小説:マンション屋さん 3
週末、土曜日
小旗は9時には、モデルルームに到着して、”飛び込み”の準備をしていた。
モデルルームには接客スペースがあり、大体6テーブルぐらいあるのだが、そこで新入社員から3年目の社員ぐらいはオープン前にチラシを折り、飛び込みの準備をする。
チラシには自分の名前のスタンプを押した「プレゼント券」をホッチキスで貼り付け
お客様がそれを持ってきた場合は、無条件でその者が担当者になれるようになっている。
通称
担当付き 略して”担付き”といわれる。
プレゼント自体は、ボールペンであったりコップであったりと、たいした物ではないが、意外に持ってくるお客様がいるので馬鹿にならない。
戦さで例えれば、足軽部隊の唯一の武器であろうか。
反対に、本陣が置かれる営業控え室はというと
これは、これで、戦さ場である。
なにしろ、全営業社員がひとつのモデルルームに集結するので、控え室は、すし詰め状態。まずは自分の席を確保するのも一苦労。。
さらに、1部と2部は営業成績を競い合っていることから仲が悪く、課長同士、火花を散らしているのも少なくない。
長テーブルなので、隣同士の境がないと、あからさまに、ティッシュボックスなどで自分の縄張りを確保する者もいて、同じ職場の社員とは思えないような光景であった。
小旗を含めた若手社員は9時40分頃、一斉にモデルルームを出発した。
あらかじめ、細かくブロック分けされたエリアを各課に割り振られていて、それ以外のエリア進入してはいけない。
確率的に、現地周辺のエリアは成約率が高いため、この陣取り合戦も各課の数字を挙げる重要なポイントとなっている。
前日、会社で航空地図を前に、課長同士が真剣に、じゃんけんをして、エリアを取り合い一喜一憂している姿を見て、小幡は苦笑いをするしかなかった。
「おい、いくぞ。」
先輩の西が紙袋をかかえて、小旗を呼んだ。
課長からの指示で、2人で行動するように言われていたので、小旗の緊張は少なくなっていた。
50mぐらい歩くと、西は、
自前のスポーツカー「セリカ」に乗り込んだ。
「今日のエリアは遠いから車で行くぞ。乗れよ。」
小旗は安堵しながら
「はい、失礼します。」
と乗り込み、10分くらい走ったところで、人通りが少ない側道で車は停まった。
いきなり、西は、シートをリクライニングにしてくつろぎ始めた。
「西さん、”飛び込み”しないんですか?」
怪訝そうに小旗が聞くと
「行きたければ、お前だけ行ってもいいけど、土曜日の朝から”飛び込み”したってしょうがないだろ。。」
「お前もいきなりで疲れているようだし、ちょっと休もうぜ。」
西はそういうと、携帯電話で同期の社員と話し始めた。
営業社員は、要領の良さも重要になってくる。西のように、決して仕事に対して真面目でなくても
成績が上がっていれば、多少の事は、暗黙の了解になってしまう。
反対に、どんなに真面目に仕事をしていても数字が上がらなければ、ダメ社員のレッテルを貼られてしまう。
小旗は、西の行動を見ながら、はたして自分もこういう風に行動できるか不安であった。
1時間くらい経っただろうか、西の携帯電話が鳴った。
完全に熟睡していた西は、ビクッと震えるように起き電話にでた。
「はい、西です。 はい あ、今、小旗と一緒に周っていますけど。
あ、はい。 じゃあ二人で戻ります。」
電話が終わるとすぐに、車は動き出した。
「西さん?」
「課長からで、モデルルームにお客さんが溢れて接客する社員が少ないから戻れってさ。」
「お前、もしかしたら接客できるかもよ。」
からかい気味に西は話したが、小旗は焦った。
”本当かよ”
”現場に来て2日目で接客するのか??自分でできるのかよ。”
自問自答しながらモデルへ戻った。