自分が感じていること |  ヒマジンノ国

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あまり書きたくないことを書きます。最近は感じたことを黙っておくと、心苦しさを感じることが多いので、やむを得ず、ブログにちょっと書き残しておきます。

 

安部政権も7・8年ぐらいになるんですかね。憲法改正が悲願とかいわれていましたけど、結局できませんでした。議席も相当持っていたと思いますけど。

 

憲法改正についてはやって良いと思ってますが、自民党案には反対です。結局彼らの考えは第2次世界大戦時の、明治憲法の解釈に近く、国民を縛ろうとするものに、自分には思えるからです(明治憲法といっても一様に運用されたのではなく、時代ごとの差がある)。憲法学者の樋口陽一氏によると、おそらくは1935年ぐらいから1945までの10年間ぐらいの時代のものを目指しているのでは、ということらしいですね(「憲法改正の真実」樋口陽一、小林節)。「統帥権の独立」という軍部の勝手な言い分によって、戦争を続行させられた時代に彼らは戻したいんでしょう(必ずしも戦争をしたい、ということではなく、支配の仕組みとして、です。それが日本人の本来のメンタリティーだとしたいのだと思います)。本来憲法は「国家権力を管理する最高法規」という位置づけでなければと思います。

 

 

↑、以前は小林節氏も自民党の改憲派に名を連ねていました。しかし今では右派からはパヨク呼ばわりされています。深夜の討論番組でも自民党側について発言していたのを思い出します。しかしなぜああも急変したのか、この本を読んでいて良く分かりました。

 

「改憲マニアの世襲議員たちは、戦前の明治憲法の時代に戻りたくて仕方がない。だから、明治憲法のように古色蒼然とした、近代憲法から逸脱したこんな草案を出してきた。旧体制への回帰こそが、この草案の正体です。」

 

と小林氏はかなりはっきり述べています。自民党内で発言していた彼の正直な感想だと思います。自民党議員は初めから学者の意見など聞く耳を持っていなかったようです。初めに目的ありき、ということでしょう。

 

現行憲法と自民党案との論点はこの本を読むと分かりやすいと思いました(少し時間が経っていますので、国際情勢を含む論説はやや隔たりがある部分もあります)。

 

しかし、ああも大胆な失敗を重ねた、時代への憧憬というのは理解に苦しみます。対外戦争に負けた時代でもあり、人権に苦しんだ時代でもあり、言論の自由などの圧迫もありました。個人的にはまともな時代には見えないような気がしていますね。

 

自民党案で改憲したい者たちは、「基本的人権」が天賦人権として与えられているがために、無効だといいたいようです(13条の条文)。人権というのは常に「程度」問題であって、「絶対性」と「現実」との間での軋轢から生まれるのは確かです。しかし「基本的人権」がない、というのは飛躍が過ぎます。それに近い観念は日本人にもあります。

 

彼らの目指すところは「明治憲法(大日本帝国憲法)」の復刻、あるいはそれに近しい憲法の制定になると思います。

 

明治憲法はいわゆる「天皇主権」で、今の「国民主権」の「日本国憲法」とは随分違うわけです(平和主義、主権在民、基本的人権の尊重)。「権利」(主権)が我々民衆にではなく「天皇」にあるということになります。当然「基本的人権」は天皇の権限で制限が可能でした(天賦人権としての人権はないということ)。

 

今日、西洋の自由と平等という概念から、個人主義が日本に入ってきたのは確かで、そのせいで国家がまとまりに欠く、というのは一理あります。しかし、この自民党草案にあるように、個人の信条や道徳にまで踏み込んで憲法に書き記すのは、さすがにおかしいと思います(第24条の家族や婚姻などに関する、自民党案の記述など)。憲法は国民を縛るのでなく、権力を縛るものだからです。道徳などは別の分野でやるべきです。だから信用できないわけです(現行憲法での、2重国籍問題など、野党はもっとひどいかもしれませんが。今の野党ほど、欧米の個人主義の悪い面に、毒されている人たちはいないのかもしれません)。

 

個人的に「明治維新」は西洋に習い、どこか絶対君主制に近い国家体制を作り上げたと思っています(樋口氏は明治憲法が当時の人たちの立憲主義によった、決して悪くない憲法だとしています。ただ個人的にはその内部には全体主義につながる危ないポイントが存在していたのも、また確かなように思われます)。明治憲法にはそれが反映されていて、時の権力者たちが、自分らの革命を正当化するために、「天皇」という存在を担ぎ出した部分があると考えています。実際「皇室」は世俗的な権力者というよりは、本来「宗教的な祭儀」を司る存在っだのでは?と思います。それを無理やり「天皇主権」などといって、世俗の政治的な決定権までやらせようというのが、そもそもの間違いなのではとも思います。

 

山本七平は次のように書いています。

 

<私が言うのは「朝廷・幕府併存」という不思議な政治体制である。これは700年以上つづいたわけだから日本の歴史の大部分は、この制度の下にあったといえる。これは一体、だれのアイデアなのだろう。考えてみれば不思議である。しかしこの独創的な政治制度も、戦前は「わが国の国体にもとる」ものとされ、あの軍人勅諭では、「世のさま移り変わりてかくなれるは人の力もて引き返すべきにはあらねど」も、まことに「あさましき次第なりき」とされていて、出来ることなら消してしまいたい事態だとされている。かわって戦後ともなると、何もかもいっしょにして「封建的」の一言で片づけられ、この不思議な制度は、常に無視され、黙殺されているのである。

 

朝廷・幕府の併存とは、一種の2権分立といえる。朝廷がもつのは祭儀・律令権とも言うべきもので、幕府が持つものは行政・司法権とも言うべきものがあろう。統治には、一種の宗教的な祭儀が不可欠であることは、古今東西を問わぬ事実である。>

 

<祭儀権と行政権は分立させねば独裁者が出てくる。この危険を避けるため両者を別々の機関に掌握させ、この期間を平和裏に併存させるのが良い、と考えた最初の人間は、ユダヤ人の預言者ゼカリアであった。近代的な3権分立の前に、まず、2権の分立があらねばならない。2権の分立がない所で、形式的に3権を分立させても無意味である。それがいかに無意味かはソヴィエトの多くの裁判を振りかえってみれば明らかであろう。西洋の中世において、このことを早くから主張したのはダンテである。彼は、この2権分立を教権と帝権、すなわち法皇と皇帝の併存という形に求めた。法皇は一切の俗権が停止されねばならぬ。皇帝は法皇に絶対に政治的圧力を加えてはならぬ。そして両者が両輪のごとくになって、新しい帝国が運営されるべきと考えた。だがダンテの夢は夢で終わった。彼が、日本の朝廷・幕府制度のことを知ったら、羨望のあまり、溜息をついたであろう。>(「日本人とユダヤ人」、山本七平著)

 

明治憲法は山本のいうような、「法皇」と「皇帝」とを、一緒くたにして、「天皇」の権利に与えてしまったといえます。それでもいわゆる美濃部達吉の「天皇機関説」が糾弾されるまでは、比較的順調な国家運営がされていたのかもしれません。運用次第では明治憲法も必ずしも悪用はされなかった、ということでもあるかと思います。

 

しかし、その後一部の人々によって、「天皇」は神権を持つ存在とされ、より権力化されたといえます。

 

それでもなお、実際に「天皇」そのものに権力があったかどうかは、疑問でもあります。何事にも最高権力である「天皇」が口をはさみ、仮にもし、その意見が間違ったりしたならば、「天皇」の威光に傷がつくわけで、それは絶対に避けねばいけません。ですから「天皇」自体が政治に発言すること事態、非常に限られてくるわけで、結果他の機関が作ってきた政策を認めるか、認めないかという程度の、意思決定しかできない感じになるわけです。「君臨すれども統治せず」という感じになっていくわけです。

 

ところが宗教と政治を結びつけてしまった結果、実際の権力者である「天皇」ではなく、それ以外の政治や軍事に関わる者たちが、日本の根本的な「宗教」をも代表するような状態になっていったわけです(本来もっと世俗的な存在であったはずです)。こうなってくると誰が本当に「偉い存在」なのか分からなくなっていきます。ここに政教一致の怖さがあります。

 

「天皇陛下のため」とか「国体のため」、「お国のため」などと権力者が言い出せばこれを止める人は、それこそ「天皇陛下」ぐらいしかいなくなってしまいます。それ故に「天皇」はむしろ被害者ともいえるわけだと思います。

 

実際「祭儀」などに関わらない存在が、政教を一致させてしまったために、俗世の人間の「気位」ばかりを大きくする羽目になった、とはいえないでしょうか。口では「天皇陛下万歳」とか「国体のため」といいますが、実際は自分の「理想」のためでは(当然これも社会的地位によって変わってくるとは思います。)?

 

結局、観念的な「宗教性」と世俗的な「現実性」との区別を取っ払ってしまったために、どこまでも民衆の底辺が、最高位の「天皇」という存在に近づいたということです。物事の論理性の崩壊です。「虎の威を借る狐」といいますか、自分たちを勝手に「神の民」と思い込むようになったわけです。実際日本人が「神の民」だったとします。しかし、そのことを、ああも声高に語られるとき、そこに彼らの自尊心が見え隠れしないか、といえば嘘になります。そこにこそ問題の本質があるように思います(人間の体がそうであるように、各体の機関が「人間」という同質でもありながら、はっきりとした区別ある機能をそれぞれの部位が、持って働くために、初めて全体の統合が可能になるわけです。それを政教一致のように、全部「同じ部分」に、強度に詰め込んでしまえば、当然体制は崩壊します)。

 

本来立憲君主制を目指した明治憲法でしたが、途中からほとんどいびつな形での、絶対君主制(おそらく昭和天皇は望んでいなかった)になってしまったということです。それが先も書いた1935年ぐらいから1945年ぐらいの間だと思います。ファシズムといえる状況ですね。

 

自分が長らく不思議だったのが、イスラム原理主義者が自殺攻撃を仕掛けたりするのを見て、どこか日本の神風特攻隊を想像していたことです。イスラム教は一神教ですから、多神教といわれる日本と似たようなことをするのは何故なのだろうということを、昔から不思議には思っていました。

 

やはりここには「天皇」を国家の主権そのものとして、国のトップに持ってきた明治維新の在り方そのものにあると思っています。天賦人権の否定派はそれがキリスト教由来であるからとします。しかし明治憲法自体がヨーロッパの憲法を見習って作ったものであるとしたら、それ自体がどうなってしまうのでしょうか?そこにキリスト教の根源的な形を見出してしまうのでは?

 

故にむしろ、日本の方が西洋の一神教に近い形態の政治体制に当時は寄せていった、ということになるのではないか、と思います。

 

自分にはかの時代を顧みて、次のように見える瞬間があります。

 

「日本の古来の、神の子孫」としての天皇、とはいいますが、「日本古来の神」を「ゴッド」とし、「天皇」を「キリスト」とし、その「神性、或いは威光」を「精霊(神の働きのこと)」と見るならば、これはキリスト教の三位一体説と何ら変わりません。一定の価値観しか認めない、西洋風の価値観となります。これは本当に「八百万の神の国」の在り方だったのでしょうか?では多神教の本来の在り方は、このような在り方だといえるのでしょうか。

 

政治家の亀井静香氏は次のようにいっています。

 

「文明開化ということだけど、簡単に言うと、薩長が徳川幕府から権力を奪い取った。薩長支配なんだよ。それが軍閥の支配につながっていったんです。明治維新で日本に夜明けが来たなんていうのはどうかしている。自由民権運動だってなくなったでしょう。右翼といわれた頭山満の玄洋社だって、松本治一郎の水平社とも交流があった。上からの支配を目指したのではない。下からの目線で平等を目指した。そういう流れがなくなった。」(斎藤貴男著、「日本が壊れていく」)

 

同時に次のようにも語っています(一理あると思うのでのせます)。

 

「いま民主主義と呼ばれているのは多数決だ。少数が多数に従う。だが日本では昔から鎮守の森を中心とした村の人たちが集まって、こんどの祭りはどうすべえ、お盆は、田んぼの水を喧嘩せずにどうして分け合うか、といったことを話し合いで決めてきた。

 

談合ですよ。一晩かかろうが二晩かかろうが、寄り合いでみんなが納得するような結論を出す。数の力で無理やりというふうにはしなかった。それを学んだ方がいい。多数決で何でも簡単に決めるのではなく、つねに少数意見を尊重して、少数派の意見も話し合いで取り入れる。多数派としては不満が残る結論かもしれないが、これでやっていくしかないだろうな。これが日本的な決め方だ。」

 

明治憲法全てが間違っていると思いませんが、どうしても明治維新の薩長の権力志向と、西洋の国家観が、日本の伝統に埋め込まれ、その最悪の部分が出たのが先の1935年からの10年間だったとではないかと考えています。

 

自民党の憲法草案に関わった者たちはしかし、その10年間の間の、明治憲法に近いものを目指しているのだろうと考えられます。おそらく日本の歴史の中でも、一番日本人が異常な心理状態だった時代です。基本的人権の限定的な肯定、天皇主権(草案では、国家元首にしたいといっていますね。個人的には国家元首の内容が、先のような政教一致でないのなら、あっても良いとは思います、そういう意味では個人的に全く反対とはいいません。現行の自民党案でも3権分立と天皇の象徴性はとなえています。ただ自民党案は人権問題と絡めて見ないといけないと思います)などの内容はかなり怪しいものがあります。そしてそこから出てきた「緊急事態条項」(当然のように自民党案には明記されています。状況さえそろえば、多数派は自分の内閣を固定、永続させてしまう可能性があります。スター・ウォーズのパルパティーンみたいです)は先の軍部の「統帥権」のような薄気味悪さがあります。「緊急事態条項」も現時点でうまいこと書いてあったとしても、今後はどうなっていくかは分かりません(緊急事態に対処する法律は必要でしょう。しかし、自民党案が安全かはとても疑問です)。

 

正直妙な条件が色々揃ってきてる今の自民党案は、危ないと思っています。実際比較的多くの人がそう思っているのではないでしょうか。背後にいる「日本会議」の存在なども含めてです。だからあれほど議席があり、選挙で勝っていた自民党ですが、「改憲」までもっていけないわけです。かなりの薄気味悪さがあるわけです。

 

我々の世代は「天皇」は「日本国民の象徴」だと教えられてきました。考えてもみてください、戦後すでに75年です。1・5世代から2世代ぐらいは経っているのに、未だに「天皇主権」といわれて「それが良い」と反応する人はそれほど沢山いるでしょうか?絶対数はそれなりにいると思いますが、抵抗を感じる人もまた、相当に多いはずです(だからこそ緊急事態条項が、天皇が象徴である故、あのような形で盛り込まれた可能性があります。当時のように、人間の内面からくる中央集権でなく、事実上の憲法での拘束力を持つ、中央集権です。その時点で本来欧米で唱えられてきた、近代憲法の解釈を離れます)。

 

今の自民党の憲法草案がちゃんと「日本の伝統」を守ってるといえますか?守ってるふりをしてるだけで、実際は上から目線の、為政者のための草案なのでは?そう感じている有権者も多いはずです。まるで過去の怨念から作られたような草案のようにも思えます。過去の清算の出来ていない人たちが作った、ファンタジーが相当程度盛り込まれているように感じています。しかも伝統だけ書き込めば良いというものでもないですから。

 

そういう意味では現代に対するリアリティーがない草案なんじゃないでしょうか。平和憲法にしても、今後も平和憲法は維持する、日本は世界から軍備を撤廃することを国是とする、しかし当分の間は国を守るために臨時的に軍備を持つことはやむを得ない、ぐらいに正直に書いてしまったほうが良い気がします。無くしてしまう必要もないと考えています。

 

あんなに憲法全体に手を入れずに、自衛隊のことをいじりたいならそこに集中して、まず改憲してみるとかで良いと思います。「天皇制(多分これは人権の問題と絡んでいる)」の問題についてはもっと時間をかけるべきでは?もっと若い人たちのことを考えるべきだと思いますけどね。今後を担う人たちがどう考えるか、それをもっと重視すべきではないでしょうか。何で自分たちの勝手な妄想まで後々まで残そうとするのでしょうか?時代は変わっていきます。政治制度も変わってきたわけです。年配者は各自の考えのエッセンスなり伝えてよいと思いますが、今生きている人の邪魔はすべきではないと思いますね。

 

しかし現状行われている議論は自民党のいう「改憲」に「賛成」か「反対」かしかないわけです。この分だと有事が実際に起こった時、当然「改憲」の議論が巻き起こるでしょうから、自民党案に流れるでしょう。

 

実に下らないと思いますけど。本当に何もない、平和な時から考えておくべきことだと思いますけどね。

 

(天皇制の問題については、現在「皇室」の血筋の問題など、色々書いてらっしゃる方とかいますが、自分はあくまで今ある現実をまず第一に、どう考えたら良いか、と思って書きました。結局多くの人が望むことなら、そちらに流れるしかないと感じていますので、そこを論点にしたかったということです。)