ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

猛暑💦かつ、

東日本では不安定な天候が続いています⚡️

(お気を付けください)

 

今回は、

先日、お亡くなりになった

美輪明宏さんの著書、

 

ああ正負の法則

 

美輪明宏著「ああ正負の法則」の表紙

 

から、私の印象に残った箇所を

紹介・解説いたしますね(^^)

 

美輪明宏さんといえば、

昔、江原啓之さんとともに

「オーラの泉」というテレビ番組に

出演されていた印象が強いです。

 

「天草四郎の生まれ変わり」(?)

を自称していたり、

怪しさを感じつつも(^^;

 

けっこう核心をついた、

まっとうなことをおっしゃる方だ

という印象がありました。

 

それから、

紅白歌合戦で拝聴した

「ヨイトマケの唱」

 

鳥肌が立ちました。

 

今でも、聴くたびに、

涙腺がゆるんでしまう曲ですが・・・

 

(リンク貼らせていただきました)

 

そんな美輪明宏さんの著書、

一度読んでみたいと思い

選んだのが、この、

ああ正負の法則

です(^^)

 

そういえば、

過去ブログでも、

似たようなタイトルの本を

紹介したことが・・・

 

 

これは、

人間行動学の権威、

ディマティーニさんの著書ですね。


切り口はかなり違いますが、

本質的には、

かなり近いことをおっしゃっていると思います。

 

「正負の法則」

 

この法則、

私は「あるのではないか」

と考えているのですが、

 

序文を引用しますね。

 

 

この本は、

地球大学つまり

人生のカンニングペーパーです。

アンチョコです。

 

人間の

<心><精神><魂>の、

<修業><修練><試験場>

である、

この地球学校の、

 

定期的に行われる

試験問題の答案の早見表です。

 

「郷に入らば郷に従え」

と地球上のあらゆる国々には

それぞれ

異なる法律があるように、

 

この地球自身にも

他の星と違った法律があります。

 

これはもう、

どうにもこうにも動かし難い

厳然たる法則に

基づいたものです。

 

 

ええっ、

人生のアンチョコ?

ちょっと見てみたい(^^;

 

 

実はこの

広大無辺な宇宙の中で、

地球だけが

 

陰と陽、

+とー

負と正

 

等々という

相反する二つのもので

成り立っているのです。

 

それを一口にいいますと、

正負の法則

とでも名付けましょうか。

 

これが地球上の

あらゆる難問を解く

キーワード<答え>

なのです。

 

 

なるほど・・・

「正負の法則」

とは、

 

地球が、

相反する二つのもので

成り立っている法則

 

ということなのですね。

 

 

<昼>と<夜>

<日向>と<蔭>

<陰>と<陽>

<北>と<南>

<男>と<女>

<天使>と<悪魔>

 

あげてゆくと、

きりがありません。

 

地球が全部南だけで、

暖かいだけだったら、

これは<正>だけでしょう。

 

月のように冷たかったら、

<負>だけでしょう。

 

しかし、

地球というのは

何から何まで

<光>と<影>なのです。

 

雨の日があれば、

必ず晴れの日が来ます。

 

火星のように

晴れっぱなしでもありませんし、

水だらけというわけでもない。

 

陸地があれば海がある。

 

苦しみがあれば

喜びがあるのです

 

<正負の法則>

というのは

この地球の法則なのです。

 

 

たしかに、地球は、

自然科学として考えると、

相反する二つのもので

成り立っていますよね。

 

では、

私たちの人生は・・・

 

やはり、同じではないか。

 

たとえば、

「苦しみ」があるからこそ、

「楽しみ」を感じられる。

 

私自身の人生や、

日々の生活を振り返って見ても、

そのように感じます。

 

美輪明宏さんは、

「幸福」をこのように定義します。

 

 

特に幸福というシロモノは、

陽炎(かげろう)

のように儚いものなのです。

 

疲れ果てて寝床に

大の字になった瞬間

「ああ、寝るより楽は

なかりけり」と、

しみじみと幸福感を味わう時。

 

風呂につかって

手足をのばした時。

 

春、ふっと南風が吹いて

胸がキュンとした時。

 

愛する人との抱擁の時。

 

長い間、

欲しかったものを手に入れた

瞬間等々。

 

幸福だなあと思うのは

その時だけです。

 

その感覚は

せいぜい五分か十分後には

薄れていき、

やがて麻痺してしまい、

 

それが当たり前になり、

何も感じなくなって

しまうものなのです。

 

 

そうですね・・・

 

幸福感って、

長くは続かないですね。

 

その瞬間、しばらくは続きますが、

やがて、感じなくなり、

 

それを継続させようとして、

さらなる刺激を求め続けると、

依存症のようになってしまう。

 

若い頃の私にとっては、

お酒がそうだったかもしれません(^^;

 

では、

どうすればいいのか?

 

 

それは簡単なことです。

 

つまり、

どんなことでも

何でもよいから

 

<感謝すること>

 

を自分の中に、

まわりに探して

見つけることです。

 

「見える、ああ有難い」、

「聞こえる、ああ有難い」、

「話せる、ああ有難い」、

 

「手足が動く、

雨風をしのげる

天井や壁のある所で

寝起きができる、

ああ有難い」

 

「着るものがある、

食物がある、

ああ有難い、幸福だなあ」

等々。

 

 

う~ん、やはり

「感謝」が大事!

 

とはいっても・・・

 

日常生活において、

よほどそれを意識しないと

実感できないのが、

人間の悲しい性ではありますが(^^;

 

(そういえば、

寝る前に書いていた、

今日の感謝3つ。

ここのところしばらく

ご無沙汰になっている・・・😅)

 

 

もしそれが

「えっ、それが何で?

どうして?」

と理解できない人は、

 

一度それ等の病気をしたり、

ホームレスになったりして

一切を絶ってみれば、

 

有難味や感謝する気持ちが、

感覚でよく身に沁みて

わかります。

 

ちょうど断食の行のように、

水絶ちの後、

 

最初に飲んだ水の

美味しさ有難さは、

日常では忘れているものです。

 

普段は

「こんなまずいもの食えるか」

と思っていた

一汁一菜の食事が、

 

穀絶ちの後では

「こんな旨い粥が

この世にあったのか」

と思うほどです。

 

腎臓を患った人は

おしっこが出るだけでも、

ああ有難いと

思うものなのです。

 

便秘の人は

お通じがあったときに

しみしみと

幸福感を味わえる

ものなのです。

 

 

そうですね・・・

 

人は一度失ってみて、

はじめて有り難さに気づく。

 

それから、

幸、不幸とは、

相対的であるということ。

 

遠藤周作さんが述べていましたが、

心臓病になった患者は

自分を不幸に感じるが、

 

末期癌の患者の眼には、

羨ましく見えるかもしれません。

 

ですので、やはり、

幸せを感じるには、

 

今あるところで、

感謝できることを、見出す。

(探せば出てきます(^^;)

 

そして、

苦しいことがあっても、

 

それが深ければ深いほど、

やがて、少しでも幸せが訪れた時には、

大きな幸福感を味わえるということ。

 

忘れずにいたいですね😊

 

 

次回、

「正負の法則」を、

さらに深堀していきます(^^;

 

 

 

*********************************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回も、この本の紹介を続けますね(^^;

 

 

 

*********************************************

 

 

おまけ写真集(^^;

 

東京下町、

谷根千(谷中・根津・千駄木)巡り!

 

谷中天王寺の大仏さま

 

谷中天王寺の大仏さま。

 

 

谷根千商店街の階段と賑わう街並み

 

谷中銀座に向かう途中の、

「夕焼けだんだん」

(お昼の時間でしたが(^^;)

 

 

根津神社 鳥居と石柱

 

根津神社。

 

 

谷中天王寺の大仏さま

 

立派な社殿でした!

 

 

根津神社境内、石畳の参道と朱色の鳥居

 

お稲荷さんも。

 

 

重厚な門と緑豊かな木々

 

東大農学部をチラ見。

 

 

石割神社への鳥居と参道

 

ところ変わって、

久々に山中湖石割山に!

 

 

石割神社への長い階段と石像

 

心臓破り!

403段の階段上がって・・・

 

 

石割神社 苔むした灯籠と岩

 

着きました。

パワースポット石割神社!

 

 

石割神社、パワースポットで願いを叶える

 

この大岩、

裏の割れ目からぐるっと回れます!

 

3回まわると願いが叶うとか。

 

山ガールの人たちに釣られて、

まわりましたが・・・

 

 

石割神社の割れ目

 

うわっ、

リュック降ろして、

ギリギリ通れました😅

 

 

石割山山頂、登山者と標識

 

石割山山頂です!

 

ガスってて富士山まったく見えず(^^;

 

 

石割山パワースポットの描かれた石

 

皆が幸せでありますように😊

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

だいぶ、

期間が空いてしまいましたが(^^;

 

遠藤周作さんの歴史小説、

王妃マリーアントワネット

 

王妃マリー・アントワネット 遠藤周作 新潮文庫

 

の紹介・解説、

続きになります。

 

今回は、

マリーアントワネットと、

ルイ16世との夫婦関係に焦点を当てて、

解説をいたしますね(^^)

 

マリーアントワネットにとって、当初、

ルイ16世は必ずしも魅力的な存在では

なかったようです。

 

出会いの場面・・・

 

 

泣きはらしたように、

まぶたのはれた青年。

 

小肥りで、足もみじかい。

近視なのか、

眼のひかりも鈍く、

 

どこか遠くか、

あるいは自分とは

関係のないものを見るように、

彼女を眺めている。

 

そして彼は

彼女の手をとり、

義務的にその顔を近づけた。

 

この時、

一匹の虫が羽音をたてながら

飛んできた。

 

無視は皇太子のやや汗ばんだ

顔のまわりを

鈍い音をたてて

飛びまわっている。

 

当惑したような表情で

彼はじっと立っていた。

 

この瞬間、

王女のながい間の空想が

すべて崩れおちた。

 

夢をそそる何ものもない

この青年と

自分は一生、

暮らさねばならぬことが

わかったのである。

 

 

羽虫が、

いい味出していますが・・・

 

・・・つまり、

初対面で幻滅したわけですね(^^;

 

実際、アントワネットは、

舞踏会で活躍する、

ちょい悪おやじ風の(表現が古いか(^^;)

シャルトル侯爵や、

 

ピュアな青年である、

フェルセン伯爵に

心惹かれていくわけですが・・・

 

まあ、

それは無理もない気がします。

 

狩猟や鍛冶工房に行くことだけが好きな

愚鈍な夫ルイ16世。

 

私が彼女だとしても、

何か物足りなく感じるかもしれません(^^;

 

そんな夫に不満を抱えながら過ごす

マリーアントワネットですが、

 

やがて、

フランス革命の足音が聞こえてきます。

 

ヴェルサイユ宮殿に民衆が迫る中、

アントワネットは、

夫や子供たちを守ろうと、

 

ヴェルサイユを捨てて、

故郷オーストリアの国境近くに

逃げることを提案しますが・・・

 

 

「王妃よ」

 

ルイ16世は

彼女の肩に手をおいて、

いたわるように答えた。

 

「あなたが案じてくれるのは

嬉しいが・・・

しかし私はやはり国王なのだ。

 

ルイ14世から今日まで

国王の住むべき場所は

このヴェルサイユと

決まっている」

 

「それがどうしたので

ございます」

 

「私は凡庸な国王だ。

自分でもそれを知っている。

 

だが凡庸でも、

私は義務は守らねばならぬ。

 

仏蘭西国民と国王は

愛しあわねばならぬという

義務を・・・」

 

ルイ16世は

哀しそうな眼で

妻をじっと見つめた。

 

今まで心ひそかに

見くだしていた夫が

はじめて自分の意志を

はっきりとさせた。

 

アントワネットは驚いて

夫の顔をみあげた。

 

だがその顔には何処にも

わざとらしさや気負ったものは

なかった。

 

(この人は・・・

本当はどんな人なのだろう)

 

彼女はこのような夫を

結婚以来はじめて見た。

 

静かに苦しみに耐え、

静かに国王としての義務を

守ろうとしている夫を・・・。

 

 

私がルイ16世だったら、

きっと逃げています(^^;

 

(実際、この段階で逃げていれば、

史実として考えても、

助かったかもしれません)

 

愚鈍にみえたルイ16世ですが、

実は肝の据わっている、

器の大きな人物だったのです。

 

しかし、やはり、

時代の荒波には逆らえないわけで・・・

 

結果的に、

パリのチュイルリー宮殿に軟禁されたのち、

オーストリアに脱出を試みるも、

あと一歩のところで捕まってしまい、

(この脱出劇は、

手に汗握るなかなかの見せ場です!)

 

最終的な運命は、

史実のとおり、

皆さんご存知の結果になるのですが・・・

 

ルイ16世の最期のシーン。

 

 

断頭台にのぼると

死刑囚は一人で進んだ。

 

そして足もとを埋めた

兵士たちにむかって

強い声で言った。

 

「私は、

私を死につかせる者を許す。

 

私の血が

仏蘭西の倖せのために

なることを祈る」

 

 

この言葉は、

史実に近いようですね。

 

何だか、

イエス・キリストを想起させる言葉です。

 

死に至らしめた人を許し、

最期まで人々の倖せを祈るという・・・

 

後に運命を共にすることになる

アントワネットはこう述懐します。

 

 

夫。

なんと善良な人だったろう。

 

もし彼が国王でなければ

心やさしい夫として父として

幸せな家庭生活を

送ったろうにと思う。

 

その善良な夫を

自分は幾度、傷つけたことだろう。

 

馬鹿にし、見くだし、

心のなかでは時には

厭わしくさえ思い・・・。

 

(ゆるして頂ければ・・・)

 

悔いの痛みが胸をしめつける。

 

人間をその心でみることを

忘れていた若かった頃の自分。

 

 

よく遠藤周作さんの小説にでてくる

モチーフですね。

 

人は後になって、

ほんとうに大切なものに気づくという・・・

 

これは、

さまざまな人生経験を積んでこそ、

はじめて達することのできる

境地なのかもしれません。

 

 

その夫の顔が闇にうかぶ。

 

「あなたは自分を

責めすぎてはいけない。

 

あなたは私に幸せを

あたえてくれたのだ。

 

今はそれよりも

毅然として私の妹と子どもたちを

守ってほしいのだ」

 

夫はそのように

自分に言っている。

 

「御安心くださいませ。

どんな事態になりましょうとも、

私はあなたの妻であり

仏蘭西の王妃だった気品を

失いませぬから・・・」

 

彼女は泪をこぼしながら

その言葉を呟く。

 

「仏蘭西の王妃だった気品は

失いませぬから・・」

 

 

実際、マリーアントワネットは、

気高く死んでいきます・・・

 

 

 

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以上、今回は、

マリーアントワネットと、

ルイ16世との夫婦関係に焦点を当てて、

紹介をさせていただきました。

 

遠藤周作さんの歴史小説、

王妃マリーアントワネット

 

王妃マリー・アントワネット 遠藤周作 新潮文庫

 

エンターテイメントとして、

当時のフランスの世界観の中で

ドラマチックなハラハラドキドキが

楽しめるのはもちろんのこと、

 

さすが遠藤周作さんの小説だけあって、

 

「正しさって、いったい何なんだろう」

「大切なものって、いったい何なんだろう」

 

と考えさせられる要素もあります。

 

おすすめの一冊(上下巻)です😊

 

 

 

********************************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は別の本を紹介します!

 

 

 

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おまけ写真集(^^;

 

高幡不動尊の五重塔とあじさい

 

だいぶ前に(6月)なりますが、

久々に、高幡不動にお参り(^^)

 

 

高幡不動の五重塔と紫陽花

 

ちょうど、

あじさいが見頃でした!

 

 

高幡不動 あじさい 巡拝入口

 

あじさいを観ながら、

八十八か所の巡拝ハイキング。

 

 

高幡不動の五重塔とあじさい

 

立派な五重塔!

 

 

土方歳三像とあじさい

 

土方歳三の出身地。

 

 

あじさいと庭園の風景

 

あじさい満喫でした!

 

 

小野神社の鳥居と石柱

 

武蔵一之宮(一説による)の

小野神社にも。

 

 

小野神社の朱色の社殿

 

朱色が映えます!

 

 

高幡不動の五重塔とあじさい

 

こちらは別日、川崎大師に。

 

 

高幡不動尊の五重塔とあじさい

 

途中の門前町の風情が素敵です!

 

資格試験、何とか合格できますように・・・

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回は、

前回からの、

フランス繋がりということで(^^;

 

遠藤周作さんの小説、

 

王妃マリーアントワネット

 

王妃マリー・アントワネット 遠藤周作著

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説させていただきます(^^)

 

この時代、

前ブログの「レ・ミゼラブル」

の舞台よりも少し前、

フランス革命の時代ですね。

 

マリーアントワネット、

フランス革命といえば、

 

ミドル世代以上の方、

特に女性の皆さんには、

漫画「ベルサイユのばら」

(通称ベルばら)が

身近なのではないでしょうか。

 

私は、「ベルばら」は未読なので

中身はよく知らないのですが(^^;

 

特にこの激動の

フランス革命の時代は、

高校の世界史の授業が

とても面白く感じられまして、

(先生もずいぶん熱く語っていました)

 

高校の授業の中では数少ない

「わくわくする」時間だったことを

思い出します(^^)

 

それもあってか、

世界史が好きになり、

大学受験時には唯一の得点源に!

 

そして、大学では一応、

西洋史を専攻することになるのですが・・・

 

今では、

その知識の多くは忘却の彼方(^^;

 

近年では、むしろ、

(歳のせいかもしれませんか)

身近な日本史のほうに興味を覚える

今日この頃ではありますが。

 

で、今回、

久しぶりに、この本、

 

王妃マリーアントワネット

 

王妃マリー・アントワネット 遠藤周作著

 

を再読してみました(^^)

 

やはり、さすが遠藤周作さん、

人物描写が巧みですね!

 

マリーアントワネットが、

決して高慢ちきだけな

女性だったわけではなく、

 

彼女なりに必死で

王妃の役割をこなしていたということ、

 

民衆の苦しみは、

なかなか理解しにくい環境だったこと、

 

子どもができてからは、

一般の母親と同じく、

子を第一に思う母親だったこと・・・

 

ルイ16世にしても同様で、

おそらく王としてではなく、

庶民として生まれれば、

 

機械いじりが好きな、

善良なお父さんであったであろうことや、

 

また、意外と人としての器の大きさを

感じさせるところなど・・・

(ここ次回解説します(^^;)

 

もちろん、これは小説なので、

史実がどうだったかは分かりませんが、

 

「なるほど、たしかにそうだったに違いない」

と思えてきます(^^)

 

それから、

王の一家が、

国外へ逃亡しようとするシーン。

 

これが、ハラハラドキドキ・・・

 

一緒に馬車に乗って、

逃亡しているような気分を味わえますよ!

 

遠藤周作さんは、

「沈黙」や、

「女の一生(2部)」の

アウシュビッツのシーンなど、

 

逃亡する場面を描かせたら、

右に出る方はいないと思います。

 

あとは、フランス革命時の、

拷問や虐殺など狂気のシーン。

 

少しグロテスクな箇所もありますが、

これもなかなか

心理的に迫ってくるものがあります。

 

王妃であるマリーアントワネットと

対照的な人物として、

貧民出身のマルグリットと、

元修道女のアニエスという女性が

登場するのですが・・・

 

物語の後半(下巻)、

ルイ16世処刑後の、

アニエスの言葉を引用します。

 

 

彼女はまだ、

はっきりと憶えていた。

 

革命広場をゆるがした

あの群衆の叫びを。

 

そしてその群衆の見守るなか、

セーヌ河の橋をわたって

元国王ルイ一六世こと

カペーを乗せた車が広場に入り、

太鼓の響きが鳴ったことを。

 

車からおりたカペーが

断頭台に一歩、一歩

登っていった姿を。

 

やがて広場全体が

しんと静まりかえり、

断頭台の刃の滑る音と共に

獣の咆哮ののような

叫びを残して

処刑が終わった瞬間を。

 

 

ルイ16世は、皮肉にも、

自分も開発に携わった

「ギロチン」

で処刑されることになります。

 

その処刑は、私にとって、

少しイエス・キリストの死を

想起させるものがありますが、

(それはまた次回に・・・)

 

 

(もし革命が

あなたの御意思に

そうものなら・・・)

 

アニエスは十字架に

釘づけられた

イエス様に向って訴えた。

 

(なぜ、多くの血が

あの日から流れねば

ならぬのでしょうか。

 

革命の美名のもとに

実は人間の醜いエゴイズムや

暴力が行われるのは

なぜでしょうか)

 

それはこの数年来の

彼女の悩みであり苦痛だった。

 

あのバスチーユ要塞を

市民たちが襲撃して以来、

彼女の心を引き裂いている

矛盾だった。

 

アニエスは革命が

正しいと信じてきた。

 

貧しい者がその悲惨のなかで

希望を失っているのに

一握りの富者、貴族、権力者、

宗教者がそれを黙殺し、

それを神の定めとしている

社会組織に耐えられなかった。

 

イエスの教えと

その組織はあまりに

離れていると思った。

 

だが現実に見た革命は

派閥の争いとスパイと暴力と

血の匂いによって動いていた。

 

昨日まで手を握っていた者が

今日はたがいに探りあい、

相手をギロチンに送りこむ。

 

不信と猜疑とが

罪なき者を

罪人となすこともあった。

 

(わたくしには・・・

わからないのです)

 

 

革命・・・

 

人間というものの、

悲しい性(さが)を感じます。

 

たとえ動機は善だったとしても、

一度権力を握った側は、

それが集中すればするほど、

疑心暗鬼になり、

その怖れから、

周りを粛正することになる。

 

ロベスピエールしかり、

勝てば官軍、それが正義。

 

そして、復讐、

また復讐と、負の連鎖・・・

 

どんな人格者であっても、

権力というものは、

人を変えてしまう魔力を秘めているのは、

歴史が証明しています。

 

それを防ぐには・・・

 

やはり、

特定の人物や組織に

権力を集中させないこと、

長く権力の座に置かせないこと。

 

ダークサイドに陥ることもある

生身の人間である以上は、

その「しくみ」を構築するしか

ないと考えます。

 

それと、

心理学的にいえば、

 

正義の人というのは、

自分の中にある

マイナスな面を抑圧して、

それを他者に投影して

攻撃するわけであって、

 

権力を握る人には、

自分のヤマシサを自覚できる能力が

必要不可欠だと思うのですが、

 

でもそんな人は、

そもそも権力を掴みたいという

欲自体が湧かないかもしれない・・・

 

そんなことを考えました(^^;

 

 

・・・次回は、

マリーアントワネットと、

ルイ16世との夫婦関係にフォーカスして

解説しますね(^^)

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回に続きます(^^;

 

 

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おまけ写真集(^^;

 

6月上旬、

カウンセリング仲間の知人に会いに、

栃木に行きました!

 

佐野厄除け大師の金色の屋根と参拝客

 

関東ではCMで有名な、

佐野厄除け大師に立ち寄り、

 

佐野ラーメン食べて・・・

 

唐沢山城跡の記念碑

 

唐沢山城跡。

 

 

唐沢山城跡の石垣と木々

 

なかなかな石垣が残っています!

 

 

地域ネコが丸太と紫陽花の前でくつろぐ

 

ここ、

ニャンが沢山いましたよ😸

 

 

岩船山高勝寺の山門と石灯籠

 

岩船山高勝寺。

 

 

奇岩とソーラーパネルの風景

 

おお、奥の院の先から、

すごい絶景が!

 

 

断崖絶壁に鳥が止まる

 

断崖絶壁😲

地震で崩落したあとのようです・・・

 

 

高勝寺三重塔、岩船山高勝寺

 

岩船山高勝寺。

隠れたパワースポットでした!

 

 

八方ヶ原の風景と案内図

 

知人と宇都宮で合流。

餃子飲み会をして、

翌日、八方ヶ原へ・・・

 

 

八方ヶ原のレンゲツツジ

 

レンゲツツジがきれいでした!

 

 

神秘的なエメラルドグリーンの滝つぼと奇岩

 

オジラジの滝。

 

エメラルドグリーンの

滝つぼが神秘的!

 

知人の案内で、

山歩きしながら滝めぐり・・・

 

 

雷霆の滝:マイナスイオンに癒される

 

雷霆(らいてい)の滝!

 

 

滝と看板、岩場のある渓流

 

咆哮霹靂の滝!

 

マイナスイオンに癒された

充実の山歩きでした😊

 

 

帰宅後に、

あれっ・・・

 

地域ネコ、タキシー

 

タキシー😸

元気だったか!

(しばらく見なかった地域ネコ)

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

世界的な名作、

レ・ミゼラブル(角川文庫)

 

レ・ミゼラブル 角川文庫版 表紙

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説しています(^^)

 

前回、

主人公のジャン・バルジャンが、

「強き人」に変容した理由は

いったい何なのか?

 

という問いを立てました。

 

それは、

(遠藤周作さんの描く)

イエスの弟子たちと同じ理由ではないかと。

 

つまり、

「無条件の愛」を与えられたから。

 

イエスの弟子たちの話

(遠藤周作さんの仮説)は、

過去ブログで詳しく述べましたので、

よかったらご覧いただきたいのですが、

 

 

イエスの弟子たちは、

ユダだけではなく、

ペテロも含めて、

イエスを事実上裏切ったわけで、

 

それは強烈な罪悪感に苛まれる

と同時に、

自己正当化する気持ちも働いたと思います。

 

「そうするしかなかったんだ・・・」

 

ただ、

イエスを見棄てたことは事実であって、

 

「イエスは、最愛の弟子に裏切られて、

きっと恨みつらみでいっぱいだろう」

 

「十字架上で、

怒りや憎しみの言葉を吐きながら、

死んでいったのだろう・・・」

 

そう考えて、

怯えていたのではないかと思われます。

 

しかし、

実際のイエスは違いました。

 

 

「主よ、

彼等を許したまえ。

 

彼等は

そのなせることを

知らざればなり・・・・・」

 

(「私のイエス」より引用)

 

 

弟子たちの救いを神に祈る、

「愛の言葉」を残して逝ったのです・・・

 

 

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レ・ミゼラブルでは、

ジャン・バルジャンが

司教からこう告げられます。

 

 

「ジャン・バルジャン、

わが兄弟よ、

あなたはもう悪人ではない。

 

善人に生まれ変わったのだよ。

 

あなたの魂のために、

わたしはこれを授ける。

 

(中略)

 

 

一宿一飯の恩を仇で返すように

銀の食器を盗んで逃亡しようとした

ジャン・バルジャン。

 

彼もきっと、

司教から厳しく罰せられると

思ったに違いない。

 

しかし、司教は、

罰するどころか、

彼の閉ざされていた「良心」を

とことん信じ抜いた。

 

さらに、

銀の燭台まで授けてくれた・・・

 

それまでの人生で、

ほとんど愛を知らなかった

ジャン・バルジャンにとって、

この衝撃はいかほどのものだったか。

 

親鸞の「歎異抄」の有名な言葉、

 

 

善人なをもて往生をとぐ、

いはんや悪人をや。

 

 

(現代語訳:善人ですら、

阿弥陀さまの本願によって、

真実の生き方に目覚めることが

できるのだから、

まして悪人はなおさらです)

<金山秋男・致知出版社>

 

を想起します。

 

すなわち、

自分の「罪」を自覚している人ほど、

愛によって、

真実の生き方、

つまり、愛に目覚めることができる。

 

渇ききった喉には、

一杯の水が最高の味わいとなるように、

 

自己肯定感マイナス100から、

一気にプラス100に昇華されるような、

 

この振れ幅が大きければ大きいほど、

心に強烈なインパクトを与えるのではないか。

 

そしてそれが、

「無条件の愛」

に抱かれているという安心感に繋がり、

それによって、

「強さ」が身に付くのではないか。

 

そんなふうに考えました。

 

 

************************************************

 

 

もちろん、

現実はそう甘くはありません(^^;

 

特に、社会人になってからは、

「無条件の愛」、

すなわち、

「至らない自分を含めた、

そのままの自分を受け容れられる」

ような経験をすることは、

ほとんどありません。

 

多くは、条件付きの愛です。

 

たとえ家族であっても、

なかなか難しいわけであって(^^;

 

やはり、どんな関係においても、

信頼を積み重ねていく努力は必要です。

 

しかし、ずいぶん昔には、

「無条件の愛」を与えられたという

微かな記憶があるような気が・・・

 

 

・・・まだ幼い頃ですね。

 

確かに、

親からの無条件な愛を感じた瞬間が、

何度かあったような・・・

 

もちろん、

親も人間ですから、

常に無条件の愛を示すことはできません。

 

子どもが生きていくうえで、

むしろ、適度なしつけは必要ですし、

仮に示すことができたとしても、

 

それだけでは、

人の痛みが分からなかったり、

打たれ弱い子になってしまう弊害もあります。

 

ですので、

必ずしも無条件の愛が

いつも必要というわけではないのですが、

 

でも、やっぱり、

 

人生において、

無条件に愛されたことがある、

という経験は、

 

その程度に応じて、

「自分の中にある良心を信じる」という

「強さ」に結び付くのではないか、

と考えます。

 

大人になって、

無条件の愛を感じることがほとんどないのは、

切ない現実ですが(^^;

 

せめて、自己受容、

自分で自分を大切にする。

 

至らないところも含めた、

「そのままの自分」の感情を

抱きしめて、

受け入れるところからはじめたい。

 

それが、ひいては、

他人を大切にする、

他人を愛することに

繋がっていくのではないか。

 

カウンセリングも、

その一助になるのでは・・・

 

そんなことを考えました😊

 

 

 

 

***************************************

 

 

 

以上、何だか、

「無条件の愛」に関しての、

私の語りになってしまいましたが(^^;

 

ヴィクトル・ユゴーの傑作!

レ・ミゼラブル(角川文庫)

 

レ・ミゼラブル 角川文庫版 表紙

 

の一部を紹介させていただきました(^^)

 

ネタバレになるので、

詳しい中身は紹介しませんでしたが、

 

この小説の真骨頂は、

やっぱり、

ドラマチックなストーリー展開だと思います!

 

物語の世界にグイグイ引き込まれますし、

その中にも、

読者が考えさせられるような、

心理描写や葛藤のシーンもあり、

さすがに語り継がれる名作だけあります。

 

読み終わると、

ちょっとだけ精神レベルが

高まったような気にもなります!

 

角川文庫版は、

上下2巻にコンパクトに収まっていて、

読みやすいのでおすすめします😊

(他は読んだことがありませんが(^^;)

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は別の本を紹介する予定です。

 

 

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おまけ写真集(^^;

 

山と青空、公園の遊具

 

矢倉岳、登りました(^^)

 

 

矢倉岳からの富士山と登山客

 

頂上着きました!

はい、登山馬鹿です(^^;

 

 

富士山と新緑の山々

 

富士山アップ!

 

 

矢倉岳山頂と富士山の眺め

 

人がいなくなり、

シャッターチャンス!

 

 

大雄山最乗寺の緑あふれる石段

 

帰りに、大雄山最乗寺。

新緑が眩しい・・・

 

 

新緑の滝と寺院、パワースポット

 

この滝スポット、

いつ来ても美しい・・・

 

 

大雄山最乗寺の仁王門と新緑

 

大雄山最乗寺の石段と新緑

 

大雄山最乗寺の古い本堂と新緑

 

大雄山最乗寺。

素敵なパワースポットです!

 

 

茅葺き屋根の古民家と竹垣

 

二宮金次郎の生家。

 

 

神山(箱根最高峰)の案内標識

 

こちらは箱根の最高峰、神山山頂。

(展望なし(^^;)

 

 

箱根駒ケ岳山頂への登山道

 

箱根駒ケ岳へ!

 

草原の小道と青空

 

よし、もうすぐ・・・

 

駒ケ岳山頂の石碑

 

箱根駒ケ岳、頂上!

 

 

箱根駒ケ岳頂上、神社と登山客

 

箱根神社、奥の院。

 天空の神社です!


 

箱根駒ケ岳山頂の神社へ続く参道

 

下に降りて見上げると、

おお、開放感・・・

 

 

富士山と緑の山々、広がる景色

 

富士山!

 

 

ゴルフ場から望む海岸線と街並み

 

湘南方面・・・

 

 

箱根駒ケ岳からの絶景と遊歩道

 

ロープウェーでも登れます!

芦ノ湖を見下ろして・・・

 

 

大雄山最乗寺の赤い本殿と鳥居

 

下山後、九頭龍神社。

 

 

箱根神社 湖畔の鳥居と新緑

 

芦ノ湖に立つ鳥居。

 

ああ、日本は美しい・・・

 

お付き合いいただき、

有り難うございました😊

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回ご紹介する本は、

フランスの文豪、

ヴィクトル・ユゴーの

言わずと知れた傑作!

 

レ・ミゼラブル(角川文庫)

 

レ・ミゼラブル 角川文庫版 表紙

 

この世界的な名作、

ストーリーをご存知の方も

多いと思います。

 

私自身、

子どもの頃に(偕成社か岩波少年文庫?)、

読んだことがありますし、

 

家族で帝国劇場のミュージカルを

観に行った記憶もあります(^^)

(斉藤由貴さんのコゼットが初々しかった!)

 

映画も、

子どもの頃に観た記憶がありますし、

大人になってからも、

いくつかのバージョンのものを観たり、

 

直近だと、

ミュージカル仕立てのものも、

映画館で鑑賞しました!

 

という訳で、

私にとって思い入れのある

物語なのですが、

 

何故か、ふと、

この歳になって

改めて原作の小説を読んでみたくなり、

 

岩波文庫版や新潮文庫版を

検討したのですが、

長さにちょっとビビってしまい(^^;

 

最終的に選んだのが、

少しダイジェストになっていて

読みやすそうな、

角川文庫版です!

 

ということで、

ストーリーの詳細は割愛、

私の印象に残ったシーンを紹介しながら、

そこを掘り下げていきますね。

 

まずは、やっぱり、

「銀の燭台」のシーンから、

 

主人公のジャン・バルジャンは、

親切に泊めてくれた司祭の

恩を仇で返すように、

銀の食器を盗んで逃亡します。

 

しかし、警察官に捕らえられ、

引っ立てられます、が・・・

 

 

(司祭は)

「おお、きみか!」

 

ジャン・バルジャンを見ながら

声を上げた。

 

「また会えて、嬉しいよ。

ほかのものと同じ

二百フランの価値がある、

銀製の燭台もあげるつもり

だったのに。

 

なぜ、食器といっしょに

持っていかなかったのだね?」

 

ジャン・バルジャンは目を上げ、

そんなことを言うひとが

いるのだろうかといった表情で、

相手を見返した。

 

(中略)

 

「友よ」

司教は声をかけた。

 

「出かけるまえに、

この燭台も持っていくがいい。

さあ」

 

(中略)

 

ジャン・バルジャンは、

全身をふるわせている。

 

ぎこちなく燭台二脚をうけ取ると、

怯えたような表情になった。

 

「さて」

司教が声をかけた。

 

「怖れずに、

出かけるといい」

 

警察官たちに向きなおる。

「みなさん、

もう引き上げてもだいじょうぶだ」

彼らは帰っていった。

 

ジャン・バルジャンは、

いまにも気が遠くなりそうな

気分だった。

 

司教がそんな彼に近づき、

小声でささやいた。

 

「この銀食器や燭台を、

あなたが正直者になるために使うと

約束しましたね。

 

それを

絶対に忘れないように」

 

そんな約束などしていなかった

ジャン・バルジャンは、

まごつきながら立っていた。

 

ささやくとき

威圧するような口調で言った司教は、

さらに厳かに説明した。

 

「ジャン・バルジャン、

わが兄弟よ、

あなたはもう悪人ではない。

 

善人に生まれ変わったのだよ。

 

あなたの魂のために、

わたしはこれを授ける。

 

あなたを陰湿な思いから

解き放ち、

煉獄から救い出し、

神のもとに

連れていくために、

こうしたのだよ!」

 

 

・・・人を「信じる」というのは、

こういうことを指すのでしょうか。

 

銀の皿を盗んだ

ジャン・バルジャンを糾弾しても

おかしくない立場なのに、

 

それどころか、

銀の燭台までも授けるとは・・・

 

司祭は、

ジャン・バルジャンの罪ではなく、

閉ざされていた「良心」を見つめたのです。

 

 

 

********************************************

 

 

ジャン・バルジャンの

身になってみると・・・

 

彼は、貧しさのあまり、

一斤のパンを盗んだだけで、

(脱獄の失敗はあるにせよ)

なんと19年もの間、投獄されていました。

 

あまりにも理不尽。

 

出所してからも、

囚人のレッテルは消えることなく、

差別され続ける日々・・・

 

そりゃ、

世の中に対して、

恨みつらみしかなくなるのが

あたりまえですよ。

 

だから、

銀の食器を盗んで逃亡しようとした。

無理もない・・・

 

しかし、その罪は司祭によって

許される、どころか、

さらに銀の燭台まで

授けられることになる。

 

 

(ジャン・バルジャンは)

いままで感じたことのない、

怒涛のような感情に

囚われていた。

 

怒りを感じていたが、

誰に対してのものかわからない。

 

感動とも屈辱感とも

つかない気分だ。

 

不安にかられ、

自分の人生の不公平さを

考えたときの、

胸を締めつけるような

やりきれなさに似たものを

感じて、

身をふるわせる。

 

いままで感じたことのない、

この感情は何だろうと

自分に問いかける。

 

(中略)

 

 

今までの人生で、

ほとんど「愛」を感じたことのない、

ジャン・バルジャンは、

 

司祭の「愛」をすぐには、

受け入れられなかった。

 

実際、この直後に、

またもや小さな罪を犯してしまうのですが、

 

しかし、

 

その後、彼は改心して、

自分の「良心」に従う人生を

歩むことになる・・・

 

もちろん、

生身の人間ですから、

究極の選択をしなければならない場面では、

(物語でいくつも出てきます)

 

彼も迷ったり、悩んだり、

葛藤しまくったりするのですが(^^;

 

最終的には、

自分の「良心」に従う選択をする。

 

「そこまでしなくてもいいのに!」

というくらいに。

 

この「強さ」は

いったい、どこからくるのか・・・

 

・・・そうですね。

 

やはり、

司祭から「無条件の愛」を与えられたこと、

 

別の言い方をすれば、

 

彼の中に

「良心」が眠っていることを

心の底から

「信じて」もらえた経験が大きいのだと

考えます。

 

 

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遠藤周作さんの描く、

イエスとその弟子たちとの物語を

想起します。

 

 

(過去ブログでも紹介しました。

よかったらご参照ください)

 

イエスの弟子たちは、

イエスの死後、

「強き人」に変容するのですが・・・

 

それはいったい、何故なのか?

 

 

・・・次回に続きますね(^^;

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございます😊

 

次回に続きます(^^;

 

 

 

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おまけ写真集(^^;

 

少し前(GW)になりますが、

三峯神社に登った翌日、

秩父礼所巡りをしました!

 

一部、シェアさせていただきますね(^^)

 

秩父礼所巡り、仁王像と石段

 

観音院。

階段をひたすら登ると・・・

 

 

秩父観音院の懸崖造り本堂

 

おお、着きました!

 

 

秩父礼所巡り 観音院 本堂

 

(滝になっている)崖の直下に

本堂があります。

 

奥の院も含めて、

神秘的な異空間のようでした(^^)

 

 

秩父霊場巡り 観音院 山門

 

法性寺。

 

秩父礼所巡り、観音院の断崖絶壁本堂

 

舞台造りの観音堂。

この奥の岩窟も見ごたえがありましたが、

 

さらに、奥の院へ・・・

(ここから、ほとんど登山レベル!)

 

 

観音像と緑の山々

 

(2~30分の登山後・・・)

 

おお、山頂の断崖絶壁に観音さまが!

 

 

秩父礼所巡り 鎖場のある岩場

 

反対方面、

急角度の鎖場越えると・・・

 

岩窟に座る大日如来像

 

おお、大岩の窪みに・・・

 

仏像、大日如来、秩父礼所巡り

 

なんと、大日如来さまが鎮座!

 

ああ、

ありがたや・・・

 

 

登山鎖場、断崖絶壁の奇岩

 

反対向くと、

うわあ、スリル・・・

 

ちょっとだけ

大日如来になりました(^^;

 

 

野坂寺の牛と観音像

 

・・・無事、

下界に生還して、ここは、野坂寺。

 

牛(実在した牛がモデル)のうえに、

観音さまが!

 

 

秩父札所観音院の山門と緑

 

金昌寺の大わらじ!

 

石仏群と神社(秩父礼所巡り)

 

あまたの石仏・・・

 

洞窟の仏像と灯籠

 

奥の院、

すごい木の生え方!

 

秩父礼所巡り、岩窟の観音さま

 

暗かったはずですが、

何故か明るい・・・

 

スピリチュアルを感じる

エリアでした(^^;

 

 

猫が眠っている様子

 

ボクも、

スピリチュアルな存在?😸

 

秩父礼所巡り、

おすすめします😊