小説:マンション屋さん 2 | マンション屋さんの溜め息

小説:マンション屋さん 2

新宿より約34km。京王新線駅である「南大沢」駅は1日の平均乗降人員、約58,000人と新興住宅街として人口増加が著しい。周辺は以前からの多摩ニュータウンの公団がある為、緑が多く町並みは綺麗であった。


駅から5分ぐらいの一角に

「エレファントヒルズ南大沢」のモデルルームはプレハブ2階建てで建っていた。白基調のやさしい雰囲気で外壁をまとわせ、緑が鮮やかな観葉植物を入口付近に置き、お客様を迎え入れていた。


駅で一緒になった、同期全員と裏口の従業員入口を開けると、小旗は、一瞬、動きが止まった。


広さ、12畳ぐらいのスペースに長テーブルとパイプ椅子が、ところ狭しと並べられていて、そこにスーツ姿の男が15名ぐらい群がっていたのだ。その上、タバコの煙で霞がかかっている。


奥から、のそりのそりと歩いてくる男がいる。2部3課の次長、大貫であった。


「じゃ、先輩社員は、既に飛び込みに行っているから、合流してくれ。あ、大学ノート忘れずに買って、そこのチラシ持っていけよ。」


さらっと、指示がでるや、さっさと自分は奥へ引っ込でしまった。

とりあえず中へ入ろうとしたが、入れたのはわずか1m弱。とにかく部屋が狭いので、持ってきた荷物も置くスペースがなく、邪魔にならないように、台所の横にかろうじて置き、紙袋にチラシを一束いれて、先輩の待つ公団エリアへ向かった。


「なんか、俺ら、邪魔者みたいじゃねーか?」


同期の一人がボソッと呟く


「居場所なさそうだもんな。」


「いきなり 飛込み だもんな。」


「俺んとこの課長なんか、必ず客引っ張ってこいよって念押しされたよ。」


小旗を含めて、全員が戸惑いの色を隠せない様子だった。


南大沢団地につくと、先輩社員が数名固まっていた。

紙袋をもったスーツの集団は、異様に見える。


先輩社員の西と藤原がいて、仕事内容を聞くと


「買った大学ノートにさ、ここの団地ごとに、部屋番号とお客さんの名前を書いて、居ない場合は留守の「ル」

誰かかが出てきて、話せた場合は、その内容を書いて、駄目なら「×」、話になったら「△」と書いていけよ。」


「部長からは、見込み1件出せって指示だからさ。」


当然のように言われたが、小旗はまだ、実践のセールスはやったことがなく、焦っていた。


藤原から


「じゃ、まずさ西と一緒にやり方みとけよ。」


といって、自分はさっと他のエリアに行ってしまった。


小旗は


「西さん、どういう風に話せばいいんですか?」

と聞くと


「別になんだっていいんだよ。このアンケートに住所と名前と連絡先を書いてもらえるように話せばいいんだから。」


西は面倒くさそうに答える。


「じゃあ、ちょっと見てろよ。」


と近くの団地の一角へ入り扉をたたき始めた。


「こんにちは、エレファントマンションの西と申しますが、実はお近くに新たらしく発売することになってご案内させていただいているんですど。」


丸暗記したかのような、セリフを並べるや


「結構です!!」怒る


あからさまに迷惑そうな声が聞こえてきた。



バツが悪そうに、西がでてくると


「じゃ、そんな感じで2時間後にここに来いよ。」


と瞬く間に、いなくなってしまった。


一人残された小旗は、途方にくれながらも目の前にある公団の入口から101号室の扉を恐る恐る叩いた。


「はい。」


扉越しに声がしたので


「あ、す、すいません。エレファントマンションの小旗と申します。お近くに今度、マンションができるのですが・・・。」



”やべー、かんじゃったよ”


初めてのセールスにドキドキしながら話すと


「うちは、いりませんから。」


冷たく言われると、それ以上、扉から人の気配はしなくなった。


ものの30秒弱でセールス終了である。

仕方なく、ノートに部屋番号は書いたが、表札は載っていなかったので、

「けっこー ×」

とだけ書き、反対の扉を叩いた


トントン


「・・・・・・。」


隣の小窓から明かりは見えるが「誰も出てこない」


どうやら居留守である。


たぶん、先ほどのやり取りが聞こえていたのだろう。まったく無反応である。


ノートには


「102 ル」


とだけ書き、さらに階段を上がっていった。


最初の30分ぐらいは、5階建ての団地を上がるのは、さほど苦ではなかったが

やはりエレベーターがないと慣れない革靴できつくなってくる。


1時間ぐらいたったであろうか、ノートには


「× けっこー。」  「ル」


が並んでいた。


小旗は行くとこ、行くとこ断られて気がめいっていた。


断られるだけならいいが


「この間も、来たじゃないの。いらないっていってるでしょ!!。」


とダブルで怒られるのは、何か自分が悪いことでもやっているんじゃないかという錯覚を起こさせた。


2時間たち、周った件数は、


約50件


多いか少ないかは別として、まだ1件も見込み客が見つからない。


元の場所に戻ると、西はタバコをふかしながら待っていた。


「どうよ?なんか出たか?」


宝物でも探し当てるような言い方である。


「すいません。でないです。」


「だろうな。公団じゃでないよ。」


後から聞いたことだが、公団居住者は年齢層が高く、賃料も安い為、購入率は低くなるという。

やはり、狙いは、通常の賃貸マンションだそうだ。それも小奇麗でオートロックやインターホンが付いていたり、4戸ぐらいしかない、こじんまりとしたマンションがお勧めだという。


時計の針が18時を過ぎるのを見た小旗は


「西さん、どうしますか?」


と尋ねると


不機嫌な顔で

「部長に業報いれないとな。」


と言い出した。


「業報」:業務報告  ㈱神京は2時間おきに各営業部長に電話で、どこにいて、どれだけお客様に会い、見込み客は見つかったかという電話を入れる。そこで成果がでないと、ボロクソに詰られるのであった。


渋々、西は携帯電話を取り出し、会社に電話を入れ始めた。


「あ、2部5課の西です。お疲れっす。今、南大沢2丁目の団地を小旗と周ってまして・・・・。

すいません。引っかかりはあるんですが、見込みはまだで・・・・。


え?


あ、すいません。


はい


はい


はい


すいません。


はい、もう1回行ってきます。、はいお疲れっす。」



日本人の特徴というか、

西は、相手がいないのに、盛んに携帯を持ちながら頭をペコペコ下げていた。おじぎ




小旗は、内心、先輩の西が電話をしてくれているのが、せめてもの救いだな

と、思っていたが

一応


「西さん、すいません。」

と謝ると


「今度はお前が電話しろよ。胃が痛くなるんだから。じゃあ、また2時間後な。」


そそくさと、団地に消えていった。


小旗は、残りの団地へ向かったが、


既に時間は21時。


扉を叩き続けて100件近くになったが、見込みは一向に出なかった。


22時前に電話が入り、モデルに戻ると


大貫が


新卒を集めて


「全員、飛び込みノート見せてみろ。」


と各自のノートを見始めた。


当然、全員見込み客は、でているはずもなく、「×」やら「ル」の文字が並んでいるだけだった。


「ま、初日はしょうがないな。明日は見込み出せよ。お疲れさん。各自課長に電話入れてあがってくれ。」


小旗は、課長に電話を入れると


「わかった、上がれよ。」


ぶっきらぼうに電話が切れた。以外にさらっと終わったことに、小旗はほっと一息ついたが

隣で、電話を入れていた、同期の羽場は


「え?これからですか?はい・・・。わかりました。」


表情が曇りながら電話を切ると


「これから、チラシ300枚まいて帰れってさ。いいよな小旗は・・・。」

疲れた声で話すと奥のチラシを取りに行ってしまった。


”週末の明日はどうなるんだろう??”


小旗は、初日から、顔面にドカンとカウンターパンチを食らったような感じだった。

精神的にも疲れたが、肉体疲労も大きく帰宅すると日付は変わっていた。

重い身体で風呂から上がると食事もとらず、泥のように眠りについた。