第十話 ② | 小説・混雨 【まじりあめ】

小説・混雨 【まじりあめ】

学生時代に制作した映画の小説。カナダ・バンクーバーを舞台にしたストーリー。

事務所ビルを出て、大通りを歩き始めたところに一人の男が声をかけてきた。

「星子に会えた?」

先ほど受け付けで会った男である。この男はずっと待っていたのだろうか。改めて茶子はこの男をまじまじと観察した。どうみても怪しい男である。

「ちょっとその辺で何か飲まない?」

男は茶子に問いかけた。既に男の手には2本の缶コーヒーが用意されている。いつもであれば当然断る茶子も、意気消沈とした今の気持ちを誰かに吐きたかったのか、ついOKしてしまった。West Gerogia St.の木陰に腰掛け、男は茶子にもってた缶コーヒーを手渡した。

「茶子ちゃんって言うんだ~」

と男は言った。茶子は、なんでこの男が自分の名前を知っているのだろう、とますますこの男を不審に思い始めた。確か、受付でも名前など言っていないはずである。そんな茶子の様子を察したのか、男は慌てながら

「ごめん、茶子ちゃんと星子の会話、裏の窓から盗み聞きしてたんだよね」

と言った。盗み聞きという行為を全く悪いと思っていない様子である。ずっと優等生で育ってきた茶子には考えられない行動だ。

「俺、太郎。星子の元彼。最近まで付き合ってたんだけど」

と男は言った。本当か嘘かはわからない。しかし、事務所であれだけ粘っていたことを思うと、なんらか関係があるのだろう。この人は自分の知らない星子を知っているかもしれない。茶子はかすかな期待を持って男の言葉を待った。

「茶子ちゃん、カフェ開くんだって?星子とは昔からの友達だったの?」

「うん、今度ようやくオープンするの。昔からの夢。星子ちゃんとは幼馴染なんだけど。ネルソンって知ってる?オカナガンよりさらに奥に行ったところにある小さい街なんだけどね。」

と茶子は話し始めた。

「私と星子ちゃんはそこで生まれて、共に過ごしたの。私と星子ちゃん以外にも数人同じような友達がいて。それで、みんなで約束したんだ。いつかみんなでネルソンに帰ってきて、この街を大きくしようって。その時私はカフェを作るのが夢で。みんながネルソンに戻ってきた時に、いつでも集まれる場所を作りたかった。星子ちゃんは、昔から歌がうまかったの。歌手になるのが夢で、、、。ずっと歌ってた。形は違うけど、、星子ちゃんは夢を叶えたんだよね。ネルソンに戻る、戻らないは別としても、星子ちゃんは夢を叶えた。これでいいんだよね。」

半ば自分を説得するように、茶子は星子の夢を太郎に伝えた。初対面の人に何をべらべら喋ってるんだろうと後悔もしたが、茶子はこのやりきれない気持ちを誰かに聞いてもらいたくて仕方なかった。

「でも、あいつなんか変わったよなあ。昔はあんなんじゃなかったのになあ」

茶子は、太郎の知っている星子はどんな人なのか聞きたかったのだが、それを聞いたところで何かが変わるわけでもない。それに初対面の太郎に向かって友人の過去を聞くほどの勇気を持ち合わせていなかった。

「あ、そうだ、これ」

太郎はそういいながら、ポケットの中からカセットテープを1つ取り出し、茶子に渡した。

「これ、昔よく星子が歌ってた曲なんだけどさ。今日、あいつに渡そうと思って渡せなかったから、、、あげる。茶子ちゃん聞いてみてよ。これ聞けば元気が出ると思うからさ」

茶子は断るわけにもいかず、そのテープを受け取った。中に何が入っているかはわからない。

「そろそろバスの時間でしょ。バス停まで送っていくよ」

太郎はそういうと、バス停へ向かって歩き始めた。茶子もそのあとを続き、バス停へと向かった。

West Georgia を進み、Barrardに出たところで太郎と別れた。こうして話をした後も、結局太郎が何者なのかわからなかったが、不思議と悪い気はしなかった。

昔の仲間達に似た雰囲気を持っているのかもしれない。ふと、残りの仲間達の顔を思い浮かべる。圭介や真己、伊佑や逸平は何をしているんだろう。この同じ空の下で、何を思って生きているのだろうか。星子から感じた変化というものを、皆一様に持ち合わせているのだろうか。

誰もいないバス停に座り、茶子は先ほど太郎からもらったテープをウォークマンにセットした。キュルキュルっと音を立てながらカセットが回りだす。雪姉さんが使っていたこのウォークマンも、今ではすっかり年季が入り、至るところが変色している。雪姉さんの使っていたものなので、いつまでも手放せなかった。今回も、ネルソンからの長旅を支えてくれた大事な友である。

曲のイントロが流れ出し、その音色が耳に入ると茶子は思わず立ち上がった。

寒気のようなものが全身を走るのがわかる。なんとも言えない奇妙な懐かしさがこみ上げてくる。ウォークマンから流れてきた歌は、紛れもなくあの歌だった。そう、あの歌。なぜこの歌を、、。星子ちゃんがよく歌ってた歌って、、。


茶子はバス停を飛び出し、あたりを探したが、既に太郎の姿はそこになかった。