星子の所属事務所Roughcrew.incはW.Georgia stとHowe stの交差にあるこじんまりとしたオフィスだった。この辺りがVancouverのオフィス街にあたる。ロブソン辺りを歩けば、ガイドブックを持った観光客や、お洒落なカナディアンが颯爽と歩いているが、この辺りはスーツを着たサラリーマンが目立つ、比較的地味なエリアである。
茶子は星子の住所を知らない。唯一わかるのは所属事務所と事務所の場所だけだった。芸能関連に疎い茶子でも、所属事務所に行って会えるなどとは思っていない。そもそも星子が事務所に来るのかどうかもわからないし、実際星子はこの辺りを歩いている会社勤めのサラリーマンとは違うのだ。茶子は自分でも愚かだと思うのだが、自分がネルソンの頃からの友人だと伝えれば、手がかりぐらいは教えてくれるのかもしれないという期待があった。茶子は勇気を振り絞り、オフィスの入り口へと向かった。
入り口の前までたどり着くと、勢い良くドアが開き、一人の若い男が転げだしてきた。
「いてぇ!!いて~よー!」
茶子の前で腕を押さえ、男がもがいている。しかし、どうやら本当に痛そうではない。演技のように見える。
ドアの向こうでは、受付嬢が凄い形相で男を睨んでいた。
「大丈夫ですか?」
何があったかはわからないが、茶子はとりあえず声をかけた。いかにも悪そうな様相の男だが、不思議と怖さは感じられない。
「あんた誰?事務所の人?」
男はぶっきらぼうに質問した。やはり腕は痛くないようだ。
「違います、、、私、、、星子ちゃんの昔の友達で、、、ここに来たら会えるかな、と思って、、」
見ず知らずの人に何言ってるんだろう、と思いながらも、茶子はここに来た理由を男に話した。
「まじで!?星子の友達??そりゃあいい!行こう行こう!」
男は茶子の腕を掴んで歩き出し、茶子は何がなんだかわからないまま、事務所に引きずられるように入っていった。
「よお!また来たぜ!」
男は受付嬢に声をかけた。
「またあんた、、いい加減にしてください!」
受付嬢が怒気を発しているのがありありと伝わってくる。この口ぶりからすると、男は茶子が来る前に受付で一悶着起こしたようだ。
「いやぁ~違うんだよ、この子がさ、星子の友達なんだ。だから星子呼んでよ、ね、ほら」
男は得意げに話している。男が受付と話をしている間、茶子は事務所をざっと見回した。こじんまりとしたオフィスは、受付に立っただけで事務所の様子がうかがえる。4,5名しか社員がいないようだ。神経質そうなマネージャーらしき男性が、新人のタレントらしき女性にぶつぶつと小言を言っているのが聞こえる。茶子がはじめて見る世界だ。
「あなたはどういうご用件で?」
突然、眉間に皺を寄せながら、受付嬢が茶子に聞いた。
茶子はそれまでの会話を全く聞いていなかったので、突然の質問に怯んでしまいそうだったが、勇気を振り絞って答えた。
「私、星子ちゃんとは、、ネルソンの頃からの友達なんです、、、」
「ネルソン??」
明らかに受付嬢の顔に動揺の色が走ったのがわかった。事務所の奥にいる、偉そうな男性も振り向いた。
何かある、茶子は直感的に反応し、たたみかけるように言葉を重ねた。
「私、星子ちゃんの幼馴染なんです。今回、大事な用が会ってきたんですが、星子ちゃんに会えないでしょうか。」
「少々、お待ちください、、、」
受付嬢は助けを求めるように、奥へと下がっていった。
受付嬢の様子から、星子が今この事務所に滞在しているような気がした。そして、ネルソンという言葉に触れてはいけないような雰囲気を感じる。なぜだろうか。これも、茶子が恐れていた星子の変化なのだろうか。茶子は、星子に会えるかもしれないという期待と、触れてはいけない物に触れようとしているような不思議な感覚に苛まれながら、事務所の返答を待った。