第十一話 ① | 小説・混雨 【まじりあめ】

小説・混雨 【まじりあめ】

学生時代に制作した映画の小説。カナダ・バンクーバーを舞台にしたストーリー。

「鉄男!!こい」

「なんですか、巌さん」

「太郎が、、、出てきたらしい。お前行ってちょっと確かめてこい。鍵は失くしちゃあいねえだろうから」

「はい、わかりました」

鉄男は小走りで出て行った。ロンズデールの一角にあるアパート。巌は真っ暗な部屋の中で、煙草の煙の行方を目で追っている。太郎が出てきたという情報は、いち早く知っていた。

太郎がどうなったのか、自分のことを恨んでいるのか。そんなことはどうでもいいことだと思っている。巌が必要なのは鍵の行方、だけだ。太郎が捕まった2年前に売りさばいていれば相当な大金になったはずが、警察の介入によりお預けとなった。太郎が素直に渡すとは思えない。しかし太郎ひとりでは何もできないはずだ。

「面白くなりそうだ」

巌は煙草を空き缶に押し付け、ソファーに深く身を沈めた。

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軽快に流れるヒップホップに体でリズムをとりながら、太郎は出所してからの何日間を思い出していた。

本来、星子に渡すつもりのテープが、その場の雰囲気で茶子に渡すことになった。予期せぬ展開だったが、今ではよかったのかもしれないと思い始めている。

今後は茶子を円の中心として、新しいストーリーが描けるかもしれない。あるいは、テープをもらった茶子が、あの曲をきっかけに独自で動き始めるかもしれない。実際、茶子には偶然遭遇できたが、ほかの面々に会うきっかけどころか、その居場所すらつかめていないのが現実だ。星子に再度面会を求めたところで断られるのが関の山。

とりあえず、茶子に電話してみるか、、

太郎が携帯を手にした瞬間、けたたましく携帯が着信をつげ、危うく落としそうになった。

「はい」

「もしもし、太郎さんですか?」

聞いたこともない男の声だった。車が走っている音が聞こえてくる。相手も携帯からかけているのだろう。

「俺、鉄男って言うんですけど、今太郎さんの家の前にいるんで、ちょっと話できないですか?」

鉄男なんて名前に記憶はない。

しかし、相手はどうやら自分のことを知っているような口ぶりだ。声色から、普通のおとなしい青年とは思えない、どこか太郎と同じようなバックグラウンドを持った雰囲気がある。ようするに、どうしようもない悪といった感じだ。


太郎は立ち上がり、窓のブラインドを上げて前の道路を確認した。外に一台白い旧車が止まっている。そこにいる男がこちらを確認したのか、右手を挙げて合図しているのが見える。やはり太郎の記憶にない男だった。ニット帽を深くかぶり、こちらに鋭い視線をぶつけている。


太郎は電話を切り、家の外へ出た。

「こんにちわ、太郎さん。今日は大事な話あってきました」

申し合わせたように、鉄男という男が近づいてくる。顔は白く、角ばっていて、太郎よりも少し身長が高いぐらいだろうか。やけに鋭い目つきが気になる男だ。こういうタイプの男は、太郎の経験からすると、喧嘩の時に真っ先に手を出す鉄砲玉のような存在だろう。考えるよりも先に行動する厄介な部類の人間である。

「あの~、あんたが誰だかしらないけど、俺、あんまあんたみたいな連中と関わりたくないんで、、、。ごめんなさい、それじゃあ」

太郎はそういうと、すぐに踵を返して家へと向かう。こういう人間と関わってもろくなことがない。

相手が何のために来たのか気になるが、逃げるのが得策だ。そんな太郎の行動を見透かしたように、鉄男は声をかけてきた。

「太郎さん、もってますよね?鍵」

一瞬にして頭に血が昇ったのがわかる。鉄男の一言ですべて納得した。こいつの目的は、あの鍵だ。

「お前さ~、誰だか知らねえけど、人のことにいちいち口だすな」

太郎は鉄男の頭を抑えつけ、後ろへ突き飛ばすと、動揺を隠すように急いで家へと足を向けた。
なんであいつが鍵のことを知っているのか。入所から今まで一度たりとも鍵のことは忘れていない。あの日のこと。裏切り。頭の隅に追いやっていたことを、鉄男に無理やり引き出されたことに抑えきれない苛立ちを感じる。動悸が早くなっているのがわかる。

「巌のヤロウか」

まさかここまで早く居場所を突き止められるとは思ってもいなかった。圭介のためにやらなければならない大事な仕事を前に、横槍を刺された格好になる。太郎の過去は、未だ未解決の状態なのだ。
太郎は部屋に戻ると、感情を押し殺すようにCDのボリュームを上げ、窓の外を見た。すでにそこに鉄男の影はない。

これは一筋縄ではいかないかもしれないな。

入所してからの数年の間に、変わったものもあれば変わらなかったものも確実にあったのだ。一度どこかで決着はつけなければならないだろう。
鉄男という男は既に太郎の家も、携帯の番号も知っている。今日の様子を今頃巌に報告しているはずだ。先手を打つか、次の奴等の出方を伺うか。外を見上げるとどんよりとした厚い雨雲が空いっぱいに居座っている。


太郎は釈然としないまま、薄暗い部屋でもてあましている。今後の行動、茶子との出会い、圭介との約束、、、、。
考えることは山ほどあるのだが、先日突然押しかけてきた男のことが気にかかっている。

確か、、鉄男とか言ってたな、、。俺がいた頃にはあんな奴いなかったはずだが、、。

気にすることもないのだが、予期せぬところから水を差された気がして、太郎の心に重く圧し掛かっている。不安とはちょっと違う、
後味の悪い料理を口にしたような気持ちだ。

「まあ、なるようになるさ」

そうつぶやいたものの、何かすっきりしないのが腹立たしい。太郎は机の上にあった女性誌を取り上げ、おもむろにページをめくり始めた。
芸能人のスキャンダル、政治ネタ、ダイエット法、、、どれもこれもくだらない。ページをめくるのも億劫になるぐらい、どうでもいい話題ばかりをとりあげ、人の揚げ足をとるような内容が太郎の気分をますます不快にさせる。

「くだらねえ」

太郎は雑誌を机に投げ捨て、煙草に火をつけた。一つ大きく煙を吐き出し、何気なく辺りを見回したが、ここは姉のアパート。これといって何もないのは重々承知しているのだが、手持ち無沙汰なこの状況を打開する何かを無意識に探していた。
机の上には先ほどの女性誌と灰皿、飲み干したビールの缶が散乱している。

「ん?!」

先ほどは全く気にも留めなかった女性誌の表紙に、本山星子の名前が大きく出ている。

『本山星子 熱愛発覚!!』

太郎は灰皿へ煙草をねじ込み、はやる心を抑えつつ、目的のページを探した。