小説:マンション屋さん 4 | マンション屋さんの溜め息

小説:マンション屋さん 4

モデルルームに戻ると、小旗は、驚きを隠せなかった。


玄関入口を除くと、人の背中しか見えない。


子供の靴やら大人の靴が、ほぼ一杯に置かれていて、受付嬢が対応に追われている。


大量供給のさなか、第6次マンションブームの人気で異常な盛り上がりを見せていた。


西と小旗は裏口から入ると、課長の橋本が


「西、次がうちの順番だからスタンバイしておけよ。小旗は、ま、パンフレットでも読んでおけ。」


自分も接客をしているようで、忙しそうだ。


しばらく、小旗は控え室の様子を見ると、社員の動きに圧倒された。


ノートパソコンが2台しかない為、そこにインストールされている、支払い計算を順番待ちする者

電話で、お客様と応対している者

課長から指示を受けている者

コピーをとる者


株取引場のようだ。


さらに、驚いたのは、


壁に割り振り表と呼ばれる、部屋割りがされた表にお客様が申込を入れた場合、書き込めるようになっているのだが、既に午前中だけで10件以上、書かれている。


隣で2部3課の課長が、本社に電話をいれているのが聞こえてきた。


「お疲れ様です。305号室、松田担当でお願いします。 え?大丈夫です。ちゃんと、かたまってますから。」


どうやら、また一部屋、申込が入ったようだ。


部屋を申込する場合、本社に待機している、1部、2部の部長に電話を入れて、部屋を抑えることになっている。

ここで、1部と2部の成績が著しく変わるので、部長同士、強引に部屋を抑えて数字を取っていくわけだ。


スムーズに契約まで終われば、問題はないが、途中で申込解約など起きようものなら、ただでは、済まされない。

担当者は課長に死ぬほど詰められ、課長は部長からさらに詰められる。人格否定までされるような発言も飛び交い、生き地獄を味わうことになるのだ。


小旗は、まずはパンフレットを入念に読み始めた。

物件概要をとにかく、丸暗記することを指示されていたので


駅からの距離

施工会社 

完成時期

用途地域

広さと間取り

設備の内容


など、頭に入れ始めた。

とはいうものの、なれない用語が多く、中々、頭に入らない。

焦りながら、何度も復唱していた。


1時間ぐらいが経ったであろうか、


「小旗!。」


橋本が呼ぶ


”きたか”と思ったのもつかの間


「弁当買ってきてくれ。」


ほっと安心したような、残念なような複雑な気持ちで1000円札を受け取り

ほか弁屋へ向かった。


結局、小旗は、接客することなく、また”飛び込み”へ戻された。

その日も見込み客は、でることなく、夜9時、モデルへ戻った。


小旗が課長に飛び込みノートを見せていると、ものすごい罵声が聞こえてきた。


「てめえ、何考えてんだ!!!!。うちのエリアから、客が来てるじゃねーか。」

「そのまま1部で決められているんだよ。潰してねーだろ!!。」


2部3課の課長であった。

武道派と呼ばれているだけあって、ヤクザ顔負けのドスをきかしている。

笑っている顔が想像できないほどで、常に眉間に皺を寄せている。


「いえ、飛び込んだ時は、留守だったので・・・。」

怒られている社員は、今にも泣きそうな顔で言い訳をしていた。


小旗も一緒に怒られているようで、震え上がってしまった。


”社会人って、こんなにも怒られるものなのだろうか??”


平和主義者である小旗としては、あまりにも、経験したことのない状況で、胃が捻られるような感じであった。


周りの社員は、毎度のことのようで、全く普通に対応している。

お客様と電話している社員は、当然のように、テーブルの下に身体を潜らせ、声がはいらないように対応している。

奇妙な光景であった。




「いいわけ、してんじゃねーよ!!」


怒号はレッドゾーンに達していた。


「てめえ、給料もらってんだろうが!!もう1回エリア潰してこい!!。」


時計の針は22時近くになりそうであったが、全く関係はなかった。