ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

ムシムシした日が続きますね(^^;

 

前回から、

スコットランド出身の科学者、

デイビッド・ハミルトン博士の本、

 

親切は脳に効く

 

 

という本を紹介しています(^^)

 

親切は脳に効く!

いや、脳だけでなく、

 

幸せホルモン

「オキシトシン」

による副作用(効果)として、

 

人を幸せにするし、

心臓にもよく、老化を遅らせ、

人間関係も改善する、

そして、それはどんどん拡散する・・・

 

(たった一度の親切な行動が、

間接的には64人を助けることに

なるそうです!)

 

ということが、

多くの実証実験、エビデンスに基づいて、

説得力をもって述べられています。

 

その中で、

「迷走神経」という、

体内に複雑に広がっていて、

多くの器官に影響を与えている

脳神経について

触れられている箇所があるのですが、

 

この「迷走神経」の活動が鈍ってしまうと、

老化に繋がるといいます(^^;

 

では、

「迷走神経」の活動性を高めるには、

どうすればいいか?

 

「親切」と「思いやり」を、

実践することなんですね。

 

そのためには、

「慈悲(慈愛)の瞑想」

をするのが効果的だといいます(^^)

 

 

・・・

 

瞑想をする人は、

願いを心のなかで

くり返す。

 

たとえば、

 

「(愛する人が)

慈愛に満たされ、

元気で心穏やかに、

ゆったりと、幸せに、

悩むことなく

過ごせますように」

 

というふうに、

こういう願いを

まず自分自身、

 

それから

愛する人に向け、

 

誰でも思いつく人、

自分のストレス源に

なっている人、

 

そして、

すべての命ある存在へと、

どんどん思いやりの輪を

広げていく。

 

これを習慣にすれば、

強い思いやりの気持ちと、

人に親切にしようという

意欲が育つのだ。

 

 

「慈悲(慈愛)の瞑想」は、

前回アップした、

古宮先生のセミナー動画の最後のほうで、

(59分過ぎくらいから)

実際にショートバージョンを

体験できますよ(^^)

 

興味のある方は、

是非、やってみてください!

 

 

(中略)

 

65人の男女が

6週間にわたり毎週、

慈悲の瞑想の講座に出席し、

毎日、瞑想を実践した。

 

比較のため、

瞑想をしない対照グループも

作られた。

 

調査の前後に

迷走神経の活動性が

測定された。

 

6週間後、

慈悲の瞑想をした人の

迷走神経の活動性は

大きく増えていた。

 

対照グループでは

変化はなかった。

 

思いやりと親切を

習慣的に心がけることが

直接、迷走神経の活動性を

高めたのだ。

 

 

毎日でなくとも、

(私も毎日はできません(^^;)

たまにやるレベルでも、

十分、効果はあると思います。

 

 

(中略)

 

瞑想で、

愛情や思いやり、

善意、親切な思いを

 

とぎれることなく

感じられるように

なることが分かった。

 

実際には、

瞑想中だけでなく、

日常生活でも

人に対する思いが

どんどんやさしくなって

いくのだ。

 

迷走神経の活動性が

高まる原因は、

そこにあると私は思う。

 

慈悲の瞑想だけが

迷走神経を活性化させる

方法ではない。

 

どんな形でも、

人を思いやる能力を高め、

親切という形で表現できるなら、

 

迷走神経を活性化できる。

 

 

慈悲(慈愛)の瞑想に限りませんが、

「瞑想」をして、

気持ちを定期的に浄化すると、

思いやりの心が、

じわじわ育まれてくるような気がします。

 

その状態だと、

「親切」も行動に移しやすく

なるかもしれないですね(^^)

 

この本には、

「親切」や「感謝」の行為が、

いかに、心身の幸福につながるかが、

多くの興味深いエピソードを通じて、

述べられていますが、

 

巻末には、

「自分でできる50の親切な行為リスト」

というものがあります。

 

「いかにも欧米・・・」

「ちょっと照れ臭い」(笑)

というものや、

「う~んそこまでは・・・」

というものも正直あるのですが(^^;

 

「これなら私にもできるかな」

というものも、

いくつかありましたので

シェアさせていただきます(^^)

 

私が、実際にやってみようと思ったのは、

(既にやっていることも含む)

 

 

・店員に「ありがとう」と言う。

 

・運転中に誰かに割り込まれても、

にっこりして、

手で譲る合図をする。

 

・誰かをほめる。

 

・慈善団体に

ボランティアメンバーとして

参加する。

 

・困っている人の味方になる。

 

・慈善団体に寄付をする。

 

・お釣りをもらいすぎたら、

店に返す。

 

・あとから来る人のために

ドアを開けて押さえておく。

 

・誰かに親切なことを

してもらったら、

別の誰かに親切をする。

恩を返すより送ろう。

 

 

・・・くらいでしょうか(^^;

 

比較的難易度の

低いものばかりですが、

 

Better than nothing

の精神です(^^;

 

面白いのは、

 

 

・新聞の個人広告欄に、

みんなにとって

いい日になりますように

とメッセージを出す

 

 

などというのもあります(^^;

 

全国紙だと値段も高そうだし、

(そもそも日本の新聞で、できるのか?)

私には、

ちょっとやる勇気はありませんが(^^;

 

でも、これって、

見た人は幸せな気持ちになるだろうし、

素敵な行為だなあと思います(^^)

 

ちなみに、

 

 

・あとから来る人のために

ドアを開けて押さえておく。

 

 

ですが、

もう20年近く前、

仕事で、イタリア・ボローニャの

児童書展示会に行った時のこと・・・

 

欧米の人たちは、

会場のドアを開けた後、

あとから来る人のために

にっこりと微笑んで

閉めずに待ってリレーしてくれる人が

多いんですね😊

 

いい習慣だなあ~と思って、

それ以来、

私も心がけていたのですが・・・

 

最近すっかり忘れていて、

この本を読んで思い出しました(^^;

 

まだまだ修行が足りんです・・・

 

 

 

 

**********************************

 

 

 

以上、

親切は脳に効く

 

 

を2回にわたって

紹介させていただきました(^^)

 

私のように、

「最近、親切な行為が

おろそかになっているかもなあ~」

と感じている人は、

 

この本を読めば、

きっと人に親切をしたくなりますよ😊

 

「情けは人のためならず」

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回は別の本を紹介いたします。

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

もろ逆光ですが(^^;

 

また、森戸神社から、

 

やや右が江ノ島、

ヨット群の向こうに、

うっすらと富士山🗻・・・

 

皆さまが、慈愛に満たされ、

元気で心穏やかに、

ゆったりと、幸せに、

過ごせますように・・・

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

先日、

私の心の学びの師匠、

古宮昇先生の、

【無料】オンライン・セミナー

「幸せ脳を作る心の習慣」

のご案内をシェアさせていただきましたが、

 

そのセミナーの録画(ユーチューブ)が、

早くもアップされていますよ!

 

多くの人にとって、有益だと思います。

よかったら、是非ご覧ください(^^)

 

 

 

で、その動画の中で

参考文献として挙げられていたのが、この本。

 

興味深かったので、

さっそく読んでみました!

 

 

親切は脳に効く

 

親切は、脳にいい!

いや、脳だけでなく、

 

幸せホルモン

「オキシトシン」

による副作用(効果)として、

 

人を幸せにするし、

心臓にもよく、老化を遅らせ、

人間関係も改善する、

そして、それはどんどん拡散する・・・

 

ということが、

「これでもか~」

というほどの多くの実証実験や

統計の科学的エビデンスによって、

語られている本なのですが、

 

エビデンスがなくとも、

私たちは、日々の生活の中で、

それは、何となく

実感としてありますよね。

 

日本には、昔から言われている、

「情けは人のためならず」

(自分に返ってくる)

という言葉もありますが、

 

では、その、

「自分のためになる」

から親切にするというのは、

「自己中心的」なことなのでしょうか。

 

親切をすることで、

得をしようとしているのか、

 

もしくは、

親切をすることじたいが、

正しいからそうするのか・・・

 

この本では、

それは白黒つける必要はないといいます。

 

親切をすることで、

相手も幸せになるし、

自分も幸せになれる。

 

それでいいではないか。

 

あれこれ考えずに、

とにかく、自分のできる範囲で、

親切な行為をするのが大切。

 

私もそう思います(^^)

 

引用します。

 

 

ブッダはこう言っている。

 

「一本のろうそくから

何千本のろうそくに

火をともすことができるが、

 

もとのろうそくの寿命が

短くなることはない。

 

幸福も、

分かちあったといって

減ることはない」

 

 

そうですね~。

親切や幸福は、

与えても減るもんじゃないし(^^;

 

むしろ拡大していく。

 

もちろん、親切は、

自己犠牲をしてまで

することではありませんし、

 

押し付けがましくなったり、

見返りを求めすぎるのは、

慎まねばなりませんが(^^;

 

相手にとっても、

自分にとってもいい、

すなわち、

WIN-WINであり、

しかも、

それがどんどん拡散するのであれば、

 

ささいなことでも、

自分のできる範囲で、

どんどんやるに越したことはない

と思います(^^)

 

こんな実例が、

紹介されています。

 

 

「どうして、

みんなと同じように

ちゃんと待って

いられないの!」

 

と私はどなりちらして

いました。

 

車がまた一台

こちらのレーンに

車線変更し、

前に割り込んできたんです。

 

 

私もこういうときは、

どならないまでも、

 

「ずうずうしい奴だなあ・・・」

と、ぶつぶつ言って

しまいますが(^^;

 

 

私はイライラ

しどおしでした。

 

いつも同じ場所で

同じことが起きていました。

 

信号待ちで

列の先頭にいるときは、

隣のレーンの車が

割り込みそうだと感じると、

かならず足を浮かせて、

アクセルを思い切り

踏み込む準備をしていました。

 

こっちが先に飛び出して、

相手に思い知らせて

やるつもりでした。

 

「ほうら!

ざまあみろ!」

 

って言ってやったものです。

 

でも心臓はバクバクして、

目の玉が飛び出しそうでした。

 

 

・・・分かります(^^;

 

すっきりするどころか、

後味が悪い・・・

 

 

そんなある日、

私の前には

車が二台いて、

隣のレーンには

ウィンカーを出している

車がいました。

 

こちらに入れてもらおうと

していたんです。

 

信号が青になると、

前の二台は急発進しました。

 

ぜったいに入れてやらないぞ

という意図が

見え見えでした。

 

私も同じように

しようとしたそのとき、

 

足がアクセルから

ふっと離れました。

 

イライラするのは

いやだと思ったんです。

 

もううんざりだって。

 

その日の私は

心が穏やかでした。

 

その状態のままで

いたかったのです。

 

血圧がはね上がるのも、

怒りが爆発寸前になるのも

いやでした。

 

だから、

隣のドライバーに

どうそという仕草をして、

私の車の前に

入ってもらいました。

 

そうしたら、

なんと、

気分がよくなったんです―

いきなり!

 

怒りでこめかみが

破裂しそうになるより

ずっとましでした。

 

前に入ったドライバーは

お礼がわりに

ハザードランプを

点滅させていました。

 

おかげで

もっといい気分に

なりました!

 

それから、

その交差点では

いつも道を譲るように

なりました。

 

考えてみれば

それほど面倒なことではないし、

 

ものすごく気分が

よくなるんです。

 

 

そうですね・・・

 

私は、まだ、

お礼のハザードランプがないと、

ちょっとムッとしてしまう

レベルですが(^^;

 

考えて見たら、

たしかに、

一台譲るくらいなら、

せいぜい数秒しかロスしませんし、

ほとんど実害はないのです。

 

それで、

お互い気持ち良くなり、

一日がハッピーに過ごせたら、

安いもんですよね(^^)

 

血圧も上がりませんし(^^;

 

もちろん、

前後の流れを見て判断した方がいいし、

運転に自信がなかったり、

気持ちに余裕がない時は、

無理する必要はないのですが、

 

車の運転に限らず、

ちょっとした親切をすることは、

 

相手を幸せにするし、

何より、

自分の心身の健康によい!

 

優しさは

使っても減ることはないし、

むしろ、拡散・拡大していく・・・

 

忘れずにいたいです😊

 

 

 

 

************************************

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^;

 

次回もこの本の紹介を続けます!

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

仕事で近くを通ったので、

久しぶりに上野公園。

 

不忍の池方面を望む。

(2週間ほど前の写真ですが(^^;)

 

 

 

清水観音堂。

 

 

 

そこの舞台から、

「月の松」ごしに、不忍の池方面・・・

 

 

 

せごどん、お久し振りです(^^)

 

 

 

 

新しい相棒と、

三浦半島、森戸神社の海岸へ!

 

 

曇ってて、

富士山はうっすらしか、

見えませんでしたが(^^;

 

波の音に癒されました・・・

 

 

 

 

ウチの近所、

1メートル以上はある、

巨大アオダイショウ🐍発見😲

 

一応、横浜市なのですが・・・

(郊外です(^^;)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今週から、

通勤時の服装を半袖にしました(^^;

 

今回紹介させていだく本は、

こちら!

 

町田そのこさんの小説、

52ヘルツのクジラたち

 

 

今年ではなく、

「2021年」

の本屋大賞受賞作品です(^^)

 

当時かなり話題になっていて、

「読みたいなあ~」

と思いつつも、

月日だけが流れておりましたが、

 

この度、文庫版が発売になり、

書店さんにドーンと

平積みになっているのを見かけ、

 

「これは読めということだ!」

と思い、さっそく読んでみました。

 

小説なので、

ネタバレに注意しながらの解説になりますが、

 

この本のテーマのひとつは、

「虐待」です・・・。

 

虐待されて育った

主人公の若い女性・貴瑚(きこ)と、

「ムシ」と呼ばれる少年が

出会うのですが、

 

この小説のタイトルにも使われている、

印象的な語りがあります。

 

 

「わたしね、

寂しくて死にそうなときに、

聴く声があるんだ」

 

・・・

 

イヤホンの片方を彼に渡し、

もう片方を自分の耳に挿した。

 

・・・

 

「このクジラの声はね、

誰にも届かないんだよ」

 

少年が目を微かに見開き、

首を傾ける。

 

「普通のクジラと

声の高さが―

周波数って言うんだけどね、

その周波数が全く違うんだって。

 

クジラもいろいろな

種類がいるけど、

どれもだいたい

10から39ヘルツっていう

高さで歌うんだって。

 

でもこのクジラの歌声は

52ヘルツ。

 

あまりに高音だから、

他のクジラたちには、

この声は聞こえないんだ・・・」

 

(中略)

 

「他の仲間と周波数が違うから、

仲間と出遭うことも

できないんだって。

 

例えば

群れがものすごく

近くにいたとして、

すぐに触れあえる位置にいても、

気付かないまま

すれ違うってことなんだろうね。

 

本当はたくさんの仲間がいるのに、

何も届かない。

何も届けられない。

 

それはどれだけ、

孤独だろう。

 

「いまもどこかの海で、

届かない声を待ちながら

自分の声を届けようと

歌っているんだろうなあ」

 

 

そんな52ヘルツのクジラと

同じように、

 

愛に飢え、孤独の中で育った

貴瑚(きこ)なのですが、

 

そんな主人公を、

とても親身になって助けてくれた、

アンさんという人物が

登場します。

 

しかし、

アンにはある秘密があり・・・

 

・・・やがて、

貴瑚(きこ)は、

勤め先の次期社長に、

見初められるのですが・・・

 

・・・と、これ以上は、

ネタバレになりますので、

止めておきますが(^^;

 

この物語のラスト、

 

 

いまこのとき、

世界中にいる52ヘルツの

クジラたちに向かって。

 

どうか、

その声が誰かに届きますように。

 

優しく受け止めて

もらえますように。

 

わたしでいいのなら、

全身で受け止めるから

どうか歌声を止めないで。

 

私は聴こうとするし、

見つけるから。

 

わたしが二度も

見つけてもらえたように、

きっと見つけてみせるから。

 

だから、お願い。

 

52ヘルツの声を、

聴かせて。

 

 

世の中には、

人知れず苦しんでいる人や、

マイノリティの人がいる。

 

実は私たちの身近にも

いるのかもしれない。

 

私は、そんな人々の声なき声を、

聴ける人になりたい。

 

そんな気持ちになりました。

 

この物語は、

虐待や生きづらさを扱っているので、

テーマとしては、

重たく、切ないものがありますが、

 

著者の町田そのこさんの

筆致が優しいせいか、

 

読後感は、暖かいです。

 

ちなみに、

物語の主な舞台は、

大分県の海辺の片田舎なのですが、

 

田舎は、

人間関係がとても窮屈な反面、

 

やっぱり、まだ、

人情味溢れる世界があるんだろうなあ

と思えました(^^;

 

冒頭、主人公の貴瑚(きこ)に、

軽い感じで、

「風俗やってたの?」

といって、

平手打ち!をくらう

村中という男が、

いい味だしています(笑)

 

それと、

読了後に気づいたのですが、

カバーの裏にしかけが!

 

外伝が書いてありますよ(^^)

 

 

 

************************************

 

 

 

以上、

2021年本屋大賞受賞作!

町田そのこさんの小説、

 

52ヘルツのクジラたち

 

 

を簡単ですが

紹介させていただきました(^^)

 

優しい気持ちになれる本です。

おすすめします😊

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は別の本を紹介します。

 

 

 

 

*********************************

 

 

 

 

おまけ(^^;

 

たまたま近くを通ったので、

浜名湖「湖北五山」のひとつ、

方広寺に立ち寄ってみました。

 

 

 

 

 

参道入り口。

 

 

 

参道に羅漢さんが、

たくさんいらっしゃいました!

 

 

 

 

雨上がりのせいか、

参道には、沢ガニがちらほら・・・

 

 

 

橋を渡り終えたら・・・

 

 

 

立派な本堂です。

500円で建物内を拝観できます。

 

重要文化財の釈迦三尊像もいらっしゃり、

けっこう見ごたえあり!

 

 

 

思ったより、

規模が大きなお寺でした。

 

山の中で雰囲気があり、

静かで、癒されました。

 

たまたま近くを通ったので、

ぶらっと立ち寄ってみただけなのですが、

とてもよかったです!

 

日本全国には、

まだまだ、

こういった素敵なお寺が、

たくさんあるんだろうなあ~

 

 

 

 

12年近く乗った、

愛車ヴィッツ!

 

たくさんの思い出を、有り難う😊

ホントいい車でした。感謝です!

 

 

 

 

そして、10か月待った、

待望の新車が納車されました!

 

ヤリスクロスのハイブリット。

嬉しいです(^O^)

 

よーし、乗りまくるぞ!

 

 

 

 

 

ボクも忘れないでね・・・

 

ここ1~2か月、

パパが不在がちで寂しかったよ。

By宮音

(と思いたい(^^;)

 

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

じめじめした日々が

続きますね。。

 

今回は、まず、

私の心の学びの師匠、

古宮昇先生の、

【無料】オンライン・セミナー

のご案内をシェアさせていただきます。

 

必ず、皆さまのタメになると思います!

おすすめします😊

 

 

 

*************************************

 

 

 

心理学博士で現役カウンセラーの
古宮昇(こみやのぼる)さんが
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講師プロフィール
古宮昇(こみやのぼる)
・心理学博士・臨床心理士・公認心理師
・カウンセリング・ルーム輝(かがやき)代表
・カウンセラー歴は、日米ニュージーランドで合計28年、

来談者数はのべ約8000人。
・著書は32冊。
心理学の学術専門論文は60本を超える。
講演やセミナーは日本全国および米国、
中国、ニュージーランドで計600回以上
 

 

 

****************************************

 

 

 

で、ブログに戻りますが、

前回は、

三浦綾子さんの名作、

 

氷点

 

を紹介させていただきました。

 

そこで、

「原罪」について、

触れさせていただきましたが、

 

今回、そこを、

もう少し深堀しようと思って、

三浦綾子さんのエッセーを、

再読してみました。

 

そのエッセー集が、

 

光あるうちに

 

 

「道ありき」

というエッセー三部作の、

第三部、信仰入門編になります。

 

この中で、

 

「罪とは何か」

 

という話があります。

 

その中に、

こんな一節があります。

 

 

「罪を罪と感じないことが、

最大の罪なのだ」

 

 

・・・具体例が、

述べられています。

 

 

「もし、子供さんが、

花びんをこわしたりしたら、

どうするか。

 

いつも不注意だからよ、

そそっかしいからよ、

 

などと言って、

自分は今まで

皿も花びんも

一切割ったこともなく、

今後も一生割ることは

ないような顔つきで、

しかるのではないか。

 

しかし、もし、

自分が割った時はどうするか。

 

ちょっと舌を出した程度で、

自分の過失はゆるし、

決して、

子供を叱る時のようには、

自分を叱らない」

 

 

・・・たしかに、

そうですね。

 

自分の場合は、

何だかんだ

自己正当化したりして(^^;

 

こんな例も述べられています。

 

 

わたしの知人は、

車で子供をひいた。

 

彼は、

急に飛び出してきた方が悪い。

 

子供をよく躾けていなかった

親が悪いと言っていた。

 

ところが、

その後自分の子供が

車にひかれて死んだ。

 

彼は半狂乱になり、

 

「こんな小さな子供を

ひき殺すなんて」

 

と、運転手に食ってかかり

殴りつけた。

 

「金をどれだけ積んでも、

子供は返らん。

金など要らん、子供を返せ」

 

とわめき、

手がつけられなかった。

 

 

・・・これはかなり

辛辣なケースですが、

 

これが、私たち人間の、

偽らざる姿ですよね・・・

 

 

わたしたちは、

自分を「罪人」だなどと

思ってはいない。

 

罪深いなどと

考えたりはしない。

 

「わたしは、

人様に指一本指されることも

していません」

 

わたしたちは、大てい

そう思っている。

 

それは、そうなのだ。

 

なぜなら、

前にも記したように、

わたしたちは常に、

尺度を二つ持っているからだ。

 

「人のすることは

大変悪い」

 

「自分のすることは、

そう悪くない」

 

その二つの、

はかりが心の中にあるからだ。

 

 

「人のすることは大変悪い」

 

「自分のすることは、そう悪くない」

 

・・・う~ん、

正直、私の中にも、

その気持ちは、あります。

 

自分の場合は、

「そうせざるを得なかったんだ」

というような、

 

つい、

自己正当化してしまうような気持ち・・・

 

 

つまり、

「自己中心」なのだ。

 

「自己中心」の尺度で、

ものごとをはかる限り、

自分は悪くないのである。

 

なぜなら、それは、

 

「自分のすることは、

そう、悪くはない」

 

というものさしなのだから。

 

それどころか、

「自分のすることは

すべてよい」

というものさしを

持っている人さえいる。

 

 

・・そうですね。

 

いわゆる、

「正義と正義の戦い」

というのも、

こういった心境から

生れるものだと思います。

 

 

エゴを抱えて生きている以上、

私たちは、つい、

 

「自己中心」

「自分は悪くない」

 

という思いに

とらわれてしまいがちなのですが、

 

親鸞聖人の話を集めた、

「歎異抄」には、

有名な一節があります。

 

 

善人なをもて

往生をとぐ、

 

いはんや

悪人をや。

 

 

善人でさえ、

救われるのだから、

 

悪人が救われるのは、

いうまでもない。

 

ということです。

 

えっ・・・

 

これ、一般論と、

逆ですよね。

 

ふつうは、

善人が救われて、

悪人は救われない

と考える。

 

しかし、

悪人こそが、救われるという。

 

どういうことなのか。

 

いろいろな捉え方が

あると思いますが、

 

私は、この悪人とは、

自分の罪を

「自覚している人」

だと考えます。

 

逆に、善人とは、

自分の罪を

「自覚していない人」

 

すなわち、

「自分は常に正しい」

と思っている人。

 

こんな話があります。

 

善人ばかりいる家族は、

争いが絶えず、

悪人ばかりいる家族は、

平和である・・・

 

えっ、逆ではないか。

 

違うのです(^^;

 

たとえば、

先に引用した、

花びんの話を例にすると、

 

善人ばかりの家族、

すなわち、

「自分は常に正しい」

と思っている場合だと、

 

「花びんを割るなんて、

アンタの不注意だぞ!」

 

こう言われたら、

こう反発したくなります。

 

「こんなところに

花びんを置いた

オマエが悪いんだ!」

 

・・・まるで、

私と妻を見ているようですが(^^;

 

一方で、

悪人ばかりの家族だと、

 

「ごめん、

うっかり花びんを

割っちゃった・・・」

 

「いいのよ、

こんなところに置いておいた

私も悪いから」

 

お互い、

自分が罪人だと自覚していると、

平和が訪れるのです(^^)

 

 

 

***********************************

 

 

 

人はエゴを抱えて生きている以上、

「原罪」

すなわち、

「自分は悪くない」

という思いからは、

なかなか逃れられませんが、

 

まずは、

そんな自己中心的で

不完全な自分を、

「自覚」する。

 

そして、

そんな至らない自分を

「受け入れる」。

(これが独力ではなかなか

難しいのですが)

 

そうすれば、

世界は、もう少し平和になるのではないか。

 

ウチの家庭も・・・(^^;

 

そんなことを、

三浦綾子さんの「原罪」、

「歎異抄」の逆説的な表現を通じて、

考えてみました。

 

なお、

「歎異抄」は、過去ブログで、

詳しく解説したことがあります。

 

 

よかったらご参照くださいね😊

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は別の本を紹介します。

 

 

 

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おまけ(^^;

 

ちょうど、

大河ドラマ「どうする家康」

でタイムリーですね!

 

長篠を訪れました(^^)

 

 

 

長篠城址・史跡保存館。

 

 

 

 

本丸跡。

 

 

 

 

鳥居強右衛門、

磔の場所を望む・・・

 

 

 

 

布陣図、

戦況がとてもよく理解できました!

 

 

 

 

設楽原合戦。

(長篠の戦い)

 

 

 

馬防柵。

 

 

現地に、

とてもリアルに再現されていました!

 

 

 

突撃してくる武田騎馬隊を、

鉄砲で迎撃・・・

 

 

 

土屋昌次、

ああ無念・・・

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

5月は北海道に長期出張だったのですが、

その合間に、

旭川の三浦綾子記念文学館に

立ち寄りました。

 

その影響で、

久しぶりに、

三浦綾子さんの代表作、

氷点

を読み返してみようとして、

 

本棚を探ったところ・・・

 

ああ、生き残っていました!

 

 

現行版とは、

表紙が変わっていますが(^^;

 

たしか、もう30年近く前、

私が大学生か20代の頃に読んだ小説。

 

細かいストーリーは、

忘れてしまっていたので、

再度、読み返してみたのですが・・・

 

いやあ、

やっぱり、読ませますね~。

 

内容は、一見、

メロドラマ的な感じなのですが(^^;

 

実際に読み進めてみると、

人間の業、

というか、

本質的なところに迫ってくるものがあります。

 

それは、

「原罪」をテーマにしているから。

 

「原罪」?

 

キリスト教では、

イブが、禁断の果実を取ってしまい、

アダムもそれに従ってしまったことを指し、

 

その罪は、

誰の身にも備わっているものだといいますが、

 

キリスト教信者ではない

私にとっては、

いまいち、ピーンとこない・・・

 

と思っていたら、

 

三浦綾子記念文学館で、

「なるほど・・・」

と思える言葉がありました。

 

 

 

「原罪」とは、

 

どんな人にもある、

自分は悪くない

という思い。

 

 

なるほど・・・

 

「どんな人にもある、

自分は悪くないという思い」

 

つい自己正当化してしまう

気持ち・・・

 

う~ん、それは、

たしかに、ありますね。

 

氷点

前半のあらすじを、

ちょっとだけ紹介させていただきますと・・・

 

エリート医師で

人格者といわれている辻口と、

美貌の妻、夏枝は、

何不自由なく幸せに暮らしていましたが、

 

夏枝のちょっとした浮気心の隙に、

最愛の3歳の娘、

ルリ子が殺されてしまうんですね。

 

やがて、

妻の浮気心を知った辻口は、

嫉妬と憎しみのために、

何と、自殺した犯人の娘を引き取って、

養女、陽子として育てることを決意します。

 

犯人の娘だという事実を、

妻に知らせぬまま・・・

 

ということで、

この後は、

鋭い心理描写で、

登場人物の葛藤が描かれつつも、

ドラマチックな展開が進むのですが・・・

 

辻口も、

妻の夏枝も、

 

「自分は悪くない」

 

という思いが強いんですね。

 

ほんとうは、

自分自身の嫉妬や打算、

虚栄心、弱さ、欲望からくるものなのに、

 

「自分は悪くない」

「自分は被害者だ」

という意識で、

自分の行為を正当化をしてしまう。

 

その積み重ねが、

やがては、次の悲劇を生むことに・・・?

 

この小説では、

つい自分の弱さを

自己正当化してしまう、

人の心の動きが、

とても丁寧に描かれていて、

 

私自身の心の中が暴かれるような感じがして、

心苦しくもなるのですが(^^;

 

反面、心が清らかな、

登場人物も描かれています。

 

養女の陽子がそうなのですが、

 

台風による青函連絡船の沈没事故

(史実の洞爺丸事故がモデルになっています)

のシーンに登場する、宣教師もそうです。

 

 

ふいに近くで

女の泣声がした。

 

胃けいれんの女だった。

 

「ドーシマシタ?」

 

宣教師の声は

落ちついていた。

 

救命具のひもが切れたと

女が泣いた。

 

「ソレハコマリマシタネ。

ワタシノヲアゲマス」

 

宣教師は救命具を

はずしながら、

続けていった。

 

「アナタハ、

ワタシヨリワカイ。

 

ニッポンハワカイヒトガ、

ツクリアゲルノデス」

 

啓造は思わず宣教師をみた。

 

しかし啓造は

救命具を宣教師に

ゆずる気には

なれなかった。

 

 

啓造とは、

エリート医師で人格者といわれている、

辻口啓造のことです。

 

ちなみに、

この宣教師のモデルとなった人物は、

洞爺丸事故における実在の人物。

 

 

(あの宣教師は

助かったろうか?)

 

あの胃けいれんの女に、

自分自身の救命具をやった

宣教師のことを、

 

啓造はベットの上でも

幾度も思い出したことだった。

 

啓造には

決してできないことをやった

あの宣教師は

生きていてほしかった。

 

あの宣教師の生命を

受けついで生きることは、

啓造には不可能に思われた。

 

あの宣教師が

みつめて生きてきたものと、

 

自分が

みつめて生きてきたものとは、

 

全くちがっているに

ちがいなかった。

 

 

遠藤周作さんの小説、

女の一生 二部・サチ子の場合

に登場する、
コルベ神父を想起します。
 

(過去ブログで紹介しました。

よかったらご覧ください)

 

 

 
私はキリスト教の信者ではなく、
特定の信仰は持っていないのですが、
 
キリスト教には、
このような聖者が実際に存在するわけであって、
信仰の力というものは、
やはりすごいと思います。
 
見ず知らずの人のために自らが犠牲になる。
 
この小説では、
「汝の敵を愛せよ」
ということもテーマのひとつなのですが、
 
自分の愛する人のためならともかく、
赤の他人のために自らが犠牲になるというのは、
常人にはできません。
 
やはり、
聖人レベルでないとできないことなのですが、
 
そのような人が、
歴史上、何人か実在したのは事実だし、
いや、実は人知れずそれを実行して死んでいった、
あまたの人がいたのだと思います。
 
しかし、
私たちは、
エゴを抱えて生きている以上、
どうしても、
弱い自分を自己正当化しがちです。
 
 
啓造は
つくづく自分を罪ぶかいと、
思った。
 
そうは思ってもまた、
どこのだれよりも
やはり
自分がかわいいのが
不思議だった。
 
(もし他人が、
おれのように
妻の不貞を憎んで、
陽子を妻に育てさせたと
きいたなら、
 
おれは
その男を罵倒するだろう。
 
第一、
おれ自身が
もし一夜の浮気を
したとしても、
おれは決して
自分を怒りはしない。
 
それなのに
妻の浮気は絶対
ゆるせないのだ。
 
一体これは
どういうことなのだろう。
 
人がやって悪いことは、
自分がやっても
悪いはずだ)
 
人のことなら、
返事の悪いことでも、
あいさつの悪いことでも
腹が立つくせに、
 
なぜ自分のことなら
許せるのだろう、
 
と啓造は
人間というものの
自己中心なのに
おどろいた。
 
(自己中心とは何だろう。
これが罪のもとではないか)
 
 
・・・ほんとそうですね。
 
「自分は悪くない」
「自己中心」
という原罪。
 
ただし、
それは消すことはできない。
 
では、
どうすればいいのか。
 
 
やはり、まずは、
自分の罪を「自覚」することだと
私は考えます。
 
罪といっても、
犯罪のような
おおげさなものではないし、
 
自覚といっても、
自分を責める
というわけではありません。
 
私自身の日常生活のささやかなこと、
悪気のない、時にはよかれと思っての
ちょっとした言動でも、
 
時に、
人を傷つけていることがあるし、
 
それを、
自己正当化することもある。
 
そう自覚することが、
まずは第一歩だし、
 
それが、
他人に対しての寛容さにも
つながるのではないか・・・
 
他人の言動を不快に感じることが
あっても、
 
他人に悪気はないわけだし、
 
たとえ悪気があったとしても、
それは弱さからきているのだから、
 
そして、それは、
私自身も同じなのだから・・・
 
 
 
*********************************
 
 
以上、

三浦綾子さんの代表作、

氷点

 

 
を題材にして、
今回は、
「原罪」について考えて見ました。
 
なお、
氷点のラストは、
その後がちょっと気になる
終わり方なのですが(^^;
 
ちゃんと続きがあります。
 
 
私はまだ読んだことがないので、
いずれ読みたいと思います(^^)
 
 
ちなみに、
私の本棚にある、
三浦綾子さんの他の小説だと、
 
 
 
自らの命を犠牲にして、
多くの乗客の命を救った、
青年の生涯を描いています。
(実在の人物がモデル)
 
こういう日本人が存在したという事実。
人間捨てたもんじゃないですね(^^)
 
今回の出張で、
現地も観てきました。
 
 
 
続いて、
 
 
一本気で私心のない
大工の棟梁の半生を描いた作品。
(これも実在の人物がモデル)
 
隠れた名作だと思います(^^)
 
これらの作品、
氷点も含めて、
まだ読んだことのない方は、
ご一読をおすすめします😊
 
精神性が高まる気がしますよ!
 
 
 
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今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました(^^)
 
次回は別の本を紹介します(^^;