小説:マンション屋さん 7
週末の土曜日に契約日を決めていた小旗は、初契約の待ち遠しさに心をおどろさせていた。
契約申請書を課長に提出して、手付金の入金を待つだけであった。
が
木曜日
モデルルームに電話が入る。
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「おい、小旗。お客様から電話だ」
嫌な予感というのものは大抵あたるもので、この時、小旗も受話器を取る前に胃がキュッとしまる感じがした。
「お待たせしました。小旗です。」
「あ、長谷川です。先日はどうも。」
「いえ、こちらこそ、いかがいたしました?」
「ええ、実は、先日のお話なんですが・・・。」
受話器に力が入った。
「妻とも話したんですけど、今回は見合わせようかと思いまして。」
瞬間、胃液が逆流しそうになった。
「え?なぜですか?この間は、非常に気に入っていただいていたはずですが?」
「確かに物件は気に入っているんですけど、妻が仕事を再開するにあたって、保育園がないのが問題なんですよ。」
「しかし、お話したときは、問題ないとおしゃっていたじゃないですか?」
「まあ、あの時はそうなんですけどね。」
「長谷川さん、お電話では、詳しくご説明できないので、とにかく週末お約束どおりお越しいただけないですか?」
「え、まあ、わかりました。とりあえずお伺いします。」
小旗の頭の中は真っ白であった。
「断りだろ?」
隣の1部の先輩が皮肉っぽくからかってきた。
小旗としては、購入する気持ちは堅いと思っていたので、自分の交渉には満足がいっていた。
が実際は、そんなに甘いものではなく、お客様の気持ちをそこまで、掴みきれていなかったのである。
ともかく、課長の橋本には報告しなければ、ならない。
重い足取りで橋本に告げると
「週末にはくるんだろ。もう1回だな。」
さらっと一言ですまされた。
普通の課長であれば、死ぬほど罵倒されて、説教をされるのだが、
この橋本は、普通とタイプが異なり、最終的な結果を求める男で、ゴチャゴチャと、うるさいことは言わない。
そのため、課員からの支持は絶大でカリスマ性がある。
小旗は、そんな橋本に申し訳なく思うのと情けないのが交錯して、その日一日は仕事にならなかった。