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鈴鹿2&4レース スーパーフォーミュラ第2戦
土曜日は午前中に90分のフリー走行があった。テストにも行けていなかったので、ここでたっぷり写真が撮れたのは有難かった。
朝一番のホンダN-ONE予選では結構ブレブレ写真ばかりだったので、最初は速めのシャッター速度から徐々に慣らしていくのだ。
午後の予選Q1は二組に分かれて行われた。予選が始まると進行が早い。トントントンとQ3が終わってしまう。
福住仁嶺選手/DOCOMO TEAM DANDELION RACING
予選Q1からトップをキープ。好調さを維持してポールポジションを獲得。
スーパーフォーミュラでは予選の速さがそのまま決勝に反映されて、ポールから独走になるパターンが多いが、今回もそうなりそうな雰囲気を漂わせていた。
DANDELIONの白いボディは晴天では❝飛んで❞しまってとても撮りにくい。
シャッター速度に合わせてコンパクトデジカメの設定を色々と調整してもなかなか上手く撮れない。
スーパーフォーミュラスタート前にはセレモニーと国歌斉唱が行われた
冠スポンサーのNGKと各チームのキャンギャルが旗を持つ。
スタートから後続を引き離してトップを快走する福住選手。この先にタイヤ交換やセーフティーカーが入ったとしても十分対応できるほど後続との差を付けていた。
―が、いきなりサーキットビジョンに映ったのは右リアタイヤがバーストした福住選手のマシンだった。
ピットガレージにマシンを入れる福住選手
ピットで状況をコメントする福住選手
完全に優勝できる流れだっただけにショックだっただろう。本来ならトランスポーターに閉じこもりたいところだが、出て来てインタビューを受けるところは素晴らしい精神力とメディア対応だ。
優勝:野尻智紀選手/TEAM MUGEN
「医療従事者の皆様 ありがとうございます!」と大きく描かれたマシン。
多分、医療従事者側は「礼を言うくらいならイベントやらずに感染リスクを減らしてくれ!」と思う事だろう。誰がこんな事しようと考えたのだろう?
その点を除けばボディの「赤」は実際はパールメタリックっぽくて綺麗。
白丸にゼッケンナンバーはクラシックな感じだ。
スタート前に反射神経のトレーニングを行う野尻選手 凄い!
両手に持ったボールのどちらかが落とされ、それをキャッチするのだ。
予選2番手からスタート。福住選手リタイア後は3番手を走る平川選手を引き離しての猛走。
タイヤ交換ピットインのタイミングをズラした平川選手だったが野尻選手の前に出る事はできなかった。
優勝のチェッカー
表彰台 優勝:野尻選手、2位:平川亮選手、3位:笹原右京選手
トロフィー等の❝手渡し❞は無く、既に檀上に用意されたトロフィーを持つというもの。
シャンパンファイトも無く、横のテーブルに置かれたスパークリング日本酒を持ち帰るというものだった。
鈴鹿2&4レース観戦に行く前日、金曜日に届いたグリーンライト1/64ミニカー、佐藤琢磨選手インディ500V2 ダラーラDW12/ホンダ。
優勝からほぼ1年後に販売開始になった。
発売を待たされただけあって、スポンサーロゴ等のデカールが細かい。
ウインドウスクリーンもカッコイイ。
優勝記念パッケージが嬉しい
2020年JAF-GPでのトークショー
偉業達成の感激が蘇る。
日本人ドライバーが、佐藤琢磨選手がインディ500を2回も制したということが、未だに夢のように感じる。
基本シャシーは同じでも年によって仕様が異なる
日曜日の朝は人もまばらなGPスクエアだったが…
鈴鹿2&4レースは土曜日、日曜日ともに日帰りして観戦した。
当初、土曜日は天気が崩れるような予報もあったが両日ともに天候に恵まれた。風が強かったので個々人の飛沫を吹き飛ばすには丁度良かったかもしれない。
土曜日マスクはウォルターウルフレーシング
日曜日マスクはジョンプレイヤーチームロータス
全日本ロードレースJSB1000クラス
土曜日にレース1、日曜日にレース2が行われる2レース制。
レース1に鈴鹿8耐の出場権をかけた「トライアウト1stステージ」がかけられているために参加台数が多いのが嬉しい。台数が多いため、予選はA/B二組に分かれて行われた。
トライアウト挑戦チームの上位18台が出場権を得られる。
レース1、レース2:優勝
中須賀克行選手/YAMAHA FACTORY RACING TEAM
土曜日午前中の予選
予選AB両組合わせても唯一2分5秒台に突入して圧巻のポールポジション獲得。
予選のセカンドベストタイムでレース2の予選順位が決定するが、こちらもポール。
ヤマハファクトリーは鈴鹿8耐に参戦しないため、トライアウトとは無関係。
中須賀選手がゼッケン「7」を付けているのがしっくりこない。
他の選手も指定ゼッケンになったのでゼッケンと選手が一致しない!
予選を終え、拍手で迎える観客に手を振って応える中須賀選手
ピットビューイング2回目に入場。15分で1,500円は高すぎる!
それでも入りたくなるお客の足元を見た商売だ。知り合いには「入ったらすぐ終了になった」方もいた。
ヤマハファクトリーピット
JSB1000レース1
土曜日のレース1は逆バンクに移動して観戦。
ここからはピット上にあるモニターが見えるし、スピーカーの前に座れば展開が把握できる。ただし、スピーカーから外れてしまうと聞こえない。
Astemo Honda Dream SI Racingの清成龍一選手がスタートでトップを奪う。3番手にTeam ATJの岩田悟選手が続いた。
デグナー出口でマルチクラッシュ発生
セーフティーカーが導入される
レース再開後、清成選手の背後に付けていた中須賀選手が仕掛けてトップを奪取
チェッカーに向かって独走態勢を築く
チェッカー後、No1ポーズで喜びを表現する中須賀選手。カッコイイ
日曜日のJSB1000レース2
V1席に座ってスタート前進行から観る。
ポールの中須賀選手は手前の金網にかかってしまうので、AFのみのコンパクトデジカメではとても撮影しにくい。他の場所で距離のアタリを付けてピント固定のまま撮影した。
フロントロウの3台
レース2も清成選手が絶妙のスタートを切ってトップに。ポール中須賀選手は出遅れながらも数周のうちに2番手浮上。
清成選手の後ろからチャンスを伺う❝いつもの展開❞。
首位を奪った後は独走状態。
レース2表彰台 2位:清成龍一選手、3位:Honda Suzuka Racing Team亀井雄大選手
ホンダ鈴鹿製作所の社内チームのはHonda Suzuka Racing創設以来初の表彰台。
いわば❝部活❞チームが今年になって大躍進している。
鈴鹿2&4レース日曜日。
土曜日に一旦大阪に戻り、早朝再出発。なのでのんびりスタート。
「そら・たべよ」で朝食ビュッフェ。
2&4開催時は完全予約制。席の間も開けられている。
左手前のプリンは濃厚で美味しい。パドックにある「SUZUKA・ZE」のプリンも絶品だったが、同じ生地かな?
サーキットまでの道中で「ホンダS660多いなぁ~」と思っていたら、GPスクエア半分を使ってホンダS660ミーティングが行われていた。
日曜日は逆バンクからスタート。
土曜日に写真を撮ったので、日曜日はレースを楽しむ事にした。
雲が多く、陽が差したり曇ったり。
スーパーフォーミュラ フリー走行
土曜日も同じ場所で撮影したので、前日よりもシャッター速度を落として撮影してみた。コンパクトデジカメでもシャッター速度や露出を変えられる機種なのだ。
前日に撮影した場所で慣れているはずなのに、なかなか上手く撮れない…。
サーキットビジョンに応援している阪口晴南選手がデグナー出口で止まっている映像が映し出された!
なんてこったい!! トラブルか!?
午前中は日差しが弱く風も強いために肌寒かった。
天気予報で「土曜日よりも風が強い」と出ていたので、前日よりも厚地の上着を着て行って良かった。
強い風は個々人の飛沫を飛ばしてくれるので、感染予防にとっては追い風になったかもしれない。
スーパーフォーミュラ・ライツ 第5戦・決勝
トップフォーミュラよりも下位カテゴリーの方が台数少ないって…。ピラミッド構造が構成されていない。
#50名取鉄平選手と#2佐藤蓮選手のマッチレースとなった
2&4レースにはJSB1000で名越哲平選手が走っている。まだ慣れていないので、どちらがどっちの選手だったか迷う時がある。
常勝チームのトムスがトップ争いに加われない。トムス2台のバトルを制してジュリアーノ・アレジ選手が3位表彰台。
土曜日よりも走行と走行の間の時間に余裕があるので、グランドスタンドに戻りつつGPスクエアを見て回る。
ホンダS660のサーキット走行が行われていた
参加台数が多く、車両間隔を空けて全車コースインするとサーキットフルコースでほぼ1周分にもなっていた。
GPスクエアでは人が集まってしまうので、グランドスタンド下で行われるようになったドライバートークショー。
4名一緒に出てくるものと思っていたら、トヨタ系、ホンダ系2組に分かれての登壇となった。
Kuo VANTELIN TEAM TOM’S アレジ選手と宮田選手
2&4レースで最大注目の的になったジュリアーノ・アレジ選手。
帽子とマスクで顔がちょっと見え難かった。
ジュリアーノ・アレジ選手
今回WEC参戦する中嶋一貴選手の代わりにスーパーフォーミュラにデビューする。
鈴鹿ファン感謝デーにパパ・アレジと一緒に来た時と違って顔や体もゴッツくなっていたが、喋る言葉や話し方は変わっていなかった。「あぁ、ジュリアーノが帰って来たな」と懐かしさを覚えた。
通訳も交えてのトークだが、日本語も堪能で「次にはひとりで話せるようになります」と話していた。
最後に「日本での呼び名、愛称は何と呼べばいいですか?」の質問に「みんな『ジュジュ』って呼んでるので、それで」―ということでアレジ選手の愛称は『ジュジュ』に決定。
え? でもジュジュって野田樹潤選手と被っちゃう。
宮田莉朋選手
「ジュリア―の選手とはF3やGT300で一緒になっていたので、よく話はします。『先生』とかって呼ばれています」
「良い体制で走らせてもらえることになったので結果を残していきたいです」
TCS NAKAJIMA RACING 山本選手と大湯選手
トークショーに不慣れなせいかうつむき加減のトムス2名に対し、常に顔を上げていた。やはりベテラン山本選手がいることで観客に対する姿勢が違うなと感じた。
山本尚貴選手
予選Q2敗退してしまった山本選手。「追い上げていきます」との言葉通り、決勝では8位フィニッシュで確実にポイントを獲得。
大湯都史樹選手
昨年のJAF-GP優勝で一躍スターダムにのし上がった大湯選手。
生素顔を見るのは初めてだ。
土曜日、いったん帰宅してから日曜日に再出発なので取り急ぎ更新
昨年はコロナの影響で開催されなかった鈴鹿2&4レース。
開幕前テストも行けていなかったのでようやく観戦できる! ―と手放しで喜べないが、感染対策をとって観戦。
サーキット内はF1ホンダと角田選手の写真でいっぱいだ。
ちょっと、この写真↓は『聖 お兄さん』のブッダっぽいぞ
ゲートオープンと同時に入場し、当日券購入したのだが、またしても当日券売り場で10分近く足止め。係がバイトらしく、ひとつひとつ聞かなければ進まない。昨年と全く改善されていなかった。この部署にはベテランさんを置いて欲しい。
早歩きでヘアピンへ。
朝一番はホンダN-ONEワンメイクレース予選
続いて全日本ロードレースJSB1000予選
鈴鹿8耐トライアウトがかかったレースなので、年間エントリーチームに加えトライアウト参加チームも加わって台数が多い。そのために予選もA・Bの二組に分かれて。
スーパーフォーミュラフリー走行
たっぷり90分間あったのは嬉しい。
ピットビューイング
15分で1,500円は高額過ぎる!-と分かっていても買ってしまった。
くま吉もリポーターとして活躍?
GPスクエアの一部ではスズキ隼のミーティング
午後からは逆バンクへ。
晴れていたら暑いくらいだったが、午後からは雲が出て冷たい風が吹いた。
JSB1000レース1
8耐トライアウトはこのレースにかけられている。日曜日のレース2はかけられていないので、このレースで逃してしまうと鈴鹿サンデーロードレースで挑まなければならない。
多重クラッシュ発生でセーフティーカーが出る
中須賀選手がやっぱり逆転でトップチェッカー。
表彰台3名はヤマハ、ホンダ、スズキの3メーカー
スーパーフォーミュラ ノックアウト予選
「スーパーフォーミュラ来て簡単にタイム出せないでしょう」との予測を裏切って、ジュリアーノ・アレジ選手がQ3進出。ポール争いを展開する大活躍。
ポールは福住選手
渋滞を避けるためにスーパーフォーミュラライツは観ずに撤収。
1990年のF1日本GP決勝は14万人の観客が一体となった唯一無二のレースとして記憶に深く刻まれている。
レース終盤、二人の日本人ドライバーが入賞圏内を走り、コースを取り巻く観覧エリアからは応援するために❝何かしら❞が振られていた。ウェーブのように二台のマシンと同調して動いていった。あの光景は忘れられない。
6位:中嶋悟選手/タイレル019・フォード
中嶋選手が走るとコースサイドが揺れた。応援する旗等が圧倒的に多かった。
チームメイトのアレジ選手がモナコで2位に入っていたマシンなので、ホンダエンジンを失っても十分入賞が期待されるものだった。いや、表彰台に立つ姿を見たかった。
ファン感でデモランした時の中嶋選手
現役当時はヘルメットにマールボロのステッカーが貼られている。
雑誌で初めて目にした時は「やりすぎちまったな」と思った極端なハイノーズ+アンヘドラルウイングのタイレル019。
見慣れていくとカッコ良く感じるようになった。
このマシンの特徴を生かした写真を撮りたいと必死になった。
タイレルのピット
ジャン・アレジ選手/タイレル019・フォード
リアが流れたのか、ヘアピンでカウンターを当てている。
F1フル参戦となった’90年に数々のパフォーマンスを見せ、日本GP時には来季のフェラーリ入りが決定していた。
予選の第一コーナーでクラッシュ。決勝出場は見合わせた。
ファン感にゲスト来場したときにジャン・アレジ選手にサインを入れて頂いた
パパ・アレジ選手と息子・ジュリアーノ・アレジ選手のサイン
2016年ファン感でタイレル019をデモランさせた時に頂いた。
この時は16歳のジュリアーノ・アレジ選手。
21歳になった’21年の今年、スーパーフォーミュラ&スーパーフォーミュラ・ライツにデビュー。ヒョロ細かったイケメン君も、すっかりパパ似でガッチリした体格のオッサン顔になってしまった(笑)。
5位:ティエリー・ブーツェン選手/ウイリアムズFW13B・ルノー
2019年のサウンド・オブ・エンジンでブーツェン氏にサインを入れて頂いた
鈴木亜久里選手の後ろにはウイリアムズ勢が続いた。
両選手ともシーズン前半には優勝を遂げていたがリタイアも多かった。
4位:リカルド・パトレーゼ選手/ウイリアムズFW13B・ルノー
イヴァン・カペリ選手/レイトンハウスGC901B・ジャッド
カッコイイデザインのマシンだったがメカニズム的に安定感が無くてカペリ選手の勢いに付いて行けなかった。
フランスGPでカペリ選手が2位に入ったが、シーズン後半は連続リタイア。
レイトンハウスのピット
マウリシオ・グージェルミン選手/レイトンハウスGC901B・ジャッド
ガブリエル・タルクィーニ選手/AGS JH25・フォード
タルクィーニ選手(左)とダルマス選手(右)
ヤニック・ダルマス選手/AGS JH25・フォード
神戸に行ったついでに神戸海洋博物館・カワサキワールドに寄ってきた。
言い訳をすれば半年に一度、嫁はんを車に乗せて神戸まで行かなければならないので不要不急ではないのだ。
寄るのは神戸海洋博物館だけにしておいた。
嫁はんがカワサキワールドに入るのは初めてだ。
検温・アルコール消毒後、JAF会員割引で入館。
カワサキワールド
新幹線やブルーインパルス機体も製造している
カワサキワールドは企画展以外の展示物はほぼ変わらない。
H2Rのスーパーチャジャー・エンジンのモデルがお出迎え
九州エンデュランスフェスタのトロフィー&カップ
Ninja ZX-25R
行くといつも撮ってしまう中野真矢選手のMotoGPマシンZX-RR
現在開催中の「メグロ展」
バイクメーカー「目黒製作所」を合併吸収した「川崎航空機工業」(現・川崎重工)が造り上げたマシンと昨年(2020)発表された新モデルを展示。
カワサキ500メグロK2
メグロK3
昨年発表の最新モデル
メグロ ジュニアS2
嫁はんRidEX初挑戦
走っているのはジョナサン・レイ選手と思っていたら「37」を付けていたので藤原克昭選手だった。
1回使用毎に係のお姉さんがアルコール消毒している。
スーパーバイク世界選手権メーカーチャンピオン獲得トロフィー
産業ロボも稼働
2F展示室でシルバニアファミリー展をやっていた
港には豪華客船パシフィックビーナスが泊まっていた
鈴鹿サーキットで開催4年目、4回目のチャンピオン決定戦になった1990年F1日本GP。
決勝チケットが入手できなかったほど超F1ブームだった(決勝チケット入手経緯は前回参照)。
予選でフロントロウを占めたのはチャンピオンを争うアイルトン・セナ選手とアラン・プロスト選手の2人なのだから、集まった大観衆は「どんな戦いになるのだろう?」と「世界最高のドライバー技術、チーム戦略」を楽しみにしていたはずだ。チケット入手できた事を嬉しく思っていたはずだ。
前年は同じチームメイト対決だったが’90年はマクラーレンとフェラーリの頂点チーム対決でもあった。
スタート前にはサーキット中の熱気が高まるのを肌で感じていた。
それなのに―。
スタート直後の第一コーナーでチャンピオンをかけてチェッカーを目指すはずの2台が絡まってグラベルに突っ込んでいった。
前年の「仕返し」にセナ選手がぶつけたと見られてもおかしくない絡まり方だった。
この日のために高額チケットを入手し、休みを取り、遠路はるばる鈴鹿サーキットにやってきた14万人の興奮は興ざめした。なんじゃこりゃ⁉ である。「世界一のドライブ技術とは上手にぶつける事か?」
アイルトン・セナ選手/マクラーレンMP4/5・ホンダ
アイルトン・セナ選手の勝利に向かう姿勢が好きだった。このレースまでは。
仕返しにぶつけた’90年
八百長で勝利譲り’91年
アーバイン選手殴打’92年
3年連続でのファン裏切り。
大スターを失う事を恐れ、ひいてはF1ブーム衰退する事をさせまいと各メディアはセナ選手を擁護し❝美談化❞した。今でも売り上げのために毎年特集を組むモーター誌…。
偉大なワールドチャンピオン、アラン・プロスト選手とアイルトン・セナ選手が行ってきた❝ぶつけて獲る❞は、前人未踏の記録を打ち立てることになるミハエル・シューマッハ選手に引き継がれることになるのだった(’94’年vsデイモン・ヒル選手)。
好きになるドライバーはどうしてこんなにダーティーなのだろう?
決勝前日のマクラーレンピット
懸命に整備しても2台とも決勝5分経たぬうちに消えてしまうとは…。
ゲルハルト・ベルガー選手/マクラーレンMP4/5・ホンダ
1周目にセナ選手とプロスト選手がまき散らした砂に乗って2周目の第一コーナーでコースアウト。世界最高ドライバーのひとりとは思えぬ失態に、サーキット中が「おいッ!」とツッコミたくなった。
当時ホンダでもらえたステッカー
マールボロ、サンプリングのお姉さん
アラン・プロスト選手/フェラーリF1 90
元祖❝ぶつけて獲る❞チャンピオン。
クラッシュ後、ピットに帰ってから抗議したらしいが元は自分が始めた事だから…。
決勝前日のフェラーリピット
ナイジェル・マンセル選手/フェラーリF1 90
ライバル達が次々に消えてゆく中、余裕でトップ独走。
タイヤ交換後にピットから再スタートした途端にドライブシャフトが折れてリタイア。いきなりパワーかけ過ぎたか?
これによりマクラーレンもフェラーリも全滅になった。
昨日発売になったトミカプレミアムのトヨタ・ヤリスWRC。
メーカー希望小売価格税込み990円なので通常トミカよりも作り込みが細かい。ホイールも専用版だ。
できることならばスポンサーロゴの後貼りシールも付属して欲しかった。赤と黒のガズーカラーだけではやっぱり寂しい。
リアウイングやディフューザー等の細かい部分はプラで造形されている。
元々はヴィッツをベースにしたワールド・ラリー・カー。ヤリスは海外での名称だった。ラリー技術のフィードバック車として「ヴィッツ」とは別にスポーツモデルの「ヤリス」が市販車にラインナップした。昔のセリカ→スープラになった時を思い出す。
ヤリスWRCは2019年開催の鈴鹿モータースポーツフェスティバルでしか動いているところを観たことが無い。後はモーターショーやレース開催時の展示くらいだ(ほとんどが展示用車両)。
市販のGRヤリスは一時代前の三菱ランエボやスバル・インプレッサのようにラリーベース車にもなる高性能マシンだ。しかし、なかなか若者が乗るには高級過ぎる(お金のある若者はスーパーカーを選んでしまう)。
’19モーフェスでは当時TOYOTA GAZOO Racing World Rally Teamの代表で、WRCを4連覇したレジェンド、トミ・マキネン氏がドライブした。
WRCが始まっていたのでレギュラー・ドライバーのタナック選手やラトラバ選手が来られなかったのは残念だったが、マキネン氏の走りが観られるのはこの上なく嬉しかった。
元WRCチャンピオン、トミ・マキネン氏
デモランでは’19年カラーに施した国内開発用車両(たぶん)が使用された。
マキネン氏のドライブで大ジャンプするわお客さんのすぐ近くで回って回って回りまくった。「ジャンプの着地に耐えるサスってどんなものだ?」と驚かされた。
終いにはタイヤがバーストするまで回ってくれた。
次の年(2020年)にはこの時に撮影した写真にサインを入れて頂こうと思っていたが、その機会は訪れなかった。
ヤリスWRCは2年連続ドライバーズ・タイトルを獲得したマシンであるとともに、モーフェスの思い出でもある。あぁ、あの時は華やかに開催されたなぁ…と。
1990年F1日本GPは、ホンダエンジンでチャンピオンを獲得したアイルトン・セナ選手や日本人ドライバー中嶋悟選手の人気で、チケットは超々プラチナペーパー化した。
一般人のドルフィンがどうやっても決勝チケットは入手できなかった。観戦ツアーもチケット所有を前提に組まれている。
金曜・土曜日の「予選チケット」は入手できたので、あとは❝現地でなんとかするしかない❞と、当てが無いまま大阪を出発した。毎年一緒に観戦してきた東京の友人はチケットが確保できないため断念。
ドルフィンには一つの希望があった―。
グッドイヤーのお姉さま方
「希望」―それはモーター誌が土曜日の晩に行う前夜祭「F1ナイト」での「F1応援合戦」の賞品になっていないだろうか?と。藁にも縋る思いでエントリーしていた。
応援旗+バンダナから下着、ブルゾン、シューズに至るまで全てベネトンでまとめた❝ベネトン小僧❞になって応援。最後に「ここまで来て決勝のチケットがありません!」とアピール。
最優秀賞とまではいかなかったが、入賞を果たした。-が、賞品の中に「決勝チケット」は無かった。そうだよな。チケット持っている方が来ているんだもの…。
「F1ナイト」を仕切る編集の方が「ごめんね、決勝チケットは無いんだ」と言って賞品の「最終コーナースタンド指定席券」を手渡してくれた。当てが外れどうする?
そんな時に話しかけて来てくれた女性がいた。「私、パドックパス持っているから決勝チケットを言い値で譲ってあげる」と。
拾う女神がいてくれた~ッ!
その好意に応えるために財布を取り出して「帰りの交通費を取らせてもらって、残り全財産でお願いします」と渡した。ハッキリ覚えていないが5~6千円くらいだっただろうか? 3日間チケット価格から考えて妥当か安いくらいだ。
食事は持って行ったもので過ごした。
こうして前夜に大逆転で決勝を指定席で観戦できることになったのだった。
観戦に関しては一番スリリングでラッキーだった事で思い出深い。
指定席が最終コーナースタンドだった事もあり、遠目だが鈴木亜久里選手の3位表彰台を肉眼で見る事ができたのだった。
3位:鈴木亜久里選手/エスポ ラルース ローラLC90・ランボルギーニ
日本人が初めてF1で表彰台を獲得する。その瞬間に立ち会える。サーキット中が湧いた。
当時、亜久里選手は大口をたたくのであまり好きではなかったが、もうそんな事は言っていられない。「なんとかエンジン潰れないでくれ~」とめっちゃハラハラした。
半面「ベネトンも潰れないでくれ」とも祈る思いでいた。「優勝はまだ早い」というのが正直な気持ち。
上位脱落があったとは言え、そうなったときにそのポジションにいることが大切。
3位のチェッカー目前に最終コーナーを立ち上がる
興奮でブレブレ。
「みんな、何でもいいから振って応援しよう!」場内放送で呼びかけられ、みんなが❝何か❞を振って中嶋悟選手と鈴木亜久里選手を応援した。
マシンは見えなくてもコース脇の❝揺れ❞で二台がどこを走っているのか分かったほど。あんなサーキットをぐるり一周するウェーブは後にも先にもこの時限りだった。何万人もの観客が一体になった日。
F1表彰台に日本人が上る!
望遠レンズ使っても小さくしか写らなかった。
鈴鹿ファン感謝デーで発売されたスズカレジェンド1/43ミニカーにサインを入れて頂いた
ファン感でのデモラン写真にラ・フェスタ・プリマヴェラ参加時の京都・建仁寺でサインを入れて頂いた
エリック・ベルナール選手/エスポ ラルース ローラLC90・ランボルギーニ
↑ポジフィルムで撮影し、かなり発色良い写真になった。
ベルナール選手がエンジントラブルでリタイアしたので、亜久里選手のエンジンがとても不安だった。
エリック・ベルナール選手のサイン
ミケーレ・アルボレート選手/フットワーク アロウズA11B・フォード
フットワークに就職した友人が後に言っていた「F1やって業績悪化した」と。
アレックス・カフィ選手/フットワーク アロウズA11B・フォード
デレック・ワーウィック選手/キャメル ロータス102・ランボルギーニ
ジョニー・ハーバート選手/キャメル ロータス102・ランボルギーニ
マーチン・ドネリー選手がスペインGPで重傷を負ったため、全日本F3000に参戦してリハビリしていたハーバート選手が起用された。
ロータスのピット
オリビエ・グルイヤール選手/フォンドメタル オゼッラFA1ME・フォード
’80年からF1に参戦したオゼッラだが、この年をもってチームをフォンドメタルに売却した。
ベルトラン・ガショー選手/コローニC3C・フォード