マンタムのブログ -3ページ目

マンタムのブログ

この世にタダ一つしかないカタチを作ろうとしているのですが出来てしまえば異形なものになってしまうようです。 人の顔と名前が覚えられないという奇病に冒されています。一度会ったくらいでは覚えられないので名札推奨なのでございます。

上野の夏の骨董市をなんとか乗り切りました。

通常なら長くても20日くらいの会期なのですが去年辺りから長くなり今年はとうとう一ヶ月に及ぶ会期であり本当に疲れ果てました。

7月12日から8月11日までという会期で朝11時から夜8時迄。

唯一の役員である立場上一日たりとも休む事は叶わずしかも公園内での車の留め置きが出来なくなったので毎日通わざるを得ません。

片道2時間往復で4時間という貴重な時間が無為に消えて行くわけで時間的にも体力的にも金銭的にも実にしんどい日々だったのです。

しかも暑いし ゲリラ豪雨だしと自然の猛威にやられながらもなんとか作品を作り続けてました。

結局ほぼ毎日作品をつくってましたっけ。。



新宿 原宿 A Storyでの海底2万里展の為に ノーチラス号の破片2個 と アンチノーチラス号を作製 

マンタムのブログ
マンタムのブログ




タコシェ ジオラマ展の為に 「時間の為のdiorama」を作製。

$マンタムのブログ



このdioramaは時間のdioramaなのです。

解体され機械が剥き出しになった時計は本来在るべき風景の中に固着され時を刻む事でのみその存在を意味在るものに出来るのです。

時間は人間が作り出した観念そのものであり 本来ある世界 そこにある生態系や自然にとってなんの価値も意味もありません。

時間は作り出した人間以外には全く無意味な観念であるが人類が此処迄の文明を作り得たのもその時間と言う概念によるものなのです。

時間と言うものが内包する観念は他の全ての生命には理解する事も叶いませんが人類はその為に時計と言う機械迄をも作り上げますがこの時計と言う機械程時間と言う観念を此れ程明確にするものはありません。

つまりこのdioramaは人による時間という観念を現出させるためのdioramaなのです。

時計が止まった瞬間それは只のオブジェとなりますが一度振り子が触れ始めるとこれは時間と言うものを広げた傘のような肋骨に内包する観念の為のdioramaとなるのです。

タコシェにはこの作品以外にも2つの作品を作り出品しています。

これはそれぞれ時間を金属の木として作製し瓶に封じたものを水晶の光で照らし出したものです。

「封じ込められた時間の木」$マンタムのブログ

「時間の木を瓶に封じ込める」
$マンタムのブログ


17日のサイン会には更に新作を出品する予定です。


17日のサイン会は 鳥の王を今回のブックフェアでタコシェからお買い上げ頂いた方にサインと同時に表紙特製プレートへのイニシャル等の打刻をさせて頂きます。

特別ゲストとして森園みるく先生をお招きし現在総合プロデュースとして関わらせて頂いているまぼろし博覧会 村崎百郎記念館(仮名)のお話をして頂きます。

それ以外にも馬頭骨のギターLayla初号器の試奏等も試みたいと思っておりますのでお時間のある方は是非いらしてくださいませ!



8月2日より9月1日迄新宿A Storyで海底2万里展が開催されます。
今回フライヤーの画像にあるノーチラス号を作りました。


設定は原作からやや離れた艦になっています。

ジューヌベルヌ原作のノーチラス号は紡錘状の外形で動力は海水から抽出した成分による電気推進だと記憶しているのですが19世紀の艦で艦長は印度人でという設定からそれならネモが錬金術的科学で作り上げた艦と考え 海底で2万年を経た不死の鸚鵡貝(ノーチラス)を潜水装置にし推進に水鳥の脚部を融合させたキメラ生物に人間の作った機械を組み付けた艦として作りました。



ノーチラス号は過去何度か映像化されていますが個人的にはディズニー版のノーチラス号がとても気に入っているのです。

それから遠く離れない限り新しいカタチは作れなかったのでムリを承知の無茶な設定と構造になっております。




潜水艦は基本的に好きなのですがノーチラス号以外だと シービュー号 スティングレイあたりでしょうか?

今回のブログの画像はお持ち帰り大丈夫で好きに使って頂いて構いませんのでその分宣伝に協力して頂けるととっても有り難いのです。

是非 宜しくお願いします!



$マンタムのブログ
$マンタムのブログ
$マンタムのブログ


$マンタムのブログ
$マンタムのブログ


$マンタムのブログ


$マンタムのブログ
マンタムのブログ
マンタムのブログ
 蛾

それは肉食の蛾だった。

人よりも遥かに大きく人を捕まえては貪り食う。

それがもう十年近くも放置されたままになっている廃屋に何年かまえから住みついていて時々迷い込む人や猫を食べてしまうのだ。

その事を忘れていたわけではなかったがたまたま撮影するために廃屋に入り込みそこで遭遇してしまったのだ。

蛾と言っても羽が生えているわけではない。

 触覚も無いし 見た目は人とそんなに変らない ただ人よりは遥かに大きくて立って歩く事が出来ず6本の細い足で瓦礫の上を這い回るだけだ。

それが半身を起こし真円の赤い目で私を見ている。

蛾もいきなり遭遇したので戸惑っているのだ。

私は蛾が糖分を好む事を知っていたのでポケットにあったチョコレートを口らしきところに捩じ込む。

すると蛾はそれに無中になり口から溢れたチョコレートを拾おうとせわしく足を動かし始めた。

私はその隙に逃げようとしたのだが一緒にいた弟が蛾に捕まってしまった。

でも チョコに夢中で弟を食べようとはしない。

やりようがないので話しかけてみると多少は人の言葉がわかるらしく弟を放してはくれたが弟に種子のようなものを植え付けられてしまった。

それによって弟となんらかのつながりのようなものができたらしく蛾は私たちの後について来た。

外へ出ると太陽光の影響からか蛾の身体は縮みはじめしばらくすると人間とそう変らない大きさになる。

そうなるとよく見れば違いがわかるが這い回る事を除けば人とたいして変らなく思える。

でも これは蛾であって人とは全く違うものだ。

今は弟と繋がっていてそれで襲って来ないだけでいつまた本来の姿に戻って私や弟を襲うかわからないのだ。

どうにかして逃げるか それとも殺すか それまでは兎に角甘いものを与えて自分たちが餌にされないようにしなければならない。

一旦家に戻ってとも思ったがもしかして巣離れのようなもので今度はうちに居着かれたら大変な事になると思いそのまま車にのった。

父親のトラックだ。

弟の私は前に乗り 蛾は荷台にのせた。

どのみちいつも腹這いのままの蛾は座席に乗る事は出来ないのだ。

途中スーパーに降りて撒こうとするが上手く行かず結局大量の砂糖や飴を買う事になった。

車に戻ると早速砂糖を食べ始める蛾をそのままにして逃げようとしたのだが蛾は直ぐに気がつくと追いかけて来てたまたまそばに居た客引きしていた若い男を捕まえるといきなり食べ始めた。

男は手を食いちぎられ口から泡を吹いて苦しんでいたが肺を潰されると今度は口と鼻から大量の血をながしすぐに動かなくなった。

そうなると興味がうすれるのか蛾は食いかけの男を歩道に投げ捨て私の前に立ちふさがった。

「何処へ行く?置いて行くつもりか?」

喋ったのは後ろにいる弟だ。

蛾は発声器官を持っていないので種子で繋がっている弟の発声器官をあやつり喋らせているのだ。

「いや何処へも行かない ちょっと捜しているものがあったから」

「それは なんだ?なにを捜すんだ?」

「弟は日差しが強いとダメなので日を遮るものを捜している」
すると蛾はしばらく黙っていたが
「弟はそんなことを思っていない」
と 答えた。

弟と繋がっているので弟の思考を読めるのだ。

食われると思って蛾をみたが顔らしきところはそう見えるだけでおそらく顔ではないのでそこを見るだけではが蛾の感情がわからない。

襲ってくる様子が無いのでまだ疑っているだけだろう。

それなら弟を納得させる言い訳を考えれば良いと気がついたので

「母親にそう言われているのだ 弟はまだ幼いので自分のことをあまり良くわかっていないのだ」
と答えた。

蛾はそれで納得したようなので荷台に戻り私は車をスーパーから出した。

途中で西へ下る難民のグループが居たので請われるままに荷台に乗せる。

情けない話だが難民の殆どが夜は略奪者になるような連中だったし武器も持っているからうまくすれば蛾に気がついて殺してくれるかもしれないと思ったのだ。

だが 蛾は巧妙に正体を隠しているのか荷台は静かなままだ。

車を停めて荷台を見てみると蛾は難民を眠らせ卵を産みつけていた。

やがて大きな芋虫がこの難民を食い尽くすだろう。

身体の内部に生かせたまま入り込み中身を食い荒らして糞だらけにするのだ。

それは天敵から身を守る為だと聞いた事が在るのを思いだす。

それなら天敵がきてこの蛾を食ってくれるか 自分がその天敵になれないかと考えながら絶望的な気分でハンドルを握るのだ。

          
弟は横で疲れ果てたように眠り込んでいてピクリとも動かない。

植え付けられた種子が今彼の中でどうなっているのか知る由もないが自分が例えようも無く孤立している状況だということだけは確かなようなのだ。
既にパラボリカでは先行予約による特別版の「お渡し会」が5月18日より5月26日迄というスケジュールで現在開催中です。
100冊用意したのですが77冊の予約を頂き残った23冊も今回のお渡し期間中に無くなりそうなイキオイで更に50冊プレートに小さな時計パーツをつけサインを入れた特別版の第2弾を50冊用意する事が決まりました。

これと並行するように新宿A Story での予約受付と販売が始まっていてA Story版ではA Story特製マンタム作品カードがつくそうです。 名古屋Sipkaでも予約の受付が始まっているようです。

東京三省堂神保町本店では5月20日より4階芸術コーナーエスカレーター降り口横で 鳥の王発売記念フェアが開催されていて鳥の王本体が置いてあってそれ以外にも作品が何点か置いてありブックフェアの為に作製した錬金術師の為の装飾品の新作や鳥の王発売記念プレート等が一緒に販売されています。
こんな三省堂今迄に見た事が無いと評判になりつつ在るので是非足を運んでみて下さい!
6月20日頃迄続けてもらえるとのことでした。

東急BUBKAMURAにある NADiffでも 鳥の王を置いてもらえることになり小さなオブジェを制作しそれと一緒に置いてもらえる事になりました。

この後はブックフェアが 池袋ジュンク堂 代官山蔦屋 新宿南口紀伊国屋と続く予定です。

ブックフェア期間中はそれぞれの会場に土曜日か日曜日はなんとなく居ようかなと考えています。

実際今迄の展示は画廊や嗜好性の非常に強いお店等での展示が殆どで三省堂でしかも本店でなどという晴れがましい場所ではやったことがありません。

自分でもそれはどういうことなのか見てみたいですしお客様の反応と直に接してみたい。

今回はオリンピアも麗子もオテサーネクも居ないのでトラウマの子供は量産しないだろうけど 鳥の王 その人がいるわけでそれがそんな晴れがましい場所でどうお客様の目にうつる物なのかととても気になるところなのです。


それとこの 鳥の王 という本を世に出す為にとても多くの人たちの大変な努力があって世に出せたワケですからそれに対してちゃんとその結果を出さなければと思うわけです。

ちゃんと個展という物をひらいて作品を発表したのが2010年の秋の事でそこからここまでほぼ休むヒマなくやってきたわけですが なんだか凄いことになったなぁと思います。

今回の展示が終わったら暫くは引き蘢って作品作りに励まねば!と思うのです。






4月10日から28日迄一度会場を変えてというちょっと不思議な展開になったマンタム個展「残骸に在るべき怪物」展が無事に終了し5月1日からは中止になった上野5月の骨董市に代わり新宿のA Storyさんで骨董市を開催させてもらうことになりました。

$マンタムのブログ


個展の方は元々4月25日に鳥の王が出る予定でちょっと無理に組んで頂いたものだったのですが会期を発表してから本の発売が実は5月の後半になると発覚。。

22日で終了させず24日に2階の奥の部屋に移動したのは本当はその時点であの場所で本をお渡しする予定だったのです。

それじゃあということで急遽27日28日とワークショップをやることにしたら予約開始初日で定員に達してしまい入れなかった人たちからの要望もありで5月31日と6月2日に再度開催することが決まりました。

でもこれも比較的早く埋まってしまい残っているのは今日4月29日の時点では31日金曜日の一人分だけだと思います。

$マンタムのブログ

今回のワークショップに参加してくれた人の作品です。
彼女は始めてとは思えない程手際が良くて2時間程で作ってしまいました。
他の方の作品も皆素敵なものだったのですが写真を撮っていなくてネットにアップされていた彼女のものを借用して記載しております。

と こういうのも出来るのです。

今回の新宿A Storyさんでも12日12日 日曜日にワークショップを開催致します。 6,660円+材料費
1部 お昼の12時から16時迄
2部 18時から22時迄
定員 各5名 ドリンク&オヤツ付き

なかなかバーナーとか使う機会もないしこの機会に是非!
今回はレザー等も用意して革を立体的に細工するというのもやってみようと思っています。

ご予約は 03-5357-7529 までお願いします!

それ以外にも


作家マンタム率いるアウトローブラザーズの骨董市と、マンタム作品を展示販売致します。

4日 土曜日 錬金術師の為の装飾品製作実演と注文による制作 13時~19時

11日 土曜日 錬金術師の為の装飾品製作実演と注文による制作 13時~19時

12日 日曜日 ワークショップ 6,660円+材料費
1部 お昼の12時から16時迄
2部 18時から22時迄
定員 各5名 ドリンク&オヤツ付き

17日 金曜日 グリーンカレーパーティ 19時スタート 1,666円 チャイ付き 定員10名

25日 土曜日 マンタムトークショー 21時半から 666円 ワンドリンク付き 定員15名

ご予約は 03-5357-7529 まで

色々イベント盛沢山で怪しい骨董品や時計の歯車やレンズや壊れたカメラの部品や1900年代初頭のドイツやフランスの医学書やら医療器具やら怪しい実験器具とか骨とか剥製とか兎に角盛沢山で臨みますので是非お越し下さいませ!

作品も前回の個展で展示したものも含め色々お見せ出来ると思います!

過去作品で観たいという物があれば持って行く事も可能です!

15日以降は新作も出てくるかもということでお楽しみに!!

在店出来る日や追加商品や作品等はツイッター フェイスブック等で告知致しますのでお見逃しのないよう!

それでは会場でお待ち致しております!
$マンタムのブログ



私にとって初の作品本となる「鳥の王 - Král o ptácích」が発刊されます。

2013年4月25日晶文社から発刊の予定で現在日頃からお世話になりっぱなしのステュディオ・パラボリカのミルキィ磯辺様による編集作業が始まっています。

基本的に直販が中心となる為がらくたからたからのように一般の本屋さんに並ぶ事はありません。
限定1500部のみの出版になります。

全ての本一冊一冊に私が鍛造したプレートが貼付けられることになっています。

当然全く同じプレートというものは作れないので一冊一冊が違う物になります。

一部の本屋さんやお店でのフェアを敢行する予定です。

もしウチでやっても良いという奇特なお店がありましたら是非声をかけてやって下さい。

出来る限りお伺いさせて頂きます。



この本の発売に合わせて4月10日から22日迄は1階の白い部屋での個展とそれに合わせてインスタレーションを行いやや変則的なアウトロー骨董市も同時開催。

23日から28日迄は2階奥の小部屋での作品展示となります。

作品の展示は鳥の王の関連作品と旧作 新作を合わせての展示になる予定で現在新作の製作に入っています。

個展のタイトルは「 残骸に在るべき怪物 」と致しました。

会期中大阪月眠ギャラリーでの個展「畜骸曲舞団」の音楽を担当して頂いた松本じろさんとカタストロフィーグラスバーでバーテンからライブからDJまでとなんでもやらせてしまい諸星大二郎トリビュート展の舞台た音効を担当 鳥の王の演奏者でもあるスカンクさん のギターユニットである バネセンパイのライブが14日午後7時より会場で開催。

パラボリカ・ビスでの個展  「夜 歩く犬」でやはり舞台を担当してもらい月眠ギャラリーでの個展でも舞台を担当してもらった 本原章一さんによる舞台が20日に決まっています。

今回の音効はスカンクさんが担当 CDも作ってもらう予定です。


鳥の王 の展示がメインになりますが「 残骸に在るべき怪物 」はこの話をベースにしていて今回はこの怪物もカタチにするつもりなのです。



                     怪物




私が路地に隠れていると いつものように彼が現れます。

彼は戦争で体の多くを失い機械に残った体を埋め込んで生きているので見た目はまるで大きなクレーン車かなにかの残骸のようです。

その錆びて不必要に大きな体をきしませながら 彼は私を探しているのです。

彼はいつも決まった時間にここを通り私はいつもこの時間にここにいるのです。

彼はそのことを知っているのでいつもここで私を探します。

それで私はいつも見つからないように小さくなって排水溝のなかや下水溝等に隠れているのですが今日は一旦はやり過ごしたと思って通りに出た所を彼に捕まってしまったのです。

彼だと思っていたのは調子が悪くてオイルをまき散らしながら走っている大きな廃水処理車だったのでした。

バンパーが外れかけてガタガタいう音を彼が錆びた足を引きずるようにして歩く音だと勘違いしてしまったのです。

彼の4つあるそれぞれ違った腕の一番小さな(機械油と蒸気で黒い粘土のように固まった)触手に摘まれて眼下には道路とこすれながら火花を散らす彼の足が見えています。

それからしばらく 多分 30分くらいして街の一番外れにある少し枯れた蔦が外壁にはり付いている製糸工場のあたりで彼はようやく動きを止めると私を彼の口らしきところに押し込みました。

口の中とは言っても所詮は継ぎ接ぎだらけの機械なものですから中から傷んだレンガの壁がみえて枯れた蔦に絡まるようにして死んでいる鴉の死骸まで良く見えるのです。

でも その継ぎ接ぎだらけ機械のなかから無数の小さな細く尖った刃や錐のようなものが出て来て私を解体していきます。

私は手際良く解体され体のあちこちから少しづつ切り離されて機械に飲み込まれていきました。

そうやってすっかり日が落ちた頃 私は彼の頭部に埋め込まれていて彼そのものになっていたのです。

さて これから どこへ行こうかと考えるのですが それよりこの格好が気になってしょうがありません。

どこへ行こうがなにをしようが隠れようも無いしそのうえ音はひと際うるさいのです。

これじゃ どこへ行っても気に入られないんだろうな と少しですが不安になったのです。




最初に手掛けた企画展は チェコ大使館で開催された ヤン・シュヴァンクマイエル氏への逆襲展 と題した尊敬してやまない氏に対してのオマージュ展でした。

http://www.youtube.com/watch?v=_GfqzeHf96I

これは地震直後で開催があやぶまれましたがチェコセンター所長のHolyさんの英断で開催にこぎつけツイッターで300以上のRTがかかるほど評判になっておりました。
評判は良かったけど平日のみで夕方5時迄というお役所仕事で行けなかったという観客の皆様の声に応えるカタチで ヤン・シュヴァンクマイエル氏への逆襲II《愛をこめて》をパラボリカ・ビスで開催。

http://www.yaso-peyotl.com/archives/2011/10/ii.html

http://www.youtube.com/watch?v=bcffT8OuEts

で、翌年2012年最初の企画として作ったのが 夜想・人形展2012[レクイエム/ルネサンス]
これは元々 3月11日の地震で不幸にも亡くなられた4万人もの人たちに対してあまり語られる事がなく だが それは私にとってとても辛い事だったのです。
これだけ大勢の人が一瞬で命を失うということは戦争以外ではこの国の歴史上最大の被災なのです。
それに対してなにも出来ないしそういった事象に対しあまりにも非力であるという事があまりにも辛くせめて2011年のクリスマスには失われた多くの命に対しての祈りを捧げたかった。

その為に本当はクリスマスを挟んでの展示にしたかったのですがスケジュール的に叶わずでも今年の最初の企画としてやろうということになり開催にこぎ着ける事が出来ました。

http://www.yaso-peyotl.com/archives/2012/01/yaso_doll_2012.html

人形とはヒトガタであり人をうつす物なのであればそれを捧げて祈れればと。

会場の中央に生命の木を配しそこから無数に伸びた鎖が人形と人をつなげて行く それは生きている者も死んでしまった者も等しくつなげてそこから新たな世界を垣間みる事ができないかと。

この展示は今でも自分の中ではとても大切な展示なのです。

「加虐的乙女の被虐的日常」展

これは大阪月眠ギャラリーでの展示でご縁を頂いた黒田武志さん川島朗さんとできれば大阪と東京の作家の交流を という趣旨のもとに立ち上げた企画でした。

最初に大阪に持って行く企画をどうするかと考えできれば最初は女性作家でと思ったのです。

それには また色々と理由はあるのですが。。

それで女性作家さんと考えた時に少なくとも当時私の周囲にいた女性作家さんの傾向として加虐性、被虐性の強い作家さんが何故かおおくそれはどうしてなのかしら?と。

時代性によるものなのか それとも東京という地方で女性が作家というポジションを取ろうとした時にそうなるものなのか?それとも女性という存在がそもそもそう言う傾向を有しているのか?


それで じゃあ それをそのまま展示しようと企画したのです。

この企画は大阪月眠ギャラリーとパラボリカの巡回展として開催致しました。

http://www.yaso-peyotl.com/archives/2012/05/kagyaku_higyaku.html



今回の諸星大二郎原画トリビュート展につながるわけなのです。

色々な展示企画にかかわってはいるのですが自分で企画運営したのはこれだけなんですね。

で 諸星大二郎原画トリビュート展なのですが 元々は私の個展をいたく気に入って下さった諸星大二郎さんにダメもとでパラボリカでの原画展をお願いしてみたのです。

そうしたら私の作る空間と作品が並んでいる世界に自分の原画を置くのならやっても良い という有り難い返事が返ってきました。

でも 私だけではあまりにもおこがましいと作家さん達に声をかけたところ予想外に反響が大きく我も我もと名乗りがあがりそれだけ諸星大二郎さんの影響の強さを改めて認識することになったのです。

今回の展示は過去から現在に至る膨大な諸星作品の中から特に厳選した(本当はかなり個人的な思い入れで選ばせて頂いた)原画20枚と今回の展示の為に描いて頂いた2点の新作を中心に13名の作家によるトリビュート展になります。

http://www.yaso-peyotl.com/archives/2013/02/moroboshi.html

また「諸星大二郎 トリビュート展」SPECIAL EVENTとして

ダンスと音のパフォーマンス
白井 剛 × SKANK (Nibroll)

ハチスノイト/Magdala ライブ&朗読

【Presque Grimm:Spectacle Noir~グリムのような夜の饗宴~】
本原章一/紅日毬子(虚飾集団廻天百眼)

http://www.yaso-peyotl.com/archives/2013/02/moroboshi_event.html

が開催されます。

もうすっかり私の手を離れて なんだかスゴい事になってしまったものだなぁと 思いつつも

それだけ現在のアーティスト達に多大な影響を今も与え続けている諸星先生の存在を改めて認識しているのです。

今回の展示を通じ諸星大二郎という作家からなにを私たちが受け取り次へなにをバトンしていけるのか?

これは私にとっても非常に興味深い事であり今からワクワクしているのです。


2月8日 午後7時よりオープニングパーティが開催されます。何方でも参加出来ますのでふるってご参加下さいませ!



 画像はありません。

 これは大阪の月眠ギャラリーで黒田武志さんと月眠ギャラリーによって企画されたボックスアート展 箱の中の詩学 が巡回展として東京のパラボリカ・ビスで展示されたときに作られた観客のためのテキストです。



 少しだけ手を加えてあります。




5つの夜の為の夢を箱に詰める

今回の箱を元にした作品は 大阪の月眠ギャラリーで展示されていた 「 馬の左の脳は時を刻む 」 「 馬の右の脳は昼と夜を刻む 」と今回のパラボリカでの展示の為に作られ外のショーウィンドウに飾られた5作品になります。

 

この小冊子はショーウィンドウに展示された作品の解説になります。

 

宜しければ手に取りお読み下さいませ。

 

 + + + + +

 

今回の箱の為の5つの作品は箱に夢を詰める作業でした。

夢から離れる刹那砕けて分解して行く曖昧さ、空気や匂いの断片のようなものを少しでもつなぎ止める為に記憶の糸を辿り記憶を物という記号に替えて貼付けて行く作業でもありました。

一度貼付けた物でもそれは大きさや時間が違っていたりしたので何度も置き換えながら曖昧な記憶を呼び覚ます作業は意外と楽しいものでもあったのです。

 

この夢はほぼ見たときの感覚で復元され箱に詰められているのです。

 

中には5つそれぞれの夢の話がaからfまでの記号で作品と合一するように書かれています。

この小冊子を開いてご覧になり

この文章と併せて見て頂いてもあるいはこの文章を素通りして作品だけを見てもらってもそれは構いません。ご自身で判断されるようお願いします。

 

 


a 「 夜 頼まれていた 荷物を運ぶ 」

 

私は捜していた家をようやく見つけドアを開けようとしたのだがそこのドアノブは握ろうとすると水栓のようなものに変わってしまいただくるくると回り続けてしまうばかりなのだ。

 

そうか 鍵をささなければならないのかと預かっていた鍵を鍵穴に差し込もうとするのだが今度は鍵がどうしてもうまく入らない。

 

奇妙に思って鍵穴を覗くとそこには鳥が居て嘴で鍵をつつき返していたのだ。

 

これではどうやってもドアを開けられないではないかと徒労感に襲われ諦めてトラックに戻るのだがトラックはいつの間にか子供の玩具になっていてしかもこわれてしまっているので最早どうにもならないのだった。

 

夜空にはさっきまで荒れた道を照らしていた月さえなく私に出来る事はもうなにもないことを思い知らされるばかりなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 b 「 脳 貝 」

 

大きな船が沈みその海底にあった私の観察対象である貴重な珊瑚が被害を受けているという連絡で私は調査に出かけた。

 

アクアラングを着けその海底を調査しているうちに見た事もない奇妙な巻貝が群生しているのを発見した。

 

その巻貝は人の頭程もあり殻皮がなく真珠層がむき出しになっていた。

 

勿論 そんなものは見るのも初めてである。

 

しかも皆一様に同じような大きさで群生しているのでそれはまるで子羊の脳を剥く前の頭骨が海底に敷きつめられているような不気味さであった。

 

私は砕けた珊瑚と一緒にその内の一個を回収し研究室に持ち帰りその貝を調べてみたらそれはその遺伝子から人間の脳が変化した物である事がわかった。

 

その遺伝子情報は沈んだ船に乗っていた少年の物でありそれだと海に沈んでから脳が貝のカタチをとって生存していたということになる。

 

ただ構造的な問題からかそう長くは生きられないらしく3日と持たず脳の部分は溶けて貝だけが水槽に残っていた。

 

海底の貝も同じで次に調査に入った時には貝殻が転がっているだけだった。

 

以来私は脳の研究をしている。

 

私は貝の研究から脳について新たな発見を多数したがこれは本当に非常に興味深い分野なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 c 「 ヴィオリンは木に戻る 」

 

バイオリンの練習はいつまでたっても好きにはなれなかった

 

もともと 母親に強要されいやいややっていただけだからだ

 

いつしかバイオリンをみるだけでも心が詰まり吐き気さえおぼえるようになってしまっていた

 

私はどうしてもバイオリンから離れたくて学校でわざと多くの問題を起こし性格や行動等を矯正させるための寄宿舎に収容された

 

その牢獄と変わらない寄宿舎での生活というのは不自由極まりないものだったがそれでもバイオリンを弾かなくてすむ事はいくら神さまに感謝してもたりないと思えるものだった

 

子供の頃からずっと神さまにお願いし続けて15歳になって寄宿舎に入ってそれでようやく解放されたのだ

 

ここには面倒な矯正師やその手先のような上級生がたくさん居てそれはそれで厄介だったがバイオリンの練習をさせられ失敗すると罵られ自由を奪われる生活よりはまだ余程ましだったのだ

 

でも 今年の夏こそは家に帰らなければならず母親に課せられた課題曲が弾けなければならないのだが勿論練習等できている筈もない

 

やむなくしまい込んでいたバイオリンを引っ張りだしたのだが既にバイオリンはもともとそうであった木に戻ろうとしているところだった

 

当然そのままでは弾く事も出来ないわけだが母はこれをみたら諦めてくれるだろうかと考え だが 練習していなかったから木に戻ろうとするわけだから結局激怒することになる母親の事を考えると自分もこのバイオリンと同じように原初の存在に戻れば良いのにと願うのだった

 

d15歳になる迄解剖絵を見る事が出来なかった」

 

私は解剖絵が怖くてしかたがなかった。

 

それは自分が解体され内蔵や骨を剥き出しにされているような恐怖を常に憶える物だったからだ。

 

まだ本当に小さな頃は本を開き少しでもそういうものが見えると私は母親の背中に隠れて泣きわめいたものだ。

それは今となっては現実だったのか夢だったのかさえはっきりとしないのだがまだ学校に上がる前その頃住んでいた家は平屋の一戸建てが延々と続く住宅街だった。

家にはそれぞれその家と同じぐらいの庭がありそれを粗末な木の塀が仕切っていた。

私達小さな子供はその塀のすき間を容易にくぐり抜けかくれんぼや鬼ごっこをするのが常であった。

ある時鬼から逃れる為に普段はあまり行かない方向にあった垣根をくぐるとそこは木々や雑草がうっそうと生い茂っていて昼間でも夕暮れのように薄暗く地面は泥のように湿気っていた。

その薄暗い中に椅子のようなものがおいてありその上には幼かった私にとって人の脳としか思えない物が置いてあったのだ。

恐ろしくてそこを逃げ出し明るい表通りに出る迄息も出来ない程だった。

でも どうしても見たくなり何日か経つと意を決っして見に行くのだ。

脳を見た日は夜が恐ろしくなり朝迄眠れなくなったがそれでもどうしてもまた見たくなってしまうのだ。

今となってはそれが現実だったのか夢だったのかはわからない。

それ以来脳の絵はひときわ私の恐怖心を煽る物になったのだ。

 

例えば文章で 頭が割れ柘榴のように脳が飛散した というようなことが書いてあるだけでも一ヶ月はその恐怖から逃れる事はできなかった。

 

それは15歳になるまでぬぐい去る事の出来ない私にとっての恐怖だったがある時突然その恐怖は消え去っていた。

その理由や契機は今もって不明である。

 

これは当時の私の恐怖にカタチを与えたものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 e「 魔法瓶から抽出されるもの 」

 

魔法瓶には真空とそのなかで無限に反射され増大し続ける光で溢れている。

 

それは本来途方もない可能性を秘めたエネルギーに違いない筈なのだ。

 

私は魔法瓶の中に封印された真空の温度を絶対零度まで下げその中で何の抵抗もなく無限に反射し続ける光を抽出することに成功した。

 

その光は魔法瓶の口からもれ徐々にではあるが物質を形成し始めている。

 

それがなにでどこからどうやって抽出されるかは今回の展示で明らかにされるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 f 「 世界樹の枝 」

 

ある夜酔った父親が持って帰って来たのは何処から折って来たのかという小さな木の枝だった。

 

父親は自慢げにこれは世界樹の枝だと言い

 

馬鹿な魔法使いを騙して手に入れたのだと自慢した。

 

母親は あぁ そうですか と聞き流し それをそのままその辺りの瓶にさし 家族の誰もがそんなことを忘れた頃 枝はゆっくりと根をはやしはじめていたのだ。

 

それは最初小さなもので良く分からなかったがやがてだんだんと成長しカタチをはっきりと認識出来るころにはちゃんとした鳥の足になっていた。

 

それは瓶の淀んだ水の中にいるボウフラみたいな小さな虫を器用に捕まえるとそれを足の付け根にある口のようなところにもっていって食べているようだった。

 

私は怖くてしかたがなかったがどうしても見たくなって だが 見ると夜が恐ろしくなり朝迄ベッドの中で怯えているのだった。

 

ある日母親にそのことを話したのだけれどもうそんな存在の事さえすっかり忘れていて既に見る事さえ出来なくなっていた。

 

父親に話しても彼は夢でもみたのだろうと言うだけでとりあってもくれなかった。

 

それならと私は意を決し瓶の中の水を捨て箱に封じたのだがある日異音がしたのでしまいこんでいた箱をひっぱりだしてみたら枝は成長して入れてあった箱を突き破って大きくなっていたのだ。

 

私はすっかり怯えてしまい以来その瓶のことは出来る限り思い出さないようにしている。

 

だが 思い出すと箱はいつの間にか私の手元にありその成長を見せようとしているようなのだ。

 

       「 世界樹の枝 」β


しまい込まれていた箱は2つの未来を啓示する。


一つは「私」が恐くなって瓶を割り中の水を捨てる事で成長を止めてしまう未来。


もう一つは 見る事が出来ず放置していたらあるとき足だったものは鳥の頭部と化していてより効率よく水の中の虫を食べるようになっていたのだ。


足はどうしたのだろう?と良く見てみたら瓶の外に突き出した枝の一部が足になっていてちょうど鳥が瓶に中に頭を突っ込んだようなカタチになっていたのだ。


それでようやく理解出来たのだがそもそも世界樹はそうやって増えて行くのだ。


落ちた枝が水の中の虫を食べて鳥になり世界の果て迄飛んで行ってそこから新しい世界を創るのだ。


私は新しい世界が出来る事で今居る世界が押しつぶされるような恐怖に陥り瓶から鳥が出て来れないように針金で縛り上げる。


それで少し安心してまた眠りにつくことができるのだ。





こんなもの書店に並べていいのでしょうか?

なんか全然見た事ないおじさん(嘘)がギター弾いているし。。

帯は諸星大二郎先生



こんな感じなんですよー ということで昨日ミクシーにアップした日記をつけておきます。

ちなみにこの日記は本には入っておりません。

一般書店での発売は12月後半になるとのことです。

是非お買い上げの程宜しくお願い致します。


マンタムのブログ

だれ? ジョニー?歯井戸?



マンタムのブログ




マンタムのブログ



まぁ あとは買ってからということでよろしくお願いします。

もうこの時点で胃がきりきりしてます。

では

昨日書いた古道具屋日記です。


もう 随分前になりますが旧日本軍の軍服を着て骨董市に現れるお爺ちゃんが居たのです。

軍服といっても将校のものではなく兵隊のものでしかも相当に着古した物でした。

頭にはよれよれの軍帽を被りゲートルもしっかりと撒いて都内の骨董市では知られた存在だったのです。

私が骨董市に出始めた頃から見かけていたのですから結構長い間骨董市に通われていたんだと思います。

でも このお爺ちゃん結構扱いづらいところがあってしかも短気。

自分が見ている品を横から他のお客が覗くだけで怒って怒鳴りつけるしそこのお店の人が注意すると怒って帰ってしまいます。

それに結構値切るし(どうも古道具屋はふっかけるものと思っていたらしい)なかなか買ってもらえません。

彼が興味を持つ物は戦時の物が多くてやはり軍隊関係の物を欲しがります。

最初の頃は扱いにくいお爺ちゃんだしちょっと遠巻きにしていたんですがある日蓄音機をお店に置いていたら「悪いんだがちょっと聞かしてくれないか?」と仰るのです。

見てみたら彼の手には何処か他所で買って来た物らしい軍歌のSP盤が見えました。

その辺りの古道具屋なら なんて厚かましいんだ ウチで買ってくれたレコードだというならともかく他所で買って来た物を聞きたいからかけろって?針だって只じゃないんだって言うところでしょう。

でも 前々からこのお爺ちゃんに興味があったのもあって

「いいですよ~」ってかけてあげたんです。

そしたらお爺ちゃん少し嬉しそうに

「悪いな 有り難う」

と言ってレコードを聞いていました。

「お!軍歌ですね!」

と割り込んで来たお客様に

「今 ワシが借りて聞いているんだ!関係がないんだから他所へいけ!!」

と怒鳴りつけつつも熱心に聞いていらっしゃいました。

一通り聞いてから
「有り難う あんた良い人だったんだな これからも時々頼むよ」
とそれから本当にちょくちょく来てくれるようになってレコードをかけてあげたり時々は付き合いで物を買ってくれるようにもなりました。

そうやって2ヶ月もした頃には色々な話をしてくれるようになってそれでこのお爺ちゃんが戦時は近衛師団にいたことやまだ彼の中で戦争が終わっていない事等も理解致しました。

彼は戦後のこの国の有り様とどうしても折り合いをつける事が出来ず靖国陣者に祀られてている多くの上官や同僚達とまだ戦い続けていたのです。

彼の着ている軍服は戦時であることを意味していてその意思表明でもあったのですね。

そうやって何年か経ってある日
「お前だけに特別に見せてやるよ!」
といってアルバムを持って来てくれた事があったのです。

そのアルバムには 当時紅白に毎年出ていた国民的歌手や有名な役者さん達とそのお爺ちゃんが一緒に写っている写真でした。

写真と一緒にその人たちから届いた年賀状や手紙等も貼ってありました。

そうか 近衛師団って言ったら当時のエリート集団だもの そんじょそこらの人間が入れるようなところじゃなかったんだよな と。

このお爺ちゃんだって世が世であれば今頃大臣とかになっていたかもしれないような家系の出かもしれないのです。

「俺が死んだらこれ皆おまえにあげても良いんだ これなら良い値で売れるだろう?」

「いやいやこれは大事な物でしょう?こういうのは人にあげたりしたらダメですよ」

「だって死んだら俺はいらないから好きにすればいいんだ。お前はどうも変なところで融通がきかないな」

だが それから暫くして来なくなり半年程見かけなくなっていたのです。

心配ではあったものの住所さえ知りませんでしたからどうにも出来ずに居ると秋の骨董市の時に首に包帯を巻いて現れました。

喉が癌でやられたとかで手術したんですが声が出なくなってそのリハビリとかでなかなか骨董市まで来れなかったということでした。

筆談と骨振動を声にするマイクみたいな機械を使って久しぶりに来れてほっとしたと言ってくれてちょこちょこと色々買ってくれてその日は割と早く帰りましたがそれからまたいつものように顔を出してくれるようになりました。

声が出なくなって更に短気になって事情を知らないお客様が不用意に話しかけてそのマイクみたいなのでこづかれたりしていましたが基本的には元気そうでした。

それからまたアルバムや手紙や写真等を見せてくれて時々若い頃の話もしてくれるようになりました。

でも4年程前から姿を見かけなくなり風の便りで癌で亡くなった事を知りました。

一度遊びにおいで と誘われたのですが結局そこまでは踏み込めなかったのです。

今でも時々彼の事を思い出します。

結局結婚もせず 家庭も家族も持たず 彼の中で終わる事のなかった戦争の中へ死んで行ったのかそれともいくらかでも私や骨董市の存在がなんらかの助けになったのかそれはもうわかりません。

ですが最後の方はもう軍服姿ではなくアルバムを持った少しよれたお爺ちゃんでした。

それが少しだけ結局彼の招きに甘える事が出来なかった私にとっての救いになっているのです。

                    



                    合掌



ミクシーに書いた物と重複します。


ミクシーに書いてると読めないと言う抗議がありましたのでこちらに転載致しました。


サイン会には是非いらしてくださいませ!!


          +        +        +        +         +


スゴい事なのだ そうそう人生において本を出せるなんて事はないんですよ とパラボリカの受付スタッフに言われ成る程そうなのかと改めて実感しております。

勿論ですが自分一人では絶対無理だったわけで最初に出そうと言い出してくれた角川さんその後を引き継いでゲラ刷りにまで持ち込んでくれた晶文社の皆様にはただただ感謝あるのみです。

一応校正などの原稿チェック作業を昨日終えて後は私としてはもうなにもやれることはなく(とは言いつつも原稿読んでますが)12月14日に先行発売になるパラボリカでのサイン会を(なにがなんでも来て下さいね!)待つばかりなのです。

基本的には古道具屋という世界を今迄あまり触れられる事がなかった非常に人間的な部分から書いているので実際にこの世界に入るというスタンスからみれば相当役立つ実用書となっています(多分)。

まぁ 人間である以上関係性をどう紡ぐのかということがなにやるにしても全てのキモになると思うんですが意外とそういうことを書いてるモノがないんですね。

特に私たちのような仕事だと扱う物がゴミかお宝かの線引きが売る人と買う人の意思以外のナニモノでもないって考えた場合その関係性は絶対だと思うのです。

ということはどういう人間がこの世界を構成していてそう言う人間はどう考えてどう行動するのかみたいなことをちゃんと把握できていないと先に行ける筈もなかろうぜと。

ですから勿論商売上の基本的な知識やら常識みたいなことや露天だしたりネットでの販売上の留意点みたいな物理的(?)項目もきっちり書いているけど基本は人間ドラマです、この本。

おそらくコミックや映画やお芝居のネタ帳としても充分に活用出来るのではないのでしょうか?

校正作業していても相当面白く飽きずに何回でも読みなおせる素晴らしい構成になっておりました。

確かにこれ読んだら古道具屋になれそうです。

私もいろいろちゃんと考えなおさねばなって思いましたから。

まだ 実感ありませんがスゴい事なんだとは脳のどこかで理解出来ているようでちょっとびびってます。

同業の人たちとかお得意様には内緒にしたかったんだけど表紙には堂々とギター弾いている写真が使ってあるし これが書店に並ぶのかーと思うと頭痛もひとしおです。

やっぱりはじめっから影武者使ってサイン会もそれで行けばヨカッタかなーとちょっと本気で思っているのです。

関係者でお店とかやってる方々 本担いでサイン会とか営業とか行きますから是非宜しくお願いします!!



「ガラクタカラタカラ」 著者 マンタム 帯のところが諸星大二郎先生(本当にありがとうございます!)晶文社

12月14日パラボリカ・ビスで先行発売&サイン会

絶対来てくださいね!!