ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

皆さま、

GWはいかがお過ごしでしたか。

 

私は、以前から行きたかった、

秩父の三峯神社登山や

礼所巡りをさせていただきました!

(詳しくは、おまけ写真集で(^^;)

 

あとは、

「プロジェクト・ヘイル・メアリー」

というSF映画を観ましたが、

とてもよかったです!

 

で、今回紹介する本は、

ブレイディみかこさんの

エッセー集、

 

他者の靴を履く

 

他者の靴を履く ブレイディみかこ著書

 

ブレイディみかこさん

といえば、

 

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

(私はまだ未読ですが)

が有名ですが、

その中に出てくる、

 

「エンパシー」

 

をいろんな角度から深堀りしたのが、

本書の内容です。

 

この

「エンパシー」とは、

日本語だと、

「共感」という意味ですが、

「共感」は、

「シンパシー」の訳でもありますね。

 

どう違うのか?

 

 

つまり、

シンパシーは

かわいそうだと思う相手や

共鳴する相手に対する

心の動きや理解や

それに基づく行動であり、

 

エンパシーは

別にかわいそうだとも

思わない相手や

必ずしも同じ意見や考えを

持っていない相手に対して、

 

その立場だったら

自分はどうだろうと

想像してみる

知的作業といえる。

 

 

「シンパシー」は、

思わず同情することや、

「わかるわかる!」というような、

自然に沸き起こる感情のようなもので、

 

「エンパシー」は、

同情や同意することはなくても、

相手の立場に立って

意識的に想像してみる、

といったところでしょうか。

 

で、この

「エンパシー」のことを、

フレディみかこさんは、

「他人の靴を履く」

といっているんですね。

 

「他人の靴を履く」

 

この言葉は、

カウンセリングを学んだ際に、

「共感」をイメージするキーワードとして

口酸っぱく言われた言葉でもあります。

 

自分の価値観は置いておいて、

相手の立場になりきってみる。

 

簡単なことではありませんが(^^;

 

この本を読んで、

特に印象深かった箇所を紹介します。

 

「帰属性アイデンティティ」

について述べられている箇所です。

 

 

わたしたちは、

様々な顔

(役柄と言ってもいい)

を持つ。

 

例えば、

医師である人が同時に

誰かの息子だったり、

また父親だったり、

近所の人々で構成された

ラグビーチームの

一員だったり、

公園のガーデニングを行う

ボランティアの

メンバーだったりする。

 

その時々によって、

彼は医師を演じたり、

父親を演じたり、

公園で雑草を刈っている

気さくなおじさんを

演じたりする。

 

彼という「個」は

それらの顔の集合体なのだ。

 

どれか一つが

「本当の自分」

と思い込む必要はないし、

誰かから

「これが本当の君の顔だ」

と決めつけられる

筋合いもない。

 

 

そうですね~

 

この考え方は、

平野啓一郎さんの

「分人主義」にも

通ずるものがあります。

 

(過去ブログで紹介しました。

よかったらご参照ください)

 

 

これは

他者の靴を履くためには

とても大切な認識になるだろう。

 

ある特定の状態で、

誰かの顔がどんな風に

(醜く、美しく、優しく、

非人道的に、正しく、

悪意に満ちて)

見えたとしても、

 

それはその相手が持っている

顔の一つにすぎない。

 

その人には必ず

別の顔(役割)があることを

忘れたり、

故意に否定すべきではない。

 

人間は社会の中で演じている

様々な顔の集合体なのだから、

 

「これが本当のこの人」

と決め付ける考え方は

的外れなだけでなく、

危険ですらある。

 

それは

帰属性のアイデンティティを

一つに決めつける場合と同様に、

憎悪や暴力や悲劇に

つながるからだ

(こんなやつには

極刑を与えろ

ーつまり殺してしまえー

などの極端な考え方が

生れるのもその一つだろう)。

 

 

自分自身で考えてみても、

たしかに、

色々な顔がありますし、

 

行動一つにしても、

それで、

「これが本当のこの人」

だと決め付けられたら、

イヤですよね~

 

たとえば、私の場合、

 

夫婦ゲンカのあとで

ムカムカしている時は、

会う人にとって、

かなり不愛想だと思いますし(^^;

 

逆に、ちょっとした幸せを

感じている時は、

愛想がよくて、

やたら親切な人だったり(^^;

 

先日、パソコンが壊れて

コールセンターに電話した時には

思わず感情的になってしまったり(^^;

 

(かなり感じ悪かったと自覚しています。

対応して下さった方、ごめんなさい)

 

そんな時には、

「いつもはそんなわけじゃない!」

「決めつけないで~」

 

と言い訳したくなります(^^;

 

 

このことは

「汚い靴、臭い靴は

履きたくない問題」

を解決する糸口

にもなりそうだ。

 

誰かが履いている靴が汚く、

臭く見えたとしても、

 

単にそれはその人の顔

(の一つ)を見て

こんな人の靴は

どうせ汚いとか臭いとか

思い込んでいるだけであり、

 

ひっとすると、

人間が履く靴

(それは「人生」と呼ばれる

ものなのかもしれない)

それ自体には、

臭いとか汚いとかいう特性は

ないのかもしれないのだ。

 

 

そうですね。

その時の、その人の一部だけを見て、

靴が汚くて臭いと

解釈してるだけかもしれない。

 

そもそも、

自分自身を省みても、

時には、汚くて臭いところを

見みせてしまうことも

あるわけですから。

 

坂上監督の

こんなツイートが紹介されています。

 

 

何年も前、

電車で気弱な中学生男子が

もう一人から

一方的にこづかれたり、

首を締められたりしていた。

 

「やめなよ。

私だったら嫌だよ、

そんなことされるの」

 

といじめっ子に言った。

 

続けて

「でも大変だよね、君も。

学校も家も、きついよね」

 

と言ったら、

 

手を放し、

表情から緊張が消えた。

 

 

この後半部分こそ

まさに、

「他人の靴を履く」

ということですね。

 

「いじめっ子」としての顔は、

複数の顔の一つにすぎない。

 

相手の立場に立って

想像してみると・・・

 

いじめっ子も

つらい思いをしている

のかもしれない・・・と。

 

 

「本当の自分」、

「本当の誰か」

というコンセプトから

解放されることは、

 

帰属性のアイデンティティは

一つしかないと思い込む

ことからの解放に似ている。

 

たった一つでなければならず、

たった一つであることが

素晴らしいのだという

思い込みから外れること。

 

そうすれば

人は一足の自分の靴に拘泥せず、

他者の靴を履くために

脱ぐことができるように

なるのかもしれない。

 

言葉はそのきっかけになれる。

既成概念を溶かして

人を自由にする

アナーキーな力が

言葉には宿っているのだ。

 

そしてそれは

やがて社会全体を溶かし、

変容させるウィルスのような

不可視の有機体にもなれる。

 

 

自分の中には、

嫌な自分もいれば、

ダメな自分もいるわけであって、

 

そんな多様な自分自身を

まずは受け容れる。

 

それが、

他者の靴を履く、

すなわち、他者を理解することにも

繋がるのではないか。

 

そんなことを考えました😊

 

 

 

******************************************

 

 

 

以上、

ブレイディみかこさんの

エッセー集、

 

他者の靴を履く

 

他者の靴を履く ブレイディみかこ 本

 

の一部分ですが、

紹介させていただきました(^^)

 

他にも、

「エンパシー」に関して、

金子文子やサッチャー首相、

エーリッヒ・フロムや

ニーチェなどの考え方も踏まえて、

様々な角度から考察されています。

 

中身が濃くて、かつ、

視野を広げてくれる一冊です!

 

 

 

*****************************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして

有り難うございました(^^)

 

皆さまが読んでくださること、

励みになります!

 

 

 

*****************************************

 

 

おまけ写真集(^^;

 

一度行ってみたかった、

奥秩父の三峯神社!

 

表参道(といってもモロ登山道ですが)

を約2時間かけて登りました!

 

秩父の鍾乳洞入り口と登山道

 

途中、鍾乳洞のぞいて・・・

 

 

秩父三峯神社への登山道、滝と鳥居

 

見事な清浄の滝・・・

 

 

新緑と山並み、登山道の風景

 

あれが奥の院かな?

 

 

三峯神社案内図と歴史的建造物

 

よ~やく、

遥拝殿着いた!

 

 

秩父三峯神社、日本オオカミ像と鳥居

 

三峯神社の鳥居

 

髄身門!

 

三峯神社の日本オオカミ像

 

狛犬でも、キツネでもなく、

日本オオカミです。

(明治時代まで

この付近に生息していたそうですよ)

 

 

三峯神社、木々、参拝者

 

8時過ぎの駐車場オープンの影響か、

この時、やたら混んでいました・・・

 

 

秩父三峯神社 拝殿の彫刻

 

拝殿、見事!

お参りできました😊

 

 

秩父三峯神社、摂末社が並ぶ様子

 

摂末社、

全国の有名神社勢ぞろい!

 

 

秩父三峯神社、日本狼、白い鳥居

 

独特の形の白い鳥居、

いったん出ます。

 

秩父 三峯神社 参道入口 巨石碑

 

奥の院(妙法ヶ岳)チャレンジ!

 

 

三峯神社登山道、根っこ地帯

 

根っこ地帯、越えて・・・

 

 

三峯神社奥の院への鎖場登山

 

ええっ、

最後、鎖場!

 

三峯神社、日本オオカミ像と鳥居

 

何とか着きました!

 

 

三峯神社に立つ狛犬(日本オオカミ)

 

三峯神社まで下山して・・・

お仮屋神社のオオカミ。

 

 

秩父の山々、緑あふれる自然景観

 

右の、でこぼこした山が、

さっき登った奥の院かな?

 

 

秩父の森、木々が立ち並ぶ風景

 

秩父三峯神社 拝殿と杉の巨木

 

三峯神社。

 

噂にたがわぬ、

清々しく素敵な神社でした!

 

下から登山したので、

喜びもひとしお!

 

・・・えっ、

左手薬指の骨折は、

 

まだ治っていませんが、

自己責任ということで(^^;

(一度コケて、

ひやっとしましたが💦)

 

(次回、秩父礼所巡りに続きます)

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

だいぶ期間が空いてしまいましたが(^^;

 

カウンセラー東畑開人さんの新書本、

カウンセリングとは何か 変化するということ

 

カウンセリングとは何か 東畑開人著書

の紹介をしております。

 

今回で3回目、最終回です(^^;

 

本書の中で、

「鎧とスライム」という、

印象的な話があります。

 

引用します。

 

 

鎧とスライム。

 

硬い表層とドロドロした深層。

 

心の中の

大人の部分と子どもの部分。

 

色々な言い方がありますが、

フロイトやユングなど

さまざまな理論家たちが、

「意識と無意識」

あるいは

「自我とエス」

などと呼んできたものたちです。

 

これらが

深層心理学の基本理論になるので、

少しだけ立ち入って

説明しておくことにします。

 

その理論の基本的想定は

次のようなものです。

 

人が誕生したとき、

最初にあるのは

無意識=ミニスライムです。

 

心はどろどろしている。

 

それは混乱しやすくて、

暴走しやすく、

そして

傷つきやすい心です。

 

精神分析はこれを

子どもや乳児の比喩で

語ってきたし、

 

ユング心理学だと

神話の神々のメタファーで

捉えたりもします。

 

 

子どもの頃の心が、

やわらかくて傷つきやすい、

「スライム」だというのは、

イメージしやすいですね。

 

 

スライムは

そのままではあまりに

脆弱なので、

成長するに従い、

鎧を着ていきます。

 

他者に触れ、

社会で生きる中で、

自分を守れるように

なっていく。

 

こうして、

自分の柔らかい部分を

隠し持っておけるようになる。

 

表層があり、

深層があるという

心の構造が作られます。

 

皆さんの心にも

多かれ少なかれ、

心を守るための硬い部分と

秘められている柔らかい部分が

あるのではないでしょうか。

 

作戦会議としての

カウンセリングで

取り組まれていたのは、

このようにして

心を守ることで

生存を可能にする作業でした。

 

 

「鎧」を着るというと、

何だか、偽りの自分になる、

というような

ネガティブな印象を受けますが、

 

脆弱な「心」を守るためにも、

必要不可欠なことなんですね。

 

まずは、

「鎧」をしっかり着込む。

 

「作戦会議」としての

カウンセリングとは、

一回目、

 

 

で少し紹介しましたので、

よかったらご参照ください。

 

 

これに対して、

鎧があまりに硬化

してしまうときがあります。

 

厳しい社会で

生存するためには

誰しもがそういうところが

あると思いますが、

次のような時は顕著です。

 

たとえば、

過去に何らかの破局があり、

(たとえば幼少期の

困難な環境や

人生のある段階の

痛ましい暴力)

 

それに自分ひとりで

対応せねば

ならなかった場合です。

 

 

そうですね・・・

 

「鎧」を着るということは、

この社会で生きていくうえで

自分を守るために、

必要不可欠なことですが、

 

過去の出来事によっては、

それが過剰になってしまう場合がある。

 

私は、必ずしも幼児体験だけではないと

思いますが、

でもやっぱり、多くの場合、

その影響は大きいのだと考えます。

 

 

彼らは頼れる他者がいないままに、

ひとりでサバイブしてきた。

 

そういうとき、

セルフで作戦会議を行い、

自分で自分に対して

介入を行うことになります。

 

破局しないように、

高度に心を防衛する。

 

すると、

傷ついた心は

基本的に隔離され、

凍結されることになります。

 

傷の修復には

他者が必要なわけですが、

 

自分しか頼れる人が

いない場合には、

 

痛みを麻痺させるために、

傷ついている自分そのものを

なかったことにするしかない。

 

「生き延びるために、

心の一部を殺さざるを得なかった」

 

とはそういうことです。

 

 

頼れる人がいない場合、

自分で自分を必死で守ってきた。

 

「自我防衛機制」という

アンナ・フロイトの

有名な説がありますね。

 

これは、

程度の差こそあれ、

誰もがやっていることでもありますが。

 

ただし、

これ以上傷つかないように、

心の一部を殺したとしても・・・

 

それは消えるわけではないのです。

 

抑圧したつもりでも、

無意識から湧き上がってくることがある。

 

それに翻弄されるわけですね。

 

 

冒険の対象となる

ユーザーの心は

アンバランスです。

 

一部は大人で、

一部は子ども。

 

生き延びるために

高度に防衛されてきたから、

現実とはうまく

付き合えている。

 

表面には大人として

洗練され、

成熟した自分がいる。

 

しかし、

その鎧の陰には、

傷つき、未熟なままに

時間が止まっている

子どもの自分が潜んでいる。

 

 

私たちは、

現代の競争社会において、

 

やわらかくて傷つきやすい

「スライム」の部分を、

「鎧」を着ることで必死に守りながら、

日々を生きています。

 

まずは、そんな自分を、

「よく頑張っているよね」

と労わってあげたい。

 

そして、

今、着ている鎧は、

もしかしたら過剰かもしれないと

考えてみる。

 

その中に、

しっかりと鎧を着込む前に

傷ついてしまった幼少期の自分が

いるのかもしれない。

 

(これは、程度の差こそあれ、

誰もがもっている傷つきです)

 

そんな「スライム」の自分を生き直すのが、

東畑さんいわく、

「冒険」としての

カウンセリングだといいます。

 

実存的変容、

中年の危機、

個性化・・・などといわれるものですね。

 

今まで抑圧していた

半分の自分、すなわち影の部分・・・

 

ただ、そこを一人で探るのは、

大変だし、とても勇気がいります。

 

そんな時こそ、

同伴者としてのカウンセラーが

求められるのかもしれません(^^;

 

 

 

 

*********************************************

 

 

 

以上、3回にわたって、

カウンセラー東畑開人さんのベストセラー、

カウンセリングとは何か 変化するということ

 

カウンセリングとは何か 東畑開人著書

 

のごく一部ですが、

紹介・解説をさせていただきました(^^;

 

この本、

前にも申し上げましたが、

事例紹介、

(守秘義務があるので

もちろん脚色されたものですが)

 

特に「冒険」としてのカウンセリング

の事例紹介

(ハルカさん・30代後半女性のケース)、

がリアリティーがあり、圧巻です!

心を動かされます。

 

カウンセリングに興味のある方に、

おすすめします😊

 

 

 

 

**********************************************

 

 

 

おまけ写真集(^^;

 

少し前になりますが、

マイナールートから三ノ塔へ!

 

吊り橋と渓流、緑豊かな山道

 

この沢、ジャンプで越えて・・・

(行きは大丈夫だったのですが・・・)

 

 

森の小道、木漏れ日、自然の癒やし

 

ひたすら尾根歩き。

 

 

小道と枯草に覆われた山頂

 

おお、開けてきた・・・

 

 

森の中の木々

 

ヨモギ平。

三ノ塔、見えてきました!

 

 

山の登山道にある手すり

 

モノレール登場(貨物用?)

乗せてって!

 

 

山頂、赤い編み物人形と山々

 

お地蔵さんスポット、

もうすぐ頂上ですが、あれっ・・・

 

 

三ノ塔山頂の標識と山並み

 

頂上、着きました!

 

晴れているのに、

富士山は残念ながら薄雲の中?

 

 

三ノ塔山頂からの山並みと景色

 

塔ノ岳方面を望む・・・

 

三ノ塔は、

比較的登りやすい山ですが、

景色が素晴らしいです!

 

 

森の中のベンチと枯れ木

 

帰り道、ヨモギ平。

 

大山を望む・・・

 

お手製?のベンチ、

有り難や~

 

 

沢と岩場の渓流風景

 

帰り道、最後の沢、

ジャンプしたら、

すべってコケてしまいました(^^;

 

で、左手をついたら、

ううっ・・・薬指骨折💦

 

資格試験、

学科は合格でしたが

実技が何と1点足りず、不合格・・・😢

 

踏んだり蹴ったりですが、

気持ちを立て直して頑張ります!

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

カウンセラー東畑開人さんの

2026年新書大賞受賞作!

 

カウンセリングとは何か 変化するということ

 

カウンセリングとは何か 東畑開人著書

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説しています(^^)

 

前回、

カウンセリングには、

大きく分けて、

 

(1)「生活=作戦会議」

としてのカウンセリング

と、

 

(2)「人生=冒険」

としてのカウンセリング

 

の2つがあるという説を、

紹介させていただきました。

 

本書には、

それぞれ、具体的に

どんなカウンセリングが展開されるのかが、

 

(1)「カナタ」さんの事例

(2)「ハルカ」さんの事例

(※もちろん守秘義務がありますので、

いくつかの事例が統合、脚色されたものです)

 

を通じて、紹介されているのですが、

この事例紹介が、

まさに、この本の真骨頂!

 

まるで自分がカウンセリングを

受けているような感覚になります。

 

東畑さんは、学者ではなく、

さすが、実際に臨床の現場で

活躍されている方だけあって、

リアリティが抜群!

 

「変化する」

ということが具体的にどういうことなのか、

腑に落ちで理解できるのですが・・・

 

・・・詳しい内容は、

是非、本書をお読みください(^^;

 

ということで、

今回は、ちょっとだけ、

(1)「カナタ」さんの事例

から、私の印象に残った箇所を紹介して、

そこを掘り下げてみたいと思います。

 

「カナタ」さんは、

上司との関係からくるストレスから、

ゲームにのめり込み、不眠症になり、

「うつ病」と診断され、

休職することになります。

 

しかし、

カウンセリング(作戦会議)

を続けることで、少しずつ回復をして、

やがて復職します。

 

その時点での、

カウンセラー(東畑さん)

のコメントです。

 

 

カナタさんの

作戦会議としての

カウンセリングは

終盤に入っています。

 

ひとまず目の前で解決すべき

問題はなく、

問題が起きても、

彼が自分で解決できるように

なっている。

 

ですから、

この2週間について

話すことがないと

彼が言ったとき、

 

そこに僕は

「自立」のニュアンスを

感じ取りました。

 

先輩との仲が

接近しているのも

いいですね。

 

よく言われるように、

依存先が増えるのが

自立の条件です。

 

 

えっ・・・

依存先が増えるのが自立の条件?

 

この言葉、

ちょっと引っ掛かりました。

 

依存先が増えれば、

そこにどんどん依存してしまい、

自立からは遠ざかるのではないか?

 

浅はかな私は、

一瞬、そう考えてしまったのですが(^^;

 

この言葉、

注釈があって、

「熊谷晋一郎さんの名言」

とあります。


名言と?

 

URLもありましたので、

さっそく見てみました。

 

 
小児科医の熊谷晋一郎さんは、
新生児仮死の後遺症で脳性まひになり、
以後車いす生活となります。
 

HPから引用します。

 

 

東日本大震災のとき、

私は職場である5階の研究室から

逃げ遅れてしまいました。

 

なぜかというと簡単で、

エレベーターが

止まってしまったからです。

 

そのとき、

逃げるということを可能にする

“依存先”が、自分には

少なかったことを知りました。

 

エレベーターが止まっても、

他の人は階段やはしごで逃げられます。

5階から逃げるという行為に対して

三つも依存先があります。

 

ところが私には

エレベーターしかなかった。

 

これが障害の本質だと思うんです。

つまり、“障害者”というのは、

「依存先が限られてしまっている人たち」

のこと。

 

健常者は

何にも頼らずに自立していて、

障害者は

いろいろなものに頼らないと

生きていけない人だと

勘違いされている。

 

けれども真実は逆で、

健常者はさまざまなものに

依存できていて、

障害者は限られたものにしか

依存できていない。

 

依存先を増やして、

一つひとつへの

依存度を浅くすると、

何にも依存してないかのように

錯覚できます。

 

“健常者である”というのは

まさにそういうことなのです。

 

世の中のほとんどのものが

健常者向けにデザインされていて、

その便利さに

依存していることを

忘れているわけです。

 

実は膨大なものに

依存しているのに、

「私は何にも依存していない」

と感じられる状態こそが、

“自立”といわれる状態

なのだろうと思います。

 

だから、自立を目指すなら、

むしろ依存先を

増やさないといけない。

 

障害者の多くは

親か施設しか頼るものがなく、

依存先が集中している状態です。

 

だから、障害者の自立生活運動は

「依存先を親や施設以外に広げる運動」

だと言い換えることが

できると思います。

 

今にして思えば、

私の一人暮らし体験は、

親からの自立ではなくて、

親以外に依存先を

開拓するためでしたね。

 

 

・・・なるほどです。

 

私たちが悩みに直面した時も

同じですね(^^;

 

たとえば、

依存先が、会社の上司しかいなかったり、

親しかいなかったり、

 

依存先が限られている時には、

そこでの関係が上手くいかなくなれば、

行き詰ってしまいがちですよね。

 

また、

本当は依存先はたくさんあるのに、

視野が狭くなって

気づかない場合もあります。

 

しかし、

依存先を多く持つ、

もしくは、

多くあることに気づいていれば、

 

特定の依存先がダメでも、

それに固執する必要はなくなりますし、

 

他に選択肢があるので、

心に余裕ができ、

思いきった行動が取れるようにもなります。

 

ちなみに、山口周さんも、

「オプション・バリュー」

(常に選択肢を複数持つ)

という考え方を提唱しています。

 

人生の経営戦略

 

たとえば、やりたいことがある場合、

できれば本業を残しておいて取り組んだ方が、

大胆なチャレンジができる。

 

本業を辞めて退路を断つと、

逆にリスクが怖くて小粒な取り組みになり

失敗してしまう。

 

同感です(^^)

 

主体的な「選択」をしやすくなるように、

「依存先」を増やしておく。

 

それが「自立」に繋がる。

 

今回は本書から、

ちょっと脱線気味な話になりましたが(^^;

 

覚えておいて損はない

考え方だと思いましたので、

紹介させていただきました😊

 

 

 

*****************************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回に続きます(^^;

 

 

 

*****************************************

 

 

おまけ写真集(^^;

 

石祠に苔むした石仏と供物

 

久しぶりにシダンゴ山へ

 

 

シダンゴ山 標高七五八米 登山道

 

頂上は・・・

 

 

馬酔木(アセビ)の花が咲く様子

 

馬酔木(アセビ)

が咲き始めでしょうか。

 

(西條さんに教えていただいた花)

 

馬酔木の花咲く小道と森

 

馬酔木(アセビ)を越えて・・・

 

 

森に咲くミツマタの花と木々

 

おお、今度は、

 

 

ミツマタの花、山歩きの春風景

 

思いがけず、ミツマタ桃源郷が!

 

 

ミツマタの花と「三椏の森散策路」の看板

 

ほのかな、

いい香りがします(^^)

 

 

森の精と語らう処、ミツマタの花

 

はい、少し休んで、

語らいました😊

 

鷹巣五段の滝の道標

 

小滝と枯葉の積もる岩場

 

小振りながらも、

なかなか見事な滝でした!

 

タケ山富士見台への道標と山並み

 

タケ山、富士見台。

残念ながら🗻見えず😢

 

 

タケ山展望台への道標と山々の風景

 

タケ山展望台。

こちらは表丹沢方面が、

なかなかの絶景でした!

 

 

枝に咲く黄緑色の小花

 

このあたり、

アブラチャン(という低木)

の群生地だそうです(^^)

 

 

満開の枝垂れ桜と青い車

 

下山後、

なかなかみごとな、枝垂れ桜!

 

 

枝垂れ桜と青空

 

真下から見上げると、

何だか桜に抱かれた感じ🌸

 

 

桜並木と河原、山並み。春の風景

 

 

今回の山歩きは、

花に恵まれ、人も少なく、

静かに春を満喫できました😊

 

ルートを整備してくださっている、

「虫沢古道を守る会」

の皆さまに感謝です!

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

首都圏の桜は、

満開のところが多くなってきました🌸

 

今回は、

カウンセラー東畑開人さんの

ベストセラー!

 

カウンセリングとは何か 変化するということ

 

カウンセリングとは何か 東畑開人 本

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説していきます。

 

この本、

売れてます!!

 

2026新書大賞も受賞して、

売れ行きに拍車がついた感もあります(^^)

 

東畑節で、

まるで小説を読むかのように

ぐいぐい引き込まれる

(事例の)物語的な魅力は、

今までの著作と同じく健在なのですが、

 

今回の本は、

それに加えて、

タイトルのとおり、

「カウンセリングとはなにか」

という問いに対して、

一般の方でもイメージしやすい表現で

定義がされています。

 

たとえば、

世の中には様々な

カウンセリングの手法がありますが、

それらは、

「生活」「人生」

のいずれかに焦点を置くかによって、

変わってくるといいます。

 

 

生活は物理的で、

身体的で、経済的です。

 

部屋が片付いていること、

エアコンが動いていること、

眠れていること、

通う場所があること、

お金がちゃんと回っていること、

 

そういうときに、

生活は成り立っていて、

日常はグルグルと

滞りなく回転していきます。

 

 

「生活」

 

私たちが日々生きていくために、

必要なことですね。

 

 

これに対して、

人生は文学的で、

演劇的で、

歴史的です。

 

僕らの心には

過去と現在と未来があって、

これらをつなぐ

ふんわりとした

物語の糸たちがあります。

(その中に緋(ひ)色の

糸も混じっている)

 

それらがきちんと

紡がれてるときに、

僕らは人生をしかと

歩んでいる感じがする。

 

今一緒にいる人を安心して

愛することができるし、

これから成そうとしている

仕事の意味を感じられる。

 

逆に、

糸がこんがらがると、

自分が人生の迷子に

なったように感じる。

 

「このままでいいのか」

という実存的な問いが

やってきます。

 

 

「人生」

 

この場合は、

生きる意味とか、

充実感のことでしょうか。

 

「生活」と「人生」

 

私の大好きな作家、

遠藤周作さんも、

同様に区別して定義していました。

 

それぞれ役割に違いがありますが、

生きるうえでは、

両方が大事だという考え方。

 

私もその影響を多分に受けています(^^)

 

カウンセリングのアプローチの仕方も

それぞれに違ってくるのですが、

 

「生活」に対しては、

「作戦会議」としてのカウンセリング。

 

「人生」に対しては、

「冒険」としてのカウンセリング。


になるといいます。

 

 

作戦会議としての

カウンセリングは

生活に関わります。

 

日常を立て直すこと、

毎日を維持すること、

現実を破局の脅威から

守ることを目指す。

生存を守る。

 

 

まずは生きていくための

「作戦」を

クライアントと一緒に

考えるということ。

 

たとえば、

眠れない日々が続いているとか、

うつ病になり休職した場合など、

現実的にどうするか、

といったことですね。

 

まずは「生活」が

きちんとできなければ、

はじまりませんので。

 

 

冒険としてのカウンセリングは

人生に関わる。

 

誰とともに生きるか、

何のために生きるか、

自分とはなにか。

 

今まで生きてきた物語を

つまびらかにし、

紡ぎ直すことが

試みられる。

実存に取り組む。

 

 

「冒険」としてのカウンセリングは、

「人生」について

クライアントの内省を促す

といったイメージでしょうか。

 

ここで、

東畑さんの考え方がすばらしいのは、

こちらの「人生」、

すなわち、

「冒険」としてのカウンセリングを

重視しすぎていないところだと考えます。

 

まずは、

「生活」の基盤があってのこと、

それがなければ

「人生」もへったくれもない(^^;

 

「生活」の基盤が出来ていない人に、

「冒険」を求めるような

実存型のカウンセリングをすることは

一種の暴力である。

 

同感です(^^)

 

まずは、

「生活」の基盤を整えたうえで、

次の段階で、

もしくは、既に整っている人が、

「冒険」としてのカウンセリングに

チャレンジする。

 

私も、それが適切だと考えます。

 

したがって、

クライアントの悩みを聞いたうえで、

「生活」「人生」

どちらにより多くの問題を抱えているのか、

 

カウンセラーはそれを

見極める力が問われるということですね。

 

ちなみに、

学派でわけると、以下のようになると、

東畑さんは定義しています。

 

 

学派単位で言うならば、

 

前者に含まれるのが、

認知行動療法や家族療法、

ブリーフセラピー、

支持的心理療法、

ソーシャルワークなどで、

 

後者には

精神分析やユング心理学、

人間性心理学などが含まれます。

 

 

この区分の仕方は、

私的にはとても腑に落ちました(^^)

 

ちなみに、

現代のカウンセリングと言えば、

前者の「作戦会議」の学派、

特に「認知行動療法」

が主流となっています。

 

いったいなぜ、現代は、

「作戦会議」の学派が主流なのか。

 

その理由を東畑さんはこのように

分析されています。

 

 

日本社会の大きな変化です。

 

70年代から90年代の

日本社会は

経済的に豊かで、

比較的安定していました。

 

生存がある程度は

保障されていたということです。

(もちろん、

そうじゃない人は多くいたにせよ、

全体の傾向として)

 

そういうとき、

人々は

「いかに生きるか」

という人生の問題に

取り組むようになり、

冒険としてのカウンセリングが

社会的に求められる

ことになります。

 

いわゆる「心の時代」です。

 

しかし、

2000年代以降、

経済の停滞や格差の拡大によって、

日本社会はどんどん

不安定な場所になっていきました。

 

人々の生存は

脅かされやすくなった。

 

すると、

シビアな日常を

「いかに生き延びるか」

に取り組む

作戦会議としてのカウンセリングが

必要になってくる。

 

 

・・・なるほどです。

 

2000年代以降、

「安心」「安全」ではなく、

「不安」や「不足」を

感じることの多い世の中、

つまり、

「余裕」のない世の中になったので、

 

「冒険」する「余裕」がなくなったと

いうことでしょうか。

 

そう考えると、

「生き延びる」ための、

「作戦会議」としてのカウンセリングが

主流になるのもうなずけます。

 

・・・しかし、やっぱり、

「いかに生きるか」

という実存に向き合うことこそが、

 

ほんとうの意味で

納得感のある「人生」を歩むことに

繋がるのではないか。

 

優先順位ですと、

まずは「生活」を整えることが

もちろん先決ですが、

 

次の段階では、

「人生」に向き合うこと、

も、

大切にしていきたいですね😊

 

(次回に続きます)

 

 

 

*******************************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回もこの本を紹介する予定です(^^;

 

 

*******************************************

 

 

 

おまけ写真集(^^;

 

とりあえず資格試験が終わったので、

(発表はまだ先ですが・・・)

 

スギ花粉が猛威を振るう中、

山に行きまくっています💦

 

 

大山寺の彫刻と看板

 

大山寺。

力強い不動明王がいらっしゃいます!

 

 

大山寺の鳥居と本殿、狛犬

 

大山阿夫利神社。

ここからの展望もいいです!

 

 

大山山頂の景色と案内板

 

大山山頂は、

いつも混んでいます(^^;

 

 

日向薬師 仁王門の赤色金剛力士像

 

こちらは、

日向薬師の仁王門。

雰囲気ありますね~

 

 

日向薬師本殿:藁ぶき屋根と赤い旗

 

日向薬師。

藁ぶき屋根の

古風で立派な本殿!

 

 

日向薬師の赤いミツマタと本殿

 

丹沢は

ミツマタの季節です(^^)

 

 

野生の猿が木に登っている様子

 

日向山で野生の猿に遭遇・・・

おもいっきり威嚇されました(^^;

 

 

山頂に電波塔のある山と空

 

おお、

大山の向こうに不思議な雲。

飛行機雲?

 

 

龍雲のような飛行機雲と木々

 

「龍雲」ということに

しておきます(^^;

 

吉兆です!

 

皆さまに幸運が訪れますように😊

 

 

日向薬師の赤いミツマタの花

 

日向薬師には、

珍しい、

赤いミツマタが咲いていました!

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

まだまだ寒い日が続きます。

少しずつ春の足音が聞こえてくる感じですね(^^;

 

田坂広志さんの、

人間を磨く 人間関係が好転する「こころの技法」

 

田坂広志著「人間関係が好転する「こころの技法」」

 

から、

私の印象に残った箇所を紹介しています(^^)

 

今回が4回目、最終回です。

今回取り上げるテーマは、

 

「人生の解釈力」

「卒業しない試験は追いかけてくる」

です。

 

どういうことなのでしょうか。

 

著者が米国在住の若き日に経験した、

ガソリンスタンドでの

印象深いエピソードが、

紹介されています。

 

引用します。

 

 

カナダの国立公園に、

家族でドライブ旅行に出かけた。

 

そのドライブの途上、

あるカナダのガソリンスタンドに

給油のために立ち寄ったのだが、

 

その店の主人が、

極めて不親切な対応をしたため、

クレームをつけたところ、

口論になってしまった。

 

(中略)

 

「こんな店には、

二度と給油には来ない」

と思っていた。

 

 

こういうことって、ありますよね~

 

こちらが客ということもありますし、

二度と来ないと思うのは、

当然です。

 

実際、私も、

感じの悪かったガソリンスタンドからは、

やっぱり足が遠のきますし(^^;

 

・・・

 

ところが、

カナダからの帰路、

著者の乗っていた車のエンジンの調子が

おかしくなります・・・

 

 

仕方なく、

その道路で最初に目に止まった

ガソリンスタンドに

車を着けたところ、

 

突如、エンジンから

大きな破裂音が聞こえ、

その車は、

全く動かなくなってしまった。

 

「どうしようか・・」

との思いの中、

運転席から目を上げると、

 

何と、そのガソリンスタンドは、

先日、主人と口論になり、

険悪な雰囲気で後にした店であり、

「二度と来ない」

と思った店であった。

 

 

「うわっ、これはツイてない!」

「不運としかいいようがない・・・」

と私なら思ってしまいますが、

 

田坂さんは一味違いました。

 

 

想像もしていなかった、

この状態に、

一瞬、途方に暮れたが、

 

不思議なことに、

次の瞬間、

心の奥深くから

声が聞こえてきた。

 

「この店で、

車が動かなくなったことには、

何か、深い意味がある・・」

 

そして、

その声に続いて、

心の中に、

一つの思いが浮かんできた。

 

「そうだ、

この店の主人に詫びよう。

そのために、

この店で、

車が故障したのだ・・」

 

そう思って、店に入ると、

その主人、

こちらのことを覚えていて、

最初、怪訝な顔をしたが、

 

迷うことなく、

彼の目を見つめ、

心を込めて、こう言った。

 

「先日は、悪かった・・」

 

その瞬間、

彼の表情が変わった。

 

こちらの思いが伝わった

表情であった。

 

その表情を見ながら、

さらに一言、伝えた。

 

「助けてほしい。

車が故障してしまった・・」

 

すると、その主人、

先日とは別人のような

誠実な眼差しで、

こちらを見つめ、

 

静かに一言、

「分かった」と言って、

車を見てくれた。

 

それからの彼の、

親切で献身的な修理は、

いまも、

感謝の気持ちとともに、

深く心に残っている。

 

 

私は、

同様な出来事に遭遇した時に、

このようなふるまいが出来るだろうか・・・

 

ちょっと、自信がありません💦

 

お互いブスっとしたまま、

最低限の修理で済まし、

お茶を濁す結果になるような気がしますが(^^;

 

 

著者が、

この体験を紹介したのは、

 

著者自身が

「不幸な出会い」

と思えるものに

直面したとき、

 

その出会いと出来事についての

「人生の解釈力」

が求められた、

象徴的な出来事

だったからである。

 

 

「人生の解釈力」?

 

 

奇しくも、

このガソリンスタンドの前で、

車が故障したとき、

一瞬の戸惑いの後、

すぐに心に浮かんだのは、

 

「なぜ、こんなことが

起こったのか・・」

 

という思いとともに、

 

「この店で、

車が動かなくなったことは、

何か、深い意味がある・・。

 

この出来事は、

何を教えているのか?」

 

という思いであった。

 

そして、

こうした問題に直面したとき、

我々に問われるのは、

実は、

 

「どうやって、

この問題を解決するか?」

 

「どうやって、

先日、口論をしたこの主人に、

修理をしてもらうか?」

 

ということではない。

 

その前に、

我々が深く考えるべきは、

 

「なぜ、

こうした問題が起こったのか?」

 

「なぜ、よりによって、

このガソリンスタンドの前で、

車が故障したのか?」

 

という問いである。

 

そして、

人生とは不思議なもので、

その問いに正しく答えを出し、

出会いの意味、

出来事の意味を、

正しく解釈すると、

 

なぜか、

自然に目の前の問題が

解決していく。

 

すなわち、

こうした場面で、

我々に真に問われているのは、

「問題の解決力」

ではなく、

「人生の解釈力」

に他ならない。

 

 

私などは、

このようなケースでは、つい、

その場しのぎの「解決志向」

に囚われてしまいがちですが(^^;

 

田坂さんは、

なぜ、このような出来事が起こったのか

この出来事をどう「解釈するか」

が問われているという・・・

 

う~ん、深いですね。

 

 

(中略)

 

著者の心に浮かんできた

答えは、

 

「ああ、これは、

心がぶつかった人と

和解することのできる

『しなやかな心』

を身につけよと、

何かが教えている」

 

との解釈であった。

 

 

「しなやかな心を、身につけよ」

と何かが教えている・・・

 

・・・なるほどです。

 

 

そして、

修理を終え、

このガソリンスタンドを辞して

米国に向かう途中、

ふと、

著者の心の中に、

一つの言葉が浮かんできた。

 

それが、

「卒業しない試験は、

追いかけてくる」

という言葉である。

 

カナダで行く途中で与えられた、

この「店の主人とのトラブル」

という「人生の試験」。

 

その問題に

正しい答えを出さずに去ったとき、

五日後に、その問題が、

劇的な偶然という形で、

ふたたび私に突き付けられた。

 

それは、

いつもながら、

見事なほどの

人生の配剤であった。

 

 

「卒業しない試験は、追いかけてくる」

 

そうですね・・・

 

私事になりますが、

この2月、

グループインした子会社に出向となりました。

 

割と小規模な会社のため、

管理職といえども、

現場仕事や実務もやらないと回らないんですね。

 

正直、抵抗がありました。

 

「これは、私が

若い頃やっていたような仕事ではないか」

 

「管理職が、

いまさらやるような仕事ではない」

 

ちっぽけなプライドが

揺さぶられる思いがしました。

 

しかし・・・

 

田坂さんの言葉を思い出しました。

 

「人生の解釈力」

「卒業しない試験は追いかけてくる・・・」

 

「・・・そうか、

これは、現場や実務を通じて、

仕事の原点に立ち返れということか」

 

「たしかに最近、

その意識が薄れていた」

 

「現場仕事を、

ちょっと見下しているようなところがあった」

 

「まだそこが、

卒業できていなかったということか・・・」

 

私はまだまだ未熟なので、

無理矢理、

言い聞かせているところもありますが(^^;

 

でも、このように解釈することで、

結果的に、意味が感じられ、

モチベーションが維持できるわけですし、

 

少なくとも損することはありません(^^)

 

「人生の解釈力」

「卒業しない試験は追いかけてくる」

 

胸に刻んでおきます(^^;

 

 

 

*********************************************

 

 

以上、田坂広志さんの、

人間を磨く 人間関係が好転する「こころの技法」

 

田坂広志著「人間関係が好転する「こころの技法」」

 

を3回にわたって

紹介させていただきました(^^)

 

田坂さんの本は、

志が低くなったと感じられるときに読むと、

エネルギーをチャージできる気がします!

 

おすすめします😊

 

 

 

********************************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は別の本を

紹介させていただく予定です。

 

 

********************************************

 

 

 

おまけ写真集(^^;

 

資格試験を受験しました。

学科はおそらく大丈夫!

実技は・・・ちょっと不安ですが(^^;

 

帰り道に散策😊

 

上野公園で咲く桜と青空

 

上野公園、

入口に桜?(ソメイヨシノではないやつ)

咲いてました🌸

 

 

清水観音堂と月の松

 

上野、清水観音堂。

 

 

上野公園の弁天堂と月の松

 

境内の「月の松」から、

弁天堂が見えます😲

 

 

上野公園の清水観音堂と高層ビル

 

弁天堂。

外国人で賑わってました。

 

 

弁天堂の宇賀神像と不忍池

 

なんじゃこりゃ?

(宇賀神さまというようです。

失礼いたしました(^^;)

 

 

上野公園の池と五重塔

 

不忍池。

 

 

不忍池の白鳥ボートとビル群

 

都会のオアシスですね(^^)

 

 

湯島天神の建物と花

 

遅ればせながら、

湯島天神で合格祈願!

 

これから受験する仲間も含めて、

「皆で合格できますように・・・」

 

四つ葉のクローバー🍀

 

妻が庭で見つけた、

四つ葉のクローバー🍀

 

 

山歩き階段と枯草

 

次の日、

久々に山歩き、高松山。

 

山歩きで見た富士山と枯れ木

 

頂上から富士山絶景🗻

やっぱ山はイイナ~♪