CLUB24-にいよんー -229ページ目

ロータリー響く1 I'm a Racing Driver寺田 マツダ787B JSPC

 鈴鹿サウンド・オブ・エンジンに今年もロータリーサウンドが響いた。

 Gr.Cカー、マツダ787B JSPC767Bの2台が参加。

 JSPC全盛期を支えた日産、トヨタ、マツダ、ポルシェがそろって走行。あの華やかな頃を思い出す。

 開催直前になってランチアがマシントラブルで参加を取り下げてしまったのは残念。ポルシェvsランチアだった初開催の’82年WEC JAPANは観に行けず、観戦に行けた翌年からはランチアは日本に来なかった。ランチアとは縁が無い。

 

マツダ787B JSPC

 本来はル・マン参戦後はJSPC用マシンになるはずだった「55号車」が優勝してミュージアム入りとなったため、急遽制作された3号車。

 ル・マン仕様とレナウンチャージカラーのグリーンとオレンジの配色が逆になり、ヘッドライトも取り去られている。

 

 近年では各種イベントに登場。JAF大阪のモータースポーツin舞洲2015では1㍍の至近距離で走行を観たことがある。

 YouTubeコチラに掲載 https://www.youtube.com/watch?v=5bZy9BMH3z0

 ウエット路面の土曜日は「レインタイヤの用意が無い」ために走行を見合わせていた。

 日曜日の走行にファンの期待が集まった。

 ローターリーエンジンのサウンドは違うなぁ。

 ドライブしたのは❝ミスタールマン❞寺田陽次郎氏。

 土曜日にトークショーはあったのだが、マシン走行が無かったので全然姿を見かけなかった。

 日曜日、ピット裏でサインをされているのを見つけて猛ダッシュ。サイン待ちの列に並んだのだった。

 サウンド・オブ・エンジンのピット裏にはトランスポーターや駐車車両が一切無く、端から端まで見渡せる状態だったのだ。

 

寺田陽次郎氏

 『ドロファイター』ダブルニッケル編でノブ・トクガワが乗った「サムライ3」(マツダRX-7 252i)のモデファイ後のフロントカウルには「I'm a Racing Driver TERADA」のデカールが貼られている。

 昨年のサウンド・オブ・エンジンで走行した787B「55号車」と―

 現役時代の767の写真に寺田氏のサインを入れて頂いた。

 今年、従野孝司氏が来られていたら一緒にサインを入れて頂こうと思っていたが、来られていなかった。

 767も今回のサウンド・オブ・エンジンで走行した。

 


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初めてサインを貰ったレーサーV・ブランビラとピーターソンのマーチ761 サウンド・オブ・エンジン

 量産レーシングカー・コンストラクターのマーチがF1にワークスとして参戦したマシン、マーチ761/フォード

 鈴鹿サウンド・オブ・エンジンには2台の異なるカラーリングのマーチ761が参加した。

 

 1台はビットリオ・ブランビラ選手のオレンジのベタ・マーチ。もう1台はロニー・ピーターソン選手の青/黄のモナコ・ファイン・アーツ・マーチ。

 この2選手に共通するのは’78年の忌まわしいイタリアGP事故に巻き込まれこと…。

 

ベタツール・マーチ761/フォード

 雨のレースに強く、豪雨の’75年オーストリアGPでは優勝したことで「雨の魔術師」と呼ばれたビットリオ・ブランビラ選手。またの名を「モンツァゴリラ」

 当時下位チームだったマーチで優勝するなど、セバスチャン・ベッテル選手がトロロッソで優勝した以上の快挙。「雨が降ればマシン性能差が縮まる」と言われていた時代でさえも大金星だった。

 現代ではとてもそうはいかない。フェルナンド・アロンソ選手でさえマクラーレン/ホンダを優勝に導けなかったのだから。

グリッドウォークの時にはタイヤに芝が付いていた…

 

 ビットリオ・ブランビラ選手こそ、ドルフィンが初めてサインを頂いたレーシングドライバーなのだ(国内外問わず)。

 ’77年のF1日本GP決勝後、バドックを見て回っていると知らないオジサンが「あの人レーサーのブランビラだからサインもらっとくといい」と教えてくれたばかりか、サインを書いてもらうノート紙をドルフィンと友人に下さったのだ。

 ノートとサインペンを渡すとブランビラ選手はペン先をこちらに向けた。「あ! キャップを外して渡さなきゃいけなかったか」と気付いた。以降、サインを頂く時はキャップを外してペンを渡すようにしている。

 頂いたサインはプログラムの写真と一緒にアルバムに貼って保存している。

 

ブランビラ選手のサイン

 ブランビラ選手は濃いキャラクターのせいか、漫画やアニメにも登場している。

 『赤いペガサス』では雨速さをみせるケン・アカバに舌を巻くシーンがある。

 『グランプリの鷹』イタリアGP編では主要キャラクターとして登場。イタリアのブランビラファンと揉めた轟鷹也に詫びるブランビラ。決勝でブランビラとの勝負には観客席から「ブランビラ! ブランビラ!」のコールが巻き上がり、カトリチームのピットに物が投げ込まれてしまう。混乱を鎮めるためにピットインして盾になる鷹也のトドロキスペシャルT3。責任を感じて共にピットインしてリタイアするブランビラだった。

 

 ブランビラ選手のマーチ761を見たら自然に「ブランビラ! ブランビラ!」とコールしてしまう自分がいた。

 土曜日の最初の走行の早い時間帯にスピンオフしたらしく、走行写真は撮れていない。雨の中を走るモンツァゴリラのマシンを撮りたかった。

 

モナコ・ファイン・アーツ・マーチ761/フォード

 ブルー&イエローのピーターソンカラー=スウェーデンカラーのマーチ。

 サウンド・オブ・エンジン開催直前になって参加が決定した。

 「マスターズF1」とは異なり、マクラーレンM23と同じピットにあったことからリシャール・ミル氏のコレクションの1台だと判明。こちらも完全オリジナルを保っている。

マーチ6輪F1も見たいなぁ

 

 今回、ロニー・ピーターソン選手のマシンは2台来ていて、あと1台はロータス76。ドライバーさんのヘルメットがピーターソン選手のもので「ロニーが走ってる!」と思った。

 

 ロニーと言っても

 

 この方ではなく―

 

 ピーターソンと言っても

 

 この人ではない(名前のモデルらしいが)。

 

 ピーターソン選手はやはりタイレルP34ロータス79に乗っていた頃がリアルタイム。

 イタリアGP事故で亡くなった時はショックだった。

昔表記なら「ペテルソン」…

 


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国内外から集まった60's Racing 2  鈴鹿サウンド・オブ・エンジン

 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン「60's Racing Machine」では、年代モノマシンが走る―そしてレースをするシーンが観られた。

 この年代のマシン走行は鈴鹿 サーキット開場50周年アニバーサリーデーで観たのが最初。

 そもそも「サウンド・オブ・エンジン」自体「アニバーサリーデー」の成功を受けて始まったのだから❝原点❞と言えるのかもしれない。

 現役時代を知らないマシンの走行を観られるのもいいものだ。

 

ニッサン・スカイライン2000GT-R 1972年

 第1回サウンド・オブ・エンジンから参加している。

 ドライバーさんのヘルメットも「国さんジェット型」で、最初に見た時は「国さん走るの?」と思ってしまったほどだ。

 

ニッサン・スカイライン2000GT-R 1972年

 フリー走行では2台のGT-Rが並走してファンを沸かせてくれた。 

 

ニッサン・スカイライン1800 サービスカー

 走行参加車ではないサービスカーもヒストリック。
 

プリンス・スカイラインGT '64日本GPVer 1964年

 

オースチン・ヒーレー・100S 1955年

 確か、このマシンも海外からやってきたそうだ。F1やGr.Cカーだけじゃなく、年代マシンも呼んでいるんだなぁ。

 グッドウッドフェスティバルみたいに世界的に盛り上がってくれたら嬉しいのになぁ。いつまで観に行けるかなぁ。

 

オースチン・ヒーレー・スプライト 1959年

 笑っているようなこのマスク。可愛くて好きだなぁ。

 

ロータス23B 1963年

 

ホンダS800 1967年/ダットサンSR311

ホンダS800

マクランサLM 1968年

マクランサ 1968年

 ホンダS800ベースに童夢がボディを制作したレーシングカー。

 


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長谷見選手NISSAN R382をドライブ 60's Racing 1 サウンド・オブ・エンジン

 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン「60's Racing Machine」は、土曜日では一番最初と最後のプログラムだった。

 7時半にゲートオープンして朝8時からの走行なのだから1日が嬉しいほど過密スケジュールだった事が分かる。

 土曜日はまだ雨がざんざか降っていたので、ピットビル3階からチョット観ただけで、あとはピット巡りをしていた。

 

 そして土曜日が終わりに近くなった16時過ぎからの「60's Racing Machineデモレース」

 雨は止んだが雲が残っていたので暗くなり始めていた。

 やはりピットビル3階から観戦しようとした。

 

 グリッドに付くためにピットから出てくるマシン達を見て驚いた。なんと日産R382をドライブしているのは長谷見昌弘氏ではないか!

 朝、キッチリ見ていなかったので気付かなかった。どうりで長谷見さんの出勤が早かったはずだ。

 日産ヘリテージコレクションでも見たR382。

 V型12気筒6000ccエンジンを搭載し、1969年日本グランプリで1-2フィニッシュを飾った日本モータースポーツ史にその名を残す名車だ。

 それを長谷見昌弘氏がドライブするなんて! これは写真を撮って翌日にサインを頂かねば‼

 ―と、思ったものの、あまりにも周囲が暗くなってしまいシャッター速度が取れない。一眼望遠を使っていた若い頃はやった事があるが、さすがにコンデジでもヒイヒイ言っているのに15/1秒とか2/1秒では追えずにブレブレだ。

 画質は荒くなるのを覚悟で感度を上げて125/1秒くらいのシャッター速度を確保して撮影。

 翌日、長谷見さんにサインを頂けた。

 今でこそ温和(?)になっている長谷見さんだが、現役当時―ドルフィンがレースを観始めた'70年代後半から'80年代頃は本当に怖かった。まあ、当時のドライバーは皆さん怖かったが(国さんも)。

 特に長谷見さんは抜き身の刀のように鋭い目と重い雰囲気で近寄りがたかった。その印象が強かったせいか、未だにサインを頂きに行くのに一瞬ためらいが出る。そのためにチャンスを失う事も多々あった。

 「ハっセミさぁ~ん!」と気軽に行ける方が羨ましい。

 夜間照明に浮かんだR382の写真にサインを入れて頂いた。

 

 R381のライバルだったLOLA T70 MkIII。奇しくも当時は長谷見さんがドライブしていた。

 昨年のサウンド・オブ・エンジンでは❝黒い稲妻❞桑島正美氏がドライブ。今年も来られるかな? と昨年の写真を用意して行ったのだが、今年は来られていなかったようだ。

 日本グランプリレースで日産とトヨタのワークス対決に割って入ったプライベーターの滝レーシングが投入したマシン。

 かつて日産やローラと戦いを繰り広げたポルシェ907も参加。

 暗くなってきたので、ライトを点灯しての走行。昼間走る姿とはまた違った雰囲気。

 土曜日のデモレースでは5番グリッドから優勝。日曜日も優勝しWウイン。

 夜間照明に照らされるコースをライト点灯して走る姿もカッコイイ。

 


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初の日本公開走行 コジマKE007 41年ぶりの鈴鹿 サウンド・オブ・エンジン

 コジマKE007―日本で開催された公式F1レース「'76 F1inJAPAN」にスポット参戦した国産F1マシン。

 富士スピードウェイに照準を合わせて作られたKE007は、金曜日の予選1回目から絶好調。

 当時、脂がノリにノッていた長谷見昌弘選手の完璧なタイムアタックでポールポジションを狙える区間タイムを出していた。

 午後の予選で日本人ドライバーと日本の技術が最速と証明されるまであと数秒のところだった。突然マシンはコントロールを失ってクラッシュ。

 それだけでも一つの❝伝説❞だが、このストーリーはそれだけでは終わらない。

SV009に乗るケン・アカバみたいだ

 

 スペアカーが無かったために残骸と化したマシンを修復することになった。

 FISCO周辺にある「大御神レース村」と呼ばれる幾つかあるレーシング・ガレージから誰に言われるでもなく助っ人が無償で集結。限られた時間と資材で修復作業が始まった。

 日本製マシンをスターティンググリッドに付けようとする情熱がそこにはあった。

 不眠不休の作業により決勝日の朝にはマシンは形を成した。

 このストーリーが後々まで語り継がれるKE007の❝伝説❞をより確立させたのだった―。

 行方不明だったKE007がほぼスクラップ状態で発見。数年がかりでフルレストアされ2004年のグッドウッド・フェスティバルで長谷見氏のがドライブ。

 日本では2007年に富士スピードウェイで開催されたF1日本GPや2013年に映画『ラッシュ/プライドと友情』公開キャンペーンでも展示された。―が、いずれも関東圏での出来事。

 

 2016年の大阪オートメッセのNGKブースに展示されてようやく…ようやく40年ぶりにその雄姿を目にすることができた。

 今年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジン開催直前になって急きょ参加が発表された。

 「ついに走るところが観られる!」しかも当日のゲストに長谷見昌弘氏が来られるじゃぁないか! もし長谷見氏が走ってくれるのなら大事件だ。一気にテンションが上がった。

 当日の天気予報は不動の「雨」。

 普通なら憂鬱になってしまうところだが、KE007が来るなら違ってくる。F1inJAPAN決勝も大雨だったからだ。

 KE007・長谷見・雨―これらのキーワードがそろっていて燃えないはずがない!

 期待に胸を弾ませて当日を迎えたが、現地でとある情報筋から「長谷さんは乗らない」と教えてもらってチョット…いや、本当は大きなショックだった。「走るところを観られるだけで十分じゃぁないか」と自分に言い聞かせた。

 

 午前の走行ではウエット路面のために出走せず。午後の走行時間になってようやくコースイン。激感エリアからその雄姿を撮影した。

 5月に富士スピードウェイで開催されたイベントでは予定されていた走行が行われず、今回が日本で初の一般公開走行になるようだ。

 雨が止んだとはいっても厚い雲によってサーキットは薄暗くなっていた。それもまた'76年のあの日を思い出す。一番感慨深い時間だった。

 

日曜日のフィナーレパレードでグリッドに付いたKE007

 '76年10月のF1inJAPAN開催に先立つ7月に鈴鹿サーキットでテストを行った。

 これは1/43ミニカーのKE007に「鈴鹿テスト仕様」が出ていることでも知っていた。

 今回の走行は「41年ぶりの鈴鹿サーキット」と場内アナウンされていた。

 

 長谷見さんが乗らないのなら、せめてドライバーさんのヘルメットは❝黒❞であって欲しかった。

 単なる展示ではなく❝生きている❞マシンはやっぱり良い!

 KE007を見る事ができたら、次はKE009が見たくなる。

 KE009は海外に行ってしまっているが保存状態がどうなっているのか良く分からない。

 コジマのマシンが2台そろって走ってくれないだろうか? ドライバーはもちろん長谷見さんと星野さんで。高原さんもいいな。

 

 サウンド・オブ・エンジンが続けば、そんな夢も実現するかもしれない。

ドライでもレインタイヤで走行。レインしか用意が無かった?

 


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ジョナサン・レイ来場前日にカワサキワールドに行って来た/消防出初練習/豪華客船飛鳥Ⅱ

 スーパーバイク世界選手権3連覇を達成したカワサキジョナサン・レイ選手が本日、11月29日に神戸にあるカワサキワールドにやってくる。

 その前日にカワサキワールドに行って来た。

 この日に神戸に行く事は数ヶ月前から決まっていた。そして29日は仕事を休むことができない。

 ジョナサン・レイ選手の来場が発表された時「あと1日前倒ししてくれていればぁぁぁぁッ!」と叫び倒した事は言うまでもない。

 昨年もチャンピオン獲得後に報告会で来場したので「今年も」と楽しみにしていたのだが、まさかこんな日程になってしまうとは…。

 レイ選手は日曜日までヘレス・サーキットでMotoGP&SBKテストに参加したので、即日飛行機に乗る強行スケジュールを組まない限り火曜日には到着できない。

 鈴鹿8耐テストの時にSBK組がそうだった。即日出発したヤマハファクトリー勢は火曜日の朝から8耐テストに参加し、1日おいたホンダのステファン・ブラドル選手は遅れて水曜日からの参加だった。

 カワサキワールドは昨年も来たが、レーシングの展示内容はあまり変わっていなかった。

 市販バイクがアジアで発売されているスクーターの展示になっていた。新婚旅行で行ったバリ島でみたスクーターにロードスポーツを掛け合わせたようなバイクが格好良くて気になっていたがそれらの車両だった。

 

カワサキH2 底部が見えるように鏡面床になっている

 ジョナサン・レイ選手との撮影会には先着200名にスペシャルポスターが配布されるそうだが❝あわよくば❞先にもらえないだろうか? ―と聞いてみたのだが「まだ届いていない」との事だった。残念。

 

会場にパネル化されていた3連覇スペシャルポスター

 

2015年型ZX-10R ジョナサン・レイ車

 

タンクにはレイ選手のサインが入る

 

トム・サイクス選手とレイ選手のサイン入りヘルメット

 

SBKチャンピオン、チームタイトルのトロフィーと盾

 もう、こうなったら来年もチャンピオン獲得してサイクス選手とともにやって来てくれることを願うしかない!

 

ニンジャ650KRTエディション

 

ライディングシミュレーターRidEXは映像が新しくなった

 カワサキワールド周辺は整備されて、乗用車駐車場もできていた。

 2輪は無料。乗用車は最初の60分が無料で以降30分200円単位で課金される。

 

 駐輪場には❝世界一カッコイイバイク❞があった。

 

 カワサキワールド/海洋博物館のすぐ前では神戸市消防出初式のリハーサルが行われていた。

 到着した時、消防車や隊員さんが多く集合していたので「何かあるな?」「防災訓練か?」と思っていた。聞いてみると出初式の練習なのだそうだ。11月末にやっているんだなぁ。

消防防災ヘリコプター川崎式BK-117型C-2

 

 神戸市消防局の主な運用装備が展開していた。

 和太鼓が鳴り散水練習が行われ、周辺の観光客が多く集まった。

神戸市消防局今年から運用されている新消防艇「たかとり」

消防局員で構成されている和太鼓

 

 ポートタワーで昼食をとって外に出ると、巨大な❝壁❞のような船が着岸していた。

 名前を見ると、なんと! 日本最大の豪華客船「飛鳥Ⅱ」ではないか!

 TVとかで紹介されているのを見たので名前は知っていたが、ホンモノを見る事ができるとは‼

 「船内を観たい」と嫁はんが言うのでターミタルへ行ってみると「パスポートのご用意を…」等のアナウンスが聞こえてくる。あわわ、飛行機の国際便と同じじゃないか。鉄道の「入場券」みたいなもので船内見学などできっこないじゃぁないか。

 船内見たかったなぁ。TVのリポーターはどうやって入っているのかな?

 この大きさ「あ、あすかぁぁぁぁぁッ‼」 ―と、早川健調に叫びたくなる。

 

 神戸港開港150年を記念した生木による世界一巨大なクリスマスツリーがメリケンパークに出現。

 「プラントハンター」の西畠清順氏が富山県氷見市の山中に生えていたものを発見。推定樹齢150らしい。そのままにしておいてやれなかったのかな?

 来月も神戸に来ることになったので、その時にはイルミネーションの装飾もされていることだろう。

 


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片山右京Gr.CトヨタTS010 vs フロムA日産R90CK 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン

 鈴鹿サウンド・オブ・エンジンHPにはゲストが紹介されていたが、寺田陽次郎氏以外はデモランするのかどうかすら記載が無かった。

 今年も片山右京氏がゲストに呼ばれていたが、F1をドライブするのかGr.Cカーをドライブするのか全く分からないまま当日を迎えた。

 サーキットで無料配布されているA4サイズのやや厚い紙に印刷された「イベント インフォメーション」。見るとCカーの上にゲストの写真が配置されていて「このマシンでデモランするのかな?」と思わせぶりなレイアウトになっていた。

 

 右京氏は昨年F1ラルースがトラブル(?)のためにデモランできなかったので、今年は是非とも走って欲しかった。そう言えば昨年の鈴鹿1000㌔前夜祭でもカシオ・カラーのTS010がマシントラブルで走れなかったな。

 

トヨタTS010

 まだ雨が降る土曜日10時15分からのGr.Cカー走行に合わせてトヨタTS010のピットに赤いESSOトヨタのレーシングスーツを来た右京氏が登場。やった! 走ってくれる!

 

 F1みたいな高いエンジン音を響かせ、グランドエフェクトで水飛沫を高く跳ね上げながらストレートを通過するTS010。

 そして右京氏の走りを見るのは何年ぶりになるだろう? 嬉しいなぁ。

 マシンから降りると直ぐに待っていたファンに写真やサイン等サービスをしてくれた。

 

土日の2日間で頂いた片山右京サインコレクション

 F1時代は完了したため、F3000時代の写真を用意して行った。

 

トヨタTS010土曜日の走行

 

1988年 BA-TSUローラT88/50

 この年、フォーミュラ・ルノー・フランスから帰国。全日本F3000に初参戦。

 5月の第4戦だが、ヘルメットが現在のカラーになる以前のもの。

 

1989年 ムーンクラフトMC040

 ムーンクラフトに移籍。由良拓也氏デザインのF3000マシン。

 

1991年開幕戦での初優勝

 チェッカー後にマシンが止まったため、優勝争いを展開していた2位・小河等選手のマシンに乗車してのパレードラップ。

 土曜日にサインを頂く最優先写真だった。

 この写真を見て「ウチにもこの(シーンの)写真飾ってありますよ」と話されていた。

 

 

 日曜日の走行プログラム最後となる「Gr.Cデモレース」では3番グリッドからスタート。ポールポジションの久保田克昭選手のフロムA日産R90CKとバトルを展開し、観客を沸かせてくれた。

 トップに立った右京/TS010だが、日産R90CKも離されずコーナーではテール・トゥ・ノーズになるほど。

 この興奮で「JSPCが蘇ったァァァァッ‼」と絶叫してしまった。

 単なるデモランではなく、久々に本気モードの右京選手の走りを観ることができた。

 10周のレースだったが最後までもたず、TS010はピットイン。残念ながらリタイアとなった。

 それでもここまでの走りをしてくれた右京選手とトヨタのスタッフに拍手。

 

フロムA日産R90CK

 このマシンロゴを見ると「カーカキンキンカーキンキン♪」のCMが思い浮かぶ。

 当時住んでいた関西ではCM放送されておらず、後に引っ越した東京で見た時は「あぁ、東京に住んでいるんだな」と感じた思い出のCMでもある。

 

 JSPC参戦のため、ノバエンジニアリングがローラ製シャシーにNISMO供給のエンジンを搭載。

 ’93年からの新シリーズに合わせて更にモデファイされた。

 昨年はラウンジでの展示参加だったが、今年は走行してくれた。

 日曜日のGr.Cレースでは6番手スタートながら片山右京選手のトヨタTS010と激しいバトルを展開してくれた。

 TS010のリタイアにより優勝。

 


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ジェームス・ハントのザ・世界2 マクラーレンM23&26 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン

 ドルフィンにとって「ドライバー神3」の一人として崇拝しているジェームス・ハント選手。

 今年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンでは申し合わせたのか、ハント選手のマシンが3台も集まった。こんな夢のような大会となって、もう嬉しくて嬉しくて出発前夜は2時間しか寝られなかった。行きの車の運転から眠たかった(←危ないな~)。

 帽子にはハント選手のヘルメットのピンズを付けて行った。初夏くらいの陽気だったなら、昔買ったマールボロ半袖シャツを着たかったくらいだ。

 

ジェームス・ハントのザ・ワールド‼ ②

 

 

マクラーレンM23/フォード

 サウンド・オブ・エンジン初年度にやってくるはずだったM23。しかし、マシンの調子が悪くて来日キャンセルされた。

 今年、ようやく鈴鹿に姿を現してくれた。

 大会冠スポンサーである超高級腕時計メーカー「リシャールミル」のオーナー、リシャール・ミル氏のコレクションの1台であり、ドライブするのもミル氏本人。

 我々がミニカーを集めるのと同じ感覚で❝本物❞を集めているのだからスケールがデカイ。

 海外からやってきたマシンではあるが「Masters Historic Formula 1」参戦マシンではないので、ピットも異なる。

 マスターズレース参戦の車検ステッカー等も貼られておらず完全オリジナル状態を保っている

 カウルを外しピットでメンテナンスされている状態もまたカッコイイ。

 映画『ラッシュ/プライドと友情』の主人公マシン。映画にも使用されていたのかもしれない。

 その最終舞台となった'76年F1inジャパンで初めて「自動車レース」を観てスーパーカーからモータースポーツの世界に移行しのめり込んだのだった。


マクラーレンのハント選手とロータスのアンドレッティ選手。'76年F1inJAPANで

 

 '76年当時は❝流し撮り❞という高度な撮影テクニックを知らなかったので、写真もブレブレ。なので「今回はデジタルでキッチリ撮りたい」という思いが強く、それが逆に力んでしまう結果となってしまった。何とか良い写真が残って安堵の思い。

 

 ウイングカーのブラバムBT49Cロータス92に比べると、ノーズからサイドポンツーンにかけて車体が❝薄い❞。空気抵抗を減らすためのボディワークなのだろう。

 ジェームス・ハント選手がワールドチャンピオンを獲得した名車。

 ただの展示だけでなく、こうして走っている姿を見る事ができて感無量だ。

 

マクラーレンM26/フォード

 ジェームス・ハント選手最後のF1優勝となった'77年日本GP。その時のマシンがマクラーレンM23。

 日本GPはドルフィンも観戦していたし前年よりもF1情報に詳しくなっていたので、M23よりもリアルにシーズンを追ったM26の方が好きになった。

 M23に比べてノーズからボディサイドにかけてシャープになり端正なスタイルになったところが気に入っている。

ハント マクラーレン
’77年日本GP/ハント選手のマクラーレンM26

 

 HPの解説では、マシンは主にヨッヘン・マス選手が使用していたもので、ハント選手は'78年のイタリアGPで使用した車両らしい。

 ゼッケンは「1」でも「2」でも無く「26」。トヨタ86に乗っている方がナンバーを「86」にするような感覚なのだろうか?

 

日本GP決勝後に入ったパドックを思い出すピット内での作業風景

エンジンカバーを外している状態はミニチャンプス1/43ミニカーみたいだ(笑)

 ’77年日本GPでは祖父のコンパクトカメラを借りて❝初めて❞流し撮りで撮影した。

 フィルム最後の「24枚目」が「あれ?まだ撮れる、まだ撮れる」と撮影していたら、巻き上げが空回りしていて多重露光になっていた。

 あぁ、あの時の自分にせめてもう1本フルムを渡してパドックの様子を撮影させたいッ!

ハント
表彰式と多重露光になってしまったがゴール直後のマクラーレンM26

 

 40年前の無念を晴らすように、マクラーレンを撮りまくった。

 カウルを外してメンテナンされている状態もイイ感じだし、水飛沫を上げて走るマシンもまた美しい。

 

 土曜日11時半からのグリッドウォークにはギリギリ雨が止み、コース上に並べられたF1やGr.Cカーたち。

 コース上に停められたマクラーレンM26には感無量。あぁ、ハント氏が存命だったらなぁ。いつかラウダ氏とともにゲストに来てもらえたかもしれないのになぁ。

 

オーバークール対策でノーズのラジエーターにはガムテが貼られている

 「バナナウイング」と呼ばれていた肉厚が特徴のリアウイング。フォードDFVの剥き出しカバー。メカメカしいマシン後部。

 F1に夢中になった頃のマシンをこうして間近で見られる日が来ようとは。

 

ほぼ同世代のマーチ761ロニー・ピーターソン車と

 


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2ストWGPレーサーNSR500日曜日よりの使者 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン

 今年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンの2輪メインイベントは「NSR500 ~Honda WGPの栄光~」

 開催初年度はケニー・ロバーツ氏+ヤマハYZR500ケビン・シュワンツ氏+スズキRGVγ500を用意していたので「『サウンド・オブ・エンジン』はホンダ自前のマシンに頼らずにマシンを集めるんだ」と、その心意気に感心していた。

 

 ところが2年目になる昨年は最高イベントがホンダ・コレクション・ホールが所有するNSR250を走らせるだけになり、いきなり2輪イベントが縮小した感じになった

 ヒストリックF1やGr.Cカーが多くなったのは大歓迎だが、2輪も多くのメーカーを巻き込んでこその「サウンド・オブ・エンジン」になるのではないか。

 唯一の2輪BIGイベントも土曜日が雨天のため早々に中止が決定されていた。

 土曜日に撮影した写真で日曜日にサインを頂くという作戦が脆くも崩れ去ってしまった。

 「NSR500 ~Honda WGPの栄光~」走行予定時間には、ピット前で伊藤真一選手、玉田誠選手、清成龍一選手、宮城光氏がインタビューを受けていて、モニターにも映し出されいたのだが、どこのピット前なのか良く分からなかった。2輪ホンダのピット前だったはずだが、そこにはいなかったような…?

 

 GPスクエアで「ホンダWGPトークショー&サイン会」が行われたが、Gr.Cカーデモレースを観ていたので終わってからダッシュで駆け付けたが終了して帰る後姿しか拝めなかった。

 

 こうして初日には走行はおろかライダーの姿すら見られなかったので、日曜日は本当に待望の走行となった。

 

Honda NSR500 エディー・ローソン車 1989年

 ヤマハから電撃移籍したエディー・ローソン選手が5勝を挙げてチャンピオンを獲得した。

 ライディングは伊藤真一選手。

 MFJ-GPの写真を持っていったのだが、伊藤真一選手にはお会いできなかった。

 待望のNSR500の走行。どうせならテストや公式戦では入れない激感エリアで撮影することにした。

 パラッパパッパ…ファインファイン…グランドスタンド方面から聞こえてくる軽く高いエンジン音。来るぞ!

 土曜日走らなかったのに、実走行はたったの3周ってなによ! 土曜日分も走って欲しかったよ‼ 

 以前、TVで「パーツがもう無いのであまり走らせられない」というような事を聞いたが、土曜日走っていないんだからもうチョット走ってくれてもいいんじゃないかなぁ。

 

Honda NSR500 マイケル・ドゥーハン車 1997年

 無敵状態だったマイケル・ドゥーハン選手の5連覇中4連覇目のマシン。

 ライディングは宮城光氏。

 この写真にサインを入れて頂けるのは来年の鈴鹿8耐の時かなぁ?

 大阪モーターサイクルショーには毎年来られているが、会場内で見かけた事は無いんだな。

 ’84年に登場したNSR500。’80年代後半から急激に高性能化したように感じる。大幅な構造改革があったのだが、世界的好景気・バブル経済によって研究費が増えたことが後押ししたのだろう。

 

Honda NSR500 加藤大治郎車 2002年

 MotoGP車両規格導入され混走した最後のNSR。

 ライディングは玉田誠選手。

 走行後にピットから出てこられた玉田選手。イベントでしか走行する機会がないのでスーツもまだ新しい感じだ。

 土曜日の走行写真が無いので、今回はサイン頂かなかった。

 

Honda RC211V バレンティーノ・ロッシ車 2002年

 2スト500ccからMotoGP規格の4スト990ccのRC211Vを投入。バレンティーノ・ロッシ選手が11勝を挙げてチャンピオンを獲得した。

 ライディングは清成龍一選手。

 着替えて出て来ていた清成選手を発見してダッシュで向かった。

 春のファン感謝デー「伝統の鈴鹿8耐 ドリームラン」でホンダCBR1000RRWをライディングした写真と2&4レースの「8耐トライアウト」で高橋裕紀選手のゼッケン「72」を付けて走る写真にサインを頂いた。

 「2&4の写真です」と言って差し出すと、「あ、古いマシンだ。コケる前の(笑)」と清成選手。

 


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ジェームス・ハントのザ・世界1 ヘスケス308B 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン

 ジェームス・ハント選手はドルフィンの中で「ドライバー神3」=ジェームス・ハント、ニキ・ラウダ、マリオ・アンドレッティの一人だ。

 

 初めて観たレース、'76年F1inジャパンでチャンピオンを獲得したので強く印象に残り、3ドライバーの中でもハント選手は一番最初に好きになった。

 そこからF1レースの情報を収集するようになると、ハント選手の面白い人間性に惹かれるようになった。

 どんなシーンでも絵になるハンサム! ―なのに、当時は言われていた「F1ドライバーは紳士」を覆す奇抜な行動。

 観戦した’77年F1日本GPで優勝。

 レース後に入ったパドックのテントで目撃した、人目をはばかることなくパンツ1丁になって着替えながらのインタビュー。更にハント選手が心に焼き付いたのだった。

 

 鈴鹿サウンド・オブ・エンジンにやってきたハント選手の3台のマシンを紹介。

 

ジェームス・ハントのザ・ワールド‼ ①

 

 

ヘスケス308B/フォード

 映画『ラッシュ/プライドと友情』にも登場した―いや、このマシン撮影に使われていない?

 ハント選手がを擁してF1GPに殴り込みをかけたヘスケス・レーシング。ヘスケス卿の資産だけでスポンサーを付けずにチームを運営していた。映画では「タバコやコンドームの文字も入らないぞ」と言っていた。

 ロータスがタバコをスポンサーに付けたのとは逆行した考えだった。

 

チームマスコットのテディベアが描かれる

 後にフェラーリやタイレルで腕を発揮するデザイナー、ハーベイ・ポスルスウェイト氏が設計した。

 スポーツカーノーズの前にウイングを取り付けた形状だが、今回走行したマシンはスポーツカーノーズのみ。

 スポーツカーノーズにはエア導入口が設けられ、下にはアルミのチンスポイラーが取り付けられていた。

 '74年にヘスケス308で表彰台3回、Bにアップデートされた'75年には優勝1回を含む4回の表彰台を獲得している。

 完全プラベーターでこの成績は凄まじい。資金がモノを言う現代F1ではこのような活躍劇は見られないだろう。

 

 ドルフィンがF1を知り始めた頃はヘスケスは下位チームになっていた。「変な名前」というイメージだった。他にもセオドールとかペンスケとかエンサインとか…。

 『赤いペガサス』内でもモナコGPでキーガン選手が海に突っ込んだりしていた。

 

ハント・カラーのヘルメットが嬉しい

 神・ハント選手が乗ったマシンを間近で見られるとあって、興奮を抑えきれず「凄い!スゴイ!」を連発して写真を撮っていた。

 ハント選手のヘスケス時代はリアルタイムではなかったので「これが映画(ラッシュ)に出ていたマシンかぁ」という思いもあった。

 

ピット裏に出てエンジン調整。多くのファンが取り囲んだ

 雨の土曜日からコースインして走行してくれた。40年以上も前のレーシングカーがこうして現在も走れるといのは素晴らしいな。

 グラウンドエフェクトを使ったマシンとはまた違った霧煙の巻き上がり方だった。

 

 オーナードライバーさんがハント・カラーのヘルメットだったので「うぉぉぉッ! ハントが、ハントが走っているぅぅぅぅッ!」と叫ぶほどだ。

 

イギリスのユニオンジャックのカラー、白地に赤と青を施したマシンが眩しい

 リアウイングが大きく、リアタイヤも太くてカッコイイですなぁ。F1マシンってこういう感じなんだよなぁ。

 土曜日の1ラップ・アタックでは3番手タイム。日曜日デモレースでは7位フィニッシュだった。

 日曜日のデモレース終了後にはオーナードライバーさんが、イタリア国旗をはためかせていた。

 

 ハント選手のウルフWR7-8も来て欲しかったなぁ。

 


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