ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

まだ、北海道に長期出張中です!

 

ということで、今回も、

書き貯めているブログなのですが(^^;

 

田坂広志さんの最新刊!

 

人類の未来を語る

 

 

の内容から、

私の印象に残ったところを、

紹介しています。

 

今回で3回目になります。

 

今回のテーマは、

 

「矛盾のマネジメント」

 

これは、過去の他の本にも

述べられているテーマなのですが、

 

私自身にとって、

大切なテーマですので、

今回、改めてシェアさせていただきます。

 

田坂先生いわく、

マネジメントとは、

そもそも矛盾するもので、

その矛盾は、解消できるものでは

ないといいます。

 

たとえば、

「利益追求」と「社会貢献」

 

考えて見れば、

これは、そもそも矛盾するんですね。

 

利益ばかり追い求めれば、

一時的に企業は潤っても、

社会には、なかなか貢献できませんし、

 

社会貢献ばかりすれば、

それはいわば、

ボランティアの世界であって、

利益は生まれなくなり、

企業は存続できなくなってしまう・・・

 

しかし、

ヘーゲルの弁証法で考えると、

 

これを、二項対立で捉えるのではなく、

両者の矛盾を「止揚」

(アウフヘーベン※)

できるといいます。

 

(※矛盾、対立するかに見える

2つのものを、

両者を肯定、統合することによって、

より高次元のものに昇華すること)

 

たとえば、

「日本的経営」で考えると、

こうなるわけです。

 

 

「企業は、まず、

本業を通じて社会に貢献する」

 

「利益とは、

社会に貢献したことの証である」

 

「企業に多くの利益が

与えられたということは、

その利益を使って

さらなる社会貢献をせよとの、

世の声である」

 

 

・・・そうですね。

私も、この考え方には共鳴します。

 

新将命さんの、

経営の教科書

 

 

という本には、

 

「利益はガソリンである」

 

という印象的な言葉があります。

 

会社が車だとしたら、

利益はガソリン。

 

もちろん、ガソリン(利益)がないと、

車(会社)は動きませんが、

 

利益は、

会社を動かすための「手段」にすぎない。

 

少なくとも、

「目的」ではない。

 

ガソリン(利益)を使って、

どこに向かっていくのかが

大切だということですが、

 

その目的地とは、

やはり「社会貢献」だと、

私は考えます。

 

ただし、これを

口でいうのは簡単ですが、

 

実際、この考え方で、

現場でマネジメントをするのは、

けっこう難しいんですね(^^;

 

「利益追求」と「社会貢献」を、

うまくバランスをとって、

両立させるには、

どうすればいか?

 

田坂先生は、

「振り子」を振ることである、

といいます。

 

 

すなわち、

あたかも二つの極を往復する

「振り子」のように、

 

お互いに対立し、

矛盾する二つのものの間で

「振り子」を振り、

バランスを取ることである。

 

マネジメントが、

どちらかに偏ったとき、

反対側に「振り子」を振り、

全体のバランスを取ることである。

 

 

なるほど・・・

 

 

例えば、

「短期的収益」の獲得を

重視するあまり、

組織全体が、

目先のことにとらわれ、

目線が下がってしまっている

ときには、

 

経営者やマネジャーは、

敢えて「長期的戦略」

の重要性を強調する。

 

逆に、

「長期的戦略」の重要性を

強調するあまり、

組織全体が、

日々の仕事から目が離れ、

足元の課題が疎かに

なってしまっているときには、

 

経営者やマネジャーは、

厳しく

「短期的収益」の重要性を

強調する。

 

 

「振り子を振る」

 

という考え方は、

経営者やマネジャーだけでなく、

 

私たち個人の人生を

マネジメントしていくうえでも、

有益だと思います。

 

「短期」「長期」もそうですが、

 

たとえば、人生は、

「いい時」と「悪い時」があります。

 

(それは、表面上であって、

実はコインの裏表なのですが)

 

いい時には、

自惚れることなく、

逆の振り子を振る、

 

謙虚になったり、

地に足を付いた計画を立てる。

 

悪い時には、

そこに含まれる

プラスの要素に目を向ける。

(隠れているだけで、

探せば見つかるものです)

 

実際に書き出してみて、

見える化をする。

 

そうやって、

振り子を振って、

バランスを取ることが、

 

自分を見失わずに、

人生をマネジメントしていくためには、

大切だと考えます。

 

 

・・・とはいっても、

「振り子を振る」のって、

けっこうしんどいときも、

ありますよね。

 

矛盾を受け止めて、

止揚、すなわち、

より高い段階に統合しようとする

わけですから。

 

矛盾する要素の、

どちらか一方に偏っていたほうが、

 

すなわち、割り切ったほうが、

気持ち的にはラクですよね。

 

それのほうが、

一時的にはすっきりするし、

ある意味、

正々堂々としている気もします。

 

しかし、

田坂先生は、

亀井勝一郎氏の言葉を引用して、

戒めています。

 

 

「割り切り」とは、

魂の弱さである。

 

 

・・・ううっ、

 

田坂先生は、

手厳しい(^^;

 

 

たしかに、

この言葉通り、

我々は、

様々な「矛盾」を前に、

悩み、迷うとき、

 

しばしば、

「割り切り」という行為に

流されてしまう。

 

「まずは、経済成長がすべてだ」

「弱者の淘汰が起こるのは、

仕方がない」

「利益を上げてこそ、企業だ」

 

そういった

「割り切り」に逃げてしまう。

 

しかし、本来、

政治家や行政官、経営者など、

社会のリーダーたる人物に

求められるものは、

 

目の前の「矛盾」から

逃げることなく、

 

その「矛盾」と

格闘し続けることなのである。

 

 

なるほど・・・

 

ノブレスオブリージュ」

ともいいますが、

 

社会のリーダーたる人物こそ、

逃げることなく、

「理想」と「現実」という

「矛盾」と格闘し続ける、

「魂の強さ」が必要なんですね。

 

もちろん、

社会のリーダー以外の人々も、

 

そのようなメンタリティを

持つに越したことはないと思います。

 

ニヒルに構えることなく、

社会をよりよくしていくためにも。

 

そして、

何より、自分自身の成長のためにも。

 

 

では、我々が、その

「魂を強く」するには、

どうしたらいいのでしょうか。

 

もちろん、

「矛盾」と格闘し続けるしか

ないのですが(^^;

 

それは、

「我慢強くなる」

「根性をつける」

というのもとは、

ちっと違うものです。

 

「器を大きくする」

 

別の言い方だと、

 

「複数のパーソナリティ」

を持つことだといいます(^^)

 

・・・次回に続きますね(^^;

 

 

 

***********************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

私は現在、

北海道に長期出張中です!

 

ああ、

まさに「北の国」からの世界・・・

 

(・・・たぶん?)

 

ということで、

このブログは、

出張前に横浜の自宅で

書き貯めたものになります(^^;

 

田坂広志さんの最新刊!

 

人類の未来を語る

 

 

を読んで、

私の印象に残ったところを、

紹介・解説しています(^^)

 

前回は、

ヘーゲルの弁証法のひとつ、

 

「螺旋的プロセス」による発展の法則

 

を具体例を引用しながら

紹介させていただきましたが、

 

今回は、

 

「合理的利他主義」

 

という考え方を、

紹介させていただきます。

 

その前提として、

人類は、

「超パンデミック社会」

を築く必要があると、

田坂先生はいいます。

 

 

「いつ、いかなる

パンデミックが到来しても、

 

人々の安全と安心を

十分に確保しながら、

必要な経済活動が続けられる

持続可能な社会」

 

 

そうですね、

おそらく、また、

何らかのパンデミックの波は、

訪れるわけであって、

 

そのために、

持続可能な社会を築いていく

必要があるわけです。

 

そのために、

「デュアルモード社会」

 

すなわち、

平常時は経済効率を重視して

運営される

「経済モード」と、

パンデミック到来時には、

「安全モード」を持ち、

 

非常時には、

「経済モード」から

「安全モード」に

速やかに切り替えることのできる社会、

 

「デュアルモード社会」

を築き上げる必要があるといいます。

 

そのためには、

オンライン、リモート、AIといった、

「コンタクトレス技術」

はもちろんのこと、

 

「地方分権的な行政」

「従業員シェア」

「複数の職業」

「リスキリング」

 

などの必要性が述べられていますが、

(詳しくは本書をお読みください)

 

むしろ、政府は、

このパンデミックの危機を、

「新たな社会を創造する好機」

「新たな産業を育成する好機」

と捉えて、

 

「攻めの改革」

を進めていくべきだといいます。

 

私も同感です(^^)

 

ピンチはチャンス!

 

この危機を、

改革の好機と捉えて、

よりよい方向へ、

社会を変えていければと思います。

 

ただし、

人類が、真に、

「超パンデミック社会」

を実現するためには、

 

「新常態」への転換を進めるだけでは、

不十分だといいます。

 

 

なぜなら、

真に「超パンデミック社会」

を実現するためには、

人類社会の根底にある、

 

「博愛」(Philanthropy)や、

「利他主義」(Altruism)の思想

 

を大きく深化させなければ

ならないからである。

 

 

「博愛」や「利他主義」

の思想を深化させる必要がある。

 

すなわち、

過去の経済危機のように、

「弱者切り捨て」では乗り切れない?

 

その理由は、

3つあるといいます。

 

 

第一に、

ウイルスは、

社会に一人でも

感染者がいるかぎり、

感染拡大、感染爆発を

起こす可能性があり、

 

そのとき、

富裕層と貧困層の

違いを問わず、

 

誰もが感染するリスクが

生じるからである。

 

第二に、

ウイルスの感染拡大や

爆発が起こると、

社会全体で

医療崩壊が起こるため、

 

貧困層だけでなく、

富裕層の医療にも

大きな被害が及ぶからである。

 

そして、

第三に、

感染症によって

貧困層が働けなくなると、

 

貧困層の多くが

社会のインフラを支える

「エッセンシャルワーカー」

であるため、

多くの社会的機能が

停止してしまい、

 

結果として、

富裕層の生活にも

相当な被害が及ぶからである。

 

すなわち、

このパンデミック危機は、

経済危機とは異なり、

 

経済的弱者にも

適切な医療が与えられる

社会システム、

 

貧困層を決して

見捨てることなく救済する

 

「包摂的・人道的社会システム」

(Inclusive Humanitarian 

Social System)

 

を築いていかない限り、

決して乗り越えていくことは

できないのである。

 

 

パンデミックのリスクというのは、

巡り巡れば、

貧富の差もなく平等なんですね。

 

 

このことを、

チェコの経済学者、

トマス・セドラチェクが、

 

パンデミックは

人類に与えられた

「連帯テスト」

(Solidarity Test)だ

 

と述べているが、

まさしくその通り。

 

言葉を換えれば、

それは、人類に与えられた

 

「利他主義テスト」

(Altruism Test)

 

とでも

呼ぶべきものである。

 

 

なるほど・・・

 

「利他主義テスト」

 

私たちは、

パンデミックによって、

いわば、

試されているわけですね・・・

 

・・・そうはいっても、

 

「利他主義」というのは、

言葉でいうのは簡単ですが、

実際に行動となると、

難しいですよね。

 

私も、ご多分に漏れず、

 

特に、切羽詰まった時などは、

どうしても、

他人より自分のことを優先してしまう

自分がいます(^^;

 

ただ、田坂先生がいう、

利他主義とは、

決して自己犠牲を伴うものでは

ないんです。

 

 

「自分を犠牲にして、

他人に尽くす」

 

という意味での、

「自己犠牲」を前提とした

利他主義ではない。

 

それは、

 

「他人に尽くすことが、

自分の利益にもなる」

 

という意味での

利他主義である。

 

すなわち、

これからの時代に

人類に求められるのは、

 

「利他主義」と「利己主義」を

対立したものとして捉える

 

「自己犠牲的利他主義」

(Self-sacrificing Altruism)

ではなく、

 

利他主義と利己主義を

深く結びつけ、

弁証法で述べる

「止揚」(アウフヘーベン)した

 

「合理的利他主義」

(Rational Altruism)

なのである。

 

 

「他人に尽くすことが、

自分の利益にもなる」

という、

 

「合理的利他主義」

 

たしかに、この考え方なら、

多くの人に受け入れられそうですね。

 

私にも、できそうです(^^;

 

 

実際、

東洋思想の根底にある

仏教においても、

昔から、

 

「自利は利他なり。

利他は、自利なり」

 

という言葉が語られ、

日本においても、

昔から、

 

「情けは人のためならず」

 

という言葉が

語られてきたが、

 

真の「利他主義」とは、

「利己主義」

との二項対立で

語られるものでなく、

 

「利己主義」

と統合され、

止揚されたものとして

語られるべきである。

 

 

弁証法でいう、

「止揚」(アウフヘーベン)は、

別の箇所で詳しく紹介されています。

 

端的にいうと、

矛盾、対立するかに見える

2つのものを、

両者を肯定、統合することによって、

より高次元のものに昇華すること

(抽象的ですみません(^^;)

なのですが、

 

人間のエゴの部分で、

どうしても拭うことのできない、

「利己的」なところと、

 

人間がほんらい持っている愛、

すなわち、

「利他的」なところ、

 

それらを統合したのが、

 

「合理的利他主義」

 

私は、この考え方は、

非常に現実的であり、

また、多くの人に受け入れられやすい、

納得感のあるものだと考えます。

 

別の言い方だと、

 

「自利利他」

 

「情けは人のためならず」

 

すなわち、

他人を幸せにすることが、

巡り巡って、

自分も幸せになるということ。

 

これからの世界を生きていくうえで、

忘れずにいたいです😊

 

 

 

***********************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回に続きます(^^;

 

 

***********************************

 

 

 

おまけ(^^;

 

奈良郊外の神社仏閣巡り一人旅、

写真集、2日目です。

 

 

岡寺。

(別名、花のお寺)

 

入口の池が、

花(ダリア・天竺牡丹というらしいです)

でいっぱいでしたよ!

 

 

 

花の提灯?が至ることろに!

 

 

 

 

塑像(土でできた仏像)

としては日本最大の

如意輪観音さまがいらっしゃいました。

 

 

 

 

聖徳太子の誕生所、

橘寺。

 

 

 

二面石。

人の心の善悪二相を表しているそうです!

 

 

 

 

安倍文殊院。

堂々たる文殊菩薩さまが

いらっしゃいましたよ!

 

 

 

 

安倍晴明にちなんだ

晴明堂。

 

 

 

 

長谷寺。

すごい賑わいでした!

 

 

 

ひたすら登廊を登ります・・・

 

 

 

左手に、

大迫力の十一面観世音菩薩さまが

いらっしゃいました!

 

鎌倉の長谷寺の観音さまも、

同じクスノキから掘られたそうですよ。

 

 

 

こちらも、牡丹がいたるところにある、

花のお寺でした!

 

 

 

 

女人高野、室生寺。

 

 

山の中の美しいお寺・・・

 

 

小ぶりで美しい五重塔。

 

 

ひたすら階段を登ると・・・

 

 

奥の院!

 

 

 

 

近くにある

室生龍穴神社。渋い・・・

 

 

**********************************

 

 

2日間、車で、

神社仏閣計12か所も巡りましたよ!

(どんだけ~)

 

我ながら、

欲張りだと思いますが(^^;

 

今回は一人だから、

トントン回れたのだと思います。

(かみさんと一緒なら、

おそらく、半分も回れません)

 

もっとも、

ずっと一人は、

ちょっぴり寂しかったですが・・・

 

ちなみに、

すべて初めて参拝する神社仏閣だと

思っていましたが、

 

何故か見覚えがある風景・・・

 

来たことあるのかな?

(大学生の時?)

 

それとも、

デジャブ・・・???

 

 

お付き合いいただきまして、

有り難うございました(^^;

 

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

GWはいかがお過ごしでしたか。

 

私は、一人旅で、

奈良郊外の神社仏閣巡りをしましたよ😊

 

明日から仕事で、

ちょっぴり憂うつですが(^^;

 

今回紹介する本は、

田坂広志さんの最新刊!

 

人類の未来を語る

 

 

 

この本、

フランスの経済学者・思想家

ジャック・アタリ氏からの要請から

生れた本なのですが、

 

過去の著作、

未来を予見する「5つの法則」

の内容も、

加筆・修正されて、

この本に含まれています。

 

この5つの方法とは、

哲学者ヘーゲルの弁証法のことなんですね。

 

弁証法の「5つの法則」

とは、

 

1「螺旋的プロセス」による発展の法則

2「否定の否定」による発展の法則

3「量から質への転化」による発展の法則

4「対立物の相互浸透」による発展の法則

5「矛盾の止揚」による発展の法則

 

ヘーゲルといえば、

いかにも難解な感じがしますが(^^;

 

田坂先生の具体的な事例に基づく

解説を読むと、

とても腑に落ちます。

 

そして、

この「5つの法則」が、

未来を予見するのに、

非常に有効だというのです。

 

もちろん、

この法則だけでは、

「具体的な予測」

をすることはできませんが、

 

「大局的な予測」

をすることはできるというのです。

 

特に役に立つのは、

1「螺旋的プロセス」による発展の法則

だといます。

 

 

これは、

 

物事の変化や発展、

進歩や進化は、

 

あたかも

螺旋(らせん)階段を

登るように起こる。

 

という法則である。

 

すなわち、

螺旋階段を登っていく人を

横から見ていると、

上に登っていく、

 

つまり、

「進歩や進化」を

しているように見えるが、

 

この人を上から見ていると、

元の位置に戻って来る、

 

つまり、

「復活や復古」が起こる、

という法則である。

 

ただし、

これは螺旋階段であるため、

必ず、一段高い位置に登っている。

 

つまり、

必ず、「新たな価値」

が付け加わっている、

 

という法則である。

 

 

なるほど・・・

 

上から見ると、

ぐるぐる同じところを

まわっているだけのように見えるけど、

 

横から見ると、

螺旋階段のように、

確実に登っているんですね。

 

具体例が挙げられています。

 

 

例えば、現在、

誰もが使っている

「eメール」は、

 

かつての

「手紙」の文化の

復活である。

 

ただし、

かつての手紙は、

届くのに何日もかかり、

配送コストも高かった。

 

しかし、eメールは、

コストがかからず、

地球の裏側にでも

一瞬で届く。

 

しかも、

同じメールを

多くの人々に

同時に送ることができ、

記録も残る。

 

その意味で、

eメールは、

古く新しい手紙の文化が

 

「新たな価値」を伴って

復活した事例と言える。

 

 

たしかに、そうですね。

 

主な通信手段としては、

手紙(書く)の文化から、

電話(話す)の文化に移行しましたが、

 

今は、むしろ、

電話は減り、

 

いつのまにか、

eメールやチャットといった、

書く文化が主流になりましたよね!

 

ぐるっと回って、

書く文化が復活した、

 

しかし、

一段、進化していますよね。

 

 

同時に、

ネットの世界で広がってきた

 

「オークション」や

「逆オークション」は、

 

かつて

街の市場で行われてきた

「競り」や「指値」の

復活である。

 

ただし、

かつての競りや指値は、

数百人相手にしか

できなかったが、

 

オークションや

逆オークションは、

世界中の数百人相手でも、

できる。

 

これも、

「新たな価値を伴った復活」

に他ならない。

 

 

たしかに・・・

 

螺旋階段が一段上がる

原動力になっているのは、

つまり、

 

「ネット」

の力が大きいんですね!

 

 

また、

「eラーニング」は、

かつての欧州貴族社会での

家庭教師制度や

江戸時代の日本の

寺子屋制度のような、

 

自分の能力と興味、

生活の都合に合わせて学ぶ

「個別学習」

の復活である。

 

その後の工業社会においては、

画一的な教育方法である

「集団教育」

が支配的になったが、

 

eラーニングの出現によって、

この「個別学習」が復活し、

しかも、

世界中の最先端の知識を、

自由に学ぶことができるように

なったのである。

 

 

たしかに、日本では、

画一的な「集団教育」が

行われる前には、

 

「寺子屋」という、

「個別学習」が行われていたんですね。

 

それが、

「集団教育」を経て、

ぐるっと回って、

「個別学習」に回帰した。

 

ただし、

「eラーニング」という形に

進化して(^^)

 

ネット以外でも、

たとえば、

「リサイクル」の文化は、

 

江戸時代のような循環型社会から、

高度経済成長期のような、

大量生産、大量消費、大量廃棄の

時代を経て、

 

地球環境問題の観点から、

再び重視されるようになっていると、

述べられています。

 

このように、

「進化」というものは、

右肩上がりに一直線に進むものではなく、

 

懐かしいものが復活したり、

ぐるぐる回りながらも、

一段ずつ上がっていくものだという考え方、

 

これは、

ビジネスの世界でも、

大局的な未来予測に活用できると思います。

 

「懐かしいものの復活」

 

次は何が復活するのだろう?

そう考えるのも面白いですね。

 

また、

「螺旋的プロセス」による発展の法則

は、個人にも当てはまるような気がします。

 

昔、好きだったことを、

またやり始めてみるもの

いいかもしれませんし、

 

上から見ると、

たとえ、

ぐるぐる回っているだけで、

停滞している人生のように思えても、

 

横から見ると、

実は、螺旋階段のように、

確実に登っている。

 

進化しているんだ!

 

そう捉えると、

何だか勇気づけられますよね(^^)

 

 

・・・そういえば、

本日の朝日新聞の天声人語に、

こんな一節がありましたよ。

 

過去ブログでも紹介させていただいた、

河合隼雄さんの随筆集

「こころの処方箋」の中の

「360度変わる」が

テーマなのですが・・・

 

 

 

・・・

 

きのう電車で

マスクを外してみた。

 

窓から入る爽やかな

5月の風が、

ほおに当たって

心地よい。

 

こうして私は

3年前の私に

戻っていくのだろう。

 

でも、と思う。

 

それは同じだけど、

同じではない。

 

360度変わった私である。

 

 

360度、

ぐるりと1周回って

コロナ前に戻っただけのようにも

思えますが、

 

そうではない。

 

日常生活を滞りなく過ごせることの

有り難みを、

改めて感じることができましたし、

 

無駄なことがあぶり出されて、

ほんとうに大切なことが

明確になったような気もします。

 

ZOOMなどのオンラインの普及で、

コミュニケーションの手段も

飛躍的に進化しました。

 

螺旋階段を登るように、

世の中も、個人も、

確実に、進化・成長している。

 

そう思いたいですね😊

 

 

 

 

*******************************************

 

 

 

この本、他にも、

多くの示唆を与えてくれますので、

 

次回も、

この本の内容を紹介させていただきます😊

 

最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

 

 

******************************************

 

 

 

おまけ

 

 

何故か、笑顔😸

 

 

 

 

握手!

 

お手、ではありません(^^;

(もともと出てましたので)

 

 

****************************************

 

 

以下は、

奈良郊外の神社仏閣巡り一人旅、

写真集です(^^;

 

 

石上(いそのかみ)神宮

 

 

 

ニワトリ?

がたくさん放し飼いにされていました!

 

 

 

 

長岳寺。

 

素敵な仏像(阿弥陀三尊)が

いらっしゃいました。

 

 

 

草花が美しかったです!

 

 

 

 

大神(おおみわ)神社。

 

 

 

 

 

な、なんと!

 

 

「瑞雲」というのでしょうか。

 

ここ、ほんとパワースポットなんですね!

 

 

 

 

聖林寺。

 

国宝の十一面観音菩薩、

ダイナミックな美仏でした!

 

 

 

談山神社。

新緑がきれいでした!

 

 

 

十三重の塔!

 

 

 

飛鳥寺。

 

日本最古の仏像、飛鳥大仏。

写真撮影OK!おおらかなお寺でした。

 

 

 

橿原神宮。

巨大な神宮でした!

 

 

 

 

 

 

 

今井町の江戸の街並み・・・

 

 

・・・翌日に続きます(^^;

 

長々と、おつきあいくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

GWが始まりましたね!

皆さんいかがお過ごしですか?

 

コロナが

落ち着いているということもあり、

観光地は大盛況のようですね(^^)

 

私は、ちょっとした車中泊一人旅に、

出かけようと思っています😊

 

で、今回紹介する本は、

今、もっとも旬な本!

 

村上春樹さんの最新刊、

 

街とその不確かな壁

 

 

村上春樹さんの本、

意外にも、まだ、

1冊も紹介していませんでした(^^;

 

学生時代は、

よく読んでいて、

 

社会人になっても、

1Q84

などの主だった作品は

読んでいますが、

 

近年は、短編集

女のいない男たち

(映画「ドライブ・マイ・カー」

の原作が入っています。

あの映画、よかったな~)

 

を読んで以来、

ご無沙汰していました(^^;

 

で、今回の、

街とその不確かな壁

 

この作品は、

村上春樹さんの初期の代表作、

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

に関連があるとのこと・・・

 

「世界の終わりと・・・」

内容は詳しくは覚えていないのですが、

たしか、高校生か大学生の頃読んで、

とても印象に残った作品だったので、

 

今回の、

街とその不確かな壁

 

661ページというページ数に

ちょっとビビりながらも、

チャレンジしてみました(^^;

 

 

・・・いやあ、

はまりました!

 

結局、

3日間で読み切ってしまいましたよ!

 

それくらい、

先の展開が気になって、

とまらなくなる小説なのですが(^^;

 

ネタバレに注意しながら、

解説すると・・・

 

主人公は、

中年の男性なんですね。

 

高校生の頃、出会って、

その後、忽然と姿を消した女性のことが、

忘れられません。

 

長年勤めた仕事をやめて、

ある地方の図書館の館長として、

勤務するようになるのですが・・・

 

物語は、

「現実の世界」と、

「壁に囲まれた不思議な街」と、

交差するように進展します。

 

現実の世界の自分は

「影」で、

 

壁に囲まれた街にいる自分が

「本体」?

 

はたまた、それは逆なのか?

 

「意識」と「心(無意識)」

の世界の往還。

 

何だか、

心理学者ユングの世界観を

想起するものがあります。

 

ストーリーを詳しく紹介すると、

ネタバレになってしまうので(^^;

 

細切れになりますが、

私が印象に残った文章を、

紹介していきますね。

 

 

きみは

いろんなことを

包み隠さず

素直に語っているように

見える。

 

でも本当のところは

誰にもわからない。

 

ぼくは思うのだが、

この世界に

心に秘密を抱かないものは

いない。

 

それは、

人がこの世界を

生き延びていくためには

必要なことなのだ。

 

そうじゃないのだろうか。

 

 

そうですね・・・

 

たしかに、

心に秘密を抱かない人は

いないと思います。

 

そうやって、皆、

現実世界に折り合いをつけて、

生きている。

 

しかし、

その抱いた秘密は、

消えてなくなることはありません。

 

現実的に現れなくても、

深層心理の中では、作用している。

 

そして、しかるべきときに、

私たちの人生に影響を及ぼしてくる。

 

それが、

「運命」というものかもしれませんが、

 

別の言い方をすれば、

「影」の統合、

(少し飛躍しますが)

ユングのいう自己実現(個性化)への過程

なのかもしれません。

 

 

「ときどき自分が

なにかの、

誰かの影みたいに

思えることがある」と

 

きみは

大事な秘密を

打ち明けるようにいう。

 

「ここにいるわたしには

実体なんかなく、

私の実体は

どこか別のところにある。

 

ここにいるこのわたしは、

一見わたしのようであるけれど、

 

実は地面やら壁やらに

投影された

影法師にすぎない・・・

 

そんな風に

思えてならない」

 

 

哲学者プラトンの、

イデア論「洞窟の比喩」

を私は想起しましたが、

 

この「どこか別のところ」が、

「壁に囲まれた街」なんですね。

 

その街とは、

単角を持つ獣がいたり、

姿の見えない夜啼鳥の声色がしたりする、

摩訶不思議な世界なのですが、

(まさに村上ワールドですね)

 

そこは、

人々に「影」がなく、

時間も存在しない世界・・・

 

主人公から分離した

「影」はいいます。

 

 

「あんたはおれと

もう一度一緒になって、

壁の外の世界に

戻るべきだと思います。

 

(中略)

 

いいですか、

おれの目からすれば、

あっちこそが

本当の世界なんです。

 

そこでは人々は

それぞれ苦しんで歳を取り、

弱って衰えて

死んでいきます。

 

そりゃ、

あまり面白いことじゃ

ないでしょう。

 

でも、

世界って

もともとそういうものじゃ

ないですか。

 

そういうのを

引き受けていくのが

本来の姿です。

 

そして

おれも及ばずながら

それにおつきあいしています。

 

 

・・・さて、

 

主人公は、それを受けて、

どのような行動を

とるのでしょうか?

(それは読んでのお楽しみ!)

 

 

主人公は、

「コーヒーショップ」

を一人で切り盛りしている女性と

出会うのですが、

 

ある場面でこういいます。

 

 

「待つことには慣れている」

 

彼女はまた少しのあいだ

考えていた。

 

そして言った。

 

「そんなに我慢強く

待つだけの価値が、

私にはあるかしら」

 

「どうだろう」

と私はいった。

 

「でも長い時間をかけても

待ちたいと思う気持ちには、

それなりの価値があるんじゃ

ないかな」

 

 

これが、

主人公のある決断に、

繋がっていくのですが・・・

 

それは読んでのお楽しみ(^^;

 

 

初対面の人に、

生年月日を聞いて、

その曜日を即座に当てるという、

 

「イエローサブマリン」

が描かれたパーカーを着た天才少年が、

登場するのですが、

 

こういいます。

 

 

 

「あなたの心は

新しい動きを求め、

必要としているのです。

 

でもあなたの意識は

まだそのことを

じゅうぶん

把握してはいません。

 

人の心というのは、

そう簡単には

捉えがたいものですから」

 

まるで

春の野原の若い兎のように、

 

と私は思った。

 

 

捉えがたい人の心の

比喩として、

 

「まるで春の野原の若い兎のように」

 

村上春樹さんらしい、

素敵な表現ですよね。

 

ご多分に漏れず、

この小説にも、

おもしろい表現の比喩が、

たくさんちりばめられています。

 

たとえば、

今、目についたところだけでも、

 

 

部屋は暖かく静かだ。

 

時計がなくても、

時間は無音のうちに

過ぎていく。

 

足音を殺して

塀の上を歩いて行く

細身の猫のように。

 

 

「猫」の使い方、

うまいですね~

 

 

「あんたに言いたいのはね」

 

と門衛はもったいぶって

私に忠告を与えた。

あるいは警告した。

 

「頭に皿を載せてるときには、

空を見上げない方が

いいってことさ」

 

 

たしかに(^^;

 

どうやったら、

こんな比喩が思いつくのでしょう(^^;

 

 

・・・ちょっと、

横道にそれましたが、

 

「イエローサブマリン」

の少年に戻ります。

 

 

「心配することは

ありません。

 

自分の心の動きに

素直に従っていけば

いいのです。

 

その動きを見失いさえ

しなければ、

 

いろんなことは

きっとうまくいきます。

 

そしてあなたの

大事な分身が

きっとあなたの復帰を

強くささえてくれるはずです」

 

 

このセリフは、

物語の最後に近いところで、

語られますが・・・

 

・・・これ以上は

ネタバレになるので(^^;

 

他に、

この小説のキーマンとして、

子易さんという、

図書館館長の前任者が登場します。

 

この元館長、

育ちのいい紳士なのですが、

 

何故か、

(男性なのに)

スカートをはいているんですね(^^;

 

物語が進むにつれて、

その理由も

明らかになってくるのですが・・・

 

 

 

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以上、ネタバレに気を付けながら、

紹介しましたので、

意味不明だったかもしれません(^^;

 

この物語の解釈は、

人それぞれだと思いますが、

 

私の読後感としては、

 

「意識」と「心(無意識)」

の世界を旅したような、

心地よい疲労感を感じるとともに、

 

何というか、

日々の生活が愛おしくなるような、

日常を大切にしたくなるような、

 

そして、

ちょっぴり優しい気持ちになりました😊

 

 

600ページ以上の大作ですが、

その分、読み進めていくと、

 

物語の世界に、

どっぷり浸かることができますよ(^^)

 

GWに時間のある方は、

村上春樹ワールドに、

深く深く沈澱してみるのは

いかがでしょうか。

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

どうぞ素敵なGWをお過ごしください!

 

次回は別の本を紹介します。

 

 

 

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おまけ

 

 

金太郎伝説の地、

足柄の地蔵堂。

 

 

 

 

矢倉岳に

登りました!

 

富士山は雲隠れ(^^;

 

 

 

 

箱根大涌谷方面。

 

 

 

 

夕日の滝、

予想以上にダイナミックでした!

 

 

 

 

大雄山最乗寺。

 

ああ、緑が美しい!

 

 

 

私の好きなお寺、

ベスト5に確実に入ります!

 

 

 

 

 

ここの風景は、

ホント美しいです😊

 

 

 

 

シャガという花が、

たくさん咲いていました(^^)

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

エックハルト・トールさんの

世界的なベストセラー

 

ニュー・アース

 

 

を紹介・解説してきました。

 

今回で6回目、最終回です(^^;

 

この本のメインテーマのひとつは、

「いま・ここ」

にあることの大切さなのですが、

 

それに関して、

印象的な逸話が述べられていますので、

 

今回は、

そこからスタートします。

 

 

日本のある町に

白隠という禅の老師が

住んでいた。

 

彼は人々の尊敬を

集めており、

 

大勢の人が

彼の教えを聞きに

集まってきていた。

 

 

「白隠」とは、

臨済宗中興の祖と称される、

江戸時代の有名なあの

「白隠禅師」のことでしょうか。

(ちょっとわかりませんが・・・)

 

 

あるとき、

寺の隣の

十代の娘が妊娠した。

 

怒り狂った両親に、

子どもの父親は誰だと

問い詰められた娘は、

 

とうとう

白隠禅師だと答えた。

 

両親は激怒して

白隠のもとに怒鳴り込み、

 

娘は白状したぞ、

お前が父親だそうだな、

 

となじった。

 

白隠は

「ほう、そうか?」

と答えただけだった。

 

 

ええっ、

まさか・・・

 

白隠禅師さん、

そ、それは、

まずいでしょ?

 

 

噂は町じゅうどころか

近隣の地域にまで

広がった。

 

禅師の評判は地に堕ちた。

 

だが禅師は

意に介さなかった。

 

誰も説法を

聞きに来なくなった。

 

だが禅師は

落ち着き払っていた。

 

赤ん坊が生まれると、

娘の両親は禅師のもとへ

連れてきた。

 

「お前が父親なんだから、

お前が面倒を見るがいい」。

 

禅師は

赤ん坊を慈しみ、

世話をした。

 

 

・・・う~ん、

これでいいのか?

 

 

一年たち、

慚愧(ざんき)に

耐えられなくなった

娘が両親に、

 

実は赤ん坊の父親は

近所で働く若者だと

白状した。

 

 

やはり!

そういうことだったのか(^^;

 

 

両親はあわてて

白隠禅師のもとへ

駆けつけ、

 

申しわけなかったと

詫びた。

 

「ほんとうに

すまないことをしました。

 

赤ん坊を引きとらせて

もらいます。

 

娘が、

父親はあなたでないと

白状しましたんで」。

 

「ほう、そうか?」。

 

禅師はそう言って、

赤ん坊を返した。

 

 

・・・いかがですか。

 

あっさりと、

「ほう、そうか?」

 

さすがにこれは、

聖人レベルの対応で、

 

ふうつの人は、

最初から、

 

「冗談じゃない!」

「これはとんだ濡れ衣だ!」

 

と、徹底的に抗議しますよね(^^;

 

あまりにも理不尽ですし、

はっきりNO!と言わなければ、

どんどん、

つけ込まれてしまう気がします。

 

それが、

あたりまえの反応なのですが、

 

白隠禅師は、

「ほう、そうか?」

と受け入れてしまう。

 

「白隠さん、それでいいの?」

 

と思わず、

突っ込みたくもなりますが(^^;

 

ただ・・・

 

よくよく考えて見ると、

結果的には、

白隠禅師が、

抵抗せずに受け入れたことで、

すべてがうまくいったのですね。

 

 

禅師は

偽りにも真実にも、

悪い知らせにも

良い知らせにも、

 

「ほう、そうか?」

 

とまったく同じ

対応をした。

 

彼は良くても悪くても

いまという瞬間の形を

そのまま認めて、

 

人間ドラマには

加わらなかった。

 

彼にとっては

あるがままの

この瞬間だけがある。

 

起こる出来事を

個人的なものとして

捉えない。

 

彼は誰の被害者でもない。

彼はいまこの瞬間に

起こっている出来事と

完璧に一体化し、

 

それゆえに

起こった出来事は

彼に何の力も

振るうことができない。

 

起こった出来事に

抵抗しようとするから

その出来事に翻弄されるし、

 

幸福か不幸かを

よそから

決められることになる。

 

赤ん坊は慈しまれ、

世話をされた。

 

抵抗しないという

力のおかげで、

 

悪い出来事が

良い結果になった。

 

つねに

いまという瞬間に

求められたことをする

禅師は、

 

時が来たら

赤ん坊を手放したのだ。

 

 

これは、有名な、

「人間万事 塞翁が馬」

(これは私の座右の銘のひとつです)

 

という故事にも、

ちょっと通ずるものがありますね。

 

「つねに、いまという瞬間に

求められたことをする」

 

う~ん・・・

 

エゴまみれの私が、

この白隠禅師のような域に達するのは、

今回の人生では

とうてい無理なのですが(^^;

 

一歩でも、近づきたいと

思っています。

 

 

「エゴ」は、

(この本では、無意識の思考、

妄想、欲望などを指します)

 

現在という瞬間とは

仲良くできないといいます。

 

「エゴ」は必死に、

「いま・ここ」を無視し、

抵抗しようとするのです。

 

そのやり方は、

3つあるといいます。

 

 

・目的のための手段

として対応する

 

・障害として対応する

 

・敵として対応する

 

 

詳しく見ていきます。

 

 

エゴにとって、

現在という瞬間は

せいぜい目的のための

手段でしかない。

 

もっと大事だと考える

未来に連れていってくれる

手段だ。

 

ただし

その未来は

現在という瞬間として

到来する以外にはなく、

 

したがって

未来は頭のなかの

思考としてしか存在しない。

 

言い換えれば、

このパターンが

働いていると、

 

あなたはいつも

どこかに行こうとして

忙しく、

 

決して

「いま、ここに」

腰を落ちつけることは

できない。

 

 

どきっ・・・

 

「いま」が

「未来」という目的のための

手段でしかなくなる。

 

目的は、つねに先送りで、

地に足が着かない感じ。

 

たとえば、

スケジュール表の先ばかりを

見てしまったり・・・

 

これは、

気を付けないと、

私も、つい

陥ってしまいがちです(^^;

 

 

このパターンが

ひどくなると

(そういうことは

まったく珍しくない)、

 

現在という瞬間が

克服すべき障害に

見えてくる。

 

そこで

苛立ちや欲求不満、

ストレスが生じるのだが、

 

私たちの文明では、

それが多くの人の日常、

あたりまえの状態に

なっている。

 

こうなれば

人生は「問題」で、

あなたは問題だらけの

世界に暮らし、

 

問題を解決しなければ

幸せになれず、

満たされず、

ほんとうに生き始めることも

できないと思い込む。

 

 

問題を解決しなければ、

幸せになれず、

満たされず・・・

 

何だか、これ、

ビジネスの世界ですね(^^;

 

 

ところが問題を

一つ解決するたびに、

次の問題が現れる。

 

現在という瞬間を

障害として見ている限り、

問題に終わりはない。

 

人生、つまり

「いま」という時は、

 

「あなたの期待どおりに

なってあげるよ」

 

と言う。

 

「あなたがとる姿勢に

応えよう。

 

あなたが問題だと思うなら、

私は問題になる。

 

障害だと思うなら、

障害になる」と。

 

 

「いま」を

受け入れることなく、

それを問題だと見れば、

それは問題となり、

 

それを障害だと見れば、

それは障害になる。

 

つまり、現実的に

問題や障害を創り出してしまうと

いうことですね。

 

そして、

常に何か満たされない

感じがする・・・(^^;

 

 

最悪なのは、

(これもまったく

珍しくない)、

 

現在という瞬間に

敵として対応することだ。

 

自分がしていることが

嫌だとか、

状況に不満だとか、

 

起こっていることや

起こったことを

憎んでいるとき、

 

あるいは

頭のなかの対話が

 

こうすべきだとか

すべきでないという

判断や不満や非難で

あふれているとき、

 

あなたは

「あるがままのいま」

に反論し、

すでにある現在に

文句をつける。

 

人生を

敵に仕立てているので、

人生のほうも、

 

「闘いが望みなら、

闘わせてやろう」

 

と応じる。

 

外部的な現実は

つねにあなたの

内側な状態の反映だから、

 

あなたは当然、

敵対的な世界を経験する。

 

「私は現在という瞬間と

どんな関係にあるだろう?」

 

と、終始自分に

問いかけることが大切だ。

 

 

いつも何かしらの敵がいて、

闘い続ける人は、

こういう思考なのかもしれません。

 

「外部的な現実は

内側の状態の反映」

 

これは、本当にそう思います。

 

心理学だと、

「投影」といいますが、

 

やはり、

自分自身のモノの見方、捉え方が、

外の世界に、投影されるんですね。

 

投影といえば、

こんな小話があります。

 

 

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旅人が、

あるオアシスの街にたどり着いた。

 

入り口にいる

老人にたずねた。

 

「この街はどんな街ですか?」

 

「前に君がいた街はどうじゃった?」

 

旅人は、

こう答えた。

 

「人々は意地悪で、いやな街でした」

 

老人は言った。

 

「だったら、この街もそうじゃろう」

 

 

別の旅人は、

こういった。

 

「人々は親切で、素敵な街でした」

 

老人は言った。

 

「だったら、この街もそうじゃろう」

 

 

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・・・外部的な現実は、

人の内側の状態の反映なんですね(^^;

 

「私は現在という瞬間と

どんな関係にあるだろう?」

 

つまり、

「いま・ここ」と、

友好的な関係であるかどうか。

 

忘れずにいたいですね😊

 

 

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以上、6回にわたって、

アメリカ屈指のスピリチュアル・マスター

エックハルト・トールさんの

世界的なベストセラー

 

ニュー・アース

 

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説させていただきました。

 

紹介できたのは、

この本の一部にすぎませんが、

内容的には、とても密度が濃くて

示唆に富んでいます。

 

皆さまも、たとえば、

今度のGWの休みに、

じっくり腰を据えて、

本格的なスピリチュアルの世界に

浸ってみるのはいかがでしょうか(^^)

 

「意識」が一段高まったような

感覚になりますよ!

 

 

 

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今回も最後まで

お読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

私がブログを続けられるのも、

読んでくださる

皆さまがいるおかげです。

 

次回は、

別の本を紹介します(^^;

 

 

 

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おまけです(^^;

 

 

 

昭和大学病院前、

今の時期、ツツジきれいですね!

 

 

 

 

世田谷の九品仏

 

大きな仏像をたくさん拝める、

素敵なお寺です!

 

 

 

 

新緑のもみじが美しいです。

 

 

 

 

本堂から、

枯山水の庭を眺めていたら、

 

あれっ・・・

 

 

 

 

妙に溶け込んでいました😸