マレーの心の中には濃霧の立ち込めるような思いがあった。オーク軍という未知の敵に対する警戒心も当然あったが、それよりもさらに底知れぬ何かがその先にあるのではないかという疑念が拭えなかった。何故そのような事を思うのか?それを自らの心が明かしてくれなかった。経験豊富な騎士ゆえの、あるいは若者の命を思う老人ゆえの後ろ向きな思慮であったのかもしれない。が、それでもなお彼の胸中には「まだ見るべきものが見えていない」という独白が繰り返されていた。

(一体俺には何が見えておらぬというのだ?)

 ライレリア王国を思えば惰眠を貪った王都の者達を呪いたくもなる。騎士として決して口にしてはならない事だが、もうほんの少し、ほんの短い間だけでも、小さな戦のひとつでもあれば王都の人々も強く賢くいられただろう。

 白獅子騎士団の奇襲突撃は彼らの傲慢そのものと言えた。敵の戦力も把握せず、彼らは「勝利の栄光は我が手にあって然るべきだ」と考えた。それこそがライレリアがかつての精強さを失った何よりの証拠だった。彼らもまた、見るべきものが見えていなかったのだった。

「陛下は無事に鴉群れ砦に到着なさるでしょうか?」

 若きソローの言葉に祖父のマレーは驚いた。孫の若く瑞々しい頬を見るとそこには彼の純真な心が映されていた。ソローは本心から王の身を案じていた。あの怯えて逃げ回るしか能のない愚劣な王の身を・・・。

 マレーは若者の心を傷つけぬよう慎重に言葉を選ばなければならなかった。

「近衛の隊長はあのマーティシオ・レル・オースじゃ。あの男ならばやりきるじゃろう。このわしでさえ幾度も命を救われたものじゃ。心配は無用じゃ、ソロー。あの男をお前に紹介してやれなかったのが残念なほど見事な武人よ」

 マレーは若い騎士に笑って見せた。ソローも笑みを返したが頬の緊張は消えていなかった。

(ソローよ。まだあの腰抜けの亡国王を気に掛けるか。なんと優しい子じゃ。優し過ぎる。戦とは非情なものだと、もっと強く教えてやる機会があれば・・・)

 孫のソローは母親似だった。子のハーシュも母親似だった。母親らは優しい女だった。マレーにとって自慢の家族だった。しかし彼女たちの手前、自分がその目で見てきた戦いの惨たらしさを、ありのままに教えてやれなかった事が悔やまれた。それはライレリア騎士として恥じるところのない男に育ってほしいという祖父の心遣いであり、マレー自身の甘さでもあった。

 次の世代には平和で美しいライレリアを見せてやりたい。子の親であれば誰もがそう思うだろうが、キュリエム家は騎士の家柄だった。もしもの事があれば何をするかは子も孫も分かっている。ハーシュには実戦を経験させることが出来た。幾度か蛮族討伐の遠征に加えてやり、副長として十分な実力を備えさせてやることが出来た。

(あれは良い騎士に育ってくれた。剣ならば既に俺よりも強い。あと十年あればソローを立派な騎士に育ててくれるはず。あと十年、あれば)

 その十年が今でははるか遠くに感じられる。戦いの近づく血生臭い気配だけが近くに感じられた。

 オーク軍は不気味に行軍を停止していた。それは獲物が疲れ始めるのを待つ捕食者の沈黙を感じさせた。騎士達も自分と同じように感じているだろうかとマレーは思った。軽率な事を口にしてはならない。オークどもが血に飢えながらも沈黙を選ぶなら、こちらはさらに勇敢な沈黙を見せつけなければならない。マレーは斥候と別動隊に大まかな指示を出しただけで、あえて本隊には待機とだけ伝えた。

 騎士たちは辛抱強く待った。心は既に戦場の怒りに燃えていた。しかし今はまだ動く時ではない事を承知していた。彼らはただの兵士ではなく、蛮族の戦士でもなかった。騎士は忠誠の為に戦う。ライレリアに忠誠を誓った彼らはライレリアの為にこそ死ぬ。本望とは、ただ戦って敵を殺すことではなかった。

「隊長、報告します。最後の避難民が移動を開始しました」

 若い騎士がマレーに馬を寄せて言った。

「うむ。我らもしばらく後、移動を開始するとしよう」

 マレーがそう言っても騎士たちは猛る心を押さえ、馬上で騎士の威厳を保っていた。マレーはこの者達こそ騎士の中の騎士であると心底思った。自分が彼らと同じほどの年だった頃は、彼らのように振る舞ってはいなかった。自由騎士として奔放に、否、素直に言えば勝手気ままに振る舞っていた。

 今この時、マレーは我が子と孫だけでなく、多くの強く清らかな若者たちの命を預かっている。若い頃からは考えられもしなかった境遇だった。

 マレーはまだ十代だった頃に里を離れ、エルダリア大陸を愛馬と共に放浪した。胸躍るような冒険の数々があった。神々の秘宝に触れた事もあった。おそろしい怪物を倒した事もあった。竜を見たとは結局誰にも打ち明けられなかった。恋もいくつかあったかもしれない。優しい女たちだった。彼女たちは今どこでどうしているだろうか?いや、そんな事を思い出しては妻に悪いか。妻よ、美しい人生に俺は感謝する。そして、このライレリアに感謝する。いつの間にか、こんなところに辿り着いてしまった。

 愛馬の嘶く声にマレーは、はっとした。思い出の中から馬上へと帰った。

(何故昔の事など思う?今はそれどころではないだろうに?)

 こんな自分でも今ではもう辺境の勇壮な騎士たちを率いている。長いはずの年月はサイコロ賭博のイカサマのように過ぎ去っていった。後悔などあろうはずもない。オーク軍との決戦でこの長い命をはじまりの光に返すなら、それも悪くはない。

 しかしマレーにはまだやるべき事が残されていた。

「騎士達よ。我らも移動を開始する」

 街道を見下ろす丘を降りて、避難民たちの疲れ果てた背中を見送った。彼らの旅路は長く険しいものになるに違いない。はたしてどれくらいの人数が、最北端の鴉群れ砦に無事辿り着く事が出来るだろうか。我先に王都を捨てて逃げた愚劣な王と共に歩むのはどんな思いだろうか。近衛兵たちは怯え切った王の姿を見て何を感じたのか。そして傲慢の罪を罰せられ敗北したとしか言いようのないライレリア白獅子騎士団の生き残りは、これから先に出会うであろう民とどう言葉を交わせばよいのか。そして何より、すべてのライレリア人はオーク軍という未知の脅威から、どのような神の意図を知る事になるのだろうか。

 まるで何もかもが予め用意されていたかのようだとマレーは感じていた。

(俺達がまだ知らぬ神がいて、用意された筋書きのままに動かされている。そのように考えるのは、まだ早いだろうか)

 仮にそうだとしたら、動かされているのはライレリアだけではないはずだった。エルダリア大陸すべてがまだ見ぬ神の手中にあるはずだった。そうでなければあれほど巨大な軍をオークが招集できるはずがなかった。

(そう言えばオークどもにも信じる神がいるのだと風の噂で聞いたことがあったような・・・。ガラ・バジエードとかいう英雄神だかなんだかを信じていると。しかしあれは確かエルダリア大陸の外からやってきた古代蛮族の侵略者だったはずだが。しかもあれはオークではなく人間だろうに。一体奴らの頭の中はどうなっているのだ?いや、そもそも奴らは信仰の何たるかさえ分からんだろうに。馬鹿な連中だ、まったく。自分たちが一体何をしているのかさえ知る事はあるまい)

 さまざまな思いを巡らせてもマレー自身何も分からずにいた。分からずに戦う事をおそれる心はなかったが、戦いよりも大きな厄災を感じている事は事実だった。

 何かが迫っている。そしてそれは止められない。やはり胸の奥から「まだ見えていない」という独白が聴こえてくるのだった。

 避難民の行進速度はマレーが予想していたほど遅くなかった。彼らはオーク軍のおそろしさをよく覚えていた。恐怖が彼らの震える脚を前へと進ませていた。

 避難民たちの最後尾が凍る北方へと続く険しい街道に入った。彼らの背はもうほとんど見えない。戦うべきではない者たちは去った。

 いよいよ戦場となるべき地には邪魔する者はなく、殺伐とした空気に満ちてきた。騎士達は決戦の場として選んだ狭路まで進み、オーク軍を迎え撃つ陣を敷いた。馬上の気高き戦士たちの中には武者震いを感じている者もいた。あるいは全身鎧の下の肌を熱くし、戦場の名誉を渇望している者もいた。

 数の上ではオーク軍が勝っていた。戦車隊の脅威もあった。地の理を活かし、街道の幅が狭くなったところまで誘い出す必要があった。ここであれば小賢しいゴブリンどもの人海戦術も、オークどもの戦車突撃もある程度は押さえ込める。勝機は見いだせる。それはいつどの戦いでも同じであり、マレー率いる「マージュネー神殿と清らかな灯騎士団」において常に変わらぬ信念だった。

 マレーは居並ぶ騎士達の前に馬を進め、思わせぶりに沈黙した。勇敢な騎士たちは期待を込めてマレーの言葉を待った。彼らは戦いを前にして、尊敬する隊長から何か言葉を期待するのが常だった。それをマレー自身よく知っていた。

「騎士達よ、オーク軍との決戦を迎えるにあたり、わしから諸君に言っておきたいことがある」

 静かに兜を脱ぎ、騎士たちはマレーに注目した。

「みな分かっておると思うが、この度の戦いはこれまで経験してきた戦いとは大きく異なる点がある。相手がエルダリア各地から結集したオーク軍であるという点だ。これは永いライレリアの歴史において、かつてなかったことだ。その為にライレリア白獅子騎士団は不覚を取り、敗走した。彼らの姿をみなが見た事と思う。あの姿こそ我らに必要な最後の備えであった。つまり、敵への敬意だ。戦士としての礼節だ。戦う相手は常に自分と同じ力を有すると考えなければならない。彼らはそれを我らに教える為にあのような惨めな姿を晒したのだ。それが彼らの力で成せる最後の勤めであった。彼らのしてくれた事に感謝し、我らは彼らのような無様な姿を晒す事は許されない。我らには勝利あるのみだ」

 騎士たちの深い息遣いのひとつひとつがマレーの中に流れ込んでくるかのようであった。彼らは十分に理解していた。決戦の場に愛馬を駆るマージュネーの騎士として、ここで死ぬのならば、必ず敵の首をふたつ以上落としてからでなければならない。それが騎士の命というものだと、彼らには分かっていた。

「諸君。敵は強い。そしてまた我らも強い。この崖に挟まれた狭路の戦いにおいて大勢は決する。オークか、人か。そのどちらかがライレリアの主となるのだ。諸君、奮闘せよ!たとえここで何が起こったとしても信じて戦うのだ!信じて戦うのだ!信じるものの為に戦うのだ!ライレリアのために!」

 騎士たちは剣を掲げライレリアのためにと唱和した。その声はすべての神々に聞き届けられたかと思うほど雄々しかった。

 これほど勇壮な騎士達がかつてライレリアにいただろうか?士気も剣の腕も頂きにある。人馬はまさに一心同体。忠誠は言うまでもない。彼らこそライレリア、いやエルダリア最強の騎士たちに違いない。マレーは心底そう思った。誰一人として恐怖に負けていなかった。忠義を忘れていなかった。何を成すべきかを知っていた。

 最弱の王は去り、最強の騎士が残った。そして今、最も恐るべき敵が迫っている。

(何が起こっても信じろ、とは。そんな事を言ったのは初めてだったな)

 見るべきものが眼前に迫っている。それが何であるのか、何故それが来ることを自分が知っているのか、マレー自身にも分からなかった。不安に思う心を無視する事が出来なかった。

「ライレリアのために!」

 マレーは喉も破れんばかりに声を張り上げ、騎士達を鼓舞し続けた。それを彼らが欲している事をよく知っていた。

 腹の底から声を出し続けているうちに、年老いた身にも力強い戦士の火が燃えてきた。若者たちはなおさらだった。激情家のハーシュはすでに目が血走っていた。物静かなソローの掲げる剣先はわずかに震えていた。戦場の主となるに相応しい男たちだった。

(俺達はここで何かを見る事になる。しかし、大半は死ぬ。せめてそれを誰かに伝えられる者が一人でもいれば・・・)

 マレーは自然と孫のソローと彼の愛馬を見た。彼と彼の馬は速かった。辺境で最も速かった。少なくともマレーはそう思っていた。

「ソローよ、わしから離れるでないぞ」

 ソローはいつもマレーの孫であることを気にしていた。英雄の孫として振る舞えているかいつも気に掛けていた。愛する孫ではあったが、彼の気持ちを思えばこそ他の騎士達と何も変わらぬようマレーは今まで接してきた。特別扱いはしなかったのだ。

「隊長!ひとりで戦えます!」

 ソローは即答した。瑞々しい透き通った声に怒りさえ混じっていた。

「そうではない!混戦になるは必至!お前はわしの言葉をみなに届けて走る役目を担うのだ!わしの声が聴こえる距離を離れるな!」

「承知!」

 父のハーシュを真似て返事したらしかった。

 マレーはソローの背がハーシュよりも高くなっていた事を思い出した。ソローの年であればもう少し伸びそうに思えた。

 ソローと同じくらいに若い騎士はあと八十人はいるだろう。しかし、彼らが生き残る保証はどこにもない。ここで彼らの未来は残らず潰えるかもしれない。

(だからこそ誰かが伝えねばならん。ここで起きた事を、まだ戦える者たちに伝えねばならんのだ)

 マレーの覚悟は決まった。しかしソローが納得するのを待っていられる時間はなかった。ソローを走らせる直前に伝えなければならない。もうそれしかないとマレーは覚悟した。

 マレーはソローの愛馬を見た。いつ見ても見事な馬だった。ソローに伝える目的地まで必ず走ってくれるだろうと思った。

 辛い役目を背負わせてしまって、すまない、とマレーは心の中でソローに詫びた。

「我々犬の死期の話に戻ろうじゃないか」

 アッチは居並ぶ幹部たちひとりひとりを見渡した。全員が額をアッチに向けていた。私はどうすべきかと一瞬迷ったが、マダラが探るような視線を送ってきたので同じようにするしかなかった。彼の凶暴さは健在だった。

 アッチは私が額を向けるのを確認してから言った。

「諸君、私もいたずらに同胞たちを困惑させようというわけではないのだよ。しかし、しかしだ。今、我らの愛すべき仲間が死んでいるのは事実だ。これに対しては我々として、つまり同胞委員会の総意として正式な見解を示さなければならない。そうすべきだ。それが出来なくて何の為の同胞委員会だね?え?同胞たちに進むべき道を示すことこそが、我々の使命ではないかね?」

 オウ、オウ、オ、と幹部たちが吠えて同意した。私は同胞委員会という名称をはじめて聞いた。凄まじい嫌悪感が私の内から沸き上がり、私の耳がぴくぴくと震えた。ソフト帽を被っていなければそれを他の犬に見られたことだろう。我々犬は人間のように室内に入ったからといって帽子を脱ぐ習慣はなかった。私は犬と人との違いに感謝しないわけにいかなかった。

 だがマダラは私の反骨心を見逃しはしなかった。やはり彼は未だに私を敵対視しているらしかった。

「同志ジョン・ムライ。なにか意見があるのか?」

 マダラが言うと幹部たち全員が私を見た。彼らの尖った目は、犬の目とは思えなかった。私は慎重に言葉を選ばざるを得なかった。

「同胞たちを納得させるには根拠が必要だと思う。ただ単に我々犬の死期が、冬の終わりではなくなった、と言うだけでは先ほど同志アッチが指摘した通り、同胞たちをいたずらに動揺させてしまう。それは我々が望むことではないのでは?」

 私は幹部たちに一瞬でも犬らしい思慮深さを取り戻してほしかった。しかしもう同胞委員会とやらの支配を幹部連中が受け入れている事は明白だった。そして彼らは私にもそれを受け入れる事を求めていた。犬の自由はどこに行った?本当に私が主張したかったのはそれだった。

「動揺ではなく困惑だ、同志ジョン・ムライ」

 マダラはそう言って体をかいた。シャツのボタンがひとつ飛んだ。派手な柄のシャツだった。何か意味ありげな仕草だったが私にはいまいち分からなかった。何にせよ彼の派手なシャツは悪趣味だと思った。

「これは失礼、困惑だったな」

「気をつけてくれよ、同志ジョン・ムライ」

「ああ、同志マダラ」

 マダラは私が決定的な事を言うのを待っていた。つまり、恭順か離反、どちらを選択するかを待っていた。私は彼をはじめて昔の彼とは違うのだと思った。「マダラの喧嘩は猫の喧嘩」とは昔よく北番場流通団地の界隈で言われたものだった。今では私に言葉に気をつけろと言っている。彼に少なからず興味が湧いたが私の方から話しかけるわけにはいかなかった。彼がどれだけ危険な犬であるか私はよく知っていた。

 アッチが二本目の煙草に火をつけて言った。

「ジョン。真摯な意見をありがとう。君の言った事はもっともな事だ。我々は同胞たちを動揺も困惑もさせてはならん。ここまで育んできた我々の社会を今ここで停滞させてはならんのだ。諸君、分かるかね?問題の本質が。我々は理解させねばならんのだよ。同胞たちに。それに加え、人間たちにもだ」

 何故ここで人間たちの事が出て来るのか?私はおぼろげながらアッチの考えが分かるような気がしてきた。おそろしい事だが、彼はつまり、人間たちに挑戦したいのだ。この同胞委員会とかいう人間の真似事倶楽部を利用して、自分が偉大なボスであることを犬と人間の両方に示したいのだ。

 あまりにおそろいい予測だが私には大きく的を外れているようには到底思えなかった。それは彼の煙草を吸う口から滴る涎を見れば、誰の目にも明らかであるように思えた。少なくとも私には。

 駅のホームにずっと立っていると、駅員に注意された。

「すいません。出て行ってもらえませんか?」

「何故?」

「何故ってあなたは犬でしょう?入ってもらっちゃ困りますよ」

「お金は払った。私は駒振り町まで行くのだ」

「そんな駅はありませんよ」

「いや、あるはずだ。私の仲間がたくさんそこの界隈にいて、私は彼らに会いに行くところなのだ。彼らは私を必要としているのだから」

「だったらそのお友達のどなたかに連絡して車で迎えに来てもらってください。電車は利用しないでください、犬なんだから」

「誰も車など運転しないんだよ。我々は犬なのだから」

「やっぱり犬じゃないですか」

「犬であるという事を否定したつもりはない。ただ切符を買った以上、私は電車に乗る。それは君たちが決めたルールだと思うが?」

「切符。切符ねえ」

 ぶつぶつ文句を言いながら駅員はどこかへ行ってしまった。私の相手をするのは本意ではないらしい。彼のような人間は多い。困ったものだ。一体何をそんなに好きでもない事をする必要があるのか?人間社会は複雑で、一生涯を掛けて自分専用の迷路を拵えているかのようだ。わざわざそんなものを作らなくても、人生は充分に謎に満ちているというのに。

 彼らは神や天使を信じない。無理もない。彼らは世界を楽しまず、世界は自分を楽しませてくれないと信じているのだから。

 電車が来て、電車に乗る。もうそれだけで私は私の気が狂っているのかと思ってしまう。何故電車に乗る?何故歩いて行かない?身軽な私は同じ距離を歩いても少しも疲れない。今は二本足だが四本足の犬と比べても少しも劣らない。犬のステップを見たいか?それはそれは素晴らしいものだ。はじめて踊った人間は我々の祖先のステップを真似て踊ったのだ。私はそう信じている。

 電車の乗客は私をじろじろ見ているのに見ていないふりをする。見たければ見るがいい。何だったら少しくらい匂いを嗅いだっていい。私はもう人間の匂いに興味はないが、いつになったら人間は匂いに興味を持つのだろう。その顔の真ん中についているものは何だ?鼻ではないか?ずいぶん貧弱に見えるが。使いたまえよ、存分に。分からなかった事が分かるようになり、知らなかった事が知れるようになるだろう。私は人間に対して意地悪なので教えてやらない。いつか人間に「どうして教えてくれなかった?」と問われたら、ずいぶん引っ込んでいるので君たちのそれが鼻だとは思わなかったと答えるつもりだ。

「犬だよ、ママ。犬が電車に乗ってるよ」

 小さな子供が私を指差して言う。ママがやめなさいと言う。

「服着てるよ、人間みたい」

 私は人間であろうと子供が好きだ。世界を本当の意味で遊べるのは子供だけだ。私もなんでもいいから犬でなければ子供になりたい。王と乞食を同時に遊ぶ子供になりたい。私にはきっと才能があるだろう。

「どうして服着てるの?」

 子供が大きな声で言う。ママがまたやめなさいと言う。

「形見なのだよ、私にとても良くしてくれた人の」

 私は教授と呼ばれる人にお世話になった。犬と人とは対等である、と教えてくれたのはあの人だった。私は彼のコート、スラックス、ソフト帽と彼の教えてくれた事をいつも大切に身につけている。

 私が電車を降りる時、子供は私に手を振ってくれた。私も手を振った。ママは私を見ないようにしていた。

 

 駒振り町という駅はない。あの駅員が言った事は正しい。しかし私の降りた駅からでしか駒振り町には行けない。犬には犬の、秘密の駅があるのだ。

 電車が来ていない事を確認し、ホームを降り、フェンスを越え、切符を捨て、私は建築資材が朽ちるままに捨て置かれている地区に入っていった。土地開発が行われているという名目でここは一時的に人間から忘れられている。あるいは忘れるためにこのような場所にされているのか。人間の思惑は分かっている。我々をこうした場所に誘導して、自分たちの目に触れないようにしているのだ。上手いやり方だ。しかし根本的な解決にはならない。いつか彼らは我々を完全に受け入れなければならない。その時が来るまでは私のような犬の世話になるだろう。彼らの頭は何故か遅い。考え込んで、考え込んで、考え尽くして疲れ果ててしてしまう。望むならそれもいいだろう。私はやりたいとは思わないが。私は彼らの選択を邪魔したくない。

 ドッグ・ブルーズという無名の歌手が歌った歌を口ずさむのが、我々の秘密の合言葉だった。恋に破れた男がウィスキーを飲みながら街をさまよい、最後には車に轢かれて死んでしまう、という歌詞の曲なのでまったく売れはしなかったが、それがゆえに我々は妙に気に入り、合言葉にしたのだ。

「ジョン・ムライか?」

「ああ、そうだよ」

「よく来てくれた。さあ、こっちだ」

「どうもありがとう」

 同胞は毛の長い犬だった。建築資材にかけられたブルーシートを彼が開けると、そこには鼠たちの赤い目が光る魔女の小道とでも呼ぶべき趣の隠し通路があり、私はソフト帽を押さえて身を屈め、気持ちを落ち着けてそこを通った。いよいよ危険な同胞たちとのご対面というわけだった。

 地下室なのか廃墟なのか分からない。薄暗く広いコンクリート打ちっ放しの一室だった。私を呼んだ同胞たちは円卓の騎士よろしくサークル状に並べられた椅子に座って私を待っていた。裸電球がひとつ、彼らに淡い灯りを落として揺れていた。

「ジョン・ムライ。遠い所をよく来てくれた。座ってくれ」

 片耳の先端を少し欠いた毛の短い黒い犬が私に挨拶した。なかなか私が呼び出しに応じなかった事を揶揄していた。

「貴方がボス?」

 彼はハアハアと笑った。紛れもない犬の笑い方だった。

「ここにボスなんて犬はいないのだよ、ジョン・ムライ。ジョンと呼んでもいいかね?もしも気に触らなければ」

 私はほとんど口の外に出ない短い声で吠えた。

「よろしい。私の名前は、アッチイケ、だ。ファミリーネームはない。他の同胞と同じくアッチと呼んでくれて構わない。さあ、これで全員が揃った。良き友人たちよ。今日まで私達を悲しませてきた問題を終わらせようじゃないか」

 人間のように頷く者もいれば、威厳を保ってただ黙っているだけの者もいた。

 一匹だけ私が知っている犬がいた。昔、私を腰抜けの去勢野郎と罵倒した犬だ。茶、黒、白の犬で最近になってマダラと呼ばれるようになっていた。数年前までこの犬に名前などなかった。一体誰がこんな洒落た名前をつけたのか。マダラは誰にも名付け親のことを話そうとしない。人間につけられたと噂する者もいたが、そのような屈辱的なことをあのマダラが受け入れるはずはない。結局真相は闇の中だった。

 そして私は彼がこのような会合に呼ばれるほど出世したとは知らなかった。喧嘩がめっぽう強い事はもちろん私も知っていたが最近ではそういう犬が出世するのは非常に珍しい。人間においては知らないが、我々において犬と言えば二本足が既に主流派であった。犬が犬に嚙みつく時代は終わったと言える。少なくとも私を含めこの会合のメンバーはそう考えているはずだ。私のマダラに対する違和感は最後まで拭えなかった。

 マダラが私を見た。まるで私が何を考えているか見透かしているような目だった。私もマダラを見返した。相変わらず野犬そのものだった。今でも猫やカラスを食っているのではないかと疑りたくなってしまうほどだった。滅びゆく四本足の象徴ともいうべき彼の風貌は、ある種、異様な匂いを漂わせていた。

 マダラが突然私に言った。

「ジョン。お前は今日何を話し合うか聞いてきたか?」

「いいや、聞いていない。誰も教えてくれなかった」

 私は彼に無視されるだろうとばかり思っていたので非常に驚いた。彼は極めて単調に話し合うべき問題を要約して聞かせてくれた。

「同胞がまた一匹死んだ。先月も含めてこれで五匹目だ。おかしなことだ。我々犬は冬の終わりに死ぬ。まだ秋に入ったばかりだ。死ぬ奴が出るのは早過ぎる。つまりこれは、誰かが我々を殺しているという事だ」

「マダラ君、待ちたまえ。まだそうと決まったわけではないのだよ」

 アッチは煙草に火をつけた。我々犬は煙草を吸えないことはないのだが、かなり吸い辛い。口が短い犬ならば吸える。アッチは口が短かった。しかしそれを踏まえてもかなり器用に煙草を吸った。傲慢な態度だった。老齢の犬は人間の真似事を自慢する傾向があった。くだらなかった。奴らは犬の誇りを忘れていた。

「ミスターアッチ。おかしなことが起きているのは間違いのないことです」

「うむ、その通り。それは間違いない。しかし別の可能性も考えられんかね?」

「別の、ですか?」

 マダラはある程度アッチに敬意を払っているように見えた。

「私は、つまり、こう主張したいのだよ。我々の死期に変化が訪れたのだと」

 サークルはどよめいた。アッチの仮説はあまりに大胆なものだった。

「しかし、ボス。俺達にそんなことが起こるなんて聞いた事もありませんぜ?犬は冬の終わりに死ぬ。人間のガキでも知ってることじゃありませんか?」

 メンバーの中でもひと際小さな犬が発言した。私はこの駒振り町の会合に参加したのははじめてだったので彼を知らなかったが、発言力の強い犬であることは分かった。おそらく同じサイズの犬たちのボスなのだろう。最近ではああいう連中が一番勢いがあるともっぱらの噂だった。

 アッチが小さい犬にグエグエと微笑みかけた。小さい犬は頭の位置を低くした。

「さて、ここで我々の短い歴史を振り返ってみよう。先ずはじめに起きた革命的な事件は何かね?今我々がここでしている事だ。そうだ、言葉を使うようになった。我々は言葉を得た。複雑なコミュニケーションが可能になり、我々は自分たちが犬であることを知った。人間の足元にうずくまる生き物ではなく、犬という独立した存在だと知ったのだ。犬は犬として生きる。その意味は既に諸君も知っての通りだ」

 サークルは静まり返っていた。誰も舌を舐める事さえしなかった。

「次に何が起きた?二本足で立つようになった。我々は見下ろされる側から見下ろす側へと立場を変えたのだ。私はこちらに重きを置いている。何故か分かるかね?諸君、尊厳だ。我々は尊厳を手にしたのだ。今ではもう誰も人間どもに媚びへつらう必要はない。我々は公然と彼らに対して我々に敬意を払うように要求した。噛みついたわけではない。言葉によって要求したのだ。これこそが我々の今を築き上げている。若い者は知らないだろう。人間が我々に抵抗したこともあったのだよ。無駄な事だった。あの時の奴らの怯えようときたら!」

 アッチが笑うと他のメンバーも笑った。

 あのマダラでさえも気まずそうに笑っていた。

 私は段々と読めてきた。これはアッチの意思決定を通達する会合だったのだ。

 私はまんまと罠に嵌められたというわけだ。つまり私がアッチの決定を私の縄張り、我々が愛してやまない北番場流通団地に伝達するというわけだったのだ。アッチはその毛並みの通り、汚いやり方をする汚い犬だった。

 北方へと続く大街道は悲嘆に暮れた人々で埋め尽くされていた。誰もが俯き、涙の跡が頬にあり、沈黙の中で不安と恐怖に耐えていた。1000年続くと信じていた平和は脆くも崩れ去った。そう信じていた事でさえ今では遠い昔の事のようにしか思えない。

 傷病者の呻き声と赤子の泣き声が響く。人々の足取りは疲れ切った鉱山奴隷のように重い。それでもついていけない者たちが街道を離れ座り込み、やがて来るであろう死を待っていた。気が触れた者も多くいた。沈黙する人々に代わり彼らは泣いていた。微笑みながら泣いていた。灰色の空を見上げているがその目には何も映っていない。彼らの心は硝子のように砕けていた。

 死衣と死者と死臭。誰もが死を目撃した。それはすべて近しい人の、愛する人の死であった。あるはずのない死であった。平和の中で生まれ平和の中で生きた人々の心にはあまりに多過ぎる死であった。

 弔いはない。祈る言葉さえない。それを聞く神々もいないであろう。

 無慈悲という言葉をはじめて知った人々は歩き続けた。せめてこの心を充分に悲しませてくれと、それを許してくれる場所を欲して歩き続けた。

 今、北方へと続く大街道は長い葬列が続いていた。人々は葬儀を求めて歩いていた。悲劇に不慣れな王都の人々は、葬儀を執り行ってくれる誰かがこの先にいると未だ無邪気に信じていた。

 王都ライレリアは陥落した。オーク軍の猛攻の前に成す術もなく、瓦解した。石の壁は崩され、鉄の城門は打ち破られた。

 誇り高きライレリア白獅子騎士団の多くは奇襲作戦で討ち死にし、精鋭ぞろいで知られる王都防衛軍は市民を避難させただけで、その戦力の半数を失った。ライレリアの豊かさの象徴である「冬の種」は、その所在すら定かではなかった。

 ライレリアは亡国の危機に瀕していた。

 

「この人たちは、これからどうするのでしょうか?」

 若き騎士ソローは独白するように言った。幼い頃に母と姉を失った影響なのか、彼はそのように物を言うことがよくあった。

「北方には彼らを養うだけの糧はない。行く当てもなく、飢え、凍えるだろう」

 祖父の老騎士隊長マレーは答えて言った。愛馬の落ち着きの無さよりも、若く経験の浅いソローの動揺を気にしていた。

「冬の種の所在さえ分からず、その上、王と貴族たちが民よりも先に王都を捨てたという話は既に誰もが知るところ。彼らは信じていたものの、ほとんど全てを失った。あまりに惨たらしい。せめて冬の間だけでも何とかしてやらなくては」

 マレーの子であり、ソローの父であるハーシュは行動力のある男として知られていた。父が頼る副長としても騎士たちの尊敬を集めている。そんな彼は未だ王都を離れた避難民のために何かしてやれる事があるはずだと信じている。マレーはそんな我が子を横目に盗み見て、危ういものを感じざるを得なかった。

「行こう。王が待っている」

 マレーは子と孫の返事を待たず愛馬を走らせた。ふたりが後に続く。

(民を捨てて逃げた王、か)

 王については何も考えないようにしていた。考えてしまえば不満が出てしまう。先代の王ならばこのような事には決してならなかった、とはふたりの騎士の前では口が裂けても言えなかった。

 しかし我が身の事についてならば、ついつい言葉の端に出てしまっていた。おそらくふたりの騎士もマレーが我が身を省みて、こんな事ならば早く隊長の席をハーシュに譲っておくべきだった、と思っている事を察しているだろう。家族とはいえ弱音を知られるなど、俺も年を取ったとマレーは思わずにいられなかった。

 

 王は開けた場所に豪奢な幕屋を立てさせ、そこで休憩をしていた。虚飾の剥がれた儀仗鎧を着て辛うじて体面を保った近衛兵たちが周辺を警護している。マレーたちの姿を見ると彼らは何とも言えない顔をして迎えた。名誉ある王国軍の将兵に恥などあってはならない。しかし今の彼らにとってその規範は酷なものだった。避難民のすべてが彼らのした事を知っていた。そしておそらくこれから出会うであろうすべての北方民も知っているだろう。マレーは彼らの不幸に同情した。彼らは果たして敵前逃亡の罪に問われるのだろうか。王命とはいえ民を見捨てた事は事実だった。軍法に照らせば無罪であり、ライレリア王国民の心情によれば、許されざる者たちだった。緊急の議会が招集された時、せめて王が彼らを擁護してくれるようにと、マレーは祈らずにいられなかった。

「マレー殿」

 隊長格らしき男がマレーの前に進み出た。

「おお、マーティシオ!マーティシオではないか!お主、無事だったか!」

 兜を取ってすぐ目の前に立つまで、近衛隊隊長が年下の旧友であることに気づかなかった。若い頃を知る数少ない友であるマーティシオはあまりに憔悴しきった様子だったため、人相までもが変わってしまっていた。決して口に出して言えたものではなかったが、古い友は4本も牙の抜けた老猫のような顔をしていた。

「死んだ方がマシでしたが、このような有様で、行き恥を晒しておるという次第でして。不名誉な事に死に場所を見極められませなんだ」

 真実であればこそマレーの胸には痛いほどよく伝わった。

「何を言う、マーティシオ。今のお主は生きて陛下にお仕えせねばならぬ身ではないか。はっはっは、お主が近衛の隊長の任を拝命していたとはな。昔わしは言ったであろう?お主は必ず大任を任されると。真であったろう?いやあ、無事で何よりだ、懐かしき我が友マーティシオよ。生きて再会できて嬉しいぞ」

 はっとしてマレーは素早く周囲に目を配った。近衛隊とハーシュ、ソローの他には誰もいなかった。もしも北方民がいれば、「あれが王都から逃げてきた近衛隊隊長のマーティシオか」と、余計な事を知られるところだった。

「さあ、マレー殿。陛下にお目通りを」

「陛下はご無事か?」

「はい。それだけが我が命の糸を繋ぎとめる唯一の理由です」

「おお、そうか。ご無事か。それは何よりだ」

 ハーシュとソローを伴い豪奢な幕屋へと進みながら、今更王がどうしたと言うのだ?とマレーは心中思わざるを得なかった。

 幕屋へ入り、御前へと進み、跪いた。マレーは失望した。そこには王の権威を感じさせるものは何もなかった。俺は今、ライレリアの亡骸を前にして跪いているのだ、と心の声が飾る言葉も無く言った。湧き出る心の声を無視するのは並の忍耐ではなかった。

 ライレリア王は首を細く伸ばして老騎士を見た。

「マレー?貴公があのマレーか?辺境の騎士たちを率いる騎士隊長の?マレー、化け物どもが攻めてきたのだ。王都を奪いおったのだ。余を守る兵力はもう半数も残っておらん。北方へ行かねばならぬ。マレー、余を守ってくれるか?」

「陛下、我らの当然の務めでございますれば」

 王は妃と手を握り合ったまま寝台から出ようともせず、怯え切っていた。その言葉の軽々しさときたら辟易するほどだった。壮年を前に成熟を知らず、王冠の輝きを鈍らせる脆弱さが王の衣から透けて見えるほどだった。

「北方の要塞はまだ遠いのか?」

「はい。北方は広大でございますゆえ、我々が鴉群れ砦と呼んでおりますあの要塞までは、若い軍馬で三か月あまりの行軍が必要でございます」

 実際には八か月、下手をすれば十か月はかかるだろうとマレーは予想していた。

「そ、そんなにかかるのか?し、しかしオーク軍は余を追ってくるであろう?貴公はオーク軍を撃退出来るのか?」

「陛下。オーク軍が追撃するかどうかを今判断するは早計かと存じます。ですが陛下を要塞までお送りするだけであれば、近衛隊をもってすれば十分その任を果たすことが出来ましょう」

「真か?近衛隊だけでも余を守れるのか?そ、それでは余は安心してよいのだな?」

「陛下。王の心とは王のみが知るものでございます。一介の騎士に過ぎない私がどうして陛下のお心を知ることが出来ましょうか」

「あ、ああ、そうか。そうであったな。父王も同じ言葉を遺しておられた。マレーは父王に謁見した事はあるか?」

「はい、陛下。自由騎士であった私を重く用いてくださったのは先王陛下であらせられます。私はそのご恩に報いる為、こうしてこの地の騎士となりました」

「な、なんと。そうであったか。で、では、マレーは我が父に剣を捧げたのだな?父上から直接爵位を賜ったのだな?」

「仰せの通りでございます」

「な、ならば、マレー。辺境の騎士隊長マレーよ。今は亡き父王に代わり余が貴公に命ずる。オーク軍を殲滅せよ。王都を奪還するのだ」

 まるで驚いた鳩が飛び立つような王命だった。しらけた酒場にも似た気だるさを誰もが感じた。侍従と警護の者らの抑えきれないざわめきがマレーにも伝わった。が、後ろに控えているふたりの騎士からは微塵も心の揺らぎを感じなかった。それがマレーの心を充分に慰めてくれた。誇りに思い、笑みがこぼれそうだった。

「御意のままに」

 軽くもなく重くもなくマレーは言った。

「は、はは、は、素晴らしい。マレー、貴公の忠誠心は他の良き模範となろう。余が王都に帰還したあかつきには貴公をライレリア公爵に任じよう。よかった、よかった・・・」

 王は満足なされた。騎士に言うべき事は無かった。これが今のライレリアだった。

 マレーたちが幕屋を出ると異様な雰囲気に取り巻かれた。将兵たちは何か得体の知れない恐ろしいものを見るような目で、三人の辺境の騎士を見ていた。彼らはマレー達を自ら死にゆく者達だとはなから決めてかかっていた。無理もない事だった。

(王都の将兵は、こんなものか)

 あえてマレーは無反応を決め込み旧友にだけそっと語りかけた。

「我らはこの地でオークどもを食い止める。陛下を早く鴉群れ砦へ」

「マレー殿・・・」

 良き友の肩は震えていた。涙もその目に光っていたかもしれない。マレーはそれを見なかった。彼らの世代の美学によれば、騎士の涙とはすべてが終わった後に見るべきものだった。

「おお、マーティシオ。まさか気弱になっておるのか?お主ほどの勇者が?しかしお主は鴉群れ砦を訪れたことがないのであろう。あの要塞ほど堅牢なものはない。案ずるな、友よ。吉報を待っていてくれ」

 マレーが言うとマーティシオはしっかりと目を見つめ、両肩を男らしく掴んだ。マレーもマーティシオの肩に手を置いた。

「誉れある騎士マレー・キュリエムの剣に光を」

「誉れある騎士マーティシオ・レル・オースの盾に光を」

 古めかしい騎士の挨拶を交わすのは久しぶりだった。マーティシオの目から堪えきれない涙がこぼれた。マレーはマーティシオの耳元に口を寄せて言った。

「民を頼んだぞ、マーティシオ」

「民を・・・」

 その一言にマレーが現王をどう思っているのかが集約されていた。誓いを立てた騎士として本来あってはならない事だったかもしれない。しかしマレーがそのような事を恐れる武人ではないことをマーティシオはよく知っていた。返す言葉がなかった。

 忠誠は剣、忠誠は盾、忠誠はライレリア。すべてのライレリア騎士はそのように君主の前で誓う。マレーであれば宣誓の言葉そのままに行動するとマーティシオは常々思っていた。が、しかし、まさかこのような形でその時が訪れるとは思っていなかった。

 老近衛隊長は辺境の老騎士隊長の背中を見送り、せめてその言葉を違える事だけはすまいと我が身を戒めた。

 一行は駆け出した。今ではもう命が長らえるかもしれないという希望を持っていた。希望に勇気づけられ、勇気が脚に力を与えた。ぜいぜいと息を切らしているのは誰だろうと思いはしたが、それが自分の発する息だとは誰も気がついていなかった。もう声を出さなければ息を吸う事も吐く事も出来なくなった時、ようやく一行は速度を緩めた。戦場を脱したことに気づいたのは、それからまだしばらく後だった。

「パーゼル、パーゼル。少し、休ませてください。もう脚が」

「ああ、情けねえ事にこの俺もだ」

 ロモが一番に座り込んだ。ただの気のせいに違いないが、少し痩せたように見えた。その方が精悍で、良いロバに見えた。市場と僧院を往復する事しか知らない野菜運びのロバだったとは到底思えないほどだった。しかし当の本人は、もうごめんだ、と言わんばかりに鼻を楽器のように鳴らし、息苦しさから解放されようとしていた。

「もう少し移動しよう。こっちに水の気配がする」

 水の一言にマニシもロモも重くなった体を引きずって、パーゼルについて行った。はたして水はあった。草を分けてパーゼルが指さした。そこには清らかな冷たい水が流れていた。パーゼルとマニシは手ですくって飲んだ。ロモは地面に溜まった水に鼻面を突っ込んで、ふしゅふしゅと鼻息を立てながら飲んだ。生き返ったような気分だった。

「で、これからどうする?」

 パーゼルはマニシが戦争を止められなかったことを辛く感じているだろうと思っていた。

「琥珀の杖・・・」

「え?」

「マジャ・バニ師も琥珀の杖を持っていました。という事は、わたしとマジャ・バニ師の間には何らかの絆があるという事を表していると思うのです」

「あ?ああ、もしかしたら、そうかもな」

 熟考しながら話すマニシの横顔には賢者の貫禄さえ見て取れた。それはこれまでの短い旅の中では感じられなかった一面だった。パーゼルはマニシが戦場の惨劇を経験して、どんな結論に達したのか興味深く思った。

 マニシは一語一語はっきりと、自分の中で何かを探し求めるように語り始めた。

「マジャ・バニ師はボボ・オーニ将軍を率いて人間の都を襲うと決めたのです。おそらくあの戦車隊は真っ直ぐ王都に向かったでしょう。ライレリア騎士団と王都の壁があれほどの攻撃力を防ぎきれるとは、わたしにはとても思えません。まちがいなく王都は陥落し、各都市や村落に悲報が届き、やがてはライレリア王国全土に戦乱が拡大するでしょう。ですが、マジャ・バニ師はそのような局所的な戦いで満足する気はないはずです。エルダリアの全てを蹂躙し尽すまで止まらないのです」

「ほほう、デカく出たじゃねえか。エルダリアを蹂躙し尽す、か。そうなると人間どころか古代種、精霊種、巨人族を丸ごと相手する事になるなぁ」

 パーゼルは足を投げ出して草を二三本むしった。

「マジャ・バニ師とボボ・オーニ将軍なら恐れはしないでしょう」

 マニシは片膝を立てて顎を乗せた。ロモは腹這いになってもう寝息を立てていた。

「そりゃそうかもしれねえけどよ、あいつらだってタダじゃ済まねえだろ?オーク族丸ごとエルダリアから消されるぜ?そんなんじゃあ、いわゆるその・・・、なんだ?戦争目的の達成ってやつが、消失?未完?まあ、なんていうか、やる意味も何も無くなっちまうだろ?俺はそこまでマジャ・バニは馬鹿じゃねえと思うぜ」

「それこそがマジャ・バニ師の意思です。自ら救われる事のない戦いに身を投じて、エルダリアを道連れにするつもりです」

「おいおい、滅多なこと言うもんじゃあねえよ。それじゃあエルダリアの歴史が終わっちまうじゃねえか。そんな事になったら俺達はどうすんだ?神々はもういねえんだろう?誰がエルダリアを救うってんだぁ?あ?」

 マニシは顔を少しだけパーゼルの方に向けた。同じ惨劇を目撃した星々と月がマニシの白い額を照らしていた。

「今のところ、貴方と私とロモしかいません」

 パーゼルはおどけて褐色の頬をへこませた。

「いいぞ!俺達はエルダリアの英雄だ!」

 パーゼルが両手を打ち鳴らすとロモが驚いて顔を上げた。パーゼルは寝てろ、と言いロモの首を撫でてやった。ロモはすぐに安らかな眠りに落ちていった。

 夜目の利くパーゼルはマニシの顔がよく見えた。何か重大な決意が定まったような悲愴な面持ちだった。パーゼルはその顔に何故だか耐え難いものを感じた。

「そんじゃまあ、早速明日にでも大軍を招集して、オーク兵どもをぶん殴りに行こうぜ?ボボ・オーニもマジャ・バニもまとめて跪かせて断頭台に上がらせてやるんだよ!そうすりゃライレリア王からたんまり褒美が貰えるってわけだな?いや、待てよ。ってことは俺も盗賊家業は引退だな。余生は再建された王都防衛軍の筆頭将軍ってところか。なかなか良い物語じゃねえか、気に入ったぜ」

 もうお手上げだと思いパーゼルは寝転がった。草が柔らかく、寝心地は悪くなかった。せめて今夜だけは良い夢が見られればいいと思い、目を閉じた。

「パーゼル」

 マニシはまだ眠る気がないようだった。

「なんだよ?」

 不機嫌そうにパーゼルは返事した。仕方なく目を開けた。

「本当にすみません、こんな事に巻き込んでしまって」

「まあ、いいってことよ。気にすんな」

「楽観し過ぎていました。もっと話し合いが上手くいくと根拠も無しに信じていました。その、つまり、期待し過ぎていたのだと思います」

「何に期待し過ぎてた?」

「初めて明白に示された私の運命にです」

「そうか、初めて明白に示された、か。うぶなお前じゃ舞い上がっちまうのも無理はねえな。けどよ、マニシ。ひとつだけはっきりさせておくぜ?いいか?」

「はい」

「何をどうしようが結局神々なんざ関係ねえと俺は思うんだよ。関係あったとしても関係ねえ。分かるか?やるのは俺達だ。やるんだって腹をくくった瞬間、俺達のこの拳は俺達だけのモンだ。それ以外にはあり得ねえ。マニシ、誤解すんなよ?お前の神を否定してるわけじゃあねえんだよ。ちょいと誰かに何かを囁いたって、そっと誰かの背中を押してやったって、気づきもしねえ間に幸運をもたらしてやったって構わねえんだ。そうするのが神々の仕事だろう?けどな、結局は俺達なんだよ。俺達がやるか、やらねえかを決めるんだよ。そうじゃねえか?このエルダリアに二本の脚で立ってるのは誰だ?俺達だろう?神々じゃあねえ。だったら俺達なんだよ。このエルダリアをどうするのか決めるのは運命でも神々でも一つの創造主でもねえんだよ。俺達だ。ここは俺達のエルダリアなんだよ。だから、厨房の僧マニシ。湿っぽい顔すんのはもうやめろ。ここで終わるわけじゃねえ。俺もお前もここでこのまま、ハイ、さようならってわけじゃねえんだ。まあ、いろいろ言っちまったけどよ、とにかく、だから、そういうこった。もう情けねえ事は言うな。考えもするな。俺達が決める、俺達がやる。それだけ分かってりゃあいいんだよ。なあ、そうだろ?厨房の僧マニシ。ああ、そうだ。ところで、この厨房の僧ってのは何とかならねえもんなのか?他の二つ名はねえのか?」

 マニシは笑って言った。

「それは考えた事もありませんでした。自分では気に入っていたので。何かおかしいですか?」

「おかしかねえけどよ、あんまり英雄っぽくは聞こえねえよな」

「英雄、ですか?私は英雄にはなれませんから。パーゼルだけどうぞ」

「俺はまだまだこれからよ。伝説をたんまり拵えて、100年後の子供たちを楽しませてやらねえとな」

「100年後ですか。人の世が残っていればいいのですが」

「おいおい、さっき言ったばっかりだろ?そういうのはもう止めだ」

「そうでしたね」

 涼しい風が吹いて、ふたりを慰めた。戦場の匂いなど少しも感じられなかった。風の中には生命の輝きが宿っていた。万物が確かに響き合っていた。

「まあ、今はゆっくり寝て、それから出直そうぜ」

 パーゼルは再び目を閉じた。星の光が瞼に浮かんだ。急に体が沈むような感覚がして、深い眠りに入りかけた。

「パーゼル」

「う?どうした?」

 マニシはまだ横になってもいなかった。

「マジャ・バニ師はボボ・オーニ将軍を伴って王都を襲っています」

「ん?あ?ああ、そうだな」

「ですので私はその逆の事をしようと思います」

「逆ぅ?」

 パーゼルはマニシが何を言っているのかまったく分からなかった。

「オーク・クィーンを知っていますか?」

「そりゃ知ってるけどよ・・・。お前、まさか」

「はい。私はオーク・クィーンを訪ねて、この戦争を止めてくれるように説得したいのです」

「冗談だろ?」

「すみません、パーゼル。本当にすみません。あなたも一緒に来てください」

「なあ、冗談だよな?」

 返事がなかった。返事がないとはつまりそういう事だった。

 パーゼルは悪夢だと思った。あるいはマニシが音楽の神マシウスに騙されているのだと思った。しかし結論としてそのどちらでもなく、マニシはまた本気で言っているのだとパーゼルは知った。たとえ千回でも「冗談だよな?」と尋ねて一回だけでいいから「冗談です」とマニシの口から聞ければどれだけ心安らかになるだろうと思わずにはいられなかった。

「オーク・クィーン。どんな人でしょうか?」

 パーゼルは寝たふりをした。それしかやれる事はなかった。早く盗賊家業に戻りたいとそればかり思って眠りについた。

 地が震え、轟音が響き渡り、ライレリア騎士団がオーク軍の野営地に奇襲を仕掛けた。遮る物のない平野に敷かれたオーク軍の野営地は一瞬にして大混乱に陥り、阿鼻叫喚の様相を呈した。

 戦士たちは絶叫した。血飛沫が上がった。切り飛ばされた腕や脚が宙を舞い、引き裂かれた臓腑がまき散らされた。奇襲のほとんどの犠牲となったゴブリンどもの悲鳴は「何故だ」と泣いていた。

 オーク兵たちの怒号が響く。馬蹄の響きよりもさらに重く深く、夜の闇を裂く。

 命令を待つまでもなく反撃が始まった。苦痛を知らないオークどもは馬に体当たりを食らわせ、騎士を馬の背から引きずり降ろした。兜ごと頭を踏みつけられた騎士たちの脳漿が飛び散った。

 野営地を駆け抜けた騎士たちは馬首を返し、再び突撃を試みる。騎士たちは勇猛だった。死んでいった戦友たちの屍を越えて復讐の鬼となり、オーク兵に狙いを定め襲い掛かった。血に染まった剣が獣どもの肉を裂き、えぐった。

 

 殺し、殺され、立ち上がり、両軍の憎悪の炎が渦となって巻き上がった。

 戦いの地獄。そこには正義も大義名分もなく、ただ殺戮だけがあった。死というものが本当に生を安らかにするのかどうか、今は誰にも分からなかった。

「おお、神々よ。何故私達をお見捨てになったのですか?」

 顔を上げたマニシは眼前の光景から目を背ける事が出来なかった。信じられない、とは言えなかった。初めて目にする血の惨劇はマニシのこころに焼き印となって押し付けられた。涙が溢れて止まらなかった。

「マニシ!逃げるぞ、マニシ!何やってんだ、ほら、立てって!」

 マニシのロープを切るのにかなり時間がかかってしまった。マジャ・バニもボボ・オーニも乱戦の中に姿を消していた。最悪の状況の中では最悪の選択肢しか残っていない。鋼鉄と屑鉄とが火花を散らし、人と獣の血飛沫が宙で混じり合うそのど真ん中を駆け抜け、脱出を図るしかなかった。

「立てよ!おい、マニシ!厨房の僧マニシ!」

 いくらパーゼルが呼びかけ助け起こそうとしてもマニシは背を丸めたまま立とうとしなかった。大きく目は見開かれ、何事かを繰り返し呟き、体は石のように重くなっていた。パーゼルは決して怪力ではなかった。マニシを立たせることはおろか、このままでは担いで行くこともできなかった。

 ロモの鳴き声が変わった。短い嘶きを繰り返した。非難しているかのようだった。

「マニシが動こうとしねえんだよ!」

 パーゼルは言い返したがロモは変わらず短く嘶き続けた。

「そうか!その手があったか!」

 パーゼルは一旦マニシから離れ、ロモの縄を解いた。すぐにロモはマニシのそばに立った。パーゼルはロモとマニシを縄で繋いだ。

 

「ロモ!引っ張れ!」

 ロモが懸命に蹄で地面を蹴るとマニシの体はずるずると引き摺られていった。が、それでもマニシは立とうとしない。命の無い人形のようだった。

 その姿に殺意をそそられた一匹のゴブリンが歓喜の声さえあげて、無防備なマニシを襲おうと駆け出した。腰より低く構えられた短い槍が、マニシのだらりと垂れた首を狙っている。しかしパーゼルの敏捷性はゴブリンに勝った。蝙蝠のように襲い掛かり背中から抱き着いた。

「ほら、返してやるよ」

 みぞおちに切れ味鈍い短剣を突き刺した。欲をかいたゴブリンは一瞬体を硬直させ、絶命した。パーゼルは借り物の短剣をそのままにしておいた。倒れたゴブリンの死に顔は、自分の身に何が起きたのか分からないと訴えているかのようだった。

 二匹目、三匹目のゴブリンが控えていたが、パーゼルが殺したゴブリンの短い槍を構えて見せると怯えて走り去った。臆病な二匹はなおも自分達でも殺せそうな相手がどこかにいないか探しているようだった。パーゼルの位置からは見えなかったが手ごろな相手を見つけたらしく、二匹は一行のことなどすぐに忘れて闇の中へ姿を消した。

 戦いの中にいる時に感じる独特の息苦しさをパーゼルは感じていた。額が熱かった。耳鳴りがした。視界が勝手に狭くなるので必死に目を見開いておかなければならなかった。

 目に映るもの、耳に聴こえるもの全てが戦いだった。1000年も前から繰り返されているように騎士たちとオークたちは戦っていた。人が獣を殺し、獣が人を殺している。殺戮という熱病に侵された者同士が、尽きる事のない宴に酔い痴れている。死と残酷が彼らにとって何よりの美酒だった。温かい血の祝杯が幾度も掲げられ、断末魔の絶叫を繰り返し歌った。世界が終わるまで続いてくれと、彼らは殺し合いの快楽に耽っていた。

 百戦錬磨の大盗賊でさえも、その光景に戦慄を覚えた。

(正直な話、もしも五体満足で帰れたら俺もマシウスに感謝を捧げてやるよ)

 パーゼルは珍しく舌打ちをすることなくマニシの体を引っ張り続けた。それ以外に何も出来る事がなかった。

 ロモが急に首を激しく振り始めた。懸命にマニシを引っ張り続けているが、妙に勇ましく嘶いて、左をパーゼルに指し示していた。

「なんだよ、お前まで。そっちに何かあんのか?」

 獣皮のテントの幕が少し開いていた。そこには取り上げられたパーゼルの装備があった。パーゼルは暗闇の中で光を見た気がした。ほとんど本能的に駆け出し体に馴染んだ装備を手に取り、身に帯びた。2本のダガー、鞭、弓矢。これこそ大盗賊パーゼルだった。不可能など無いと信じられる依り代だった。

 戻るとマニシが立ちすくみ、騎士とオークの戦いをぼんやりと眺めていた。まるで白昼夢の中にいる人のようだった。

 パーゼルは無理やりマニシをロモに乗せた。

「マニシ!ここで死んだらマシウスも神々の不在もねえぞ!掴まってろ!走るぞ!」

 ロモが駆け出した。自分が何をすべきかロモにはよく分かっているようだった。パーゼルも俊足を見せた。ロモよりもパーゼルの方が速かったが、マニシを運べるだけでも十分役立っていた。

「パーゼル」

 マニシがロモに抱き着きながら力なく呼びかけた。

「パーゼル。もう少しマジャ・バニ師と話せればよかったと思います」

「今更何言ってんだ?まだ命があるだけでもありがてえってもんだぞ?」

「この戦争は始まってはならない戦争だったのではないかと感じます」

「始まっていい戦争なんかねえだろ?とにかくお前はロモにしっかりしがみついてろ!俺が脱出させてやる!」

 ライレリア騎士団とオーク軍、どちらが優勢であるのか誰にも分からなかった。両軍の屍と武器が積み重なって山となり、戦場の半分は墓場となっていた。

 一行は懸命に駈けた。悪い夢の中を必死に逃げ回る幼子のように駈けた。闇の中にどんな災いが潜んでいるかなど、考えている余裕はなかった。

 ロモが首のない馬の亡骸に脚をとられて転倒した。マニシが転がり落ちる。パーゼルは急いでマニシを助け起こし、すぐにロモの背に乗せようとした。

 が、目の前に鎧を脱ぎ捨てたオーク兵が立ちふさがり一行の行く手を阻んだ。ボボ・オーニ将軍ほどではないにせよ、その巨体と禍々しい斧は大きな影となり、一行に死の暗示を思わせた。

 覚悟を決めたパーゼルは2本のダガーを抜いた。

 オーク兵がパーゼルを見下ろす。その表情からはパーゼルをどう見ているのか窺い知ることは出来ない。旅人が山や川を見るのと何も変わらない表情だった。

 パーゼルはオーク兵を睨み返すような事はしなかった。オークの目は人のそれとは構造が違うため見ても意味がなかった。敵の凶暴な手足にだけ集中した。素早さだけが敵に勝っている以上、どんな小さな動きも見逃すわけにはいかなかった。

 そうすることを予め決めていたかのように両者は動かなかった。互いに何かの変化を待っていた。たとえ我慢比べになったとしても迂闊に動いてしまうのは愚かな事だった。

 パーゼルは待ち続けた。良い風を待て、とはエルダリア全土でよく使われる賢者の言葉だった。

 その時、銀色の何かが突然視界を遮った。パーゼルが反応できないほどの速さだった。それこそパーゼルの待っていた良い風だった。

 馬を全速力で走らせ突撃してきた騎士のランスがオーク兵の脇腹を貫いた。ランスは深々とオーク兵の腹に突き刺さった。人であれば即死してもおかしくはなかった。

 が、オーク兵は怯まなかった。それどころか騎士の胸当てを鷲掴みにし、全身鎧を装備した騎士を片手で持ち上げた。掴まえられた騎士は剣を抜いてなおもオーク兵に攻撃を加えようとした。しかし軍旗のように高々と持ち上げられ、無慈悲に地面に叩きつけられてしまった。骨が砕ける音がした。地面に横たわる騎士の首は背中へつくほど曲がっていた。騎士は即死だった。オーク兵は騎士の亡骸に向かって嘔吐するような声を出し、勇敢な騎士の死を嘲笑った。

 空を切り裂く音が鳴った。パーゼルの鞭がオーク兵の腹に突き刺さったランスに巻き付いた。オーク兵は手品に驚いた子供のような顔をしてランスに巻き付いた鞭を呆然と見つめた。

「お前の戦友のために花でも出してやろうか?」

 パーゼルは担いだ重荷を投げ捨てるようにして鞭を引いた。ランスは勢いよくオーク兵の腹から引き抜かれた。穿たれた腹の穴から腸と鮮血が飛び散った。汚らわしくも儚い命の花が咲いた。

 オーク兵は「お」とも「あ」とも聞き取れない間の抜けた声を出した。パーゼルは勝利を確信した。

 しかしそれは無知ゆえの判断だった。パーゼルはオークを知らなかった。

 苦痛を知らない怪物は飛び出た己の臓腑を無造作に手で掴み、子供がおもちゃをポケットにしまいこむようにして自分の腹に突っ込んだ。腸をすべて収めると、己の血で濡れた指を一本一本舐めた。オークは猫のように満足気な顔をした。

「ちっとは痛そうにしろよ、デカブツが!」

 騎士のランスが重い事はパーゼルも知っていたが、それでも好機を逃すわけにはいかなかった。引き抜かれたランスをパーゼルは拾い上げ、オーク兵目掛けて投げつけた。ランスはオーク兵の口の中に突き刺さり、頭部を貫通した。

 オーク兵の小さな目はいっぱいに見開かれパーゼルを見ていた。しかしそこまでの重傷を負っていながらもオーク兵は絶命せず、前進をはじめた。

 見た事もない戦い方をする小さな人間を是非とも食ってみたい、そうでなければ礼を失する、とでも言いたげな親しみのこもった歩み寄りに見えた。

「まだ死なねえのかよ・・・」

 ランスは刺さったままだった。牙がランスを噛んでいた。唇から涎と血の混じったものが流れ出ている。腹の穴からは収めた腸がこぼれ落ちている。そんな些末な事には構うなと言わんばかりのつぶらな目で、不死身の怪物はパーゼルを見つめていた。

 牛でも両断できそうな斧をオーク兵は頭上高く掲げた。敬意を払うためではないようだった。近づかれれば近づかれるほど毒婦のような妖気を感じずにいられなかった。

 盗賊は戦士ではない。戦いにおいても殺しにおいても専門家ではない。パーゼルはオーク兵の殺し方など知らなかった。

 素早く弓矢を構えた。殺せなくとも前進を止めなければならなかった。両膝を射抜けばあるいは・・・、とパーゼルは思った。賭けてみるしかなかった。

 パーゼルは2本の矢を同時に放った。追っ手の追跡を幾度も逃れた自慢の技だった。2本の矢はオーク兵の両膝を貫いた。が、しかし、前進を止める事は出来なかった。オークの鈍足がもう少し鈍足になっただけだった。

「ロモ!走れ!お前らだけで行け!」

 ロモはパーゼルの要求に応じなかった。四つの脚を勇敢に突っ張って、その場に留まり続けた。パーゼルがもう一度怒鳴りつけようとしたその時、マニシが言った。

「パーゼル。どのみちあなたが死ねばわたしたちに助かる道はありません。あなたと共にいた方がいいのです。ですから、パーゼル。あなたの物語に、わたしたちもいさせてください。それに、大盗賊パーゼルの詩に名を残せるなら大変な名誉ですしね」

 マニシは微笑していた。倦み疲れた人の微笑だった。

「勝手にしやがれ!そこで見てろ!」

 額に冷たい汗をにじませながら、パーゼルはもう一度矢を放った。ランスに当たった。さらにもう一度放った。肩に命中した。矢の無駄としか言いようがなかった。

 パーゼルはオーク兵に向けて罵詈雑言を吐いた。ライレリアでは意味すら通じない彼の故郷で用いられる悪口を、思い出せる限り吐いた。はじめて故郷を懐かしく思った。こんな地獄のような場所ではなく、故郷の風の中で死ねたらどんなに良い事かと思った。それはどうやら叶いそうもないと思うと、数年振りに悲しい思いを感じた。(俺の風もここで尽きたか)

 それでもパーゼルは弓に矢をつがえた。矢が尽きるまで大盗賊パーゼルは戦ったと吟遊詩人に歌わせたかった。

 マニシが叫んだ。

「パーゼル!伏せてください!」

「なんだよ?」

 厨房の僧マニシはひとが思うよりもずっと腕力が強かったのかもしれない。パーゼルに向かって叫ぶと同時に、脚を突っ張らせたロモを地面に押し倒してしまった。ロモはマニシに覆い被されて腹を押され、犬の唸り声のような声を発した。

 それを見てパーゼルは言われた通りにした。しかしいつでも飛び上がれるように片膝を突いただけだった。地面に伏せてはいなかった。

「パーゼル!伏せて!」

 マニシからそんな絶叫を聞くとは思いもよらなかった。

「パーゼル!」

 マニシは激しい手振りで伏せろと言っていた。

「だから、なんだって言っ、」

 月さえ割れるような絶叫が戦場に轟き、血に酔った戦士たちを震え上がらせた。

 轟音とともにボボ・オーニ将軍率いる巨頭牛の戦車隊が戦士たちに襲い掛かった。

 考える暇もなくパーゼルは地面に伏せた。突風が頭の後ろをかすめ、ボボ・オーニ将軍の駆る戦車がすぐ真横を駆け抜けた。

 もしも片膝を突いたままだったなら、ボボ・オーニ将軍の振り回す巨大な屑鉄の剣で、体を両断されていただろう。

 だが体を両断されたのは腹と口と膝頭に穴を穿たれ使い物にならなくなったオーク兵だった。それが偶然の出来事であるのか、それとも将軍としてのボボ・オーニの判断であったのか、パーゼルには知る由もない。しかしオークを殺すには胴を両断すればいいとだけは分かった。そしてもうひとつ、どうやら危機を脱したらしいとも分かった。戦車隊は一陣の風のように過ぎ去っていった。

「無事ですか?パーゼル」

「ああ、お前たちは?」

「どうやらあなたの詩に歌われるのはまだ先のようです」

「ああ、詩を書かせる吟遊詩人もまだ見つかってねえしな」

「戦車隊の先頭はボボ・オーニ将軍でしたね?」

「あんな奴は見間違いようがねえ。ありゃぁ黒いボボ・オーニだった」

「オーク兵を殺してしまったようですが?」

「見ろよ、あっちでもっと殺してるぜ?狂ってやがる」

 猛牛に轢かせ、巨大な鉄塊で打ち殺し、ボボ・オーニ将軍の戦車隊は立ち塞がるものすべてをなぎ倒していった。皆殺しとはあの将軍のためにある言葉であった。

 味方ごと敵を殺すといういかにもオークらしい戦術によって命を救われた一行は複雑な心境だった。とても素直に喜ぶ気にはなれなかった。

 

 皆さま、くるくると回転するように世界が動いて行く日々、いかが

 

 お過ごしでしょうか。

 

 わたくしは今日もいかにすれば世界が平和になるかを考えて、瞑想と

 

 思索に耽っております。

 

 さて、一応わたくしのスタンスとしまして、世界終焉説否定派であることは、

 

 明確に皆さまにお伝えしたいと思います。わたくしはこの地球と人類にやがて

 

 終末の時が訪れる、というお話はイマジネーションの産物であるという風に

 

 考えております。地球も人類も滅亡しないと思っている者でございます。

 

 ですので、以下にお話しをさせていただく事柄も、あくまで一つのドラマで

 

 あるとお考えくださいませ。なにしろマンガのお話でございますので。

 

 

 皆さまはデビルマンなるお話をご存知でしょうか?多くの方がご存じないと

 

 思います。昭和という時代に生まれた数々の名作のうちのひとつでございます。

 

 お若い方でしたら名前も知らないという方も多いのではないでしょうか。

 

 タイトルからも察せられる通り、悪魔と人間の物語となっております。

 

 いかにもマンガっぽいなあ、とお思いでしょうがそれがなかなかにそうも

 

 言ってはいられない物語となっております。

 

 ちなみに作者は永井豪先生でございます。他国でもスーパーヒット作となった、

 

 あのマジンガーZの生みの親でもあらせられます。尊敬すべき漫画家かと思い

 

 ます。巨匠でございます。

 

 作品のお話に戻らせて頂きます。以下、ネタバレ注意となっております。

 

 先ほどもお話した通り、デビルマンは人と悪魔の物語となっております。

 

 ですが主人公はそのどちらでもなく、人(不動明)と悪魔(アモン)とが

 

 合体した者でございます。ゆえに作品のタイトルがデビルマンとなっています。

 

 デビルマンは人間を守る為、悪魔たちと命を懸けて戦います。

 

 ですが人間たちは悪魔に体が乗っ取られる事を知り、互いに疑心暗鬼になり、

 

 悪魔狩りなるものを行います。悪魔狩りの名目のもと互いに殺し合う人間たち。

 

 デビルマンは自分以外にも悪魔の体と人間の心を持つ者達がいる事を知り、

 

 デビルマン軍団を結成して必死に戦い続けます。

 

 結果、人間たちは自滅し、デビルマン軍団は守るべき人間を全て失ってしまいます

 

 デビルマン自身も愛する人たちをすべて人間たちの手によって殺され、本当に

 

 守りたかった人たちと死別することに。

 

 デビルマンの戦いは一体何のための戦いだったのか。

 

 人間とは果して、命を掛けて守るに値する存在であったのか。

 

 デビルマンは悪魔として生きるべきだったのか、人として生きるべきだったのか。

 

 デビルマン軍団を率いる者として、デビルマンは戦う意義を失ってしまうのです。

 

 それでもデビルマンが最後に決意した事とは・・・・。

 

 親友・飛鳥了(悪魔王サタン)との決戦でした。

 

 デビルマンである不動明が愛する人たちを失ってもなお決戦に挑むのは何故で

 

 あるのか。人としての復讐か、それとも悪魔としての闘争本能か。

 

 人、悪魔、デビルマン。すべての者たちに終末が訪れます。

 

 あの終末、物語のラストをどのように解釈するのかは読み手に委ねられていると

 

 わたくしは思っておりますので、わたくしの私見を述べさせていただきます。

 

 結局誰も生き残らなかった。 それがわたくしの私見でございます。

 

 すべては大いなる意思の成すことであり、人、悪魔、デビルマンの結末もまた

 

 はじめから決まっていた事だったのではないでしょうか。

 

 あまりにも儚い。すべてが無意味にも思えます。悲劇、惨劇という言葉の範疇を

 

 大きく逸脱していると感じます。

 

 すべての命は神の所有物であるのか・・・。

 

 少なくとも作中ではそのように読み取れる部分もあり、虚しさを禁じえません。

 

 以上が名作デビルマンに対するわたくしの思いでした。

 

 以下、わたくしたちの現実を少し語りたく思います。

 

 わたくしたちの現状を見ますに、終末の時というものは未だ訪れていない、と

 

 言えると思います。第三次世界大戦が勃発するというお話はかなり前からネット

 

 の噂として存在していましたが、なんやかんやで世界の紛争は局地的なものに

 

 抑えられています。

 

 新型コ〇ナも同様でした。お注射を世界の全ての人が打たなければ終わらないと、

 

 どこかのものすごいお金持ちの方が豪語なさっておられましたが、結局そのよう

 

 なことはありませんでした。お注射もマスクもしている方が感染してしまった例

 

 をわたくしも皆さまもご覧になった事と思いますが、それでも世界の人口が10分の

 

 1になるなどという事もありませんでした。

 

 ただ食糧問題についてはわたくしもスーパーでよくお買い物をいたしますので、か

 

 なりの家計簿的ダメージを与えていると言わなければなりません。夕方の半額お弁

 

 当には救われていますが(笑) しかし日本国内では飢餓というほどではないと

 

 思われます。

 

 結論としまして、どこかにいらっしゃる誰かさんは確かに狂っていらっしゃる

 

 ようですが、わたくしたちは決して狂ってなどいません。

 

 皆さま、ご家族の方はいかがでしょう?

 

 ご友人はいかがでしょう?

 

 職場の方々や学校の先輩後輩同級生はいかがでしょう?

 

 正気です。真っ正直です。真っ当な思考を真っ当な行動力に移す素晴らしく

 

 美しい方々ばかりです。

 

 神が、あるいは神々が、あるいは大いなる意思、大宇宙がわたくしたちの

 

 目の前に示してくれているものは一体何でしょうか?

 

 もしも世界が狂ったら・・・。

 

 もしもわたしたちが狂ったら・・・。

 

 もしも何もかもが狂ったら・・・。

 

 何の責任も負えませんし、何の優れた見識も持ち合わせてはおりませんが、

 

 再び私見を述べさせていただきます。

 

 心配ご無用。本日は晴天なり。線路は続くよ、どこまでも。

 

 狂うかどうかはわたくしたちが決める事でありまして、ニュースや世相、お会いし

 

 たこともないどなたかがお決めになる事ではありません。(だったら僕が決める

 

 事でもないんですけどね笑)

 

 アメブロをはじめまして非常に思いますに、こちらは本当に健全な方々ばかりの

 

 文章空間でございます。このようなことも安心して書く事ができます。

 

 わたくしは皆さまに感謝と尊敬の念を抱かずにいられません。

 

 私見ばかりで情報としては欠けらの価値もございませんが、こういう能天気な

 

 人間もいるという事を皆さまにお示しできればと思った次第でございます。

 

 長々と失礼いたしました。

 

 それではまたどこかの文章空間でお会いいたしましょう。ごきげんよう。

 

 皆さま、何やら慌ただしい世相の昨今、いかがお過ごしでしょうか。

 

 わたくしは日々、地球人類の明るい未来を信じて過ごしております。

 

 ですが今回はお気をつけ願いたいと思います。

 

 ネタバレ注意でございます。

 

 銀河鉄道999と銀河鉄道の夜をまだご覧になっていらっしゃらない方は、

 

 閲覧をお控えくださいませ。

 

 以下、ネタバレ注意となります。

 

 

 銀河鉄道999を読まれた方はもう少ないのではないでしょうか?

 

 40年も昔の作品になりますでしょうか。不朽の名作でございます。

 

 たったひとりの肉親である母を理不尽に殺されてしまった少年・鉄郎は

 

 母との約束であった機械の体を得る為、謎の美女メーテルとともに旅立ちます。

 

 さまざまな星に999と共に降り立ち、人々と邂逅し、事件に遭遇し、難局を

 

 乗り越え、鉄郎は成長していきます。

 

 人とは何か? 命とは何か? 運命とは何か? この宇宙とは?

 

 幾多の悲しみや痛快な笑いが折り重なり、遂に999は終着駅へ。

 

 鉄郎は果たして機械の体を得て永遠の命を手に入れたのでしょうか?

 

 わたくしの解釈では、あくまでもわたくしという不勉強者の浅はかな考えと

 

 いたしましては、鉄郎は永遠の命を得た、と思っております。

 

 「そんな描写があの作品の一体どこにある?」

 

  と皆さまはご批判なさる事と思いますが、これはただ単にわたくしの作品に

 

 対する思い入れがなすことでございます。ですので、「わたくしの中では鉄郎は

 

 永遠の命を得た」ということなので、ご容赦願いたく思います。

 

 わたくしの中での、わたくしだけの銀河鉄道999のエピローグという事なのです。

 

 

 それともう一作品、言わずと知れた宮沢賢治先生の名作、銀河鉄道の夜。

 

 こちらももう若い方はお読みにならなくなってしまったのではないでしょうか。

 

 カンパネルラとジョバンニが突如として目の前に現れた銀河鉄道に乗車する、

 

 というお話です。

 

 美しく、幻想的で、どこか悲しく、不思議な銀河の迷宮に迷い込んだかのような

 

 感覚に誘われる描写が続きます。文学作品というだけでなく、アニメーション映画

 

 にもなっておりますので、小説が苦手な方はそちらで是非楽しんでいただきたいと

 

 思います。雰囲気、情緒、イメージなどは原作そのままに味わえると思います。

 

 以上の二作品について簡単に述べさせて頂いたわけですが、ここからがわたくしが

 

 申し上げたいと、ずっーと思っていたことになります。

 

 この二作品ですが、どちらもタイトルに銀河鉄道という言葉がはいります。

 

 時系列ですと宮沢賢治先生の銀河鉄道の夜の方が先に世に出ております。

 

 松本零士先生の銀河鉄道999はその後、ということになります。

 

 この世の中には色々な事を仰る方がいるものでございます。わたくしは時々、

 

 眩暈がするような気になります。

 

 「銀河鉄道999は銀河鉄道の夜のパクリである」

 

 このように主張なさる方をお見掛けしたことがございます。

 

 私見ですが、このふたつの銀河鉄道は、まったくの別物でございます。

 

 ひとつの銀河鉄道は生という夢から、死という夢へと誘う銀河鉄道。

 

 そしてもうひとつの銀河鉄道は生の渇望から、生への祈りへと変遷する銀河鉄道。

 

 銀河と一口に言ってもとても広いものなので、終着駅の違う銀河鉄道があるのは

 

 至極当然の事なのではないでしょうか。

 

 物語を味わえば味わうほどに広い銀河の不思議な旅に引き込まれていく物語です。

 

 是非皆さまにはどちらの銀河鉄道にもご乗車頂きたいと思います。

 

 それではどこかの停車駅にてお会いいたしましょう。さようなら。

 

 皆さま、おはようございます。本日は雨上がりの晴天となってございます。

 

 最近めっきり暑い日が増えておりまして、わたくしは汗っかきでございますので、

 

 困った季節がまたやって来たものだとおもっております。

 

 皆さまはクーラー派でしょうか?それとも扇風機派でしょうか?

 

 わたくしは耐えられる限りは扇風機で過ごしております。

 

 人の体とは不思議なもので、不自然な事をすればするほど不調となっていくもので

 

 ございます。その中でも冷房は最たるものであると、わたくしは色々な情報から

 

 判断したのでございます。

 

 わたくしはよく人から「体ごっついね」「筋肉すごいね」「力持ちだね」などと

 

 お褒めの言葉をいただきますが、その裏を返せば「ちょっと太ってない?」という

 

 おそろしい評価をいただいているのでございます。まことに皆さまのご忠告ありが

 

 たく思います。

 

 体重が平均よりも多いのは隠しようもございません。ちょっとだけお腹も出ており

 

 ます。ですので、暑がりでございます。本当はクーラーが大好きでございます。

 

 しかしわたくしは寝る時には足を出して寝る癖がございます。そのスタイルのま

 

 まで寝ますと、朝には冷え冷えの足が出来上がっております。

 

 脚というものがどれだけ大切なものか、陸上競技出身でない方々にもお分かり

 

 頂けるかと思います。人体の多くの筋肉が脚にございます。血液ももちろんたくさ

 

 ん流れます。血液がたくさん流れてくれないことには健康はままなりません。

 

 足が冷えるとは、体の不調につながる事かと思います。

 

 きちんと血液が流れてこそ、免疫が保たれ、関節が修復され、エネルギーが運ば

 

 れ、元気に体が動くものでございます。

 

 ですのでなるべくクーラーではなく扇風機で涼をとっているのでございます。

 

 扇風機、お好きですか?わたくしは大好きです。

 

 何と言いましょうか、風流なものを感じます。

 

 昭和の感覚でしょうか?わたくしはアナログな者でございます。

 

 風がお肌の熱を吹き消してくれるあの感覚がたまりません。お風呂上りなどは

 

 まさに至福のひと時なのです。勢い余ってお腹が冷えてしまいます。

 

 お肌が冷え冷えになるまで扇風機の風を全身で受け止める、などという事も

 

 しばしばございます。お風呂上がりのお肌が風に冷やされて「ひたひた」な

 

 感触になりますと、まるで美肌にでもなったかのような錯覚に陥ります。

 

 蛇足ではございますが、わたくしは十代の頃、扇風機の設定を弱にして、回転す

 

 る羽に人差し指を強引に突っ込んで止めるということをよくやっておりました。

 

 人差し指一本で敵を倒す、という漫画・アニメが流行りまして、その影響でご

 

 ざいました。うまくやれば痛くもないのでケ〇シロウに近づけた気がいたしまし

 

 た。強さに憧れる純真な少年でございました。

 

 あぁ、扇風機。諸刃の剣でございます。風が顔に当たったまま寝てしまえば

 

 翌朝には喉がガラガラになってしまいます。

 

 クーラーも大好きですが、今年も粘れるだけ粘って、扇風機さんと風流な

 

 季節を過ごそうと思う次第でございます。

 

 それではまた涼しい風とともにお会いいたしましょう。さようなら。

 

 ここしばらく暇に飽かせて昔の事を思い返したりしています。

 

 昔と言って何年前のことでしょうか。20年?30年?

 

 わたくしが若かった日々。それはもう山を駆け回る猿のように生きておりました。

 

 まったくのその日暮らし。自由気まま、好き勝手のし放題。

 

 まともなお仕事に就く事など一度も考えた事はありませんでしたし、財布に入って

 

 いるお金が5000円もあればそれでいいと、本気で思っていました。

 

 そんな暮らしをして、周りからは何か言われはしなかったでしょうか?

 

 はい、何も言われませんでした。わたくしの周りにはわたくしと似たようなその日

 

 暮らし人間ばかりがおりまして、みんなで少し仕事をして、少しお金が出来たら、

 

 どこか知らない飲み屋さんになだれ込み、気の済むまで飲んで猥談に花を咲かせ、

 

 天下を語り合ったものでした。

 

 今にして思えばあれはあれで楽しい日々だったのでしょう。思い起こしてみても

 

 何も悪い気はいたしません。悪い酒ではなかったのでしょう。あまりよく思い出せ   

 

 ませんが、不味い酒など飲んだ記憶がありません。

 

 そういえばその中の友人が女性に逃げられたという事件がありました。

 

 事件と言っても別に珍しくもない、よくある話なのですが、当時はみんなで大笑い

 

 いたしました。

 

 同棲していたらしいのですが、彼が仕事から帰ってみると、カノジョの荷物と

 

 家電が無くなっていたそうです。頭の中は真っ白。しかし1時間後には何もかもが

 

 理解できて、「はあ、来月の家賃。どうやって払おうか」と考えていたそうです。

 

 彼の稼ぎだけでは家賃が払えず、急いで就職することに。

 

 倉庫作業が得意な彼は少しの間お世話になった事のある会社に無事入社。

 

 あまり好きな仕事ではないものの、背に腹は代えられず頑張っていたそうです。

 

 その彼が今どうしているのかは分かりません。他のみんなも色々な所に散って

 

 いきました。多分、みんなそれなりに元気にやっていることでしょう。とても

 

 たくましい奴らばかりなので。わたくしは欠片も心配しておりません。

 

 彼らもわたくしと同じく昔を思い出すことがあるのでしょうか。

 

 あの早朝から夕方まで汗にまみれた仕事を。

 

 まるでTシャツを買い替えるような安っぽい恋を。

 

 同じテーマの猥談で笑い転げたあの酒を。

 

 そうであってくれればいいと思います。

 

 過ぎ去りし日はわたくしにとって故郷でありました。

 

 若き日ではございません。今でもあの日々がわたくしを励ましてくれています。

 

 今もまだ、わたくしはこうして生きています。

 

 彼らと再会することもあるかもしれません。

 

 なあ、諸君。あの頃よりも多少太ったが、俺はまだまだ元気だぞ?

 

 俺も君たちもよく頑張ったな。

 

 素晴らしい。乾杯。俺達のざっくばらんな人生に、乾杯。

 

 皆さまも飲み過ぎと体重増加には十分お気をつけくださいませ。

 

 またお会いいたしましょう。さようなら。