ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

ようやく秋らしい気候になってきました!

寒暖差がある日が続きますね(^^;

 

経営思想家・経営学博士、

小森谷浩志の著書、

 

ZEN 禅的マネジメント

 

 

という本を紹介しています。

 

前回、

『十牛図』の中の

「牛(=本来の自己)」を

捕らえて、馴らして、一体化する、

 

すなわち、

「影(シャドー)の統合」

というテーマを取り上げましたが、

 

今回は、

それを「手放す」という

テーマになります。

 

えっ・・・

 

せっかく捕まえて、一体化した、

「牛=(本来の自己))」

なのに、手放す?

 

それでいいのか?

 

という気にもなりますが(^^;

 

有名な白隠禅師坐禅和讃の一節が

引用されています。

 

 

衆生本来仏なり

 

水と氷の如くにて

 

水を離れて氷なく

 

衆生の外に仏なし

 

 

白隠禅師坐禅和讃は、

白隠禅師が

一般の人にもイメージしやすい

比喩を使ったりして、

具体的に分かりやすく

「禅」の本質を

説いてくださっているので、

 

仏教の専門家ではない私でも、

「なるほど~そういうことか!」

と膝を打つ箇所が多いです(^^)

 

著者の解説を引用します。

 

 

仏教において

私たち衆生は、

本来は仏ですが、

 

衆生と仏の間に、

本来という言葉が

入っていることに

注意が必要です。

 

仏たる本質を持ちながら、

気づけていない、

自覚できていない

私たちがいるということです。

 

 

たしかに、普段は、

私たちが仏たる本質を持っているなどどは、

なかなか自覚できないですよね。

 

エゴまみれの私・・・(^^;

 

 

水は凍ると氷になり、

氷は解けると水になりますので、

両方の本質は同一といえます。

 

ところが、

方円の器に従って

自由自在に変化する水と、

 

固まって動かない、

融通のきかない氷とでは

大きな違いがあります。

 

私たち衆生も、

本来は仏性を

所有しているのですが、

いつしか凍って固定された

「我」でがんじがらめに

なってしまい、

自由を失っていくことになります。

 

 

「水」=「仏」

「氷」=「衆生」(私たち)

 

のたとえは、

イメージしやすいですね。

 

たしかにそうであれば、

私たちの本質は仏と同じなのに、

それが凍って固体となってしまったので、

いろいろと制限が生じてしまう。

 

「氷」というのは

仏教でいう「苦」、

すなわち、

「思い通りにならないこと」

の象徴だと考えます。

 

なかなか思い通りにならないからこそ、

たまに、思い通りになった時には、

喜びがあるし、

感謝の気持ちも生まれる。

 

スピリチュアルな思想では、

私たちの魂は、あえて、

思い通りにならないことを体験するために、

この世に、自分の意志で生まれてくる

という説がありますが、

 

私もそうなのかと思います。

 

再び、白隠禅師坐禅和讃より、

 

 

衆生近きを知らずして

 

遠くを求むるはかなさよ

 

たとえば水の中にいて、

 

渇を叫ぶが如くなり

 

 

・・・これも

うまいたとえですね。

 

私たちは自らが、

もともとは水(=仏)であることを知らず、

それを遠くに求めている(^^;

 

 

『十牛図』でも、

ここまで「真の自己」が

外側にあると思い、

探し求める旅でした。

 

しかし実際に捕らえて、

親しくなってみると、

 

牛はまさしく

自分そのものだったと

気づきます。

 

牛と牧人、

真の自己と今の自己、

 

別々ではなく、

主客を超越して一つ、

「主客一体」

だったということです。

 

一つであるのなら、

これまでは方便としてあった、

牛の存在は

もう必要でなくなりました。

 

川を渡るには、

筏(いかだ)は

大切な道具として必要ですが、

 

渡った後には

もう要らないのです。

 

 

なんと、

「牛」の存在は、方便であって、

実は、

「自分そのもの」

だったんですね!

 

「な~んだ、早く言ってよ!」

という感じもしますが(^^;

 

しかし、これは、

「影」(シャドー)の統合という

内なる葛藤の旅を経て、

初めてたどり着ける境地なんですね。

 

「影」を受け入る、

すなわち、

「自己受容」することで、

「本来の自己」を取り戻す。

 

幸せの青い鳥は、

実は身近なところにいたという、

メーテルリンクの童話

「幸せの青い鳥」

も同じような展開ですね。

 

 

再び、白隠禅師坐禅和讃です。

(繰り返します)

 

 

衆生本来仏なり

 

水と氷の如くにて

 

水を離れて氷なく

 

衆生の外に仏なし

 

 

 

衆生近きを知らずして

 

遠くを求むるはかなさよ

 

たとえば水の中にいて、

 

渇を叫ぶが如くなり

 

 

「私たちは本来仏である」

忘れずにいたいですね(^^;

 

 

白隠禅師坐禅和讃を通じて、

小森谷浩志さんが

『十牛図』のポイントになる箇所を

分かりやすく解説してくださったので、

理解を深めることが出来ました。

 

有り難うございました😊

 

 

 

 

*****************************************

 

 

 

以上、3回にわたって、

 

経営思想家・経営学博士、

小森谷浩志の著書、

 

ZEN 禅的マネジメント

 

 

の内容の一部を

紹介させていただきました。

 

取り上げたところは、

「十牛図」でいうところの、

8番目くらいまでなので、

 

「十牛図」の全体を、

「成人発達理論」を通じて

読み解くことに興味がある方は、

ぜひ、本書をお読みください!

 

全375ページと、

ボリュームはありますが、

文章は読みやすく、

図解もあり、分かりやすいです。

 

著者と、曹洞宗の藤田一照さんとの

示唆に富む対談も収録されていますよ。

 

オススメします!

 

ちなみに、

「影」の統合といえば、

 

過去ブログで取り上げた、

村上春樹さんの小説、

街とその不確かな壁

 

 

も、そんな物語かもしれないと思いました。

よかったら、ご一読ください。

 

 

 

*********************************

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回は別の本を紹介します。

 

 

 

*********************************

 

 

 

おまけです(^^;

 

 

 

薄暗かったのに、

後で写真を見たら、何故か明るい!

(オーラ?)

 

宮音くんにも仏性あるのかな😸

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

秋の足音が近づいてきた・・・

と思ったら、

いつのまにか目の前にいる感じですね。

 

前回から、

 

ZEN 禅的マネジメント

 

 

を紹介・解説しています。

 

この本は、

禅の「十牛図」と、

心理学の「成人発達理論」

を組み合わせたものを、

「禅的マネジメント」

として打ち出している、

とても刺激的でおもしろい本です(^^)

 

前回は、

自己探求、すなわち、

本来の自己(=牛)を探す旅が

始まるところを、

紹介しました。

 

今回は、

やがて、牛と出会い、

それを捕らえるところからですが、

 

これが、暴れ牛で、

飼い馴らすのは、

なかなか大変なんですね(^^;

 

何故なら、

 

自分の中の、

ネガティブな感情、

すなわち、

影(シャドー)と向き合い、

それを統合する必要があるからです。

 

 

「影」とは、

心の暗部であり、

隠し続け、

拒絶して排除している

自らの側面です。

 

別の角度からいうと

あなたであるにもかかわらず、

生きてこられなかった

あなたの部分です。

 

多くの場合は、

自分でもそれに気づくことなく、

その側面に向き合うことなく、

 

他責にして他者を拒絶し

排除したり、

 

はたまた

執拗に自分を責めたりして、

嫌悪することで代替しています。

 

 

影(シャドー)は、

抑圧している心の暗部ですので、

自分の中にあるものとは、

なかなか認められないんですね。

 

だから、

ついつい無意識に

他者にあるものとして、

まるでプロジェクターで投影するように

映し出してしまう。

 

心理学でいう、

いわゆる「投影」ですね。

 

 

相手への嫌悪感は、

自己の中にある

否定的な部分の裏返しです。

 

自分の嫌なところを、

見たくない自分の恥部を

映し鏡のように

相手の中に

見ているだけなのです。

 

 

自分の恥部、すなわち影を、

自分で受け入れられないので、

それを相手に投影する、

 

私は、数年前まで、

この考え方が

いまいち腑に落ちなかったのですが、

 

よくよく考えて見ると、

たしかに、相手の嫌な部分というのは、

自分の中にもあるのです。

 

 

(他人に対して)

「あなたは怒りに満ちている」、

「あなたはすぐに人をさげすむ」、

「あなたは横柄で人を

コントロールしたがる」、

「あなたはどこか怯えている」、

「あなたは自己顕示欲が旺盛だ」、

「あなたは欲深い」、

「あなたは冷酷だ」。

 

これがあなた(他人)

ではなく、

「自分」だったとしたら

どうでしょうか。

 

耳が痛いのを通り越して、

目を背けたくなるのが自然です。

 

真に成長するためには、

冷徹に、覚悟を持って

自己対峙することを

求められます。

 

 

 

・・・たしかに、

時と場合によっては、

 

私も、

怒りに満ちていたり、

人をさげすんだり、

横柄だったり、

怯えていたり、

自己顕示欲があったり、

欲深かったり、

冷酷だったり、

 

することがあるのです。

 

自分の中に、

そんなネガティブな自分も、

確実に存在する。

 

(ちなみに、私は、

ディマティーニ・メソッドを学び、

体験することで、この考え方が

かなり腑に落ちるようになりました)

 

 

これまで無意識だった、

気づくことがなかった、

見たくない癖や

パターンに

向き合うということです。

 

怒りを押し込めて、

表面上穏やかに

人に接している、

 

コントロール願望が

強くあるのに、

自由に任せるマネジメントの

推進役をやっている、

 

自信の無さを隠し、

横柄に振る舞っているなど、

 

こうした癖やパターンが

自分の中にあったことを

認めることは、

 

決して心地よいものでは

ありません。

 

 

どきっ・・・


私も、ふだんは、

表面上は穏やかなほうですし、

 

自由に任せるマネジメントの

スタイルなのですが、

 

よくよく考えて見ると・・・

 

たしかに、

怒りを押し込めていることも

ありますし、

実はコントロール願望も

ないことはないのです(^^;

 

 

多くの人は、

耳障りのいい言葉を話し、

いい人を装い、

演じて生きています。

 

社会や世間の目を気にして、

高く評価されるか否かを

物差しにして生きています。

 

表面上の世間体がいい自分と、

奥底にあるドロドロとした自分、

 

この両者が

自分の中で格闘して、

分離している状態です。

 

自分がひたすら嫌ってきた

「怒り」、

「悲しみ」、

「自己批判」などの

ネガティブな感情が、

 

実は自分の無意識世界に

充満しているということは、

容易には承認しがたいものです。

 

できれば、

自分の「影」の側面を

見たくないのです。

 

 

そうですね・・・

 

では、どうすればいいのでしょうか。

ユングはこう指摘します。

 

 

影はある意味で、

人間の存在を生き生きとさせ、

美しくするような、

原始的で子どもっぽい性質すら

もっている。

 

しかし、

慣習的な規律が

禁止しているのである。

(「エセンシャル・ユング」)

 

 

う~ん・・・

 

 

つまり影は、

明らかな悪ではなく、

 

生きた人間の味になり、

より深い自己との出会いへと

導いてくれるものです。

 

決して

「影」=悪者

ではないことを

しっかり認識する

必要があります。

 

それどころか、

自我のなかに影を統合していく

プロセスは、

人格が成熟していくうえで

重要です。

 

人間らしいとか、

憎めないと表現される、

愛嬌や抜けたところが

あるからこその味わいです。

 

いのちの喜びのまま

生きるとは、

 

光だけを目指して、

影を隠すことではなく、

 

両方を愛で、

慈しみ、

包摂することです。

 

そもそも人間は

完璧でいる必要は

ないのです。

 

 

そうですね・・・

 

影は決して悪者ではない。

 

人間らしく、

命の喜びのまま、

生きていくためには、

不可欠なものなのです。

 

 

近年、経営学においても

弱さを見せることの

大切さが見直されています。

 

仕事用の仮面をかぶって

個性を押し殺し、

決められた役割をこなすよりも、

 

自分という人間を表現する

自然な振る舞いが、

価値を創出しています。

 

弱さを隠すのではなく、

さらけ出して、

認め合って、

補完し合うからこそ、

お互いの限界を超えた仕事に

結びつくのです。

 

 

・・・共感します(^^)

 

もちろん、現実的には、

仕事の役割分担として、

個性を押し殺さねばならない時も

ありますし、

 

競争社会において、

弱さをさらけ出すのは、

実際、かなり勇気が要ります。

 

しかし、

お互い、自分の影の部分を、

抑圧しすぎることなく、

 

お互いの「本音」の部分を、

少しずつ見せ合い、

認め合うことができれば、

 

しなやかな組織になるだろうし、

そんな組織が増えていけば、

 

それが、

居心地のいい、生き生きとした世界へと

繋がっていくような気がします。

 

私自身、影の統合は、

まだまだ、十分にできていないと

自覚しておりますが(^^;

 

人生の後半をかけて、

コツコツと取り組んでいきたいと

考えています😊

 

(ちなみに、

この本にはセルフワークがついています。

それをやれば、ご自身の「影」の統合を

進めやすくなることうけあいです)

 

 

 

**************************************

 
 
 
今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました(^^)
 
次回に続きます(^^;
 
 
 
**************************************
 
 
 
 
 
首、凝ってまっか・・・
(ゴロゴロ・・・
きもちい~にゃ😸)
 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

夜になると、虫の声が

多く聞こえてくるようになりました。

 

今回ご紹介する本は、

 

ZEN 禅的マネジメント

 

 

著者は、

経営思想家・経営学博士、

小森谷浩志さんです。

 

この本は、

禅の「十牛図」と、

心理学の「成人発達理論」

を組み合わせて、

それを、

「禅的マネジメント」という形で

打ち出している、

とても刺激的でおもしろい本です!

 

私は、今まで、

悟りへの道を描いたとされる、

「十牛図」のことが、

いまいちピーンとこなかったのですが(^^;

 

本書で、

「成人発達理論」と組み合わせて、

具体的な人間関係の中で語っていただくことで、

 

「こういうことなのか!」

と、はじめて自分事として

腑に落ちた感じがします。

 

まずは、

 

「十牛図」とは何ぞや?

 

 

禅の入門書

「十牛図」は、

「真の自覚」に至るプロセスを

最もよく掲示するものとして、

古来禅門で珍重されている

叡智の結晶です。

 

「十牛図」では、

牛を見失った牧人が、

逃げ出してしまった

牛を探し求め、捕え、

飼い馴らし、

 

やがては一体化していく過程を

十の絵図で説いています。

 

「牛」は「本来の自己」であり、

「牧人」は本来の自己の探究者です。

 

 

「牛」とは

「本来の自己」のことなんですね。

 

 

「十牛図」をたどっていくことは、

本来の自己への道筋なのです。

 

ですから

「十牛図」は

禅の修行者ばかりではなく、

本来の自己を生きる、

本来性を開花させ、

喜びとともに

生きることを目指す人に

深い示唆を与えてくれます。

 

悩みや迷いのただなかに

ある人にとって、

生きていく縁となるのです。

 

 

「十牛図」をたどっていくことは、

本来の自己への道筋であり、

深い示唆を与えてくれる・・・

 

 

本書の目的は、

混迷の時代、

社会的に大きな

変化点のただなかで、

 

先行きが見えず、

不安を抱え、

自分が進む方向性に悩む

ビジネスパーソンに、

 

実践的で実用的な

これからの社会にふさわしい、

指針であり、

航海のための地図を

示すことです。

 

いうなれば、

「禅的マネジメント」

のすすめです。

 

 

ビジネスパーソンだけでなく、

本書の考え方は、

あらゆる大人に有益だと思います。

 

「十牛図」は、

 

 

1,尋牛(探す)

2,見跡(分かる)

3,見牛(出会う)

4,得牛(捕らえる)

5,牧牛(馴らす)

6,騎牛帰家(一体化する)

7、忘牛存人(手放す)

8,人牛倶忘(無になる)

9,返本還源(然る)

10,入鄽垂手(行ずる)

 

 

の順で自己探求の旅が進むのですが、

 

「旅立ちに向けて」

で、著者はこう問いかけます。

 

 

あなたは、

いのちの喜びのままに、

真に自由に生きているでしょうか。

 

親や先生、上司や会社、

社会の期待に応えることに

エネルギーを

費やしていないでしょうか。

 

外から、

上から与えられた役割を

ただ一生懸命に疑いもなく

担っていないでしょうか。

 

自分という本の書き手を

誰かに委ねてしまって

いないでしょうか。

 

自分という乗り物のハンドルを

誰かに握らせていないでしょうか。

 

 

どきっ・・・

 

「そんなことはない!」

とは言い切れない自分がいます(^^;

 

もちろん、

生活というものがありますし、

現実的には難しいところがありますが・・・

 

 

われわれ人間は、

この世にいのちを授かり、

子宮で守られた時期から、

へその緒という

つながりを切り、

この世に生まれ出てきます。

 

そして、

この地球に誕生したとき、

どうやったら生きていけるのか、

受け入れてもらえるのか、

愛されるのかを

本能的に察知して、

 

生き残りをかけて、

生き延びる術を

身につけていきます。

 

まるで渇いたスポンジが

吸収するように、

社会性を身につけ、

いわゆる

「いい子」や

「ちゃんとした人」

になるために、

自らを作り上げていきます。

 

 

そうですね・・・

 

社会性を身に付け、

「いい子」を目指すのは、

生き残るためにも

必要不可欠なんですね。

 

 

ありとあらゆる情報を

環境から吸収し、

 

愛されたい、注目されたい、

生き残りたいがゆえに、

 

環境からの要望に

応えることを覚えるのです。

 

時にこの世界の入り口、

身近な存在としての、

親や養育者の影響は絶大です。

 

 

この世に生まれた以上、

生きていくために、

親や養育者から絶大な影響を受けるのは、

必然である。

 

いわば、

「宿命」のようなものなんですね。

 

 

これは、

社会という

巨大で強力な存在の前では

致し方がないことです。

 

魚が水の中で生きる如く、

水なしでは生きていけず、

水に慣れていかねば

ならないからです。

 

 

生きていくためには、

やむを得ない・・・

 

 

こうして私たちは、

両親のさまざまな感情や思考を、

脳や肉体に刻みこんで

自分自身のパーソナリティを

形成していきます。

 

例えば、感情では、

 

仕事が思い通りに

いかないときの怒り、

 

夫婦喧嘩のイライラ、

 

病気に罹ったときの苦しみ

などがあります。

 

思考では、

 

「男の子は強くないといけない」、

 

「お姉ちゃんだから

しっかりしないとだめ」、

 

「うちは貧乏だから

我慢が大切」

 

など大小実にさまざまです。

 

 

そうですね・・・

 

少し、

私自身を振り返ってみますと・・・

 

ウチの両親は、

そんなに自分の価値観を

子どもに直接的に押しつける

タイプではなかったのですが、

 

おそらく、

私が両親に愛されたくて、

いわば勝手に、

「忖度(そんたく)」して、

 

「親の望むいい子」を

無意識に演じていたかもしれません。

 

親からの

遠回しのプレッシャーも

あったような気もしますし・・・

 

 

もちろん

喜びや楽しさ、

 

「あなたは大切な存在」、

 

「生まれてきてくれて

ありがとう」、

 

「あなたは光そのもの」

 

など自分に固有の本来性や

あり方と親和性が高い

感情や思考も

同時に受け取ります。

 

しかし、

ここで大変深刻な

問題があります。

 

「生命体」としての究極の命題

「サバイバル意識」に

従わざるを得ない私たちは、

 

ポジティブなものよりも、

ネガティブな感情や思考を、

 

より多く

受け取ってしまうのです。

 

 

・・・ここでいう、

「ネガティブ」な感情や思考とは、

 

「不安」や「怖れ」

のことだと思います。

 

「不安」や「怖れ」

を原動力にして、

または、

抑圧をして、

「いい子」になる。

 

受験勉強を頑張ったり、

立身出世を目指したりする。

 

もちろん、

それで成長したり、

才能が開花する面もありますので、

良いか悪いかではないのですが、

 

しかし、

「何か違う」

 

頑張っても何か満たされない。

何か本当の自分を生きていない気がする。

どこか空虚を感じる。

 

この、

「何か違う」という

「違和感」を感じた時に、

 

本来の自分を探求する旅、

自分の内面を深く見つめる旅が

始まるといいます。

 

本書には、

そのためのワークも

紹介されています。

 

・・・次回に続きますね(^^;

 

 

 

************************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回もこの本の紹介を続けます。

 

 

************************************

 

 

 

おまけ(^^;

 

 

 

牛を求めて、

 

 

 

自己探求の旅・・・💤

 

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

最近、忙しくて、

ブログを書くペースが

ちょっと落ちていますが(^^;

 

粘り腰で続けます!

 

で、今回は、

前回取り上げた、

 

神戸大学大学院・経営学研究科教授、

金井壽宏先生の著書、

 

働くみんなのモティベーション論

 

 

の続きです。

 

この本で、

印象的に引用されている、

深~いセリフを紹介したいのですが、

 

皆さんは、ご存知ですか?

 

 

「タフでなければ

生きていけない、

 

やさしくなければ

生きていく資格がない」

 

 

ハードボイルド作家、

レイモンド・チャンドラーの小説の中で、

探偵フィリップ・マーロウがつぶやく、

有名なセリフですね!

 

ちょっと気障ですが、

古き良き時代のアメリカの、

シブくてイイ男を連想します。

 

私も、こんな男になりたい!

と憧れますが(^^;

 

面白いのは、

この本では、このセリフを、

 

「中年以降の自己実現」

 

の意味で捉えています。

 

 

この台詞は、

 

(中略)

 

人間存在の

二重性として

難しく説いたことの

本質を照射している。

 

 

・・・?

ちょっと難しい(^^;

 

 

親密なひととの

関係では、

いろんなことを

聞いてもらえるし、

自分も相手に耳を傾けるが、

 

その中で出てくる

課題や問題のために

パワフルに支援してあげるという

関係にはならない。

 

 

この「親密な人」というのは、

「やさしい」人のことです。

 

 

他方で、

パワー欲求の高いひとは、

相手を苦境から救うだけの

力をもっていたり、

 

またそうしてあげたい

という欲求は

ひと一倍強いが、

 

残念ながら

うまく相手の話を聞けないし、

 

また、自分の方から、

自己開示することも乏しい。

 

 

この「パワー欲求の高い人」

というのは、

「タフな」人のことですね。

 

 

この親密とパワーは、

相容れないところもあり、

 

その同居、両立は

一見むずかしいし、

実際に若いときには

特にむずかしい。

 

やさしいひとは

しばしば弱く、

 

パワフルなひとは

しばしばデリカシーに欠ける。

 

 

そうですね。

「親密」と「パワー」、

すなわち、

「優しさ」と「タフさ(強さ)」

 

たしかに、

これを両立させるのは、

とても難しい・・・

 

特に若い頃は(^^;

 

 

20代の医学部の

学生の調査によれば、

若いときには、

パワー欲求も親和欲求も

ともに高いひとたちは、

 

抑うつ、不安が高く、

自尊心が低い。

 

つまり、

医者になっていく途上で

勉学に忙しく、

また一人前になる前からときに、

この両方の欲求を

生産的に統合するのは

むずかしい。

 

 

つまり、

パワフルで、真面目、熱心で、

かつ、

優しくて、いい人すぎる若い人は、

 

頑張りすぎて、

時に心身を病んでしまったり

するわけです。

 

若い教師が、

燃え尽きて休職したり、

退職してしまうのは、

こういうことかと思います。

 

ちなみに、私も、

30代前半の時に、

体を壊してしまいました・・・

 

ただ、私の場合は、

「いい人すぎる」ということは、

ありませんでしたが(^^;

(自分を過信していただけです)

 

 

しかし、

ユングやレビンソンが

示唆したとおり、

 

人生の半ばを超えるころには、

そういう統合ができ始める。

 

 

人生の後半に差し掛かるころには、

 

「優しい人」が、

いろいろな経験を踏まえて、

しだいに、

「強さ」を身につけていったり、

 

逆に、

「タフな(強い)人」が、

さまざまな苦労を重ねることで、

しだいに、

「優しさ」を身につけていったり、

するのだと思います。

 

若いうちから、

あせって、

「強さ」と「優しさ」

の両方を追い求めなくていいんですね。

 

人生の前半は、

どちらか一方を目指すくらいでいいのだと

思います。

 

ちなみに、私は・・・

 

「強さ(タフ)」を目指していたかもしれません。

 

マッチョという意味ではなく、

あくまで精神的にですが(^^;

 

ただ、

人生そんなに甘くはないわけであって、

「強さ」だけでは

しだいにうまくいかなくなってきて・・・

 

「優しさ」がないと、

立ち行かなくなりました(^^;

 

他人に対しても、

自分に対しても。

 

ユング心理学では、

「セルフのアレンジメント」

などといいますが、

 

人生の後半には、

片寄った価値観が、

修正できるように、

 

「強さ」と「優しさ」

がうまく統合できるように、

 

おのずと、

出来事が生じるのかもしれません。

 

それは一見、困難に見えることでも、

実は(統合という意味では)

ベストな出来事なのかもしれませんね。

 

 

偉大な例を出しすぎかも

しれないが、

 

あのガンジーでさえ、

20代にロンドンで

弁護士をめざしているころには、

この両者を

うまく両立できなかった。

 

しかし、

インドの独立をめざすころには、

パワフルでありながら、

同時にひとの気持ちを

上手に感じることも

できるようになっていた。

 

 

・・・ガンジーは

ちょっと偉大過ぎますが(^^;

 

いわゆる偉人と言われるひとでも、

若いうちから完成されていた人は、

意外と少ない気がします。

 

 

ここで、

もう一度、

フィリップ・マーロウの

台詞を思い出してもらってもいい。

 

タフさもやさしさも、

ともに必要だ。

 

ほんものの大人に

なるには。

 

 

「ほんものの大人」

すなわち、

「自己実現した人」・・・

 

到達する道のりは、

けっこう険しそうですが(^^;

 

 

私自身、若い頃は、

「強さ(タフ)」を目指していた一方で、

 

人生の折り返しを過ぎた今は、

ずいぶん、

「優しく」なったとは思います。

 

ただ、今度は、

他人にも自分にも、

「優しく(甘く)」

なりすぎてしまった感があって(^^;

 

もう少し、

「厳しさ」というものも必要かなあ、

と感じています。

 

そうやって、

振り子のように揺れて

バランスを取りながら、

 

「ほんものの大人」になるために、

一生かけて、少しずつ成長していくのかも

しれませんね。

 

ちなみに、

この本の中で、

私が「いいな!」と思った

おじさん像があります。

 

 

パワフルだけど、

自分の弱みもかくさず、

ひととうちとけるミドルは

好感を持たれやすい。

 

 

ああ、こんな

オープンマインドなおじさんに、

私はなりたい!

 

 

 

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以上、

金井壽宏先生の著書、

 

働くみんなのモティベーション論

 

 

から印象に残った箇所を、

2回にわけて紹介してきました。

 

少し専門的な内容ですが、

 

働く人の「モチベーション」や

「自己実現」に興味のある方、

 

「モチベーション」に関して、

自分なりの考え方(持論)とはなんだろう?

それを見つけたい!

 

と思われている方には

とても有益だと思います。

 

文庫版もあるようです(^^)

働くみんなのモティべーション論 文庫

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回は、別の本を紹介させていただく予定です。

 

 

 

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おまけ(^^;

 

 

逗子の岩殿寺。

 

源頼朝公があつく信仰した

寺院だそうです(^^)

 

 

 

 

途中の階段から、

見晴らしよかったです!

 

 

 

高台に観音堂。

 

静かで癒される空間でした。

 

 

 

 

葉山の長者ヶ崎。

 

 

 

江ノ島方面を臨む。

(小さく江ノ島が見えます)

 

9月なのに猛暑の日で、

思わず泳ぎたくなりました・・・(^^;

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

台風が去った後、

ちょっぴり涼しくなった気がしますが、

まだまだ残暑は続きそうですね(^^;

 

今回も、

ちょっと専門的な本になりますが、

 

神戸大学大学院・経営学研究科教授、

金井壽宏先生の著書、

 

働くみんなのモティベーション論

 

 

の中から、

私が印象に残った箇所を、

紹介・解説させていただきます。

 

金井先生は、

有名な経営学者で、

キャリア論やリーダーシップ論の

第一人者でもあり、

新書などの一般向け著書も

数多く出されています。

(人事部の管理職研修の課題図書などにも、

よく選定されています)

 

この本には、

職場の管理職に限らず、

働く人みんなが、

「やる気を自分で調整しよう!」

ということが述べられているのですが、

 

そのために必要なのは、

自分は、どのようなことに動機づけられるのか、

どのような時にやる気がでるのかという、

「持論」をしっかり持つことだといいます。

 

「持論」

 

たしかに、

どんなことで動機づけられるのか、

やる気がアップするのかは、

人によって違いますよね。

 

この本には、

読者が「持論」を持つための

「気づき」につながるような様々な理論が

わかりやすく紹介されているのですが、

 

今回は、その中で、

アメリカ合衆国の

心理学者、経営学者として著名な、

マグレガー氏の

 

「X理論」

「Y理論」

を紹介・解説させていただきます(^^)

 

まず、「X理論」から、

引用します。

 

 

(1)平均的な人間は、

仕事など生まれつき嫌いで、

もしできることなら、

仕事など避けようとするだろう。

 

(2)仕事なんか嫌いだという

この人間の性ゆえに、

たいていの人びとは、

強制されたり、統制されたり、

命令されたり、

脅かされたりしないと、

組織の目的を達成するのに

十分な努力をしてくれない。

 

(3)平均的な人間は、

命令されることを好み、

責任を回避することを望み、

大望など抱かず、

ほかのなによりも

安全を求めている。

 

 

・・・いかがですか?

 

これは、いかにも、

一昔前の人間観に見えますが、

実はイマドキかも(^^;

 

ずいぶん冷めた理論のように

聞こえる一方で、

現実を見据えた

リアルな見方のようにも感じます。

 

このような人間を管理するには、

「アメとムチ」

を使い分けることが有効になるわけです。

 

対して、

「Y理論」は・・・

 

 

(1)仕事に体力、

知力を使うのは、

遊びや休みのときと同じくらい

自然なことだ。

 

平均的な人間は、

生まれつき仕事が嫌いな

わけではない。

 

統制可能な条件しだいで、

仕事は満足の源泉に

なるかもしれないし

(その場合には、

自発的になされるであろうし)、

 

あるいは、

罰の源泉になるかもしれない

(その場合には、

できることなら、

やりたくないであろう)

 

 

そうですね・・・

確かに、条件次第というところは、

ありますね~

 

 

(2)外的統制と罰の脅威は、

組織の目標に向けて

努力してもらうための

唯一の手段ではない。

 

ひとは、

自分が打ち込む

(コミットする)

目標が達成されるように、

自己管理、自己統制が

できるであろう。

 

 

確かに、

自分がコミットした、

(腹落ちした)組織の目標であれば、

自ずと自己統制できそうです。

 

 

(3)目標へ打ち込むこと

(コミットメント)は、

目標を達成したときに得られる

報酬の関数だ。

 

このような報酬のなかでも、

最も意義が大きいのは、

自我や自己実現の欲求が

満足されることだ。

 

それは、

組織の目標に向かって努力した

直接の結果でありうる。

 

 

自分が腹落ちした

組織の目標ですから、

それが、

自我や自己実現の欲求へと

つながるわけです。

 

 

(4)平均的な人間は、

適切な条件の下では、

責任を引き受けるのみならず、

進んで責任を取ろうとする。

 

責任の回避、

大望の欠如、

安定へのこだわりは、

一般的には、

生まれつきの人間の性

というよりも、

経験の結果

そうなってしまっているだけだ。

 

 

赤ちゃんは、

自ら進んでハイハイしたり、

立ち上がろうとします。

 

生まれながらにして、

人間は「成長」意欲というものが

あるのだと考えますが、

 

心が傷ついたり、

そのままの自分を

理解してもらえなかったりする経験を

重ねると、

 

つい消極的になってしまうのだと

思います。

 

 

(5)組織における

問題を解決していく際に、

相対的にかなり高度の想像力、

工夫の才、

創造性を発揮する能力は、

 

(働いている人びとという)

母集団のほんの一握りの

ひとたちではなく、

広範に分布している。

 

 

そうですね~

 

目立たないけど、

さりげなく組織を支えている

「キーマン」的な人って

実はけっこういますよね。

 

 

(6)近代の産業における

生活において、

平均的人間のもつ

知力の潜在的可能性は、

ほんの一部分しか

活用されていない。

 

 

たしかに、

組織の中でも、

自分の能力を

十分に発揮させている人って、

意外と少ないかもしれません。

 

逆にいえば、

皆が、組織の中で、

能力を十分に発揮できたら、

 

その組織は、

すごく生き生きと活性化するでしょう。

(これは管理職しだいかも(^^;)

 

・・・いかがでしょうか。

 

「自己成就的予言」

という言葉がありますが、

 

上の人間が、

「X理論」の考え方であれば、

部下は実際にそのようになってまい、

 

「Y理論」の考え方であれば、

部下は実際そのようになる。

 

 

仕事は取り組み方しだいで

おもしろいものになるし、

 

部下の可能性を信じ、

彼らの創意工夫を引き出せば、

もっともっと

彼らはイキイキとしていくと思って

マネジャーが日ごろ振る舞えば、

 

Y理論が想定するような職場が

現実のものとなる。

 

 

そうですね・・・

 

私事になりますが、

もう20年ほど前、

 

当時の上長からいただいた年賀状の、

さりげない一言で、

いまだに忘れられないものがあります。

 

「~ジャンルは君に任せた!」

 

まだ経験も浅く、

役職もない私に、

 

会社の中でも、

重要なジャンルを任せてくださるなんて😲

 

嬉しかった(^^)

期待に応えたいと思った。

モチベーションも大いに上がった!

 

 

 

私のことを信じて

「Y理論」で見てくれた上長のように、

 

私自身も、

人に対する基本スタンスは

「Y理論」でいきたい。

 

そして、

それを私の「持論」としたい。

 

そう考えています😊

 

 

 

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最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回もこの本の紹介を続けます(^^;

 

 

 

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おまけです(^^;

 

 

やんちゃ坊主の、

宮音(みやお)くん。

 

外から?猫ノミ連れてきた・・・😸

 

痒いよ(^^;