ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
中村哲さんの自伝、
を紹介・解説しています(^^)
中村哲氏は、
もともとは医師として
アフガニスタンに赴き、
ハンセン病の治療などに
従事されていたのですが、
干ばつの進む中、
診療所を訪れる人の多くの病気が、
十分な食料、清潔な水があれば
防げることに気づきます。
そこで、
砂漠地帯に井戸を掘り、
灌漑用水路の開拓に
取り組むようになるのですが、
土木工事の技術者としては素人ですので、
苦労の連続です。
しかし、
現地の人々や日本人の青年たちと
試行錯誤をしつつも、
井戸は1,600か所、
灌漑用水路は25Kmを超えるものが
完成します(^^)
小高い丘から望むと、
砂漠に囲まれる緑の人里は、
壮大な天・地・人の構図だ。
厚い砂防林の森が、
砂漠と人里とを、
くっきりと分けている。
苛酷な自然の中で、
人間は身を寄せ合って
生きている。
生殺与奪の権を持つ
大自然の前に、
つつましく生命を営む様子に、
改めて
「天、共に在り」
という実感と、
安堵を覚えるのである。
自然は喋らないが、
人を欺かない。
高く仰ぐ天が、
常にあることを実感させる。
絶望的な人の世とは無関係に、
与えられた豊かな恵みが
在ることを知らせる。
本書には、実際、
用水路ができる前と後の写真が
掲載されていますが、
砂漠が緑の大地に
劇的に変わっているさまが
一目瞭然です!
ちなみに、興味深いのは、
用水路の取水堰には、
氏の地元の筑後川(朝倉市)で
江戸時代に作られた
山田堰(斜め堰)の技術が
使われていることです。
江戸時代の治水技術の高さを
物語るとともに、
素人ながらも、そこに目を付けた
中村哲氏の眼力はスゴイですね!
必死の思いがあったからこそ、
そのアイデアを導き出せたのだと思います。
では、なぜ、
専門家ではない中村哲氏が、
国家予算規模の治水工事を
完遂することができたのか。
もちろん、
多大な寄付金が集まったことや、
日本の専門家や技術者の
知恵を借りたこともあると思いますが、
やはり、
内戦、空爆、テロの続く中でも、
現地の人たちと、
現場で泥まみれになりながら
一緒に汗を流したからだと考えます。
現地三十年の体験を通じて
言えることは、
私たちが己の分限を知り、
誠実である限り、
天の恵みと人のまごころは
信頼に足るということです。
机上論者ではなく、
実践の人であった中村哲さんの発言は、
説得力があるというか、
重みがありますね(^^)
本書の最終章は、
「日本の人々へ」
というメッセージです。
考えさせられるメッセージですが、
その一部を引用します。
今、周囲を見渡せば、
手軽に不安を忘れさせる
享楽の手段や、
大小の「権威ある声」
に事欠かない。
私たちは過去、
易々とその餌食に
なってきたのである。
このことは
洋の東西変わらない。
一見勇ましい
「戦争も辞さず」
という論調や、
国際社会の暴力化も、
その一つである。
経済的利権を求めて
和を損ない、
「非民主的で遅れた国家」
や寸土の領有に目を吊り上げ、
不況を回復すれば
幸せが訪れると信ずるのは
愚かである。
人の幸せは別次元にある。
人間にとって
本当に必要なものは、
そう多くはない。
少なくとも私は
「カネさえあれば何でもできて
幸せになる」という迷信、
「武力さえあれば
身が守られる」
という妄信から自由である。
何が真実で何が不要か、
何が人として
最低限共有できるものなのか、
目を凝らして見つめ、
健全な感性と自然との関係を
回復することである。
この本の初版は、
2013年ですので、
もう10年以上前のメッセージですが、
今の時代の私たちが
問われているような気がします。
「天、共に在り」
本書を貫くこの縦糸は、
我々を根底から支える
不動の事実である。
やがて、
自然から遊離する
バベルの塔は倒れる。
人も自然の一部である。
それは人間内部にもあって
生命の営みを律する
厳然たる摂理であり、
恵みである。
科学や経済、
医学や農業、
あらゆる人の営みが、
自然と人、
人と人との和解を探る以外、
我々が生き延びる道は
ないだろう。
それがまっとうな文明だと
信じている。
その声は今小さくとも、
やがて現在が裁かれ、
大きな潮流とならざるを
得ないだろう。
これが、
三十年間の現地活動を通じて得た
平凡な結論とメッセージである。
実際、
アフガニスタンの大干ばつ、
砂漠化の進行は、
地球温暖化の影響が否めないといいます。
今の日本の異常気象もご多分に漏れず。
紛争が続く世界情勢しかり。
自然と人、
人と人との和解を探る以外、
我々が生き延びる道はないというのは
その通りだと思います。
いま、きな臭い世界情勢、
一見勇ましい論調が横行し、
軍事力行使をも
容認しかねない風潮を
眺めるにつけ、
言葉を失う。
平和を願う声も
かすれがちである。
しかし、
アフガニスタンの実体験において、
確信できることがある。
無力によってこの身が
守られたことはなかった。
防備は必ずしも
武器によらない。
1992年、
ダラエヌール診察所が
襲撃されたとき、
「死んでも撃ち返すな」と、
報復の応戦を引き止めたことで
信頼の絆を得、
後々まで私たちと事業を守った。
戦場に身をさらした兵士なら、
発砲しない方が
勇気の要ることを知っている。
そうですね。
あらゆる争いは、
正義と正義との戦い。
やり返せば、
報復の連鎖が続くわけです。
もっとも、
中村哲氏は、現実には、
凶弾に倒れてしまったわけで・・・
やはり、
最低限の武力による防備は
必要だったのではないか、
・・・実際、
そうかもしれません。
しかし、
中村哲氏が30年以上に渡って
アフガニスタンの人々から信頼を得て、
偉大な治水工事を完遂できた最大の要因は、
力に頼らなかったからだと思います。
「信頼」は
一朝にして築かれるものではない。
利害を超え、
忍耐を重ね、
裏切られても
裏切り返さない誠実さこそが、
人々の心に触れる。
それは、
武力以上に強固な安全を
提供してくれ、
人々を動かすことができる。
この本を執筆した3年後の2019年、
中村哲氏は車で移動中に襲撃され、
亡くなります。
亡くなりましたが、
彼の「生き様」は、
影響を受けた内村鑑三氏の
「後世への最大遺物」として、
アフガニスタンの人々や、
日本人の心の中に生き続け、
そして、
永遠に語り継がれると思います。
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以上、
中村哲さんの自伝、
私の印象に残った箇所を
2回にわたって紹介してきました。
氏のような生き方は、
私には、とてもできないのですが、
同時代の日本人に、
このような人が実在したという事実は、
「人間捨てたもんじゃない」
という思いを呼び起こさせます。
ご一読をおすすめします😊
ちなみに、
アマゾンプライムで、
中村哲さんを描いた
ドキュメンタリーが公開されています。
48分のドキュメンタリー番組。
こちらも、おすすめします!
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今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました(^^)
次回は別の本を紹介する予定です(^^;
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おまけ写真集(^^;
ヤビツ峠から、
さくっと大山登山。
ううっ、
ちょっと曇り気味ですが(^^;
真夏は登りで汗だくになるせいか、
意外と空いてました。
山頂は、標高1,200mを越えているので
下界よりも-10℃!
そんなに暑くなかったです(^^)
山頂の神社の中?に、
鹿がいましたよ!
三の塔や塔ノ岳方面を臨む・・・
気持ちいい~(^^)
亡き父の墓参りの際に、
近くの武蔵陵墓地に立ち寄りました。
昭和天皇の武蔵野陵。
パワースポットといわれるだけあって、
神聖な雰囲気でした・・・
そして、八王子城跡、
本丸を攻略!
30分くらいの
汗だく💦登山のあと・・・
山頂付近の八王子神社が見えてきました!
本丸跡・・・
ぐるっと山歩きした後、
御主殿跡の広場に。
礎石がけっこう残っています。
なかなか立派な虎口。
多くは復元とはいえ、
関東では珍しく、
石垣に迫力のある戦国時代の山城です!
私は遠藤周作さんの影響もあり、
山城を味わうようになりました(^^)
当時の人たちは、
どんな様子だったのか・・・
妄想を膨らませます。
八王子城跡。
山城好きな人におすすめです😊

























































