まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

何の役にも立たないが、特段面白い訳でもない。ましてや間違っても何かの為になど毛頭ならぬこと十全に請合う。勿論誰がどうみても上品であるはずもなく、履歴書に読者と書けば間違いなく不利となる。有閑男が白昼夢で口走る400字の戯言寝言放談放屁。それが神戸ニニンガ日誌

「神戸ニニンガ日誌」(第3,599号)

○東京・池袋の「FIRST AIRLINES」。ビルの8階に「池袋国際空港」がある。チェックインすると搭乗手続きがあり、パスポートと搭乗券を貰う。客はファーストクラスに。CAさんが出迎えてくれる。

 

○選んだ渡航先へ離陸する。シートも振動する。VRで渡航先の情報が体験できる。各地観光名所が一巡できる。ドリンクを飲んでいると機内食だ。スペイン便であれば≪前菜≫トルティージャ、イワシのマリネ、マンチェゴチーズ≪スープ≫ソパス・デ・アホ≪メイン≫鮮魚オーブン焼き、小海老のカルデロ風≪デザート≫クレマカタラーナである。

 

○これの病院版が欲しい。入院すると豪華な個室に案内され、健康診断があり、上等なパジャマに着替える。怪我か、内科か、その他の疾患なのかが選べ、診断内容や衣裳セットが変わる。

 

○健康法に関する映画鑑賞の後、寝台に横たわった患者に美しい看護師が病院食を持ってくる。場合によっては7分粥を「あーん」してくれる。コースのメニューはすべて超薄味だ。肉や脂にまみれた爺ぃには、これが上等な懐石料理に相当する。デザートはそのへんに売っている白桃ゼリーとヤクルトだ。すべてが終わると優しく耳元で「お大事にね」と言って送り出す。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,598号)

○前立腺全摘手術の後、N氏のぽちんこ(森脇健児造語)には管が嵌っている。膀胱と尿管を切り結んだので、正しく排尿するまで検査中ということだ。術後は血や何やらでドス赤黒い液体であった。ずっと点滴にも繋がれていたが、痛みが和らぎ、昨日外してもらった。

 

○それにしても看護師さんは大変だ。たぶん二交代制で勤務していて、午前9時~午後5時までの日勤と、午後5時~翌午前9時までの夜勤でシフトしているように思う。日に5~6回、体温、血圧、心拍数を測る。深夜丑三つ時にも病室に忍び寄ってきて、点滴の具合や、尿の処理、その他の様子を静かで機敏な動きで処置してくださる。

 

○手術前日に五分粥、さわらの煮つけ、ジャガイモ、そして汁とゼリーを食べ、その後6日間、断食で水のみの生活。点滴で腹一杯という感じ。7日目の朝【流動食・低残渣食】が出た。オモユと具のない汁と飲むヨーグルト。「流動食」というが、これは食ではなくすべて飲み物だ。昨日は体重も量った。入院時から3キロ減っていた。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,597号)

○笑福亭鉄瓶さんと桂佐ん吉さんの「コロコロラジオ」。鉄瓶さんが「何でみんなそんなにクレームを入れたがるのか」と訝る。3月11日、福島県いわき市の5つの市立中学校の給食に赤飯を出すことに対して教育委員会に一件の電話が入った。

 

○当日は東日本大震災から15年の日であり、そんな日に「赤飯」とは何事か、と。その日は卒業生を祝う給食の日で、献立は赤飯(ごま塩)、牛乳、福島県産鶏肉唐揚、沢煮椀、クレープであった。

 

○今年の中3生は、2011年生まれである。鉄瓶さんは「ほんなら3月11日生まれの子は祝われたらあかんのか」と怒る。食べログなどでも不味かった、サービス悪かったという人が要るが、味は個々感じ方が違うし、サービスもしかりである、鉄瓶さんは「悪かったら自分が次行かんかったらええだけやんか」と憤る。

 

○一件の電話を受けた教育委員会は、赤飯を回収し、代わりに備蓄品の缶パンや、アルファ化米を配った。そして赤飯2100食を廃棄したという。最悪だ。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,596号)

○担当医は、N氏に「前立腺に癌があります」と宣告した。昨年11月に生体検査をした結果だという。そしてN氏は本日より入院し、明日手術を受けるのだ。

 

○午前10時、病院に着くと、心電図、レントゲン、そして血を抜かれた。病院用語で採血という。その後病室に案内された。病室は3人部屋であった。看護師さんが来て、血圧、脈拍、そして体温をはかる。静かな部屋だな、と思っていたら隣に男子大学生が骨折で入院してきて、彼女(?)に大声で電話するのだ。耳栓の出番はないだろうと思いながら、荷物に加えたが、いきなり出番がきた。

 

○そして、来たばっかりで申し訳ないが、今から風呂に入ってくださいという。昼間の風呂は久しぶりだ。風呂から上がると昼食だ。何と五分粥にさわらの煮つけ、ジャガイモの煮たもの、そして薄味の汁にゼリー。取って付けたような病院食なので笑ってしまった。

 

○しかし、この後明後日の昼食まで食事は出ない。N氏はきれいに全部食べた。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,595号)

【金曜日は過去の号を再録します】

○阪神電車は梅田が始発駅なので大概座る事ができる。シートの下に枠がハメてあって、そこから暖房が出て来、尻まで温めて呉れる。足下の空間は湿度・温度といい、虫達にとっては冬でも快適な環境だ。

 

○現に電車内には蚊がよく飛んでいる。蚊避け商品を防蚊(ぼうぶん)グッズという。蚊研究の専門書『蚊學ノ書』(椎名誠)にも書いていない。座っていると靴下の上辺りがカユいが、あれはノミが庶民の足血を飲みに来ているのではないか。最初は全てのカユみ原因に蚊を疑っていたのであるが、どうも蚊のせいだけではないように思えてきた。

 

○蚊ぁさんと蚤み助がいるという事は、当然蝿男もゴキ太郎もいるとした方が無理がない。各電鉄会社はDDTをまくなどして、「ムシムシ大行進」(byなべおさみ)を阻止してもらいたい。

 

○かつては阪神電車も阪神パークに居た「レオポン」で一世を風靡したのだから蚤を上手く飼い慣らし「蚤のサーカス」で話題をさらう手もあろう。

 

○蚤に芸を仕込む方法は藤本義一の「蚤師瓢助」に詳しい。フリーマーケットは「Free」ではなく「Flea」で「蚤の市」という事になる。 (2009年6月16日号)

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,593号)

○15年前の今日、神戸のビル25階に居た。揺れがきた。すわっ、地震だ。免震構造で、ユッサユッサと特殊な揺れ方だ。

 

○その16年前、神戸も大きな被害を受けた。神戸阪神間に住む者は当時を思い出したのかも知れない。広報部のテレビをつけた。

 

○驚いた、三陸沖が震源だ。そんなに遠い所の地震がここまで揺るがすのか。次に画面は海の水が壁のようになって遡ってくる光景を映した。2003年に神戸で講演していただいた写真家の中村征夫さんの話を思い出す。中村さんは奥尻島で地震・津波に遭い、九死に一生を得た。靴を履く余裕もなく逃げた、と。あのとき民宿で靴を履いていたら逃げ遅れていた、と。

 

○三陸地方には「津波てんでんこ」と言い伝えられていて、とにかく何を置いても逃げろ、と説く。今となっては、それがわかる。

 

○その後、全国のお客さまからも浄財や善意が届き、被災地支援がはじまった。岩手・宮城・福島に行き、たくさんの流された町を見、たくさんの悲しい話を聞いた。今は東北各地に「友達」が居る。

 

○私たちは必ずこの体験を忘れてはいけないと思うと同時に、日々の備えを改めて確認したい。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,592号)

○「活弁ライブ」に参加した。無声映画に合わせて弁士が喋る。大正から昭和初期にかけて日本で流行した。当時は全国に8千人の弁士が居たらしい。デジタル隆盛の現代、活動弁士は20人程度、楽士は5人程度という。

 

○今回は弁士が大森くみこさん、楽士(ピアノ)は鳥飼りょうさん。鳥飼さんは他の音楽活動をせず、無声映画の演出のみを伴奏する。

 

○最初に「チャップリンの冒険」があった。チャップリンの短編である。脱獄囚のチャップリンが逃げまわる、走りまわる。この映画に高野虎市という日本人が出演している。チャップリンの運転手で、後に秘書となった。昭和7年にチャップリンが来日した際も同行した。

 

○次に嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」。後にアラカンの当たり役となる鞍馬天狗の第1作で、この作品ではまだ頭巾は着けていない。それにしてもアラカンもチャップリンに負けず劣らずの運動量だ。数十人・百数十人を斬る・斬る・斬る。

 

○弁士付きで見る映画は、今となっては全く新しい体験だ。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,591号)
 

○先日の「ラジオ深夜便」で歌人の穂村弘さんが朝日歌壇のことを話していた。深夜なので寝ぼけながら聞いていた。そこで穂村さんは朝日歌壇常連である富山の松田姉妹の事を話されていた。番組聞き逃しサービスで再度聞いていないので、概要不明である。

 

○1日の朝日歌壇で、選者の永田和宏が「松田家三連発」で選をした。まずは母の「『健康に育ててくれてありがとう』除雪しながら泣かせないでよ」(松田由紀子)。そして姉の「家中をピカピカにして父は待つコーヒー豆を挽きながら待つ」(松田梨子)と、妹の「姉は笑い母と私が泣いちゃった『娘さんを』の言葉を聞いて」(松田わこ)だ。

 

○姉ちゃんがついに嫁ぐのだろう。8日の紙面には「妹と母はドレスを試着する鏡の中の私見ている」(梨子)と「緊張の両家顔合わせ打ち解けるきっかけは富山登山の話」(由紀子)。全国の朝日新聞読者の何割かは富山の松田家のことをかなり知っていると思う。

 

○ネット情報では角川書店より「朝日歌壇で人気の歌人姉妹とその家族による第3歌集」が出ているという。私の想像以上にエラいことになっているのであった。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,590号)

○花粉の季節。恐らく40年以上この季節には悩まされてきたが、老化の具合か、閾値に達したか、単に鈍化しただけか知らんが、スコッティのカシミヤEXで一日に鼻を十回程かむだけになった。

 

○その代わり目が痒い。花粉が目にひっつくのであろう。一日に4~5回「ロートZ!」を点す。中島らもさんに『頭の中がカユいんだ』という本がある。

 

○当然乍ら目は老眼化しておる。子供時分から成人位までは遠視気味だった。遠いところは良く見えた。そうか、それで勉強が出来なかったんだ。高3から浪人中にインベーダーに侵略され続け、急に視力が落ち、余計に勉強しなくなった。莫迦だねぇ。

 

○年金をもらうようになった昨今は視力0.1である。運転中と映画・テレビ以外のときは裸眼だ。だから少し離れた所の文字や顔は何が何だかわからない。その代わり新聞や本は裸眼で読める。これはありがたい。しかしこうも目がカユいと新聞や本どころではないのである。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,589号)

○拙宅に『だるまちゃんとてんぐちゃん』や『からすのパンやさん』など、かこさとしさんの絵本がある。かつて子供に読み聞かせていた。

 

○達磨や天狗、烏は「かわいい」とは遠いものの筈だが「だるまちゃん」や「てんぐちゃん」はもう可愛いだけでなく超面白いし「からす」は、私がゴミの日に睨み合っているあ奴とは全然違う。だるまちゃんやからすはシリーズもので、今からでも全冊集めて読みたい。

 

○「日々の新聞」(いわき市)で知ったのだが、かこさとしさんに『秋』という絵本がある。かこさんが亡くなって2年後、娘の万里さんが「秋」の絵と文章、出版するときの注意書きなどを発見した。合わせて「力不足で出版できずにすみません」という編集者のお詫び状もあったという。

 

○かこさんは、18歳で軍需工場で勤労動員していた。手術を担当した医師が出征先で戦死。飛行士の落下傘が開かずに亡くなる光景を見、つきそいのおばさんの息子は遺骨も戻らない。翌年、敗戦。『秋』には、「戦争への憤りと平和への願いが静かに熱く語られている」という。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。