皆さま、何やら慌ただしい世相の昨今、いかがお過ごしでしょうか。

 

 わたくしは日々、地球人類の明るい未来を信じて過ごしております。

 

 ですが今回はお気をつけ願いたいと思います。

 

 ネタバレ注意でございます。

 

 銀河鉄道999と銀河鉄道の夜をまだご覧になっていらっしゃらない方は、

 

 閲覧をお控えくださいませ。

 

 以下、ネタバレ注意となります。

 

 

 銀河鉄道999を読まれた方はもう少ないのではないでしょうか?

 

 40年も昔の作品になりますでしょうか。不朽の名作でございます。

 

 たったひとりの肉親である母を理不尽に殺されてしまった少年・鉄郎は

 

 母との約束であった機械の体を得る為、謎の美女メーテルとともに旅立ちます。

 

 さまざまな星に999と共に降り立ち、人々と邂逅し、事件に遭遇し、難局を

 

 乗り越え、鉄郎は成長していきます。

 

 人とは何か? 命とは何か? 運命とは何か? この宇宙とは?

 

 幾多の悲しみや痛快な笑いが折り重なり、遂に999は終着駅へ。

 

 鉄郎は果たして機械の体を得て永遠の命を手に入れたのでしょうか?

 

 わたくしの解釈では、あくまでもわたくしという不勉強者の浅はかな考えと

 

 いたしましては、鉄郎は永遠の命を得た、と思っております。

 

 「そんな描写があの作品の一体どこにある?」

 

  と皆さまはご批判なさる事と思いますが、これはただ単にわたくしの作品に

 

 対する思い入れがなすことでございます。ですので、「わたくしの中では鉄郎は

 

 永遠の命を得た」ということなので、ご容赦願いたく思います。

 

 わたくしの中での、わたくしだけの銀河鉄道999のエピローグという事なのです。

 

 

 それともう一作品、言わずと知れた宮沢賢治先生の名作、銀河鉄道の夜。

 

 こちらももう若い方はお読みにならなくなってしまったのではないでしょうか。

 

 カンパネルラとジョバンニが突如として目の前に現れた銀河鉄道に乗車する、

 

 というお話です。

 

 美しく、幻想的で、どこか悲しく、不思議な銀河の迷宮に迷い込んだかのような

 

 感覚に誘われる描写が続きます。文学作品というだけでなく、アニメーション映画

 

 にもなっておりますので、小説が苦手な方はそちらで是非楽しんでいただきたいと

 

 思います。雰囲気、情緒、イメージなどは原作そのままに味わえると思います。

 

 以上の二作品について簡単に述べさせて頂いたわけですが、ここからがわたくしが

 

 申し上げたいと、ずっーと思っていたことになります。

 

 この二作品ですが、どちらもタイトルに銀河鉄道という言葉がはいります。

 

 時系列ですと宮沢賢治先生の銀河鉄道の夜の方が先に世に出ております。

 

 松本零士先生の銀河鉄道999はその後、ということになります。

 

 この世の中には色々な事を仰る方がいるものでございます。わたくしは時々、

 

 眩暈がするような気になります。

 

 「銀河鉄道999は銀河鉄道の夜のパクリである」

 

 このように主張なさる方をお見掛けしたことがございます。

 

 私見ですが、このふたつの銀河鉄道は、まったくの別物でございます。

 

 ひとつの銀河鉄道は生という夢から、死という夢へと誘う銀河鉄道。

 

 そしてもうひとつの銀河鉄道は生の渇望から、生への祈りへと変遷する銀河鉄道。

 

 銀河と一口に言ってもとても広いものなので、終着駅の違う銀河鉄道があるのは

 

 至極当然の事なのではないでしょうか。

 

 物語を味わえば味わうほどに広い銀河の不思議な旅に引き込まれていく物語です。

 

 是非皆さまにはどちらの銀河鉄道にもご乗車頂きたいと思います。

 

 それではどこかの停車駅にてお会いいたしましょう。さようなら。