最近の世の中のゴタゴタはあまり追ってないです。簡単にチェックはしてます。
お盆休みになったんですが、今年は旅行はダメそうですね。東南アジアのビーチに行きたかったんですけどね。

他の人のブログを読むんですが、カラヤンぐらいであれば演奏の話なんかも良く書いてあることが多く、面白いです。しかし、マリア・カラスになるとダイエットの話や、映画の話、あるいは恋の話とかが圧倒的に多いですね。実際そこここで、ブログで書かれている程度に話題になるほど、彼女の録音自体が聴かれているかといえば、そうではないんでしょう。多分聴いても分からない、ということが事実なのだと思います。自分は暇なのでちょっと聴いたりしますけど。
実際聴くといっても、彼女の歌は理詰めで、筋張っています。歌劇をムードで楽しむ人には、これは面白くないわけです。カラヤンのように大衆性を意識させるような芸術ではなく、劇とそのキャラクターの性格を、仮借なく徹底的に彫り込んでいくところに、彼女の真骨頂があるわけです。それはまるでギュンター・ヴァントの・・・詰めの強い、指揮のようです。そこに息苦しさや、圧迫感を感じる人は多いはずです。時には金切り声も聴かなければなりません。しかし、そこを理解しない限りは、いつまでも彼女の容姿を見つめるだけのことになります。
女性の方が、彼女に憧れるんだろうと思います。それは出回っている多くの写真のせいでしょう。内容と外見の一致だと思っているわけですね。つまり大芸術家が、その偉大さと共に、容姿そのものになっているという(性格的にも非のうちどころがないような・・・)。そのこと自体が、マリア・カラスの、戦略的勝利なのでしょう。そういうことを考える人だった、ということが、彼女の伝記などを読んだ、自分の実感です。彼女の純粋性を否定するのではなくて、それぐらい「意志的」で「意識的」な方法を好んでいたということです。結局、彼女が多くの人が誉めそやすぐらい素晴らしい人物だったかどうかは、実際には良く分からないことです。一部の映画は彼女を理想的に描きすぎな気もします。
過去を美化すること、それ自体は確かに楽しみであります。特に「偉人」などということになれば、なおさらでしょう。しかしそれは当人の実像から離れる可能性も強いように思います。マリア・カラスについても同様のことがいえるように思います。

しかし・・・です。
そんな一見ネガティヴなことをどんなに書き連ねていっても・・・結局、彼女の残した、芸術的な実績、これはもう、非常に確かなもので、否定のしようがないわけです。
そして、マリア・カラスの芸術を理解するなんてことは、それは異文化の人間にとってみると大変な作業であって、その価値の理解は難易度が高いのが実情なんだと思います。彼女の残した録音をそれなりに理解するには、相当の努力がいるのだということは、自分にはとてもはっきしています。
・・・それに本当の意味では多分・・・自分はその芸術を理解もしていないような気もしています(どうあがいても、最終的に言葉の問題が残ります)。だったら余計なことは書くなということですがね。
それでも今日は、自分の感想に基づきながら、カラスの芸術について、過去のブログに書いたことをまとめつつ、新たに少し書いていきたいと思います。

(↑、ヴィスコンティとカラス。1958年。)
彼女の圧倒的な存在感を知りたければ、やはり全盛期のライヴ録音を聴くのが良いと思います。しかし彼女の全盛期は1952年以前で、スタジオに入ったのがその後ですから、全盛期を聴こうと思うと、結局音の悪い放送用の録音などを聴かねばなりません。以前書いたのはメキシコシティでの「アイーダ」(1950)や、「イル・トレヴァトーレ」(1950)のことでした。ここでの彼女は声に圧倒的な威力があって、トロヴァトーレの第1幕のラストの3重唱などほとんど人間離れしています。クルト・バウム、レナード・ウォーレンという素晴らしい歌手と共に、最も強烈に歌い上げているのがマリア・カラスで、ほぼ喧嘩腰ともいえるものがあります。このような優れた男性歌手よりも声が出るということ自体、まるでカストラートの復活とも思えるわけです(彼女は純粋に女性ですけども)。

(↑、珍しいイタリア製、カラスによるヴェルディ・ライヴ集。)
このような録音はフルトヴェングラーやC・クライバーのライヴを聴くのと同種のもので、歴史に刻まれた伝説を聴くのに等しいと考えます。
我々はカラスの芸術を録音で確かめるしかなく、舞台の映像もほとんど残っていない状況ですから、どうしても声の全盛期などの問題にぶち当たってしまいます。しかし多分、舞台上では1950年代半ばが彼女の全盛期で、声も壊れすぎず、痩せて演技にも磨きをかけた、絶対的な存在だったといえるのでしょう。ルキノ・ヴィスコンティ演出の舞台など、彼女の絶頂期といってかまわなかったはずです。ダイエットに成功し、演技をも徹底した、歌う美女という印象を聴衆に植え付けたわけです。聴衆たち、彼らは100年に1度ともいえるものを見ていたわけです(その奇跡はわずか5・6年しか続かなかった!)。

<↑、映画監督のルキノ・ビスコンティが演技を付けたといわれる舞台は録音にも残っています。美意識の高いビスコンティ(男色だったといわれる)はカラスに夢中になって繰り返し手紙を書き、連絡を取ろうとしたそうです。>
それでもなお、彼女が世界的なディーヴァとしてその存在を知られるきっかけになったのが、舞台ではなく、1953年からの正式なスタジオ録音ということになります(52年にすでにジョコンダを録音している)。つまりレコードの存在ありき、ということになるわけですね。
以下はある書籍からの引用です。
「マリア・カラスは6年間に渡ってオペラの世界に新風を吹き込んだ。1953年以降、現代がほとんど忘れ去っていた芸術形式によって、センセーショナルを巻き起こしたのである。1953年2月、彼女はトゥッリオ・セラフィンの指揮による≪ランメルモールのルチア≫を、3月に≪清教徒≫を、8月にプッチーニ≪トスカ≫を、さらにチェトラのためにヴェルディ≪椿姫≫(9月)を録音した。それらの録音は、いわば田舎にとどまっていたカラスの名声を、世界的なものにしてゆく。その名声はオペラ専門家の関心をはるかに超えて広がり、まるで映画スター並みになる。」
「そもそもわれわれが≪ルチア≫(ランメルモールのルチアのこと)を知ったのは、カラスのレコードによってである。
スタジオ録音によって、カラスのルチアはひとつの事件となった。フィレンツェでの録音のちょうど1年後、ヘルベルト・フォン・カラヤンがカラスとともにこの作品をスカラ座で上演し、さらにはベルリンおよびウィーンへの引っ越し公演もおこなったのである。彼女がルチアをロンドン、シカゴ、ニューヨークでも歌い、それらの公演が時にヒステリックなまでのセンセーションを巻き起こしたことは、単にルチアがレパートリーの中心となったのにとどまらず、彼女の名声の象徴にもなったことを意味する。そしてそれもまたレコードに端を発している。」(ユルゲン・ケスティング、「マリア・カラス」。鳴海史生訳。)

(↑、「ルチア」のオリジナルLP。1953年録音。まだ太っているカラスの写真が印象的です。やはり声が劣化したのは彼女が痩せてしまったせいなのかもしれません。)
カラスの歌う「ランメルモールのルチア」のことは以前書きました。現代人がこれをどれぐらい理解できるか分かりません。マッド・シーン(狂乱の場)を中心に聴けばこの曲の芸術的価値は理解出来るように思います。
ランメルモールのルチア | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)
↑、以前書いた、ランメルモールのルチアについての記事です。
この「ルチア」をはじめ、マリア・カラスが行ったオペラの業績の1つに、見捨てられていた過去作の復活が挙げられます。彼女は「トスカ」や「椿姫」を得意としましたが、それはヴィオレッタやトスカのような、意志的で芯のある女性像を、徹底的に掘り下げたからで、その方法を用いて、「ルチア」や「ノルマ」、はたまた「メデア」といったほとんど忘れ去られていたような作品を復活させたわけです。しかも「ノルマ」は女性歌手にとって最も負担のかかる演目ともされており、このような難しい作品に新たな命を吹き込んでいったということができます。
カラスの声は標準的な意味において、決して綺麗ではありません(あくまで比較論としてです)。彼女はヴェル・カントといわれる歌唱法の達人(日本人のように声を絞るのでなく、めいっぱい横隔膜を広げながら、声量大きめに、声に艶を出しつつも、時に装飾を付けたり、テンポ・アップしたり、必要であれば声を絞ったりも出来るような、高度な歌唱ができるイタリア的歌い方)であり、その技術を駆使し、今までイメージ的に歌われていた各歌劇のヒロインにドラマティックな性格付けができたということです。
プッチーニ作品の「トスカ」においても彼女は劇的な効果を持って臨み、それまで歌手では生気の感じられなかった「ノルマ」や「ルチア」にも新たな生命力を吹き込んだのでした。カラスはたった1人で、イタリア・オペラにルネサンスを起こしたといえます。
カラスの当たり役はいくつかありますが、「トスカ」、「ノルマ」、「椿姫」のヴィオレッタ、「ルチア」、「メデア」などが挙がるでしょうか。
「トスカ」についてはモノラルの旧盤(1953)が古来から名盤といわれます。ここでの重要な役割は「劇的な指揮をする」といわれた指揮者サバタにもあり、セッションであるにもかかわらず、緊張感に満ちた、非常に劇的な録音になっていることが挙げられます。そこにゴッビやカラスなどの名歌手が応えているわけです。

(↑、「トスカ」のオリジナルLP。トスカという歌劇をスタジオ録音ながら劇的に表現しています。)
「椿姫」はジュリーニ盤が名盤(先に書いたビスコンティとの舞台の録音です、1955年録音)といわれますが、レコードで聴く限りカラスでなくては、と思わせるものが必ずしもあるわけでもありません。声だけの話をしてみればむしろ、指揮者が冴えないとはいえ、チェトラ盤の方が余裕があり美しい場面もあります。「椿姫」の決定盤がないのがカラスの痛いところです。
「ランメルモールのルチア」については新盤(1957)はステレオでカラスの声が聴けるのが魅力ですが、マッド・シーンは明らかに息切れしているようにも思え、やはり旧盤が素晴らしいと思います。
「ノルマ」も旧盤(1954)が優れていると思いますが、新盤(1960)の方も「ルチア」ほどは聴き苦しくないように思え、仮にステレオ録音で彼女の代表盤を1つ選べ、といわれれば自分はこれにしたいと思えますね。

マリア・カラスによる「ノルマ」。SAXF213-215。フランス盤。

少し前からカラスの「ノルマ」をステレオ・レコードで聴く、ということを目標にしてきたので、これが聴けたのは嬉しいです。
ノルマについては1955年のヴォットによるスカラ座のライヴ、とセラフィンのコンサート形式のライヴ(こちらも1955)が素晴らしいとされています。自分はスカラ座のライヴが聴けてないですが、コンサート形式の方は聴いています。確かにカラスはセッションであると、やたら丁寧になり、躍動感が失われるケースが多いので、ライヴで聴くカラスの躍動感は魅力です。しかも「ノルマ」は異文化の自分が聴くには難易度が高く、難しい作品であったので、セッションよりはライヴが良いとは思いました。
「ルチア」のドニゼッティ、あるいは同時代の「ノルマ」のベルリーニ(ここにケルビーニも加えても良いかもしれません)などは聴いていても、聴きどころがつかみにくい恨みがあります。たとえばプッチーニの「トスカ」であれば、ファルネーゼ宮でのトスカとスカルピアのやり取りに「スリル」が感じられない人はいませんし、ヴェルディの「トロヴァトーレ」においても、有名な「ジプシーたちの鍛冶の歌」を聴けば、簡単には忘れられる人はいないでしょう。
ところが短時間で1作品をあっという間に書き上げてしまう、ドニゼッティやベルリーニの作品は至純ではありますが、全体に平板で、「音」だけで聴く限り、聴きどころがないようにさえ思えますね(ルチアは別格)。

<↑、チェチリア・バルトリの歌う「夢遊病の女」(2007、2008)。個人的にベルリーニの音楽を美しいと思った初めての録音です。オリジナル楽器による演奏。>
個人的にベルリーニの作品を美しいと思ったのは、古楽器で演奏した「夢遊病の女」を聴いてからです。これで聴く限り、決して難しい音楽でなく、端的でソフトです。そのために演奏する楽器や、歌い手の素が出やすく、その純度が問われるといえます。その点はいくらかバロック音楽とも共通するかもしれません。
「ノルマ」はスケールにおいても内容においても、「夢遊病の女」などを遥かに凌ぐ内容で、おそらくはベルリーニ最高の作品でしょう。
レコードの音質は充分に素晴らしく、同じ音源をCDで聴いていた時以上の発見があります。何より音の瑞々しさが、この純粋な音楽にふさわしく、豊かな歌い手の声も魅力です。亡くなったマリア・カラスの声を聴くのにはやはり、ステレオ・レコードによる鑑賞が現段階で最善の方法のように思えます。ステレオ時に録音された彼女の録音はほとんど全て、声の劣化を思わせるわけですが、しかしそれでもなお、彼女の生声に近いとすれば、これを避ける手はないのです。
こうやって聴いてみると、ベルリーニの音楽は歌い手と管弦楽共に、等しく同等に書かれており、声、あるいは、楽器の音が突出してはみ出すことがない調和に満ちた音楽であることが分かります。管弦楽とカラスやクリスタ・ルードウィッヒの声が透明感あふれる音色で、歌劇全体を覆っていくのが見事です。

<↑、彼女のキャリアにとって重要な位置を占めた「ノルマ」。ドルイドの巫女として、愛のために自己犠牲を強いられる女性を描きます。難度の高い歌を長時間歌い続ける歌劇で、女性歌手にとって最大の難関の1つともされる作品です。カラス級の天才なくしては成り立たない作品といえます。しかしそんなカラスも1958年の舞台では遂に声が出なくなり(喋ることもできなかったという)、第2幕以降をキャンセルし、一大スキャンダルになりました。>

マリア・カラスによる「メデア」。SAXF155-157。フランス盤。

これも長らく無視されてきたオペラで、カラスによって再発見された作品といえます。ケルビーニは生存当時、ベートーヴェンが最も尊敬した作曲家で、ヨーロッパ各地でオペラを作曲していました。しかし、この当時のオペラ同様、ベルリーニなどもそうですが、調和性が高くやや面白みに欠けます。ですから、そこに登場する人物像を印象的に再現できるマリア・カラスの存在が不可欠だったわけです。
内容はギリシア神話をもとにしており、自分の子供を生贄にすることもいとわない、女神メデアの復讐劇となっています。女神とはいえ、劇としては人間的な感情が主題となって描かれており、この残酷で恐ろしい存在をどう演じ切るかが問題となります。1953年にマリア・カラスが歌い、現代に復活したとされています。
有名なのはバーンスタインが指揮したライヴ録音で、やはりスタジオ録音より躍動感がありますね。1953年5月、フィレンツェでの成功の後、12月に再びスカラ座でかけられた時の記録です。V・グイが不在で、オペラ初指揮のバーンスタインを口説き落としたのはマリア・カラスといわれています。これも伝説的録音といって良いと思います。

(↑、1953年カラスが初めてメデアを取り上げた年のライヴ録音。バーンスタインの伴奏ということでも際立っています。)
レコードは1957年のスタジオでのステレオ録音です。これはコロンビア発売になってますが、元々リコルディ録音でマーキュリーがオリジナルになります(英国コロンビア、オリジナル盤は非常に高価ですが、音質はマーキュリーが当然のように上らしいです)。一応カラスのメデアの代表盤という位置づけだと思います。

(↑、怨念にかられた恐ろしい女性の役で、男勝りのマリア・カラスにうってつけの作品だったといえます。彼女が主演で映画にもなっています。)