宗教的な祭儀が不可欠であることは、古今東西を問わぬ事実である。>

 

<祭儀権と行政権は分立させねば独裁者が出てくる。この危険を避けるため両者を別々の機関に掌握させ、この期間を平和裏に併存させるのが良い、と考えた最初の人間は、ユダヤ人の預言者ゼカリアであった。近代的な3権分立の前に、まず、2権の分立があらねばならない。2権の分立がない所で、形式的に3権を分立させても無意味である。それがいかに無意味かはソヴィエトの多くの裁判を振りかえってみれば明らかであろう。西洋の中世において、このことを早くから主張したのはダンテである。彼は、この2権分立を教権と帝権、すなわち法皇と皇帝の併存という形に求めた。法皇は一切の俗権が停止されねばならぬ。皇帝は法皇に絶対に政治的圧力を加えてはならぬ。そして両者が両輪のごとくになって、新しい帝国が運営されるべきと考えた。だがダンテの夢は夢で終わった。彼が、日本の朝廷・幕府制度のことを知ったら、羨望のあまり、溜息をついたであろう。>(「日本人とユダヤ人」、山本七平著)

 

明治憲法は山本のいうような、「法皇」と「皇帝」とを、一緒くたにして、「天皇」の権利に与えてしまったといえます。それでもいわゆる美濃部達吉の「天皇機関説」が糾弾されるまでは、比較的順調な国家運営がされていたのかもしれません。運用次第では明治憲法も必ずしも悪用はされなかった、ということでもあるかと思います。

 

しかし、その後一部の人々によって、「天皇」は神権を持つ存在とされ、より権力化されたといえます。

 

それでもなお、実際に「天皇」そのものに権力があったかどうかは、疑問でもあります。何事にも最高権力である「天皇」が口をはさみ、仮にもし、その意見が間違ったりしたならば、「天皇」の威光に傷がつくわけで、それは絶対に避けねばいけません。ですから「天皇」自体が政治に発言すること事態、非常に限られてくるわけで、結果他の機関が作ってきた政策を認めるか、認めないかという程度の、意思決定しかできない感じになるわけです。「君臨すれども統治せず」という感じになっていくわけです。

 

ところが宗教と政治を結びつけてしまった結果、実際の権力者である「天皇」ではなく、それ以外の政治や軍事に関わる者たちが、日本の根本的な「宗教」をも代表するような状態になっていったわけです(本来もっと世俗的な存在であったはずです)。こうなってくると誰が本当に「偉い存在」なのか分からなくなっていきます。ここに政教一致の怖さがあります。

 

「天皇陛下のため」とか「国体のため」、「お国のため」などと権力者が言い出せばこれを止める人は、それこそ「天皇陛下」ぐらいしかいなくなってしまいます。それ故に「天皇」はむしろ被害者ともいえるわけだと思います。

 

実際「祭儀」などに関わらない存在が、政教を一致させてしまったために、俗世の人間の「気位」ばかりを大きくする羽目になった、とはいえないでしょうか。口では「天皇陛下万歳」とか「国体のため」といいますが、実際は自分の「理想」のためでは(当然これも社会的地位によって変わってくるとは思います。)?

 

結局、観念的な「宗教性」と世俗的な「現実性」との区別を取っ払ってしまったために、どこまでも民衆の底辺が、最高位の「天皇」という存在に近づいたということです。物事の論理性の崩壊です。「虎の威を借る狐」といいますか、自分たちを勝手に「神の民」と思い込むようになったわけです。実際日本人が「神の民」だったとします。しかし、そのことを、ああも声高に語られるとき、そこに彼らの自尊心が見え隠れしないか、といえば嘘になります。そこにこそ問題の本質があるように思います(人間の体がそうであるように、各体の機関が「人間」という同質でもありながら、はっきりとした区別ある機能をそれぞれの部位が、持って働くために、初めて全体の統合が可能になるわけです。それを政教一致のように、全部「同じ部分」に、強度に詰め込んでしまえば、当然体制は崩壊します)。

 

本来立憲君主制を目指した明治憲法でしたが、途中からほとんどいびつな形での、絶対君主制(おそらく昭和天皇は望んでいなかった)になってしまったということです。それが先も書いた1935年ぐらいから1945年ぐらいの間だと思います。ファシズムといえる状況ですね。

 

自分が長らく不思議だったのが、イスラム原理主義者が自殺攻撃を仕掛けたりするのを見て、どこか日本の神風特攻隊を想像していたことです。イスラム教は一神教ですから、多神教といわれる日本と似たようなことをするのは何故なのだろうということを、昔から不思議には思っていました。

 

やはりここには「天皇」を国家の主権そのものとして、国のトップに持ってきた明治維新の在り方そのものにあると思っています。天賦人権の否定派はそれがキリスト教由来であるからとします。しかし明治憲法自体がヨーロッパの憲法を見習って作ったものであるとしたら、それ自体がどうなってしまうのでしょうか?そこにキリスト教の根源的な形を見出してしまうのでは?

 

故にむしろ、日本の方が西洋の一神教に近い形態の政治体制に当時は寄せていった、ということになるのではないか、と思います。

 

自分にはかの時代を顧みて、次のように見える瞬間があります。

 

「日本の古来の、神の子孫」としての天皇、とはいいますが、「日本古来の神」を「ゴッド」とし、「天皇」を「キリスト」とし、その「神性、或いは威光」を「精霊(神の働きのこと)」と見るならば、これはキリスト教の三位一体説と何ら変わりません。一定の価値観しか認めない、西洋風の価値観となります。これは本当に「八百万の神の国」の在り方だったのでしょうか?では多神教の本来の在り方は、このような在り方だといえるのでしょうか。

 

政治家の亀井静香氏は次のようにいっています。

 

「文明開化ということだけど、簡単に言うと、薩長が徳川幕府から権力を奪い取った。薩長支配なんだよ。それが軍閥の支配につながっていったんです。明治維新で日本に夜明けが来たなんていうのはどうかしている。自由民権運動だってなくなったでしょう。右翼といわれた頭山満の玄洋社だって、松本治一郎の水平社とも交流があった。上からの支配を目指したのではない。下からの目線で平等を目指した。そういう流れがなくなった。」(斎藤貴男著、「日本が壊れていく」)

 

同時に次のようにも語っています(一理あると思うのでのせます)。

 

「いま民主主義と呼ばれているのは多数決だ。少数が多数に従う。だが日本では昔から鎮守の森を中心とした村の人たちが集まって、こんどの祭りはどうすべえ、お盆は、田んぼの水を喧嘩せずにどうして分け合うか、といったことを話し合いで決めてきた。

 

談合ですよ。一晩かかろうが二晩かかろうが、寄り合いでみんなが納得するような結論を出す。数の力で無理やりというふうにはしなかった。それを学んだ方がいい。多数決で何でも簡単に決めるのではなく、つねに少数意見を尊重して、少数派の意見も話し合いで取り入れる。多数派としては不満が残る結論かもしれないが、これでやっていくしかないだろうな。これが日本的な決め方だ。」

 

明治憲法全てが間違っていると思いませんが、どうしても明治維新の薩長の権力志向と、西洋の国家観が、日本の伝統に埋め込まれ、その最悪の部分が出たのが先の1935年からの10年間だったとではないかと考えています。

 

自民党の憲法草案に関わった者たちはしかし、その10年間の間の、明治憲法に近いものを目指しているのだろうと考えられます。おそらく日本の歴史の中でも、一番日本人が異常な心理状態だった時代です。基本的人権の限定的な肯定、天皇主権(草案では、国家元首にしたいといっていますね。個人的には国家元首の内容が、先のような政教一致でないのなら、あっても良いとは思います、そういう意味では個人的に全く反対とはいいません。現行の自民党案でも3権分立と天皇の象徴性はとなえています。ただ自民党案は人権問題と絡めて見ないといけないと思います)などの内容はかなり怪しいものがあります。そしてそこから出てきた「緊急事態条項」(当然のように自民党案には明記されています。状況さえそろえば、多数派は自分の内閣を固定、永続させてしまう可能性があります。スター・ウォーズのパルパティーンみたいです)は先の軍部の「統帥権」のような薄気味悪さがあります。「緊急事態条項」も現時点でうまいこと書いてあったとしても、今後はどうなっていくかは分かりません(緊急事態に対処する法律は必要でしょう。しかし、自民党案が安全かはとても疑問です)。

 

正直妙な条件が色々揃ってきてる今の自民党案は、危ないと思っています。実際比較的多くの人がそう思っているのではないでしょうか。背後にいる「日本会議」の存在なども含めてです。だからあれほど議席があり、選挙で勝っていた自民党ですが、「改憲」までもっていけないわけです。かなりの薄気味悪さがあるわけです。

 

我々の世代は「天皇」は「日本国民の象徴」だと教えられてきました。考えてもみてください、戦後すでに75年です。1・5世代から2世代ぐらいは経っているのに、未だに「天皇主権」といわれて「それが良い」と反応する人はそれほど沢山いるでしょうか?絶対数はそれなりにいると思いますが、抵抗を感じる人もまた、相当に多いはずです(だからこそ緊急事態条項が、天皇が象徴である故、あのような形で盛り込まれた可能性があります。当時のように、人間の内面からくる中央集権でなく、事実上の憲法での拘束力を持つ、中央集権です。その時点で本来欧米で唱えられてきた、近代憲法の解釈を離れます)。

 

今の自民党の憲法草案がちゃんと「日本の伝統」を守ってるといえますか?守ってるふりをしてるだけで、実際は上から目線の、為政者のための草案なのでは?そう感じている有権者も多いはずです。まるで過去の怨念から作られたような草案のようにも思えます。過去の清算の出来ていない人たちが作った、ファンタジーが相当程度盛り込まれているように感じています。しかも伝統だけ書き込めば良いというものでもないですから。

 

そういう意味では現代に対するリアリティーがない草案なんじゃないでしょうか。平和憲法にしても、今後も平和憲法は維持する、日本は世界から軍備を撤廃することを国是とする、しかし当分の間は国を守るために臨時的に軍備を持つことはやむを得ない、ぐらいに正直に書いてしまったほうが良い気がします。無くしてしまう必要もないと考えています。

 

あんなに憲法全体に手を入れずに、自衛隊のことをいじりたいならそこに集中して、まず改憲してみるとかで良いと思います。「天皇制(多分これは人権の問題と絡んでいる)」の問題についてはもっと時間をかけるべきでは?もっと若い人たちのことを考えるべきだと思いますけどね。今後を担う人たちがどう考えるか、それをもっと重視すべきではないでしょうか。何で自分たちの勝手な妄想まで後々まで残そうとするのでしょうか?時代は変わっていきます。政治制度も変わってきたわけです。年配者は各自の考えのエッセンスなり伝えてよいと思いますが、今生きている人の邪魔はすべきではないと思いますね。

 

しかし現状行われている議論は自民党のいう「改憲」に「賛成」か「反対」かしかないわけです。この分だと有事が実際に起こった時、当然「改憲」の議論が巻き起こるでしょうから、自民党案に流れるでしょう。

 

実に下らないと思いますけど。本当に何もない、平和な時から考えておくべきことだと思いますけどね。

 

(天皇制の問題については、現在「皇室」の血筋の問題など、色々書いてらっしゃる方とかいますが、自分はあくまで今ある現実をまず第一に、どう考えたら良いか、と思って書きました。結局多くの人が望むことなら、そちらに流れるしかないと感じていますので、そこを論点にしたかったということです。)

 

コロナの感染者が増えていますが、死者数が必ずしも多くないので、弱毒性になっているとか、集団免疫ができてきているのではないか、という話を聞きました。それならそれで安心ですけどね。

 

他方で重症化した人の話を聴くと、相当つらいのだろうな、という印象も覚えます。ですので、その辺の見極めは、今の自分にはできません。コロナは風邪程度の病気だという人もいますが、そこまで断言できる勇気は自分にはありません。

 

コロナ騒ぎは政府も関わって、ワクチンを接種させるがために被害を拡大させたり、水増しさせていたりという情報も出回っています。一部ワクチンにはマイクロ・チップが入っており、これを人体に入れたいのではないか、という話です。一見馬鹿らしいと思うかもしれませんが、5G電波との関わり、スマートシティー法案などの関わりと合わせて調べてみることをお勧めします。

 

今の日本政府のグダグダなコロナ対応は、もしかしたら、何者かを怖がっているせいなのかもしれません。最近の政府の様子はおかしいと思います。

 

中国のある地域では、歩行者が横断歩道の信号を無視すると、眼前にある大画面にその人の顔が映り、警告が発せられたりするそうです(すでにID管理をされている、自由のない国というイメージですね)。日本のスマートシティー法案も実際はそんなものを狙っているように思えます。スマートシティができるなら新しいインフラが要りますから、そこで一儲けしようとする人たちはこうしたことに反対しないはずです。当然日本政府も潤うなら、協力していてもおかしくありません。

 

結局皆、自分の利益に逆らえないということでしょうか?

 

以下は個人的見解ですが、書いておきます。証拠があるわけではありませんし、間違っている可能性も当然のようにあります。批判的にお願いいたします。

 

ある動画からの内容です。

 

 

↑、「人類」そのものさえ、「商品」ととられかねない内容です。5G電波がマイクロチップと連動します。そのチップが人体に入るとしたら、どうなるのでしょうか(5G電波は軍隊で使うレベルの強さがあるといいます、今の4G電波に不満な人はそんなに多いのでしょうか?)。

 

来年からコロナのワクチンを国民に打っていくといっている日本政府ですが、怪しさは満載です(ワクチンにチップを入れるのではないかと噂されています)。

 

 

なぜWHOもコロナに大した対策をとらなかったのか?ビル・ゲイツの財団が関わっていることに注目です。世界中にワクチンを広めたいからでは?

 

当のビル・ゲイツはというと、次のようなことがささやかれています。

 

 

アフター・コロナとか新生活様式とかいいますが、まず日本で実験的におかしなことをやられるのでは?(後記:日本ではワクチン接種は後れを取り、イスラエルなどで先に進んでいるようです)。秘密裏に進められる、人類の管理化への布石では(そんなことを公にやるといえば人々は反対します。)?

 

ニューノーマルなんていえばかっこいいと思うんでしょうか?詐欺ではないという保証がないです(心配しすぎでしょうか?)。

 

 

なぜトランプがWHOとの関係を断ったのか、よく考えてみるべきです。そんな相手(ビル・ゲイツ)に日本は勲章を与えています。聞いたときは耳を疑いましたが、元々日本の外務省などとズブズブのようです。見識がなさすぎのような気がしています。中国、ビル・ゲイツ、コロナ、日本のスマートシティー法案など、繋がりがあると思うのは自分だけでしょうか?本当に気を付けなければなりません。確固たる証拠があるわけではないですが、色々繋がりがありすぎる気がします(一部にトランプもゲイツ財団に寄付をした、という情報もあるようです。各情報については引き続きチェックしていかないとダメそうです)。

 

そしてこういった人々が、今のトランプ政権を攻撃しているということになります。自分たちの野望のために、トランプを人種差別者に作り上げて、大統領の座から引きずり落としたいわけです。トランプにしろ、ビル・ゲイツにしろ、これらは全て命懸けのゲームなのかも、ということでもありますが・・・。

 

と・・・まあ、やや過激に書きすぎたかも、知れませんが・・・。

 

・・・何事もなければいいですけどね、しかし、身ぐるみはがされてからでは遅いですから・・・。

 

多分、グレーター・イスラエル・アジェンダといわれているものの一部なんでしょうが、本当であれば、非常に危険だと思います。

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しばらくお盆休みをとります。ブログも週末はお休みします。

最近の世の中のゴタゴタはあまり追ってないです。簡単にチェックはしてます。

 

お盆休みになったんですが、今年は旅行はダメそうですね。東南アジアのビーチに行きたかったんですけどね。

 

 

他の人のブログを読むんですが、カラヤンぐらいであれば演奏の話なんかも良く書いてあることが多く、面白いです。しかし、マリア・カラスになるとダイエットの話や、映画の話、あるいは恋の話とかが圧倒的に多いですね。実際そこここで、ブログで書かれている程度に話題になるほど、彼女の録音自体が聴かれているかといえば、そうではないんでしょう。多分聴いても分からない、ということが事実なのだと思います。自分は暇なのでちょっと聴いたりしますけど。

 

実際聴くといっても、彼女の歌は理詰めで、筋張っています。歌劇をムードで楽しむ人には、これは面白くないわけです。カラヤンのように大衆性を意識させるような芸術ではなく、劇とそのキャラクターの性格を、仮借なく徹底的に彫り込んでいくところに、彼女の真骨頂があるわけです。それはまるでギュンター・ヴァントの・・・詰めの強い、指揮のようです。そこに息苦しさや、圧迫感を感じる人は多いはずです。時には金切り声も聴かなければなりません。しかし、そこを理解しない限りは、いつまでも彼女の容姿を見つめるだけのことになります。

 

女性の方が、彼女に憧れるんだろうと思います。それは出回っている多くの写真のせいでしょう。内容と外見の一致だと思っているわけですね。つまり大芸術家が、その偉大さと共に、容姿そのものになっているという(性格的にも非のうちどころがないような・・・)。そのこと自体が、マリア・カラスの、戦略的勝利なのでしょう。そういうことを考える人だった、ということが、彼女の伝記などを読んだ、自分の実感です。彼女の純粋性を否定するのではなくて、それぐらい「意志的」で「意識的」な方法を好んでいたということです。結局、彼女が多くの人が誉めそやすぐらい素晴らしい人物だったかどうかは、実際には良く分からないことです。一部の映画は彼女を理想的に描きすぎな気もします。

 

過去を美化すること、それ自体は確かに楽しみであります。特に「偉人」などということになれば、なおさらでしょう。しかしそれは当人の実像から離れる可能性も強いように思います。マリア・カラスについても同様のことがいえるように思います。

 

 

しかし・・・です。

 

そんな一見ネガティヴなことをどんなに書き連ねていっても・・・結局、彼女の残した、芸術的な実績、これはもう、非常に確かなもので、否定のしようがないわけです。

 

そして、マリア・カラスの芸術を理解するなんてことは、それは異文化の人間にとってみると大変な作業であって、その価値の理解は難易度が高いのが実情なんだと思います。彼女の残した録音をそれなりに理解するには、相当の努力がいるのだということは、自分にはとてもはっきしています。

 

・・・それに本当の意味では多分・・・自分はその芸術を理解もしていないような気もしています(どうあがいても、最終的に言葉の問題が残ります)。だったら余計なことは書くなということですがね。

 

それでも今日は、自分の感想に基づきながら、カラスの芸術について、過去のブログに書いたことをまとめつつ、新たに少し書いていきたいと思います。

 

 

(↑、ヴィスコンティとカラス。1958年。)

 

彼女の圧倒的な存在感を知りたければ、やはり全盛期のライヴ録音を聴くのが良いと思います。しかし彼女の全盛期は1952年以前で、スタジオに入ったのがその後ですから、全盛期を聴こうと思うと、結局音の悪い放送用の録音などを聴かねばなりません。以前書いたのはメキシコシティでの「アイーダ」(1950)や、「イル・トレヴァトーレ」(1950)のことでした。ここでの彼女は声に圧倒的な威力があって、トロヴァトーレの第1幕のラストの3重唱などほとんど人間離れしています。クルト・バウム、レナード・ウォーレンという素晴らしい歌手と共に、最も強烈に歌い上げているのがマリア・カラスで、ほぼ喧嘩腰ともいえるものがあります。このような優れた男性歌手よりも声が出るということ自体、まるでカストラートの復活とも思えるわけです(彼女は純粋に女性ですけども)。

 

 

(↑、珍しいイタリア製、カラスによるヴェルディ・ライヴ集。)

 

このような録音はフルトヴェングラーやC・クライバーのライヴを聴くのと同種のもので、歴史に刻まれた伝説を聴くのに等しいと考えます。

 

我々はカラスの芸術を録音で確かめるしかなく、舞台の映像もほとんど残っていない状況ですから、どうしても声の全盛期などの問題にぶち当たってしまいます。しかし多分、舞台上では1950年代半ばが彼女の全盛期で、声も壊れすぎず、痩せて演技にも磨きをかけた、絶対的な存在だったといえるのでしょう。ルキノ・ヴィスコンティ演出の舞台など、彼女の絶頂期といってかまわなかったはずです。ダイエットに成功し、演技をも徹底した、歌う美女という印象を聴衆に植え付けたわけです。聴衆たち、彼らは100年に1度ともいえるものを見ていたわけです(その奇跡はわずか5・6年しか続かなかった!)。

 

 

<↑、映画監督のルキノ・ビスコンティが演技を付けたといわれる舞台は録音にも残っています。美意識の高いビスコンティ(男色だったといわれる)はカラスに夢中になって繰り返し手紙を書き、連絡を取ろうとしたそうです。>

 

それでもなお、彼女が世界的なディーヴァとしてその存在を知られるきっかけになったのが、舞台ではなく、1953年からの正式なスタジオ録音ということになります(52年にすでにジョコンダを録音している)。つまりレコードの存在ありき、ということになるわけですね。

 

以下はある書籍からの引用です。

 

「マリア・カラスは6年間に渡ってオペラの世界に新風を吹き込んだ。1953年以降、現代がほとんど忘れ去っていた芸術形式によって、センセーショナルを巻き起こしたのである。1953年2月、彼女はトゥッリオ・セラフィンの指揮による≪ランメルモールのルチア≫を、3月に≪清教徒≫を、8月にプッチーニ≪トスカ≫を、さらにチェトラのためにヴェルディ≪椿姫≫(9月)を録音した。それらの録音は、いわば田舎にとどまっていたカラスの名声を、世界的なものにしてゆく。その名声はオペラ専門家の関心をはるかに超えて広がり、まるで映画スター並みになる。

 

「そもそもわれわれが≪ルチア≫(ランメルモールのルチアのこと)を知ったのは、カラスのレコードによってである。

 

スタジオ録音によって、カラスのルチアはひとつの事件となった。フィレンツェでの録音のちょうど1年後、ヘルベルト・フォン・カラヤンがカラスとともにこの作品をスカラ座で上演し、さらにはベルリンおよびウィーンへの引っ越し公演もおこなったのである。彼女がルチアをロンドン、シカゴ、ニューヨークでも歌い、それらの公演が時にヒステリックなまでのセンセーションを巻き起こしたことは、単にルチアがレパートリーの中心となったのにとどまらず、彼女の名声の象徴にもなったことを意味する。そしてそれもまたレコードに端を発している。」(ユルゲン・ケスティング、「マリア・カラス」。鳴海史生訳。)

 

 

(↑、「ルチア」のオリジナルLP。1953年録音。まだ太っているカラスの写真が印象的です。やはり声が劣化したのは彼女が痩せてしまったせいなのかもしれません。)

 

カラスの歌う「ランメルモールのルチア」のことは以前書きました。現代人がこれをどれぐらい理解できるか分かりません。マッド・シーン(狂乱の場)を中心に聴けばこの曲の芸術的価値は理解出来るように思います。

 

ランメルモールのルチア | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

 

↑、以前書いた、ランメルモールのルチアについての記事です。

 

この「ルチア」をはじめ、マリア・カラスが行ったオペラの業績の1つに、見捨てられていた過去作の復活が挙げられます。彼女は「トスカ」や「椿姫」を得意としましたが、それはヴィオレッタやトスカのような、意志的で芯のある女性像を、徹底的に掘り下げたからで、その方法を用いて、「ルチア」や「ノルマ」、はたまた「メデア」といったほとんど忘れ去られていたような作品を復活させたわけです。しかも「ノルマ」は女性歌手にとって最も負担のかかる演目ともされており、このような難しい作品に新たな命を吹き込んでいったということができます。

 

カラスの声は標準的な意味において、決して綺麗ではありません(あくまで比較論としてです)。彼女はヴェル・カントといわれる歌唱法の達人(日本人のように声を絞るのでなく、めいっぱい横隔膜を広げながら、声量大きめに、声に艶を出しつつも、時に装飾を付けたり、テンポ・アップしたり、必要であれば声を絞ったりも出来るような、高度な歌唱ができるイタリア的歌い方)であり、その技術を駆使し、今までイメージ的に歌われていた各歌劇のヒロインにドラマティックな性格付けができたということです。

 

プッチーニ作品の「トスカ」においても彼女は劇的な効果を持って臨み、それまで歌手では生気の感じられなかった「ノルマ」や「ルチア」にも新たな生命力を吹き込んだのでした。カラスはたった1人で、イタリア・オペラにルネサンスを起こしたといえます。

 

カラスの当たり役はいくつかありますが、「トスカ」、「ノルマ」、「椿姫」のヴィオレッタ、「ルチア」、「メデア」などが挙がるでしょうか。

 

「トスカ」についてはモノラルの旧盤(1953)が古来から名盤といわれます。ここでの重要な役割は「劇的な指揮をする」といわれた指揮者サバタにもあり、セッションであるにもかかわらず、緊張感に満ちた、非常に劇的な録音になっていることが挙げられます。そこにゴッビやカラスなどの名歌手が応えているわけです。

 

 

(↑、「トスカ」のオリジナルLP。トスカという歌劇をスタジオ録音ながら劇的に表現しています。)

 

「椿姫」はジュリーニ盤が名盤(先に書いたビスコンティとの舞台の録音です、1955年録音)といわれますが、レコードで聴く限りカラスでなくては、と思わせるものが必ずしもあるわけでもありません。声だけの話をしてみればむしろ、指揮者が冴えないとはいえ、チェトラ盤の方が余裕があり美しい場面もあります。「椿姫」の決定盤がないのがカラスの痛いところです。

 

「ランメルモールのルチア」については新盤(1957)はステレオでカラスの声が聴けるのが魅力ですが、マッド・シーンは明らかに息切れしているようにも思え、やはり旧盤が素晴らしいと思います。

 

「ノルマ」も旧盤(1954)が優れていると思いますが、新盤(1960)の方も「ルチア」ほどは聴き苦しくないように思え、仮にステレオ録音で彼女の代表盤を1つ選べ、といわれれば自分はこれにしたいと思えますね。

 

 

マリア・カラスによる「ノルマ」。SAXF213-215。フランス盤。

 

 

少し前からカラスの「ノルマ」をステレオ・レコードで聴く、ということを目標にしてきたので、これが聴けたのは嬉しいです。

 

ノルマについては1955年のヴォットによるスカラ座のライヴ、とセラフィンのコンサート形式のライヴ(こちらも1955)が素晴らしいとされています。自分はスカラ座のライヴが聴けてないですが、コンサート形式の方は聴いています。確かにカラスはセッションであると、やたら丁寧になり、躍動感が失われるケースが多いので、ライヴで聴くカラスの躍動感は魅力です。しかも「ノルマ」は異文化の自分が聴くには難易度が高く、難しい作品であったので、セッションよりはライヴが良いとは思いました。

 

「ルチア」のドニゼッティ、あるいは同時代の「ノルマ」のベルリーニ(ここにケルビーニも加えても良いかもしれません)などは聴いていても、聴きどころがつかみにくい恨みがあります。たとえばプッチーニの「トスカ」であれば、ファルネーゼ宮でのトスカとスカルピアのやり取りに「スリル」が感じられない人はいませんし、ヴェルディの「トロヴァトーレ」においても、有名な「ジプシーたちの鍛冶の歌」を聴けば、簡単には忘れられる人はいないでしょう。

 

ところが短時間で1作品をあっという間に書き上げてしまう、ドニゼッティやベルリーニの作品は至純ではありますが、全体に平板で、「音」だけで聴く限り、聴きどころがないようにさえ思えますね(ルチアは別格)。

 

 

<↑、チェチリア・バルトリの歌う「夢遊病の女」(2007、2008)。個人的にベルリーニの音楽を美しいと思った初めての録音です。オリジナル楽器による演奏。>

 

個人的にベルリーニの作品を美しいと思ったのは、古楽器で演奏した「夢遊病の女」を聴いてからです。これで聴く限り、決して難しい音楽でなく、端的でソフトです。そのために演奏する楽器や、歌い手の素が出やすく、その純度が問われるといえます。その点はいくらかバロック音楽とも共通するかもしれません。

 

「ノルマ」はスケールにおいても内容においても、「夢遊病の女」などを遥かに凌ぐ内容で、おそらくはベルリーニ最高の作品でしょう。

 

レコードの音質は充分に素晴らしく、同じ音源をCDで聴いていた時以上の発見があります。何より音の瑞々しさが、この純粋な音楽にふさわしく、豊かな歌い手の声も魅力です。亡くなったマリア・カラスの声を聴くのにはやはり、ステレオ・レコードによる鑑賞が現段階で最善の方法のように思えます。ステレオ時に録音された彼女の録音はほとんど全て、声の劣化を思わせるわけですが、しかしそれでもなお、彼女の生声に近いとすれば、これを避ける手はないのです。

 

こうやって聴いてみると、ベルリーニの音楽は歌い手と管弦楽共に、等しく同等に書かれており、声、あるいは、楽器の音が突出してはみ出すことがない調和に満ちた音楽であることが分かります。管弦楽とカラスやクリスタ・ルードウィッヒの声が透明感あふれる音色で、歌劇全体を覆っていくのが見事です。

 

 

<↑、彼女のキャリアにとって重要な位置を占めた「ノルマ」。ドルイドの巫女として、愛のために自己犠牲を強いられる女性を描きます。難度の高い歌を長時間歌い続ける歌劇で、女性歌手にとって最大の難関の1つともされる作品です。カラス級の天才なくしては成り立たない作品といえます。しかしそんなカラスも1958年の舞台では遂に声が出なくなり(喋ることもできなかったという)、第2幕以降をキャンセルし、一大スキャンダルになりました。>

 

 

マリア・カラスによる「メデア」。SAXF155-157。フランス盤。

 

 

これも長らく無視されてきたオペラで、カラスによって再発見された作品といえます。ケルビーニは生存当時、ベートーヴェンが最も尊敬した作曲家で、ヨーロッパ各地でオペラを作曲していました。しかし、この当時のオペラ同様、ベルリーニなどもそうですが、調和性が高くやや面白みに欠けます。ですから、そこに登場する人物像を印象的に再現できるマリア・カラスの存在が不可欠だったわけです。

 

内容はギリシア神話をもとにしており、自分の子供を生贄にすることもいとわない、女神メデアの復讐劇となっています。女神とはいえ、劇としては人間的な感情が主題となって描かれており、この残酷で恐ろしい存在をどう演じ切るかが問題となります。1953年にマリア・カラスが歌い、現代に復活したとされています。

 

有名なのはバーンスタインが指揮したライヴ録音で、やはりスタジオ録音より躍動感がありますね。1953年5月、フィレンツェでの成功の後、12月に再びスカラ座でかけられた時の記録です。V・グイが不在で、オペラ初指揮のバーンスタインを口説き落としたのはマリア・カラスといわれています。これも伝説的録音といって良いと思います。

 

 

(↑、1953年カラスが初めてメデアを取り上げた年のライヴ録音。バーンスタインの伴奏ということでも際立っています。)

 

レコードは1957年のスタジオでのステレオ録音です。これはコロンビア発売になってますが、元々リコルディ録音でマーキュリーがオリジナルになります(英国コロンビア、オリジナル盤は非常に高価ですが、音質はマーキュリーが当然のように上らしいです)。一応カラスのメデアの代表盤という位置づけだと思います。

 

 

(↑、怨念にかられた恐ろしい女性の役で、男勝りのマリア・カラスにうってつけの作品だったといえます。彼女が主演で映画にもなっています。)

ベートーヴェンが交響曲第9番と同時に作曲していたのが「ミサ・ソレムニス」です。彼自身の「最大の作品」という発言から、この曲の規模が分かろうかというものです(第9ではないということです)。

 

おそらくは彼の大規模音楽において、この作品は第9を超える傑作であり、単純に教会の「ミサ」と比較してもその特異性は明確です。

 

一般の聴衆に対し「公式な訴え」としての第9、彼自身の「内面の深化」としての「ミサ・ソレムニス」というようなことがいわれるようです。

 

 

オットー・クレンペラーの録音(1965,1967)が有名で、これは確かに文句をつけるのが難しいような、それこそ、「荘厳」な演奏です。抑制されていますが、内面に燃える情熱、重厚な構築性、迫力など、圧倒的な満足感を与えてくれる演奏で、「ミサ」としての雰囲気もあります。これを聴くと他の録音で聴くのも、億劫に感じられるほどですね。

 

しかし、これがベートーヴェンの、本当の「ミサ・ソレムニス」の姿かといえば、どうでしょう?

 

以前も少し書きましたが、個人的にはベートーヴェンの演奏について、トスカニーニの演奏を聴くと、新たな啓蒙を受けることが多々あります。

 

 

(↑、アルトゥ―ロ・トスカニーニ。20世紀の2大巨匠といって良い存在です。フルトヴェングラー同様、本当の意味で、ベートーヴェンの音楽からその本質を表現できる数少ない存在でした。オットー・クレンペラーにいわせると「指揮者の王」であったということです。)

 

アルトゥ―ロ・トスカニーニの演奏こそ、直接的で、ストレートな表現は、まさにベートーヴェンの望むような演奏スタイルではなかったでしょうか?そのトスカニーニでこのミサ・ソレムニスを聴くと(1953)、単純に「ミサ」という以上の、ベートーヴェン自身の人間的感情を聴くことができます。

 

音楽の大家たちの作品、例えば、ヴェルディやモーツアルトのレクイエムなど、こうした宗教音楽には作曲家自身の感情が反映するものです。

 

クレンペラーの厳かな雰囲気というのは、幾分かの「抑制」を感じさせましたが、トスカニーニは「抑制」という言葉など眼中になく、この曲の持つ輝かしいまでの迫力と、強靭さを確固たる統一感のもとで再現していきます。するとそこに現れてくるのは、ベートーヴェンの持つ英雄的な気概、そしてそこに漲るのは、「我の正当なる正義」という生々しい感情です。ベートーヴェンはこの曲において、「ミサ」としての側面と、自分自身の正義感を融合させることに成功しており、ヒロイックなまでの感情が時として表現されています(しっとりした、バッハのロ短調と何という違いでしょう!)。

 

こういった内容こそが、本来ベートーヴェンが望んだ、この曲の本懐だったのではないでしょうか。


ただトスカニーニの録音はモノラルですので、同じ傾向のものをステレオで聴きたいものです。

 

そして後に、トスカニーニ流の、この傾向をステレオ録音で引き継ぐのが(ミサ・ソレムニスについて)、ヘルベルト・フォン・カラヤンです。

 

 

どうも彼はこの曲を5度にわたって録音しているようです。しかし自分が聴いたのは一番最後に録音した85年盤と一番初めの58年盤だけです。

 

 

エテルナ、825558-825559。

 

 

アナログ盤で聴こうと思うと、どうしても音質の落ちるグラモフォン盤は避けたい気がします。1958年盤は英国製のモノラル録音があったのをショップで見ているので、多分SAX盤と呼ばれる高額なステレオレコードが存在しているのだと思っていたのですが、英国製は存在しないとのこと。ステレオ録音にもかかわらず、モノラルでしか発売されていない、そういう変わった例がいくつかあるらしいです。しかしドイツ、フランス、日本製ではステレオが存在し、こういう事実が話をややこしくします。自分は安価でエテルナを発見したので購入しましたが、外国製の音を好むならドイツ製かフランス盤のオリジナルが本命でしょうか。日本製もイギリスメタルを使い、コロンビアのアミコロマークのスタンパーで、魅力があります(それなりの価格のようです)。カラヤンは「ミサ・ソレムニス」を、EMIには74年に再び録音しているので、英国製ならそちらでいいのかもしれません。

 

 

85年はウィーン・フィルをドライブし、濃厚で整然としたカラヤン晩年のスタイルです。それに比べると58年盤はフィルハーモニアを使い、もっと率直で迫力があります。久ぶりに聴いたのですが、本当に素晴らしい演奏だと思いました。感動します。

 

エテルナのレコードでやや音の輪郭はモヤっとするものの、腹から出るような音の迫力、重厚な響きは素晴らしく、本当に良い曲だと思わせます。グローリアの輝かしい音形!それは光り輝くベートーヴェンの姿を垣間見るようです。イエスの受肉の官能的な表現も、ベートーヴェンならではの描写的な筆致の素晴らしさ。

 

時にはテンポを落としつつ、ベートーヴェンの音楽に内部に潜む彼の心情をカラヤンは明確に表現していきます。こうして聴くと確かに、「ベートーヴェンの内面の深化」、とも呼ばれるようなところもありますが、実はもっと訴える力に満ちた、まるで彼の交響曲のような性格も持った音楽であることがはっきりします。「ミサ・ソレムニス」こそは、単純なミサを超えた、いうなれば本当に意味での、ベートーヴェンの「交響曲第10番」のような性質を持ち合わせているとしか思えません。

 

カラヤンの「ミサ・ソレムニス」はクレンペラー盤の陰に隠れて評価が薄いような気がしますが、決してそんなことはないと思います。

 

 

カラヤンの演奏するバッハのミサ曲ロ短調(1952)。33CX1121-33CX1123。

 

 

新盤の方は聴いてません。これはモノラルの旧盤ですね。

 

この録音については詳しく書いてあるブログがありますので、興味がある人はそちらを探してください(アメブロではありません)。

 

オーケストラはウィーン交響楽団とフィルハーモニアを用い、ドイツとイギリスで録音されています。カラヤンは70回に及ぶリハーサルを行ったそうですが、録音当日敗血症に倒れ、横になりながら指揮を執ったといいます。カラヤンは録音に関する逸話の多い人ですが、大概やり通してしまうのは、彼の仕事人間としての性でしょうか。

 

人によっては名盤という人もいるようです。シュワルツコップ、ゲッダなどの歌唱が聴け、デニス・ブレインなどの名演奏家などが参加しています。

 

これも晩年とは違う率直な指揮ぶりで、彼の人間としての感情が素直に出ているように思います。ソフトでウォームな感情表現があります。しかし、そこは確かに魅力なのですが、全体の表現自体、個人的にはちょっと弱い気もしています。彼ならもっと効果を狙うこともありますから。

 

オーソドックスな演奏で、これはこれで充分というべきかもしれませんが。

 

 

セバスティアン・バッハのマタイ受難曲。バッハの、プロテスタントとしての、キリストに対する態度が良く表れている曲で、人によってはクラシック史上最高の作品という人もいます。

 

原始キリスト教がどのようなものであったかは分かりません。初期の使徒教会が破壊されたのは、コンスタンティヌス帝が開いた二ケア公会議(4世紀ごろ)とアナスタシオス信条、そして、そこに持ち込まれたトリニティ(三位一体説)によると、スウェーデンボルグは述べています(神は本来分離しないということです。一応、一体とはいっていますが。同時に使徒教会と呼ばれる初期のキリスト教にはそのような考えは全くなかった、とのこと。聖書はかなり書き換えがあると思われます。現代仏教が、ゴーダマの教えから遠いように、現代のキリスト教が、イエスの教えに近いと考えるのは、自分にとってかなり困難です)。

 

またタイ・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」ではキリストには妻も子もおり、その子孫が今も生きているというものでした。こうした意見は当然「異端視」されますが、その異端が真実であるケースは世の中珍しくもありません。

 

権威主義は宗教本来の姿からは遠いといえましょう。

 

 

しかし、セバスティアン・バッハは、聖書に書かれてあるように、「人類の罪をかぶるキリスト」に最大限の同情を寄せており、その音楽的な感動は比類がありません。

 

近代的な知性とは遠い時代の話です。バッハが心から、その純真な気持ちを持って、聖書に向き合うことに何の異論もありません。

 

 

過去の音源はいくつかあります。まずはCDからです。

 

有名なのはウィレム・メンゲルベルグの録音(1939)、カール・リヒターの旧盤など。今さら自分が書くのもなんですが、メンゲルベルグはまさに歴史的な録音で、大オーケストラを使い、劇的な効果を狙った、今の時代、絶対にやらない演奏です。聴衆のすすり泣きさえきこえます。個人的には1度LPで聴いてみたいと考えている録音です。

 

カール・リヒターの演奏(1958)はモダン楽器を使ったステレオ録音のお手本的なもので、多分初めてこの曲を聴く人の多くはこれを聴くのだろうと思います。ここには抑制されていますが、確かな感動があります(オリジナルLPはものすごく高価です)。

 


(↑、リヒター盤。この曲のオーソドックスな名演だと考えられています。)

 

最近はピリオド楽器でバロックを演奏するのが主流で、実際古楽器を使うとバロック音楽は見違えるような瑞々しい響きになります。その流れで有名なのはガーディナー(1988)やアーノンクール(2000)でしょうか。両方とも名演で、古楽器の美しさが味わえる演奏ですが、ガーディナーはやや優等生的で骨っぽいですね。アーノンクールのほうが自然に聴こえます。この辺は好みでしょう。

 


(↑、アーノンクール盤。10年以上前、レコード屋で試聴した時、古楽器の音色の美しさに感動したのを覚えています。瑞々しい生命力が感じられます。)

 

カラヤンの録音(1972,1973)も面白いですが、これは彼にしては合唱が粗く(彼の演奏した、パルシファルやトゥーランドットを聴くと、どうしても落ちる気がします)、惜しいものがあります。その辺がクリアされていれば甘美な名盤になった可能性がある録音です。有名な歌手が揃って録音できる日を求めたために、何とバラバラの日付で、27回にも分けて録音してますから、原因はそこらにある気もします。

 


(↑、カラヤン盤。フィッシャー・ディースカウ、シュライヤー、ヤノヴィッツ、ルードヴィッヒ、ベリーという豪華メンバーのため、スケジュールを合わせるのが難しかったのではないかと、柴田南雄氏は述べています。スケールは大きく、第1曲目から劇性をともない、流麗なレガートを駆使した甘美な演奏が繰り広げられます。)

 

他にはミシェル・コルボ(1982)の優しい宗教性に満ちた演奏なども面白いです。

 

次はLPです。

 

 

ルドルフ・マウエルスベルガーによる「マタイ受難曲」(1970)。ED2。

 

 

エテルナ、826142-826144。

 

旧東ドイツの聖歌隊が総力を挙げて録音した名盤とされています。シュライアーやテオ・アダムが参加していますね。マウエルスベルガーは兄弟で宗教音楽の演奏家でした。兄ルドルフ(1889-1971)はドレスデン十字架教会のクロイツ・カントル、弟エアハルト(1903-1982)はライプツィヒ・トーマス・カントルとして2つの聖地を守った指揮者だそうです。

 

このマタイは2人の共作とされます。

 

↑、ルドルフ・マウエルスベルガー。

 

表現はリヒター盤に近く、滔々と流れる感動があります。こちらのほうがリヒターに比べあっさりしており、力みがありません。響きも軽く清澄です。いうなれば「リヒターの方が力強い」、という感じでしょうか。しかし、リヒターよりこちらのほうが良いという人も多いと思います。

 

リヒター盤と比べて遜色があるとは思いません。構えない、純粋な美しさがあります。名演です。

 

 

オットー・クレンペラーによる演奏(1960、1961)。SAX2446-2450。

 

 

これも有名すぎる演奏ですが、昔から自分は苦手でした。CDで聴こうと何度もチャレンジしてきましたが大変なスローテンポで、もたれて最終的に飽きてしまいます。

 

今回はアナログ・レコードによります。

 

しかし、このレコード、オリジナル盤(ED1,ブルーシルバーと呼ばれるコロンビアのレコード)は大変高価です。マリア・カラスのノルマ、E・クライバーのフィガロなどと同様で、値段の話をして恐縮ですが、5、6万円はするので、さすがに断念しました。自分はED3です。これだと値段が10分の1になります。ED2だと4分の1とか5分の1です。

 

ただ、当然問題もあって、この手のレコードはグレードが下がると音の「艶」が目に見えて落ちていきます。特にオリジナル(ED1)とED2(決して悪い音ではない)との差は相当で、オリジナルを聴いてしまうと、あの独特の(人工的といえるかもしれないです)響きの魅力は抗しがたいものがあります。これも本当に不思議な話で、現代のLPでもあれぐらいの魅力を発揮するレコードというものはないのですね。本当に何でだろうと思います。

 

アンドレ・クリュイタンス、カルロ・マリア・ジュリーニなどレコードで聴くとCDで聴いていた時の印象と全く変わってしましますが、このクレンペラーもそうです。

 

CDでは音の角が立って、ゴリゴリとした演奏に聴こえますが、アナログ盤になると音の角は弱くなり、音の透明度も増します。厳しい強靭さがクレンペラーの売りだと思っていたのですが、そういう感じも弱くなります。

 

このマタイも、ごつごつした感じが弱くなったせいで随分聴きやすくなりました。音質は常識的な感じで鑑賞には充分ですが、オリジナルだとどう響くんだろうと考えながら聴くのは、ちょっと残念ではあります。

 

今さらながらですが、厳粛、荘厳さを極めた演奏で、コーラスのここぞという時の圧倒的な迫力などは比類がなく、独特のスローテンポも後半の劇的なシーンに近づくにつれ、効果が半端ありません。涙無しには聴けない雰囲気となっていきます。オットー・クレンペラーの遺産の1つともいわれる意味も分かろうというものです。

 

 

クレンペラーという指揮者の偉大さを感じる演奏なのは間違いがなく、音による巨大な建築物を作り上げていく作業にも例えられましょう(LP9面も使う巨大さです)。