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これは大阪の月眠ギャラリーで黒田武志さんと月眠ギャラリーによって企画されたボックスアート展 箱の中の詩学 が巡回展として東京のパラボリカ・ビスで展示されたときに作られた観客のためのテキストです。
少しだけ手を加えてあります。
5つの夜の為の夢を箱に詰める
今回の箱を元にした作品は 大阪の月眠ギャラリーで展示されていた 「 馬の左の脳は時を刻む 」 「 馬の右の脳は昼と夜を刻む 」と今回のパラボリカでの展示の為に作られ外のショーウィンドウに飾られた5作品になります。
この小冊子はショーウィンドウに展示された作品の解説になります。
宜しければ手に取りお読み下さいませ。
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今回の箱の為の5つの作品は箱に夢を詰める作業でした。
夢から離れる刹那砕けて分解して行く曖昧さ、空気や匂いの断片のようなものを少しでもつなぎ止める為に記憶の糸を辿り記憶を物という記号に替えて貼付けて行く作業でもありました。
一度貼付けた物でもそれは大きさや時間が違っていたりしたので何度も置き換えながら曖昧な記憶を呼び覚ます作業は意外と楽しいものでもあったのです。
この夢はほぼ見たときの感覚で復元され箱に詰められているのです。
中には5つそれぞれの夢の話がaからfまでの記号で作品と合一するように書かれています。
この小冊子を開いてご覧になり
この文章と併せて見て頂いてもあるいはこの文章を素通りして作品だけを見てもらってもそれは構いません。ご自身で判断されるようお願いします。
a 「 夜 頼まれていた 荷物を運ぶ 」
私は捜していた家をようやく見つけドアを開けようとしたのだがそこのドアノブは握ろうとすると水栓のようなものに変わってしまいただくるくると回り続けてしまうばかりなのだ。
そうか 鍵をささなければならないのかと預かっていた鍵を鍵穴に差し込もうとするのだが今度は鍵がどうしてもうまく入らない。
奇妙に思って鍵穴を覗くとそこには鳥が居て嘴で鍵をつつき返していたのだ。
これではどうやってもドアを開けられないではないかと徒労感に襲われ諦めてトラックに戻るのだがトラックはいつの間にか子供の玩具になっていてしかもこわれてしまっているので最早どうにもならないのだった。
夜空にはさっきまで荒れた道を照らしていた月さえなく私に出来る事はもうなにもないことを思い知らされるばかりなのだ。
b 「 脳 貝 」
大きな船が沈みその海底にあった私の観察対象である貴重な珊瑚が被害を受けているという連絡で私は調査に出かけた。
アクアラングを着けその海底を調査しているうちに見た事もない奇妙な巻貝が群生しているのを発見した。
その巻貝は人の頭程もあり殻皮がなく真珠層がむき出しになっていた。
勿論 そんなものは見るのも初めてである。
しかも皆一様に同じような大きさで群生しているのでそれはまるで子羊の脳を剥く前の頭骨が海底に敷きつめられているような不気味さであった。
私は砕けた珊瑚と一緒にその内の一個を回収し研究室に持ち帰りその貝を調べてみたらそれはその遺伝子から人間の脳が変化した物である事がわかった。
その遺伝子情報は沈んだ船に乗っていた少年の物でありそれだと海に沈んでから脳が貝のカタチをとって生存していたということになる。
ただ構造的な問題からかそう長くは生きられないらしく3日と持たず脳の部分は溶けて貝だけが水槽に残っていた。
海底の貝も同じで次に調査に入った時には貝殻が転がっているだけだった。
以来私は脳の研究をしている。
私は貝の研究から脳について新たな発見を多数したがこれは本当に非常に興味深い分野なのである。
c 「 ヴィオリンは木に戻る 」
バイオリンの練習はいつまでたっても好きにはなれなかった
もともと 母親に強要されいやいややっていただけだからだ
いつしかバイオリンをみるだけでも心が詰まり吐き気さえおぼえるようになってしまっていた
私はどうしてもバイオリンから離れたくて学校でわざと多くの問題を起こし性格や行動等を矯正させるための寄宿舎に収容された
その牢獄と変わらない寄宿舎での生活というのは不自由極まりないものだったがそれでもバイオリンを弾かなくてすむ事はいくら神さまに感謝してもたりないと思えるものだった
子供の頃からずっと神さまにお願いし続けて15歳になって寄宿舎に入ってそれでようやく解放されたのだ
ここには面倒な矯正師やその手先のような上級生がたくさん居てそれはそれで厄介だったがバイオリンの練習をさせられ失敗すると罵られ自由を奪われる生活よりはまだ余程ましだったのだ
でも 今年の夏こそは家に帰らなければならず母親に課せられた課題曲が弾けなければならないのだが勿論練習等できている筈もない
やむなくしまい込んでいたバイオリンを引っ張りだしたのだが既にバイオリンはもともとそうであった木に戻ろうとしているところだった
当然そのままでは弾く事も出来ないわけだが母はこれをみたら諦めてくれるだろうかと考え だが 練習していなかったから木に戻ろうとするわけだから結局激怒することになる母親の事を考えると自分もこのバイオリンと同じように原初の存在に戻れば良いのにと願うのだった
d「15歳になる迄解剖絵を見る事が出来なかった」
私は解剖絵が怖くてしかたがなかった。
それは自分が解体され内蔵や骨を剥き出しにされているような恐怖を常に憶える物だったからだ。
まだ本当に小さな頃は本を開き少しでもそういうものが見えると私は母親の背中に隠れて泣きわめいたものだ。
それは今となっては現実だったのか夢だったのかさえはっきりとしないのだがまだ学校に上がる前その頃住んでいた家は平屋の一戸建てが延々と続く住宅街だった。
家にはそれぞれその家と同じぐらいの庭がありそれを粗末な木の塀が仕切っていた。
私達小さな子供はその塀のすき間を容易にくぐり抜けかくれんぼや鬼ごっこをするのが常であった。
ある時鬼から逃れる為に普段はあまり行かない方向にあった垣根をくぐるとそこは木々や雑草がうっそうと生い茂っていて昼間でも夕暮れのように薄暗く地面は泥のように湿気っていた。
その薄暗い中に椅子のようなものがおいてありその上には幼かった私にとって人の脳としか思えない物が置いてあったのだ。
恐ろしくてそこを逃げ出し明るい表通りに出る迄息も出来ない程だった。
でも どうしても見たくなり何日か経つと意を決っして見に行くのだ。
脳を見た日は夜が恐ろしくなり朝迄眠れなくなったがそれでもどうしてもまた見たくなってしまうのだ。
今となってはそれが現実だったのか夢だったのかはわからない。
それ以来脳の絵はひときわ私の恐怖心を煽る物になったのだ。
例えば文章で 頭が割れ柘榴のように脳が飛散した というようなことが書いてあるだけでも一ヶ月はその恐怖から逃れる事はできなかった。
それは15歳になるまでぬぐい去る事の出来ない私にとっての恐怖だったがある時突然その恐怖は消え去っていた。
その理由や契機は今もって不明である。
これは当時の私の恐怖にカタチを与えたものなのだ。
e「 魔法瓶から抽出されるもの 」
魔法瓶には真空とそのなかで無限に反射され増大し続ける光で溢れている。
それは本来途方もない可能性を秘めたエネルギーに違いない筈なのだ。
私は魔法瓶の中に封印された真空の温度を絶対零度まで下げその中で何の抵抗もなく無限に反射し続ける光を抽出することに成功した。
その光は魔法瓶の口からもれ徐々にではあるが物質を形成し始めている。
それがなにでどこからどうやって抽出されるかは今回の展示で明らかにされるであろう。
f 「 世界樹の枝 」
ある夜酔った父親が持って帰って来たのは何処から折って来たのかという小さな木の枝だった。
父親は自慢げにこれは世界樹の枝だと言い
馬鹿な魔法使いを騙して手に入れたのだと自慢した。
母親は あぁ そうですか と聞き流し それをそのままその辺りの瓶にさし 家族の誰もがそんなことを忘れた頃 枝はゆっくりと根をはやしはじめていたのだ。
それは最初小さなもので良く分からなかったがやがてだんだんと成長しカタチをはっきりと認識出来るころにはちゃんとした鳥の足になっていた。
それは瓶の淀んだ水の中にいるボウフラみたいな小さな虫を器用に捕まえるとそれを足の付け根にある口のようなところにもっていって食べているようだった。
私は怖くてしかたがなかったがどうしても見たくなって だが 見ると夜が恐ろしくなり朝迄ベッドの中で怯えているのだった。
ある日母親にそのことを話したのだけれどもうそんな存在の事さえすっかり忘れていて既に見る事さえ出来なくなっていた。
父親に話しても彼は夢でもみたのだろうと言うだけでとりあってもくれなかった。
それならと私は意を決し瓶の中の水を捨て箱に封じたのだがある日異音がしたのでしまいこんでいた箱をひっぱりだしてみたら枝は成長して入れてあった箱を突き破って大きくなっていたのだ。
私はすっかり怯えてしまい以来その瓶のことは出来る限り思い出さないようにしている。
だが 思い出すと箱はいつの間にか私の手元にありその成長を見せようとしているようなのだ。
「 世界樹の枝 」β
しまい込まれていた箱は2つの未来を啓示する。
一つは「私」が恐くなって瓶を割り中の水を捨てる事で成長を止めてしまう未来。
もう一つは 見る事が出来ず放置していたらあるとき足だったものは鳥の頭部と化していてより効率よく水の中の虫を食べるようになっていたのだ。
足はどうしたのだろう?と良く見てみたら瓶の外に突き出した枝の一部が足になっていてちょうど鳥が瓶に中に頭を突っ込んだようなカタチになっていたのだ。
それでようやく理解出来たのだがそもそも世界樹はそうやって増えて行くのだ。
落ちた枝が水の中の虫を食べて鳥になり世界の果て迄飛んで行ってそこから新しい世界を創るのだ。
私は新しい世界が出来る事で今居る世界が押しつぶされるような恐怖に陥り瓶から鳥が出て来れないように針金で縛り上げる。
それで少し安心してまた眠りにつくことができるのだ。