「我々犬の死期の話に戻ろうじゃないか」

 アッチは居並ぶ幹部たちひとりひとりを見渡した。全員が額をアッチに向けていた。私はどうすべきかと一瞬迷ったが、マダラが探るような視線を送ってきたので同じようにするしかなかった。彼の凶暴さは健在だった。

 アッチは私が額を向けるのを確認してから言った。

「諸君、私もいたずらに同胞たちを困惑させようというわけではないのだよ。しかし、しかしだ。今、我らの愛すべき仲間が死んでいるのは事実だ。これに対しては我々として、つまり同胞委員会の総意として正式な見解を示さなければならない。そうすべきだ。それが出来なくて何の為の同胞委員会だね?え?同胞たちに進むべき道を示すことこそが、我々の使命ではないかね?」

 オウ、オウ、オ、と幹部たちが吠えて同意した。私は同胞委員会という名称をはじめて聞いた。凄まじい嫌悪感が私の内から沸き上がり、私の耳がぴくぴくと震えた。ソフト帽を被っていなければそれを他の犬に見られたことだろう。我々犬は人間のように室内に入ったからといって帽子を脱ぐ習慣はなかった。私は犬と人との違いに感謝しないわけにいかなかった。

 だがマダラは私の反骨心を見逃しはしなかった。やはり彼は未だに私を敵対視しているらしかった。

「同志ジョン・ムライ。なにか意見があるのか?」

 マダラが言うと幹部たち全員が私を見た。彼らの尖った目は、犬の目とは思えなかった。私は慎重に言葉を選ばざるを得なかった。

「同胞たちを納得させるには根拠が必要だと思う。ただ単に我々犬の死期が、冬の終わりではなくなった、と言うだけでは先ほど同志アッチが指摘した通り、同胞たちをいたずらに動揺させてしまう。それは我々が望むことではないのでは?」

 私は幹部たちに一瞬でも犬らしい思慮深さを取り戻してほしかった。しかしもう同胞委員会とやらの支配を幹部連中が受け入れている事は明白だった。そして彼らは私にもそれを受け入れる事を求めていた。犬の自由はどこに行った?本当に私が主張したかったのはそれだった。

「動揺ではなく困惑だ、同志ジョン・ムライ」

 マダラはそう言って体をかいた。シャツのボタンがひとつ飛んだ。派手な柄のシャツだった。何か意味ありげな仕草だったが私にはいまいち分からなかった。何にせよ彼の派手なシャツは悪趣味だと思った。

「これは失礼、困惑だったな」

「気をつけてくれよ、同志ジョン・ムライ」

「ああ、同志マダラ」

 マダラは私が決定的な事を言うのを待っていた。つまり、恭順か離反、どちらを選択するかを待っていた。私は彼をはじめて昔の彼とは違うのだと思った。「マダラの喧嘩は猫の喧嘩」とは昔よく北番場流通団地の界隈で言われたものだった。今では私に言葉に気をつけろと言っている。彼に少なからず興味が湧いたが私の方から話しかけるわけにはいかなかった。彼がどれだけ危険な犬であるか私はよく知っていた。

 アッチが二本目の煙草に火をつけて言った。

「ジョン。真摯な意見をありがとう。君の言った事はもっともな事だ。我々は同胞たちを動揺も困惑もさせてはならん。ここまで育んできた我々の社会を今ここで停滞させてはならんのだ。諸君、分かるかね?問題の本質が。我々は理解させねばならんのだよ。同胞たちに。それに加え、人間たちにもだ」

 何故ここで人間たちの事が出て来るのか?私はおぼろげながらアッチの考えが分かるような気がしてきた。おそろしい事だが、彼はつまり、人間たちに挑戦したいのだ。この同胞委員会とかいう人間の真似事倶楽部を利用して、自分が偉大なボスであることを犬と人間の両方に示したいのだ。

 あまりにおそろいい予測だが私には大きく的を外れているようには到底思えなかった。それは彼の煙草を吸う口から滴る涎を見れば、誰の目にも明らかであるように思えた。少なくとも私には。