1999年JGTC富士テスト スカイラインR34GT-Rだった日産勢
1999年全日本GT選手権・富士テスト
ドルフィンは2000年から2006年くらいまでモータースポーツから遠ざかっていた。決勝レースが単調で❝週末パレード❞になってしまっていたり、色々とあって嫌になってしまったのだ。
スーパーGTの日産がスカイラインGT-RからフェアレディZに使用車種変更した期間をほとんど見ていない。久しぶりに観戦に行った2007年の鈴鹿1000㌔で見たくらいだ。
今年のスーパーGTで再びフェアレディZに車種変更したので物凄く違和感があるのだ。スカイラインやGT-Rの方がカッコイイと思う。
エリック・コマス/本山哲 組/ペンズオイル・ニスモGTR
本山哲選手
テストには参加していたが決勝はアンデルス・オロフソン選手が走った。
エリック・コマス選手
’98年と’99年を連覇。さすがは元F1ドライバー。
パートナーの本山選手は第2戦を欠場したため、コマス選手の単独チャンピオンになった。
鈴木亜久里/ミハエル・クルム組/ARTAゼクセルスカイライン
星野一義/影山正美 組/カルソニックスカイライン
この日はあまり走行しなかったのか、コーナーで撮影した写真が無かった。
長谷見昌弘/田中哲也 組/ユニシアジェックススカイライン
長谷見昌弘選手
田中哲也選手
和田孝夫/木下みつひろ 組組/エンドレス アドバン GTR
木下みつひろ選手
和田孝夫選手
2007年に鈴鹿1000㌔でスーパーGTを観戦した時に、この時代のドライバーの方々がほとんど降りてしまって世代交代していたのには驚いた。「ほとんど知らない選手やん!」状態だ。
GT300
土屋武士/井出有治 組/ザナヴィARTAシルビア
福山英朗/大八木信行 組/ダイシン シルビア
1999年JGTC富士テスト マッチさんとトヨタ勢 AE86がGT300参戦
1999年全日本GT選手権・富士テスト
第2戦に向けた富士スピードウェイでのテスト。
まだ旧FISCO時代だ。富士霊園の前を通り当時のメインゲートから入場してパドック駐車場まで行った。今はビッグレースくらいは旧メインゲートから入れるのだろうか?
電車とバスで観戦に行っていた頃は、メインゲート前でバスを降りて最終コーナー沿いの道を歩いてスタンドまで行ったなぁ。
関谷正徳/黒澤琢弥 組/カストロール・トムス・スープラ
黒澤琢弥選手
現在の新しいスープラより、やっぱりこっちのデザインの方が好きだなぁ。
木下隆之/近藤真彦 組/cdma Oneセルモスープラ
近藤真彦選手
この年に日産からトヨタに移籍。
ドルフィンは2000年から2006年までモータースポーツ観戦から遠ざかっていたので、日産育ちで現在も日産系の監督をしているマッチさんがトヨタで走る姿を観るは’99年だけなので、物凄い違和感がある。
木下隆之選手
GT300
松永雅博/藤原靖久 組/Kosei CELICA
田中実/雨宮栄城 組/BP・KRAFT・トレノ
漫画『頭文字D』の大ヒットによりトヨタAE86トレノも再々注目を浴びてGT300クラスにも参戦。
AE86のレース仕様車なんて織戸学選手が出場していた頃の富士フレッシュマンレースのNA1600や86レビン・トレノ・レース以来だったかも。
田中実選手
1999年JGTC富士テスト ドリキンさんとトヨタ・スープラ勢
1999年全日本GT選手権・富士テスト
第2戦となる富士戦に向け、富士スピードウェイで行われたテストに行って来た。
確かな日程は覚えていないが、全車シーズンカラーになっていることから開幕戦と第2戦の間くらいだったのではないだろうか。
この頃は愛車・ホンダS-MXに折り畳み自転車を積んで行き、サーキット内の撮影移動は自転車に乗っていた。
結局、この年に観戦した決勝レースはファイヤストン500とF1日本GPのみ。JGTCはこの日のテストのみで終わっている。
土屋圭市/影山正彦 組/デンソーサードスープラGT
当時は近年ほどテストを観に来る方が少なく、休憩時間にドリキンさんにお会いできたのでとても楽しみにしていた。
しかし、お会いできるチャンスがあっても神々しくてなかなかダッシュして近づけないのが現実なのだ。それは今でも変わらない。
前年’98年からトヨタ・チーム・サードでスープラをドライブしていた。
土屋圭市選手
ドリキンさんはヒーローだ。
ピエール=アンリ・ラファネル/山路慎一 組/マツモトキヨシ-トムススープラ
野田英樹/ワイン・ガードナー 組/ESSO Tiger Supra
元WGP500チャンピオンのワイン・ガードナー選手はフル参戦ながら観に行ったテスト時は不在だった。残念。
この頃みたいにバレンティーノ・ロッシ選手がスーパーGTにフル参戦してくれたら、ジェンソン・バトン選手が参戦した時みたいに凄いことになりそうだ。2輪ファンも取り込めるぞ!
GT300
織戸学/原貴彦 組/ウェッズスポーツセリカ
織戸選手は’98年からRACING PROJECT BANDOHに移籍。
開幕戦優勝し、富士戦でも2位を獲得している。
織戸学選手
2022年2月22日はスーパーにゃんこの日 我が家の愛猫「ねる」たんについて
2022年2月22日はにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃん―で、スーパーにゃんこの日。
我が家の愛猫「ねる」たん・本名「こねこのねる」。絵本から取りました。
生後1か月くらいの頃に駅前でルンペンしているところを保護してから11年が過ぎました。
保護した時はガリ痩せで汚れてノミまみれでした。額に模様があると思ったら油汚れで、連れ帰ってお風呂に入れてもなかなか落ちませんでした。
先代にゃんこが遺したヤギミルクとカリカリを出して上げるとガツガツ食べていました。
警戒されてシャーシャー鳴かれました。仔猫時代にあるような大きな瞳ではなく❝荒んだ❞目をしていて、しかも目に病気があるようで開けにくそうでした。目に病があったから捨てられたのでしょうか。単独で脱走できるほど大人ではありません。
保護した当日
汚れが落ちると全身細くてふわふわの白毛で、耳や鼻筋、手先とシッポが茶色でした。
動物病院に連れて行くと「大きくなると顔が黒くなるよ」と言われ、その時は「何故そんな事がわかるんだろう? 本当に黒くなるのだろうか?」と思いました。
保護猫なので種類は分かりません。混じっているような感じです。
1週間くらいしてようやく慣れてきた頃
当初は飼うつもりはなく、迷い猫ではないか? とか、そうではなかったら里親を探そうとしていましたが、一週間もするとお互い慣れて愛着も湧いてしまったので家族の一員として迎え入れることにしたのです、
病院で言われたように成長と共に顔をはじめ茶黒の部分が増えました。最初の1~2年の冬はかなり濃い色で、夏は斑に薄くなりました。
季節の行事も一緒。
お正月
お花見
七夕
お月見
よく行く富田林市にある「じないまち」にも連れて行った事があります。
お花見に行ったのもこの頃。でもノミが付いてしまって後が大変だったので、以降は外は病院に行く時だけしか出していません。
家族以外の人にに会うことが稀なので、めっちゃ臆病で内弁慶です。郵便屋さんや宅配員さんが家の前に来ただけで❝秘密基地❞に隠れてしまいます。
天袋大好き。11歳になった今でも登って片手で開けて入るのです!
小さい頃は出かける時に「いってらっしゃい」もしてくれたのですが、最近はしてくれません。
それでも帰宅時に「おかえり」はしてくれます。ずっと足にジャンプしてすりすりをしてくれるのがとても嬉しいのです。仕事から疲れて帰って来た時の癒しです。
おかえりニャー
もしねるたんの言葉が分かるなら、一番最初に聞きたいのは「何故噛むの?」。
そう、ねるたんは噛み癖があるのです。ゴロゴロいってるのに急に噛みに来たり、コタツの中で急に噛んだり…。
鳴き声も普通のにゃんこのように「ニャ~ン」とは鳴かず「エ~ン」と聞こえます。
もし他のにゃんこと話す機会があったら「アナタ訛ってるね」と言われそうで心配しています。
大きくなってから気付いたのですが、ねるたんには頭頂部に白いハートマークがあります。
耳の位置によって頭部の毛が寄って浮き出るので、いつでも見える訳ではありません。
頭頂部のハート💖マーク
寒い時期は一緒に寝ます。
小さい頃は腕枕をしていましたが、重たくなってきてそれは辛くなりました。今は胸くらいの位置に潜ってきて湯たんぽ代わりになってくれます。
夏場はベッドの足元辺りで寝ています。―なので、私がねるたんのベッドを借りているような感じになります。
いつまでも元気で一緒に暮らしていきたいですね。
フォーミュラニッポン イケメン若手・飯田/立川/道上/マッチさん 1999年開幕前富士テスト
FISCOイベントカレンダー
1999年フォーミュラ・ニッポン開幕前富士テスト。
’80年代までレーシングドライバーは❝怖そう❞な方々だった。’90年代に入り世代交代が進むと❝カッコイイお兄さん❞達になっていた。マシンやタイヤの性能が良くなって「若くないとGに耐えられない」という事も世代交代の理由らしい。
プロモーションの効果もあって国内レースでも女性ファンが次第に多くなっていったのも’90年代だと感じる。
飯田章選手/COSMO OIL RACING TEAM CERUMO/レイナード99L
富士フレッシュマンレースから国内トップフォーミュラまで登り詰めたイケメンドライバーの代表格。
立川祐路選手/COSMO OIL RACING TEAM CERUMO/レイナード99L
現在も変わらぬイケメンぶり。
道上龍選手/SPEEDMASTER MOONCRAFT/ローラB99/51
近藤真彦選手/MIRAI/ローラB99/51
’99年は開幕~第3戦までの参戦だった。
影山正美選手/BE BRIDES IMPUL/ローラB99/51
野田秀樹選手/BE BRIDES IMPUL/ローラB99/51
黒澤琢弥選手/TEAM TMS/レイナード99L
黒塗装まで至らずケブラー地剥き出しのままテストに参加。
ドミミク・シュワガー選手/TEAM TMS/レイナード99L
’99年から日本のレースに参戦開始。
GT300クラスでは優勝できたものの、フォーミュラニッポンでは好成績を残せなかった。
ルベン・デルフラー選手/DoCoMo TEAM DANDELION RACING/ローラB99/51
前年、JTCCに参戦し’99年はフォーミュラ・ニッポンを走った。
トム・コロネル選手/PIAA NAKAJIMA RACING/レイナード99L
’99年シーズンは本山選手とのバトルの末、シリーズチャンピオンを獲得する事になる。
光貞秀俊選手/PIAA NAKAJIMA RACING/レイナード99L
1999年 フォーミュラニッポン開幕前富士テスト 大林素子さんがリポーター
世紀末1999年、地球は核の炎に包まれなかった。恐怖の大王もやって来なかった。
新体制で臨むフォーミュラ・ニッポン開幕前富士テストに行った。3月くらいだろうか?
愛車・ホンダS-MXに乗って下道を走って富士スピードウェイに向かった。
シーズン全10戦が開催。当時は美祢でも2戦行われていた。使用シャシーはレイナード、ローラ、Gフォースの3メーカー。レーナードが大半を占め、シーズン途中でローラからレイナードに乗り替えるチームもあった。エンジンは無限。
本山哲選手/UNLIMITED RACING Team Le Mans/レイナード99L
前年に初めてチャンピオンを獲得し、ゼッケン「1」を付ける。本山時代の幕開けになった。
ミハエル・クルム選手/TEAM 5ZIGEN/レイナード99L
クルム選手に話を聞いているのは、この年にTV放送のリポーターを務めることになった元バレーボール全日本選手の大林素子さん。
脇阪薫一選手/TEAM 5ZIGEN/レイナード99L
加藤寛規選手/SHIONOGI TEAM NOVAG/フォースGF03
ノバはGフォースのシャシーを独占使用していた。
ピーター・タンブレック選手/TEAM LEYJUN/レイナード99L
前年・1998年の全日本F3チャンピオン。マカオGPでも勝利している。
その実力は弱小チーム(失礼)と思われていたLEYJUNで2位表彰台を獲得している。
インタビューを受けるタンブレック選手とオーナー兼ドライバーのOSAMU選手(右端)
周囲の女の子はLEYJUNのキャンギャルだったと思う。
脇阪寿一選手/AUTOBACS RACING TEAM AGURI/ローラB99/51
シーズン途中でレイナードに切り替える事になる。
玉中哲二選手/TAKAGI B-1 RACING TEAM/ローラB99/51
川本篤選手/ASAHI KIKO SPORTS/レイナード99L
HRTD残り香嗅ぎに鈴鹿サーキットに行ってみた モートピア満喫 そして…
コロナ怖くて超楽しみにしていた「Honda Racing THANKS DAY 2021-2022」を断腸の思いでキャンセルした。
休みを取っていたのでせめても❝残り香❞を嗅ぎに鈴鹿サーキットに行ってみた。「マシンもドライバー&ライダーが揃っているのだから終わってからテストやらないかな?」との思いもあった。
土日は寒波で真冬の気温だったらしいが、名阪国道を走っていてもトンネルを抜けると雪降りだった。
日曜日に寒波が来ても大丈夫なように用意していた防寒着を重ねていった。
コチラちやんがお出迎え
GPスクエアに展示されていたマシンは当然、前夜には撤収されいた。この日はテントが解体・撤収作業が行われていた。
このロゴともお別れ
静まり返ったサーキット
がら~んとしたパドック
何より走行するためのタイヤ屋さんがいない。
鈴鹿HPのレーシングコースカレンダーにこの日だけ何も記載されていなかったが、本当に何にも無かった。
しかし、行かない事には自分が納得しなかった。
ハズレだったぁぁぁぁッ!
せっかく来てしまったのだから「年パス」を持っているのを良い事にモートピアゆうえんちのアトラクションに乗ってみることにした。マシンが走行するときはアトラクションに乗る事などできないからだ。
いや、レーシングシアター以外は全く乗ったことが無い!
おじさん一人が遊園地で遊ぶ地獄絵図。
先ずは一番興味あるGPレーサーズからだ。
レース開催時には長時間待ちなので乗りたくても乗れなかった。
結構横揺れが激しくあっという間に終わってしまった。コースターからサーキットの景色を楽しむ余裕が無かった。
続いて3回目となるレーシングシアター。
コロナ感染対策からか、シアター部分は休止中だった。
だが、観たいところは展示マシンなので問題ない。
マクラーレンMP4/4
トロロッソSTR14
プートのモビパークでドリームRに乗車。
コースが決まっているゴーカートだ。
バットのアドベンチャーヴィレッジにも行ってみた。
このエリアには1990年代の鈴鹿1000㌔でプールに行ったきり足を踏み入れていない。
アトラクションは点検中で乗れなかった。
レーシングシアター前のデュエルGP。
二台で走行する。コース、速度は決まっていてハンドル操作のみ。ドリフトしながら走行する。大きく切りすぎると回転してしまう。
娘さんとお父さん組との競争になった。
大回転が無かった分ドルフィンがリードしていたが❝尊宅❞して最後に大回転。父娘組に負けてしまったぁ~。
サンクスデーでも競技に使用されたモトファイター。
電動のミニバイクでタイムアタックする。
写真で見ていたように大人が乗る際は❝ガニ股❞で乗らないと足がハンドルに当たって操作できなくなる。ここが割と難しかった。
カートのようにアクセルを完全に戻してからブレーキをかける。
コースイン、2周のアタック、クールダウンの4周。面白い。これはまたやりたいな。
38秒を切ればスペシャルライセンスだったのだがA級だった。
他にもアトラクションでカードを貰えた。
運休かと思っていたサーキットホイールが13時から動くというので、意を決して乗ってみることに。
誕生以来、サーキットゆうえんちの象徴として存在していたが、乗った事は一度も無かった。
なぜなら―ドルフィンは超高所恐怖症なのだから!
昨年のスーパーGT戦の際「パノラマルーム」の通路でさえも足がすくんでしまったほどだ。
それでも「せっかくきたのだから」と「大丈夫じゃね?」との思いがあった。
―が、乗って3㍍動いた時点で後悔した。
体全体がゾクゾクする。とても写真を撮るどころではない。
もうシートに腰を下ろしていられない。ゴンドラの真ん中でしゃがんで目を閉じていた。何のために乗ったんだ!
目を閉じていても ギシッ と音が鳴っただけで汗が吹き出しそうになる。バーを握る手には10ℓもの手汗をかいてたことだろう。
もうおしりから何か出そうになる。
帰宅してブログを書いていても思い出すだけでお尻の穴がムズムズする。
すみません、全然大丈夫じゃなです!
観覧車は生涯最後にしますぅぅぅぅ~!! だから早く終わってぇぇぇぇ~ッ!
必死の一枚
ゴンドラが下に到着する前にはシートに着座して何気ない表情をとっておかねばならなかった。
無事に地上に降りることができた。足は崩れ落ちる事無くキッチリ機能していた。
帰る前にもう一度パドックを覗いてみた。
するとトランスポーターの後ろに人が集まっているではないか! 行ってみると…
サンクスデーで新カラーをお披露目したModulo NSX-GTぢゃないか~ッ!
トランスポーターに積まれる寸前だった。
あぁ、一目見られただけでも良かった…。
「底は撮らないで」と言われたのでカメラを納めて目で追う。フォーミュラーのようだった。
帰り際、入園ゲート近くのピピラのモトフィールドのアクロバイクに乗った。
モトファイターのモトクロス版だ。
コースは土ではなく凹凸があるコンクリート(モルタル?)。
タイムアタック形式ではなく、時間内自由走行。
モトクロスのコーナーをイメージして走ればコーナーリングし易い。これも面白い。
帰りはいつもの川森食堂で。
定食にはなかったので単品でアジフライとご飯中、味噌汁。
ヤマハコニュミケーションプラザ FOREVER 46展 その⑧ 2020~2021年最後の愛機
ヤマハコニュミケーションプラザ FOREVER 46展 その⑧最終回
3月末までの企画展。総勢17台もの展示マシン紹介も今回が最後。
2020年 モンスター・ヤマハ MotoGP/YZR-M1(0WW7)
ロッシ選手にとって最後のファクトリーチーム。
表彰台獲得も最後になってしまった。
このヘルメットにも直筆サインが!
2021年 ペトロナス・ヤマハ・SRT/YZR-M1
サテライトチームに移籍。ファクトリーマシンの供給を受けてはいたものの、前年ほどのパフォーマンスを出せなかった。
あと1回、表彰台を獲得して通算100表彰台を獲得して欲しかった。
コニュミニケーションプラザHPでは展示案内されていなかったが置いてありサプライズ感があった。
FOREVER 46! FOREVER Vale!
現役で走る姿を生で観たかった。
もてぎ行きを決意した2020年にコロナ流行で行けなくなってしまった。
キャンセルした ホンダレーシングサンクスデー
本日は「ホンダレーシングサンクスデー」が開催されている。
例年ツインリンクもてぎでの開催だったが、2022年は鈴鹿サーキット開催なので「これなら行ける!」と超楽しみでチケットも購入した。
―が、新型コロナがかなり深刻な蔓延状況で、周囲でも「職場で陽性者が出た」とか「家族が濃厚接触者なので自宅待機になった」との声が聞こえるようになった。
❝行きたがり❞のドルフィンだが断腸の思いでサンクスデーはキャンセルした。サンクスデー用のマスクも作ってあったのに…。
さすがに職場や家庭に迷惑をかけられない。万が一にでも感染してしまっては以後、鈴鹿に行かせてもらえなくなってしまう。
せめてもの救いが❝海外勢❞が参加しない事だ。これで海外勢が参加していたらキャンセルする決意ができなかっただろう。
Twitter等で現地の様子を観ながら昼っぱらから家飲みだ。
Fuji1-GP 初めて行くサーキットのようだった
Fuji1-GP 2022年新春大会
FISCOからトヨタが改装してから初めて観るレースになった。
サーキット全てが新しくなってしまっているようで、初めて来る場所のようだった。
一緒に行った友人はラジコンにも詳しく「ラジコン界で有名な方が出場している」とパドックで見つけては話してくれていた。
グランドスタンド裏のイベント広場もめっちゃ広~い
082れーしんぐ/ホンダNSX
パドック駐車場にもNSX
イベント以外では初めて見た新型NSX
パドック駐車場に停まっていたフェラーリF430スクーデリア・スパイダー16M
マイケル・シューマッハ選手が在籍時代、フェラーリがコンストラクターズタイトルを史上最多の16回獲得した記念モデル。
430スクーデリアのスパイダーモデルで世界499台限定車。
リアに記念モデルのエンブレムが入る
東工大OBファイナンシャル/ポルシェ718ケイマンGT4
レギュレーションや順位は分からなかったが、多様な車両が競争しているのを見ているだけで楽しかった。
富士スピードウェイ近くのカート場からの富士山










































































































































