第八話 ② | 小説・混雨 【まじりあめ】

小説・混雨 【まじりあめ】

学生時代に制作した映画の小説。カナダ・バンクーバーを舞台にしたストーリー。

太郎は危うく買ったばかりのコーヒーを落としそうになった。

なんだって??本山星子???

一瞬太郎は耳を疑った。本山星子。太郎が探している圭介の友人の一人だ。スターバックスに入り、今度は失敗しないようキャラメルマッキャートというコーヒーをオーダーし、一口飲んだところで隣の席から聞こえてきたのである。

「いいよなあ、本山星子。たまんねえなあ」

薄すらひげの剃り残しが目立つオタクそうな青年が友人らしき青年とTIME誌を覗きながら話していた。その表紙には20代前半ぐらいの女性が乗っており、Behind the success - Hoshiko Motoyamaとある。

圭介が言っていたあの星子だろうか。歌手になりたいと言っていたみたいだが、、

それが太郎の探す星子かどうかはわからない。眉毛の上にあるホクロが印象的なその女性は、涼しげな微笑を浮かべている。

年上のようにも見えるが、実際の歳よりも精一杯スターになるために背伸びをしているようにも見える。歳の頃は太郎とさほど変わらないのではないだろうか。

もしそれが太郎の探している圭介の友人であれば、星子は立派に夢を叶えたことになる。TIMEの表紙を飾るほどの歌手であれば、立派な国民的スターなのであろう。昔から芸能関係に疎い太郎ではあったが、1年半の獄中生活で更に世間の事情に疎くなっている。


青年が置き忘れていったTIME誌を引き寄せると、星子の記事を探した。そこには星子がこれまで渡ってきた軌跡が記されていたが、どこにもネルソンの文字は見当たらない。しかも、不自然なことに幼い頃の経歴だけが触れられていない。まるで意図的に操作されているとしか太郎には思えなかった。


話の大筋は星子がバンクーバーに出てきてからの苦労などが書かれていた。昨年のグラミー賞受賞をきっかけに、どんどん名を上げてきたようだ。今最も注目される若手女性シンガーとある。最後のプロフィールを見てみると、Birth Placeの欄にはCanadaとしか記されていない。

これは確かめてみる必要があるかもしれねえなあ

普通の人が読んでみたら何の変哲も無い成功体験話だが、太郎にはあえて幼い頃の話を隠しているように思えた。確かにネルソンのイメージはあまり良くはない。名も無い小さな寒村が、ドラック密輸でその名を世間に轟かせてしまったのである。しかし、それ以上に太郎には何か違和感を感じさせるものがあった。

とにかくこれだけのスターなら会えるかどうかわからねえが、努力はしてみるか。

太郎は改めて星子の記事を一から読み始めた。