ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

芥川賞受賞作家、

平野啓一郎さんの新書、

 

私とは何か 「個人」から「分人」へ

 

 

を紹介・解説しています。

 

今回で3回目になります。

 

この本では、

いわゆる「個人」に対して、

「分人」という概念を提唱しています。

 

「分人」とは、

その時、その時の対人関係によって生じる、

様々な自分のことです。

 

「個人」が、

自分だけで完結するものに対して、

 

「分人」は、

自分と他者との対人関係で生じるので、

 

いわば、

他者が自分に混じったもの、

ともいえると思います。

 

「個人」と「分人」について、

本書ではこう述べられています。

 

 

個人は、

確かに分けられない。

 

しかし、

他者とは明確に

分けられる。

区別される。

 

だからこそ、

義務や責任の「独立した主体」

とされている。

 

栄光を掴めば、

それは、

他者とは違うあなたが

したことだ。

 

他者は、

それにまったく

無関係である。

 

罪を犯せば、

それはやはり

あなたがしたことで、

他の人は無関係である。

 

金持ちになっても

貧乏になっても、

 

すべて他者とは「分けられた」

あなたの問題だ。

 

 

西洋的な「個人」主義、

いわゆる

「自己責任」の考え方

ともいえますね。

 

しかし、

「分人」主義で考えると・・・

 

 

人間は、

他者との分人の集合体だ。

 

あなたが何をしようと、

その半分は

他者のお陰であり、

他者のせいだ。

 

 

そうですね・・・

 

肌感覚としても、

たとえば、

仕事において、

うまくいった時というのは、

 

もちろん、

自分が頑張ったせいではあるのですが、

それよりも、

周囲の人からの影響や、

関係者の協力のおかげ

という面が大きい気がします。

 

逆にいえば、

うまくいかなかったときは、

自分のせいばかりではなく、

現実問題として、やはり、

周囲の影響は受けているわけです。

 

 

個人は、

人間を個々に分断する単位であり、

個人主義はその思想である。

 

分人は、

人間を個々に分断させない単位であり、

分人主義はその思想である。

 

 

人間を個々に分断させない思想が、

分人主義なんですね。

 

 

それは、

個人を人種や国籍といった、

より大きな単位によって

粗雑に統合するのとは逆に、

 

単位を小さくすることによって、

きめ細やかな繋がりを

発見させる思想である。

 

 

この小さな単位というのは、

身近な人間関係ということ。

 

 

私たちは、

隣人の成功を喜ぶべきである。

 

なぜなら、

分人を通じて、

 

私たち自身が

その成功に与(あずか)って

いるからだ。

 

私たちは

隣人の失敗に優しく手を

差し伸べるべきである。

 

なぜなら、

分人を通じて、

 

その失敗は、

私たち自身にも

由来するものだからだ。

 

 

このように考えると、

他人の失敗は、

責める気になりませんし、

他人の成功には、

自分も嬉しくなりますね。

 

そして、

自分が成功した暁には、

感謝の気持ちが、

自然に湧いてくる気がします(^^)

 

「わたしたちはひとつである」

 

これを、

「人類皆兄弟」

みたいに考えると、

ちょっとボヤっとしてしまい、

私は、

いまいちピーンとこないのですが(^^;

 

「分人主義」で考えると、

イメージがしやくすなります。

 

 

「分人」という考え方は、

「自分のことが好きになれない」

人にも、とても有効です!

 

 

自分に対して

否定的になっている人に、

 

まず自分を愛しなさい、

自分を大切にしなさい

と言っても、

 

あまり意味がないのでは

ないか?

 

嫌いというのは、

不合理な感情だ。

 

単に好きになれと

言われてみても、

ハイそうですか、

とはならないだろう。

 

 

たしかに・・・

 

それができないから

困っているわけであって(^^;

 

 

しかし、

自分という人間の全体を

漠然と考えるのを止めて、

 

分人単位で考えてみると

どうだろうか。

 

自分のことが嫌いな人がいれば、

自分の分人を一つずつ、

考えてみよう。

 

「Aさんと会っているときの

自分は、

快活で、面白い冗談なんかも

自然と口に出来て、

満更でもない。」

 

「Bさんと一緒にいるときの

自分は、

いつも真剣だ。

それはそれで

充実感がある。」

 

「Cさんといるときの

自分は、

なんか、肩が凝って、

イマイチだ。」

 

「Dさんと、・・・」

 

人は、なかなか、

自分の全部が好きだとは言えない。

 

しかし、

誰それといる時の自分(分人)は

好きだとは、

意外と言えるのではないだろうか?

 

逆に、

別の誰それといる時の自分は

嫌いだとも。

 

そうして、もし、

好きな分人が

一つでも二つでもあれば、

そこを足場に生きていけばいい。

 

 

自分の全部が好きでなくとも、

好きな分人が、一つでも二つでもあれば、

いいんですね。

 

 

それは、

生きた人間でなくても

かまわない。

 

私はボードレールの

詩を読んだり、

森鴎外の小説を

読んだりしている時の自分は

嫌いじゃなかった。

 

人生について、

深く考えられたり、

美しい言葉に導かれて、

 

自分がより広い世界と

繋がっているように

感じられた。

 

そこが、

自分を肯定するための

入り口だった。

 

 

・・・私も、

思春期のころから、

多くの作家さんによって、

救われてきました。

 

たとえば、

遠藤周作さんとか・・・

 

とはいっても、

氏の作品の深さを

味わえるようになったのは、

正確には、

中年になってからなのですが(^^;

 

 

分人は、

他者との相互作用で生じる。

 

ナルシシズムが

気持ち悪いのは、

他者を一切必要とせずに、

自分に酔っているところである。

 

そうなると、

周囲は、まあ、じゃあ、

好きにすれば、

という気持ちになる。

 

しかし、

誰かといる時の分人が好き、

という考え方は、

 

必ず一度、

他者を経由している。

 

自分を愛するためには、

他者の存在が不可欠だという、

 

その逆説こそが、

分人主義の自己肯定の

最も重要な点である。

 

 

「自分を愛するためには、

他者の存在が不可欠である」

 

・・・これは、やっぱり、

そうだよな~と思います。

 

人は、ひとりでは、

いずれ行き詰ってしまいますから。

 

ただし、他者は大勢でなくてもいい。

 

 

人間が抱えきれる

分人の数は

限られている。

 

学校で孤独だとしても、

何も級友全員から

好かれなければならない

理由はない。

 

友達が「三人しか」

いないと思うか、

 

好きな分人が「三つも」

あると思うかは

考え方次第だ。

 

逆に十人も二十人も

友達がいて、

そのすべてに

最適に分人化するのも、

けっこう大変だろう。

 

そうして

好きな分人が

一つずつ増えていくなら、

 

私たちは、その分、

自分に肯定的になれる。

 

否定したい自己が

あったとしても、

 

自分の全体を

自殺というかたちで

消滅させることを考えずに

済むからだ。

 

 

私は、今、

ささやかながら、

チャット悩み相談の

ボランティアカウンセラーとして、

協力しているのですが、

 

その中で、実際、

「消えたい・・・」

「死にたい・・・」

という声も寄せられます。

 

しかし、

たとえ自分のことが好きになれなくても、

その中のひとつの自分、

すなわち、

ひとつの「分人」でも

好きになることが出来れば、

 

生きていくことはできると思います。

 

仮に、一期一会だとしても、

その人の「分人」づくりの

きっかけとなれるような、

 

そんなカウンセラーでありたいと

思っています😊

 

 

 

***********************************

 

 

 

以上、

平野啓一郎さんの新書、

 

私とは何か 「個人」から「分人」へ

 

 

で私の印象に残ったところを、

 

3回に渡って、

紹介・解説してきました。

 

「個人」から「分人」へという考え方は、

 

変化が激しく、

また、個々人が分断されがちな

現代世界において、

 

ウェルビーイング(幸福な状態)

の観点からも、

 

とても有益な考え方だと思いました。

 

興味のある方は、

是非、ご一読ください!

 

ちなみに、

私は、この新書を読んで、

平野啓一郎さんの

「小説」も読んでみたくなりました!

 

まずは、代表作の、

マチネの終わりに

かなあ・・・?

 

ということで、

おそらく次回、

紹介・解説させていただくことになると

思います!

 

 

 

***********************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

***********************************

 

 

 

おまけ(^^;

 

 

曹洞宗の大本山、

横浜の總持寺の参禅会に参加しました(^^)

 

コロナ禍以来、

数年ぶりの開催です!

 

 

 

磨き上げられた廊下、健在!

 

 

 

当日飛び入り(予約不要)、

500円で気軽に参加できます。

 

總持寺 参禅会

 

久しぶりで、足が痛かったですが(^^;

おかげさまでリフレッシュできました!

 

有り難うございます😊

 

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

前回から、

芥川賞受賞作家、

平野啓一郎さんの新書、

 

私とは何か 「個人」から「分人」へ

 

 

を紹介・解説しています。

 

「分人」とは・・・

 

対人関係ごとの

様々な自分のことを指します。

 

一人の人間は、

複数の分人が合わさったものであり、

そこには、

「本当の自分」という

中心はない。

 

そして、

その人らしさ(個性)は、

その複数の分人の構成比率によって

決定される。

 

という考え方です。

 

これでは、

「自分軸」

というものがないような気もするのですが、

 

しかし、

この本を一読すると、

 

この「分人」という概念は、

私たちが生きていくうえで、

とても有益な考え方だと思えてきます。

 

なぜなら、

「変化」を肯定的に捉えられるように

なるからです(^^)

 

たとえば・・・

 

 

学校でいじめられている人は、

自分が「本質的に」

いじめられる人間だなどと

考える必要はない。

 

それは、あくまで、

いじめる人間との

関係の問題だ。

 

放課後、

サッカーチームで

練習したり、

自宅で両親と過ごしたり

している時には、

 

快活で、楽しい自分になれると

感じるなら、

 

その分人こそを

足場として、

生きる道を考えるべきである。

 

 

その通りですね。

 

いじめは、

いじめる人間との

「関係」の問題にすぎない。

 

「本質的に」いじめられる人間・・・

な、わけがありません。

 

 

貴重な資産を分散投資して、

リスクヘッジするように、

 

私たちは、

自分という人間を、

複数の分人の同時進行の

プロジェクトのように

考えるべきだ。

 

学校での分人がイヤになっても、

放課後の自分は

うまくいっている。

 

それならば、

その放課後の自分を

足場にすべきだ。

 

それを多重人格だとか、

ウラオモテがあると言って

責めるのは、

 

放課後まで

学校でいじめられている自分を

引きずる辛さを知らない、

浅はかな人間だ。

 

学校での自分と

放課後の自分とは

別の分人だと区別できるだけで、

どれほど気が楽になるだろう?

 

 

そうですね。

 

人生、たとえ、

つまずいてしまうことがあったとしても、

それは、自分の「分人」の

ひとつであるにすぎない。

 

うまくいっている「分人」を

意識的にメインにしていけば

いいわけです(^^)

 

そう考えると、

リスクヘッジという意味でも、

いろいろな対人関係の「分人」を

もっておいたほうが安心ですね。

 

たとえば、

今、会社員の場合、 

副業が解禁される傾向にあります。

 

もちろん、

喜ばしいだけではなく、

会社が社員の面倒を見きれない、

いわば見捨てるといった負の面もあるのは、

否定できませんが、

 

しかし、

いくつかの収入源を確保しておくというのは、

リスクヘッジの意味でも、

これからの時代、重要ですし、

そこから、自分の中の生きがいや、

新たな才能が開花するかもしれません。

 

組織内で不遇な人にとって

副業という

「分人」の足場を作っておくことは、

辞めるという選択肢以外にも、

オプションが増えることにもなります(^^)

 

 

イジメや虐待の

過去を持っている人も、

 

分けられない

「本当の自分」という

考え方を強要されるなら、

 

誰と新しい関係を結ぼうとしても、

毎回、その体験へと

引き戻されてしまう。

 

この人は、

自分に暴力を振るわないだろうか?

 

自分はやっぱり、

「愛されない人間」

なのではないだろうか?

 

 

「本当の自分はただひとつ」

だと考えると、

たしかに、

過去を引きずってしまいますね・・・

 

 

しかし、

新しく出会う人間は、

決して過去に出会った人間と

同じではない。

 

彼らとは、

まったく新たに分人化する。

 

そして、

虐待やイジメを受けた自分は、

その相手との分人だったのだと、

一度、区別して考えるべきだ。

 

自分を

「愛されない人間」として、

本質規定してしまってはならない。

 

そして、

もし新しい分人が

自分の中で大きく膨らみ、

自信が持てるようになったら、

 

そこを足場にして、

改めて過去の分人と

向き合ってみればいい。

 

「人格は一つしかない」、

「本当の自分はただ一つ」

 

という考え方は、

人に不毛な苦しみを

強いるものである。

 

 

平野啓一郎さんは、

いわゆる、

「高校デビュー」

「大学デビュー」を

肯定的に捉えています。

 

ちなみに、

私も、大学デビューをしたクチですが(^^;

 

たしかに、

今までのしがらみがない場所で、

新たな対人関係をつくり、

新たな「分人」ができることで、

 

新たな世界が広がりますよね!

 

過去の「分人」はいったん置いておいて、

新しい「分人」の割合を高くしていく。

 

そうすることで、

新たな道が開けるかもしれない。

 

環境が変わるということは、

そのいいきっかけになる。

 

社会人になっても、

定年後も、

「~デビュー」すること、

 

素敵なことですね(^o^)

 

もちろん、

過去の「分人」も自分の一部。

 

消えてなくなることはありませんが、

割合を意識的に小さくすることはできる。

 

そして、

自分にとって居心地のいい、

新たな「分人」が確立できてきたら、

 

過去の「分人」と向き合ってみるのも、

いいかもしれません。

 

何か「意味付け」ができるかもしれません。

 

ただし、

そこで、無理矢理、

過去の「分人」を好きにならなくても

いいと思います。

 

「好きになれない自分」

を受け入れる・・・

 

・・・そうやって、

「自己受容」を深めていけると、

素敵ですね(^^)

 

 

 

********************************

 

 

 

なお、

この「分人主義」と似た考え方として、

 

私の心の師、

遠藤周作さんは、

 

「人生いろんな顔を持ったほうが

豊かに生きられる!」

 

とおっしゃっています。

 

現に、遠藤周作さんは、

「沈黙」や「海と毒薬」のような、

シリアスな芥川賞作家という顔だけでなく、

 

「狐狸庵」と名乗り、

ユーモア小説やエッセイを多数書いたり、

 

素人劇団「樹座」の座長として、

芝居を楽しんだりする顔もありました。

 

ちなみに、

心理学的な見地からみても、

ひとつの顔のみで生きると、

それ以外の顔を抑圧することになり、

やがてそれがシャドー化する。

 

そのシャドーが肥大化すると、

無意識の領域から、

その人を脅かすようになるといいます。

(または家族に影響がでることも)

 

特に、

お堅い職業やお立場の人は、

要注意ですね(^^;

 

それから、

多摩大学大学院名誉教授の

田坂広志さんは、

 

人は、誰もが「多重人格」誰も語らなかった「才能開花の技法」

 

 

という興味深い本を上梓されています。

 

人は皆、心の中に

「いくつもの人格」

を持った

「多重人格」であるといい、

 

それらを意識的に育てることによって、

「いくつもの才能」が開花するといいます。

 

すぐれた経営者は、もれなく、

「多重人格」であるという・・・

 

最初は、

「えっ・・・本当か?」

と思いましたが、

本書を読むと納得できます!

 

興味のある方は、是非ご一読ください😊

 

 

 

********************************

 

 

 

次回も、

平野啓一郎さんの新書、

私とは何か 「個人」から「分人」へ

の紹介・解説を続けますね(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

 

********************************

 

 

 

おまけ(^^;

富士吉田周辺、神社巡りです!

 

 

富士吉田市の

新倉富士浅間神社

 

階段を登り切った後の・・・💦

 

有名な、

五重塔を挟んでの富士山🗻

 

ここは、外国の方が

たくさんいらっしゃいましたよ!

 

 

 

 

 

新屋山神社

 

ここは、金運上昇で有名な神社!

 

 

 

 

こちらは、

北口本宮冨士浅間神社

 

奥の大鳥居(木造としては日本最大だそうです)

 

 

 

 

 

巨木が点在しています!

 

 

 

鈍感な私でも、

何かパワーを感じます!

 

 

 

敷地内の諏訪神社。

 

数ある浅間神社の中でも、

北口本宮冨士浅間神社

が、私は一番好きかもしれません(^^)

 

おすすめします!

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

東京・横浜では、

早くもセミの大合唱が

聞こえてきました。

 

今回から、

小説家、平野啓一郎さんの新書、

 

私とは何か 「個人」から「分人」へ

 

 

という本を、

紹介・解説していきます。

 

平野啓一郎さんは、

芥川賞受賞作家でもあり、

作品は、よく新聞の書評などにも、

紹介されていますが、

 

私は、

ずっと「読みたいなあ~」

と思いつつも、

まだ読んだことのない

作家さんでした(^^;

 

今回、とあることから、

氏の「分人」という概念を知り、

とても興味を持ったので、

 

小説を読む前に、

まずは、

「分人」の考え方について

述べられている新書、

 

私とは何か 「個人」から「分人」へ

 

を読んでみようと思いました。

 

一読してみて・・・

この「分人」という考え方ですが、

 

心理学的見地からも、

とても興味深く、

 

また、現実的な視点、

肌感覚からしても、

非常に納得感のあるものでした!

 

 

******************************

 

 

「私とは何か」

 

これは、

私が思春期の頃から、

ずっと追い続けている

テーマでもあります(^^;

 

「私とは何か」

 

それは、

「本当の自分とは何か」

という問いでもありますね。

 

「本当の自分とは何か」

 

それを追い求めて、

自分探しの旅をしたりするわけですが、

 

なかなか、

本当の自分は見つからない。

 

そこで、

対人関係で揉まれたり、

試行錯誤しながら、

 

少しずつ「自分」というものを、

確立していくというのが、

王道かと思いますが、

 

でも、

「これが、本当の自分だ!」

と常に自信を持って言えるほどの

自分を確立するのは、

けっこう難しい気もします。

 

なぜなら、人は、

対人関係や時と場合によって、

変化するからです。

 

 

たとえば、

会社で仕事をしているときと、

家族と一緒にあるとき、

私たちは

同じ自分だろうか?

 

あるいは、

高校時代の友人と

久しぶりに飲みに行ったり、

恋人と二人きりで

イチャついたりしているとき、

 

私たちの口調や表情、態度は、

随分と違っているのではないか。

 

 

そうですね。

たしかに、人は、

対人関係や時と場合によって、

変化します。

 

しかし、

「人格」という意味では

一つであると考えられています。

 

 

人間は確かに、

場の空気を読んで、

 

表面的には色んな

「仮面」をかぶり、

「キャラ」を演じ、

「ペルソナ」を使い分けている。

 

けれども、

その核となる

「本当の自分」、

つまり自我は一つだ。

 

そこにこそ、

一人の人間の本質があり、

主体性があり、

価値がある。

・・・

 

 

対人関係で変化するのは、

「仮面」をかぶり、

「キャラ」を演じ、

「ペルソナ」を

使い分けているからであって、

 

「本当の自分」

つまり自我、人格はあくまで一つである。

 

これが、

一般的な考え方だと思います。

 

しかし、

平野啓一郎さんは、

そうではないといいます。

 

 

たった一つの

「本当の自分」

など存在しない。

 

裏返して言うならば、

対人関係ごとに見せる

複数の顔が、

 

すべて

「本当の自分」である。

 

 

対人関係ごとに見せる

複数の顔は、

「仮面」ではなくて、

すべて「本当の自分」。

 

これが、すなわち、

「分人」という考え方なんですね。

 

 

分人とは、

対人関係ごとの

様々な自分のことである。

 

恋人との分人、

両親との分人、

職場での分人、

趣味の仲間との分人、

 

・・・それらは、

必ずしも同じではない。

 

分人は、

相手との反復的な

コミュニケーションを通じて、

自分の中に形成されてゆく、

パターンとしての

人格である。

 

必ずしも

直接会う人だけでなく、

ネットでのみ交流する人も

含まれるし、

 

小説や音楽といった芸術、

自然の風景など、

 

人間以外の対象や環境も

分人化を促す要因となり得る。

 

一人の人間は、

複数の分人のネットワークであり、

そこには、

「本当の自分」という

中心はない。

 

 

「本当の自分」という中心が、

いわば、

「仮面」を使い分けているのではなく、

 

複数の「分人」が合わさったものが、

一人の人間となる。

 

すなわち、分人とは、

「分数」

のようなものなのです。

 

 

個人を整数の1とするなら、

分人は、分数だと

ひとまずはイメージして

もらいたい。

 

私という人間は、

対人関係ごとの

いくつかの分人によって

構成されている。

 

そして、

その人らしさ(個性)

というものは、

 

その複数の分人の

構成比率によって

決定される。

 

 

個性は、

分人の構成比率によって決まる。

 

これは、

円グラフをイメージしていただくと、

分かりやすいかもしれません(^^)

 

(最後に紹介する動画をご覧ください!)

 

そして、

その比率は、

対人関係ごとに変わる。

 

だから、

個性は、不変的なものではない。

 

 

分人の

構成比率が変われば、

当然、個性も変わる。

 

個性とは、

決して唯一不変のものではない。

 

そして、

他者の存在なしでは、

決して生じないものである。

 

 

他者の存在に影響を受ける

「分人」の割合によって、

個性が変わる・・・

 

これは、何だか、

軽薄というか、

 

いかにも、

「自分というもの」

いわば、

「自分軸」

がないような気もしますが、

 

しかし、

この「分人」という概念は、

 

先行きが不透明で

複雑な現代社会において、

とても有益で、

 

「生きやすくなる」

考え方だと私は捉えました。

 

その理由は・・・

 

 

・・・次回に続きますね(^^;

 

 

ちなみに、

「分人」という考え方、

平野啓一郎さん自身が監修した、

ショートムービーで、

大変分かりやすく解説されています!

 

 

7分くらいです。

興味のある方は、是非ご覧ください!

 

 

 

********************************

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回に続きます(^^;

 

 

 

********************************

 

 

 

おまけ(^^;

 

足柄サービスエリアの

ぶらっとパークで車中泊して、

久しぶりに山歩き。

 

早朝、御殿場側はどんよりでしたが、

三国峠を越えると・・・

 

 

 

ああ・・・

パノラマ台から、絶景!

 

富士山と山中湖。

 

 

 

今回の富士山は、

赤っぽかったです!

 

 

 

403段!もの階段を登って、

しばらく登山道を登ると・・・

 

 

 

久しぶりの石割神社、

割れた大岩健在!

 

 

 

石割山山頂。

 

暑くて、ばてましたが💦

ここからも絶景でした!

 

皆さんにも、富士山パワー届け🗻!

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

酷暑が続いておりますね💦

 

日本を代表するコミュニケーション術の大家、

野口敏先生の最新刊、

 

人の輪の中にスッと入れる話し方

 

 

から、

私の印象に残ったところを、

紹介・解説しています(^^)

 

この本は、

タイトルの通り、

職場でのランチや、飲み会、

習い事、公園デビューなど

人の輪の中にすんなり入っていくための

具体的なスキルが満載なのですが、

 

(興味のある方は

ぜひ本書をお読みください!)

 

スキル以外にも、

コミュニケーションの

本質を突いていると

私が感じるところがあります。

 

今回は、そこの部分を、

シェアさせていただきますね。

 

「あなたが出会う人は、あなたを映す鏡」

というところです。

 

 

コンビニ、パン屋さん、

病院の受付、

スーパーのレジなどで、

私たちは様々な表情に

出会います。

 

そこであなたは、

どんな態度や表情を

向けられることが多いですか?

 

明るく朗らかな笑顔でしょうか。

 

それとも

表情の乏しい、

何の感情も伝わってこない

顔でしょうか。

 

 

そうですね・・・

 

店にもよりますが、

無表情なことが多いかなあ・・・

 

 

実は、

あなたが出会う顔は、

あなたが他人に向けている

顔でもあるのです。

 

それがまるで鏡のように、

あなた自身に

返ってきているのです。

 

 

う~ん・・・

 

よくよく考えてみると、

たしかに、私が不愛想な時は、

店員さんも

不愛想なことが多い気もする・・・

 

もちろん、

店員さん次第のところもありますし、

私が不愛想でも、

笑顔を向けてくれるケースも

ありますが、

 

しかし、

傾向としては、

私の状態と同じ反応をされることが

多いかも・・・

 

 

ということは、

ふだんから人と

アイ・コンタクトを取り、

温かな声で

「おはよう」や

「ありがとう」を伝え、

人懐っこい笑顔を

向けている人には、

 

常に太陽のような

明るい表情が

向けられるということです。

 

すると、

自然と心がはずみ、

表情はますます

明るくなることでしょう。

 

反対に、

人の目をみることも少なく、

低く小さな声で話し、

表情の乏しい顔を

向けている人には、

 

冷たく無機質な反応しか

返ってこないということです。

 

すると、

世界は冷淡で

喜びの少ないところだと

思い込むようになるかも

しれません。

 

 

100%ではないにせよ、

この傾向はあるような気がします。

 

少なくとも、

自分の住む世界を、

明るく朗らかなものにしたいのなら、

 

まずは、自分が、

できる限り、

明るく朗らかに振る舞う、ですね😊

 

 

こんなことも

書かれています。

 

 

その人がまとっている

雰囲気は、

 

その人が日頃から

一番使っている感情

から生まれると

私は思っています。

 

たとえその感情を

言葉や態度で表さなくても、

その感情はむんむんと

体から溢れ出して

他人に伝わるのです。

 

あなたの日常の心の状態が、

あなたから放たれる光線を

決めているのです。

 

 

言葉や態度で表さなくても、

人の心の状態は、

光線として放たれている・・・

 

たしかに、

 

たとえば、

部屋に入ってくる人によって、

部屋の空気が変わることって、

ありますよね。

 

明るくなったり、

ピリピリしたり、

 

 

面白いことに、

私たちは

他人の出している光線は

すぐに感じ取れます。

 

でも、

自分がどんな光線を

出しているのかは、

わかっていません。

 

ただし、

自分と会った時の

他人の反応で推し量ることは

可能です。

 

あなたに向けられる表情は、

あなたの表情だと考えて

いいからです。

 

 

自分ではなかなか、

どんな光線を出しているのかは、

わからない。

 

それは、

他人の反応で推し量ることができる・・・

 

う~ん、シビアですが、

それが現実なのです(^^;

 

では、

自分から「幸せ光線」を出すためには、

どんな感情を

心に抱いていればいいのか。

 

 

それは

ふだんから

他人に対して

愛情を持つことに

極まります。

 

 

「ポジティブな気持ち」

というよりも、

 

「愛情」なんですね。

 

別の言い方だと、

「感謝」ともいえるかもしれません。

 

 

 

自分とは

何の利害関係もない人とも、

温かなコミュニケーションが

できる人。

 

これこそが

「幸せ光線」

をいつも出している人です。

 

相手がお客さんだとか、

えらい人ならば、

誰だって気を使って

愛想よく振る舞えます。

 

それは

「見返り」を期待しているからで、

本当の温かさとは

ほど遠いもの。

 

本当に温かな人は、

見返りなんて期待できない人、

自分とは無関係の人にも

優しく朗らかに接しています。

 

さて、あなたは

見知らぬ人に対して、

どんな気持ちで接していますか?

 

 

どきっ、

 

見返りなんて期待できない人にも、

優しく朗らかに接している・・・

 

とは言い切れない自分がいますが(^^;

 

 

私たちがひんぱんに

接しているのに

自分の利害とは

無関係な人というと、

 

まっ先に頭に浮かぶのは

コンビニの店員さんでは

ないでしょうか。

 

彼らからは見返りなど、

ほとんど期待できません。

 

だからこそ、

彼らへの接し方に、

 

その人の地金(本性)が

出るのです。

 

ちなみに、

あまりなじみのないお店、

なじみのない店員さんに対して

どう接するかに、

 

あなたの人間性

(温かな人柄であるか)

が最も表れます。

 

 

なるほど・・・

その通りだと思います(^^;

 

では、具体的には

どう振る舞えばいいのでしょうか。

 

 

まず、入店した時。

 

店員さんから

「いらっしゃいませ」

と声がかかったら、

その人に軽く

アイ・コンタクトを

送ってみましょう。

 

そして立ち止まり、

軽く会釈します。

 

(中略)

 

商品をカウンターに

置く時には、

「お願いします」

と言いましょう・・・

 

 

「立ち止まって軽く会釈」は、

ちょっとハードルが高い気も

しますが(^^;

 

ちなみに、

私は、以前から店員さんに、

横柄な態度はとらないように

心がけてはいまして、

「お願いします」

は言えることもあるのですが、

 

ただ、正直に言うと、

その時の気分によります・・・

 

せいぜい3割くらいかな(^^;

 

もう少し増やして、

7割くらいは、

言えることを目標にしたいです!

 

 

 

・・・最後は

商品を受け取った時です。

 

やはり、

会計をすませた後は、

「ありがとう」と言って

立ち去りたいですね。

 

それも温かな

「ありがとう」

を店員さんに

送ってあげましょう。

 

初めのうちは

緊張してしまって、

愛想のない

「ありがとう」

になるのは当然です。

 

そのことで自分を

否定しないようにしてください。

 

あなたは

「幸せ光線」

の輝きを増す第一歩を

踏み出したのですから。

 

 

私は、

「ありがとう」

は言えることが多いのですが、

多くは、ぼそっとつぶやく感じで、

 

愛想のいい温かな

「ありがとう」

はなかなか言えません(^^;

 

が、これも、

Better than nothing

 

温かい「ありがとう」

少しずつ増やしていくぞ!

 

 

緊張のあまり、

商品を受け取る時に

「ごちそうさま」

などと言わないように。

 

私がやってしまった

ことですけど、

 

恥ずかしかったですよ。

 

 

・・・苦笑、

 

これ、

私もやってしまったことがあります(^^;

 

 

 

 

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以上、

野口敏先生の最新刊、

 

人の輪の中にスッと入れる話し方

 

 

を2回に分けて

紹介させていただきました。

 

 

一つ「ありがとう」

を言うたびに、

 

あなたは一つ

優しくなれるでしょう。

 

 

読むと、

人とコミュニケーションを

取りたくなる本です!

 

おすすめします😊

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は別の本を紹介します!

 

 

 

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追伸

 

妻と一緒の時、

あまり店員さんに愛想よくすると、

 

「私には不愛想なのに・・・

あんたは外面がいい」

 

と言われてしまいます。

 

ううっ、

当たっているだけに・・・😅

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

アイスの消費量が増えている、

今日この頃です💦

 

今回紹介する本は、

私の師匠、ダブル野口先生のおひとり、

(と勝手に言っています(^^;)

 

話し方教室主宰で

ミリオンセラー作家、

日本を代表するコミュニケーション術の大家、

野口敏先生の最新刊、

 

人の輪の中にスッと入れる話し方

 

 

の内容で、

印象に残ったところを、

紹介・解説していきます。

 

コロナ禍で、

人とリアルで会う機会が減っていたせいか、

 

私は、対人のコミュニケーション能力が

退化してしまった感がありますが(^^;

 

皆さまはいかがでしょうか。

 

そんな自覚もあるので、

この本を読んで、

もう一度コミュニケーションのスキルを

学び直したいと思いました(^^;

 

この本は、

その名のとおり、

「人の輪の中にスッと入れる話し方」

のスキルがが具体的にたくさん

紹介されているのですが、

 

その前段階として、

「これが大事!」

ということが述べられています。

 

私にとっては、

意外な盲点だったのですが、

 

それは、

「視線を上げて歩く」です。

 

 

人の輪の中に

スッと溶け込むための第一歩。

 

それは、

視線を上げて歩くこと。

 

かつて

「上を向いて歩こう」

という歌がありましたが、

 

視線を今より少し上げて、

前を向いて歩くことを

意識してください。

 

イメージとしては、

「水平線が見える程度の高さ」

まで視線を上げてください。

 

そうすると、

人の顔がよく見えるように

なるでしょう。

 

そして、

あなたの顔も

他人からよく見えるように

なります。

 

道を歩く時、

電車やエレベーターに乗降する時、

会社の出退勤の時などに、

 

うつむかずに

しっかり顔を上げているように

します。

 

あなたが頑張るのは、

それだけ。

 

これ以上、

何かをすることはありません。

 

 

・・・私はもともと、

どちらかというと、

下を向きながら歩く傾向にあります。

 

考え事をしていることも多いのですが、

すれ違う人と目を合わせるのが、

照れ臭いというか、

正直、面倒な時もあります(^^;

 

それに加えて、

コロナ禍でマスクをした影響も

あるのかもしれませんが、

 

以前にも増して、

人と視線を合わせずに、

下を向いて歩くように

なってしまった感があります。

 

街を歩いていても、

心なしか、下を向いて歩いている人が、

多いような・・・

 

歩きスマホをしている人もいますよね。

(これは私は、ほとんどしませんが)

 

 

でも、それだけ

(顔を上げるだけ)でも

とても

「いいこと」が

あなたを待っているのです。

 

間違いなく言えることは、

人との接点が

びっくりするくらい

増えること。

 

「おお!○○さん、おはよう」

と声がかかることが増えて、

 

「さっき、駅で見かけたよ」

と言葉をかけられたり

するかもしれません。

 

初めは声をかけられることを

恥ずかしく感じるかも

しれませんが、

 

だんだんそれが

うれしくなっていくはずです。

 

人に声をかけてもらうと、

いろいろな人と

「心がつながっていること」

を実感できます。

 

きっと、

ほのぼのとした喜びを

感じるでしょう。

 

 

なるほどです(^^)

 

もちろん、

気持ちがブルーなときなどは、

人に声をかけられたくなくて、

あえて下を向いて

誰とも視線を合わせないようにすることも

あるかもしれませんが。

(私は、あります(^^;)

 

しかし、

フランスの哲学者、

アランが幸福論で述べているように、

 

「人は幸せだから笑うのではない。

笑うから幸せになるのだ」

 

「悲観主義は気分に属し、

楽観主義は意志に属する」

 

という言葉もあります。

 

落ち込んでいるときこそ、

意識して、

「視線を上げて歩く」

 

そうすれば、

気分が晴れてくるかもしれませんし、

 

声をかけられて、

人とのつながりに、

救われるかもしれませんね(^^)

 

なので、

顔見知りの人や、

名前までは知らないけど、

職場や近所でよく顔を合わせる人には、

 

勇気を出して、

こちらから「挨拶」を

したいところですが、

 

この「挨拶」をするタイミングに、

コツがあるといいます。

 

そのコツとは・・・

 

すれ違う直前にするのではなく、

5メートル手前ぐらいから、

「挨拶」をするとよいとのこと(^^)

 

 

5メートル手前から

挨拶をしてもらうと、

相手にも対応するだけの

余裕ができます。

 

「挨拶された」

→

「どんな人だろう」

→

「感じのいい人だ」

→

「自分も挨拶を返そう」

 

こんなふうに

考えるゆとりが

できるのです。

 

だから相手も

ひと呼吸置いて、

「こんにちは」

と返事ができて、

 

あなたと気持ちを

通わせることができるのです。

 

 

私は、職場では、

すれ違いざまに、ぼそっと、

挨拶をすることが多いのですが、

リアクションがないときもあります。

 

こういうことだったのか・・・(^^;

 

 

さらに、

「感じのいい挨拶」

を交わすと

「心のつながり」

を感じるので、

 

ほんのひと言でも

話をしてみようという気持ちも

生れます。

 

何しろ

5メートルの距離の余裕が

ありますから、

言葉を交わすゆとりだって

あるのです。

 

可愛いワンちゃんを

抱いてる人と

すれ違う時は、

「可愛いワンちゃんですね」

と言うこともできます。

 

仕事に出かける様子の人には

「行ってらっしゃい」

と言えば、

「ありがとう」

と返事をしてくれることも

あるでしょう。

 

こうして一度言葉を交わせば、

お互いにもう

「顔見知り」。

 

次に会った時には、

もっと気さくに挨拶ができますし、

 

時には

立ち止まって

お話をするかもしれません。

 

これにて

「人間関係が一つでき上った」

ともいえるのです。

 

 

なるほど・・・、

 

私は、最近、

たまに見かける程度の近所の人に、

自分から挨拶をしていないような

気がするので、

 

機会があれば、

勇気をもって、5メートル手前から、

「挨拶」をしてみようと思います。

 

できる範囲で(^^;

 

ちなみに、

野口先生は、

 

もし5メートル手前から挨拶することに、

ドキドキがきつかったら、

チャレンジはやめても

かまわないといいます。

 

チャレンジしようとした自分を

ほめてあげてください、と。

 

初めてチャレンジする際には、

相手をきちんと選んだほうがいい

ということも。

 

では、いったい、

どんな相手がよいのでしょうか。

 

 

おすすめは、

年配のご婦人です。

 

彼女たちは

人生経験も豊富で、

人間同士は温かい挨拶を

するものだと思っている人が

多いからです。

 

 

これは、

一理あると思います(^^)

 

ただ、忙しい時には

気を付けないと、

捕まってしまうこともありそうですが(^^;

 

では、

避けた方がいい人は・・・

 

これは個人的意見ですが、

 

ブスっとした、

中年のおじさんです(^^;

 

リアクションがあまりよくないので・・・

 

・・・私もか(苦笑)

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回も、この本の紹介を続けますね(^^;

 

 

 

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おまけ(^^;

 

 

愛嬌のある奴です😸