神戸・北野異人館を旅するランボルギーニ・イオタ と あるいとう
ちょっとした事情で2週連続で神戸に行くことになった。
主となる用事は短時間で済んだので、今回は山側に行ってみることにした。
20数年ぶりに異人館が密集している北野エリアに向かう。昔から観光地だが、今は更に観光化が進んでいた。重要文化財の維持費を捻出するためだろうか、異人館にショップやカフェが入っているところが多かった。
半面、少し外れた場所では“バブル期には繁栄していたであろう”空き店舗が並んでいたのが寂しい。
イギリス人設計でイギリス人が住み続けたコロニアル様式洋館。
日本初の公式『シャーロックホームズの部屋』となっている。邸内ではホームズを象徴するタータンチェックのインバネスケープ(ぺらっぺら)を着て記念撮影ができる。
紺系、黄系、赤系の3種類のケープが用意されていて、嫁はんは「3種類着る~!」とはしゃいでいた。
ドルフィンも神戸ガード下で買ったばかりの帽子を被って記念撮影↓。
邸内には「まだらの紐」「赤毛連盟」等、小説の舞台となった部屋や小道具が作られている。
非公開・伝統的建造物
風見鶏の館
ドイツ人貿易商ゴッドフリート・トーマス氏の自邸として建造。 北野・山本地区に現存する唯一のレンガ外壁。国指定重要文化財。
萌黄の館
アメリカ総領事ハンターシャープ氏の邸宅として建築。国指定重要文化財。
パラスティン邸
明治末にロシアの貿易商、パラスティン氏の邸宅として建てられた洋館。現在はカフェ。
洋館長屋(仏蘭西館)
木造の二階建で、正面の玄関から左右対象に軒を連ねる。現在は美術館。
うろこの家
外壁の天然スレート石の形状が魚のうろこに見える国登録有形文化財。
山上の密集地にあるので、拝観料を支払わなければ館全体が撮影できない。
山手八番館
大正時代にサンセン氏の自邸として建設。チューダー様式の塔状の家屋が3棟連結する個性的な洋館。
パワースポットとして人気がある「サタンの椅子」はここにある。
北野外国人倶楽部
外国人居留地にあった外国人の社交場を北野に再現。
名称から「練馬変態クラブ」とか連想してしまう世代だ。
デンマーク館
北欧デンマークの歴史や文化を紹介しているテーマ館。
オーナーか関係者らしき方がポルシェ911で乗りつけていた。
大正中期に建てられた2階建ての木造寄棟造りの元オランダ総領事邸。現在はオリジナル香水の店として使用されている。
大正初期に建造された木造2階建下見板張りオイルペンキ塗り洋館。
1978年までアメリカ領事館官舎として使用されていた。
1996年11月にカフェを併設した神戸北野美術館として開館。
神戸・北野を舞台にした漫画『あるいとう』の景色を辿ったスタンプラリーのゴールになっている。
異人館めぐりの途中で「スタンプ集めクリアできそうだ」と気付いてやりはじめた。先週から始めていればかなり多く集められたことだろう。
このスタンプラリーは過去に何度も行われていたようだ。
各ポイントに置いてあるスタンプはイベントのため作者が特別にデザインしたものなのだそうだ。
スタンプラリーと景品(ほぼ参加賞)のポストカード
北野・異人館エリアから帰ろうとした時、プロのロケハン隊と遭遇。
ここを舞台にしたドラマか映画が何かを考えるなら、いよいよ『あるいとう』実写映画化か!?
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山麓の道にレーシングサウンドが轟く NCCRラリー葛城
ポルシェ911SC 1976年
集合場所となっている屋敷山公園駐車場に入ってくる時からレーシングなサウンドは注目の的だった。
そのグラマスなボディはマルティーニ・カラーになっているのだからカッコイイ。
ポルシェにとってマルティーニはサーキットである時は味方、またある時は敵と、まるで峰不二子のような存在だ。

静寂な葛城山麓の道にポルシェのレーシング・サウンドが響いた
レーシングなマシンが走っているだけで、葛城の一般道がル・マンのコースのように見えてしまう(←おい!)
車内にはロールバー。インパネも必要最小限のもの。元々このような仕様の市販車なのだろうか? それともレーシングカーを公道で走れるようにしたのだろうか?

アルファ・ロメオ・スパイダー 1992年
ラリーの名車、ランチア・デルタ2台はNCCRのレギュラー。
ランチア・デルタHF エボⅡ 1994年
ノーズにチョコットBMWワークスカラーが入っているだけで、途端にレーシングっぽく感じるのだ。
アルファ・ロメオ4C 2014年
MotoGPもてぎ開催記念 鈴鹿8耐/特別展示編 近年見たことあるマシンばかり…

今年の鈴鹿8耐の「特別展」はテーマを決めたものではなく「世界GPと鈴鹿8耐で戦った名車」を集めたものだった。
鈴鹿サーキット50thアニバーサリー以降、様々なイベントで見かけたマシンばかりで物足りなかった。MotoGPもてぎでも同じマシンが展示されているようだ。
このように物足りなさを感じるのはドルフィンが鈴鹿に行きすぎているせいだろうか?
ホンダRC212V ケーシー・ストーナー選手
鈴鹿8耐に参戦したストーナー選手のレーサーはもちろん展示。
ロッシ選手のマシンは対照としてホンダとヤマハが出展。
ヤマハYZR-M1 バレンティーノ・ロッシ選手
スズキGSV-R アルバロ・バウティスタ選手
’96年頃、フォーミュラ・ニッポンのテスト時、参戦していた高木虎之介選手の応援に訪れた
阿部典史選手にサインを頂いた。


ホンダNSR500 マイケル・ドゥーハン選手

ホンダNS500 フレディ・スペンサー選手

'85年のMFJ GPテスト日に頂いたスペンサーのサイン。丁寧に書いて下さった。
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデーに来日したバリントン氏。
スズキRGΓ500 フランコ・ウンチーニ選手

ホンダNR500 片山敬済選手

ヨシムラ・スズキGS1000R W.クーリー/G.クロスビー組

鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデーで頂いたグレーム・クロスビー氏のサイン。

ヤマハFZR750 K.ロバーツ/平忠彦 組

鈴鹿8耐史上最も劇的なレーサー。
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデーで頂いたケニー・ロバーツ氏のサイン。
ホンダRVF750 W.ガードナー/M.ドゥーハン組
2012年鈴鹿ファン感謝デーで頂いたワイン・ガードナー選手のサイン。
バレンティーノ・ロッシ選手のホンダRC211V 先走りし過ぎた~!
今年の鈴鹿8耐にホンダが早々にケーシー・ストーナー選手の参戦を発表した後「ヤマハがロッシ選手に出場を打診している」―と、ニュースで流れた。
これは凄い! 是非ともミニカーにサインを入れてもらわねば!! 胸が高鳴った。
速攻でチャンピオンバイクのロッシ車を探した。出場が確定したら同じ目的の方が増えて価格が高騰してしまうのではないかと思ったからだ。
チャンピオンバイク創刊号のホンダRC211Vバレンティーノ・ロッシ車を購入した。
創刊当時に買えば創刊号価格だったのだが、今さらネットオークションで買うとなるとそうはいかないし、送料や振り込み手数料までかかってしまう。もちろん書店取り寄せなど版元に在庫が無いので不可能だった。
こうして入手したのにも関わらずMotoGPチャンピオン争いを展開するロッシ選手は鈴鹿8耐には参戦しなかった…。
ロッシ選手は鈴鹿8耐に出場しなかったが、ロッシ選手のRC211Vは展示されていた
レース的にはMotoGPヤマハ・サテライトチームのテック3から招聘されたポル・エスパルガロ選手とブラッドリー・スミス選手が大活躍。将来にはワールドチャンピオン争いをするであろう2ライダーの走りを観られたのでとても満足している。
MotoGP規定となった初年度、ホンダが新たに投入した4ストローク990ccレーサー、RC211Vを駆ったロッシ選手は2スト500ccのWGP時代から引き続いてチャンピオンを獲得した。以降は史上最強ライダーとして王座街道まっしぐら。超スーパースターとなった。
レプソル・ホンダRC211Vはチャンピオンバイク創刊号のミニカーだけあって作りが細かい。
特に塗装や小さなロゴまでキッチリとしていて、購読者のハートをガッチリ掴めるようになっている。
創刊当時に買っておけば良かったのだが、当時は2輪レースはあまり観ておらず購入は’80年代ライダーのミニカーを中心だった。
いつの日かロッシ選手にサインを入れてもらえるチャンスが来るであろう事を祈りながら、RC211Vはミニカーラックで静かに佇んでいる。
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鈴鹿8耐 ヤマハ・ヴィクトリーTシャツが届いた!
今年の鈴鹿8時間耐久オートバイレースで優勝したYAMAHA FACTORY RACING TEAM。
歓喜の表彰台で中須賀克行選手、ポル・エスパロガル選手、ブラッドリー・スミス選手が着ていたのがヤマハ8耐ヴィクトリーTシャツだ。
本来はスタッフのみに作られていたであろうTシャツだが、タイトル獲得を記念して一般販売された。
鈴鹿8耐の感動冷めやらぬドルフィンはヤマハの通販サイトでTシャツを注文していた。それが届いたのだ。
もてぎのMotoGPに行けたら3選手一気にサインを入れて頂けただろうが、ドルフィンは行けない。
これはもう、鈴鹿MFJグランプリのピットウォークで中須賀選手にサインしてもらうしかない!!
NCCR観て寄った 「ラッテたかまつ」のソフトクリーム
NCCR葛城のスタートを観た後、近くに「ソフトクリーム」との看板が出ていて前から気になっていた「葛城高原 ラッテたかまつ」に行ってみた。
今まで場所がよく分からなかったのだが、JAF Mate誌の関西ドライブ情報で掲載されていて店舗名や場所が分かったのだ。
加えてソフトクリームの割引券も付いていた。
「葛城高原」と付くだけあって、山を登った場所にある。喫茶部門の「夢ラッテ」の駐車スペースは狭い。
「夢ラッテ」には地元・奈良のTVや関西のTVや雑誌がよく取材に来ているらしく、サインや写真が飾られていた。
ソフトクリームだけでなくアイスクリームも種類が多い。ほかにも乳製品の販売・飲食を展開している。
テラス席ではバーベキューもできるらしい。
ミルクソフトクリームを注文。
ドルフィンの中ではNo1ソフトクリームである「いでぼく」に比べると「薄いかな?」という感じだが、甘味控えめで牛乳の味がしっかりとしていて美味しかった。
阿倍野を旅するランボルギーニ・イオタと「浜焼き こま源」「大分からあげ勝男」
あべのハルカスとランボルギーニ・イオタ
パンダ列車発見!!
天王寺にある「浜焼き酒場 こま源」で高校同級生とのプチ同窓会があった。
「プチ」というのも近畿周辺にいる仲間が半年に1回くらい集まる会だからだ。
高校は全寮制だった。いい奴ばかりじゃないけど悪い奴ばかりでもない。
嫌でも四六時中顔を突き合わせている。仲が悪くても協力して成さねばならないこともある。卒業する時には入学した時の半数にまで減っていた。言わば「同じ釜の飯を食った仲」昔ならば「戦友」である。
今となっては笑って酒が飲める仲間たちだ。
ハタハタ、鮭のハラミも網焼き。
仕事等で遅れてきた者もいるので二次会へ―。
天王寺駅の角にある「大分からあげと鉄板焼 勝男」に場所を移した。
名物の「大分からあげ」。
焼きラーメン。
シメはコレ―勝男特製クレームブリュレ。
う~ん、普通のプリンだ…。
「戦友」との楽しい会で日頃はあまり飲まない酒もすすみ、高校時代の若くて活気溢れた気持ちが蘇ってくるようだ。
驚異の人気レースGr.A カルソニック・スカイライン UCC「Rの系譜」
R32スカイラインGT-Rが参戦した事によってGr.Aレギュレーションの全日本ツーリングカー選手権(JTEC)の人気に火が付いた。
16年ぶりに復活した「GT-R」はJTECで勝利するために誕生した。
’90年型カルソニック・スカイライン
参戦初年度となった'90年はリーボックとカルソニックの2台だったが、翌年には4台に、さらに次の年には7台となり、クラス1はGT-Rのワンメイク状態となった。
普通、1車種だけのレースになってしまうと人気に陰りが出てしまうものだが、JTECに関してはスカイラインGT-Rのワンメイク(クラス1)になっても人気が落ちるどころか一層観客が増えた珍しいケースだ。
スーパーフォーミュラの人気が上がらないのも、ワンメイクのシャシーにタイヤだからではないだろうか?
現在はピット裏にかなりのお金が注ぎ込まれているほどサーキット景気は回復しているのだから「費用を抑える」目的のワンメイクは無駄、無駄、無駄、無駄ァァァ。
’91年筑波レース・ド・ニッポンでの星野一義選手
ほぼ市販車の姿そのままのGr.Aレギュレーション。R32スカイライン本来の格好良さに加え、ズ太い排気音の心地良さやコーナーで縁石に乗り上げて型輪走行になる迫力は、観る者を引き付けた。
ドルフィンもGT-R復活まではそれほどJTECに興味は無かった。新カテゴリーに対応が遅い日本車勢は国車の後塵を拝するばかりだった事も要因だ。
UCC缶コーヒー「NISSAN Racing Spirit Rの系譜 ColleCtion」唯一のレーシングモデルが'90年型カルソニック・スカイライン(R32)だ。
星野一義/鈴木利男組が全6戦中5勝してチャンピオンを獲得したマシン。
ミニカーでは鉄板中の鉄板。それでもR32型カルソニック・スカイラインは入手してしまうのだ。できれば最終年である’93年モデルが良いのだが。

R32型カルソニック・スカイラインは、ミニカーを集め始めた頃にブルボンコーヒーに付属されていた1/72くらいのミニカーの出来が良かった事と、’93年型Gr.Aスカイラインを集めたトミカ「スカイライン伝説」を持っていたので、京商1/64ミニカーはパスしていたのだ。
リアウイングも抜きになっているしホイールも細かく作られている。横出しエキパイも白塗りされている。全体的に造形は良いのに入っていないロゴが多いのが残念だ。オマケのミニカーではそこまでできなかったのだろう。
デカールが薄いので白いロゴ文字も“真っ白”ではなく、下地のブルーが透けてしまっている。
富士スピードウエイで開催されるNISMOフェスティバルは見に行くことはできないので、鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデーでカルソニック・スカイラインの走る姿を久しぶりに観られて嬉しかった。
やっぱりGr.Aスカイラインはカッコイイ!
秋の風を受けて走るクラシックカー NCCRラリー葛城
NCCR葛城はラリー競技なので参加車も設定された安全運転スピードを守って走る。見通しの良い直線でもガァァッとスピードを出したりはしない。秋の風を受けて優雅に走るのだ。
走行シーンを撮影していたポイントはスタート地点近くでコーナーを回って直線に入るレイアウトになっている。
静寂な場所だったので、車がコーナー手前に差し掛かるとギアダウンする音が聞こえてきて「あ、来たな」と分かるのだ。
しばらくすると近隣の親子数名がコーナーに見物に来た。すると子供が「来た!来た!!」と声を上げて喜ぶので、その声を合図に撮影ポジションをとるようにしていた。
スタート場所から少し行くと信号を右折するポイントにかかる。恐らくここで右折できるのは数台らしく、走ってくるのは2台ずつが多かった。
ポルシェ356C 1964年
バンパーが無くて丸っこいスタイル。フェンダーの感じがとてもクラシカル。水色に白のラインが入っていてめっちゃ可愛い。
ライトには防護ネットが張られている。車内にはロールバーが張り巡らされていてレーシングな感じ。

ジャガーMKZ 1967年
フェラーリ・ディノ246GT 1970年

スーパーカー世代にとってはめっちゃテンションが上がる車。
曲面構成のスタイルがとても美しい。

ミニ1000 1989年


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ゴーフル神戸風月堂のミュージアム 旅するランボルギーニ・イオタ3
神戸の中華街に近い元町商店街。
ここにゴーフルで有名な和洋菓子の店、神戸風月堂の本店がある。
スイーツ販売やレストラン、サロンが並ぶ中に「白亜の殿堂」と呼びたくなるような建物がある。建物の前には「神戸風月堂ミュージアム」と看板が出ていた。
ミュージアムに入ると、昔使っていた菓子型や、一枚一枚手焼きしていたゴーフルの型が展示されていた。
神戸空襲で焼かれる直前の写真や、職人さんがケーキを作っている写真など、貴重な写真もあった。
神戸風月堂の重鎮らしき方が丁寧に説明して下さった。
2008年に姫路城前で開催された「姫路菓子博」の際に出展した菓子材料で作ったジオラマや帆船が7年経っても健在。目を引いた。
菓子のジオラマと菓子博出展の楯
展示スペースはそう広くは無いが、戦前から残っている菓子道具や写真はとても興味深かった。
実はドルフィンの祖父も菓子職人で、昔は実家にも菓子型がたくさんあったと聞いたことがある。そんなこともあって懐かしさも感じられた。
嫁はんは子供のころからゴーフルが大好きだったと言う。
ゴーフル、1人2枚頂きました
元町商店街のアーケードに、影が映って面白い事になっていた。
神戸中華街はぶらついただけ。前日までお祭りだったらしい。
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