好きなどという感情は全くない。自分が売れるためには、どうしてもこの男を利用しなくてはならない。
自分でも最初は吐き気がするほど嫌だったが、時間が経過するに連れ、それもなくなった。30半ばを過ぎた中年。
男の名前は福元。
天は二物を与えずというが、音楽プロデューサーとしての才能をこの男から取り除いたら、どこにでもいる中年オヤジ。かれこれ1年以上になるだろうか。最初は食事だけの付き合いだったのが、いつしか福元の家に寝泊りするようになった。
人間慣れればなんでもできるものかもしれない。星子は最近の自分に戸惑いを覚えながらも、どこか日常の「異常」が「通常」に変わる様を当然の事と捕らえ始めるようになった。
「今日も泊まっていい??」
これが自分の声かと思うほど、別の声色で福元に問いかける。女優顔負けの演技力に、内心は苦笑している自分がいる。
スターとして生き残るには、、この思いは、常人には理解できないもの。
男性歌手とは違い、女性歌手は年齢を重ねる事に自分の商品価値が薄らいでいく。星子はそう考えている。悔しいけれど、本山星子という商品は福元の力なしでは生き残っていけないと自覚している。
『作詞 本山星子 作曲 福元博之』
このコンビでリリースすれば、必ず売れる。今はその絶頂にあるといってよい。この男と組み始めて数年が経つ。人間としては最低でも、作曲家としての福元と手を切ることはできない。何度も福元とは縁を切ろうかと考えた。
しかし、星子は痛いくらいに曲の大切さをわかっている。どんなに素晴らしい詞をかけても、それを彩るメロディーと楽曲がなければ無為なものになってしまうのだ。特に昨今の業界は、詞よりもメロディーを重視する風潮がある。
極端に言えば、メロディーさえよければ何でも良い。そんな流れになっていることを否めない。
「自分のピークは少なくとも、あと3,4年で過ぎてしまう」
そう考えたのは2年ほど前から。デビュー前とは180度考え方も変わった。一度スターの階段を駆け上ってしまうと、良い意味も悪い意味も含めて、変わってしまうものなのかもしれない。少なくとも星子は、何かを失ったとは思っていない。変わったのだ。肯定的に考えなければ、この忙しい日常を到底乗り切ることはできない。
リリースする楽曲はすべてミリオンを越え、ファンレターの数も数え切れない。分単位のスケジュールは、ときに生きてる心地もしないけれど、確実に今、自分は世の中で最も注目される存在。なくてはならない存在であり、人間なのだ、と感じる。
しかしその裏側には常に5年後の落ちぶれた自分が見える。悪夢にうなされ、夜中に飛び起きることも少なくない。そんな不安がプロデューサーとの密会を加速させ、より深いものにさせていった。
こうして今も、目の前の中年プロデューサーを前にして、必死に自分を売り込んでいる。そう、売り込んでいるのだ。
私を絶対見捨てないで。そんなかわいい言葉では片付かない、しがみつくような思いが星子の行動を支配していた。今ここで脱落するわけにはいかない。
「たまには一人にしてくれよ~」
福元がどこか誇らしげに呟く。星子を自分のものにしている、とでも思っているのだろう。
「いいじゃない。それとも他の女の子と約束でもあるの?」
「今日はないよ、今日はね」
少し含んだ言い方が癇に障る。思いっきり殴ってやりたい心境でも、決して顔には表さない。今はこの男が必要なのだ。
そんな二人の間に割ってはいるように、激しいノックの音と共に男が滑り込んできた。
「失礼します!!」
星子のマネージャーの清水である。よほど急いできたのか、呼吸が乱れている。顔面蒼白になり、星子とプロデューサーを交互に凝視している。星子は何かある、と直感した。
「た、た、大変なことがっ!これからCD発売っていう大切な時期に困るんですよ!」
と、星子もよく見る女性誌を広げながらプロデューサーに抗議し始めた。そのページには、『本山星子 熱愛発覚!』の見出しで、星子と福元が仲良くホテルから出る写真を掲載している。
「誰だ、これを撮ったのは!!」
福元が我を忘れて怒鳴りつける。清水も苛立ちを隠せない。彼にとって星子は大事な商品。それを傷つけた福元に激しい怒りを見せているのだ。
事の重大さを理解し始めたのか、福元も俄かに青ざめていくのがわかった。しかし、すぐに苦虫を噛み潰したかのような表情に変わり、所狭しと歩きはじめた。星子の身を案じているのではなく、自分の今後に影響するとでも思っているのか。
星子は、内心今後の影響を思案するものの、なぜか第3者のような気持ちで冷静にその場を見つめていた。自分のおかれた状況よりも、福元が慌てふためく姿がどこか心地よい。これからの対応に追われる清水にとっては申し訳ない話だが、いつかこうなることはわかっていた気がする。わかっていても、止められなかった。売れるためには。
落ち着かない福元を睨みつけ、清水は言葉を浴びせる。
「どうしてくれるんですか?福元プロデューサー!」
福元は、あたかも清水がここにいないかのように無視している。
清水は吐き捨てるように、
「これ撮ったの、、麻生真己っていう、しょうもないカメラマンですよ」
と言った。
「麻生真己・・・」
星子はその名前を聞いて驚いた。星子の知っているあの麻生真己なのか。いや、そんなはずはない。もう何年も連絡はとっていないし、自分の知っている真己はそんな人間ではない。しかし、、、
携帯を握り締め、星子はその場から立ち去った。




