ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

朝晩は、

めっきり寒くなりましたね。

 

精神科医でかつ、禅寺の住職である、
川野泰周さんの著書、

 

歩けば、調う

 

 

を3回に渡って、

紹介させていただきました(^^)

 

今回で4回目です。

 

前回は、主に、

「自慈心」(セルフ・コンパッション)

について、

紹介・解説をさせていただきましたが、

 

今回は、

「慈悲の瞑想」

を紹介させていただきます。

 

この瞑想は、

自分に対する思いやりと慈しみを育み、

それを他者にも同じように向ける瞑想で、

 

川野先生自身、

一番好きな瞑想だということです(^^)

 

やり方の部分を引用します。

 

 

はじめに2分間、

呼吸瞑想をします。

 

次に、目を閉じたまま、

 

「①大切に思っている人」

「②自分」

「③お世話になっている人」

「④良いも悪いも印象がない人」

「⑤嫌いな人・嫌われている人」

 

を思い浮かべ、

相手が目の前にいるかのように

イメージします。

 

そして1人ずつ順番に、

以下の言葉を

語りかけるように念じます。

 

「あなたが幸せでありますように」

「あなたが健康でありますように」

「あなたが安全でありますように」

「あなたが心安らかに暮らせますように」

 

そして、

その人が幸せを手にしたときの

喜びにあふれた笑顔や、

身ぶりをイメージしましょう。

 

 

大切に思っている人だけでなく、

自分自身に対しても念じる

というのがミソですね。

 

実際、川野先生が誘導して下さる

ユーチューブがありますよ!

 

 
先生の優しさが
口調ににじみ出ています😊
 
・・・ただ、
嫌いな人に対しても、
念じるというのは、
一般的には、
ちょっと抵抗がありますよね。
 
とてもそんな気分には、
なれない・・・
 
そんな時には、
無理しなくても、もちろんいいのですが、
 
できれば、本音ではなく、
形だけでもいいから、
やってみることをオススメします。
 
この本では、
以下の言葉を念じるといい
とあります。
 
 
「あの人は私と同じで、
幸せになりたいと思っている」
 
「あの人は私と同じで、
心や身体、気持ちや考えを
もっている」
 
「あの人は私と同じで、
痛みや苦しみから
解放されたいと願っている」
 
「あの人は私と同じで、
これまでの人生でつらいことや、
傷ついたことがある」
 
 
「あの人も私と同じだ・・・」
 
これらの言葉は、
私がカウンセリングを学んだ際に、
 
指導者から、
共感力を高めるエクササイズとして、
勧められました。
 
そのエクササイズとは、
毎日、最低5人以上に対して、
これらの言葉を念じるというものです。
 
身近な人はもちろん、
電車の中で見かけた見知らぬ人や、
世の中から糾弾されているような
不祥事を起こした有名人に対しても、
この思いを向ける。
 
カウンセラーは、
クライアントを、つい、
困った人、問題のある人のように、
下に見てしまう危険性があります。
 
本来、クライアントは、
傷つきながらも、
勇気を出して、自ら成長しようとしている
素晴らしいチャレンジャーであるのに、
 
カウンセラーが、
手を差し伸べて援助をしてあげるという、
上から目線になってしまう危険性がある。
 
「大切に思っている人」も、
「見知らぬ人」も、
「嫌いな人」も、
「世の中から糾弾されている人」も、
「クライアントさん」も、
 
あらゆる人は、
皆、私と同じで、
 
幸せでありたいと思っているし、
それぞれの気持ちや考えがあるし、
苦痛を避けようと願っているし、
人生を通じて、学んでいる・・・
 
「この人も私と同じだ・・・」
 
システムズアプローチ・家族療法で有名な、
東豊先生も、
 
「人の本質は、水晶玉」
 
というたとえで、同じようなことを
おっしゃっていますが、
 
 

カウンセラーなど対人援助職には、

特に必要とされるマインドだと思います。

 

 

・・・話が少しそれましたが(^^;

まずは、大切な人と自分自身に、

慈愛の言葉を向けることだと思います。

 

川野先生もこう述べます。

 

 

それでも慣れないうちは、

嫌いな人の幸せを願うことに

強い抵抗を感じることも

少なくありません。

 

最初のうちは

「①大切に思っている人」と、

「②自分」

という2つのパートだけ

実践いただくよう

おすすめしています。

 

たとえ1週間に一度だけでも

かまいません。

 

継続してみてください。

 

 

週に1回ペースなら、

ハードルが低いですね。

 

「慈悲の瞑想」は、

やればやるほど、

私たちの心の中に眠っている、

慈悲の心が芽生えてくると思います。

 

あたたかい気持ちになり、

心身が調ってきます。

 

おすすめします😊

 

 
 
 
***********************************
 
 
 
今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました。
 
次回もこの本の紹介を続けます(^^)
 
 
 
***********************************
 
 
おまけ(^^;
 
 
 
近所の鶴見川。
いつのまにか秋も深まってきました。
 
 
 
宮音(みやお)くん。
愛称は「みいたん」
 
最近、天井近くまである本棚の上に、
よく登るようになってきました😸
 
 
どや!
 
 
 
 
おやすみいたん~💤
 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

精神科医でかつ、禅寺の住職である、
川野泰周さんの著書、

 

歩けば、調う

 

 

を紹介しています。

 

今回が3回目になります(^^;

 

前回は、

「自尊心」と、

「自慈心」(セルフ・コンパッション)

の違いから、

「自己受容」についての

解説をさせていただきましたが、

 

今回は、

「自慈心」(セルフ・コンパッション)

について、

もう少し深く突っ込んでみたいと思います。

 

「自慈心」(セルフ・コンパッション)

には、3つの要素があるといます。

 

(1)「セルフ・カインドネス」

(自分へのやさしさ)

 

(2)「センス・オブ・コモン・ヒューマニティ」

(共通の人間性を理解する)

 

(2)「マインドフルネス」

 

です。

 

 

一つめは、

「セルフ・カインドネス」、

自分への優しさです。

 

他人に優しくするように

自分にも優しくする。

 

それができないと、

つい他人に見返りを

求めてしまいますし、

 

見返りをくれない他人に対して、

ネガティブな想念を

持つことになります。

 

自分を思いやる気持ちが、

本当の自信につながるのです。

 

 

ほんと、そうですね。

 

特に、

自分のネガティブな感情に対しては、

いい・悪いのジャッジをせずに、

優しく受け入れたいところです(^^;

 

 

2つめの要素は、

「センス・オブ・コモン・

ヒューマニティ」

です。

 

和訳すると

「共通の人間性を理解する」

といったところでしょうか。

 

これは端的にいえば

詩人で書家であった

故・相田みつをさんの

 

「にんげんだもの」

 

の世界であり、

 

「皆同じ人間、

誰もが不完全である」

 

という感覚のことです。

 

 

他人を責めたくなったら、

自分にも、

同じように至らないところはある、

と思いたい(^^;

 

 

そして3つめが、

「マインドフルネス」

です。

 

前の2つが理念だとすれば、

マインドフルネスは

実践にあたります。

 

歩行瞑想や呼吸瞑想を

続けているうちに、

自分に優しくする生き方、

人の不完全さを許す生き方

ができるように

なっていきます。

 

 

ジャッジすることなく、

「いま・ここ」

に意識を向けることで、

 

脳が休まるだけではなく、

自分に優しくする生き方や、

人の不完全さを許す生き方が

できるようになるのですね(^^)

 

「自慈心」

(セルフ・コンパッション)は、

「慈悲の心」

にも繋がっていくわけですが、

 

「慈悲の心」というのは、

実は自分の中に、

既にあるものだといいます。

 

 

ストレスで脳が疲れて、

一見すると性格が歪んで

見えるけれども、

 

実は、生まれ持った

優しい心がちゃんとある。

 

それを思い出してもらうのが、

マインドフル・ウォーキング

なのではないかと思います。

 

新しく身につけるのではなく、

自分の中にあるものを

思い出す。

 

慈悲の心といっても、

大それたものではない、

 

ということが

わかっていただけたでしょうか。

 

禅でいえば、

「自己の本分に気づく」

という感覚に似ています。

 

 

「慈悲の心」というのは、

ストレスや、心の傷つき、

不安や怖れによって、

覆い隠されてしまいがちですが、

 

実は、既に自分の中に存在する。

 

私も、そう思います(^^)

 

 

仏像を眺めるときも

そうなのです。

 

「孫が受験に合格できますように」

 

「大事なプロジェクトが

うまくいきますように」

 

—仏像の前で手を合わせるとき、

私たちは自分の心のなかにある

願いが叶うようにと

念じがちです。

 

でも仏像を拝むことの

本当の意味は、

それとは少し違うところに

あります。

 

 

ここの、

川野泰周さんの仏像を拝む解釈、

とても面白いです。

 

 

たとえば、

心が荒んで

優しくなれないとき、

観音さまの顔を見て

慈悲の心を思い出す。

 

自信を失ったとき、

仁王さまの顔を見て

ガッツを取り戻す。

 

韋駄天さまを見れば、

一生懸命体を動かして

働こうと思う。

 

私は

「仏像とは、

人の心のなかにある思いを

具現化したものだ」

と教えられました。

 

だから仏像は

人間の形をしているのです。

 

 

なるほどです~

 

私は、

仏像を見るのが好きなのですが、

 

それは、

自分の中にある思いを、

具現化(投影)している

からかもしれないですね。

 

考えて見ると、

仏像って、

喜怒哀楽バラエティ豊かです。

 

喜怒哀楽、

人間の感情というのは、

 

いわば、春夏秋冬、

四季のように

感じて味わうものであって、

 

人間として生まれてきた

意味のひとつは、

様々な感情を味わうため

ではないかと、

 

ここのところ、

とみに感じるのですが、

 

「仏像を拝む」効用を、

またひとつ気づかせていただきました。

 

川野泰周さん

有り難うございました😊

 

 

ちなみに、

余談ですが、

 

ウチの妻は、

仁王さまや四天王に

踏みつけられている邪鬼に、

よく目がいくようですが、

 

夫婦ゲンカをすると、

よく、

「お前は踏みつけられている邪鬼だ!」

と言われます・・・

 

妻が、オニババに見えます😅

 

 

 

*************************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回もこの本の紹介を続けます。

 

 

 

************************************

 

 

 

おまけ(^^;

 

季節のいいうちに、

できるだけ山歩きを楽しんでおこう!

 

ということで・・・

 

 

道の駅足柄で車中泊、の朝。

(ちょっと富士山が見えます)

 

 

 

夕日の滝方面から、

金時山登山。

 

 

 

途中、おお、富士山!

 

 

 

・・・ワクワクして頂上に着いたら、

なんと、頂上だけが雲の中(^^;

 

 

 

 

途中の丸鉢山からは、絶景でした🗻

(ちょっと、もやってましたが)

 

 

 

夕日の滝。

 

 

 

おおっ、滝行体験か!

 

 

 

皆、若い女性でした!

女性は強い・・・

 

 

 

あしがら温泉に入って、

帰路、小山町の宝鏡寺。

 

 

 

立派な仁王門でした。

 

 

 

おかげさまで、休日を満喫できました😊

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今日から11月ですね!

 

精神科医でかつ、禅寺の住職である、
川野泰周さんの著書、

 

歩けば、調う

 

 

を取り上げています。

 

この本は、

脳を休ませる練習として、

「歩く瞑想」を中心に、

他にも、定番の「呼吸瞑想」や、

「ボディスキャン瞑想」、

「慈悲の瞑想」や「つり革瞑想」まで、

様々な瞑想法が紹介されているのですが、

 

それ以外にも、

なかなか示唆に富んだ内容が多いです。

 

今回は、

その中から、

 

「自尊心」と「自慈(じじ)心」

 

について述べられているところを、

取り上げたいと思います。

 

 

自尊心とは、

人から評価されたり、

感謝されたりすることで、

維持されるものです。

 

「すごいね」

「あなたのおかげだよ」

「あなたがいてくれてよかった、

ありがとう」

 

こうした

他人の言葉に頼らなくてはならない

という意味で、

 

自尊心は「他律的」、

つまり、

他者からの働きかけによって

左右されるものである

ことがわかります。

 

 

そうですね~。

 

「自尊心」は、

他者を必要とする。

 

「承認欲求」にも、

通ずるものがあるかもしれません。

 

 

そこで新たに注目されたのが、

自慈心です。

 

英語ではこれを、

「セルフ・コンパッション」

と表現します。

 

テキサス大学の

クリスティン・ネフ博士は

この分野の研究を

長年リードしています。

 

彼女は、

「セルフ・コンパッション=自慈心」

と、

「セルフ・エスティーム=自尊心」

を分けて考えました。

 

 

「自慈心」とは、

最近、よく耳にする、

「セルフ・コンパッション」

のことなんですね。

 

クリスティン・ネフ博士の著書、

セルフ・コンパッション

は名著のようなので、

一度読んでみたいと思いつつも、

まだ読めていないのですが(^^;

 

 

ネフ博士によれば、

自分に対する

慈悲の気持ちとは、

手放しに自分を大切にする

心であり、

 

それは人からけなされようと、

決して揺らぐことは

ないそうです。

 

一方、

自尊心は

人からけなされたり、

認められなかったりすると、

崩れてしまうものです。

 

そのとき、

大半の人は怒るか、

悲しむか、

どちからを選択します。

 

怒りを選択したら

他人を責めるようになり、

 

悲しみを選択したら

自分を責めてしまいます。

 

 

なるほど・・・

 

「自慈心」は、

手放しに自分を大切にする心なので、

人の影響はうけないが、

 

「自尊心」は、

人の影響で、

崩れてしまいがちなんですね。

 

そして、つい、

他人や自分を責めてしまう・・・

 

「自慈心」は、

自分を思いやる気持ちのこと。

そして、

それができれば、

自然と、他人を思いやることが

できるようになるといいます。

 

そういう意味では、

「自慈心」とは、

ありのままを受け入れるという、

「自己受容」の考え方と、

似ているかもしれません。

 

「自己受容」

ができるようになれば、

「他者受容」

もできるようになるといいますから。

 

 

・・・ここで、

「自己受容」について、

考えてみたいと思います。

 

「自己受容」とは、

ありのままを受け入れる

ということですから、

 

頑張る努力を

放棄してしまうのではないか。

 

現状維持のままでいいと

思ってしまうのではないか。

 

向上心が生れないのではないか。

 

・・・この疑問は、

多くの皆さんが抱くと思います。

(私も一昔前までは、

そう考えていました(^^;)

 

その答えは、

私の心の学びの師匠、

野口嘉則さんが

とても分かりやすく

ご教示してくださったのですが、

 

「Doing」と「Being」を、

分けて考えるといいんですね。

 

たとえば、

「だらしのない自分」

がいるとします。

 

この、ありのままの自分を、

そのまま受容すれば、

「だらしのない自分」

のままでいることになります。

 

もちろん、

自分自身で、

それでもいいと思えれば、

問題はないのですが、

 

しかし、

そんな自分が嫌だ、

変えたいと願うならば、

どうするのか。

 

「だらしのない自分」

というのは、

「Doing」(行為)です。

 

Doingは、

必ずしも受け入れる必要はありません。

変えた方がいい場合もある。

 

では、何を受け入れるのか。

 

「Being」(感情)です。

 

(「Being」とは、一般的には

存在そのものという意味ですが、

感情もそれに含めます)

 

たとえば、

「だらしのない自分」

の時の感情は・・・

 

何かをきちんとやることに対して、

「不安」や「怖れ」が

あるのかもしれませんし、

 

できないことで、

「自己嫌悪」や「みじめさ」

を感じているかもしれません。

 

「行為」ではなく、

それらの背後にある

「感情」を探り、

それを、感じて味わう。

 

そうすれば、

自分が自分であることの確かさを

感じられるようになる。

 

地に足が着いて、

自然な向上心が湧いてくる。

 

来談者中心療法で有名な、

カウンセリングの神様、

カール・ロジャーズの

こんな名言もあります。

 

「逆説的なようだが、

ありのままの自分を受け容れたとき、

人は変われるのだ」

 

くり返しますが、

この場合の

「ありのままの自分」とは、

Being(感情)のことですね。

 

 

歩けば、調う

の内容に戻ります(^^;

 

この本には、

こんな風に書かれています。

 

 

「自慈心が高い

=今の自分に満足している」

 

という解釈から、

 

「自慈心が高い人は、

頑張る努力を

放棄するのではないか」

 

という批判もありました。

 

しかしネフ博士は、

何千人という人を調査し、

見事に反論してみせました。

 

「自慈心が高い人は、

利他のための努力を惜しまない」

 

ということが

わかったのです。

 

それはおそらく、

こういうことです。

 

自分を慈しむ人は、

自分を思いやるばかりでなく、

人のため、世の中のために

何かをしよう。

 

という気持ちが

自然と湧いてくるのです。

 

そのためであれば、

努力を惜しむことはなく、

 

しかもたとえ見返りが

なかったとしても、

バーンアウトすることも

ありません。

 

 

自分(の気持ち)を大切にできる人は、

他者(の気持ち)も大切にできる。

 

「自己受容」や「自慈心」

を育むのは、

簡単なようで意外と大変なのですが、

 

一生かけて、

コツコツ取り組んでいきたいものですね(^^)

 

なお、一人だと

なかなかうまくいかない場合は、

カウンセラーの力を借りるのも

手だと思います。

 

 

 

**********************************

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回に続きます(^^;

 

 

 

**********************************

 

 

 

おまけ(^^;

 

 

大田区にある、池上本門寺。

五重塔。

 

 

 

京都の風景みたいですね。

都会のオアシス!

 

 

 

本門寺付近には、

他にも見どころ多いです。

 

古墳もあります。

 

 

 

坂を下る途中の多宝塔、

間近で見ると巨大ですよ!

 

 

 

坂を降りると、大坊本行寺。

 

 

・・・ところ変わって、

 

 

こちらは、横浜鶴見の總持寺。

 

心洗われる、ぴかぴかの廊下。

今から坐禅会参加します!

 

 

 

 

一歩、一歩、

足裏の感覚を意識しながら・・・

 

丹沢の塔ノ岳登山。

 

 

 

少し紅葉していました。

 

 

 

 

山頂、とても賑わっていましたが、

 

 

 

あいにく、雲の中でした(^^;

(富士山見えず)

 

 

 

 

大自然を満喫!

おかげさまで

リフレッシュできました(^^)

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

おまけ2(^^;

 

BUCK-TICK櫻井さんへの

レクイエム。

 

 

「JUPITER」

 

神々しく、

どこか懐かしさを感じさせるメロディ。

この曲、大好きです!

 

私の心に生き続けます。

櫻井さん、有り難うございました。

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

上着を着ずに職場行く、

行き帰り、

ちょっと寒いか今日この頃(^^;

 

 

今回紹介する本は、

 

歩けば、調う

 

 

著者は、

精神科医でかつ、禅寺の住職である、
川野泰周さんです。

 

私、最近、

著者の川野泰周さんの

講義を聞く機会がありました。

 

マインドフルネスを、

科学的な裏付けをもとに

分かりやすく解説してくださったり、

実際にいくつかの瞑想が体験できたりと、

とても素晴らしい内容でした!

 

その際、単行本から文庫化された

新刊が出たばかりだと聞きました。

 

タイトルは、

歩けば、調う

 

「歩く」ことが好きな私としては、

買わない手はない!

 

ということで、

さっそく読んでみました(^^)

 

この本のサブタイトルは、

 

~人生を豊かにする

「脳と身体の休め方」~

とあります。

 

特に現代人は、

身体よりも脳が疲れているといいます。

 

 

「やらなきゃ

いけないことが

たくさんあるのに、

うまく集中できない」

 

「十分寝ているのに、

疲れが取れない」

 

もしかしたら、

それは脳の疲れのせいかも

しれません。

 

「脳の疲れ」といわれても、

ピンとこない人が

大多数かもしれませんね。

 

私は精神科医であり、

横浜にある禅寺の住職

でもあるという、

 

自分でいうのも変ですが、

「変わり者」かもしれません。

 

心配事を抱えた人、

心の病に苦しむ人を、

これまでたくさん

診察させていただきました。

 

そんな私が、

脳の疲れをとるために

おすすめしたいのは

 

「歩くこと」

 

です。

 

 

精神科医の立場からも、

禅僧の立場からも、

 

脳の疲れを取るには、

 

「歩くこと」

 

が効果的といえるんですね。

 

 

たいして

体を動かしていないのに、

だるくて仕方ない、

 

週末はゴロゴロして

過ごすけれども、

月曜の朝から疲れている、

 

ということはありませんか?

 

 

ありますね・・・

 

私の場合、

体を動かさないと、

かえって、

だるくなるかもしれません。

 

 

身体の疲労は、

ふつうだったら

眠ればとれるものです。

 

山歩きをして疲れても、

一晩眠れば

スッキリ気持ちよく

目覚められるといったことは、

みなさん経験があるはずです。

 

 

たしかに、

山歩きをした次の日は、

たとえ、

身体の疲れが少し残っていたとしても、

すっきりと目覚められるような

気がします(^^)

 

ただ、

2日後くらいに、

筋肉痛がくるのは、

歳を感じますが・・・(^^;

 

 

ところが、

現代人が抱えている疲労は、

それとは種類が違います。

 

どういうことかというと、

これは明らかに

精神疲労、脳の疲労なのです。

 

 

現代人が抱えている疲労は、

「精神疲労」

「脳の疲労」・・・

 

 

精神疲労がたまると、

かえって眠れなくなって

しまいます。

 

うつ(うつ病やうつ状態)

を抱えた人たちは

不眠になることが

知られていますが、

 

うつ状態にまでは至らなくとも、

脳の疲れを抱えた現代人も

睡眠が浅くなり、

いつまでも疲れがとれないまま、

脳の疲れが慢性化していると

考えられるのです。

 

 

なるほど・・・

 

情報過多の現代社会においては、

脳の疲れが慢性化しやすいと

いうことでしょうか。

 

 

でも大丈夫。

 

歩けば、

脳も身体も

調っていきます。

 

少しのコツを覚えれば、

歩くことは

禅の世界に伝わる

「瞑想」になります。

 

そしてそれは、

最先端科学が教える

「マインドフルネス」として、

効果やメカニズムまで

解明されつつあるのです。

 

 

「歩く」ことは、

「瞑想」にもなる。

 

「マインドフルネス」

としての、

効果やメカニズムも

解明されつつある・・・

 

では、

どんなふうに歩けば、

瞑想になるのでしょうか。

 

 

はじめのうちは、

一定のリズムで

「ただ歩く」だけでも、

頭がスッキリする効果を

実感できると思います。

 

しかし、

慣れてきたら

「これを意識するだけで

効果が数倍になる」

というコツを

意識してほしいのです。

 

それは

「足の裏の感覚に

しっかり注意を向けて歩くこと」

です。

 

これこそ

脳を休ませる方法であり、

本書が紹介する

 

歩く瞑想

(マインドフル・ウォーキング)

です。

 

 

「足の裏の感覚に

しっかり注意を向けて歩くこと」

 

これが、

「歩く瞑想」のコツなんですね。

 

具体的な歩き方は、

本書に図解で詳しく解説されていますので、

興味のある方は、是非、

本書をお読みください!

 

 

一般的に瞑想というと、

呼吸に意識を向ける、

「呼吸瞑想」をイメージすると思います。

 

私も、

なんちゃって瞑想のレベルですが、

たまに、

自宅で動画を観ながら一人でやったり、

横浜・總持寺の月例参禅会に参加したりして、

(コロナ禍で中断していましたが、

この夏から再開されました!ありがたや~)

その恩恵を被っていますが、

 

しかし、実は、

呼吸瞑想よりも、

歩く瞑想である

マインドフルネス・ウォーキングのほうが、

簡単だといいます。

 

 

呼吸瞑想も、

呼吸を無理に調えようとせず、

ありのままの呼吸を

「ただ眺めること」が

大切なのですが、

 

気持ちを集中することが

難しい人、

心が落ち着く環境にない人には、

なかなか実践できません。

 

一方、

地面を踏みしめている足の感覚は、

否応なく意識されるので、

 

呼吸よりも心を向けやすいのです。

 

スマホを四六時中

眺めないではいられない人も、

マインドフル・ウォーキング

のほうが、

続けやすいと思います。

 

 

そうですね~

 

たしかに、

呼吸よりも、

地面を踏みしめる足裏の感覚の方が、

意識を集中して

向けやすいかもしれません。

 

呼吸瞑想だと

集中力がなかなか続かない方には、

 

「歩く瞑想」

おすすめします!

 

ちなみに、

本書にも取り上げられているのですが、

曹洞宗の坐禅と坐禅の間には、

「経行(きんひん)」という

一種のマインドフル・ウォーキングを

行います。

 

前述、横浜・總持寺の月例参禅会

(当日自由参加、500円ぽっきり!)

に参加すると、

実際に体験できるのですが、

 

超スローペース、

足のサイズの半分くらいの歩幅で、

素足の足裏の感触を味わいながら、

 

趣のある坐禅堂の中を、

ゆっくり、ゆっくり歩きます・・・

 

これがまた、

呼吸瞑想と同じくらいか、

それ以上に、

すっきり落ち着いた気分になるんですね😊

 

ただ、私の場合は、

これで足の痺れが取れるので、

助かっているというのが大きいのですが(笑)

(まだまだ初心者レベル(^^;)

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回もこの本の紹介を続けますね。

 

 

 

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おまけ(^^;

 

 

餃子の街、宇都宮。

JR宇都宮駅前の餃子像!

 

餃子、美味かったです!

 

 

 

大田原市の雲厳寺(うんがんじ)

 

山あいにある素敵な禅寺。

この橋の入り口からの眺めが

特に美しかったです!

 

何でも、JRのCMの撮影で、

吉永小百合さんが訪れたとか。

 

 

 

素朴な仏殿。

 

穏やかな表情の釈迦如来様が

いらっしゃいましたよ。

 

静かな空気に癒されました(^^)

 

 

 

那須烏山市の龍門の滝。

 

たまたま近くを通りかかったので、

立ち寄ってみたら、

予想以上に大きな滝!

 

 

 

下に降りて、

水しぶきが飛ぶ近くまで迫れます!

 

ダイナミック!

 

 

 

滝の向かいの太平寺。

仁王門が立派でした!

 

 

栃木県は、日光方面以外にも、

意外と見どころありますね😊

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

上着を着ていくか迷う、

今日この頃・・・(^^;

 

今回は、

珍しく、絵本を紹介します(^^)

 

 

くまとやまねこ

 

湯本香樹実さんが著者、

酒井駒子さんがイラストを描かれています。

 

酒井駒子さんは、

絵本作家として著名な方で、

他の代表作としては、

よるくま

(素敵なファンタジー絵本です!)

などがありますが、

 

今回の

くまとやまねこ

 

「喪失」と「獲得」

の物語です。

 

 

ある朝、

くまは ないていました。

 

なかよしのことりが、

しんでしまったのです。

 

 

昨日までは元気だった友達の小鳥が、

急に死んでしまったんですね・・・

 

くまは、

小さな箱に、花びらを敷き詰めて、

そこに小鳥を入れて、

 

どこに行くにも、

持ち歩くようになりました。

 

他の動物たちが中身に興味を示すので、

それを見せると、

みんな困った顔をします。

 

 

「くまくん、

ことりはもうかえってこないんだ。

 

つらいだろうけど、

わすれなくちゃ」

 

 

励ましているつもりですが、

誰も、くまさんの悲しみに、

寄り添ってはくれないのですね・・・

 

くまさんは、

自宅に帰って、

引きこもります・・・

 

 

くらくしめきった部屋で、

ひるも夜も

じっとすわっていると、

 

ときどき

あさくてみじかいねむりが

やってきます。

 

くまはいすにすわったまま、

すっかりつかれきって、

うつらうつらするのでした。

 

 

いわゆる、

喪失体験における、

「喪」の期間ですね・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

・・・どのくらいの期間が

過ぎたのでしょうか。

 

久しぶりに窓を開けると、

いいお天気です。

 

くまさんは、

外に出て歩き始めますが、

 

そこで、

昼寝をしている、

やまねこと出会い・・・

 

 

・・・これ以上は、

ネタバレになるので、

やめておきますが(^^;

 

喪失体験をした時には、

やっぱり、

この「喪に服す」時間というのは、

必要なんだと思います。

 

喪失体験。

 

身近な人との死別や離別は

もちろんのこと、

 

ペットの死や、

財産、能力、地位を失うこと、

役職定年も当てはまります。

 

故郷や住み慣れた家、

転職、職場を離れることもそうですね。

 

身体能力の低下や、

自分のアイデンティティ、

誇りや理想を失うことも、

含まれます。

 

「喪の仕事」

という言葉がありますが、

 

じっくり時間をかけて、

自分のペースで、

泣いたり、悲しんだりすることが、

必要なのだと思います。

 

その過程を経ることで、

初めて喪失の新たな意味を発見できる。

 

自分という物語の中の、

「喪失」ということの意味を

「獲得」できるのかもしれません。

 

 

 

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以上、ネタバレになってしまうので、

中途半端になってしまいましたが、

 

くまとやまねこ

 

 

の前半部分のみ紹介をして、

少し解説をさせていただきました。

 

私の理屈っぽい、心理学的な解説よりも、

 

まずは、

この素晴らしい絵本を、

実際に読んで、感じて、

味わっていただければと思います(^^)

 

特に、最近、喪失体験をされた方に

おすすめしますが、

 

誰もが、

人生で何らかの喪失を

経験されていると思います。

 

「喪失」と「獲得」の物語。

 

心にじ~んと響く、

素敵な絵本です😊

 

 

なお、

心理学的な喪失の意味について、

深く知りたい方は、

小此木啓吾先生の古典的名著、

 

対象喪失―悲しむということ

 

 

をおすすめします(^^)

 

 

あとは、この作品も、

「喪失」と「獲得」の物語。

私は大好きです。

 

野口嘉則さんの、

人生は「引き算」で輝く

 

 

ちょっと

私の境遇と似ているところもあって・・・

 

沁みます(^^;

 

この文庫本にも収録されています。

(「心眼力」とダブルで読めるのでお得です!)

 

最高の自分をつくる「心眼力」

 

 

おすすめします!

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回は別の本を紹介します。

 

 

 

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おまけ(^^;

 

 

東名高速。足柄SAで車中泊して・・・

 

 

 

久々の山歩き!

静岡県裾野市の越前岳に登りました!

 

途中、振り返っての富士山。

 

 

 

だんだん雲がかかってきましたが(^^;

(雲がかかる前は、山頂付近が

うっすら雪化粧しているお姿をお見受けしましたよ)

 

 

 

 

越前岳山頂、着きました!

 

下山時、

年配のご夫婦と一緒に、

道に迷いそうになりましたが・・・

 

何とか無事下山できました(^^;

 

 

 

 

須山浅間神社。

川を挟んだ入口。

 

 

 

石灯篭の

穴がハート型!

 

 

 

逆から見ると、

本殿が見える!

 

 

 

おおっ💗

 

 

 

社務所の方の感じもよく、

素敵な神社でした!