マンション屋さんの溜め息 -5ページ目

小説:マンション屋さん 9

入社して2年が経った。


小旗も順調に営業成績を伸ばし始めて、やっと営業という仕事がわかり始めてきた。


しかし、今週もお客様との商談を入れるために、予定を作るのに必死であった。


平日に会社で電話営業をしている部隊と外で飛び込み営業をしている部隊にわけられるのだが、


小旗は、電話営業部隊であった。


部長の高木は、今日は、すこぶる機嫌が悪い。


2時間おきの業務連絡を部長席で取っているのだが、あまり良い報告ではないので、その都度、大声でどなりちらしている。


ガチャン!!


ガッチャン!!


ガッチャン!!


電話を切ると時、苛立っているため、受話器を殴りつけるように置くので、かなり受話器の耳の部分が欠けていた。



と、思っていたら



ガチャーーン!!!


かなり大きい音がしたかと思ったら、受話器が粉々に砕け散ったのである。



今月2回目だ。


何事もなかったように営業事務が新しい電話に交換していたが、ある種、特異な構図であった。



それから1時間後、ある課長が高木の餌食になっていた。


今月は圧倒的に数字が低く目標数字より2億も足りない。


社内に怒声が響きわたった。



と、同時に電話営業をしていた、小旗を含め10名は、机の下にもぐりこんで、喋り始める。



別名、


避難警報


「毎度のことだ。」


小旗は、当たり前のように慣れ始めている自分が怖くも感じていたが、それ以上に、週末の



「予定は?!」


の問いかけに、胃が痛くならないように、電話を打ち続けてた・・・。



小説:マンション屋さん 8

週末になり、小旗は、保育園の情報を詳細に準備をして待っていた。


「小旗さん、長谷川様がいらっしゃいました。」


受付嬢から連絡をもらい、より一層緊張感が高まる。


通常であれば、課長がヘルプにつくのだが、


不幸かな、この日も多くのお客様で誰も小旗につく人間はいなかった・・・。




「お待たせしました。あれからお気持ちはいかがですか?」



「うーーん、正直、妻が仕事を始めると今回の保育園は遠いんですよ。」


「でも、長谷川さんは物件は気に入ってるわけですよね。」


「もちろん、そうですけど、こればっかりは・・・・。」


交渉をしても、今ひとつ核心にふれているようではなく、相手もはっきりと断るというわけではない。


小旗は、焦りつつも、長谷川がやはり、本当は欲しいという気持ちが高いのではないかと思い始めた。


「長谷川さん、とにかく、一緒に保育園まで行きましょう。」


「え?」


長谷川は虚をつかれたようであった。



「ここで、話をしてもしょうがないじゃないですか?本当に奥様の通勤に問題あるのか、歩きましょう。」


小旗は自分でも、不思議なくらいに自然に言葉が出ていた。


晴天の中、桜並木を歩きながら、小旗はとにかく喋った。


沈黙が続けば、それだけ歩く距離や時間を考えてしまう。


もう、なりふり構っていられなかった。


自分の入社の事や、家のこと。


長谷川の勤務先のこと


子供のこと


決して、会話が上手く進んでいるとは思わなかったが、時間のことは忘れていたと思う。


30分ぐらいして、モデルルームに戻り、席に着かせた。


緊張の中、小旗は椅子に座り、長谷川を見ると


じっと下を見ている。


1、2分したであろうか。


「うんうん」と長谷川がうなずくと



「わかりました。小旗さん、がんばれそうです。お願いします。」


頭が真っ白になった。


小旗は、自然と頭が下がっていた。


「ありがとうございます。一生懸命がんばります。」


「小旗さんが、ここまでやってくれるなら、自分もがんばれそうです」


その後、契約までは問題なく終わり、記念すべき契約第1号を小旗は取れた。


会社の営業部には


ふんどし


と呼ばれる、天井から赤字で


祝 契約第1号 小幡


と書かれた紙が下げられた。



小旗は、身体に重くのしかっていた重りがとれたような感覚だった。


苦労した分の喜びは大きいというが、小旗の中での営業力が高まったのはいうまでもない。


明日からの営業に対して大きな一歩となった。




小説:マンション屋さん 7

週末の土曜日に契約日を決めていた小旗は、初契約の待ち遠しさに心をおどろさせていた。


契約申請書を課長に提出して、手付金の入金を待つだけであった。



木曜日



モデルルームに電話が入る。






「おい、小旗。お客様から電話だ」



嫌な予感というのものは大抵あたるもので、この時、小旗も受話器を取る前に胃がキュッとしまる感じがした。


「お待たせしました。小旗です。」


「あ、長谷川です。先日はどうも。」


「いえ、こちらこそ、いかがいたしました?」


「ええ、実は、先日のお話なんですが・・・。」


受話器に力が入った。


「妻とも話したんですけど、今回は見合わせようかと思いまして。」


瞬間、胃液が逆流しそうになった。


「え?なぜですか?この間は、非常に気に入っていただいていたはずですが?」


「確かに物件は気に入っているんですけど、妻が仕事を再開するにあたって、保育園がないのが問題なんですよ。」


「しかし、お話したときは、問題ないとおしゃっていたじゃないですか?」


「まあ、あの時はそうなんですけどね。」


「長谷川さん、お電話では、詳しくご説明できないので、とにかく週末お約束どおりお越しいただけないですか?」


「え、まあ、わかりました。とりあえずお伺いします。」



小旗の頭の中は真っ白であった。


「断りだろ?」


隣の1部の先輩が皮肉っぽくからかってきた。


小旗としては、購入する気持ちは堅いと思っていたので、自分の交渉には満足がいっていた。


が実際は、そんなに甘いものではなく、お客様の気持ちをそこまで、掴みきれていなかったのである。




ともかく、課長の橋本には報告しなければ、ならない。


重い足取りで橋本に告げると


「週末にはくるんだろ。もう1回だな。」


さらっと一言ですまされた。


普通の課長であれば、死ぬほど罵倒されて、説教をされるのだが、


この橋本は、普通とタイプが異なり、最終的な結果を求める男で、ゴチャゴチャと、うるさいことは言わない。

そのため、課員からの支持は絶大でカリスマ性がある。


小旗は、そんな橋本に申し訳なく思うのと情けないのが交錯して、その日一日は仕事にならなかった。


小説:マンション屋さん 6

半年が経ち、初契約まで後一歩という中、小旗は悪戦苦闘していた。


今週の現場は、川崎市にある「武蔵小杉」


人気の東横線でファミリータイプの4000万円前後とエレファントマンションにしては

割安感がある為、事前の案内から反響は上々であった。


初日は、10時のオープンから怒涛の来場で、夜8時のクローズまでに100組を超す数字を叩き出した。



急遽明日、小旗も、接客が足りなくなるので、モデルルームに待機することになった。


モデルルームの接客は圧倒的に、契約率が高くなる。小旗は数少ないチャンスに気持ちの高ぶりを隠せなかった。


日曜日、やはり10時のオープンから、続々とお客様が来場された。


「2部2課 フリーです。」


「1部3課 フリーです。」


「1部5課の谷さんの担付きです。」


受付嬢からひっきりなしに、呼び出しがかかる。


午後14時過ぎ、小旗の課員は全員接客中になった。


「2部5課 フリーです。」


控え室には小旗しかいなく、ついに出番が周ってきた。


図面やら周辺の公共施設の一覧などをまとめた営業資料を抱えて、小旗は受付にでた。


「担当させていただく、小旗と申します。よろしくお願いします。」


とにかく元気よくを心がけた第一声が出た。


相手は、子供をつれた30台の3人家族で長谷川といった。


「まずは、モデルルームへご案内します。」


セオリーとおりにモデルルームの玄関入口まで、連れて行き


モデルルームになっている、タイプ、広さを説明しようと目の前まで来たが


ものすごい数のお客様で、落ちついて、話せない。

小旗は、とにかく部屋の中へと連れてきたものの


入って左の6畳の洋室は5組のお客様がいて満員御礼。


反対の5畳の洋室も4組のお客様がいて、これもまた満員御礼。


まるでラッシュアワーのように部屋を進んでいったが、奥のリビングダイニングも5、6組のお客様で足の踏み場もない。


「こちらのリビングは12畳ありまして、アウトフレームとなっているので、お部屋が広く使えます。」


しどろもどろになりながら、案内をしながら、なんとか一通り見回した後、


さあ、腰を落ち着けて接客をしようかと、部屋を見回したが


空いている席がどこにもない。


しばらく、壁のパネルを説明しながら、空くのを待って、やっとの思いで、席につけた。


アンケートを読むときちんとした字で項目を埋めている。

公務員、社宅に2年 希望予算は4500万円以内。自己資金は500万円。


職業柄か性格からなのか、理想と現実をわかっているようで、

購入意識の強さは感じられた。


小旗は、内心いけるんじゃないかと思ったが、何しろ一人で接客は初めてであったので

ロールプレイングどおり、実家や今の住まいの状況、通勤時間、広さの希望などパズルを埋めるように、聞いていった。


長谷川もまた、それに明確に答えてくる。


そもそもの動機は、新たに生まれてくる子供の為に、今より広い住まいを求め、この武蔵小杉エリアで探しているとのこと。


購入動機としては、問題ない。


住宅ローンも公務員であれば、否決される可能性も低く安全圏。


何より、部屋の希望も予算にあった現実的な希望を出していてぴったりはまってくる。


新入社員の小旗でも、内容が良すぎるくらいで、逆に緊張が高まってきた。


「では、現状、ご紹介できるお部屋は、3階と4階の、このタイプでしょうか?」


小旗が紹介した部屋は、モデルルームの反転型で長谷川もイメージしやすい部屋であった。


「私、このタイプ好きだなあ」


隣の長谷川の妻が、開口一番叫んだ。


物を買うとき、とにかく第一印象が肝心である。


特に部屋にいる時間が長いのは、女性であり、奥様を気に入らせるのが成約までの最短距離である。


「あ、俺もいいなと思ったんだよ。」


長谷川も同じように答えた。


「モデルルームの反転タイプですからイメージつきやすいですよね。この部屋であれば、日当たりも問題ないですよ。」


追い風に乗るように小旗は、部屋の長所を膨らませていった。


しばらく設備の説明の後、なんとか支払いのシュミレーションをたてるまでになり、


小旗は、一度計算をするために、控え室に戻った。


扉を空けると、他の営業社員が一斉に小旗に集中した。


「どうよ?決まるの?」


「あれは、決まるでしょ?」


半分、ひやかしのように社員が小旗をからかう。


通常であれば、ここでヘルプと呼ばれる上司が交渉に立会い、助けながら成約に導くのだが

この時は、橋本も接客中で、誰も助けてくれなかった。


小旗は、初めて支払いをパソコンで操作を始めた。


年収から逆算して、まずは金融公庫の最大枠を入力。


返済比率から次に金利が安い、年金融資を入力


残りは銀行ローンへ入力。


35年払いを選択して、「enter」を押すと、毎月の支払い金額が浮かび上がった。


小旗は長谷川の希望支払い金額にほぼ、近い数字に安堵して、プリントアウトをした。


長谷川に、支払い表を見せると、予想していた数字と合致していたようで、何かを確認するように

2度3度頷いていた。




2時間経ち、最終的に部屋が絞れ、この後の段取りを決めようと、小旗が、次の言葉を考えると


長谷川の方から


「申込する場合はどうすればいいんでしょうか??」


しっかりと小旗を見ながら問いかけてきた。


正直、この言葉を2時間やそこらで、口にさせるのは難しい。


小旗は全身に電気が走った感じであった。


「は、はい、まずはお申込書にご記入いただき、その後ローン審査の段取りとなります。」


ここから、長谷川が帰るまでの内容は、ほとんど覚えていなかった。

というより、気が付いたら、申込用紙が1枚置いてあっただけである。


課長の橋本に申込書を見せたときは、全く予期せぬことだったようで、褒められるというより

疑いの目を向けられた。


まあ、小旗自身も運があったという感が強かったが、一人で申込まで取ったというのは

今まで味わったことがない感覚であった。


「物を売るってこういうものか。」


営業という仕事の充実感を小旗は初めて感じる時であった。





が、しかし、この後、小旗にさらなる試練が待ち構えていことになる。







小説:マンション屋さん 5

1ヶ月が経った。


新入社員の中でも一人、二人初契約が出始めている。

小旗は、全くでる感じがしない。


驚愕なのは、わずか4週で、発売された物件は5物件。

毎週のように違う現場に行っているのだが

ほぼ、9割ほど成約しているのである。


まるで、イナゴの大群のようで

行くところ行くところ、60名の営業マンが、その街に建つマンションを売り、次のエリアへ飛び立つ。

業界1位といわれるだけあり、

既に、今月の売り上げは、60億円を突破していた。


月も中盤を経過し、各部、各課とも数字の達成度が、変化している為、ピリピリムードであった。


平日、予定がないと、各自会社で電話営業となるのだが、

友の会リストと呼ばれる、マンションを検討しているお客様をリスト化したものは、先輩社員にいき

1年目、2年目社員は、そういった、おいしいリストは無いため、電話帳を、かたっぱしから打つことになる。


5時間ぐらい電話していたで、あろうか。


営業部長の高本は、暇そうに社員の席を、うろうろとしている。

座禅のような雰囲気であったが、しばらくすると



「ゼロ社員集合!!」


号令がかかった。


ゼロ社員。


ようは、今月まだ、契約が出ていない社員である。


10名ぐらいであろうか、手帳を片手に、部長席の前に集まった。

まさに歩兵部隊のようである。


新入社員や2年目がほとんどあるが、係長もまざっている。


めざとく高本は


「福山係長。今月ゼロのままか?」


「いえ、今週中にはなんとか・・・。」


「なんとか?予定もないのに数字作れんのか??」


明らかに、見せしめの、状態である。


福山は屈辱と恥ずかしさで、頭を垂れた。


「いいか?お前ら、数字がないってことは、給料泥棒なんだよ!!」


「1時間以内に予定作って、外出て来い!!」


社内に響き渡る、怒声が響きわたった。


それを聞いていた、1部の部長は、自分も負けるものかと

社員を集め始め、説教を始めていた。


小旗は、席に戻り、電話帳を「カ行」から打ち続けたが、中々話を聞いてくれる人に巡り合わない・・・。


1時間ぐらい経ち、何人かの社員が、資料を届けにお客様の自宅に動き始めた。


焦りながら、小旗は電話をしていると、真後ろに部長の高本が立っていた。


「小旗よ。そんな猫背で話しているから、見込みが出ないんだよ。立って電話営業しろ!!」


「は、はい・・・・。」


小旗は、のそりと立ち上がり電話営業を始めた。


1時間が過ぎ、2時間が過ぎ。小旗は腰と足に激痛が走り始めた。


き、きつい・・・。


小旗は自分が見せしめの対象になっているのを感じながら、ただひたすらプッシュボタンを押すしかなかった・・・。




「てめえ、やる気あんのか!!!」


隣の岩城課長がほえ始めた。


「すいません。」


2年目の滝は俯いている。


ブーーーーーーン


突然、、滝の目の前に銀色の物体が飛んできた。



灰皿


ガツン!!


銀色の灰皿が滝の頭に、ストレートで当たった。


「っつ」


滝は、頭を抑えながらも、黙っているしかなかった。


「気合いれろ。少しは!!」


数字が出ないものは、とことん、なじられる。


数字が出ているもは、優遇される。


この天国と地獄の差は大きい。

気まぐれ 不動産一言格言

即決するお客ほど、怖いものはない



対して見もしないで、申込みしたいとか、契約のことを話し出すお客は

ほとんど、途中で壊れます・・・。

小説:マンション屋さん 4

モデルルームに戻ると、小旗は、驚きを隠せなかった。


玄関入口を除くと、人の背中しか見えない。


子供の靴やら大人の靴が、ほぼ一杯に置かれていて、受付嬢が対応に追われている。


大量供給のさなか、第6次マンションブームの人気で異常な盛り上がりを見せていた。


西と小旗は裏口から入ると、課長の橋本が


「西、次がうちの順番だからスタンバイしておけよ。小旗は、ま、パンフレットでも読んでおけ。」


自分も接客をしているようで、忙しそうだ。


しばらく、小旗は控え室の様子を見ると、社員の動きに圧倒された。


ノートパソコンが2台しかない為、そこにインストールされている、支払い計算を順番待ちする者

電話で、お客様と応対している者

課長から指示を受けている者

コピーをとる者


株取引場のようだ。


さらに、驚いたのは、


壁に割り振り表と呼ばれる、部屋割りがされた表にお客様が申込を入れた場合、書き込めるようになっているのだが、既に午前中だけで10件以上、書かれている。


隣で2部3課の課長が、本社に電話をいれているのが聞こえてきた。


「お疲れ様です。305号室、松田担当でお願いします。 え?大丈夫です。ちゃんと、かたまってますから。」


どうやら、また一部屋、申込が入ったようだ。


部屋を申込する場合、本社に待機している、1部、2部の部長に電話を入れて、部屋を抑えることになっている。

ここで、1部と2部の成績が著しく変わるので、部長同士、強引に部屋を抑えて数字を取っていくわけだ。


スムーズに契約まで終われば、問題はないが、途中で申込解約など起きようものなら、ただでは、済まされない。

担当者は課長に死ぬほど詰められ、課長は部長からさらに詰められる。人格否定までされるような発言も飛び交い、生き地獄を味わうことになるのだ。


小旗は、まずはパンフレットを入念に読み始めた。

物件概要をとにかく、丸暗記することを指示されていたので


駅からの距離

施工会社 

完成時期

用途地域

広さと間取り

設備の内容


など、頭に入れ始めた。

とはいうものの、なれない用語が多く、中々、頭に入らない。

焦りながら、何度も復唱していた。


1時間ぐらいが経ったであろうか、


「小旗!。」


橋本が呼ぶ


”きたか”と思ったのもつかの間


「弁当買ってきてくれ。」


ほっと安心したような、残念なような複雑な気持ちで1000円札を受け取り

ほか弁屋へ向かった。


結局、小旗は、接客することなく、また”飛び込み”へ戻された。

その日も見込み客は、でることなく、夜9時、モデルへ戻った。


小旗が課長に飛び込みノートを見せていると、ものすごい罵声が聞こえてきた。


「てめえ、何考えてんだ!!!!。うちのエリアから、客が来てるじゃねーか。」

「そのまま1部で決められているんだよ。潰してねーだろ!!。」


2部3課の課長であった。

武道派と呼ばれているだけあって、ヤクザ顔負けのドスをきかしている。

笑っている顔が想像できないほどで、常に眉間に皺を寄せている。


「いえ、飛び込んだ時は、留守だったので・・・。」

怒られている社員は、今にも泣きそうな顔で言い訳をしていた。


小旗も一緒に怒られているようで、震え上がってしまった。


”社会人って、こんなにも怒られるものなのだろうか??”


平和主義者である小旗としては、あまりにも、経験したことのない状況で、胃が捻られるような感じであった。


周りの社員は、毎度のことのようで、全く普通に対応している。

お客様と電話している社員は、当然のように、テーブルの下に身体を潜らせ、声がはいらないように対応している。

奇妙な光景であった。




「いいわけ、してんじゃねーよ!!」


怒号はレッドゾーンに達していた。


「てめえ、給料もらってんだろうが!!もう1回エリア潰してこい!!。」


時計の針は22時近くになりそうであったが、全く関係はなかった。














小説:マンション屋さん 3

週末、土曜日


小旗は9時には、モデルルームに到着して、”飛び込み”の準備をしていた。

モデルルームには接客スペースがあり、大体6テーブルぐらいあるのだが、そこで新入社員から3年目の社員ぐらいはオープン前にチラシを折り、飛び込みの準備をする。


チラシには自分の名前のスタンプを押した「プレゼント券」をホッチキスで貼り付け

お客様がそれを持ってきた場合は、無条件でその者が担当者になれるようになっている。

通称

担当付き  略して”担付き”といわれる。

プレゼント自体は、ボールペンであったりコップであったりと、たいした物ではないが、意外に持ってくるお客様がいるので馬鹿にならない。


戦さで例えれば、足軽部隊の唯一の武器であろうか。


反対に、本陣が置かれる営業控え室はというと


これは、これで、戦さ場である。

なにしろ、全営業社員がひとつのモデルルームに集結するので、控え室は、すし詰め状態。まずは自分の席を確保するのも一苦労。。

さらに、1部と2部は営業成績を競い合っていることから仲が悪く、課長同士、火花を散らしているのも少なくない。

長テーブルなので、隣同士の境がないと、あからさまに、ティッシュボックスなどで自分の縄張りを確保する者もいて、同じ職場の社員とは思えないような光景であった。


小旗を含めた若手社員は9時40分頃、一斉にモデルルームを出発した。


あらかじめ、細かくブロック分けされたエリアを各課に割り振られていて、それ以外のエリア進入してはいけない。

確率的に、現地周辺のエリアは成約率が高いため、この陣取り合戦も各課の数字を挙げる重要なポイントとなっている。

前日、会社で航空地図を前に、課長同士が真剣に、じゃんけんをして、エリアを取り合い一喜一憂している姿を見て、小幡は苦笑いをするしかなかった。


「おい、いくぞ。」


先輩の西が紙袋をかかえて、小旗を呼んだ。

課長からの指示で、2人で行動するように言われていたので、小旗の緊張は少なくなっていた。


50mぐらい歩くと、西は、

自前のスポーツカー「セリカ」に乗り込んだ。


「今日のエリアは遠いから車で行くぞ。乗れよ。」


小旗は安堵しながら


「はい、失礼します。」


と乗り込み、10分くらい走ったところで、人通りが少ない側道で車は停まった。


いきなり、西は、シートをリクライニングにしてくつろぎ始めた。


「西さん、”飛び込み”しないんですか?」


怪訝そうに小旗が聞くと


「行きたければ、お前だけ行ってもいいけど、土曜日の朝から”飛び込み”したってしょうがないだろ。。」


「お前もいきなりで疲れているようだし、ちょっと休もうぜ。」

西はそういうと、携帯電話で同期の社員と話し始めた。


営業社員は、要領の良さも重要になってくる。西のように、決して仕事に対して真面目でなくても

成績が上がっていれば、多少の事は、暗黙の了解になってしまう。

反対に、どんなに真面目に仕事をしていても数字が上がらなければ、ダメ社員のレッテルを貼られてしまう。


小旗は、西の行動を見ながら、はたして自分もこういう風に行動できるか不安であった。


1時間くらい経っただろうか、西の携帯電話が鳴った。


完全に熟睡していた西は、ビクッと震えるように起き電話にでた。


「はい、西です。  はい    あ、今、小旗と一緒に周っていますけど。

あ、はい。 じゃあ二人で戻ります。」


電話が終わるとすぐに、車は動き出した。


「西さん?」


「課長からで、モデルルームにお客さんが溢れて接客する社員が少ないから戻れってさ。」


「お前、もしかしたら接客できるかもよ。」

からかい気味に西は話したが、小旗は焦った。


”本当かよ”

”現場に来て2日目で接客するのか??自分でできるのかよ。”

自問自答しながらモデルへ戻った。

小説:マンション屋さん 2

新宿より約34km。京王新線駅である「南大沢」駅は1日の平均乗降人員、約58,000人と新興住宅街として人口増加が著しい。周辺は以前からの多摩ニュータウンの公団がある為、緑が多く町並みは綺麗であった。


駅から5分ぐらいの一角に

「エレファントヒルズ南大沢」のモデルルームはプレハブ2階建てで建っていた。白基調のやさしい雰囲気で外壁をまとわせ、緑が鮮やかな観葉植物を入口付近に置き、お客様を迎え入れていた。


駅で一緒になった、同期全員と裏口の従業員入口を開けると、小旗は、一瞬、動きが止まった。


広さ、12畳ぐらいのスペースに長テーブルとパイプ椅子が、ところ狭しと並べられていて、そこにスーツ姿の男が15名ぐらい群がっていたのだ。その上、タバコの煙で霞がかかっている。


奥から、のそりのそりと歩いてくる男がいる。2部3課の次長、大貫であった。


「じゃ、先輩社員は、既に飛び込みに行っているから、合流してくれ。あ、大学ノート忘れずに買って、そこのチラシ持っていけよ。」


さらっと、指示がでるや、さっさと自分は奥へ引っ込でしまった。

とりあえず中へ入ろうとしたが、入れたのはわずか1m弱。とにかく部屋が狭いので、持ってきた荷物も置くスペースがなく、邪魔にならないように、台所の横にかろうじて置き、紙袋にチラシを一束いれて、先輩の待つ公団エリアへ向かった。


「なんか、俺ら、邪魔者みたいじゃねーか?」


同期の一人がボソッと呟く


「居場所なさそうだもんな。」


「いきなり 飛込み だもんな。」


「俺んとこの課長なんか、必ず客引っ張ってこいよって念押しされたよ。」


小旗を含めて、全員が戸惑いの色を隠せない様子だった。


南大沢団地につくと、先輩社員が数名固まっていた。

紙袋をもったスーツの集団は、異様に見える。


先輩社員の西と藤原がいて、仕事内容を聞くと


「買った大学ノートにさ、ここの団地ごとに、部屋番号とお客さんの名前を書いて、居ない場合は留守の「ル」

誰かかが出てきて、話せた場合は、その内容を書いて、駄目なら「×」、話になったら「△」と書いていけよ。」


「部長からは、見込み1件出せって指示だからさ。」


当然のように言われたが、小旗はまだ、実践のセールスはやったことがなく、焦っていた。


藤原から


「じゃ、まずさ西と一緒にやり方みとけよ。」


といって、自分はさっと他のエリアに行ってしまった。


小旗は


「西さん、どういう風に話せばいいんですか?」

と聞くと


「別になんだっていいんだよ。このアンケートに住所と名前と連絡先を書いてもらえるように話せばいいんだから。」


西は面倒くさそうに答える。


「じゃあ、ちょっと見てろよ。」


と近くの団地の一角へ入り扉をたたき始めた。


「こんにちは、エレファントマンションの西と申しますが、実はお近くに新たらしく発売することになってご案内させていただいているんですど。」


丸暗記したかのような、セリフを並べるや


「結構です!!」怒る


あからさまに迷惑そうな声が聞こえてきた。



バツが悪そうに、西がでてくると


「じゃ、そんな感じで2時間後にここに来いよ。」


と瞬く間に、いなくなってしまった。


一人残された小旗は、途方にくれながらも目の前にある公団の入口から101号室の扉を恐る恐る叩いた。


「はい。」


扉越しに声がしたので


「あ、す、すいません。エレファントマンションの小旗と申します。お近くに今度、マンションができるのですが・・・。」



”やべー、かんじゃったよ”


初めてのセールスにドキドキしながら話すと


「うちは、いりませんから。」


冷たく言われると、それ以上、扉から人の気配はしなくなった。


ものの30秒弱でセールス終了である。

仕方なく、ノートに部屋番号は書いたが、表札は載っていなかったので、

「けっこー ×」

とだけ書き、反対の扉を叩いた


トントン


「・・・・・・。」


隣の小窓から明かりは見えるが「誰も出てこない」


どうやら居留守である。


たぶん、先ほどのやり取りが聞こえていたのだろう。まったく無反応である。


ノートには


「102 ル」


とだけ書き、さらに階段を上がっていった。


最初の30分ぐらいは、5階建ての団地を上がるのは、さほど苦ではなかったが

やはりエレベーターがないと慣れない革靴できつくなってくる。


1時間ぐらいたったであろうか、ノートには


「× けっこー。」  「ル」


が並んでいた。


小旗は行くとこ、行くとこ断られて気がめいっていた。


断られるだけならいいが


「この間も、来たじゃないの。いらないっていってるでしょ!!。」


とダブルで怒られるのは、何か自分が悪いことでもやっているんじゃないかという錯覚を起こさせた。


2時間たち、周った件数は、


約50件


多いか少ないかは別として、まだ1件も見込み客が見つからない。


元の場所に戻ると、西はタバコをふかしながら待っていた。


「どうよ?なんか出たか?」


宝物でも探し当てるような言い方である。


「すいません。でないです。」


「だろうな。公団じゃでないよ。」


後から聞いたことだが、公団居住者は年齢層が高く、賃料も安い為、購入率は低くなるという。

やはり、狙いは、通常の賃貸マンションだそうだ。それも小奇麗でオートロックやインターホンが付いていたり、4戸ぐらいしかない、こじんまりとしたマンションがお勧めだという。


時計の針が18時を過ぎるのを見た小旗は


「西さん、どうしますか?」


と尋ねると


不機嫌な顔で

「部長に業報いれないとな。」


と言い出した。


「業報」:業務報告  ㈱神京は2時間おきに各営業部長に電話で、どこにいて、どれだけお客様に会い、見込み客は見つかったかという電話を入れる。そこで成果がでないと、ボロクソに詰られるのであった。


渋々、西は携帯電話を取り出し、会社に電話を入れ始めた。


「あ、2部5課の西です。お疲れっす。今、南大沢2丁目の団地を小旗と周ってまして・・・・。

すいません。引っかかりはあるんですが、見込みはまだで・・・・。


え?


あ、すいません。


はい


はい


はい


すいません。


はい、もう1回行ってきます。、はいお疲れっす。」



日本人の特徴というか、

西は、相手がいないのに、盛んに携帯を持ちながら頭をペコペコ下げていた。おじぎ




小旗は、内心、先輩の西が電話をしてくれているのが、せめてもの救いだな

と、思っていたが

一応


「西さん、すいません。」

と謝ると


「今度はお前が電話しろよ。胃が痛くなるんだから。じゃあ、また2時間後な。」


そそくさと、団地に消えていった。


小旗は、残りの団地へ向かったが、


既に時間は21時。


扉を叩き続けて100件近くになったが、見込みは一向に出なかった。


22時前に電話が入り、モデルに戻ると


大貫が


新卒を集めて


「全員、飛び込みノート見せてみろ。」


と各自のノートを見始めた。


当然、全員見込み客は、でているはずもなく、「×」やら「ル」の文字が並んでいるだけだった。


「ま、初日はしょうがないな。明日は見込み出せよ。お疲れさん。各自課長に電話入れてあがってくれ。」


小旗は、課長に電話を入れると


「わかった、上がれよ。」


ぶっきらぼうに電話が切れた。以外にさらっと終わったことに、小旗はほっと一息ついたが

隣で、電話を入れていた、同期の羽場は


「え?これからですか?はい・・・。わかりました。」


表情が曇りながら電話を切ると


「これから、チラシ300枚まいて帰れってさ。いいよな小旗は・・・。」

疲れた声で話すと奥のチラシを取りに行ってしまった。


”週末の明日はどうなるんだろう??”


小旗は、初日から、顔面にドカンとカウンターパンチを食らったような感じだった。

精神的にも疲れたが、肉体疲労も大きく帰宅すると日付は変わっていた。

重い身体で風呂から上がると食事もとらず、泥のように眠りについた。




小説:マンション屋さん

この物語は事実に基づいたフィクションであり、実際の団体会社等とは関係ありません。



第1章 業界へ


真新しい白ワイシャツに、ぎこちなくスーツを着こなしている小旗恭介は、マンション業界第1位の「株式会社神京」の本社ビルを見上げていた。


新入社員は全員営業からスタートという社風に魅力を感じ、完全実力主義に共感をもった小旗は、業界の知識もないまま入社し1ヶ月の研修を終えて、心が踊っていた。


就職氷河期の昨今、学閥主義の会社はまだまだあり、表面上は、個性重視、平等な面接といっているが、いざ書類選考になると、ほとんどが不合格で、たまに1次面接を通っても、一流大学との席順や面接態度など

あからさまの差別があった。

ひどかったのは、ある商社での面接で、東大用席、早稲田・慶応用席、それ以下用席と分かれていて

自分の時は、面接時間はたったの3分。終わった後に、人事社員より

「ジュースは飲み放題だから、ゆっくりどうぞ」と言われたのは、屈辱だった。


最終的に不動産業界へ絞りSPI試験を熟読し、苦悩しながら4次面接までいき、内定合格の電話を自宅で受けた時には、隣で母親が泣いて喜んでいたのがより一層、小旗の気持ちを奮い立ててせていた。


社員通用口より、3階の営業部のフロアへ着くと、空気がピリッと痛く感じる気がした。

営業独特の緊張した雰囲気である。


「おはようございます。」


部屋の雰囲気で気合を入れて挨拶した。


が、それに対しての返答はまるでない。


”なんか、まずったかな・・・・。”


戸惑いつつも、辺りを見渡すとすでに同期の社員が席に座っていた。

研修中は、まったく面識がなかったので見落としていたが、よく見れば、飾り棚の人形のように机の置物になってて、「緊張」の二文字が体から表されていた。


他の同期社員は既に、電話をかけているものもいた。


小旗も自分の課の席がわかると、まずは課長に向かって歩き出した。


営業部は2部構成になっいて、1課~7課の6課体制。合計12課が存在する。

各課には課長、係長、主任、社員と4~5名が割り当てられるので、本社の営業部は約60名の社員が存在するわけだが実力主義の㈱神京は、社員同士骨肉の争いが繰り出されるのだ。


課長席に着き


「おはようございます。小旗です。今日からよろしくお願いします。」


と挨拶をすると、いやにリラックスした雰囲気で



「おー、来たか、俺は高山だよろしくな。」


と親しみのある、返答があった。


”思ったほど、怖そうじゃないな。”


やや、安堵しかけたのもつかの間


「じゃあ、早速、現場いってくれ。」


??


研修では、接客のしかたをロールプレイングで何度も社員同士やっていたが、いきなり現場とは・・・。


戸惑いつつ小旗は、東京のベッドタウンとして有名な、多摩エリア、「南大沢」へ向かった。