新年 明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます
本年も宜しくお願いいたします
TOP写真はSound of ENGINE2016で見つけた紅白のランボルギーニ。ムルシエラゴSVとアヴェンタドールSVの新旧V12。
見つけた時から「2017年の元旦はこの写真で行こう!」と決めていました。
今年のレースイベントの天王山は40回記念大会を迎える鈴鹿8耐です。記念大会制覇に向けて各メーカーがどのようなドリームチームを編成するのかとても楽しみです。
そしてF1は飛ばしてSound of ENGINE。今年こそ海外大物ゲストを呼んで頂きたいものです。
富士スピードウェイの記念大会の方がBIGゲスト、貴重F1マシンが呼ばれる気がするのですが、行けないので何としてでも鈴鹿さんに頑張ってもらいたい。
今年の我が家のおせち料理
出来合い無しでオール嫁はんの手作り。30日の晩からず~っと作ってくれていました。
しっかり出汁も取ってくれているので美味しいです。
食卓にお節が並べられる前から匂いを嗅ぎつけてやってきたのが愛猫「ねる」たん。
お節は食べられないのでおやつのおかか(猫用)を「ちょーだい、ちょーだい」しながら催促です。
こうして新たな年がスタートしました。
明日からは仕事です。長期休暇がもらえるような優良企業ではないもので…。
皆さんに感謝 CLUB24にいよん~2016年総括
今年一年を締めくくる“恒例”の台数調べ。
四輪:822台
二輪: 58台
ヘルメット:2個
合計:882台
ミニカーは前年から30代くらいしか増えておらず、代わりにサインを入れて頂いたミニカーは増えてきています。
サーキットに行った日数では1999年までのモータースポーツ熱中期を遥かに凌ぐ13日。それとは別にクラシックカーラリーやショー等のイベントにも行っているので小遣いからの資金繰りが苦しいのです(苦笑)。
それでもサーキットでの顔見知りの方も増えてきて楽しくなってきました。
あまりにミニカーを欠く内容が少なくなってきたのでブログタイロルも「ミニカーのビギナー」から「CLUB24にいよん」に改題しました。
年末になってパソコンを買い替えたので、今まで使っていた画像ソフトが使えなくなって新しいパソコンとソフトに慣れるまでブログ更新もままならない状態。現状ではどの画像ソフトを使ったらよいのか手探りなのです。
見に来て下さる皆さんの応援があるから続けてこられています。感謝です。
今年一年ありがとうございました。
皆さん、良いお年をお迎えください。
2017年もよろしくお願いいたします。
30年の時を得て2台のシルクカット・ジャガーが鈴鹿を走る Sound of ENGINE
Gr.Cレースで常勝ポルシェ軍団に斬り込み、崩したジャガー。
紫のカラーは一躍シルクカット・タバコの名を世界に轟かせた。
’87年型ジャガーXJR8と’88年型ジャガーXJR9の2台がSound of ENGINEに登場。30年の時を経て年式が異なる2台のCカーが鈴鹿サーキットを走った。
’87年はF1日本GPが開催され「秋に世界選手権を2戦も観に行くのは無理」と、この年からWEC富士には行かなくなってしまったので、シルクカット・カラーのジャガーの走行は初めて観るのでとても楽しみにしていた。
大雨で実質“全日本戦”となった’86年WEC富士に来たジャガーは、ブリティッシュ・グリーン一色で“ぼてっ”とした感じだった。
ヨーロッパ・ツーリングカー選手権にジャガーのワークスチームとして走らせていたトム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)をWECでもジャガー・ワークスとして参戦させた。
トム・ウォーキンショー氏は後にF1のベネトンやアロウズ、ニッサンR390GT1にも関わったヤリ手だ。
WEC参戦僅か3年でル・マンで優勝するところなど日本メーカーは見習うところは多い。
XJR「6」がジャガーの初代Cカーで、後継機が「8」になる。
ジャガーXJR‐8 1987年
F1も手掛けたトニー・サウスゲート氏がデザイン。7000ccV12エンジンを搭載。
ル・マンこそ落としたもののWECデビューウインをかわきりに10戦中8勝しドライバー&チームタイトルを獲得した。
ドライバーはマーティン・ブランドル選手とジョン・ニールセン選手のF1経験コンビ。
ジャガーのCカーは’86WEC富士でチョコットと’91年JSPCで観たくらいであまりしっかり観たことが無かった。
「速いマシンはカッコイイ」の定石通り流れるようなフォルムが美しい。
ジャガーXJR‐9 1988年
ワークス・ポルシェとの激戦の末、31年ぶりの優勝をジャガーにもたらし、真に最強Gr.Cカーとなった。
シーズンもザウバー・メルセデスと優勝争いを繰り広げ、ドライバー&チーム・タイトルを獲得した。
ライトの感じをはじめポルシェっぽい顔つきになったXJ-R9。
後ろから見るとディフューザーの大きさに驚かされる。ここまで跳ね上がったら綺麗な逆翼形状ができていることだろう。
Sound of ENGINE土曜日の朝からXJ-R8と9が並んだピットは多くの観客が押し寄せていた。長年参戦してきたポルシェと違って日本ではあまり観る機会が少なかったからかもしれない。ドルフィンもその一人だ。
土曜日の夕方、エンジン調整しているところを間近で見させてもらった。V12はめっちゃイイ音していたが排ガスで目が痛かった…。
クリスマスに散財…
昨日のクリスマスイブは休日だったので映画『スターウォーズ』と『ぼく明日』を一気に2本観てやろうと思っていた。
仕事の帰り道ではついつい「ジェダイのテーマ」など口ずさんでしまっていた。
嫁はんは「エピソード1~3で騙されたから観ない」と言っていたので、クリスマスイブの街に一人で出るつもりでいた。
イブの街は女の子はみんな可愛い恰好をしているので目の保養にもなる。
ところが、一昨日から調子が悪かったパソコンがいよいよダメになってきた。本体は良さそうだが液晶がアウトのようだった。インターネット閲覧ソフトやウインドウズのアップデートを怠っていたため使いにくくなってきていたので、いよいよ買い替え時かなと嫁はんと相談。
予定を変更して朝から電気店巡りをするハズだった。
そう「だった」のである。
朝食のパンを食べている時にガリっと嫌な歯触りが。「あれ?」と鏡を見ると歯の❝かぶせ❞が欠けていた。このまま年は越せられない。優先順位の最上位は「歯医者」となってしまった。
飛び込みなので順番待ちが長い。
ようやく電機店に行けるようになったのは昼過ぎ。
先代と同スペックくらいのパソコンを選んで購入することに。年の瀬は物入りが多いと言うが、本当にそうなってしまった。
パソコンの引っ越しも思うように行かず、ブログも文章を入れ込むだけがせいぜい。メール受信はまだできていない。
これはプロに引っ越しと設定を頼むしかないかなぁ。
ホンダ勢復活!―の兆し 全日本最終戦・MFJ GP ハルクプロ/高橋選手、TOHO/山口選手
全日本ロードレース最終戦・MFJ GPで現行型ホンダCBR1000RRも見収め?
サウンド・オブ・エンジンでの「ホンダライダー・トークショー」では司会の「新型CBRの感触はどんなものでしょう?」と問いに、玉田誠氏が「鈴鹿8耐には間に合います。間に合わせます!」と語っていた。
「全日本開幕戦は?」と思ったのはドルフィンだけだろうか? とても直ぐに実戦投入できるまで煮詰められていないのだろうか?
ヤマハYZF-R1も初登場の開幕戦では落としているし…。
MuSASHi RT ハルク・プロ/ 高橋 巧選手
予選では第1、第2レースともに3番手。決勝・第2レースでは3位表彰台にのぼった。
8耐も含めてここしばらく優勝が無いのが残念なところ。
岡山と鈴鹿で表彰台で復調の兆しが見られたことが嬉しい。
今年のMotoGPもてぎ戦にワイルドカード参戦しなかったもの物足りない感じ。
サウンド・オブ・エンジンでは↑この写真にサインを頂いたのだった。8耐の写真と撮影位置がほとんど一緒…。
MFJ GP金曜の練習走行日に鈴鹿8耐の写真にサインを入れて頂いた。
TOHORacing/ 山口辰也選手
前戦・岡山では雨のレースで優勝。常勝ヤマハ/中須賀選手を地につけた。
プライベート・チームでもキッチリとセッティングを合わせ、ライダーの技量があれば優勝できると証明してくれた。近年ではほとんど絶滅した言葉「雨のレースではマシン性能差が無くなる」―を久々に見せてくれた気がする。
今年の鈴鹿8耐ではチームを組んだライダー2名が怪我のためほとんどテストできず、山口選手がセッティングを煮詰め、本戦では他の2名が乗りやすい状態にした地道な仕事が積み重なっての優勝だったはず。
サインを頂く時に「岡山戦見ました。素晴らしかったです!」と伝えずにはいられなかった。
山口選手も「ありがとう」と笑顔を返して下さった。
今年の鈴鹿8耐テスト日
2013年鈴鹿8耐
渡辺一馬選手にも頂いたのでこれで2013年TOHOレーシングwithモリワキ、2カード達成!
1/43ミナルディM198中野信治車 鈴鹿SoE ミナルディM190&フェラーリF187
鈴鹿Sound of ENGINEのゲストに中野信治選手が来られるとあって、先日入手したばかりのミニカーにサインを入れて頂くチャンス到来!―と、2台の1/43ミニチャンプスを持って行った。これに1日1台サインを入れて頂くのが目標。
初日は「チームの雰囲気は良かった」と言われるミナルディの1998年マシン、ミナルディM198/フォードZETEC-R。
中野選手はゼッケン「22」もキッチリ入れて下さった。ありがとうございます。
Sound of ENGINEではミナルディつながりでファン感謝デーでもドライブしたミナルディM190か、昨年ドライブしたフェラーリF187をデモランするものとばかり思っていた。
ところが、ミナルディはマシン不調で走行できず。フェラーリはオーナーさんがドライブされていた。
中野選手は「RICHARD MILLE PARADE」のペースカーを運転したり、プレミアムエリア限定サイン会に出たりしていた。せっかく来られたのにフォーミュラの走行が無くて残念。
時間の開いている時は割と長い間ファンの方々とおしゃべりしていた。
ミナルディM190/フォード 1990年
ピエールルイジ・マルティニ選手がドライブしたマシン。
ピット内に作られた展示室に置かれていた。
今回走行するためにメンテナンスを受けて万全を期していたそうだが、それでもマシンのご機嫌が斜めだったそうだ。
スタッフによるピットインデモ?
フェラーリF187 1987年
鈴鹿初開催となったF1日本GPでゲルハルト・ベルガー選手が優勝。
昨年のSound of ENGINEでは4輪の“タイトルマシン”として走行&カウルを外した状態での展示が行われた。
今回も1台がレーシングシアターではカウルを外した状態で展示されていたはず。
S字でアフターファイヤァァァーッ!
土曜日は走行せず、日曜日のLEGEND of Fomula1デモレースに出走。ターボ音を響かせてくれた。
S字ではアフターファイヤーも見られた。
シューマッハとマッサのフェラーリF1 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
鈴鹿Sound of ENGINEにやってきたF1マシンの中でもフェラーリは多かった。フェラーリ・レーシング・デイズよりも多くのフェラーリF1が走行、あるいは展示されていたから凄い。
伝統のV12からV10、ターボとエンジン形式も様々。
フェラーリF310後期型 ミハエル・シューマッハ車 1996年
シューマッハ選手がフェラーリ入りした時のマシン。前年にベネトンでワールドチャンピオンになっていたのでゼッケンは「1」。
V12からV10エンジンに移行。当初はローノーズだったが、途中からハイノーズに変わった。
ボディの下は’92年のF92Aほど完全なダブルデッキではないが隙間が作られている。
フェラーリ・レーシング・デイズでは走る予定だったが走行せず、ピットの奥に置かれていただけだった。なので今回、久しぶりに走るところを見られた。
現役当時は寄って見られなかったセミ・ダブルデッキ構造のボディ下を間近で
フェラーリF2003-GA ミハエル・シューマッハ車 2003年
言わずと知れたシーズン圧勝した名車。
最近、デモランを観る機会が多かったので今回はあまり写真を撮らなかった。
走行はしなかったものの、ピットの裏側に向けて展示されていたのは…
フェラーリ248F1 フェリペ・マッサ車 2006年
公式HPのマシン紹介には掲載されていなかった全くのサプライズ。
マッサ選手がフェラーリ入りし初ポール、初優勝したのマシン。タイヤも当時の溝入りのBSを履いたまま。
2006年で鈴鹿サーキットでのF1開催が“最後”になり、ミハエル・シューマッハ選手も“引退”するからと、6年ぶりにサーキットに足を運んだ事がきっかけで再びレースを観るようになってしまった。
観に行った日本GP予選ではシューマイケル選手とタイトル争いをしていたフェルナンド・アロンソ選手を牽制し、懸命にアシストをしていた姿が印象的。決勝でも2位表彰台。
結局のところ、鈴鹿F1開催もシューマイケル選手も“最後”ではなくなってしまったのだが…。
2006年F1日本GPでの248F1/マッサ選手 デジタルビデオからのコマ抜き写真
HPによると来年の鈴鹿ファン感謝デーにゲスト来場が“決定”しているマッサ選手はこのマシンで走ってくれるのだろうか?
F1復帰説が報じられているマッサ選手。仮に復帰したらファン感謝デーはどうなる? モビリティランド側は去就にヒヤヒヤしているかもしれない。そうなればバトン選手を呼ぶしか納まりがつかないだろうが「マッサ選手がダメになったので代わりに来て下さい」じゃぁバトン選手も嫌だろうな。
何も無い日にサーキットに行ってみる FISCOその2
「何も無い日にサーキットに行ってみる FISCOその1」から半年ぶりの続編。
―というのも、火曜日の昼、テレビを見ていたら「ヒルナンデス!」で『絶景御殿場線の各駅で名物を探せ! 』を先週と今週の2回に渡って放送していた。
今週は駿河小山駅から。
そう言えば、昔、FOSCOに遊びに行く時に「地図上では御殿場駅より駿河小山駅の方が近い」という理由で駿河小山駅まで出たことがあったなー、と思い出しながら見ていた。
結果としてはバスの接続が悪く、時間ばかりが過ぎてしまったのだった。
今では車を走らせて向かうだけのサーキット行きだが、昔は道中でも面白い事が色々あった。サーキットに行く事自体が新鮮だった。
1980年の12月に友人たちとFISCOに行った。この日も30°バンクを含めて歩いて1周しようと思っていたが、スポーツ走行を行っていたので断念。「歩いて1周」など簡単に実行しようとしていた辺りは若さ故か(笑)。
後半は友人の提案で大御神レース村を見て回ることにした。レーシングカーが無いかガレージ各所に「見学させてくださ~い」と覗くのだ。
長谷見選手のトミカレーシングのポーター
NOVAのガレージで長谷見昌弘選手が全日本F2と鈴鹿F2のチャンピオンを獲得したマーチ802/BMWと、ヨーロッパF2で絶好調だったマシンを星野一義選手が呼びよせたトールマンTG280(だったかな?)を見ることができた。
初めて見た“ウイングカー”だ。
星野一義選手のトールマンTG280
さらにはトミカレーシングのステッカーとペンタックスレーシングのステッカーも頂けて、ドルフィン一行は大興奮だった。
別のガレージに行くと1~2年前のレーシングカーのカウルやパーツが野ざらしになっていた。どれもモーター誌の写真で見たことがあるマシンばかりだ。
「いらないパーツあったらください」とお願いすると「その山のものならいいよ。でも持って帰れるか?」と了解頂いた。
確かに手持ち&電車でサイドポンツーンのパネルは厳しい。「何か手ごろなものは無いか?」と探していると―
マーチ792のフロントウイングがあった!↓
F2初のウイングカーだった792はフロントラジエーターでその両脇に小型のフロントウイングが付いていた。ミニカーにもなっている。
小型のウイングだからこそ手で持って行けるのだ。
1979年から全日本F2にスポンサードされて設立されたウォルター・ウルフ・レーシング・ジャパンのマシンだ。
確かドライバーはシーズンを通してのレギュラーがおらず、外国人ドライバーを招へいして乗せていたので誰のものかは不明。アルミ製でウイング下がこすって穴があいていた。
このパーツは引っ越しの度に手元に持っていた。
いつ頃まで御殿場線を使ってFISCOに行っていただろうか?
’84年の富士GC観戦までは電車観戦していたような気がする…。














































