ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
前回から、
三訂版 アサーション・トレーニング: さわやかな〈自己表現〉のために
という本を紹介、解説しています。
アサーション(アサーティブ)とは、
「自他尊重のコミュニケーション」
すなわち、
「自分も相手も大切にした自己表現」
いわば、
「さわやかな自己表現」
のことです。
前回、
ステーキを注文した例を引用して、
自己表現には、
3つのタイプがある、
すなわち、
「非主張的」
「攻撃的」
「アサーティブ」
があると紹介しましたが、
それぞれ、深堀りしていきますね。
まず、
「非主張的」な自己表現、
<非主張的>とは、
自分の気持ちや考え、
意見を表現しなかったり、
しても伝わらないような、
あいまいな言い方や、
言い訳がましい言い方を
したりすることです。
また、
自分を抑えて、
相手を優先する気持ちや
態度があります。
これ、
けっこう私、
やってしまいます(^^;
一見、
慎ましいようですが・・・
「自分はやっぱりだめだ」
といった劣等感や、
「どうせ言っても
わかってもらえないに
決まっている」
といった
あきらめの気持ちが
つきまといます。
また、
相手に対しては、
「譲ってあげたんだ」
といった恩着せがましい
気持ちや、
「人の気も知らないで」
といった
恨みがましい気持ちが
残ります。
そうなんです・・・
謙譲の美徳のようですが、
無理に抑圧していますので、
恩着せがましさや、
恨みがましい気持ちが、
残るんですね(^^;
もし本当に
相手を配慮し、
尊重して同意したり、
譲ったりしたのであれば、
自分の決断で
そうしているので、
気持ちはさわやかで、
未練は残らないと
思われます。
逆に
非主張的な言動を
した後では、
わかってもらえなかっと
思う気持ちや
傷ついた感じが
残りがちなので、
惨めになります。
そもそも
自己表現していないので、
相手にわかってもらおうと
期待することは
欲ばりなのですが、
つい
「黙って引いてあげたのに」
とか、
「相手を立てたのに
わかってくれない」
といった甘えた気持ちや、
「思いやりのない人だ」
とか、
「鈍感な人だ」
といった
相手への軽蔑の気持ちを
もったりもします。
そうですね・・・
自己表現しないのって、
「察してほしい」という、
いわば、
「甘え」なんですね。
比較的日本人に多いタイプだと
思いますが(^^;
私は、会議の場で、
うまく自己表現が出来ずに、
あとで後悔することがあるのですが、
相手の意見に対して、
その場でとっさに
言葉に出てこないことがあるんです。
あまり頭の回転が
早くないということもあるのですが(^^;
やっぱり、
「甘え」や、
否定されることへの
「怖れ」があるのかな~。
で、後になってから、
何だか、もやもや、
むかむかしてきたり・・・
「その時に言えよ~」
という感じですが(^^;
このような不快な経験が
重なると、
不快感は欲求不満や
怒りとなって
心の中にたまっていきます。
たまった怒りは、
何度も同じ思いをさせている
相手への恨みとなり、
あるいは
関係ない人への
不当な八つ当たりや
意地悪となって
表現されることがあります。
いわゆる
「キレる」とは、
「もの言わぬは、
腹ふくるる技」の挙句、
非主張的な言動が転じて、
ある日突然、
攻撃的になるのです。
ううっ・・・
ガマンして、
ため込んでしまうと、
それは消えることなく、
関係ない人にも、
攻撃的になってしまうわけですね。
私も、
仕事のストレスをため込んだ時、
妻に対して、
やってしまっているかも
しれません(^^;
(今はだいぶ少なくなったとは
思いますが(^^;)
逆に、
不快な体験をじっと我慢して
耐え続ける人もいます。
相手との関係に
波風をたてないように
するには、
自分でその場を治める
責任を取ろうとするのです。
過剰なストレスを
自分にかける結果、
頭痛、肩こり、
神経性の胃痛などの
心身症やうつ状態になったり、
人とつき合うのが
おっくうになったりします。
その場では優しく、
いい人なのですが、
生き生きした感じはなく、
無表情で、
慇懃無礼な振る舞いを
したりすることにも
なりかねません。
自分を責めてしまい、
結果的に、
自分の心身を痛めてしまう・・・
ちなみに、私は、
若い頃、酒量が多くて、
それが一因で体を壊したのですが(^^;
その時は、
あまり自覚はなかったのですが、
こういうことだったのかな・・・
・・・ということで、
「非主張的」な自己表現は、
しょせん、その場しのぎであり、
あとで結局、
他人に攻撃的になってしまったり、
また、
自分を痛めつけてしまう結果に
なりかねないのですが、
では、対して、
「攻撃的」な自己表現の場合は・・・
<攻撃的>とは、
自分の意志や考え、
気持ちを
はっきりと言うことで、
自分の言動の自由を守り、
自分の人権のために
自ら立ちあがって、
自己主張してはいるのですが、
相手の言い分や気持ちを無視、
または軽視して、
結果的に、
相手に自分を押しつける
言動をいいます。
「非主張的」な自己表現とは、
対極ですね・・・
このような言動を
している人は、
一見、表情豊かで、
ハキハキものを
言っているように見えますが、
相手を無視、
あるいは軽視して
自分のことだけを
主張していることになり、
相手を踏みにじっている
ことにもなります。
その場の主導権を
握りたいだけで
「自分が一番」
とか
「あなたはだめ」
といった態度を取り、
相手より優位に立とう、
「勝ち負け」で
ものごとを決めようとする姿勢が
見え隠れしています。
今どきの言葉だと、
「マウントを取る」
というのでしょうか(^^;
これが行き過ぎると、
いわゆる、
「自己愛性パーソナリティ障害」
傾向となりますが、
権力者がそうなると、
「パワハラ」や「セクハラ」問題を
引き起こすおそれがありますね。
このような
言動をしている人は、
堂々としているように
見えるわりには
どこか防衛的で、
必要以上に威張っていたり、
強がっていて
自分に不正直です。
また、
自分の意向は通っても、
その強引さのために
後味の悪いことが多く、
それが自分の本意では
なかったことに気づき、
後悔することになります。
いわば、
虚勢を張ってしまうわけですね(^^;
で、結局、
後味が悪くて、
この場合も後悔してしまうことに・・・
また、
攻撃的な対応をされた相手は、
自分の意に反して
服従させられた気持ちになり、
軽く見られ、
バカにされた気持ちが
残るでしょう。
その結果、
傷つき、恐れて
相手を敬遠し、
同時に、
怒りを感じて、
復讐心を抱くかもしれません。
そうですね、
相手も人間ですからね・・・
悪質なクレーマー
の対応をしたときなど、
こういう気持ちに
なるのかもしれません。
・・・ということで、
「非主張的」な自己表現、
「攻撃的」な自己表現、
それそれ問題がある訳なのですが(^^;
私なりに、
心理学的に考察をすると、
そうなるのは、
やはり、
自分の「ほんとうの気持ち」
に気づいていない、
もしくは、
気づいているけど、
それを受け入れていない
(特にネガティブな感情を)
のが原因だと考えます。
その時その時の
自分の気持ちに、
まずは、気づいて、
そして、受け入れて、
相手の権利や自由も尊重しつつ、
自己表現するのが、
「アサーティブ」
な自己表現なのですが、
表現できないまでも、
まずは、
自分の「ほんとうの気持ち」
に気づくこと。
「今、自分は、
いったい何を感じてる?」
それが第一歩として
大切なのではないかと
思います(^^)
(ただ、無意識の信念と
いうものが邪魔をするので、
これが意外と難しいのですが(^^;)
で、望ましい表現方法、
すなわち、
「アサーティブ」
な自己表現についてですが・・・
次回、詳しく掘り下げていきますね。
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次回に続きます(^^;
今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました😊
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おまけです(^^;
丹沢の三ノ塔に登りました(^^)
左の山は大山です(^^)
右の奥の方に江ノ島が見えましたよ!
富士山は、残念ながら
雲に隠れていました(^^;
そろそろ、すぎ花粉の影響か、
けっこう鼻ずるずるの
山歩きでした💦
にゃんもないと。
胎児にも見えます(^^;
この子は、花粉症とは無縁かな😸





























