さよならR35 GT-R~スーパーGT 思い出のアルバム・中編
本日のスーパーGT最終戦でニッサンGT-R R35型がGT500ではラストレースになってしまった。
ニッサン、トヨタ、ホンダが幾多のマシンをGT500に使用してきたが、R35型GT-Rが一番格好良いマシンで好きだっただけに残念だ。来年からスーパーGT観戦のモチベーションが下がってしまうかもしれない。
2014年からコンパクトデジカメを使用するようになった。デジタル一眼ほど解像度は高くないが、より望遠が効き色合い良く撮影できるようになった。
2014年鈴鹿1000Km&6月テスト
この年からDTMと規格統一のために共通モノコックを使用するようになった。
R35型GT-Rと言ってもほぼ純粋レーシングカーに生まれ変わった。これにより一層恰好良くなった。
松田次生/ロニー・クインタレッリ MOTUL AUTECH GT-R
チャンピオンを獲得
安田裕信/ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ カルソニックIMPUL GT-R
ミハエル・クルム/佐々木大樹 D'station ADVAN GT-R
本山哲/柳田真孝 S Road MOLA GT-R
2015年鈴鹿1000Km
松田次生/ロニー・クインタレッリ MOTUL AUTECH GT-R
二年連続チャンピオンを獲得
安田裕信/ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ カルソニック IMPUL GT-R
佐々木大樹/ミハエル・クルム D'station ADVAN GT-R
本山哲/柳田真孝 S Road MOLA GT-R
2016年鈴鹿1000Km
松田次生/ロニー・クインタレッリ MOTUL AUTECH GT-R
安田裕信/ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ カルソニック IMPUL GT-R
佐々木大樹/柳田真孝 フォーラムエンジニアリング ADVAN GT-R
本山哲/高星明誠 S Road CRAFTSPORTS GT-R
2017年鈴鹿1000Km
「鈴鹿1000㌔」が最後の年になった。
松田次生/ロニー・クインタレッリ MOTUL AUTECH GT-R
安田裕信/ヤン・マーデンボロー カルソニック IMPUL GT-R
佐々木大樹/ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ フォーラムエンジニアリング ADVAN GT-R
本山哲/千代勝正 S Road CRAFTSPORTS GT-R
ピットウォークか前夜祭後だったか覚えていないが、S Road CRAFTのピットピットで頂いた
今も普段使いで着ている
「2017 SUZUKA 1000kmRACE」と入っているところが嬉しい
さよならR35 GT-R~スーパーGT 思い出のアルバム・前編
日産がスーパーGT500クラスでR35型GT-Rを使用するのは今年が最後と発表した。今日の最終戦決勝がラストランだ。
スーパーGTで一番カッコイイマシンが姿を消してしまうのは寂しい。
かつてもスライラインGT-R R34型の投入終了し、フェアレディZに変更されたが、その頃ドルフィンはモータースポーツ一切を絶っていたのであまり知らない。
2007年から夏休み問う事もあって年に1回、鈴鹿1000Km土曜日だけ観戦に行き始めるようになった。フェアレディZ最終年の事。
それから少しづつモータースポーツ観戦が増えていったのだった。
2008年の鈴鹿1000Kmも行った気がするが、写真のデータが残っていない。
当時は友人から格安で譲り受けたデジタル一眼にスチールカメラで使用していた望遠レンズを取り付けて撮影していた。マッチングがあまり良くなく、調整しても写真が明るく撮れてしまっていた。2014年にコンパクトデジカメに移行するまでこんな感じだった。
ブログ掲載にあたり補正しているのでチョットおかしな色合いになってしまっている。
2009年鈴鹿GTサマースペシャル
本山哲/ミハエル・クルム MOTUL AUTECH GT-R
確かレギュラードライバーのブノワ・トレルイエ選手がペナルティか何かで出場できず(まだ詳しくなく友人に教えてもらった)、ミハエル・クルム選手が鈴鹿を走った。
GPスクエアに遊びに来られていたブノワ・トレルイエ選手にお会いできた。
松田次生/セバスチャン・フィリップ IMPUL カルソニック GT-R
ロニー・クインタレッリ/安田裕信 HASEMI TOMICA EBBRO GT-R
ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/荒聖治 HIS ADVAN KONDO GT-R
X-JAPANが前夜祭で来場した
2010年鈴鹿GTサマースペシャル&3月テスト
本山哲/ブノワ・トレルイエ MOTUL AUTECH GT-R
松田次生/ロニー・クインタレッリ カルソニック IMPUL GT-R
ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/安田裕信 HIS ADVAN KONDO GT-R
2011年鈴鹿サマースペシャル
本山哲/ブノワ・トレルイエ MOTUL AUTECH GT-R
松田次生/ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ カルソニック IMPUL GT-R
安田裕信/ビヨン・ビルドハイム ADVAN KONDO GT-R
柳田真孝/ロニー・クインタレッリ S Road MOLA GT-R
GT500チャンピオンを獲得
2012年鈴鹿1000Km&7月テスト
本山哲/ミハエル・クルム MOTUL AUTECH GT-R
松田次生/ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ カルソニック IMPUL GT-R
安田裕信/ビヨン・ビルドハイムvD'station ADVAN GT-R
柳田真孝/ロニー・クインタレッリ/S Road REITO MOLA GT-R
二年連続チャンピオンを獲得
2013年鈴鹿1000Km
保存していたCDが壊れて当時ブログに掲載した写真しか残っていなかった。
柳田真孝/ロニー・クインタレッリ MOTUL AUTECH GT-R
松田次生/ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ カルソニックIMPUL GT-R
安田裕信/ミハエル・クルム D'station ADVAN GT-R
本山哲/関口雄飛 REITO MOLA GT-R
火曜発売 F1マシンコレクション128号 ケケ・ロズベルグ選手戴冠のウイリアムズFW08
F1マシンコレクション第128号はケケ・ロズベルグ選手がワールドチャンピオンを獲得したウイリアムズFW08/フォード。
僅か1勝しただけで1982年のチャンピオンになったという伝説のシーズン。年間16戦中11人もが優勝。2名のドライバーが命を失い1名が再起不能になり、1名が途中引退した激動の年でもあった。
「水タンク問題」等マシンをめぐる訴訟問題も起こりポイントはく奪もあった。
その中で取りこぼしが少なく確実にポイントを重ねたケケ選手がチャンピオンになったのだ。当時は「たった1勝でチャンピオンっていいの!?」と思ったものだ。今ではケケ選手の確実なドライビングや❝遅いマシンもそこそこ速く走らせてしまう❞技量を高く評価している。
2017年のサウンド・オブ・エンジンでウイリアムズFW08をドライブするロベルト・モレノ氏
ウイリアムズFW08は、当時のウイングカーとして完成の域に達していた先代「07」シリーズを進化させている。
丸みを帯びたノーズにコンパクト過ぎるボディが特徴的。当時は角ばってシャープなスタイルのFW07の方が好きだった。
2017年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンで初めてマシンを見た時は思っていた以上にコンパクトだった。「F2位のサイズじゃないのか?」と思った。
サイドポンツーンのエアアウトレットは左右非対称
F1マシンコレクションの1/43ミニカーも小ぢんまりとしている。葉巻型F1とまではいかないが、近年のマシンに比べたらかなり小作りでミニカー自体の重量も軽いはずだ。
付属のムックの写真を見るとステアリングやシートもサイドポンツーン同様のモスグリーンだった。ミニカーもそれに習いかなり明るめではあるがグリーンに着色されている。
リアウイングがちょい傾ている…
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンで実車を見ているので一層、ミニカーを入手したかった。
リシャールミルがサウンド・オブ・エンジンの冠スポンサーに付いていた時はヒストリックF1が多数参加して良かったなぁ。
FW08は6輪仕様のFW08Bも存在している。当時は雑誌の写真を見て「早く実際にレースを走らないものか」とワクワクしていたが、結局は「4輪以外はダメ」との新レギュレーションに抵触して実践投入は無かった。
6輪+ウイングカー…どれほどの戦闘力を秘めていたのだろうか。
❝変わりF1❞大好きなドルフィンは、ミニチャンプスから1/43FW08Bが発売されるやすぐに飛びついてしまった。
そのためにケケ選手のチャンピオンマシンであるFW08は入手していなかった。今回、廉価版での発売で入手できた。
比べてみるとF1マシンコレクションはフロントサスが太かったり、細部着色が無かったりしている。でも廉価版だから仕方ない。
ミニチャンプスのFW08B-6Wheelと一緒に
おかえりサッシャ & ヤマケンさん KONDO RACING スーパーフォーミュラJAF-GP
スーパーフォーミュラ最終戦JAF-GP
近藤真彦監督が見守る中、最終戦をダブル入賞で締めくくったKONDO RACING。
一緒に観戦していた友人がKONDO RACINGのファンなので、ドルフィンも自然に目が行ってしまうのだった。
6位:山下健太選手/KONDO RACING
午前中のフリー走行では上位タイムを出して予選が期待された。
―が、予選Q2敗退。「え~!? そんな?」という感じだった。
だが、11番手スタートながら決勝では6位入賞するとは流石。
スーパーフォーミュラの公式が掲載している車載カメラ動画を見たら、12周目くらいの5台バトルで巧みにポジションアップしていく様は素晴らしかった。サーキットビジョンではなかなか分からない駆け引きだった。
7位:サッシャ・フェネストラズ選手/KONDO RACING
コロナの影響による渡航制限でなかなか入国できなかったサッシャ選手がようやく日本に帰ってきた。
おかえりサッシャ!
久々の鈴鹿。ブランクをものともせず予選Q3進出。変わらぬ速さを見せつけてくれた。
しかし、ユーズドタイヤ使用となりQ2のタイムを伸ばせず8番手スタートになってしまった。
来年こそは早くから入国し、腰を落ち着けてレースして欲しいと願う。
2020年最終戦JAF-GP
近藤真彦監督
帝王ジョニー陥落 トプラック選手スーパーバイク新王者に カワサキ時代の写真しかないけど…
ワールド・スーパーバイク6連覇してきたKRTのジョナサン・レイ選手を破って、Pata Yamaha with Brixx WorldSBKのトプラック・ラズガットリオグル選手が2021年チャンピオンを獲得した。
今季、ヤマハのエースとしてジョニー選手と激戦を繰り返し、シーズンを面白くしてくれた。
トプラック選手、タイトル獲得おめでとうございます。
全日本JSB1000の中須賀克行選手、MotoGPのファビオ・クアルタラロ選手に続いてタイトルを獲得。WSS、BSBも獲って、ヤマハが2021年のロードレースを席捲したことになる。辛うじてWEC世界耐久選手権だけはスズキがタイトルを奪取した形になった。
2018年MFJ-GP参戦の為に鈴鹿に来たトプラック選手
トプラック選手はWSBKでカワサキのサテライトチームで走っていた時に好成績を上げた事がカワサキ・チームグリーンの釈迦堂利郎監督の目に留まり、2018年の全日本ロードレース最終戦・MFJ-GPに招聘された。
観戦に行った金曜日午前中のフリー走行では2分6秒364で3番手のタイムを記録していた。
木曜日に初めて鈴鹿サーキットを走行したのにこれだけのタイムを出してくるのだから、予選・決勝はどれほどのパフォーマンスを見せてくれるのか期待が高まったが…。
金曜日午後の走行で転倒。右鎖骨骨折してその日のうちに帰国となった。
土曜日から観戦に来た方は姿すら見られなかった事になる。金曜日から行っていてヨカッタ~(金・土観戦)。しかし、撮れている写真は少ない。
藤原克昭コーチが車椅子を押す
2019年の鈴鹿8耐でカワサキは必らず勝つためにWSBKのカワサキ・レーシング・チームと川崎重工業のコラボチームを編成した。
ライダーはKRTのジョナサン・レイ選手、レオン・ハスラム選手にサテライト所属のトプラック選手の3名体制。
トプラック選手はMFJ-GPの雪辱を晴らしたいところだった。
カワサキ・ブースでのトークショー
トプラック選手は第一回テストには参加せず、レースウィークの第二回テストからそのまま本番に臨む形だった。
事前テストには来られなかったので、8耐金曜日がKRTからの走行を観る事になった。
MFJ-GPの写真にサインを頂いた
サインを書いて下さる時、かなり丁寧に書いて下さったのが印象的だった。
土曜日に金曜日の走行写真にサインを頂いた
KRTが鈴鹿8耐を制したものの、トプラック選手は本戦を走ることは無かった。決勝だけ観戦に来た方はトプラック選手の走りを観られなかった。
これがきっかけになったかどうかは不明だが、翌2020年からWSBKでヤマハに移籍することになった。
鈴鹿の決勝を走るトプラック選手を観たい。予選はどれほどのタイムを出すのだろう? どんなレース運びをするのだろう?
8耐でヤマハファクトリーが復活してくれない限り、来日することは無いだろうな。チャンピオンになったからもう8耐にも出てくれないかな…。
いい日産の日 国さんのGT-R、スカイライン、シルビアが走る ヘリテージ車両動態確認走行会
ヘリテージ車両動態確認走行会 Classic GT
スカイライン2000GT-R
日本グランプリレース等で活躍し、「富士300キロスピードレース」でスカイライン50勝目を挙げた高橋国光選手仕様のスカイライン。
カッコイイですなぁ!
プリンス・スカイラインスポーツ
市販車は1962年発売。ミケロッティがデザインした。
レース仕様車は第一回日本グランプリにも参戦。
ナンバープレートを付けていたので、公道走行車のようだ。
シルビアcsp311
市販車は1965年に発売。SP310型フェアレディをベースにハンドメイドの車体で総生産台数も僅か554台の希少車。
それをレース使用にしていたとは!
ダットサンSLR311
ダットサンS2000ベース。
オープンカーだと日産ザウルスのようなレース専用車に見えてしまう。
ダットサンSR311
午後の走行は薄暗くなってきたのでライトが映える
レース形式で走行 FL500 ヘリテージ車両動態確認走行会
ヘリテージ車両動態確認走行会
この日朝一番と午後一番の走行はFL500だった。
FL500は「フォーミュラ・リブレ」の略で、当時の軽自動車500ccエンジンを仕様。2スト、4スト、空冷、水冷が混在。
ドルフィンが初めて観戦したF2レース・1978年JAF富士GPのサポートレースとしても行われていた。また、初めて鈴鹿サーキット遊園地に行楽会で行った時もサーキットコースでFL500が練習走行していた。
朝一番8時30分からの走行はゲートオープンの都合で観る事はできなかった。
午後からの走行は、なんと東コースでレース形式で行われた。
一斉に第1コーナーに進入する
マシン形状が様々。特に昔はスポーツカーノーズのマシンが多かったので、観ていてとても懐かしい。
走り終えたマシンが帰って来る
レース前半の主役は大湯都史樹選手だ! スーパーフォーミュラ最終戦JAF-GP
スーパーフォーミュラ最終戦JAF-GP
11位:大湯都史樹選手/TCS NAKAJIMA RACING
予選Q3で、トップタイムをマークしていた松下信治選手。次々とチェッカーを受ける選手のタイムはことごとく松下選手に及ばず、最後にアタックをかけていた大湯選手のチェッカー待ちになっていた。
松下選手に迫る区間タイムを出して最後の最後まで分からない手に汗握る状況だった。
―が、僅かに届かず予選2番手となった。
松下選手に初優勝して欲しいし、OKチャンプ・カートでお会いした際に「今年は1勝くらいしたいですね」と謙虚に話していた大湯選手にJAF-GP連覇して欲しい。複雑な思いになる予選結果だった。
スタートし、2番手キープで迎えた2周目に早くもクライマックスが訪れた。
野尻選手が1コーナーで大湯選手のインを突いて来た。スタンド総立ち。場内モニターも2人のバトルを映す。
コーナーが続く第1セクター。両者一歩も引かず、さりとて強引にラインを締める訳でもなくクリーンな横並びのバトルが展開された。これぞマシンを使うレーシングの神髄。
S字で両者が軽く接触し大湯選手がコースオフする結果になったが、これはもう勝負の末のレーシングアクシデントでしょう。
ポジションダウンした大湯選手は11位でフィニッシュ。優勝できず残念~! しかし、レース序盤の主役だった。
応援したくなるほど好青年だった大湯選手。来年こそ勝ちまくろう!
スターティンググリッドに着く大湯選手
スタート前の大湯選手 ムッキムキやん!
GPスクエアでのホンダブース
F1日本GP仕様のレッドブルF1カラーになったNSX
アルファタウリF1 カラーリングは今年仕様
生沢さんのポルシェ906 & アルピーヌM63 ヘリテージ車両動態確認走行会
ヘリテージ車両動態確認走行会 「Classic Sports」
ポルシェ906/カレラ6
生沢徹選手が1967年の日本グランプリに投入し、ニッサンR380を抑えて優勝した日本レース史上に残る名機。
そのカレラ6は退役後、転々と所在を変えていたらしいので当時のマシンそのものかは不明。しかし、当時ロゴのステッカーも完全復刻して綺麗なボディで走ってくれていた。
特にリアの「RACINGMAET・VAN」のロゴ、格好いいなぁ。「日本一カッコイイ男」生沢選手らしいお洒落なイメージがある。

ドライバーさんが昔のようにジェットヘルメットにゴーグル、キシリア少将のようなマスクで走ってくれているのでとても雰囲気が出てとても良い!
アルピーヌM63
アルピーヌ初のプロトタイプスポーツカー。
12気筒マシンが活躍する時代にあえて4気筒マシンで1964年ル・マン24時間に挑戦。時速240kmという最高速度を記録し「熱効率指数賞」を獲得した。
『CGTV』のオープニングにも登場しているとか…。2019年のサウンド・オブ・エンジンで初めて見て、知り合いが教えてくれた。
ロンテール仕様になっている。
これがラスト? タチアナ・カルデロン選手 スーパーフォーミュラ最終戦JAF-GP
スーパーフォーミュラ最終戦JAF-GP
WEC世界耐久選手権とスーパーフォーミュラ最終戦の日程が重なったため、中嶋一貴選手や小林可夢偉選手らWEC参戦組は鈴鹿は欠場になった。
やはりWECに参戦しているタチアナ・カルデロン選手も欠場するのでは? と思われたが、鈴鹿を走ってくれた。
2020年からスーパーフォーミュラに参戦するもコロナ対策による渡航制限でフル参戦できなかった。最初からWECとの掛け持ち契約だったのかは分からないが、スーパーフォーミュラで実力が十分に発揮できたとは言い切れないところがもったいない。
19位:タチアナ・カルデロン選手/ThreeBond DragoCORSE
スーパーフォーミュラにフル参戦する女性ドライバーとして、とても気になっていた。しかもF1アルファロメオのテストドライバーも務めていたのだから走りの期待も高かった。
コロナが無く通常の場合だったらファン感謝デーやテスト、GPスクエアでのトークショー等でタチアナ選手にお会い出来たり話を聞いたりできたはずだ。遂にお会いする事は叶わなかった。
通例なら2年契約なので、来期はもう来日することは無いかもしれない。本人のSNSでもスーパーフォーミュラでの活動は終了した―みたいな事が書かれていた。
来年も…と、チョットは期待しているが。しかし、チームにとっても何度か穴を開けられるのは困るはず。
昨年の最終戦JAF-GPでは良い走りを見せてくれたので、今季がとても楽しみだった。
しかし、テストもできず、度々欠場していては走らせるだけで精一杯。今年のJAF-GPでは予選、決勝を通して最下位だった。とても残念。日本に腰を据えて集中していれば…。
来季もタチアナ選手の活動を見守って行こう。
決勝前のタチアナ選手































































































































