ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
みうらじゅんさんの、
から、
私の印象に残った箇所を、
紹介・解説しています(^^)
今回で3回目、最終回です。
今回は、
「比較三原則」(?)
という言葉から、
人間は弱いもので、
常に自分を他人と比較して
生きています。
また比較しなければ、
自分が今どのような位置に
立っているかを
自覚できないものです。
良いか悪いか。
カッコいいかカッコ悪いか。
おもしろいかおもしろくないか。
幸せか不幸せか。
そうですね~
たしかに、比較しないと、
自分の位置が分からないというのは、
ありますね。
学生の時から
私たちがさんざん苦しめられてきた
「偏差値」というものは、
その最たるものですし(^^;
また、自分に有利な選択をするためにも、
比較は必要です。
たとえば、
「あいみつ」を取ったり、
いい意味で競争原理を働かせるためにも、
比較は有効です。
特にビジネスの世界では、
まず比較ありき。
ビジネスでは差別化が大事ですが、
その差別化を図るためにも、
まずは他社と比較をする必要が
あるわけですし(^^;
この世にいるのが
自分だけだとしたら、
比較もしないし、
もしかしたら
苦しみも生まれないかも
しれません。
他人がいて、
それを比較する言葉があって、
はじめて
自分の立っている位置を
認識します。
比較ができるからこそ
人類は進歩したのかも
しれないし、
比較こそが
苦しみを生む原因なのかも
しれません。
そうですね。
比較によって、
人類が進歩してきた半面、
そこが、
私たちの苦しみに繋がっているのは、
否めない事実であって。
実際、子どもの頃、
比較されるのって嫌でしたよね~。
いや、今でも嫌ですが(^^;
「比較」は、
進歩を促す一方で、
苦しみの原因にもなる。
では、どうすればいいのか。
みうらじゅんさんは、
「比較」してはいけないものが、
3つあるといいます。
「比較三原則」
と私は勝手に呼んでいます。
”他人と過去と親”。
この三つと自分を
比較してはいけないのです。
「自分」と、
「他人」「過去」「親」とは、
比較してはいけない。
これが、
「比較三原則」
なるほど~
たしかに、そうですね。
ただ、そうはいっても、
それでも比較してしまうのが、
人間の悲しい性であって・・・
でも、上手に
「比較三原則」
を意識すれば、
気が楽になることも
あると思います。
例えば、
「なんで俺は
この年になって
こんなことを
しているんだろう」
と思ったとしましょう。
そう思う理由は、
誰かと自分を
比較しているからです。
「比較するから
落ち込んでいるんだ」
と自覚した瞬間、
意外と
「なんで俺は~」
という気持ちは
減っていくかもしれません。
気づいて、
それを自覚できるかどうかが
ポイントなんですね。
「ああ、いかんいかん!
これは比較三原則に、引っかかっているな~」
と自覚さえできれば、
それだけで、
思考がぐるぐる堂々巡りして悩むことは、
少なくなりそうです(^^)
みうんらじゅんさんの言葉は、
軽いようで、実は、
よりよく生きる知恵が詰まっている
ような気がしますが、
この言葉もそうです。
「そこがいいんじゃない!」
私はどんなに辛いときも
「そこがいいんじゃない!」
と思うようにしています。
私が「マイブーム」
と呼んでいるものは、
出会いの瞬間から
それが好きになって
ハマっているわけでは
ありません。
「これは一体何なのか?」
という
「問い」がまずあり、
それについて考え抜くところから
スタートしています。
そのように考え続けて、
ようやく出口近くに
さしかかろうという瞬間に
出てくるのが、
「そこがいいんじゃない!」
というフレーズです。
「そこがいいんじゃない!」
「美点凝視」
という言葉もありますが、
まずは、意識的に、
いいところを見出そうとする
姿勢ですね!
「そこがいいんじゃない!」
と唱えることで、
段々とその対象を
好きになっていきます。
考え続けて
苦しい状態も
少し楽になってきます。
このように、
「そこがいいんじゃない!」
と発声する訓練をしておくと、
そう発言した瞬間から、
脳が「そうなんだ」
と思い始めてくれます。
人間はいつも
脳主導で動いているように
見えますが、
このように
言葉を無理矢理にでも
発することで、
その0.1秒後に
脳がついてくる、
ということに気づきました。
これは
言葉からの解放かもしれない、
と逆説的に思うこともあります。
普段、脳は先輩面していますが、
たまには先輩を困らせて見るのも
一つの手ではないでしょうか。
「幸せだから笑うのではない、
笑うから幸せになるのだ」
という哲学者アランの言葉を
想起しました(^^)
この
「そこがいいんじゃない!」
は、自分にとっての
念仏みたいなものです。
私の「南無阿弥陀仏」が、
「そこがいいんじゃない!」
なのです。
(中略)
「お金がなくなってきた。
今月ピンチだな」
と思ったとしましょう。
そこですかさず
「そこがいいんじゃない!」
と言えば、
脳も、
「あれ、それもまたいいのかな。
そうだね、
それもおもしろいかもね」
と、
少しポジティブな気持ちに
なれるかもしれません。
「彼女にフラれた」
「仕事が上手くいかなかった」
「あの上司が嫌い」
どのようなケースでも、
「そこがいいんじゃない!」
と、
本当はよくないかもしれないけど、
そう唱えることで
少しは楽になれるかもしれません。
言葉を逆手にとって、
逆境を跳ね返し、
少しでも元気になれるように
仕向けるのです。
「そこが」
と言った次の瞬間、
「いいんじゃない!」
と一気に肯定して、
ダメを押すのです。
もちろん、
逆境に直面した時は
現実的な行動に移すことが大事なのは
いうまでもありません。
目を逸らしていては
解決には繋がらないですし、
それはそれで、
しっかりと受けとめることも必要です。
しかし、
「そこがいいんじゃない!」
と発することによって、
思考の負のスパイラルに陥ることは
避けられるかもしれませんし、
視野を広げたり、
視点を変えるきっかけにもなる。
たとえば、
一見、マイナスに見えることでも、
見方を変えれば、
そこにはプラスもあるのだと
発見できたりする。
彼女にフラれたからこそ、
自分の自由な時間が持てるように
なるかもしれませんし(^^;
仕事が上手くいかなかったからこそ、
その分、
謙虚な気持ちになれるかもしれませんし(^^;
上司が嫌いだからこそ、
実は自分の中にも
同じような特徴があることに
気づけるかもしれません(^^;
「そこがいいんじゃない!」
口癖にしたい言葉(念仏)です😊
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以上、3回にわたって、
みうらじゅんさんの、
を紹介させていただきました。
軽いようで、実は深い。
みうらじゅんさんの
仏教ワールド、
一読をおすすめします(^^)
次は、
読んでみようかな😊
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今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました😊
次回は別の本を紹介する予定です(^^;
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おまけ写真集(^^;
久しぶりに、池上本門寺。
近くの妙見堂、
アジサイきれいでした!
平日に休みが取れたので、
休日は混みあう塔ノ岳を
バカ尾根ルート、ピストンで!
まずは、お参りしてから。
ううっ早くもガスってきました(^^;
何だか、映画ラストサムライの
ワンシーンみたい。
伏兵出てきそう(^^;
長い道のりを経て、
頂上着きましたが・・・
絶景の山頂のはずが、
何も見えず・・・😢
下山・・・
「いま、ここ」
ひたすら足元を見て歩きます。
何だか修行のような境地になってきました。
歩く瞑想・・・
下界のほうは、
晴れていました(^^;
絶景や富士山の姿は楽しめず、
ひたすら修行のような山歩きでしたが・・・
「そこがいいんじゃない!」
歩く瞑想になりましたし、たまにはね(^^)
握手・・・
はい😺












