そう
まるで あなたは空で 私は海
違う鼓動で見つめあう 
Separate Blue


あと数ヶ月でこの部屋から出てゆく。
少しずつ荷物を片付けなくては。

なかなか重い腰が上がらず昨夜やっとはじめたのだが、
今はもうすでに日は高く上り、カーテン越しの鈍い光が
ぼんやりと目に映った。

「ふう・・・。」
私は大きなため息をついて思い切り腕を伸ばした。
ひとりで住んでいた小さなこの部屋の、どこにこんなに
モノがあったのか・・・


ふと目に留まった一枚のCD。
学生の頃繰り返し聴いた、大好きな唄だった。

高く 果てない青と 深まる 青
溶けることなくキスをする 
Separate Blue



果てしなく広がる青空のような男たちを
一体何人自分は愛し恋焦がれたろう。
何度空に手を伸ばして、その澄んだ心に
触れようとしただろう。

私は青い空を映す 海。
空の青さを映して同じ青に染まる。

だがやがて
空は海と溶け合うことを望みはじめる。
空は夕陽に照らされて
海は闇に包まれて
もはや青ではなくなる。

それでも空と海は溶け合うことを望む。
溶け合うことなど・・・あり得ないのに。


やがて私は空を映すことをやめる。



目を閉じて小さく深呼吸をして、私はそのCDを注意深く
ダンボールの隅に差し入れた。
無意識のうちに唇が動き、その唄の続きを口ずさみはじめた。


 
まるで あなたは空で 私は海
同じ 季節を埋めあう 
Separate Blue

でも いつだって染まれない あなたにわたし
そう 永遠に染まらない わたしにあなた

わかりあうには遠すぎる あなたとわたし
わかりあうには近すぎる わたしとあなた





私はこの春、結婚する。




by aki <Separate Blue/PSY・S>


「私の一部を送るからね」

彼女はそう言っていた。

数日後、長い長い手紙と共に、僕の元に届けられたのは
手のひらサイズの四角い小瓶。

ふたを外すと、甘さの無いさっぱりとした
さわやかな香りが広がる。香水だ・・・

フレグランスは、つけた人の体臭と混じって
その人のオリジナルの香りになるの
だからこれは私の一部


なるほど、ね。
3分の1ほど使ってから送ってきたのは
彼女の一部であることを示すためか・・・

彼女の指示にしたがって、ほんの微量を
手首に降りかける。

「これでいいのかな・・・」

コートを羽織って、街に出た。
貫くように鋭い1月の空気を胸いっぱいに吸い込む
僕は寒い季節が大好きだ

僕はいつもの公園に行き
いつものベンチに腰を下ろした

手首を体に引き寄せると
香りが体温に溶けてトロトロと流れ出す
さっきは感じなかった心地よい甘さがある
なるほど、人の体の上で香りが完成するんだね。

こうして彼女の一部は僕のものになった

僕は満足して、たばこを一本くわえて火をつけた
煙を肺いっぱいに吸いこみ
細くゆっくりと吐き出す。

3分の1だけ吸って残りは携帯灰皿に押し込んだ。

マルボロライトのメンソール
高校生のときから慣れ親しんだ香りだ。
ニコチン依存のない僕にとっては、
この香りでなければ煙草を吸う意味などない。

「でも・・・吸がら送りつけたら怒るだろうなぁ」

僕はクスクスと笑いながら立ち上がり、
歩き出した。





by tak


どんなに微量でも、花は必ず香りを持つ。


彼女は部屋に花を飾るのが好きだった。
毎週水曜日には、必ず行きつけの小さな花屋で
自分の好きな花で花束を作ってもらった。


店頭には、藤色の背の高い花が並んでいた。
死んだ母が愛したフリージア。
寂しい季節に背筋を伸ばしているその花の香りを、
母はとても愛でていた。

彼女が好きな花は香りが比較的ハッキリしているものが多い。
それは母親の影響もあるのかもしれなかった。


それにしても。

だんだん出来上がる、青い花束を見つめながら
彼女は自分がいつの間にか微笑んでいるのがわかった。

花って不思議。
こんなにいろんな香りがあるのに。
こんなに近くにまとめてあるのに。
ちっとも不快な香りにならない。
不協和音に・・・ならない。

自己主張をしながら同調している。



今日はこの花束をあのクリスタルの花瓶にいれたら
しばらくそばでいろいろ教えてもらうことにしよう。

「どうやったら素直に謝れるか・・・教えてね。」


やさしく花たちに語りかけよう。
注意深く香りを楽しみながら。
テレビもパソコンもつけずに。







by aki


僕は、ハンドルを握りながら
今さっき彼女が言ったことを反芻していた。

・・・分からない。なぜこの女はこんなことを言うのだ。
理不尽な怒りがこみ上げてくる。
・・・ふざけるな。

すでに2時間以上、かみ合わない話し合いを続けていた。
もう限界だ。このままじゃ、僕は壊れる。

僕は、車を左に寄せてハンドブレーキをかけると
思いっきりハンドルを殴りつけた。続けざまに3回だ。
助手席の彼女がビクっと身を縮める。

「・・・なに?どうしたのよ」

そのコトバに、さらにイラつく。

「 どうしたかって? 少しは自分で考えてみろよ!
  君の周りにはいつも男がいっぱいいるのに、君は
  全然、男というものが分かってないんだね 」

「・・・イヤよ」

ダメだ・・・何をどうしたところで、理解なんてできない。
コイツは本当に同じ人間なのか?
青だか緑だかの血が流れているんじゃなかろうか・・・

限界まで高ぶった気持ちを抱えて彼女の横顔を眺めていると
なにか、沸々と湧き上がってくるものがあった。
この感情は・・・そう。
僕は自棄になって、思ったことをそのまま口に出した

「ねえ、君を抱きたいな。今すぐ、ここで。」

彼女は、信じられないというふうに目をむき
震える声で怒鳴った。

「どうして、そんなこと言うのよ!!」

その瞬間、ダムが決壊した。
たまっていた何かが、恐ろしい勢いで流れ出した

「壊したいんだよ!何もかも!」

そう壊したいんだ。取り返しがつかないくらいに、
彼女も、自分も、めちゃめちゃにしてしまいたいのだ。
塞がりかけた手術の跡を掻きむしるようにして。

ふいに笑いがこみ上げてきた。

ヤッテシマエ、コワシテシマエ


僕は、ウインカーも出さずに車を急発進させた。
そして、飛び出した次の瞬間、
後ろから来た10tトラックと衝突した。
車は衝撃で弾き飛ばされ、道路脇のガードレールに激突し、
跳ね返ったところで、さらにべつの乗用車と衝突して止まった。


さっき殴打したハンドルに、今度は僕の頭が殴打された。
顔面を生暖かいものがユルユルとつたい、
口の中には鉄の味が広がった。不思議と痛みは感じない。

助手席の彼女を見ようとしたが、まわそうとした首は
ぴくりとも動かなかった。


もうろうとする意識の中で、僕は何度も何度も念じ続けた

“ 壊れろ! 壊れろ! 壊れろ! ”

やがて、遠くの方からサイレンの音が近づき
僕の叫びをかき消した。


by tak


誰だったろう・・・
”むかしむかし、男と女がひとつだった”
っていっていたのは。


確かに男というイキモノには惹きつけられる。
ともすれば、抗いようもないほど激しく。
・・・ただ。
私は”男”というイキモノが理解できないし、
理解しようとも思わない。
それは無駄な労力の消耗。
そしてその存在は・・・私個人としては、宇宙人や
異星人と同じレベル。


「言葉が通じるだけ、異星人よりはまし?
 だけど・・・言葉が通じるのに、なぜこんなに理解が困難?」


短く舌打をうつ。

「・・・なんだろう、このモヤモヤした気持ちは・・・。」



そのイキモノについて考えれば考えるほど
私の中の何かが疼く。
そして・・・その”何か”の”名前”を・・・
私はおそらく知っている。

それはふいに白い龍のようなカタチをして、不敵に笑った。

私は汗をかいた手のひらを、無意識に握り締めた。



そんな気持ちを振り払うように、しかし泣きそうな声で
私はカウンターに向かってX.Y.Zをオーダーした。







by aki

僕は、ベッドに身を投げ出した。
仰向けになって天井を見上げる。
イラついて、何もする気が起きなかった。

4時間半・・・・


僕の携帯は、用心深い草食動物のように
充電器の上にうずくまって沈黙していた。

やれやれ、メールひとつ返ってこないだけで
何も手につかないだなんて、ちょっと人には言えない。

「はぁ、試験前だってのに・・」

いつからこんな性格になってしまったのだろうか。
彼女にしても、まさか自分がメールを返さないだけで
僕の休日が丸ごと台無しになっているとは、思うまい。
理屈では、何か事情があるのだろうと分かるが
こればかりは気持ちの問題だから、どうしようもないのだ。

力なく腕を上げて、右腕につけた時計を見る。
1時35分

ブルーチタンでめっきされた文字盤に、
窓から差し込んだ攻撃的な直射日光が反射する。
SWISS MILITARYのアナログクォーツ
3年ほど前に、東急ハンズの時計売り場で買った。

中年の男性店員と、「時計はアナログに限る」
という話で盛り上がって
そのまま、衝動買いしてしまったのだ。

僕はデジタルの時計が好きではない
デジタルでは、時刻を知ることは出来ても、
時間を知ることは出来ないからだ。
僕にとって時間というのは時刻を表す数字ではなく、
文字盤と3本の針から得られる空間的な情報のことだ。
デジタル時計から時間を知るには、いったん頭の中に
文字盤と針を思いうかべなければならない。
だから面倒くさくて嫌いだ。

人の良さそうなあの男の顔は、今ではもう思い出せない。
今でもあそこにいるんだろうか。


あれから一体、この秒針は何回時を刻んだのだろう。
3年として1095日。閏年は・・・まあ無しでいいや。
60×60×24×1095=94,608,000秒

そして、さっきメールを送信してから16,200秒

僕は、もう一度右腕の時計を見た。
1時42分
訂正、16,620秒

僕は起き上がって、
机の脇に置いた携帯のデジタル時計を見た。
1:43

しかしその携帯は時を刻んではいない。
そしてメールはやはり届いていない。

そこにあるのは、いつもいつも
うすく引き延ばされた可能性だけなのだ。



by tak


トントントン・・・

サラダ用のキャベツを刻む。
私はキャベツの千切りが好きだ。
食べるのも、刻むのも。

1/4ほどを残してラップに包み、アイボリーの壁にかかった
時計を見つめた。

相方が会社帰りに連れて帰った電波時計。
家にひとつ、絶対的に正確な時計が欲しいといって買ってきた。
説明書によると

「長波標準時刻電波による時刻電波から時刻情報を解読し、
  自動受信機能により、一日14回の自動時刻修正を行う・・・」

らしい。しかもその誤差は月差±20秒。

・・・そういえば、以前なんとなく違和感を感じてこの時計を見あげると、
長針と短針がスーッと音もなく動き、ある位置でピタッと止まったので
ぎょっとした記憶がある。

違和感。そうだ、違和感を感じた。

時計は流れるように動くものじゃない。
コチ、コチ、コチ、と、時を刻むもの。
たとえそれが10分進んでいるとしても。
それが私の時計。


時は常に流れている。停まる事は許されていない。
だけど。
私は時間を”刻み”たい。
刻む、この感触。刻む、手応えが欲しい。


このキャベツのようにね。




by aki

むせ返るほどに暖房の効いた教室を抜け出して
僕は、講義塔から飛び出した。
貫くような冷たい空気を、胸いっぱいに吸い込む。

「はぁ、生き返った」

思わず声に出して言ってしまう。

だいたい、冬は寒いと昔から決まっているのだ。
寒ければ厚着をすればいいだけの話なのに、
何だってあんなにキチガイじみた暖房をしなければ
ならないのか、全く理解に苦しむ。
昔から暖房は嫌いなのだ。

おまけにあの救いようのない講議。
我慢しろという方がどうかしているのだ。
もうこの学期もそろそろ終盤だが、
いまだに90分間耐え切ったことはない。

「おとといきやがれってんだ・・・」

一息つくと僕は、PC室の入った建物に向かって歩き出した。
次の講義まで時間を潰さなければならない。

もう昼も近いというのに、キャンパスのほぼ中央に
位置する池には、まだ薄氷が残っている。
本当に寒い日だ。

僕は、ふと高く晴れ渡った空の青を見上げた。

青・・・というのは本当に不思議な色だ。
純粋で、知的で、冷静で、なおかつ情熱的で、優しい。
ほとんど全ての好ましい想いを、この色はもたらしてくれる。
だから、僕の身の回りのものは、青色が多い。
たとえば傘だ。傘は絶対に青に限る。

冬の朝の空は、まるで宇宙の闇を透かしたような深い深い青だ。
ある意味、満天の星空を見るよりも、この地球が宇宙の真っただ中に
ぽっかりと浮いているのだという事実を思い知らせてくれる。

「・・・そういえば、あいつが着てるコートも青だな」

彼女のことを考えた。
強くて、毅然としていて、そのくせ震えている。
・・・青がぴったりだ。
ここしばらく、彼女を見かけていない。


そのコートのくすんだ青を透かして見た彼女の姿は、
いつも僕を混乱させる。自分の居場所を見失ってしまうのだ。

いや結局のところ、そこに僕の居場所はないのだろう。

少しだけ、胸がヒリヒリする。

僕は、冷たい空気をおおきく吸い込むと
余計な想いといっしょに吐き出し、
その勢いで、目的の建物へと飛び込んだ。



by Tak


その日の天気は生憎の曇り空だった。

彼女はその日、傘を持っていなかったので、頭上のどんよりとした
グレーのカタマリを睨みつつ、いざとなったらコンビニに駆け込もう
・・・などと考えていた。

車のヘッドライトが灯り始めた。
雨粒は落ちてこない。

ほっとして彼女は足早に交差点を駆け抜けた。
いつもの場所に停めていた愛車のドアを開け、エンジンをかける。
ライトをつけて走り始めたところで、小さな雫がフロントガラスに
ぽつぽつと転がり始めた。

信号待ちでふと窓の外を見ると、色とりどりの傘の花が咲いていた。
赤や柄物の鮮やかな色はきっと女性の傘。
小さくて黄色の飛び跳ねてる傘は・・・子供ね。

信号が変わる瞬間、彼女の目に綺麗なブルーの傘が飛び込んできた。
それはまるで雨雲の切れ間にひょっこり顔を出した青空のようだった。
彼女はその青さに見とれ、クラクションを鳴らされていることにも
しばらく気がつかなかった。

「空の青さは彼の傘に吸い込まれてしまったんだわ」
現実的な彼女でさえ、そう思わざるを得ないほどの絶妙なブルー。
そしていつかまた必ず彼に会えるという不思議な感覚に苦笑しながら
左カーブを滑る様に曲がった。
テールランプのオレンジの光が綺麗な弧を描いたのを、青い傘もまた
見つめていた。



by aki