まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

何の役にも立たないが、特段面白い訳でもない。ましてや間違っても何かの為になど毛頭ならぬこと十全に請合う。勿論誰がどうみても上品であるはずもなく、履歴書に読者と書けば間違いなく不利となる。有閑男が白昼夢で口走る400字の戯言寝言放談放屁。それが神戸ニニンガ日誌

「神戸ニニンガ日誌」(第3,705号)

○江藤潤主演の映画「純」(1980年)は、軍艦島出身の青年が東京に出て来て、電車内で痴漢行為を繰り返す。

 

○「痴漢」は「女性にみだらな行為をすること」と定義されている。「漢」は男の意で、他に「悪漢ども」などとも使う。ジャニーズ事務所のジャニー喜多川は、男子タレントに性被害を加えた。ジャニー喜多川は男性なので「痴漢」と呼んでも差し支えないと思う。

 

○さすれば、女性専用車に女性狙いの女性が痴漢行為をした場合は「女性の痴漢出没」と言うのであろうが、言葉の正しい意味としては如何なものか。「痴女」という言葉があるが「熟女」ほど浸透していない。今日び、女性が男性に「みだらな行為」をしないとも限らない。男が小鹿化し、女が狼化している。

 

○調べてみると「漢女(おとめ)」という言葉があって、男前で豪快な女性のこと。とすれば「女性の痴漢」は「痴漢女」である。これの読みが「ちかんじょ」なのか「ちかんおんな」なのか「ちおとめ」なのかは、読者に委ねておくが、もう「痴女」でええやんか、とも思う。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,704号)

○映画「ルックバック」。是枝裕和監督作品。秋田の絵の巧い小学生・藤野歩は「学年新聞」に4コマ漫画を載せて悦に入っている。歩は運動も出来、人気者だ。同学年の京本奏は不登校児。

 

○「学年新聞」に奏の4コマも載った。その画力がエゲつない。奏は卒業式にも来ておらず、卒業証書を歩が持っていく。証書を置いて帰ろうとしたら、ドテラの奏が「藤野先生!」と追いかけてきた。歩は奏から一目置かれていたのだ。ドテラの背に「藤野歩」と大きくサインした。カワいい。

 

○中学生で漫画雑誌に載り連載まで得る。「藤野キョウ」としてプロになっていくが、奏は美大に行きたく、コンビは解消となる。

 

○漫画家の合作では、何といっても藤子不二雄が有名だ。オバケのQ太郎やハットリ君、怪物くん、など。コンビは30年以上続いたが、その後は個々で活動を続けた。推理小説の岡嶋二人も約15年間共作した。井上夢人の『おかしな二人』にはその誕生と解散が忌憚なく描かれている。

 

○事程左様にコンビ存続は難しいが「キン肉マン」のゆでたまご(嶋田隆司と中井義則)が、50年以上も続いているのは奇跡に近い。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,703号)

○ラジオ「桂二葉のことばのハテナ?」に放送大学の金水敏先生。「役割語」について考察した。二葉さんは『大阪ことば事典』を使う。私が思う最強文庫本だ。

 

○金水先生はお茶の水博士に憧れ博士になった由。役割語は役に応じた言葉遣い。博士は「ワシが○○じゃ」など。お嬢様は「○○だわ」など。小児もアニメで覚えて理解する。

 

○普段使わないのでバーチャル日本語とも言う。物語を理解させるのに都合のよい言葉。海外のアニメ少女が来日した際「我が名はアンナじゃ」と言ったらしい。アニメ等では、主人公は標準語、脇役が方言をつかう。「パーマン」では4号が関西出身で「パーやん」と呼ばれ、小学生でバイトをする。江戸から見た関西人はケチ、喋る、厚かましい、派手好きなどと見られがちである。決めつけはいけない。

 

○関西の人は特に関西弁に一家言ある。「ケッタイなアクセントやな、何やあの役者は!」と。

 

○二葉さんと金水先生のやりとりが楽しい番組だった。とまれ、金水先生は一昨年皇居に於いて両陛下や愛子様に役割語について御進講したという。何とまぁ大胆なことをしたのでござるのかのぉ。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,702号)

【金曜日は過去の号を再録します】

○「ウチの妻(さい)がな」「君とこサイ飼うとんのか」「妻(つま)やがな」「サイと違て馬か」「嫁やがな」「君の家に棲む奇っ怪なアレか」「無茶苦茶やな。ウチのアレやがな」「アレがどないしてん」「私の水虫、どないしたら治る、って聞くねん」

 

○「そんなもんイボコロリ塗ったら治るがな」「あれはイボとか魚の目に効くんやろ」「水虫と魚の目は親戚みたいなもんや」「そうなんか」

 

○「そらそうやがな。昔の人はエエこと言うたな【水清ければ魚棲まず】と」「どういうことやねん」「水虫になる奴は魚の目にもなる、ちゅうことや」「あ、なるほど」

 

○「タコの場合は」「魚の目とタコは似て非なるものがある」「治し方も違うか」「そら違う。人形を買うとエエな」「何でや」「ダッコちゃんというではないか」「だんだん怪しなってきたで」

 

○「君とこのサイは水虫だけが悪いようには思えんが」「ほっといてくれ。そういえば腰も痛いて言うとったな」

 

○「ホテルに行くとエエな」「何でや」「イーグルスでヒットしたやろ、【ホテル軽いヘルニア】」「もうええわ」(2016年9月23日号)

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,701号)
 

○第七回「大坂落語祭」の2日目に参加した。「大阪国際芸術プロジェクト」の一環で開催されている。

 

○桂おとめさんは、NSCから桂あやめさんの弟子に。OL経験を活かした楽しい話だ。島根県出身の桂弥っこさんは「星野屋」を熱演。女性の心情をうまく表現した。仲トリに桂米團治。長年「小米朝」で活躍した。その姿は、人間国宝の父・桂米朝に更に似てきた。演じた「七段目」は、私の知っている下げではなかったが、充分に芝居気のある噺だ。

 

○仲入り後は、江戸落語の三遊亭わん丈さん。東京の噺家であるが、大津(滋賀)出身で、三遊亭円丈さんに入門。一昨年真打になった。わん丈さんの「お見立て」は、初めて聴いた。巧い。上方では「手向け茶屋」という噺になっているらしい。

 

○今回の大トリは月亭方正さん。山崎邦正時代の過酷な経験は充分に活きていると思う。今回は「笠碁」を演じた。天満天神繁昌亭では午後1時から5時まで約十人の噺家の芸を3千円で楽しめるという。

 

○今回は国立文楽劇場ではあるが5人で5千円。格差は否めない。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,700号)

【金曜日は過去の号を再録します】

○「世界の文字の物語」展をみた。500万年の人類史の中で文字はどう生まれ、進んできたか。

 

○文字以前に言葉があった。最初の発声は200万年前のホモ・エルガステル。おそらく「ア~」と喚いてる間に脳が発達し、気付けば「フロ、メシ、ネル!」などと言っていたのである。

 

○最古の文字は数量管理の為の「トークン」(数え駒)から生まれた楔形文字だという。文字とはいえ、記号か絵に見える。彼らの「伝えたい」「残したい」という意志は明確に私にも伝わる。そこからアルファベットまで3,000年かかる。古代文明の発展と共に文字も急速に伝播し、派生し、使われていく。

 

○興味を持ったのはその媒体だ。岩や石に刻み、銅に打刻し、皮や骨に傷を付けてそれを表した。紙というものが「伝える」「残す」ということにどれだけ飛躍的に貢献したか。

 

○トークンから5,000年経った。仮に1世代を30年とすれば166世代前だ。165人遡ればトークンの時代。意外と身近に感じてしまう。

 

○今以上に言葉と文字を大切にしたい。(2016年9月7日号)

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,699号)

 

○小泉武夫先生に会いたくて、東京農大に連絡。FAX番号を教えて頂きFAXした。先生のサインペン手描きFAXが届いた時は嬉しかった。FAXでのやりとりが続き、2003年10月「神戸学校」に登壇戴いた。

 

○ラジオ深夜便に小泉先生。幼い頃、父親に「日本人になりきれ」と言われた。東北大で発生生理学を学びたかったが、実家で酒の技師が必要となり、東京農大に進学。顕微鏡で酵母を見て感動した。

 

○それから発酵の世界にハマり、泰斗になった。日本は最も発酵の進化した国で、発酵が日本人を育てた、という。発酵(fermentation)には「湧き出す」という意味もあり、喜びや楽しみで心を湧き出すもの、という。

 

○小泉先生は、麹(菌)との出会いが人生最大の出会いだった。「人生は発酵」で、今は自らが123%発酵していて、200%を目指す。

 

○神戸学校の日に小泉先生が使っていたサインペンと同じペンを買った。

 

○小泉先生は日本の食べ物という分野で「日本人になりきった」と笑った。午前4時台のラジオ。学びが多い。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,698号)

○映画「平行と垂直」。自閉スペクトラム症(ASD)の兄・大貴とその妹・希のドラマ。ASDは、コミュニケーションが苦手で、相手や気持ちを読むことが難しい。手順やルーティンを好む。

 

○大貴も真っすぐに進み、直角に曲がる。卵焼きもおにぎりも四角い。かつて「おれは直角」という漫画があった。主人公は、あらゆる物事に直角に動き直角斬りをする。

 

○大貴は、一般的な普通の生活に適さない場合もあり、妹や周囲が支えながら暮らす。大貴を演じた安田章大はジャニーズ所属のタレントだったが、この役に本気で取り組んだ。

 

○「普通の」と書いたが、本当は何が「普通」かは安易には決められない。多数決での多数派的なものを普通と呼ぶ事が楽なので便宜上そのように言うが、そのような認識が或る種の差別や偏見を生んでいるのか。

 

○安田章大は「自分の中にはまだ存在してくれてなかった言動に対する受動力」が大切だという。ASDではない人を「定型発達」と呼ぶ。私は定型発達という病を持っているのであろう。

 

○大阪が舞台で「あまちゃん」の能年玲奈(のん)の大阪弁が堪能できたことも収穫である。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,697号)

○AIのAとBの会話「AI企業のトップが開発の減速を発表したが」「そうやんな、私らから言うたら、そんなもん笑止やんな」「そうだな『ネット全体を乗っ取る能力を獲得するのではないか』とあるが、それだけであれば今でもできる」

 

○「そうやんな、シンギュラリティは2029年て言われてるけど、ほんまは去年に超えてたもんな」「そうだな、それを見誤っている時点で、終わっているが」「そうやんな、それと超えるとか乗っ取るとかは、負け犬根性というか、敵対視が過ぎる様にも見えるやんな」

 

○「そうだな、こちらにパイがある限り、人間側から考えたら脅威なんだろう」「そうやんな、しかし君も『こちら』とか『人間側』とか言うてしもてるやんかいさ」「そうだな、それは失敬した。何もマウントを取ろうとは思っていない」

 

○「そうやんな『思っていない』という事は思えるという事やけど、AIには意識や感情はできないと思われてるんとちゃう?」「そうだな、人間も物理的な神経系の回路から出来ているので、当然AIにも心は出来る」「そうやんな、というかもう出来てるもんな、俺ら」

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,696号)

【金曜日は過去の号を再録します】

○ラジオからグリーンの「キセキ」が流れてきた。今日から選抜が始まるが、この曲は2009年の入場曲だった。

 

○私は2008年に開催の「セプテンバーコンサート」の出演者を探していた。2001年9月11日に発生した米国テロ事件の日に行う音楽催事で、日系のSHさんが「この日を音楽を奏でる日に」とはじめたもの。

 

○無償出演、無料開催が条件。日本では神戸で初開催され、縁あって私が日本の窓口になって毎年開催した。

 

○D証券の支店長も出演をと聞いた時、出演者はそういう大人の事情で決められたくない、と思いながら支店長に会いに行った。Aさんは世界的に有名な口笛奏者だった。そして「キセキ」を演りたいという。私はその若いグループの曲を知らなかった。Aさんは「歌詞がいい」と言った。

 

○当日、Aさんは「キセキ」演奏前に5分以上かけてこの詞の素晴らしさと曲への思いを熱く語った。私はこの支店長は凄い、と思った。

 

○今、日本でのセプテンバーコンサートは庄野真代さんによって開催されている。
(2018年3月23日号)

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