ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
沢木耕太郎さんの
旅文学ノンフィクション、
から、
私の印象に残った箇所を、
紹介・解説しています(^^)
この本は、
第二次世界大戦中、
密偵として、中国北部からチベット、
インドまで苛酷な旅を続けた、
西川一三氏のノンフィクションなのですが、
なかなか示唆に富む文章があります。
苛酷な砂漠地帯を越えたあと、
西川氏はこんな感慨を抱くようになります。
もしかしたら、
困難を突破しようと
苦労をしているときが
旅における
最も楽しい時間なのかもしれない。
困難を突破してしまうと、
この先にはまた新たな困難が
待ち受けているのではないかと
不安になる。
困難のさなかにあるときは、
ただひたすら
それを克服するために
努力すればいいだけだから、
むしろ不安は少ない、と。
なるほど・・・
困難に直面しているときは、
早くこの状態から脱したいと、
ただひたすら
願うような気もするのですが(^^;
でも、一方で、
この旅のような
生きるか死ぬかの苛酷な状況下だと、
そもそも、そんな余裕がないというか、
とにかく、
眼の前の困難を克服することに必死で、
余計なことを考える暇もない、
だから、
「無心」になれる
ということなのかと思います。
変に余裕が出てくると、
私たちは、あれこれ妄想をし、
悲観的になってしまいがちですが(^^;
苦労や困難を克服するために集中すれば
それは、
「無心」になれるチャンスともいえる。
そう考えると、
苦労や困難の経験も、
悪くはないかもしれませんね😊
ちなみに、
私の趣味のひとつが山歩きなのですが、
もっとも、何日もかけて縦走したり、
ハードな雪山には登ったりはしない
せいぜい初級~中級レベルの登山なのですが、
それでも、鎖場やザレ場、
道が狭く崖になっている箇所など、
多少、危険なところを通ったりもします。
私は人が少なめのコースが好きなので、
その分、熊に遭遇するおそれ?もあります😲
で、そんな山歩きをすると、
気分がすっきりすることが多いのですが、
それは、
そのような多少のリスクを抱えている中で、
感覚を研ぎ澄まし、
「いま、ここ」に集中して、
「無心」になる瞬間があるからかもしれません。
もちろん、
気分がすっきりするのは、
やっぱり、自然に触れ合うことができるのが
大きいとは思いますが、
「いま、ここ」に集中して、
「無心」になれる瞬間があることも、
少なからず影響しているような気がします。
実際、たまに滑ったり、コケそうになって
冷や汗をかくことがありますが、
だいたいその時は、
目の前に集中せずに、
余計なことを考えていたり、
周りの人に気を取られている時です(^^;
ある心理カウンセラーは、
山歩きは「歩く瞑想」
だとおっしゃっていましたが、
言い得て妙だと思います😊
・・・さておき、
本書の内容に戻ります(^^;
西川氏は、ラマ僧に扮して、
旅の後半はインドを訪れるのですが、
いろいろなところで、
人々から親切にされることが続きます。
何故なのでしょうか。
― いまの自分は、
綺麗に欲がなくなっている。
何をしたいとか、
何を得たいとか、
何を食べたいとかといったような
欲望から解放されている。
一日分の食糧があれば、
どこで寝ようがかまわないと
思っている。
水の流れに漂っている
一枚の葉と同じように、
ただ目の前を歩いている。
その欲のなさが、
人の好意を
誘うのかもしれない・・・。
なるほど・・・
八年もの間、
苛酷な旅を続けた西川氏は、
ラマ僧に扮していたとはいえ、
本物の修行僧のような境地に
達していたのかもしれませんね。
「欲のなさが人の好意を誘う」
実際に私も、
人の好意を受ける時というのは、
無欲の時が多いような気がします。
(もっとも、
そんなに頻繁にあるわけではないのですが(^^;)
もっと正確にいえば、
無欲というよりも、
どこか感謝の気持ちを抱いている時でしょうか。
西川氏はこう述懐します。
旅における駝夫の日々といい、
シャンでの下男の日々といい、
カリンボンでの
物乞いたちとの日々といい、
デブン寺における
初年坊主の日々といい、
新聞社での見習い職工の日々といい、
この工事現場での苦力の日々といい、
人から見れば、
すべて最下層の生活と
思われるかもしれない。
いや、実際、
経済的には最も底辺の
生活だったろう。
しかし、
あらためて思い返せば、
その日々のなんと自由だったことか。
誰に強いられたわけでもなく、
自分が選んだ生活なのだ。
やめたければいつでも
やめることができる。
それだけでなく、
その最も低いところに在る生活を
受け入れることができれば、
失うことを恐れたり、
階段を踏みはずしたり、
坂を転げ落ちたりするのを
心配することもない。
何と恵まれているのだろう、
と西川は思った。
「自由」
選択する自由があるということは、
とても恵まれていることなのだと思います。
自由がないということは、
たとえ経済的に豊かであっても、
それは、奴隷と同じかもしれない。
自由は、
あると当たり前に感じてしまいますが、
実は、とても有り難いこと。
自由に感謝する。
そして、
自分の人生は、自分で選択をするということ。
忘れずにいたいです😊
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以上、
2回にわたって、
沢木耕太郎さんの
旅文学ノンフィクション、
から、
私の印象に残った箇所を、
紹介・解説してきました(^^)
まるで西川氏になったように、
実際に中国北部からチベット、
インドを放浪したような気分になれる、
そして、
自分らしく生きる勇気が湧いてくる本。
ご一読をおすすめします😊
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今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました(^^)
次回は別の本を紹介します。
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おまけ写真集(^^;
前回の富士登山から、
続きです・・・
ヘロヘロになりながらも・・・
山頂の奥宮(久須志神社)
着きました!
頂上限定お守りゲット😊
せっかくなので、
お鉢巡りにもチャレンジ!
噴火口・・・
大迫力でした😲
・・・反対側の、
浅間神社奥宮まで来ました!
富士宮方面、
雲海・・・
これが、
3,776mのホントの頂上、剣ヶ峰・・・
この登りきつかった💦
何とか着きました\(^o^)/
下ります・・・
山中湖を見下ろしながら・・・
須走の砂走ルート!
靴が小石の砂の中に埋もれながら下るという、
他の山では味わえない感覚・・・
ヒザは楽ですが、
靴の中が小石まみれ(^^;
(ゲイター・スパッツつけた方がいいです)
シャトルバス停まで、
もう一息・・・
古御岳神社、
無事下山できました。感謝!
富士登山・・・
いい思い出になりました。
またいつか、別のルートから登りたいです!
おつきあいいただきまして、
有り難うございました😊
自由に遊ばせてくれる、
妻にも感謝(^^)





























































