ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

村上春樹さんの文庫本、

エッセー、

 

走ることについて語るときに僕の語ること

 

村上春樹 走ることについて語るとき僕の語ること表紙

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説しています。

 

今回で3回目、最終回です(^^;

 

この本には、

「なるほど~」「たしかに!」

と思えることが、

いくつかあったのですが、

今回もそれを紹介します(^^)

 

 

「村上さんみたいに毎日、

健康的な生活を送っていたら、

そのうちに小説が

書けなくなるんじゃ

ありませんか?」

 

みたいなことを

ときどき人に言われる。

 

外国にいるときには

あまり言われないけれど、

日本ではそういう意見を持つ人が

けっこうたくさんいるようだ。

 

小説を書くということは、

即ち不健康な行為であり、

作家たるものは

公序良俗から

遠く離れたところで、

できるだけ健全ならざる生活を

送らなくてはならない。

 

そうすることによって、

作家は世俗と訣別し、

芸術的価値を持つ

純粋な何かにより

近接することができるのだ

といった通念のようなものが

世間には根強く存在する。

 

長い年月をかけて、

そういう芸術家=不健康(退廃的)

という図式が

作り上げられてきたらしい。

 

映画やテレビ・ドラマには、

よくこういうステレオタイプの

ーよく言えば神話的なー

作家が登場する

 

 

村上春樹氏は、

ほとんど毎日走り続けているような、

いわば「健康的」な作家ですが、

 

たしかに作家って、

不健康で退廃的なイメージがありますよね(^^;

 

たとえば、太宰治とかは、

まさにその典型ですが、

 

私も、デカダンスな生き方に

ちょっと憧れがあり、

飲んだくれてた時期もあります。

(それで体を壊したのですが(^^;)

 

今でも、

単なる健康的な生活だけだと、

つまらない人生だと思うところがある。

 

 

小説を書くのが不健康な作業である

という主張には、

基本的に賛成したい。

 

我々が小説を書こうとするとき、

つまり文章を用いて

物語を立ち上げようとするときには、

人間存在の根本にある

毒素のようなものが、

否応なく抽出されて表に出てくる。

 

作家は多かれ少なかれ

その毒素と正面から向き合い、

危険を承知の上で

手際よく処理して

いかなくてはならない。

 

そのような毒素の介在なしには、

真の意味での創造行為を

おこなうことはできないからだ

(妙なたとえで申しわけないが、

河豚は毒のあるあたりが

いちばん美味い、というのに

ちょっと似ているかもしれない)。

 

それはどのように考えても

「健康的」な作業とは

言えないだろう。

 

 

河豚(ふぐ)のたとえは、

分かりやすいですね(^^;

 

たしかに、

小説などで人間を描く際には、

毒素、というか、

精神世界で言う「影」、

すなわち、

心の奥底にある闇の部分に触れないと、

深みがでないような気がします。

 

しかし、そこに安易に触れるというのは、

健康的とはいえませんし、

どっぷり浸かるのは、

危険でもありますね。

 

生活じたいが、

退廃的になってしまうおそれがある。

 

(中略)

 

しかし僕は思うのだが、

息長く職業的に

小説を書き続けていこうと

望むなら、

 

我々はそのような危険な

(ある場合には命取りになる)

体内の毒素に対抗できる、

自前の免疫システムを

作り上げなくてはならない。

 

そうすることによって、

我々はより強い毒素を

正しく効率よく

処理できるようになる。

 

言い換えれば、

よりパワフルな物語を

立ち上げられるようになる。

 

そしてこの

自己免疫システムを作り上げ、

長期にわたって維持していくには、

生半可ではないエネルギーが

必要になる。

 

どこかにそのエネルギーを

求めなくてはならない。

 

そして我々自身の

基礎体力のほかに、

そのエネルギーを

求めるべき場所が

存在するだろうか?

 

 

体内の毒素に対抗できる、

自前の免疫システムを作る。

それが基礎体力である。

 

なるほどです(^^)

 

たとえば、

禅の修行の世界では、

日々の生活をきちんと

丁寧に過ごすことが求められますが、

これも、一種の

基礎体力作りなのかもしれません。

 

瞑想を続けていると

「魔境」という境地に陥ることが

あるそうです。

(私はまだ経験はありませんが)

 

仏陀や如来のイメージが現れることですが、

実はこれはエゴが肥大化したもの

なのだそうです。

 

日々の修行というものは、

これを防ぐための、

自己免疫システムなのかもしれない。

 

 

(中略)

 

真に不健康なものを

扱うためには、

人はできるだけ

健康でなくてはならない。

 

それが僕のテーゼである。

 

つまり不健全な魂もまた、

健全な肉体を

必要としているわけだ。

 

逆説的に聞こえるかもしれない。

 

しかしそれは、

職業的小説家になってからこのかた、

僕が身をもって

ひしひしと感じ続けてきたことだ。

 

健康なるものと

不健康なるものは

決して対極に

位置しているわけではない。

対立しているわけでもない。

 

それらはお互いを補完し、

ある場合においては

お互いを自然に含みあうことが

できるものなのだ。

 

往々にして

健康を指向する人々は

健康のことだけを考え、

不健康を指向する人々は

不健康のことだけ考える。

 

しかしそのような偏りは、

人生を真に

実りあるものにはしない。

 

 

「健康」と「不健康」は、

お互いに補完している。

 

補完することで人生が実りあるものになる。

 

そうですね・・・

 

シュルレアリスムの巨匠として知られる

ルネ・マグリットは、

芸術家としては、

非日常的で摩訶不思議な絵を書きますが、

 

それとは裏腹に、

生活レベルでは、

極めて平凡で規則正しい日々を

過ごしていたいたようです。

 

だからこそ、

精神世界の闇に飲み込まれることなく、

独創的な作品を多く残せたのだと思います。

 

カウンセリングで、

時間の枠や、空間の枠といった

「枠」を重要視するのも、

 

その分、来談者が安心して、

心の深いところまで

降りていけるようになる効果が

あるのだと思います。

 

私自身、

読書や心の学びの中で、

時には、人間の影や闇の部分にどっぷり浸かり、

それをじっくりと味わうためにも、

 

日常生活は、

なるべく健康的に過ごして、

基礎体力をつけておきたい。

 

そんなふうに思いました😊

 

 

 

*********************************************

 

 

 

以上、3回にわたって、

 

村上春樹さんの文庫本、

エッセー、

 

走ることについて語るときに僕の語ること

 

村上春樹 走ることに語るとき僕の語ること 表紙

 

から、

私の印象に残った箇所を紹介しました。

 

取り上げた箇所以外も、

多くの示唆が得られる本です。

 

自分で決めた道を

自分のペースで歩んでいこう!

という勇気が湧いてくるような本。

 

一読をおすすめします😊

 

 

 

 

*******************************************

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は別の本を紹介する予定です(^^;

 

 

 

*******************************************

 

 

 

おまけ写真集(^^;

 

私の健康、基礎体力作りの一助になっている、

山歩き(^^)

 

県立久留里城山公園入口の石碑

 

前日に城山(津久井城址)で

足慣らしをしたあと・・・

 

 

村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」表紙

 

車中泊・・・

星がきれいだったのですが、

私のスマホレベルでは、

ほとんど写っておらず(^^;

 

 

青根 諏訪神社 大スギ

 

日の出とともにスタート!

 

 

登山道案内標識:東野、蛭ヶ岳8.0km、姫次4.7km

 

蛭ヶ岳二回目。

今度は姫次経由で。

 

 

森の中の木製階段

 

整備された登山道・・・

 

 

紅葉したカエデの葉と小枝

 

木製デッキと雑草

 

凍ってました(^^;

 

 

登山道標識 蛭ヶ岳 焼山

 

姫次到着!

 

 

富士山とカラマツの紅葉

 

おお、カラマツの間から富士山(^^)

 

 

紅葉と青空のコントラスト

 

青空の下の紅葉、

映えます!

 

 

富士山と紅葉の山並み、青空

 

この角度、

檜洞丸が富士山を隠しています(^^;

 

 

紅葉の山道と遠くの山並み

 

振り返れば、紅葉!

 

 

紅葉の登山道と山腹

 

頂上見えてきた!

 

 

登山道の木製階段と木々

 

ようし、もう一息・・・

 

 

蛭ヶ岳からの富士山と登山道

 

頂上着きました(^^)

神奈川県最高峰、蛭ヶ岳!

 

前回はガスっていて何も見えなかったので、

リベンジ達成🗻

 

富士山と紅葉の山並み、登山道の様子

 

おかげさまで、最高の天気です!

 

 

富士山と紅葉の山々

 

アップ、

美しい・・・🗻

 

 

山頂からの絶景と紅葉

 

宮ケ瀬湖と関東平野・・・

 

 

登山小屋と富士山

 

蛭ヶ岳山荘で蛭カレーいただきました(^^)

 

 

紅葉の登山道と山々

 

元来た道を、下山します。

 

 

紅葉の落ち葉と登山靴

 

紅葉する木々、登山道の秋景色

 

みごとな紅葉!

 

 

森の中の木々

 

林相が美しい・・・

 

古い学校校舎と秋の山

 

下山後・・・

素敵な建物ですね。

 

 

青根諏訪神社の大スギ

 

青根の諏訪神社、無事帰還できました!

有り難うございます😊

 

青根の諏訪神社の大杉

 

見事な大スギです!

 

蛭ヶ岳登山、

往復10時間近くかかり、

ヘロヘロになりましたが(^^;

 

天気最高!紅葉も美しく、

おかげさまで満喫できました😊

 

大自然という名の神様に感謝!

 

 

追伸 おまけのおまけ(^^;

 

ピンクの被り物とマントを着た猫

 

遅ればせながら・・・

 

 

子猫がピンクの衣装を着ている

 

嫌がってる・・・😸

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

村上春樹さんの文庫本、

エッセー、

 

走ることについて語るときに僕の語ること

 

村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」表紙

 

を読んで、

私の印象に残った箇所を

紹介・解説しております。

 

 

毎日走り続けていると言うと、

そのことに

感心してくれる人がいる。

 

「ずいぶん意志が強いんですね」

とときどき言われる。

 

ほめてもらえれば

もちろん嬉しい。

 

けなされるよりは

ずっといい。

 

しかし思うのだけれど、

意志が強ければ

なんでもできてしまう。

というものではないはずだ。

 

世の中はそれほど

単純にはできていない。

 

というか正直なところ、

日々走り続けることと、

意志の強弱のあいだには、

 

相関関係は

それほどなんじゃないかという

気さえする。

 

僕がこうして二十年以上

走り続けていられるのは、

結局は走ることが

性に合っていたからだろう。

 

少なくとも

「それほど苦痛ではなかった」

からだ。

 

人間というのは、

好きなことは自然に続けられるし、

好きではないことは

続けられないようにできている。

 

そこには意志みたいなものも、

少しくらいは関係しているだろう。

 

しかし

どんなに意志が強い人でも、

どんなに負けず嫌いな人でも、

 

意に染まらないことを

長く続けることはできない。

 

またたとえできたとしても、

かえって身体によくないはずだ。

 

 

なるほど・・・

 

そう考えると、

「長く続いていること」

というのが、

無理していないこと、

そして、

性にあっていること

のバロメーターに

なるかもしれないですね(^^)

 

私の場合は、

やっぱり、なんだかんだ、

「読書」の習慣は続いているので、

性に合っているかと(^^;

(最近は忙しくて、たとえば、

長編小説にどっぷり浸かることが

なかなかできないのが悲しいですが)

 

「歩く」ことも習慣になっています。

雨が強い日を除けば、

駅をひとつ前で降りたり、

バスに乗らなかったりして、

通勤で一日8,000歩は

歩くようにしています(^^)

 

「山歩き」は、

30代から始めて、

一時期少し遠ざかっていましたが、

また復活してきました!

 

「学び」の習慣は?

心の学びなど、好きなことを学ぶことは

もちろん嫌いではないのですが、

やっぱり働きながらだと、

計画性や意志の力は必要・・・ですね(^^;

 

皆さまの、

「長く続いていること」

は何でしょうか😊

 

 

だから僕はランニングを

まわりの誰かに勧めたことは

一度もない。

 

「走るのは素晴らしいことだから、

みんなで走りましょう」

みたいなことは、

極力口にするまいと思っている。

 

もし長い距離を走ることに

興味があれば、

放っておいても、

人はいつか自分から

走り出すだろうし、

 

興味がなければ、

どれだけ熱心に

勧めたところで無駄だ。

 

マラソンは万人に向いた

スポーツではない。

 

小説家が万人に向いた

職業ではないのと同じように。

 

僕は誰かに勧められたり、

求められたりして

小説家になったわけではない

(止められたことすれ)。

 

思うところあって

勝手に小説家になった。

 

それと同じように、

人は誰かに勧められて

ランナーにはならない。

 

人は基本的には、

なるべくしてランナーになるのだ。

 

 

「人は基本的には、

なるべくしてランナーになるのだ」

 

かっこい表現ですね!

 

たしかに、

誰にも強制されずに、

今、続けてやっていることが、

 

やっぱり、

自分に向いていることなのかも

しれませんね。

 

 

とはいえ

こういう文章を読んで興味を持ち、

「じゃあ、

ちょっと走ってみようか」

と思って実際に走ってみたら、

「おお、

けっこう楽しいじゃないか」

というようなことが

あるのかもしれない。

 

それはもちろん麗しい展開ではある。

もしそういうことがあれば、

この本の著者としても

たいへん嬉しい。

 

 

はい、

私もこの本に触発されて、

 

先日、久しぶりに、

鶴見川の河川敷を7キロほど走りました!

 

そしたら、

山歩きとは

ちょっと違った種類の筋肉痛になり、

数日間、

老人のような歩き方になりましたが・・・(^^;

 

ちなみに、

鶴見川の河川敷は、

お正月の箱根駅伝放映後のPMには、

にわかランナーが激増します。

(あくまで自分調べ、

私もその一人ですが(^^;)

 

 

しかし人は

向き不向きがある。

 

フル・マラソンに

向いている人もいれば、

ゴルフに向いている人もいれば、

賭けごとに向いている人もいる。

 

学校で体育の時間に、

生徒全員に

長距離を走らせている光景を

目にするたびに、

 

僕はいつも

「気の毒になあ」

と同情してしまう。

 

走ろうとする意欲のない人間に、

あるいは

体質的に向いていない人間に、

頭ごなしに長距離を走らせるのは

意味のない拷問だ。

 

無駄な犠牲者が出ないうちに、

中学生や高校生に

画一的に長距離を走らせるのは

やめたほうがいいですよと

忠告したいんだけど、

 

まあ、そんなことを

僕ごときが言っても、

きっと誰も耳を貸してはくれまい。

 

学校とはそういうところだ。

 

学校で僕らが学ぶ

もっとも重要なことは、

 

「もっとも重要なことは

学校では学べない」

という真理である。

 

 

・・・最後の文章、

ウイットに富んでいますね(^^;

 

たしかに真理です!

 

学校って基本、集団生活ですから、

「個」に合わせたことは、

なかなかできない。

 

無理矢理やらせることの効能を

強いてあげるとすれば、

自分の向き不向きが実感としてわかる、

ということですかね。

 

ですので、

向いていないとわかったことは、

さっさとやめられればいいのですが、

それが、なかなかできないのが、

悩ましいところ・・・

 

もっとも、

社会に出てからの我慢する力、

忍耐力はつくかもしれませんが(^^;

 

(そう考えると、大学は中高と違って

比較的好きな単位を選択できるので、

よかったな~)

 

社会に出ると、

もちろん、嫌なことや、

我慢しなければならないことが

たくさんあるのが現実であって、

そこから逃げるわけにはいかないのですが、

 

その中でも、

なるべく、自分に向いていること、

自分の好きなこと、

性にあっていること、に割く時間を

しっかりと確保していきたいですね😊

 

 

 

*******************************************

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回もこの本の紹介を続ける予定です(^^;

 

 

 

******************************************

 

 

 

おまけ写真集(^^;

 

どんなに忙しくても、

月に1度は山歩きしたい!

 

トレッキングシューズ

 

ということで、

 

新しいトレッキングシューズも、

買ったことだし(^^)

履き慣らしも兼ねて・・・

 

 

仏果山岩場コースの登山道

 

仏果山の岩場コース!

(半原越からのルート)

 

鎖場越えて・・・

 

 

仏果山山頂の石仏と道標

 

着きました!

 

 

仏果山山頂標識と石碑

 

仏果山山頂!

 

 

仏果山山頂看板 705.7m

 

高取山まで足を伸ばし・・・

 

 

山頂からの街並みと緑豊かな山々

 

鉄塔の上からの眺め・・・

 

湘南方面、おお絶景!

 

 

仏果山山頂からの絶景、宮ヶ瀬湖と丹沢方面

 

宮ケ瀬湖と丹沢方面・・・

 

 

仏果山山頂からの眺め

 

ヤセ尾根越えて、戻ります。

 

 

木漏れ日と新緑の山道

 

鳥のさえずりに囲まれながら

ちょっと一息・・・

 

やっぱり自然は癒されますね~😊

 

このコース、

低山ですがスリリングで楽しめます!

(ヤマビルはもう大丈夫でした)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

最近、バタバタして、

なかなかブログがアップできない

日々が続いておりますが・・・💦

 

今回紹介させていただく本は、

村上春樹さんの文庫本、

 

 

走ることについて語るときに僕の語ること

 

村上春樹 走ることについて語るときに僕の語ること

 

村上春樹さんの小説は、

若い頃よく読みました。

(内容はかなり忘れていますが(^^;)

 

最近だと

街とその不確かな壁

(過去に紹介させていただきました。

よかったらご覧ください)

 

が、まさに村上ワールドといった感じで、

物語の世界を堪能した記憶がありますが、

 

今回読ませていただいたのは、

エッセーです。

 

タイトルのとおり、

「走ること」がテーマなのですが、

いやあ、村上春樹さんはすごいですね!

 

年に一回はフルマラソンを走り、

トライアスロンにも参加することもあるという、

(現在は分かりませんが)

 

ストイックな方だとは、

存じ上げていましたが、

単なるストイックというだけでなく、

 

何というか、

「思想」のようなものが、

その根底にあるような気がします。

 

その「思想」が、

私たちがよりよい人生を歩んでいくうえで、

とても示唆に富むと感じたので、

いくつか引用させていただきますね。

 

 

一般的なランナーの多くは

「今回はこれくらいの

タイムで走ろう」

とあらかじめ個人的目標を決めて

レースに挑む。

 

そのタイム内で

走ることができれば、

彼/彼女は

「何かを達成した」

ということになるし、

 

もし走れなければ、

「何かが達成できなかった」

ことになる。

 

もしタイム内で

走れなかったとしても、

やれる限りのことはやったという

満足感となり、

 

次につながっていく

ポジティブな手応えがあれば、

また何かしらの

大きな発見のようなものがあれば、

 

たぶんそれはひとつの

達成となるだとう。

 

言い換えれば、

走り終えて自分に誇り

(あるいは誇りに似たもの)

が持てるかどうか、

 

それが長距離ランナーにとっての

大事な基準になる。

 

 

そうですね。

 

「やれる限りのことはやった」

という満足感は、

「誇り」につながる・・・

 

 

同じことが

仕事についても言える。

 

小説家という職業に

―少なくとも僕にとっては

ということだけれど―

勝ち負けはない。

 

発売部数や、文学賞や、

批評の良し悪しは

達成のひとつの

目安になるかもしれないが、

本質的な問題とは言えない。

 

書いたものが

自分の設定した基準に

到達できているかいないか

というのが

何よりも大事になってくるし、

 

それは簡単には

言い訳のきかないことだ。

 

他人に対しては

何とでも適当に説明できるだろう。

 

しかし自分自身の心を

ごまかすことはできない。

 

そういう意味では

小説を書くことは、

フル・マラソンを走るのに

似ている。

 

基本的なことを言えば、

創作者にとって、

そのモチベーションは

自らの中に静かに確実に

存在するのであって、

 

外部にかたちや基準を

求めるべきではない。

 

 

・・・いやあ、

ステキな考え方ですね!

 

私としては、

村上春樹さんには是非

ノーベル文学賞を受賞していただきたいと

願ってはおりますが、

 

それはさておき(^^;

 

「書いたものが

自分の設定した基準に

到達できているかいないか」

それが何よりも大事。

 

完全に、

他人軸ではなく、自分軸ですね!

 

「モチベーションは

自らの中に静かに確実に存在するのであって、

外部にかたちや基準を求めるべきではない。」

 

そうですね~

 

モチベーションは自分の中にある、

だから、

何をどこまでやるのかは、自分で決める!

 

このあくまで

「自己決定する」

というのは、

自分が納得できる人生を歩むうえで、

重要なことだと思います。

 

他人が決めたことだと、

仮にうまくいかなかった時に、

他人のせいにしたくなりますしね(^^;

 

村上春樹さんは、

こんなことも述べています。

 

 

誰かに故のない

(と少なくとも僕には思える)

非難を受けたとき、

 

あるいは

当然受け入れてもらえると

期待していた誰かに

受け入れてもらえなかった

ようなとき、

 

僕はいつもより

少しだけ長い距離を

走るようにしている。

 

いつもより

長い距離を走ることによって、

そのぶん自分を

肉体的に消耗させる。

 

そして自分が

能力的に限りがある、

弱い人間だということを

あらためて認識する。

 

いちばん底の部分で

フィジカルに認識する。

 

そして

いつもより長い距離を走ったぶん、

結果的には自分の肉体を、

ほんのわずかではあるけれども

強化したことになる。

 

腹が立ったらその分

自分にあたればいい。

 

悔しい思いをしたら

そのぶん自分を磨けばいい。

 

そう考えて生きてきた。

 

黙って呑み込めるものは、

そっくりそのまま

自分の中に呑み込み、

それを

(できるだけ

姿かたちを大きく変えて)

小説という容物の中に、

物語の一部として

放出するように

つとめてきた。

 

 

「悔しい思いをしたら

そのぶん自分を磨けばいい」

 

ほんとカッコイイ生き方ですね!

 

「肉体的に消耗させることで、

自分が能力的に限りがある、

弱い人間だということをあらためて認識する」

 

これは、

謙虚さを呼び起こすうえで、

効果的な手法だと思います。

 

肉体は鍛えればその分、

確実に強化されるわけで、

 

とにかく、

今できる何か有益なことをやる!

 

「黙って呑み込めるものは、

自分の中に呑み込み、

物語の一部として放出する・・・」

 

果たして物語のどの箇所に、

それが反映されているのか・・・

 

小説を読み返したくなりますね(^^)

 

 

山歩きもいいけど、

何だか久しぶりに、

河川敷をランニングしたい気分になりました😊

 

・・・次回に続きますね(^^;

 

 

 

**********************************************

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして

有り難うございました😊

 

次回もこの本の紹介を続けます(^^;

 

 

 

*********************************************

 

 

おまけ写真集(^^;

 

大雄山最乗寺

明神ヶ岳に行きました!

(9月下旬)

 

石碑が並ぶ森の参道

 

神秘的な参道通って・・・

 

 

大雄山最乗寺への石段と仏像

 

奥の院を越えて、

明神ヶ岳へ!

 

 

森の中の地面で草を食む鹿

 

ひたすら登って、

もうすぐ山頂・・・あれっ、

 

 

山林で草を食む一頭の鹿

 

鹿ちゃんお出迎え(^^)

 

 

富士山と山々を望む登山道

 

ここの風景、

お気に入りです🗻

 

 

明神さんのお札、山道に吊るされた様子

 

森の中の小さな祠と鳥居

 

私の守り神、

明神さんお参りして・・・

 

 

明神ヶ岳 登山道案内標識

 

山頂、着きました!(^^)!

 

 

富士山と山々の風景

 

富士山バックに金時山!

 

 

山頂からの眺め、海岸線と街並み

 

下山します。湘南方面ですね。

 

 

石仏群と献花

 

・・・もうすぐ最乗寺、

 

 

大雄山最乗寺の滝と庭園

 

最乗寺戻りました。

 

 

大雄山最乗寺の苔むした岩と滝

 

ほんと、このお寺は自然が美しい・・・

 

 

大雄山最乗寺の風情ある灯篭と石段

 

見どころ満載なのに、拝観無料・・・

 

 

大雄山最乗寺の石段と山門

 

大雄山最乗寺

紅葉の時期が楽しみです😊

 

 

ピンクの紅葉が石段に落ちる

 

赤い彼岸花と苔むした石

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

臨床心理士・公認心理士、

カウンセラー東畑開人さんの、

 

なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない

 

東畑開人「なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない」新潮文庫

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説しています(^^)

 

本書の中で、

著者は、

「も」の思想

ということを述べています。

 

「も」の思想。

 

これは、

私たちが困難な時代を生きていくうえで、

有益な思想だと思ったので、

シェアさせていただきますね(^^)

 

 

「も」の思想。

 

それこそが

この本を貫いていた思想です。

 

僕は繰り返し繰り返し

「も」を強調してきました。

 

現実は不純で、複雑です。

 

そのせいで、

僕らは現在地を見失うし、

方向喪失に陥る。

 

そういうときに、

少しでも現実を理解し、

道筋を見出すために

懐中電灯の光を灯す。

補助線を引く。

 

それは現実の複雑さを切り捨てて、

シンプルにするためでは

ありません。

 

白と黒に分けるのは、

黒を捨て、

白にしがみつためではない。

 

「も」の一文字を

堅持し続けるためです。

 

自分の中に

複数の声があることを許す。

 

ああでもない

こうでもないと

時間をかけて

考えることを続ける。

 

それが

複雑な現実を

複雑に受け止めることを

可能にしてくれます。

 

そうやって、

複雑な現実に

ケース・バイ・ケースで

折り合うための

やり方を見つける。

 

そのために、

補助線は引かれるべきなのです。

 

 

「補助線」という考え方は、

本書の前半部分で紹介されています。

 

五角形に補助線を引くと、

三角形と四角形の組み合わせであることが

わかるように、

 

複雑なものを、

一度シンプルな形へ分割して、

再びそれらを結びつけることです。

 

たとえば、

夫に絶望している

妻の気持ちに補助線を引くと、

 

憎しみと同時に、

まだ愛している気持ち「も」

残っていることがわかる・・・

 

という感じです。

 

 

もしかしたら、

あなたから

「ポジティブすぎる」

と言われてしまうかもしれません。

 

現実というものに対して、

楽観的すぎるし、

希望を抱きすぎていると

思われるかもしれない。

 

現実は時に残酷で、

絶望的です。

 

ひどいことが

たくさん起こるし、

他者から悪意を向けられることが

日常茶飯事。

 

僕らが生きている社会には

根深い問題が山積している。

 

それはそうだと思う。

 

それでも、

現実はシンプルではない。

複雑です。

 

この世界には

さまざまな他者たちが

生きています。

 

あなたに悪意を向けてくる

他者もいれば、

あなたの苦痛に

無関心な他者もいることでしょう。

 

だけど、

それだけじゃない。

 

そこには

善意を抱いている他者

「も」いるはずです。

 

あなたの苦境を

見て見ぬふりできない他者

「も」いるはずです。

 

必ずどこかには

そういう他者たちが存在している。

 

そう信じている。

 

 

そうですね。

 

私たちの「認知」というものは、

どうしても片寄ってしまいますので、

 

たとえば、

楽しい時には、

楽しいことしか見えないし、

 

苦しいときには、

世の中、

苦しいことばかりのように

感じてしまいがちです(^^;

 

しかし、

楽しいことの裏側には、

見えないマイナス「も」潜んでいる。

 

たとえば、

調子に乗っていると、

いずれ、

しっぺ返しをくらったりしますし(^^;

 

逆に、苦しみは、

デメリットだけでなく、

メリット「も」あるわけです。

 

たとえば、

我慢強さが身に付いたり、

謙虚になれたり、

人の痛みが分かるようになったり、

あたりまえのことが

有り難く感じられるようになったり・・・

 

人間関係でも、

(本書からの引用のように)

たしかに、苦しい時には、

周りがすべて敵に見えたりしますが、

 

よくよく観察していると、

どこかに必ず

味方になってくれる人はいるものです。

 

職場の身近な人間関係で苦しい時は、

別の部署や取引先に理解者がいたり、

はたまた、家族が優しかったり、

 

家庭の人間関係が苦しい時は、

逆に職場が救いになったり・・・

 

・・・えっ、人間で

味方になってくれる人はいない?

 

そういう時は、

動物が慰めてくれたり😺

 

 

僕の仕事は、

現実で傷ついたクライエントを

小さな部屋で待っていて、

50分間だけ話をして、

 

そして彼らが

現実へと帰っていくのを

見送る仕事です。

 

現実は生きるに足るものである。

 

このポジティブな認識が、

臨床というタフな仕事を

支えています。

 

根底に存在するその信頼が、

僕にこの仕事を

しぶとく続けさせてきたし、

 

これからもずっと

続けていこうと思わせてくれる。

 

ですから、

こういう結論になります。

 

幸福とは何か。

 

複雑な現実を

できるだけ複雑に生きることである。

 

 

「幸福とは、複雑な現実を

できるだけ複雑に生きることである」

 

・・・皆さまは、

いきなりそんなことを言われても

いまいちピンとこないかもしれませんが、

 

本書を通読すると、

この言葉が腑に落ちると思います。

 

複雑な現実、そのものを受け入れる。

それができるだけの、

「心の器」を時間をかけて作っていく。

 

変に抑えつけたり、切り捨てようとはせず、

複雑さは、そのまま受け入れたうえで、

時と場合に応じてバランスを取りながら、

そこから「選択」をしていく。

 

簡単なことではありませんが、

そんな生き方、

心がけていきたいです😊

 

 

 

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以上、3回にわたって、

臨床心理士・公認心理士、

カウンセラー東畑開人さんの、

 

なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない

 

東畑開人「なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない」新潮文庫

 

を紹介してきました。

 

この本では、

「小舟」という言葉がよく出てきます。

 

その小舟とは、

私たち個人のことを指すのですが、

 

この文庫版のあとがきには、

「小舟の勇気」

ということが述べられています。

 

最後に、そこのさわりの部分を

紹介しますね(^^)

 

 

(小舟の)勇気は

出させるものではなく、

自然に出るものである。

 

雨乞い師が

雨が降るまで待つ仕事であるのと

同じように、

 

臨床家も

勇気が出るまで

一緒に待つ仕事だ。

 

 

臨床家(カウンセラー)の仕事は、

来談者(クライアント)の勇気が出るまで

一緒に待つこと。

 

私も同感です。

 

受容、共感しながら、

待つ・・・

 

勇気を待つ。

それまで、

できることをし続ける。

 

この本で書きたかったのは、

この勇気の質感であった。

 

 

この、

「できること」というのは、

カウンセリングのことでしょうか。

 

そして、

勇気の「質感」とは・・・

 

本書には、

その「質感」がとてもリアルに描かれています。

 

それを味わいたい人には、

是非ご一読をおすすめします!

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は別の本を紹介する予定です(^^;

 

 

 

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おまけ写真集(^^;

 

南八ヶ岳、

編笠山・権現岳登山の続きです。

 

南八ヶ岳 権現岳 ギボシ、荒々しい岩肌と緑の山々

 

編笠山の次は、

権現岳(写真右)を目指します!

 

が、その手前の、

ギボシ(写真左)という

険しい山を越えなければなりません(^^;

 

これ登れるの・・・?

 

権現岳、ギボシ、八ヶ岳の岩場

 

うわっ・・・

 

 

権現岳への険しい岩場、鎖場

 

なかなかの岩場でした💦

(ちょっと私の力量を越えていたかも)

 

 

八ヶ岳の山小屋と登山道

 

なんとか安定した場所へ、

権現小屋と権現岳が近づいてきました!

 

小休止・・・

 

蝶々が靴に止まる登山靴

 

ふと足元を見ると、

幸運の蝶々が🦋

 

よし行ける!

 

蝶と黄色い花、緑の山

 

権現小屋(無人でしたが)の前で、

軽くランチ。

 

蝶々と編笠山が

キレイに撮れましたよ🦋

 

 

南八ヶ岳 権現岳・編笠山登山の絶景

 

赤岳と阿弥陀岳が、

よく見えます!

 

南八ヶ岳 権現岳 登山道 案内標識

 

よし、

権現岳頂上は、もう少し・・・

 

権現岳頂上への険しい岩場

 

やった~、

なんとか、たどり着きましたヽ(^o^)丿

2,715m!

 

権現岳頂上、山頂標識と岩

 

これが頂上の岩!

 

 

権現岳頂上の岩と石祠

 

反対側に回ると・・・

 

それにしても、

すごい突き出た岩ですね!

 

八ヶ岳の登山道と山々

 

ここから帰路は、

長~い尾根を下っていきます。

 

 

権現岳頂上:青空と山々の絶景とリュック

 

三ツ頭からふり返ると・・・

 

左のとんがり頭が、さきほどの権現岳、

右が赤岳・・・

 

八ヶ岳の権現岳からの壮大な眺め

 

初級者程度の私には、

ちょっと難易度の高い山々

(特にギボシ越えが)でしたが、

 

天気も史上最高で、

おかげさまで、

いい思い出になりました(^^)

 

大自然という名の神に感謝!

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

最近、天候が荒れることが多いですが、

皆さんの地域は大丈夫ですか。

 

私は金曜日の帰宅時、

大雨の影響で

いつもの路線が不通になってしまい、

激混みの中、

何とか遠回りして帰宅しました(^^;

 

臨床心理士・公認心理士、

カウンセラー東畑開人さんの、

 

なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない

 

 

から、

私の印象に残った箇所を中心に、

紹介・解説しています(^^)

 

この本の帯には、

「読むセラピー」

というキャッチコピーが

大きくうたわれています。

 

セラピーというだけあって、

文体は、とても読みやすいのですが、

内容は、かなり歯ごたえのある

深~いエッセーといった感じです。

 

エッセーといっても、

中身の半分くらいは、

「ミキ」と「タツヤ」

を中心とした物語で、

占められています。

 

ミキは、

外資系コンサル企業の

管理職として活躍する、

いわばエリート。

 

人生の嵐の中を、

小舟でサバイブしてきた彼女。

 

不眠症に悩み、

カウンセリングの門をたたきます。

 

カウンセリングを重ね、

やがて、ミキは、

タツヤと出会うことになり、

しだいに親密になっていきます。

 

しかし、

ミキの裏切り行為が発覚し・・・

(それにはもっともな理由が

あるのですが)

 

・・・ネタバレになるので、

これ以上は止めておきます(^^;

 

このあとの、

2人の揺れ動く関係と、

カウンセリングの展開が、

とてもリアルに描かれています。

 

もちろん、

そう簡単に順風満帆とはいかず、

山あり谷ありの展開になるのですが・・・

 

物語の後半、

タツヤの側の心境、

引用します。

 

 

おお、人間を信じるとは

なんと困難なことなのでしょうか。

 

まして

一度壊れてしまった関係を

信じ直すことが

いかに大変なことか。

 

無限の力をもつ神を

信じるよりも、

有限の人間を信じる方が

ずっと難しい。

 

現実のこんがらがった

人間関係は、

映画やドラマの

人間関係のようには

解決されません。

 

あるのは地味な

時間の流れだけです。

 

 

そうですね。

こじれた人間関係は、

簡単に解決されるものでは

ありません。

 

 

しかし、

それこそが

人間を信じるための

唯一の力になります。

 

納得いかないこと、

矛盾に満ちていること、

絶対に許すことができないこと。

 

つまり

論理的思考では

答えの出ないことを、

時間がゆっくりと

溶かしてくれる。

 

 

たしかに、

時間がゆっくりと溶かしてくれることは、

ある・・・

 

 

不毛に見える時間は、

タツヤさんの心の奥底で

ひそかに地道な作業を

続けてくれていました。

 

変化は見えないほどに

ゆっくりと起こっていた。

 

時間をかける。

 

難しいものを

心に抱え続ける。

 

すると、ある日、

それがストンと落ちる。

 

白と黒が混ざり、

灰色になる。

 

そのとき、

タツヤさんの心に、

以前とは違う視界が

広がります。

 

不純なネガティブが

姿を現す。

 

 

時間をかけて

難しいものを抱え続けると、

ストンと落ちる。

 

白と黒が混ざり、

灰色になる。

 

不純なネガティブとは。

 

これは、

白か黒か、といった

極端な分離思考、

 

たとえば、

人を、善と悪の

いずれかに決めつけるのではなく、

 

人には、

正しい部分もあれば、悪い部分もある、

見方によっては、逆になることもある、

 

つまり、どちらか純粋なものではなく、

人は不純、すなわち灰色の存在だと

いうことですね。

 

私は、過去、

どちらかといえば、

灰色のまま抱えていることは

優柔不断で、弱い人のやること、

 

白か黒かはっきりさせることは、

決断力があって男らしく、強い証拠、

 

だと考えていた時期もありましたが、

実はそうではないんですね(^^;

 

灰色のまま抱え続けることは、

心が成熟していて、

心の器がしっかりしていないとできない。

 

言い方を変えれば、

灰色のまま抱え続けることがつらいから、

早く白黒はっきりつけたがるんですね(^^;

 

もちろん、

現実には(特にビジネスの世界などでは)

白黒はっきり決断してから、

先に進まなければならない時もありますが、

 

心の成熟度という観点で見ると、

灰色を抱えられるということは、

成熟しているということなんです。

 

灰色を抱えられる

しっかりとした心の器を作る一助となるのが、

カウンセリングなのだと考えます。

 

 

悲しむことを通じて、

タツヤさんは

理想的なミキさんを諦め、

 

最悪のミキさんから離れ、

現実のミキさんを

発見することができました。

 

消化不良を起こしていた

白と黒を、

悲しみが灰色へと

溶かしてくれたのです。

 

そういうとき、

世界は複雑さを取り戻します。

 

現実は本当のところ、灰色です。

 

白と黒が入り混じった

曖昧な色彩こそが

世界の本格的なありようだと

思うのです。

 

 

同感です・・・

 

 

だから、

悲しむことができたとき、

 

僕らの心は

以前よりも少しだけ、

広く、深くなる。

 

心に複雑なものを

置いておけるだけの

スペースができる。

 

これを僕は

「ネガティブな幸せ」

と呼びたい。

 

 

そうですね・・・

 

人生、喜びもあれば悲しみもある、

 

言い換えれば、

悲しみがあるからこそ、

喜びを感じられるわけであって、

 

仮に、この世界に喜びしかなければ、

それを喜びだと実感することが

できませんし、

 

悲しみという、

世界の半分を味わうことも

できなくなってしまいます。

 

この人生で、悲しみという感情も

十分に味わえるように、

 

広く、深い、

心の器を作っていきたい・・・

 

 

もちろん、

それはつらい時期です。

 

悲しみは気持ちのいいものではなく、

心を落ち込ませます。

 

でも、そういう時間がなければ、

僕らの心はシンプルで、

狭く、浅いままに

とどまってしまう。

 

目の前の複雑な現実と

触れ合えないままに、

白と黒しか存在しない

自分だけの世界に

閉じこもるならば、

世界は貧しくなってしまう。

 

悲しみには豊かさがある。

 

そこには世界の複雑さと、

他者の複雑さと、

自分の複雑さのための余白がある。

 

そういうものを実感できたとき、

僕らはネガティブなことが

起こり続ける人生というものを、

それでも生きるに足るものだと

思える。

 

それを世間では

「大人になる」というのでしょう。

 

 

世界は、白もあれば黒もある

灰色のグラデーション、

複雑な存在です。

 

複雑なのは、

他者もそうだし、自分だってそう。

 

自分の中には、複雑な自分、

すなわち、

立派な自分もいれば、ダメな自分もいれば、

真面目な自分もいれば、アホな自分もいる。

 

「いい奴」の自分、「やな奴」の自分、

理性的な自分、感情的な自分、

努力家な自分、だらしない自分、

優しい自分、意地悪な自分、

腹黒い自分、打算的な自分、

ポジティブな自分、ネガティブな自分・・・

 

そんな複雑な自分を

そのまま受け容れることができたら、

豊かな人生を歩めるだろうし、

 

ひいては、複雑な他者の存在も、

受け容れることができるようになる。

 

それが、

「大人になる」ということ。

 

なかなか険しい道のりですが(^^;

 

(次回に続きます・・・)

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有難うございました。

 

次回もこの本の紹介を続けます(^^;

 

 

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おまけ写真集(^^;

 

少し前にになりますが、

(8月下旬)

念願の南八ヶ岳、

編笠山、権現岳に登りました!

 

 

 

いざ!

 

 

 

途中で、富士山ちらっと、

今日の天気は史上最高かも!

 

 

 

巨石を超えて・・・

 

 

はしごを乗り越えて・・・

 

 

ううっ、ここ登らせるか!

 

 

 

振り向くと、おおっ!

 

 

 

もう少しで頂上・・・

 

 

 

着きました!編笠山2,524m

(親切な方が写真撮ってくださいました)

 

 

富士山バック!

 

 

 

南アルプスの、

北岳や甲斐駒ヶ岳もばっちり!

 

 

 

八ヶ岳最高峰、赤岳・・・

 

 

 

富士山アップ!

 

 

 

 

 

それにしても、みごとな快晴!

 

しばらく頂上貸し切り状態、満喫・・・

ああ、ありがたや😊

 

 

 

青年小屋方面に向かいます。

すごい岩場(^^;

 

 

 

遠い飲み屋?(笑)

 

 

 

まだまだこれから・・・

 

 

振り返ると、

青年小屋と、

さっき登った編笠山!

 

 

 

よし、いざ権現岳へ!

 

(次回に続きます(^^;)